Blue Archive vol.AGITΩ   作:mukugawa

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シロコストーリー。


休日サイクリング

 

「テツヤ。自転車を買おう」

 

「……はい?」

 

 授業の終わりに砂狼さんが話しかけてきた。

 君が突拍子のないことを言うのには慣れたが、自転車は初耳だな。

 昨日は射撃訓練と言いながら敵からかっぱらった銃を渡したな。

 そのあとに凄味のある笑顔のノノミさんに呼び出されてったけどさ。

 銀行強盗を真剣にアビドス復興の策として嬉々として語る姿にはちょっと戦慄を覚えたぞ。

 あとで奥空さんに聞いて、銀行強盗がキヴォトスのトレンドでないことはわかったんだけどさ。

 ……それを考えればまともな提案を急にしてきたな。

 

「テツヤ、自転車を買おう」

 

「お、おう今日は中々の圧……」

 

「テツヤは自転車を買った」

 

「過去形かよ。段階すっ飛ばしすぎ……自転車? ロードバイクみたいな感じ?」

 

「その通り。テツヤは話が早い。何も聞かずに私とサイクリングに行こう」

 

 ロードバイクか。

 

 乗った経験があるのはママチャリくらいなんだけど、大丈夫だろうか。

 というか、砂狼さんはサイクリングが趣味なのか?

 

「わかったよ」

 

「ん。カタログを渡しておく、初心者向けのリーズナブルな価格の特集だから、目を通してほしい」

 

 手渡されたのはカッコいい自転車が表紙に飾られた小冊子。

 とりあえず、放課後の空いた時間に目を通しておこう。

 

「週末の予定は?」

 

「バイトは休みだから、特に予定はないけど……」

 

「週末、サイクリングショップで」

 

 砂狼さんはそう言って駆け出していった。

 バイトでもあるのだろうか。

 

「……返事、してないんだけどな」

 

「シロコちゃんはああいう子ですから」

 

「ノノミさん。音もなく背後に立つのは怖いって」

 

 気づいたらいるなこの人。

 キャラの濃さはあなたも砂狼さんとタメを張れると思うよ。

 

「そんなことはありませんよ~。シロコちゃんはオンリー1のナンバー1ですから」

 

「……俺、口に出やすいのかな」

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 風を全身で突っ切って走る。

 勢いがつけば自転車でもかなりのスピードが出せることは知っていたが、実際に体感してみると想像以上だ。

 なんというか、気分がいい。

 むしゃくしゃした気分の時に走ったあとのような爽快感が体中を満たしていく。

 ぐんぐんと変わっていく景色が見える。

 走れば走るほど何かが解き放たれていくような不思議な感覚があった。

 

「いいな、これは!」

 

 声に漏れ出る感嘆。

 友達の誘いから自転車を買うまで実にスムーズに進んだサイクリングの道が、自分の前に確かに開いたのを感じた。

 数少ない趣味が増えたことを今は心の底から喜ぼう。

 

「ん。きっと気に入ってくれると思った」

 

 まだ漕ぎなれていない自分に並走してくれる砂狼さんの声が聞こえる。

 Tシャツにスポーツ用の短パンという簡易な運動着である俺と違って、テレビで見る競輪の選手が着るようなライディングウェアを着込んだ彼女はペダルを漕ぐ姿が実に様になっていた。

 自分も必死にペダルを漕いでいるのだが、呼吸が徐々に荒くなっている自分とは対照的に呼吸は落ち着いており、その表情は涼しい。

 

「テツヤ、無理に漕がなくてもいい。最初はできる範囲で無理をしないのが肝心」

 

「わかった!」

 

 ゆっくりとスピードを落とし、狂った呼吸のリズムを整える。

 変身せずとも、体力については元運動部で自信はある。

 クールダウンの重要性も少しは心得ているつもりだ。

 運転に落ち着きが見えたのを確認した砂狼さんが頷き、休憩を提案する。

 

「この先にコンビニがある。そこで水分を補給しよう」

 

「ありがとう。ちょうど喉が渇いたところだったんだ」

 

 今は豆粒のようにしか見えないが、確かに見える休憩所目掛けて、俺たちはペダルを漕いだ。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「ふう……水がうまい!」

 

 喉を鳴らしてペットボトルの水を飲み続けるテツヤ。

 少し強引に誘ってしまったかと思ったけれど、楽しんでくれているみたいで、私はホッとした。

 新条テツヤという生徒は、私にとって2人しかいない同級生の一人。

 ノノミのように付き合いが長いわけではないから、初めはどんな接点を作ればいいのかわからなかったけれど、サイクリングではいい感触をつかんでいるような気がする。

 

「テツヤ……無理はしてない?」

 

 外の人間とキヴォトスの私たちでは体力にも差があるとノノミに教えてもらった。

 私にとっては今のスピードはクールダウン中のスピードにも届かないが、テツヤにとってはどうだろう?

