《2001年3月24日土曜日午後7時過ぎ・代々木帝国陸軍技術廠》
帝国斯衛軍所属•篁唯依中尉は、本来なら全ての業務を終えて東京にある篁邸の別宅へと帰宅をしてはいるのだが、一人で事務室の自分の机の前に座り、一心不乱にある人物の事を調べていた。
「白銀武中佐。年齢は17歳、1983年12月16 日生まれ。 元帝国斯衛軍で今現在は国連第11 軍在日国連軍横浜基地所属。 戦術機開発の鬼才にして、戦闘衛士としても東ユ゙ーラシア大陸最強の呼び声が高く、若干17歳にして国連軍中佐の階級を持ちのエリート佐官。 国連横浜基地の機甲戦術機部隊A-01部隊の連隊指揮官。神奈川県横浜市神奈川区柊町出身。両親の名前は父・白銀影行。母・白銀楓か・・・」
唯依はやや温くなった沖ノ鳥島食糧プラント産コーヒーを飲むが、温くなったコーヒーは口に合わなかったのか、やや渋い表情をする。
「父・白銀影行は光菱重工の技術者で、戦術機開発部門の次長待遇の主任。 過去に【撃震】、【瑞鶴】、【陽炎】、【海神】、【不知火】、【吹雪】、【月光】の戦術機開発で功績を立てるか・・・。やはり父様と伯父様が仰った通り、優秀な人物なんだな。母・楓は親藩譜代武家・徳永家の出で、【瑞鶴】開発計画中に開発の総責任者•徳永実義の紹介で知り合い、知り合って僅か一年でスピード結婚か・・・。やはり、将来性を高く評価されての見合い結婚。その後の戦術機開発での実績を考えたら、徳永校長には人を見る目があったんだな」
唯依に取って
当時は武家社会と斯衛軍内では不評だったが、今ではガラッと評価が変わっており、名校長と評価されている。
「それもこれも白銀父子のお陰なのだろうな・・・」
仕方ない事とは言え、唯依の中では白銀父子への感情は複雑だった。
「父様は『負けて清々した』とは言っていたけど・・・・」
1999年の夏。国連横浜基地と帝国陸軍技術廠が共同開発した次世代試作戦術機【月光】四機と、帝国斯衛軍技術開発部が総力を上げて開発した斯衛軍専用戦術機【武御雷】四機による模擬戦が帝国陸軍富士裾野演習場で対戦。
結果は4戦共【月光】の圧勝で終わった。この結果に城内省と斯衛軍は恐慌状態になった程だ。それでなくても【武御雷】は対BETA戦争の長期化で国家財政が逼迫している中で、大蔵省の反対を押し切っての開発だっただけに、せめて引き分けでもなければ格好が付かなかった。
そしてこの結果に大蔵省は本当にブチギレた!
それでなくても【武御雷】は帝国斯衛軍専用機のみならず量産性、整備性、互換性、汎用性を頭から無視した国内使用限定機と言う問題機。だが悲しいかな、白銀父子が心血を注いで開発した傑作機【不知火】シリーズの活躍で、大陸の戦況は東ユーラシア大陸限定ではあるが、BETAの東進は食い止められており、東南アジア一帯、中国南部沿岸、中国北部、東シベリアは依然として保持されている。当然の事ながら国内使用限定機しか持たない帝国斯衛軍の出番は無く、【82式瑞鶴】も事実上遊兵化していたので、帝国斯衛軍専用機制度に疑問詞されていた。そんな所に、【99式試作武御雷】が【99式次世代試作戦術機月光】に4戦完敗したので、大蔵省は完全にブチギレてしまう。
『おんどれらー!散々皇帝陛下と政威大将軍殿下の威光を嵩にして、苦しい財政から何年も何年も大金ださせていながらこの結果はなんだー!』
観戦に訪れていた大蔵省の役人達は、雁首揃えて顔面蒼白だった開発推進派の城内省と帝国斯衛軍の幹部達に人目憚らず怒鳴り散らす。
【月光】の性能に絶対的な自信を持つ国連横浜基地副司令官の香月夕呼大佐待遇は腹を抱えて笑い、【月光】の開発責任者白銀影行主任はかつて一緒に【瑞鶴】の開発で協力した旧知の間柄だった【武御雷】の開発責任者の篁裕唯少佐に同情を禁じ得なかった。
