Blue Archive vol.AGITΩ 作:mukugawa
「じゃあ、セリカさん。また明日」
「はい! 先輩もお疲れさまでした」
バイトが終わり、セリカさんに挨拶を告げて家路につく。
今日は忙しい日だった。
月に1度開催されるお得デーというやつで、名物である紫関ラーメンの替え玉3玉まで無料の大盤振る舞いの日。
朝昼晩とひっきりなしにお客さんが店にやってきたのだ。
店にとっては嬉しい悲鳴というヤツなのだが、如何せん人手が不足している。
今日初めて、厨房に入って作業を行ったのだが、あまりにも丁寧かつスピーディー仕事を進め続ける大将の動きについていくのがやっと。
遠目に接客に追われるセリカさんが見えたが、圧倒されるような来客数に押されることなく対応するその姿はまさしく見習わなけらばならない先輩の姿だった。
かくして激動の1日を何とかミスなく終えた俺は、街灯が照らす夜道を一人で歩いていた。
その時だった。
「あ」
何か変だなーと思っていたその時であった。
重大な忘れ物を学校にしていたことに気が付いたのだ。
「鍵忘れた…!」
そう、家の鍵である。
本来はズボンにチェーンをつけてそこにぶら下げているのだが、体育の授業の着替えの際に外したまま、運動着の入っているサブバックの中に、学校に置きっぱなしになっていたのであった。
このままでは家の中に入れない……こともないが、ドアノブを叩き壊してまで家に入りたいわけではない。
仕方がない。
1日を外で過ごすわけにもいかないなら、残された手段は学校に戻って鍵を取るしかないだろう。
問題はこの時間帯にもうバスは通らないという点であるが。
「……まあ、これならいいよな」
困ったときには変身である。
今のところマイナスにしか働かない力ではあるが、こういう時は役に立つ。
アギトの走力は並の自動車ならば全速力を出していようが、追い越すことができる。
走れば15分で学校までたどり着くことができるだろう。
「では───変身」
姿が変わる。
先ほどまで疲労に満ち溢れてくたびれていた体に活力が漲る。
もっとも、疲労が回復したわけではない。
ドーパミンが過剰分泌されているアスリート選手のようなもので、変身を解いた瞬間に先ほどまで感じていた疲労感が倍になって襲い掛かってくる。
いわば疲労の棚上げである。
まあ、こうなっては致し方ないだろう。
ーーーーーーーーーーーーーーー
暗い夜道を疾走する。
人通りも少ないこの自治区はアギトになるには絶好の場所だろうなと思う。
元々いた町では夜間も監視カメラでそこら中に視線があった。
のびのびと力を発揮するのにこれ以上の環境はないかもしれない。
「……?」
そんなことを考えていた時だった。
強化された聴覚が異音を捉えた……いや、キヴォトスでは銃声は異音ではなかったか。
ともかく、そう離れていない位置で誰かが戦っている。
小鳥遊先輩の話では、アビドスの自治区では人が少ないことをいいことに不良集団がたむろし、夜間に戦闘が起こることは珍しくはないという。
そんなこともあって夜間外出はしないほうがいいと念を押されていた手前、こんな状況になっていること自体が心苦しいのだが。
傍にあったビルの外壁を走って登り、屋上へと辿り着く。
住んでいる住民が少ないおかげで、銃口が放つマズルフラッシュは見えやすいはずだ。
観察していると、町の一角で不自然な発光と共に銃声が聞こえた。
戦闘が行われている地帯はあそこと考えていいだろう。
「うん……」
さて、どうするか。
小鳥遊先輩に変身しての戦闘は表向き禁止されているが、非常時は仕方がないと言われている。
不良同士の小競り合いならば明日の定例会議で報告すればいいのかもしれないが、もしかしたら一般人が不良に襲われている可能性もある。
これ以上、アビドス自治区から人足が遠退くのは自治区存続の危機ではなかろうか。
俺は考える。
決して戦いに行きたいというわけではない。
