Blue Archive vol.AGITΩ 作:mukugawa
「ほう……お前が新条テツヤか」
偉そうなヤツだな、と言いかけた口を何とか抑え込む。
実際、目の前にいる人物は偉い。
ゲヘナ生徒会『万魔殿』、議長の羽沼マコト。
綺麗な長い銀髪を揺らしながら、ゲヘナのトップであるこの女性は俺のことを物珍しそうな目でジロジロと見ている。
実に鬱陶しいが、下手な口を聞くと面倒くさいことになりそうだ。
事の始まりは、依頼を終えた後に甘雨行政官に呼び出されたことから始まる。
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「万魔殿の議長が俺に?」
「ええ」
陰のある笑みを浮かべた甘雨行政官が、帰ろうとした俺を引き留めた。
なんでもゲヘナのトップが直々に俺に会いたいと申し出たらしい。
「行く必要ないよ、テツヤくん。早く帰ろう」
「ん。今日は祝勝会」
ホシノ先輩とシロコが帰る選択肢を推してくれているが、俺には帰れない事情があった。
俺のトリニティへの留学。
ゲヘナとトリニティは犬猿の仲。
この二つの事柄から考え出されるのは、厄介ごとの四文字だ。
心の中でため息をつく。
羽沼マコト議長は大のトリニティ嫌いで有名だ。
いったい俺に何の用があるのかは知らないが、名義上はトリニティである自分にいい感情を持っているとは思えない。
「あのバ……議長はどうしてもあなたにお会いしたいようで」
「今バカって言いかけましたよね」
「お時間は大丈夫でしょうか?」
ガン無視とはいい度胸だな。
大丈夫ではない……と言いたいところだが、そうもいかない。
ここで俺が誘いを突っぱねると、ナギサさんたちに迷惑がかかる可能性がある。
相手はあの羽沼マコト議長だ。
エデン条約に関する会談において、ティーパーティー代理として現れた羽川さんのコンプレックスである身長の高さを指摘し続け、会談を中断させたことは本人から聞いている。
「あの女は悪魔です! ゲヘナの権化ともいうべき外道です!」
と、激しい口調で羽沼マコト議長を罵っていた。
個人のコンプレックスすら把握するほどの諜報能力は恐ろしいが、ないより気になるのは会談を台無しにしたことだ。
理屈よりも自分の感情で動くタイプの行動は読みにくい。
ここで断って機嫌を損ねれば、何をするかわからない。
「ホシノ先輩、シロコ」
「「ダメ」」
「せめて一言言わせてよ……」
「じゃあ、一言だけね」
「待ってて」
「「……はあ」」
ため息をつく二人。
いつも振り回す形になって申し訳ないが、この会談を断るわけにはいかない。
「変だと思ったらすぐに突入するからね」
ホシノ先輩はひらひらと手を振りながらそう答えた。
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それで、今。
「キキキ……随分と目覚ましい活躍をしているようだな」
万魔殿の執務室に通された俺は、羽沼マコトに対面している。
怪しげな笑みを浮かべる羽沼議長はゆっくりと自分の椅子に腰かけた。
「半年前にアビドスに転校。ヘルメット団を始めとしたアビドスに集まった不良共を蹴散らし、最終的に裏で手を引いていたカイザー勢力を追い出した。二週間前にはトリニティで剣先ツルギと互角以上に戦いを繰り広げたかと思いきや、トリニティ初の留学生に……キキキキ! 本島に面白い経歴だな」
羽沼議長は俺の経歴が載っているであろう紙を片手に笑う。
「そんなに面白いですかね」
「ああ、笑えるぞ。カイザーとの戦いは先生の手助けもあったのだろうが、中々の実力者のようだ」
「それなりに強いとは思っています」
「それなりに、か……まあいい。前置きはこのくらいにして、本題に入るとしよう」
羽沼議長は机に肘を立てて両手を組むと、鋭い目つきを俺に向ける。
「アリウス」
「ッ!?」
「ふ……驚いたようだな」
なぜ羽沼議長の口からアリウスが!?