城内省の役人と帝国斯衛軍軍人達は、何とかして引き続き大蔵省に【武御雷】の継続的開発を認めさせ様とするが、大蔵省の役人達を説得出来る材料がない。
しかも【武御雷】に乗っていたのは、青格の四人で帝国斯衛軍若手のホープにして大隊長。しかも四人共五摂家の当主のおまけ付きと来る。
『大蔵省はもうこれ以上、貴様らの要求に応える気はない。従って【武御雷】の開発計画は中止だあー!ついでに斯衛軍専用機制度も廃止、帝国斯衛軍の次期主力戦術機は【95式吹雪97型】にする!分かったなぁー!』
【95式吹雪97型】は日本帝国陸軍の第三世代戦術機で、傑作機【不知火シリーズ】の機体の一つ。ハイローミックス構想のロー担当し汎用性、即応性重視で作られた。今までローを担当していた第一世代機【撃震】が旧式化したので、その後継機とも言える機体だ。
徹底した軽量化を図り、それでいながら、機体の耐久性と整備性の良さは不知火シリーズの中で最優秀との声も。
大蔵省の役人達は言いたい事だけ言うと、もうここには用が無いとさっさと帰って行く。
この数日後、大蔵省から城内省と斯衛軍本部に【武御雷】開発計画の中止と、次期主力機を【95式吹雪97型】に変更する様との通知が届いた。
勿論城内省と帝国斯衛軍と武家内では、大蔵省の強硬な措置への反発の声が出たが、開発計画の責任者である篁裕唯が、
『第一世代機の運用経験しか無い帝国斯衛軍では、やはり第三世代機の運用は時期尚早でしかなかった。寧ろトータルバランスとコストパフォーマンスに優れている【吹雪97型】が身の上に合った戦術機と言える』
と、反発する者達を宥め説得へと動く。
【吹雪97型】は元々【95式高等練習機吹雪】をベースにした機体だ。旧式化した日本帝国初の第一世代機【撃震】の後継機で一般部隊向けに開発された実機であり、不知火シリーズの完成機【不知火97型】のべースとなった【93式不知火甲型】と同水準の機体。日本帝国軍内では戦線維持を期待されているローを担当している。
『吹雪97型を採用すれば、95式吹雪練習機甲型との交換も期待出来る』
【不知火シリーズ】の中で【吹雪型】は一般部隊の衛士達の為に機種転換での違和感を持たせない為に、互換性を重視されて設計されている。その為か、ハイを担当する【不知火型】よりも操縦しやすいと好評の一言。大陸でも確実に実績を上げており、東ユーラシア戦線の各軍が【奇蹟のOS】と評価する【XM3】を搭載し、衛士の生存率は他軍の3倍に達している。日本帝国は【吹雪型】と【XM3】はセットで販売をしており、それまで戦術機市場はアメリカの独占市場だったのが急速に食込み始め、アメリカ政府も神経をピリピリさせていた。
『篁主査は悔しくはないのですか?心血注いで開発した【武御雷】が不採用になってしまうのですよ?』
それでも諦め切れない者達は懸命に食い下がるが、
『帝国斯衛軍は外征はしない軍だ。その軍が年間30機しか造れない高性能戦術機を持っても致し方なかろう。イタズラに【武御雷】の開発に拘って、国家財政を逼迫させるよりマシだ』
『ですが帝国軍も国連軍も卑怯では御座らぬか』
『何が卑怯なのだ?』
『まさか第三世代機の【武御雷】に極秘開発していた次世代試作戦術機をぶつけて来るとは・・・。あれは第三世代機ではなく第四世代機ですぞ・・・』
城内省と斯衛軍からすれば【不知火97型】相手なら、【武御雷】が一方的に負けるとは思っていない。何故なら【99式試作武御雷】は【不知火シリーズ】上位互換機として開発された機体で、【不知火シリーズ】に投じられた全ての技術を導入された機体だからだ。
完成されれば第三世代機最強の触れ込みは伊達ではない自信はあった。
基本的スペックなら第3.5世代機と高い評価を受けている【不知火97型】を上回る。