 私が誘った手前、気を使って限界であることを言い出せないのではないかと少し不安だ。

 そんな私の思いを吹っ飛ばすように笑いながらテツヤは答えた。

 

「大丈夫大丈夫。これでも元運動部なんでね、体力づくりのためにジョギングを毎日やってるから問題なし! 砂狼さんも俺に気を使わないでスピードを……ああ、今ってどれくらいの速さ?」

 

「正直、クールダウン中以下」

 

「Oh……でもまあ、大丈夫。あと2倍の速さくらいなら問題なく走れると思う」

 

 ……驚いた。

 2倍なら私の本来のスピードと同じ。

 本当に外の人間なのだろうか?

 ヘイローもなく、銃を取り扱ったこともないから間違いないとアヤネは言っていたけど……

 

「ん。すごい。テツヤにはサイクリングの才能がある」

 

「砂狼さんにそう言ってもらえると嬉しいな。これが昔取った杵柄が役に立つ、てやつなのか……」

 

 昔取った杵柄が役に立つ。

 以前に身に着けた技量や腕前が衰えず役に立つって意味だったはず。

 

「元運動部って言ってたけど、何の部活に入っていたの?」

 

「サッカー部。とは言っても、小学校1年から中学2年までだったけど」

 

「なんで止めたの?」

 

 笑いながら話していたテツヤの表情が一瞬固まる。

 聞いてはいけないことを聞いただろうか……

 

「まあ、なんといいいますか……ちょっとズルかなって思ったから、だと思う」

 

「ズル?」

 

 何がズルになるんだろう?

 私は疑問を隠せない。

 変身しなければ普通の人間とさほど変わらないと、そう言っていたのはテツヤ本人のはず。

 何でそんなことを思ったのだろうか。

 

「俺が中学2年の時にアギトになったってことは話したよね」

 

「ん。寝て覚めたら2本角。私でも驚く」

 

「うん。まあ、部活にはしばらく普通に通ってたんだけど、ちょっと目に見えて調子が良くなった」

 

 疲れ知らずの体になった。

 ボールを本気で蹴った時に一度破裂させた。

 タックルをしてきた相手が逆に吹き飛ばされるようになった。

 具体例をいくつも並べながら、自分の体の変調を話すテツヤの表情はどこか諦めに満ちているように見えた。

 

「で、まあ気まずくなって退部することにしたってわけだ」

 

「変身したわけじゃないんでしょ? 別にズルでもなんでもない」

 

「まあそうなんだけどさ」

 

 一息置いてテツヤはこう口にした。

 

「俺がズルって感じたらもうズルなんだよ」

 

 言い切ったその言葉には強い決意を感じた。

 たとえどんな相手に擁護されようと、もう戻る気はないのだろう。

 

「……そう。テツヤはクソ真面目」

 

「クソって……」

 

「調子が良くなったくらいで気を病む人間をクソ真面目以外の言葉では表せない」

 

 外から来たテツヤは正直、距離感を図りかねていた相手だった。

 キヴォトスの常識に乏しいところはアビドスに来た頃の私と似ているけれど、それ以外はよくわからない少年。

 サイクリングに誘ったのは正解だったと今は思う。

 なんとなく、テツヤという人間がわかってきたような気がする。

 テツヤは────

 

「───良いヤツ」

 

「ん? 何か言った?」

 

「なんでもない。休憩はそろそろ終わり」

 

 緩んだ口元を正しながら、相棒である自転車へと跨る。

 ……そういえば、一つ言いたいことがあった。

 

「テツヤ」

 

「なに砂狼さ────」

 

「シロコ」

 

 同級生をさんづけで呼ぶのが癖なのはわかったけれど、

 

「砂狼さんは他人行儀過ぎ。むしろ名前で呼ばないほうが失礼」

 

 ノノミたちを名前で呼ぶのだから、いい加減私も名前で読んでほしい。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「ふぅ……いい汗かいたな」

 

「ん。2人で走るのも悪くない」

 