まさか、トリニティでの戦いすら把握しているとでもいうのか……
「アリウスとは個人的にパイプを持っていてな。トリニティをよく思っていない者同士、仲良くできると思っていた……」
羽沼議長はため息をつく。
俺はこれ以上の動揺を悟られないようにするのが精一杯だった。
アリウスとの交戦を知られているどころの話ではない。
ゲヘナにアリウスとの繋がりがあった。
これはまずいかもしれない。
俺はゆっくりと周囲の景色を見る。
俺以外には万魔殿のメンバーしかいないこの状況。
意図したものだとすれば、俺は罠に真っ向から飛び込んだことになる……
「キキキキ! 心配するな。貴様をこの程度の戦力で相手にするような愚かな策はとらん。話は最後まで聞くものだぞ?」
「……はい」
「キキ、素直なのは好印象だ」
羽沼議長は机の上にあった一枚のプリント用紙を手に取り、こちらへと差し出した。
俺はそれを受け取り、内容を確認する。
「これは……物資の搬入ルートですか?」
「その通りだ。最近に入ってから多量の武器類がアリウスの元へと運ばれている。確認された中では巡航ミサイルもな」
「戦争かよ」
「そうだな。小さな学園ひとつを潰すくらいなら容易くできる火力……しかし、それを向ける相手はトリニティと我々ゲヘナだ」
「何ですって?」
「誘いがあったのさ。エデン条約締結式典に参加するトリニティ首脳陣を一掃してしまわないか……とな」
一掃……殺害、ということだろうな。
締結式にはティーパーティーの三人が出る。
一気に始末してしまおうということか。
だが、羽沼議長はターゲットはトリニティとゲヘナと言ったな。
「ゲヘナも標的なんですね」
「どうもゲヘナ嫌いはトリニティと同じだったらしい。式典には我々万魔殿も出席するからな。ティーパーティー諸共……ということだろう」
「その情報をなぜ俺に?」
「キキキ……私は裏切り者は嫌いでな。トリニティも気に食わんが、今はアリウスが一番気に食わん」
それまでの笑顔とは違う、わかりやすい怒りの表情を浮かべる羽沼議長。
「お前たち……いや、お前個人に協力するのならばこちらとしてもやぶさかではない」
「俺個人ですか?」
「そうだ。新条テツヤ。お前はゲヘナの留学生になれ」
「はい?」
「既にトリニティに籍を置いているんだ。今さらのことだろう。これがこちらが手を貸す条件だ」
「ちょっと待ってちょっと待って……マジかよ」
そうなったら俺の所属校が三つになるんですけど……でもそれって悪いことじゃないか。
あくまで留学生だし。
俺がアビドスの生徒であることは変わらんか。
でも、なんで俺がゲヘナに留学することが万魔殿の協力を得る条件なんだ?
俺ができることは戦うことくらいだぞ?
「俺は構いませんが……」
「よし。交渉成立だな。お前にはトリニティとの連絡役としても動いてもらうぞ」
どうなっちまうんだ、俺の学生生活。
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ガチャンと扉が音を立てて閉じられる。
テツヤが去った万魔殿の執務室で、ホッと息を吐いたのは議長である羽沼マコトだった。
「ふぅ……なんとかなったな」
「マコト先輩、ビビりすぎじゃないですか?」
「バカを言うなイロハ! 奴のことをよく知らんから、お前はそういうことが言える!」
「そこまでなんですか? 彼、随分と大人しそうな雰囲気でしたけど」
マコトは首を振るとイロハに対して二本の指を向ける。
「……じゃあ、私はグーで」
「たわけ。新条テツヤには警戒すべき点が二つある、ということを言いたいのだ」
「じゃあ、わかりやすく言ってくださいよ……でもたった二つじゃないですか」
「その二つが問題なのだ……まずは戦闘力。奴はキヴォトスの外から来た。戦闘などとは無縁の世界から来て、一年も経たないうちに頭角を現すのは異常だ」
キヴォトスの外。
イロハも外の世界に関しては詳しくはない。
わかっているのは先生のやってきた世界であることと、外の住人にはヘイローがなく、銃弾に対して非力であるということだけだった。