それが一方的に負けたのだから、【99式月光】は間違いなく第四世代機なのだろう。
『それがどうしたのだ。戦場では何が起きるのか予測は出来ない上に、いつBETAの新種と戦うのか分からないのだ。そんな甘えた考えでは、どんな高性能な戦術機を持とうが宝の持ち腐れにしかならない』
『だが我等は将軍家と帝都を御守りするのが役目。その我等が平民と同じ戦術機を使う等と、とても我慢出来るものではないですぞ』
周囲からはこれに賛同する声が多数上がる。中には現政府を打倒すべきの声も。
『では政府に対して反乱を起こすのか。それこそ将軍家と皇室に仇なす行為とは思わないのか?貴公らは・・・・』
『それは・・・』
篁裕唯も譜代武家の誇りと気概を持つが、閉鎖的体質が強い武家村の中では外の世界と接する機会が多いので、閉鎖的な武家村の体質を打破する機会を伺っていたのも確かだ。
(武御雷が不採用になるのは残念だが、これを気に武家と斯衛軍の閉鎖的体質を変える好機なのかも知れない。そう言った意味では、榮二と影行の2人に感謝しなければならないかもしれん。幸いな事に若手には私と同じ考えを持つ者達も多いのだから。ただ・・・)
篁裕唯は対ハイヴ攻略戦用機として極秘開発中だった【月光】を、【武御雷】にぶつけて来た時の巌谷榮二のしたり顔を見た時の顔を思い出すと、腹ただしい物があった。
(次に会った時は一発ぶん殴る)
彼はそう決めた。
そして篁裕唯は帝国斯衛軍と武家社会の改革を唱える徳永家との共同歩調を揃えて行く事となる。
「そして父様は、その改革の一貫として、私や同期の皆を巌谷の伯父様の下に表向きは出向と言う形で預けた・・・」
篁唯依と一緒に帝国陸軍技術廠に出向したのは、帝国斯衛軍白百合衛士訓練校の同期11名で、帝国斯衛軍親藩譜代武家の如月小百合大尉を中隊長として、副隊長に譜代武家の篁唯依中尉、同じ譜代武家の雨宮鞠子中尉。残り9名は外様武家出身者で山城上総少尉、能登和泉少尉、甲斐志摩子少尉、石見安芸少尉、越後美和少尉、相模響子少尉、常陸由紀恵少尉、安房夏子少尉、信濃舞少尉の計12名。部隊のコードネー厶はホワイト・エンジェルス。
ただ、嫁入り前の生娘達が11名も来たので、独身勢に大きな刺激とやる気を出させた。
ひっきりなしにお茶や飲み会に誘われてしまうのが彼女達の頭痛の種だ。
帝国陸軍技術廠は国連軍横浜基地と光菱重工との繋がりが一番深く、国連軍横浜基地には元斯衛軍にして現国連軍中佐の白銀武、光菱重工次長待遇•戦術機開発部主任の白銀影行とも繋がりが深い部署でもある。
だが唯依が持つ白銀父子に対する心情は複雑だ。立場上仕方かったとは言え、自分の父親が七年に渡って心血を注いでいた【武御雷】開発計画を潰し、白銀武は帝国斯衛軍から国連軍に移籍した裏切り者だ。無論だからと言って帝国斯衛軍時代の輝かしい戦歴が色褪せるモノでは無く、日本帝国が未だに後方国家で有り続けるのは、実は予知能力者ではないかとの噂が絶えない彼のお陰なのだから。
「白銀中佐か・・・・」
唯依はカーソルを動かしながら、白銀武の検索を続ける。
「92年に戦術機用新OS・XM2を考案開発。この新OSの開発に成功した事で、技術的問題から行き詰まっていた不知火開発計画は一気に解決をして、当初の予定からは半年も早く93年に不知火の試作機が完成。しかも即応性能を2割も速くさせてしまうおまけ付きで・・・」
当初の予定より半年速く試作機が開発された事で、【93式不知火】の初陣は早く遼東半島防衛戦、九・一六作戦に先行試作量産機1個大隊36機が急遽投入された。作戦参加期間は僅か二ヶ月だったが、即応性能が2割も上昇した【93式不知火】は帝国陸軍が期待した以上の性能を発揮し、遼東半島防衛成功の立役者となる。