だが俺もアビドスの生徒として、少しでも貢献ができるかもしれない機会があるなら積極的に行動するべきではないかと思うのだ。
「行くか」
屋上から身を投げ出す。
近くの建物を屋根伝いを跳び、辿り着くまでの時間を短縮する。
10秒と経たずに戦闘エリア近くの建物までやってきた。
この目なら夜でも楽々と敵の顔を視認できる。
戦っている集団はスケバンの格好をした連中と───
「小鳥遊先輩?」
ピンク色の長髪を揺らしながら銃撃を躱す小鳥遊先輩が見えた。
家が近いのだろうか。
帰宅途中に運悪くスケバン共に遭遇してしまったのかもしれない。
スケバンは次々と小鳥遊先輩に打ち倒されて行っているが、数だけは多いようだ。
徐々に小鳥遊先輩を包囲しようと動いているのが見える。
負けないとは思うが、ここでぼ~と眺めているのも申し訳がない。
参戦すれば苦言を呈されるかもしれないが、先輩がスケバン共に撃たれるところを黙って見ていたくはなかった。
建物から飛び降り、今まさに小鳥遊先輩を撃とうとしていたスケバンに拳を振るう。
キヴォトス人の耐久性は大体理解したつもりだが、多少は手加減をすることを忘れない。
地面に崩れ落ちて動かなくなったスケバンを確認し、突然の事態に動揺するもう一人のスケバンを建物の外壁に投げ飛ばした。
「新条くん!?」
「援護します!」
「な、なんだアイツ────」
呆気に取られているスケバンの側頭部を裏拳で弾く。
こちら目掛けて撃ってきたスケバンの射撃を宙に飛んで回避し、その勢いのまま撃ってきたスケバンを跳び蹴りで倒す。
敵は小鳥遊先輩からこちらへとターゲットを変えたのか、すごい数の光が煌めいたかと思うと弾丸が雨のようにこちら目掛けて殺到する。
だが避けはしない。
両手の籠手で被弾を最小限に抑えながら突貫し、スケバン2人をタックルで吹っ飛ばす。
「く、くそ! グレネ───」
「させないよ」
手榴弾を投げようとしたスケバンの手を小鳥遊先輩が狙い撃つ。
ショットガンは近距離専門の銃だと聞いたのだが、ここまでの精度で狙い撃てるものなのかと小鳥遊先輩の技術の高さに思わず声を上げてしまう。
「あとでお説教だからね!」
「すいません!」
「舐めやがって!」
舐めとらんわボケカス。
人の帰宅を邪魔するやつは馬に蹴られてくたばりやがれ。
大声で威嚇してきたスケバンの顎を拳で打ち抜く。
「いい加減に──」
「するのはそっちだよ」
スケバンの銃口が火を噴く前に小鳥遊先輩のショットガンが撃ち抜く。
ショットガンってスナイパーライフルだっけ?
放たれる散弾の全てが、距離が離れているはずのスケバンの全身を捉えていた。
「投げろ投げろ!」
「くらえー!」
味方の犠牲を踏み台にするように次々と手榴弾が投げられる。
回避は容易だが、小鳥遊先輩は避けられない───
「新条くん、足!」
声のする方には走ってくる小鳥遊先輩の姿。
その意図を理解した俺はジャンプした小鳥遊先輩の足を掴み、踏み台になる形で宙を舞う手榴弾の群れへと投げ飛ばす。
小鳥遊先輩は体を翻すと手榴弾の全てを左手に持った盾で敵グループ目掛けて弾き飛ばした。
「「「「うああああああああ!?」」」」
それが戦いの決着だった。
手榴弾の投擲が最後の作戦だったのか、まだ立てるスケバンが倒れたスケバンを泣き言を言いながら引きずっていく。
いつもながら子供向けテレビの悪役の退場シーンを彷彿とさせる情景だった。
去り際だけはあっぱれである。
その前の行動で人としては大きくマイナスだが。
「勝利!」
「新条くん」
「はい!」
「お説教の時間だよ」
「……はい」
らしくもない勢いでの誤魔化しは不発に終わり、小鳥遊先輩の説教は避けることができなかった。
たんたんと戦闘の危険を語る小鳥遊先輩は怖かった。
ーーーーーーーーーーーーーーー
落ち着くと疑問に思ったことがある。
「ところで小鳥遊先輩はなんでこんなところに?」
「話を逸らさな───」
