Blue Archive vol.AGITΩ   作:mukugawa

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業炎

 

「ちっ、角を折っただけか!」

 

 サオリは舌打ちを隠せなかった。

 ターゲットである新条テツヤの行動分析から導き出された絶好のチャンスだった。

 それを逃した。

 

(いや、まだ弾丸はもう一発残っている。チャンスはある。必ず仕留めてやるぞ……!)

 

 救世主というまやかしを現実のように見せかける悪魔。

 錠前サオリにとって、新条テツヤとはそういう存在であった。

 怪物染みた姿に変身し、剛力を振るう姿に安心感など微塵も感じない。

 それが真の救世主というのならば、自ら膝を屈したくなるほどの高潔な人物のはずだ。

 だがあれはそうではない。

 私たちと同じ、ただの無力な生徒だ。

 

(偽物め、ここがお前の墓場になる)

 

 ベアトリーチェから託された弾丸はアギトにも有効だった。

 今、重要なのはそれだけ。

 殺すべき敵が健在で、殺せる武器が手の中にある。

 それ以外に考えることなどない。

 

(……アツコ)

 

 しかし、頭の隅から噴き出そうとするものがあった。

 幼いころから見ていた。

 あの廃教会で、毎日祈りを捧げるアツコの姿を。

 いもしない救世主の存在を渇望し、ベアトリーチェがもたらした仮初の希望を信じ抜く姿を。

 

「新条、テツヤ…!」

 

 だからこそ許せない。

 この世界に希望などありはしない。

 すべては虚しく、いずれ塵となって消えていく。

 その真理をまやかしの光で覆い尽くそうとする偽救世主を。

 仲間をたぶらかしたあの男が憎くてたまらない。

 たとえそれが誘導された憎しみであったとしても、今のサオリにとってはそれが全てだった。

 握りしめられた拳銃は、憎しみと共に土埃の中にいる敵に向けられている。

 徐々に土埃が晴れていく、照準は薄っすらと見えた影に合わさった。

 

「!」

 

 そして引き金が引かれる。

 銃身から発射された弾丸は影の頭部へと飛んでいき、

 

「───な、に?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 影はゆっくりと立ち上がり、サオリに向かって歩き始める。

 土埃が晴れた。

 

「なんだ、その姿は……」

 

 アリウスの廃教会に飾られたステンドグラス。

 そこに描かれていたような黄金の姿ではない。

 紫色の装甲に身を纏ったアギトがゆっくりとその歩みを加速させる。

 

「グウウウ……」

 

 サオリの疑問に対する返答はなかった。

 獣のような唸り声を上げたアギトは、やがてサオリを視界に捉えると、

 

「ウオオオオオオオオオオオオオオーーー!!」

 

 猛スピードから繰り出したショルダータックルでサオリを突き飛ばした。

 

「がぁあっ!」

 

「オオオオオオオ!!」

 

 地面をバウンドするサオリ。

 しかし、アギトは敵を逃がさなかった。

 転がるサオリの足を掴み上げると、地面へと勢いよく叩きつけた。

 

「ぐうああ!?」

 

「ガアッ!」

 

 再び地面に叩きつけられるサオリ。

 アギトの猛攻は止まらず、激痛に悶えるサオリの体を何度も地面に叩きつける。

 

「あああ! がああ!!」

 

「リーダー!」

 

 呆気に取られていたアリウススクワッドの中でいち早く正気を取り戻したのはミサキ。

 手に構えたロケットランチャーをサオリを振り回すアギトへと向ける。

 

「──グルゥアッ!」

 

 アギトは右手で弄んでいたサオリをミサキへと投擲した。

 

「うあッ!」

 

 サオリを受け止めるために慌てて構えを解くミサキ。

 勢いを殺しきれずに倒れたミサキに向かってアギトは勢いよく両の手を叩き合わせた。

 バンッッ!!と勢いよく圧縮された空気が、その場に集結していたアリウススクワッドを蹂躙した。

 たったそれだけで、アリウススクワッドは十メートル以上も吹っ飛ばされたのだ。

 

「む、むちゃくちゃですよ……」

 

「リーダー、生きてる?」

 

「……ああ」

 

「グルゥアアアアアアアア!!」

 

 何かが起こっている。

 サオリはその口火を切ってしまったことに気づいていた。

 

「……角」

 

 自身がへし折った黄金の角は紫色に変色し、6本へとその数を増やしている。

 

(しくじったどころではない……私はいったい何をしたんだ?)