「損失機は僅か12機で戦死者は零、負傷者は12名出たけど全員が戦列に復帰した。この結果、新OS・XMシリーズの立場は不動の物となるか。巌谷の伯父様もXM2のお陰で何度も命拾いしたと言っていたなあ・・・」
唯依からしたらもうこの時点で頭を抱えたい心境だ。戦術機開発と言えばハード面ばかり目に言ってしまいがちだったが、まさかソフトウェアから戦術機の性能を大幅に引き上げてしまうなど想像の埒外。戦術機の硬直を極力0にし、連続的な立体機動を実現させる事で、戦術機が持つ機動性能を機体性能ギリギリまで引き上げてしまう。XMシリーズの最大の利点は、【不知火】のみならず既存の全戦術機で使えるのが最大の利点なのだ。
『唯依ちゃん、このOSは凄いぞ。白銀武君が言った通りに更なる発展をさせれば、戦術機運用に革命が起こるぞ』
九・一六作戦から帰還した巌谷榮二は唯依に興奮気味に話したのを彼女は覚えていた。
帝国斯衛軍も帝国陸軍より一年遅かったが、九・一六作戦の結果を踏まえて新OSを採用する。
しかし、こうなってくると、白銀武少年の処遇と言うか待遇をどうするかで帝国陸軍と帝国斯衛軍は揉めだす。
とは言っても本人はまだ未成年で、しかも小学4年生の10歳の子供に過ぎない。本来なら最低15歳になるまでは、親元の庇護下にいなければならない身だ。
帝国軍と斯衛軍との間で網引きがあったが、武の身分は帝国斯衛軍少尉兼衛士候補生に落ち着き、横浜の家の近くにある帝国陸軍横浜衛士訓練校で英才教育を施す事に。
「はあ〜〜〜〜、私が十歳の時と比較したら落ち込むよ〜」
「誰が落ち込むって?」
慌てて振り向くと、そこには技術廠の副司令官である巌谷榮二中佐だった。
「お、お、おじ、っ、失礼しました巌谷中佐、大陸の前線視察から帰って来たんですね」
慌てて言い直す唯依。
「いいよ、今は勤務時間外だ。形式張った言い方はしなくていい」
「で、で、ですが・・・」
「つい先程帰国したばかりだよ、明日中に報告書を纏めて市ヶ谷の軍令部に報告するつもりでいる。唯依ちゃん、すまないがコーヒーを淹れてくれないかな。帰り道で沖ノ鳥島食糧プラント産チョコレートを買って来たんだ」
「あっ、すみません、直ぐに入れます」
唯依は給湯室に行き、自分の分を含めたコーヒーを2つ淹れる。
「うん、完全ではないが、食糧プラント施設の充実で、食料関係をほぼ自給自足出来たのは大きいな。このコーヒー豆も合成が2割、天然が8割なのだから」
「そうですね、南国産の甘味類も小笠原、南鳥島の食料プラントから自由に調達出来るのは嬉しいですね。おかげで食料価格が安定していますから」
「榊政権暫くは安泰だな。何せ支持率は7割を超えているのだから」
「そうですか。手土産に持って行った、00式戦車と00式駆逐戦車はどうでしたか?」
「大変喜んでいたよ。これでBETAの突撃級と正面から撃ち合って勝てるとね」
00式戦車は95式120ミリ電磁加速狙撃砲を帝国陸軍技術廠が戦車用に改造した120ミリ電磁加速砲を搭載した戦車で、砲弾をマッハ3の速さで発射しプラズマ化した砲弾は30キロ先の突撃級のモース硬度15の装甲を正面から撃ち抜く。
00式駆逐戦車は帝国陸軍技術廠が陸軍機甲部隊からの要望を叶える形で発泡金属装甲を使い開発。砲塔は120ミリ電磁加速狙撃砲を参考に開発された155ミリ電磁加速狙撃砲。それを99式装甲自走車の上に搭載をして水平射撃を可能にし50キロ先の突撃級、要塞級、重光線級の撃破を目的に開発された。発泡金属装甲の開発で装甲重量が半減、強度は2割増しでありながら、価格は複合装甲の3割安く済むのでお買い得。
その他に280ミリ、330ミリ電磁加速狙撃砲が存在し、BETAの重光線級との撃ち合いを想定した電磁シールド発生装置を装備した280ミリ電磁加速砲2門を搭載した98式重突撃機も開発もされており、重光線級・母艦級キラーとして大陸戦線で活躍中。ただ燃費が悪いのが欠点でもあり、発泡金属装甲と水素エネルギーが実用化されなければ、開発されなかったであろう燃費最悪の機体。