確かにそんな世界からやってきた生徒が、キヴォトスで名のある実力者と渡り合うのは異常といえるだろう。
「戦闘力についてはわかりましたけど。もう一つは?」
「思想だ」
「はい?」
「平和主義者だが、暴力を振るうことは厭わないだと? そんな矛盾した考えの持ち主が危険でないと思うか?」
マコトの顔に汗が垂れるのをイロハは見た。
しかし、イロハにはなぜ危険なのかがわからなかった。
「それって理想的なのでは? 下手に手を出さないなら敵にはならないってことでしょう?」
「琴線に触れればいつでも殴りこんでくる可能性がある、ということでもある。剣先ツルギの時は顕著だった。剣先ツルギ自身からの申し出だったとはいえ、初対面の相手を躊躇なく殴り飛ばすやつはそういないだろう。奴は荒事を避けているようで、それを望んでいる節さえある」
「えっと、マコト先輩は何が言いたいんですか?」
「味方にならなければならない存在ということだ。ましてやアリウスに与していたなどと知られれば万魔殿存続の危機だぞ! 装甲車を棒きれの如く振り回し、銃撃の雨にも動じぬ無敵の男……恐ろしい存在が牙を剥くところだった。しかし!」
マコトは勢いよく椅子から立ち上がる。
「フハハハハハ!! 私の弁舌の前には恐るるに足らん! 万魔殿は今、空崎ヒナに匹敵する暴力装置を手に入れたといっても過言ではない!」
「過言では?」
「奴もこれでいちゲヘナ生だ! トリニティの連中は囲っていたつもりだろうが、そうはさせん! ゆくゆくは転校させ、空崎ヒナへの対抗策として使ってやるぞ……キキキキ、キハハハハハハ!!」
留学生になったからといって、別に万魔殿の私兵になったわけではない……という言葉をイロハは飲み込んだ。
マコトの自惚れが過ぎるのはいつものことである。
アリウスの裏切りに気づいたのもマコトではなくイロハであったが、さっきの会話ではあたかも自分で気がついたような口ぶりであった。
それにわざわざ突っ込むほど、イロハは几帳面ではない。
(まあ、悪い人じゃなさそうだし。よほどの無茶ぶりでもなければ快く引き受けてくれるでしょう)
マコトの言葉に振り回されるであろう万魔殿の新人(仮)が寛容であることをイロハは願った。
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アギトイヤーは地獄耳である。
「ゆくゆくは転校させ、空崎ヒナへの対抗策として使ってやるぞ……キキキキ、キハハハハハハ!!」
はい、バッチリ聞こえています。
万魔殿の言うことを聞くつもりはありません。
私はアビドス生だからです。
風紀委員会と万魔殿の戦いなら風紀委員会の味方をします。
風紀委員会のほうが付き合いがあるからです。
私は暴力装置ではありません。
私はアギトですが意思のある人間だからです……
「部屋の様子は聞こえた?」
ホシノ先輩の言葉に頷き、万魔殿の間違いを箇条書きのようにまとめるのを止めた。
いちいち言葉で訂正するのも面倒なので、今後の態度で示すことになるだろう。
まあ、それはいい。
「大したことじゃなかったですよ。帰りましょ」
ゲヘナが元々アリウスと繋がっていたことは黙っておこう。
ともかく、これでトリニティとゲヘナの間を保つことができる。
エデン条約締結式典で襲撃してくるだろうアリウスに対する作戦を練らなければならない。
「お腹が減った。テツヤの奢り」
「……まあ、今回は俺に付き合ってもらったわけだしな。いいぞ。空崎さんに教えてもらった美味い焼肉屋でも行くか」
目を輝かせるシロコ。
お前、そんなに腹が減ってたのか……
「いいね~。おじさんもお腹がペコペコだよ」
「風紀委員長オススメの店ですからね、期待しててください」
そうして俺たちは、ゲヘナの焼肉屋へと向かった。
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「ゲヘナと共同戦線、ですか」
「私はイヤ。ゲヘナと手を組むなんて御免だよ」
