Blue Archive vol.AGITΩ 作:mukugawa
トリニティの廃墟区画。
中心部の発展に置いて行かれた郊外の成れの果て。
立ち並ぶ閉店した店舗や持ち主不在の住居は、稀に不良たちが根城に使用しているらしい。
正義実現委員会の巡回ルートにも指定される、トリニティの数少ない危険地帯。
かつてアリウスと交戦した場所でもある。
俺は、そんな所に向かってバイクを走らせていた。
アビドスでの日々を過ごしつつ、エデン条約の式典まで残り三日となったある日のこと。
アズサから呼び出しがかかった。
モモトークには「一人で来て欲しい」という文章と共に、トリニティの廃墟区画の位置情報。
アズサはアリウスで育っために世間一般の常識に疎い。
モモトーク内でコードネームを使い、迂闊な情報漏洩を避けようと徹底ぶりである。
そんなアズサが、危険地帯を集合場所にしたことに俺は違和感を感じていた。
しかし、無視するわけにもいかなかったので、学校帰りに向かうことにしたのだが……
「いや~。中々気持いいね~。おじさん、ここで眠っちゃうかも……」
すまんアズサ。
ホシノ先輩からは逃げ切れなかった。
俺のモモトークでのやり取りにまで気を配らせていたホシノ先輩の追求は激しく、こうして後ろに乗せることになってしまったのだ。
ハッキングアプリとか仕込まれてないよな……?
「寝たら道路と猛スピードでキスですよ」
「その時はテツヤ君が助けてくれるでしょ?」
「……まあ、そうですけど」
最近のホシノ先輩は口も強い。
俺のヒエラルキーはあらゆる面でアビドス最下位であった。
「一人で来いって言われたんですけど」
「会うのは一人でいいよ。私は近くで待機してるからさ」
「はあ……まあ、危ないことになったら助けてくださいよ」
そうならないことを祈りながら、俺は先を急いだ。
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目的地から少し離れた、場所にバイクを停め、砂利道を歩く。
ホシノ先輩はバイクの周辺に待機してもらっている。
銃声は聞こえる距離だ。
何かがあったら駆けつけてくれるだろう。
「あれか?」
位置情報に従うのならば、目の前に立つ廃ビルが待ち合わせ場所になる。
音こそ立てていないが、誰にも使われなくなって長いであろうビルは足元にするには少し心許なかった。
しかし、こんなところで足踏みをしているわけにもいかない。
意を決して、俺は正面入り口であろう壊れた自動ドアをこじ開け、ビルの内部へと侵入した。
ビルの中は窓ガラスや壁の残骸が散乱している。
そこにアズサの姿はない。
「ん?」
ポケットに入れていた携帯から通知音がする。
モモトークに新着のメッセージ。
『二階で待ってる』
「二階ね……」
ボロボロの階段を上がり、二階へとたどり着く。
部屋のない、吹き抜けのホールのような場所だった。
その中央にアズサが椅子に縛られている。
「アズサ!」
「……!」
口にガムテープが巻かれている。
俺はアズサへと駆け寄り、テープをゆっくり剥がした。
「っう、テツヤ、逃げろ! これは罠────」
アズサの話を最後まで聞けなかった。
椅子の足元に仕込まれた爆弾が起爆する前にアズサを抱えて飛び退く。
「変身!」
爆発があった。
爆風の衝撃と熱が全身を打つ。
だが、問題ない。
十分に耐えきれる範囲だ。
しかし、安心することはできなかった。
「───!」
ピーっという音が部屋中から、いや建物中から聞こえる。
この先に何が待ち受けているか予測した俺はアズサの盾になるようにその体を抱きしめ────
ーーーーーーーーーーーーーーー
連鎖する爆発が廃墟のビルを包んでいく。
アリウススクワッドの手で用意された爆弾は、頑丈な生徒でも大怪我では済まされないほどの量と威力を持っていた。
加えて、ビルはその爆発で倒壊する。
たとえ爆発を耐えきれたとしても、倒壊するビルから無傷で脱出することなどアギトでもできない。
サオリはそのように判断した。
「……」
ついにビルは周囲に土埃を立てながら崩れ落ちた。