 

「ガアアアアアアアアア!!」

 

 ()()()()()

 アギトの体から紫色の炎が立ち上り、周囲の景色を熱で歪めていた。

 

「ぐ……」

 

「リ、リーダー! 足が!」

 

 そのアギトに掴まれていたサオリもただで済むはずがなかった。

 掴まれていた右足は焼け爛れ、苦悶の声が漏れる。

 

「……!」

 

 手話でアツコが話しかけてくる。

 

「……撤退か」

 

『退くなら早いほうがいい』

 

「……わかった。ヤツの注意を引かないうちに───」

 

「みんな伏せて!」

 

 ミサキの言葉に反応しなければ全員が巻き添えになっていただろう。

 アギトは放置されて久しい廃車の一つを無造作に掴んでアリウススクワッドに投げつけた。

 まるで石でも投げるように軽々と。

 

「……ウオオオオオオオ!!」

 

 見つけた。

 そう言わんばかりに咆哮を上げるアギト。

 一歩があった。

 ドン!!という音共に地面が軋み、アギトの体がアリウススクワッドへと跳躍する。

 壊す。

 ただ壊す。

 アギトの力に脳を焼かれたテツヤに辛うじて残された闘志が、ボロボロのアリウススクワッドに情け容赦なく向けられた。

 

「逃げろ!」

 

 サオリの言葉に飛び退くアリウススクワッドたちをまたも衝撃波が撫でた。

 ズドン!!という轟音と共に地面に開けられる大穴。

 サオリたちはまともに当たれば命などないことを悟った。

 

「ひ、ひいいいい!?」

 

「……」

 

「でたらめにもほどがあるでしょ…!」

 

 巻き上がった土埃に紛れて物陰に身を隠し、アギトの追跡から逃れようとするアリウススクワッド。

 しかし、アギトは止まらない。

 

「ウオオオオオオオ!!」

 

 ズドン!!ズドン!!と轟音が連鎖するように奏でられる。

 視界を覆う土埃の中、人が隠れられそうな場所をしらみつぶしに攻撃しているのだ。

 

「──私が残る。全員退避しろ」

 

「は? 意味わかんない。なんでリーダーが残るの」

 

 サオリの決意の言葉にミサキが青筋を立てて反論する。

 

「奴の狙いは私だ。私が角をへし折ったせいでこうなった」

 

「リーダー一人残ってどうする気? 死ぬ気じゃないでしょうね?」

 

「……」

 

「人の自殺行為を咎める癖に自分は別ってわけ?」

 

「違う。死ぬ気は無い。時間を稼ぐだけだ」

 

「……!」

 

「リ、リーダー。でも一人じゃ無茶ですよ……」

 

「だが、やらなければ全滅だ───来るぞ!」

 

 ついにアリウススクワッドが身を隠していた瓦礫までもが破壊される。

 

「グルルルル!!」

 

「は。ついに正体を現したなこのバケモノ───」

 

「グオオアアアアアアアア!!」

 

(挑発も意味もなさないか!?)

 

 サオリはアギトの大ぶりな拳による攻撃を何とか避けつつ、その体に銃弾を撃ち放った。

 アギトはその銃撃を喰らいながらも、攻撃の手を緩めない。

 そもそも、弾丸では有効打になりえない。

 そのことにサオリが気がついたのは、アギトの体表を滑り落ちる弾丸を見た時だった。

 

「弾丸が体表で溶かされているのか!?」

 

 業炎(バーニングフォーム)と化したアギトの纏う炎には、神秘でコーティングされた弾丸すら容易く溶解させるだけの威力があった。

 あれに再び掴まれれば命はないかもしれない。

 サオリの背筋を悪寒が撫でる。

 

(これが、アギトの力……)

 

 明確な敵となって初めて理解したアギトの力。

 すべてを薙ぎ払い、叩き伏せる圧倒的な暴力。

 サオリは恐怖を感じながらも、羨望から目を離すことができなかった。

 今ここに、全てを変えることのできる力がある。

 ベアトリーチェにさえ届く、絶対的な力───

 

「アズサ、お前もこれに魅せられたのか……」

 

「ウオオオオオオオ!!」

 

 アギトの拳が振り上げられる。

 

「「リーダー!」」

 

「さっちゃん!」

 

 コンクリートを溶解させ、粉砕する豪拳。

 それはサオリの顔面へと向けられ───

 

「ダメだよ」

 

 ガギン!!という音を立てて受け止められた。

 

「貴様は……小鳥遊ホシノ!」

 

「あれれ~、おじさんってアリウスでも有名なんだね……っと」

 