「小鳥遊先輩の家って確かこっちじゃないですよね」
初日の時点で全員がどこに住んでいるか一通り紹介されたのだが、小鳥遊先輩の自宅はここの近くにはない。
もっと離れた住宅街のはずだ。
「……」
痛いところを突かれたといった表情を浮かべた小鳥遊先輩は沈黙する。
なお、この辺りにはバイトができる場所もない。
バイトの帰りではないことは確定的に明らかである。
なぜ小鳥遊先輩はこんな場所でスケバンと戦っていたのか。
……そういえば小鳥遊先輩はいつも朝方、机に突っ伏して寝ているな。
「もしかして、夜警とかやってます?」
「君ってエスパーかなにか?」
「アギトになる前には超能力が発現するらしいですよ。俺には覚えがありませんけど」
「……そういうことを聞いているわけじゃないんだけどな~。まあ、ここまできたら仕方がない、か」
ぽつぽつと小鳥遊先輩は語り始めた。
「アビドスには他の学校で言う風紀委員会みたいに公に治安を取り締まる組織が無いからね。おまけに人も少ないから、外からやってきた不良集団が根城に使いやすい。そいつらにアビドスの住民が恐喝される事件が後を絶たないんだ」
「だから、小鳥遊先輩が夜警を?」
「うん。1年生の頃からやってる」
不良集団の探索は住民の通報を小鳥遊先輩個人が受け取り、そのたびに対応している。
捜査も戦闘もその後始末までも一人で請け負う。
それは寝不足にもなるわけだ。
朝方の小鳥遊先輩は一仕事を終えた後の警察官のようなものなのだろう。
というか、やっていることはもう外での警察官じゃないか。
決して学生一人が負うことじゃない。
「みんなに言わないのも、訳があるんですね」
「あはは……うん。こういうのは一人の方が動きやすいし、ローテーションでやるにもみんなは一人じゃ回り切れないから」
あれからもヘルメット団の襲撃は何度か受けている。
そのたびに俺は皆が戦闘する場面を観賞することになっているのだが、戦闘中に一番運動量が高いのが小鳥遊先輩だった。
時には先行して敵陣に攻め込み、時には集中砲火を受けている味方のカバーに回る。
目まぐるしく変動する戦闘模様を常に把握し、動ける体力が無ければできない芸当だ。
小鳥遊先輩の実力はアビドス生徒の中でも、頭一つ抜けているとアヤネさんが言っていた。
そんな小鳥遊先輩が味方のフォローに回る必要性もなく暴れまわったらどうなるかは、言うまでもないだろう。
夜警の一人での戦闘は小鳥遊先輩が一人だからこそ解決できるものなのかもしれない。
さっきの小鳥遊先輩の戦いは普段の落ち着いた司令官スタイルから、敵を次々に撃破する激しい戦士のスタイルだった。
「じゃあ、俺も手伝います」
「……えっと、話聞いてた?」
「聞いてました。だから提案してるんです。小鳥遊先輩もわかってると思いますけど、最近は特に怪しまれてますよ」
「……」
アビドスのみんなは小鳥遊先輩の行動に気づかないほど鈍感じゃない。
いつも朝方眠そうにしているのだって、何か理由があるとわかっているから、どれほど居眠りしていても必要な時以外は何も言わないのだ。
特に最近の小鳥遊先輩は声をかけても起きないことが多い。
いつものことで済ませられる範囲を超えるほど疲れ切った様子を隠せないのならば、きっと彼女たちからストップがかかるだろう。
もしかしたら無理にでもローテーションを組んで、小鳥遊先輩の負担を軽くしようとするかもしれない。
いや、きっとそうするだろう。
それは小鳥遊先輩の本意ではないはずだ。
「俺の体は頑丈です。アギトになれば多少の疲労も無視して動けます。隠しきれずにバレたら、困るのは先輩の方じゃないですか?」
「……まいったね。どうも新条くん、いや、テツヤくんには口では勝てそうになさそうだ」
降参と言いたげに両の手を挙げながら小鳥遊先輩は呟いた。
これでも舌戦には少々の自信があるのだ。
期待通りの戦果に頷きながら、小鳥遊先輩の言葉を待つ。