 夕日が覗く公園。

 1日をかけた長いサイクリングは終点を迎えた。

 常人では信じられない運動量を必要とする距離を走ったような気がするが、そこは人ならざるこの体に感謝だ。

 距離にして60km。

 世の中のサイクリングにおける平均距離など俺は知らないが、こんな距離を初心者が走ることなどまずないだろう。

 だが、楽しいものだったことは確かだ。

 

「新世界だな。ありがとう、すな───」

 

「ん」

 

「──シロコさん。よければまた一緒に走ってほしい」

 

「もちろん。いつでも予定は空ける」

 

 空いているじゃなくて、空ける、か。

 シロコさんに見習うべき点はこの行動力だな。

 

「テツヤ。言っておくことがある」

 

「なに?」

 

「アビドスは来るものを拒まない。たとえどんな過去があっても……なくても」

 

 ……過去がなくても、か。

 

「私はアビドス以前の記憶がない。それまでどんな名前だったのかも、どんな人間だったのかも私には思い出せない」

 

 待て。

 どんなバックボーンがあっても関係ないって例えじゃなくて、本当に記憶がないのか。

 銀行強盗の時もそうだけど、シロコさんはいつも俺を驚かせる。

 本当に気にしていないから、こんな簡単に言えるのだろうが、記憶喪失のカミングアウトって結構な衝撃の事態だぞ。

 話すシロコさんの様子はいたって普通で緊張の欠片は見当たらない。

 シロコさんにとっては思い出せない過去よりも、思い出を作れる今が……アビドスが本当に大事なんだろう。

 

「でも、ホシノ先輩は、ノノミはそんな私を受け入れてくれた。だから────」

 

 シロコさんがこちらを振り向く。

 その顔は夕日に照らされて、なんというか───綺麗だった。

 

「私も、あなたを受け入れる。()、ここにいるあなたを私は求めてるから」

 

「シロコさん……」

 

「テツヤが、どこか私たちとの距離感を測れてないのはわかってるから。安心して、接してほしい」

 

 ……なんというか、世話になりっぱなしだ。

 

「シロコさん。俺はね、人にさんづけをする奴じゃなかったんだ」

 

 小学校の頃は友達を呼び捨てで読んでいたし、距離が近いと言われたこともあった。

 初対面の大人にため口で話して怒られたこともあった。

 こういうのもなんだが、いわゆる明るい子供だったと思う。

 中学生になってもそれは変わらなかったが、アギトになってからすべてが変わった。

 ……人が怖くなった。

 

「……」

 

「自分から近付くことを恐れて、ずっと一定の距離から離れず、近づかない。そのための柵だったんだよ」

 

 世間のアギトへの反応を知っているからこそ、わかっていた。

 人の中にアギトの居場所はない。

 そういう人に対する諦めがいつしか形になった。

 だから、アビドスで変身した時も。

 

「きっと追い出されるんだろうなって、心のどこかでそう思ってた」

 

「そんなことはしない」

 

「だろうね」

 

 もうわかってる。

 アビドスで過ごすたび、みんなと接するたびに思い知らされた。

 諦めるには早い。

 俺は、俺が思っている以上に世界を知らない。

 見切りをつけるには俺はあまりにも無知で、早急が過ぎた。

 きっと、キヴォトスの外でもそうだったのだろう。

 著名な人でアギトであるとカミングアウトしている人間だって探せばいくらでもいる。

 アギトって名前でレストランを開いている人だって聞いたことがあった。

 人の中でもアギトは生きられるって証拠はそこら中にいくらでもあったのに。

 俺は始める前から無駄だと決めつけて努力を怠った。

 勝手に諦めた。

 自分で自分を生き辛くしていたら、辛いのは当たり前だ。

 だから、今度は俺から一歩を踏み出したい。

 自分の過去をさらけ出してまで俺に歩み寄ってくれた彼女と、みんなと一緒に歩けるように。

 

「だから、俺からも頼む。これからも、どうかよろしく……シロコ」

 

「ん。こちらこそ」

 

 夕日が沈んでいくのが見える。

 いつもは寂しくて胸が締め付けられるのに今日は胸が熱い。

 熱くなる目頭を押さえながら、俺はそう思った。

 

「アビドスは去るものを許さない」

 

「え?」

 

「アビドスはアリジゴク。一度立ち入ったら定住するまで逃がすつもりはないから」

 

「……比喩、だよな」

 

「ん」

 

 なんだ、んって。

 

 

 

 

 

 

 




絆ストーリーはここまで。
次回からゲーム本編に突入。
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