 ホシノは構えたシールドを振り切り、アギトを吹っ飛ばす。

 今しがたアギトの圧倒的な膂力の前に全滅しかけたサオリたちからしてみれば、信じがたい光景だった。

 いかにあの小鳥遊ホシノといえども、あのアギトと正面から力勝負で渡り合う生徒などこのキヴォトスに何人いるだろう。

 

「なぜ───」

 

「サオリ!」

 

 ホシノの隣に立ったのは戦場から姿を消していたアズサだった。

 

「アズサ……なぜ戻ってきた。お前は私たちの────」

 

「だとしても。それが助けない理由にはならない」

 

「アズサちゃん……」

 

「積もる話はあるみたいだけどさ、何でこうなったのか教えてくれないかな?」

 

 ホシノの声が冷たく響いた。

 

「私が……奴の角を折った。そうしたらこの有り様だ」

 

「なるほど、自業自得ってわけだ」

 

 にべもなく応答が帰ってきた。

 当然のことだろうとサオリは思った。

 ホシノにとっては、サオリたちが仲間に牙を剥いた存在であることは確かだった。

 その挙句が、別の姿に変身したターゲットに殺されかけ、ターゲットの仲間に守られている。

 

「無様だな……」

 

「そういうの後にしてくれない? 尻尾を巻いて逃げるなら見逃してあげるよ……そんなことをしたら絶対に許さないけどね」

 

「サオリ、テツヤは暴走している。止めるには頭数が必要だ」

 

「なぜ私たちが協力する必要がある」

 

「狙われているのはサオリたちだ。見ろ」

 

 アズサが指差した先では瓦礫の山からゆっくりと立ち上がるアギトの姿があった。

 かなりの勢いで吹っ飛ばされたというのにとても傷を負っているようには見えない。

 アギトははっきりとサオリたちを見た。

 

「オオオオオオオ!!」

 

 ダッシュで近づこうとするアギトの足元に手榴弾を転がすアズサ。

 

「よし」

 

 ホシノのショットガンが足元に転がった手榴弾を正確に撃ち抜く。

 爆発に巻き込まれたアギトは煙に覆われて見えなくなった。

 

「今、私たちのことは眼中にないみたいだね。ああなっちゃっても敵と味方ははっきり判別してるみたい。さっきも簡単に吹っ飛ばさせてくれたしね。本気で殴られたら私もただじゃすまないし」

 

「テツヤをここで止めなければ、サオリたちは拠点に帰投することもできない。ずっと追われたままになる……それでもいいのか?」

 

「……」

 

「裏切者のあんたが、私たちを気遣ってくれるわけ?」

 

「必要以上の戦いをテツヤは望まない……私も、みんなとテツヤに戦ってほしくはない。それだけだ」

 

「リ、リーダー。アズサちゃんの言うことも正しいんじゃ……」

 

 ヒヨリの声を後押しするようにアツコが手話で話しかける。

 

『ここは手を貸りるべき』

 

「……わかった。お前たちと共に戦おう」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「タンクは私が引き受けるよ!」

 

 ホシノがアギトへ肉薄する。

 

「オオオオ!!」

 

 アギトの拳はホシノが構える盾に叩きつけられた。

 ガン!!という轟音が響き、ホシノのガードが崩される。

 

「まともに受けてらんないね…!」

 

 追撃に振り下ろされた拳を盾で受け流し、ショットガンで応戦する。

 ()()()()()()()()()()()

 その衝撃にアギトは後ずさる。

 

「あれ、効果ないって話だったはずだけど……」

 

 それが自身の持つ莫大な神秘の恩恵であることにホシノは気づいていない。

 生徒が放つ銃弾には生徒の持つ神秘が無意識に込められる。

 かつて黒服がキヴォトス最高と称したその神秘の莫大さが弾丸へと流れ込み、アギトの放つ超高熱から弾丸を守っているのだ。

 最悪、盾での殴り合いを覚悟していたホシノにとって銃撃が効くことは確かな吉報であった。

 

「当たれ…!」

 

 その様子を見ていたミサキがロケットランチャーを撃ち放つ。

 弾頭はアギトの胴体に炸裂し、その体を後方へと吹き飛ばした。

 

「……!」

 

「追撃しろ!」

 

「了解!」

 

 未だ爆発の煙に包まれるアギトへアツコ、サオリ、アズサの銃撃が殺到する。

 しかし、その銃撃をまるで受けていないようにアギトは立ち上がる。

 

「やはり効果はないか……」

 