「……最近はヘルメット団以外もやけに多くてね。私の捜査網にも引っかからないから、住民の通報待ちになって、その結果通報がダブルブッキングしちゃうこともあるんだよ。だから正直、テツヤくんの助力の申し出は受け取るしかないし、私が断ったらみんなに教えるでしょ?」
「はい。もちろん」
「いい笑顔で言うな~。……変身して戦うのを避けてって言った私が、君のお世話になっちゃうなんてね」
「いいんですよ。それでこの力が役に立つんだから。というか、帰宅以外に今のところ使い道がないですし」
「あはは。タクシーみたいな言い方だね」
実際、アギトの脚力は移動手段に超便利。
キヴォトスに来るまではこんな使い方をなんて夢にも思わなかった。
精々が重労働の現場に使えるか程度の想定だったのに。
アビドス高等学校まで建物の列があったなら、バス通学はなしにしてアギト通学を選んでいたかもしれない。
「戦う以外の使い道がないんだから、せめて先輩の負担の軽減に使わせてくださいよ」
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……なし崩しに後輩の参戦を了承してしまった。
モモトークに専用の連絡グループを作ったあと、テツヤくんは帰っていった。
本当にいい子だ。
裏表のない物言いといい、真っ直ぐなまなざしといい……
『ホシノちゃん』
……あの人を思い出す。
私の尊敬する唯一の先輩。
私が目指す背中。
私が……救えなかったあの人。
「……」
後悔は先に立たない。
結末を今さら変えることなどできないとわかっていても、自分の失敗を忘れることができない。
過去にもしも戻れるのなら、私は迷わず過去の私を────
「駄目だ」
そんなことを考えている場合じゃない。
今はテツヤくんを組み込んだ新たな戦闘スタイルを考えなければならないんだ。
……正直、テツヤくんとの連携は恐ろしい程うまくいくという予感がある。
テツヤくんの戦闘スタイルは敵陣に斬り込んでかき回す鉄砲玉だ。
一人で戦う時の私のスタイルに似通っている。
下手な作戦を立てて足を止めるより、2人で適当に暴れて、気づいたら援護する形でも成り立ちそうだ。
アギトの力。
みんなの手前、表立って戦うことを避けてほしいといったけれど。
それが杞憂でしかないことを私は最初の戦いで理解していた。
アギトに変身したテツヤくんの頑丈さは私にも届くほどのものだ。
軍隊を相手取るならばともかく、小規模編成の部隊では彼を相手取るには足りないにもほどがある。
もしかしたら、軍隊でさえ彼を倒すことはできないかもしれない。
けれど、私は彼の力を行使することを断った。
もしも体力が切れて変身が解けてしまったらという場合を考えたというのもあるが、一番の理由は彼を戦列に立たせて戦わせること自体に抵抗感があったからだ。
きっと彼は戦うだろう。
戦いを好んでいるわけではない。
必要な戦いならば躊躇わない、そういう性格であることは短い付き合いながらでもわかる。
そんな彼を前線に出すことを私は躊躇した。
彼を役に立つからという理由で戦わせることは、人ではなく武器として扱っているように……道具として扱っているような気がしたからだ。
私たちはいい。
私たちにとって銃撃戦は日常であって、あって当たり前のことだから。
でも彼はそんな世界の外からやってきた。
戦いとは無縁の世界で生きてきた人間。
そんな彼を真っ先に戦いに駆り出すのはどうなんだろう。
きっとシロコちゃんたちもそう考えたから、私の意見に同調したはずだ。
使いやすい武器としてではなく、ちゃんと仲間として受け入れるために戦いから切り離した。
今日まではそうだった。
「ごめんね、テツヤくん」
私はこれから君を頼りにしないといけない。
キヴォトスにきてまだ1ヶ月の君を。
私自身が始めた、私自身に課したタスクの達成のために。
君を疑っていた私に、どうか力を貸してほしい。
なお、帰宅時間が早まっても眠れるとは言っていない。