今回巌谷榮二は新型の00式戦車、00式駆逐戦車をそれぞれ1個連隊分を日本帝国陸軍大陸派遣軍へと持参した。日本帝国陸軍大陸派遣軍は、国連軍、統一中華戦線軍、統一韓国系大東亜連合軍と一緒に重慶ハイヴのBETAと対峙中だ。
「やはり夏には重慶ハイヴ攻略戦を?」
「間違いなくそうなるだろうな。国連横浜基地の香月副司令官も生きた反応炉が余程欲しいのか、重慶ハイヴ攻略を強く望んでいる。国連横浜基地のA-01部隊の方は、戦術機を全て【99式月光】と【不知火97型】への切り替えと慣熟訓練も終えている状態だ。何やら新兵器も用意している話しだ」
99年に大陸での国連軍主導での重慶・ハイヴ攻略に向けての反攻作戦が実施され、国連軍、統一中華戦線、日本帝国陸海軍、大東亜連合軍が参加。河北省、山東省の奪還に成功をしていた。そこを足掛かりにして、重慶・ハイヴ攻略作戦の準備が進んでいた。
「・・・・新兵器・・・・」
「香月副司令は詳しい事は話してくれなかったが、白銀中佐の発案と設計の元に新型機動兵器を開発中だそうだ」
自分の椅子に座った巌谷榮二が呆れ顔で言う。
「はぁ、また白銀中佐ですか・・・」
唯依はがっくりと肩を落とす。2000年4月に帝国陸軍技術廠への出向と言う形での配属が決まった後、度々国連横浜基地と光菱重工小開発机研究所と一緒に兵器や支援装備の開発をする事が多く、その都度【白銀父子】にヘコまされてしまう。
「ん?もしかして唯依ちゃんは白銀中佐の事は嫌いなのかな?」
「いえいえ違います。その何と言うか、才能の差を見せ付けられて。その、格の違いを突き付けられまして・・・」
次第に尻窄みになる唯依。斯衛軍を代表して、帝国陸軍技術廠に来たのは良いが、現実は甘くなく、次々と新技術、新兵器、新装備を開発しては、それを自分で戦場に持ち込んでは実戦証明を勝ち取ってくる武との実力差に、どうしようもない壁を感じてしまう。しかも自分達は実戦は未経験。一方、武は11歳の夏には【不知火95型】を駆って、マンダレー・ハイヴ攻略戦に参加をし、反応炉の破壊とBETA撃破スコアを更新してしまったのだから。
その頃の唯依は斯衛軍白百合女子中等部2年生で、軍事訓練は多少はあったが、それを除けば授業は普通の学校と同じだった。武の噂は耳にする事は幾度かはあったが、武は親元の横浜の実家暮らし。なので、武が斯衛軍に在籍しているとは言っても、帝都・京都で暮らしていた唯依達とは面識は全くと言って良い程無かった。ついでに言うと、武が国連横浜基地に移籍するまでは、ここ代々木の帝国陸軍技術廠への出向期間の方が長い。これは武が元服する前だったからの処置だ。
「あははははは、彼は紛うと無き天才だよ唯依ちゃん。白銀中佐の背中を見ても良いが、それを真似てはならない。真似すれば必ず失敗をするよ唯依ちゃん」
「はい、伯父様・・・」
「だが夏の重慶ハイヴには、唯依ちゃん達にも出撃命令が出るかもしれないな・・・」
「それは本当ですか?伯父様」
「ああ多分そうなるだろう。これは未だ正式な決定事項ではないが、崇宰恭子政威大将軍殿下の御親征が決まりつつある」
「恭子様が大陸の戦場に赴かれるのですか?!」
巌谷の言葉に唯依は目を丸くする。巌谷はおもむろに頷く。
「ともなれば斯衛軍史上初の大規模外征にもなる」
「はい・・・」
帝国斯衛軍は将軍家の守護と帝都・京都防衛が主任務。その政威大将軍たる崇宰恭子が大陸の戦場に御親征する以上は最低でも2個連隊が動員されるのは確実と唯依は察する。
「遂には私達も初陣なんですね・・・」