 やはり体表を溶け堕ちる弾丸を見て、そう呟くサオリにアズサが口を開く。

 

「小鳥遊ホシノの銃撃は効いていたようだった。ミサキのロケット弾や手榴弾も。注意をこちらに向けつつ、2人の攻撃を援護しよう」

 

「それが有効か……いいだろう」

 

 サオリの合図でヒヨリの狙撃が始まる。

 一発は頭部に、二発目は胸を捉えた。

 だが怯むことはない。

 狙撃銃でもテツヤの超高熱を突破することはできない。

 しかし、注意が逸れればサオリたちにとっては十分であった。

 

「アズサ!」

 

「スモーク!」

 

 アズサの手から放られる発煙手榴弾が、アギトの視界を奪った。

 

「グウウウ!!」

 

 もし、アギトがテツヤの意思を持っていたのなら、発煙手榴弾の爆発を前にその煙の中に入ってしまうことは避けたはずだった。

 しかし、闘争本能に支配され、理性的な思考を奪われたアギトはがむしゃらに閉じられた視界の中を攻撃するだけ。

 

「ガガガガガガ!!」

 

 繰り出される無数の拳が、周囲に立ち込めていた煙を急速に晴らしていく。

 だが、アリウススクワッドの姿はそこにはなかった。

 そこにいたのはホシノただ一人。

 

「ガア……」

 

「テツヤくん。今、助けるから」

 

 再びホシノが突貫する。

 視界から消えたアリウススクワッドを探すアギトにシールドバッシュを叩き込んだ。

 ホシノの尋常ならざる膂力から繰り出された一撃は、完全に防御態勢を解いていたアギトを容赦なく地面に転がした。

 

「ガアア……」

 

 立ち上がろうとするアギトの頭上から三つの手榴弾が降りかかる。

 

「倒れてください、お願いします…!」

 

 ヒヨリの狙撃が一つの手榴弾を撃ち抜くと爆発、その衝撃で他二つの手榴弾も誘爆した。

 爆発をモロに喰らったアギトが悶えると、その懐に飛び込んだホシノのショットガンが火を噴く。

 

「ごめんね…!」

 

 一発、二発。

 アギトの体を一瞬浮かせるほどの圧縮された神秘の一撃が撃ち込まれる。

 

「ガウアッ!?」

 

 ホシノの攻撃に混乱するアギトは、その拳の先をホシノへと向けた。

 しかし、拳がホシノを捉えることはなかった。

 周囲の廃墟に散開したサオリたちの攻撃が、アギトの注意を引いたのだ。

 

「ヌウ……」

 

「これで──」

 

 ホシノは掲げた盾をアギトの頭上に叩き下ろした。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 あたまがいたい。

 ふつかよいのひってこんなかんじなんだろうか。

 

「ーーーーーーー」

 

 しかいがぼやける。

 こんなにぐあいがわるいのははじめてだ。

 からだがあつい。

 もえるようにあつい。

 いや、もえているのか。

 うっすらみえるてのひらから、ふとうめいなもやがみえる。

 

「ーーーーーーーーーーーから」

 

 ホシノせんぱいのこえがきこえた。

 いやなかんじだ。

 ききたいこえなのになぜかこころがおちつかない。

 なんでこんなこえをしているんだ、ホシノせんぱい。

 

「これで──」

 

 ホシノせんぱい。

 

「目覚めて、テツヤくん」

 

 ホシノせん────

 

「いてえッ!?」

 

 頭に駆け巡っていた何かが不自然なほどに掻き消えた。

 何があった?

 意識を失っていたのか?

 

「ホ、ホシノ先輩……」

 

「……うへへ、テツヤくんだ。おはよう、お寝坊さん」

 

「俺、いったいどうして……」

 

「まあまあ、慌てないで。とりあえず解こうか、変身。おじさん、ちょっとあっつくて……」

 

「え、ああ……」

 

 手の平が紫色になってる。

 いや、手どころか全身が紫色の装甲に包まれているようだ。

 何が起こったんだいったい。

 全身の力を抜き、変身を解く。

 

「ふう……」

 

「テツヤ!」

 

 声に振り返ると、アズサがこちらに走り込んできている。

 

「アズサ、無事だったか」

 

「ああ。テツヤ、君も大丈夫なのか…?」

 

「これが驚くほど問題ないな……連中は?」

 

「……ああ、あそこにいる」

 

「ひ、ひい……」

 

 すごい怖がってるやつがいるな。

 

「何があったんだ? 錠前に撃たれてから記憶が曖昧なんだ」

 

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