「アズサちゃん……」
「……ヒヨリ」
槌永ヒヨリの呟きに戒野ミサキが反応する。
アリウススクワッドの彼女たちにとっても、裏切ったとはいえアズサは長年の苦しみを共に耐えてきた仲間だった。
そのかつての仲間を最大の脅威を葬るために利用した。
作戦の立案中に反対する者はいなかったが、いざ実行に移せば複雑な感情が一気に噴き出す。
それはサオリも同じであった。
「……」
静かに瓦礫の山を見つめるサオリの腕を引いたのは秤アツコ。
ある理由で喋ることのできない彼女にできることは、このくらいしかなかった。
「…………」
「……姫、すまない」
サオリの言葉にアツコは首を振る。
「だが、これでわかったはずだ。奴は救世主では────」
「おい」
「「「!?」」」
アリウススクワッド以外の声。
全員の目はその声が聞こえた方角へと向いた。
未だ土埃の収まらない廃墟のあった瓦礫の山。
「挨拶代わりにしちゃあ、インパクトが強いじゃないか。これがアリウス流ってやつか?」
テツヤが姿を現す。
準備運動でもするように腕を回し、体についた埃を払う姿からはダメージがある印象を全く感じることはできなかった。
「……ふん。減らず口を」
「アズサなら無事だぞ」
「なぜそんなことを言う」
「少しはその慌ただしい目の動きを落ち着かせたらどうだ」
「黙れ……」
「嫌だよ。こっちは爆破されて腹が立ってるんだ。少しは物申させてもらう権利があると思うぜ」
サオリに殺気を飛ばされてなお、テツヤは余裕綽々といった態度を崩すことはない。
「話し合いって空気じゃなさそうだな」
「消えろ、アギト」
サオリの合図でミサキがロケットランチャーを発射する。
(棒立ちとはな)
テツヤに向かって真っ直ぐ飛ぶロケット弾。
常人ならば避けることができないであろうその攻撃をいとも簡単にテツヤは躱した。
「ヒヨリ!」
「倒れてください…!」
続いてヒヨリの狙撃が迫り来る。
「しゃらくせえ」
ドンっという音と共にテツヤの姿がアリウススクワッドの視界から消える。
「ッうあ……」
「ヒヨリ!?」
ヒヨリのうめき声に振り向いたサオリは、背後にテツヤの姿を目撃する。
「貴様ァッ!!」
サオリとアツコの銃がテツヤへと向けられる。
しかし、テツヤは動じなかった。
銃口が向けられていることに気がついていないのではない。
気づいたうえで大した脅威ではないと判断したから、反応していない。
テツヤにとって、アリウススクワッドは敵ですらない───
「ふざけるなッ!」
激昂と共に引き金を引いたサオリの弾丸がテツヤへと殺到する。
遅れて発砲したアツコの銃弾もテツヤを捉えるが、テツヤは怯む素振りさえ見せない。
(こんな、ここまでの差があるとは───)
サオリは恐怖していた。
アギトを殺す……サオリがこの世で最も恐れるベアトリーチェから下された命令。
その完遂以外の全てを意識の外へと追いやったサオリですら、こちらの攻撃手段の悉くが通じないでたらめな力には恐怖を感じるしかなかった。
こうなってしまっては、ベアトリーチェから与えられた切り札を使うしかない。
「アツコ! アレを使うぞ! 弾丸を寄越せ!」
「……!」
少しの躊躇の後に一つの弾丸がアツコから投げ渡される。
サオリは懐から取り出した拳銃に装填するとテツヤへと向ける。
「くらえ──」
弾丸は放たれた。
ーーーーーーーーーーーーーーー
嫌な予感がする。
あの弾丸は喰らってはいけない。
戦うために変化した肉体が、あのたった一発の弾丸が致命傷になりえると叫んで止まらないのだ。
しかし、安易に近づきすぎたのは良くなかった。
この距離では完全に避けきることは難しい。
「ぬおッ!」
体の中心に向かって放たれる弾丸。
辛うじて躱すことができたが、右腕に掠った────
「───ぐ、おッ!?」
体中に熱が奔った。
立ち眩みと共に膝から崩れ落ちそうになる。
「うう……」
「死ねぇッ!」
体のバランスを崩した俺に再びあの拳銃の弾丸が向かってくる。
一発掠ったけでこの有り様なんだ、モロに喰らったらどうなるかなんて考えたくもない。
(避けきれないか──!)