唯依は両拳を握り締める。何しろ唯依が所属するエンジェル中隊隊員は全員崇宰家派に所属する武家の出。崇宰家派に与している以上は、崇宰家派の斯衛軍人には総動員命令が出るのは確実だ。
「そこでだ。唯依ちゃん達には近日中に、機種転換訓練を受けて貰う事になるだろうな」
「機種転換訓練ですか?どんな機体なんですか?」
「【武御雷】だ」
「え?」
驚いた唯依は目を丸くする、自分の記憶が正しければ【99式月光】とのトライヤルに完敗した事で、大蔵省の怒りを買ってしまい開発は打ち切りとなったはずだったから。
「実は水面下では【武御雷】の再開発計画が進んでいてね。祐唯と影行の2人が再設計して、【月光】との互換性を七割以上にした機体として再開発された【01式武御雷】としてだ」
「ほ、ほんとうなのですか伯父様?あの【武御雷】が陽の目を見る事が出来るんですね」
唯依は身体の奥底から震える何かを感じた。あの一本的に負けたトライヤル以降、自分の父親が戦術機開発から完全に手を引いて終い、周囲も『
「ああ。ただ【月光】との互換性を重視した機体だから、見た目はかなり変わっているし、一概にも同じ機体とはとても言えないがね」
《バン!!!》
唯依は身を乗り出して巌谷の机を叩く。
「それで、その機体は何時届くんですか、何処で作られているんですか!?教えてください」
「お、落ち着け唯依ちゃん」
「落ち着いて等いられません。今すぐにでも機首転換訓練を受けさせてください!」
心の底から敬愛した父・裕唯は戦術機開発から手を引いていなかった。ただただそれだけが嬉しかった。名誉回復の機会を伺っていたのなら、娘として篁家の次期当主として手を貸して上げたかった。
「少し落ち着いたかね?」
巌谷は唯依が落ち着いたのを見計らいコーヒーを2つ淹れ直して、一つを唯依に渡す。
「申し訳ありません。取り乱してしまいまして・・・」
「まあ、別に構わないさ。隠していた私達も悪いのだから」
「そうですよね。伯父様も白銀中佐も白銀主任も恭子様も香月副司令もお人が悪いですよね」
「おやおや、裕唯は悪くはないのかい?」
「父様は別です」
「やれやれ」
巌谷は呆れた顔をしながら肩を竦める。
「でも良かったです。父様が戦術機開発の情熱を失っていなくて」
「そうだな・・・・」
「でも、悔しいです」
「おや、何故だい」
「だってそうじゃないですか。技術廠に居ながら全く知らないはがりか、開発衛士も結局は白銀中佐達だったんですよ」
主に開発衛士を担当してきたのは国連横浜基地所属の機甲戦術機部隊A-01連隊で、連隊長の白銀武中佐や、所属衛士達が3交代で国連横浜基地での待機訓練期間を利用して、開発衛士の任を熟していた。
「まあそうだな。後で唯依ちゃんを驚かせてやろうと皆で示し合わせていたからな」
「そういうの酷すぎませんか?」
「すまないすまない。もうしないと約束するよ」
「ほんとですよ?もうしないでください」
「分かった分かった唯依ちゃん。ところで話しは変わるが、一人残って何を調べていたんだい?」
「あっ、白銀中佐の事を調べていたんです」
(やはりそれか・・・)
巌谷は唯依が【武御雷】の件と武の斯衛軍から国連軍に移籍した時の不透明な件から、やたらと武の事を意識していたのは知ってはいた。
「で、何か分からない事でもあったかね?」
「正直に言って分からない事だらけです・・・」
「ふむ(まあだろうな)」
「斯衛軍から冷遇されていた訳でもないのに、98年の秋に突然斯衛軍から国連軍に移籍。白銀中佐はやりたい事をやる為に国連軍に移ったと言いましたけど、斯衛軍に居ながらでもやれた筈ですし、斯衛軍も伯父様に預ける等をして、やりたい事をやらせていました。なのに国連軍に・・・」
「なるほど、それが一番納得出来ないか・・・」
「はい・・・」
「そうだな。結果論から言えば彼は功績を立て過ぎた事で、斯衛軍に居られなくなっただけでしかない」