「言うと思ったよ」
ティーパーティーのセーフハウス。
俺は紅茶の入ったカップを飲みながら、ティーパーティー三人の話を聞いている。
思案顔のナギサさんと端正な顔を歪めて拒否するミカ。
セイアはミカの反応がわかっていたのか、腕の上に留まっているシマエナガを愛でながら、呆れたように口を開いた。
「ていうかテツヤくんもテツヤくんだよ!? なにさゲヘナの留学生って。ちょっと節操がないんじゃない?」
咎めるように俺を見るミカ。
「いや、エデン条約の式典に襲撃の可能性があるんだから、ゲヘナにも話は通すべきだろ」
「それと留学になんの関係があるのさ! この浮気性!」
付き合ってもいないのにそんなことを言われても困るのだが。
まあ、三つの学校に属するともなればこんな対応にもなるか。
俺はトリニティにとってはどっちつかずの蝙蝠野郎になるわけだし。
「私はテツヤの判断は英断だったとおもうけどね。ねえ、ナギサ」
「そうですね。元々、ゲヘナへの交渉は考えていましたが、こうもうまくいくとは思いませんでした」
「え、そうなんですか?」
「ええ。テツヤさんの仰る通り、ゲヘナには話をするつもりでしたから」
「ナギちゃん……でもテツヤくんの行動には問題があると思うけどな~」
「ミカ、君が気にしているのはゲヘナとの共闘じゃなくて、テツヤの───」
「待って、待ってセイアちゃん。それ以上はちょっと……」
俺への不満を吐いていたミカがいきなりその口を閉じた。
セイアはいったい何を言おうとしたのだろうか?
「セイア、ミカが気になっていることって───」
「あー! あー! 今日は空が青いなーー!!」
うるさッ。
お前、空の色なんて気にするタイプじゃないだろ。
「んん……まあともかく、これでゲヘナとの連携ができます」
「巡航ミサイルとはね……アリウスも本気で攻めてくるようだ」
巡航ミサイル巡航ミサイルと言っているが、俺は巡航ミサイルというものがどういう武器なのか全くわからない。
元平凡な高校生にミリタリー言語は読み解けん。
この際だから、思い切って聞いてみようかな。
「なあ、セイア」
「何だい?」
「巡航ミサイルってなに?」
「……ああ。巡航ミサイルは長距離用のロケット弾と思ってくれればいい。威力、範囲ともに私たちの扱うものとは桁違いだ」
「一発でどれくらいの威力があるんだ?」
「そうだね……トリニティの校舎が全壊するくらいかな」
「全壊か……」
トリニティの校舎はその敷地に見合ったビッグサイズだ。
アビドスの校舎が五つは入るデカさの建物を吹っ飛ばすともなれば、直撃すれば死人もでかねないだろう。
「対策は?」
「対空防御……ミサイルをミサイルで撃ち落すのが一般的だね」
「式典会場には対空システムを秘密裏に準備しましょう」
その後も俺にはわからないミリタリー用語らしきものが連立する会議は続き、対アリウスに向けての作戦はどんどん形になりつつあった。
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アリウス自治区にはまともな建物は残っていない。
どれもボロボロの廃墟であり、そこに生徒たちは拾い集めてきた布切れを布団代わりにして生活している。
無論、名所のような場所など存在しない。
たった一つの例外を除いて。
郊外に立つ廃教会。
廃墟ばかりの自治区に立つ、唯一建物と呼べる場所。
かつてキヴォトスを救った救世主を象ったステンドグラスが飾られたその場所は、救世主を密かに信仰する者たちにとっては神聖な場所であった。
そのステンドグラスの前に一人の少女が立っている。
「……」
錠前サオリ。
アリウスの数少ない精鋭部隊「アリウススクワッド」を率いる少女は、ステンドグラスとして光る救世主を見つめていた。
サオリは握りしめた銃を光り輝く救世主へと向ける。
「…………」
しかし、その銃口から弾丸が発射されることはなかった。
サオリは鋭い目でステンドグラスを見つめ、ただ一言だけ呟いた。
「……嘘か真か、私が見極めてやろう」