「テツヤ!」
その言葉と共に体が突き飛ばされる。
「アズサ!?」
俺を突き飛ばしたのはアズサだった。
「やはり見ているだけではいられない! 私も戦う!」
「アズサ……その行動の意味が解っているのか?」
参戦を決意したアズサの言葉にサオリが反応する。
「サオリ……」
「わかっているのかと聞いているんだ! アズサ!」
「わかっている……わかっているつもりだ」
「いいや、わかっていない。お前はその男にまやかしを見せられて血迷っているだけだ」
「まやかし?」
「そうだ。救世主アギトだと? 埃を被っただけの御伽噺が、実在する証拠などどこにある!」
「ここにいるじゃないか! サオリの目の前に!」
「外見が似ているから何だ。忘れたのかアズサ、vanitas_vanitatum_et_omnia_vanitas……それが世界の真理」
「違う。それが全てじゃないことを私は知った。それをサオリたちにも知って───」
「まだそんなことを……新条テツヤ、貴様のせいだ。貴様の存在がアズサを惑わせる。お前は救世主などではない……人を惑わせる悪魔だ」
誰が悪魔だ。
「好き放題言いやがって……俺にだって堪忍袋の緒があるんだぞ」
「散開しろ!」
錠前サオリが投擲した手榴弾から煙が飛び出す。
あっという間に視界一杯に煙が蔓延し、アリウススクワッドの姿を見失ってしまった。
「テツヤ、サオリはゲリラ戦に長けている。一度姿を失うと厄介だぞ」
「マジかよ……」
それはもっと早く聞きたかったな。
いや、そんなことを聞く暇もなかったわけだけど。
しかし、相手の戦法がわかれば動き方も決まってくるな。
「アズサ、銃持ってるか?」
「瓦礫の中から回収してきた。マガジン一つ分しか残っていないが……」
「じゃあ、大事にしろよ。逃げるにしたって先立つものは必要だからな」
「……逃げるのか?」
「ちょっと待ってくれ、今決める」
戦うメリット。
敵を捕縛すれば情報が手に入る可能性は高い。
相手はベアトリーチェから直接指示を受けている生徒。
本拠地に関する有益な情報を持っていることは間違いない。
今後対決するであろうアリウスの主力を削げるという点も見逃せないな。
アリウススクワッドはアリウス内の精鋭チームらしい。
来るであろうエデン条約の戦いに加わる彼女たちをここで倒すことには意義がある。
ではここで退く理由を考えてみよう。
まずアズサの残弾数について。
俺がどれだけ戦うことができても、アズサは弾が切れれば無防備。
そんなアズサを戦場に残すリスクをとるべきなのか。
加えてあの弾丸だ。
迂闊に突っ込んであの弾丸を叩き込まれでもしたら、とんでもないことになるという確信がある。
命を全力で惜しむならば、ここは退いて体制を立て直すべきだろう。
逆に言えば、アズサの問題以外は俺の気の持ちようで解決するということだが。
「よし、アズサ。お前は逃げろ」
「小鳥遊ホシノを呼んで来いということか……確かに私にできることは少ない。わかった」
アズサは了承すると、煙の中を即座に走り去っていく。
ホシノ先輩はとっくに異変に気がついて向かっていることだろうから、アズサとの合流は早いはずだ。
「そろそろか……」
煙が晴れてきたが、そこにアリウススクワッドの姿は影も形もなかった。
気配も感じない。
これが本場のゲリラ戦というやつなのか……
「……」
一歩を踏み出した俺の足元にコロコロと音を立てながら手榴弾が転がってくる。
「──!」
後方に飛び退いた瞬間、手榴弾の爆発が俺の視界を包んだ。
「ぐう……」
その熱気に思わず目を覆った瞬間、俺の頭部を強い衝撃が襲った。
経験のある痛み。
これはイオリに撃たれた時と同じく、貫通性の高いライフル弾だ。
続くように二発の銃声が俺の鼓膜を揺らす。
「うおッ」
何とか体を捻って被弾を回避したところで、畳みかけるようにロケット弾が向かってくる────
「そおらッ!」
足元に転がる石の一つを手に取り、向かってくるロケット弾目掛けて放り投げた。
俺へと直撃する前に爆発するロケット弾。
しかし、視界がまた煙で塞がれる。
(きりがないな……)
俺は周囲を確認するために煙の外へ向かって跳躍した。
──それが間違いだった。
「──やはり、飛んだな」
「───!?」
「その行動は予測していた」
放たれた弾丸。
それは真っすぐに俺目掛けて突き進み───
───俺の角を破壊した。
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「これはいったいどういうことだ!?」
「テツヤくん、だよね?」
戦場に辿り着いたアズサとホシノの見つめる先には───
「ウオオオオオオオ!!」
天へ向かって叫ぶ、紫色のアギトの姿があった。