「えっ???????」
「そう、鳩が豆鉄砲を喰らった様な顔をするな。ふぅ~」
「あの、仰る意味が分からないんですが伯父様」
「深く考える必要はない。そのままなんだ。彼は功績を立て過ぎて城内省と譜代武家の保守派を中心に武家の過半数に嫌われてしまったんだよ、唯依ちゃん」
唯依の頭の中は真っ白になり、次に真っ暗になった。
「あの・・余計に分かりません。だって白銀中佐は救国の英雄なんですよ。BETAの東進と帝国本土侵攻を大陸で阻止した功労者なんですよ?それがどうして嫌われる理由になるんですか?」
「唯依ちゃん達の年代から下は、ただ単純に彼を英雄視して要れば良かったが、自分や裕唯の年代より上からすれば、白銀中佐は秩序と伝統と既得権益の破壊者と見られたんだ」
「そんな・・・」
巌谷の言う通り唯依達の年代や世代からすれば、武は救国の英雄として憧れ崇拝し、何時かは皆で一緒に武の部隊に配属されたい英雄的存在だった。大陸で斯衛軍の代表として人類の敵たる数多のBETAを葬り、国内では革新的な新技術を研究し、次々と新型戦術機や兵器や装備を開発。前線の兵士達にBETAと互角以上に戦える力を小学生の時から与え続けて来た。そんな彼の話しで学校中が持ちきりだった
『白銀大尉。また、新型の戦術機や新兵器を作ったんですね』
『凄いよね、戦場に出れば赤い不知火を駆って、単騎で旅団規模のBETAを葬り去るんだから』
『流石は斯衛の《赤い彗星》だけの事はある。うん!』
『もう安芸ったら、なんで腕を組んで偉そうに言うのよ。白銀大尉に失礼じゃない』
『えへへへっ!』
『えへへへっ、じゃないわよ。もう』
『本当に白銀大尉は私達より年下なの?正直に言って凄い過ぎるわよ』
『ねえ唯依。唯依のお父さんは、白銀大尉と知り合いなんでしょう?』
『う、うん。でもどちらかと言うと白銀大尉のお父さんと会う機会が多いと言っていた』
『ねえねえ、唯依のお父さんに頼んで、白銀大尉のサインとか貰えないかなぁ?』
『ちょっと安芸ーぃ、いい加減しなさいよね』
『だってさあ、白銀大尉はお家が横浜だから何時も横浜でしょう。滅多に京都に来ないし、外様の私じゃあそう簡単に会えないしぃー』
『公私混同は駄目だよ安芸。白銀大尉は私達と違って満足に学校に通えない程、忙しいんだから。私だって未だ一度も会っていないんだよ』
『えっ、そうなの唯依?』
『そうだよ安芸』
『なんか、そう考えると気の毒よね。普通なら私達と同じく学校に通っていなければならないのに』
『でもさぁ、何時か皆で白銀大尉の部下になれるといいね』
『そうだね・・・』
『だってそうなれば、一生の自慢になるじゃん。斯衛の赤い彗星の部下なんだからさ』
「ッ」
そう皆で話していた頃が走馬灯の如く頭を過る。
「過ぎたる才は、本人にその気か無くても、勝手に敵が出来るものらしい。私ももう少し気を配れなかったかと悔む事が多々あるさ・・・。どうも彼の才能の眩しさに目が眩んでいた様だ・・・」
「そうですか。では、白銀中佐がそのまま斯衛軍に残っていたらどうなったでしょうか?」
「間違いなく彼は謀殺されていたな。事故死が病死に見せ掛けてだ・・・・」
「何時頃からそんな事に・・・」
「97年の夏から98年の夏に掛けてのBETAの大規模朝鮮半島侵攻が、間断なく続いた時期がそうだ。唯依ちゃんも知っているとは思うが、中国領遼寧省が最大激戦地となり、遼寧省がBETAの死骸と兵器の残骸で埋まったと言われたのは知っているだろう」
唯依は頷く。詳しく知ったのは、99年の春、唯依が斯衛軍に正式に任官をした後だったが。
「毎週の如くBETAは軍団規模以上の数で朝鮮半島に雪崩込もうとした。遼東半島保持に成功していた人類側は、朝鮮半島へのBETA侵攻を阻止しようと、遼寧省南部丘陵地帯と朝鮮半島北東部一帯に一大要塞群を構築して、押し寄せるBETAの大軍を迎え撃った。最終的には朝鮮半島防衛に成功したが、正直に言って薄氷の勝利だった。倒したBETAの数は700万とも言われているが、実際の数字は未だに判明していない」
「・・・・・・・・」
それこそ蝗の大群宜しく毎週の如く押し寄せるBETAの大集団に、観測班が、
『見渡す限り全てBETAだあー!』
と、報告するしかなかったのは有名だ。
「白銀中佐は何度も城内省と斯衛軍参謀本部に、『【不知火95 型と97 型】を正式採用し、機種転換と慣熟訓練を終えた部隊を遼寧省に送って欲しい』と打診したそうだ。だが、城内省と斯衛軍参謀本部は『斯衛軍は将軍家と帝都を守護する軍隊、外征は全く考えていない』と拒否したんだ」
「ッ!」
「結果としては守り切れはしたが、BETAが後一ヶ月息切れしなかったら、遼寧省南部の防衛線は崩壊したのは間違いなかったな。防衛線が突破されたら、BETAは一気に38度線に押し寄せたのは疑いなしだ」
「・・・・・・・・・」
「それこそ鬼神の如く暴れ捲った白銀中佐と、途中から参戦した【不知火95型・97型】と電磁・高周波系兵器を大量に擁する国連横浜基地所属のA-01部隊の活躍が無ければどうなっていた事か・・・」
「間違いなく突破されていたんですね」
「そうだな、疑いの余地はないな。早ければ翌年の春には帝国本土にBETAの上陸を許していたかと知れない。そう言った意味では我が国は安全な後方国家とは言えない。国民の大半は勘違いをしているがね」
「はい・・・」
一度に置けるBETAの移動距離は未だに不透明だが、最大3000キロと推測されている。BETAが帝国本土に上陸するには、北京か朝鮮半島に新しいハイヴの建設が必要と見られてはいるが、その北京も99年の反攻作戦で人類側の勢力圏内に組み込まれている。その事も日本国民に勘違いから来る根拠無き安心感を与えている要因だ。
だが国防関係者の間では、98年から99年に掛けて正式に存在が確認され二度鹵獲されたBETAの巨大シールドマシンとも言うべき擬似反応炉を持つ母艦級の存在が、安心感を全く持たせていなかった。
縦横180m前後、全長が1800mの巨体で、胴体内に連隊規模のBETAを満載しながら、大深度地下を掘り進む。
母艦級に関しては依然から噂をされてはいたが、98年と99年に正式に存在が確認され、武が二度に渡って母艦級を中破させて鹵獲に成功させた。
それで分かったのは母艦級は原子力空母と同じで、擬似反応炉を使いBETAの補給基地の役割を果たし、足が遅く随伴能力が低い要塞級、光線級を前線に運ぶ役目を兼ねており、掘った進路上に擬似反応炉を設置しては、後続のBETA集団がエネルギー切れを起こさない様にしていた。
地下大深度に設置された擬似反応炉も複数鹵獲された時、世界中の軍関係者に大きな衝撃を与えた。BETAがその気になれば、地球上の如何なる場所に大規模地中侵攻が可能だから。だからと言って、事前に防ぐ手立ても無く、事実上のお手上げ状態だ。
対抗手段はBETAの要塞級と光線級が展開する前に、母艦級の胴体内を電磁投射砲を撃ち込むか、戦術核に匹敵する破壊力を持つS-11爆弾を放り込むかのどちらかだ。
トンネル内のBETA後続集団には、武の発案と設計で帝国が開発した純水素爆弾を搭載した無人機が用いられる事が多い。
純水素爆弾の開発でS-11爆弾開発国アメリカが、日本だけにS-11爆弾のライセンス生産を認めたのは日本帝国政府に別の衝撃を与えたが。
「白銀中佐の名声は逆に高まる結果にもなった。城内省と斯衛軍参謀本部も終盤の頃になると、勝ち馬に乗りたくなったのか、急遽1個連隊を送ろうとしたが時すでに遅しで、斯衛軍は必要なかったし間に合わなかった」
「・・・・・・・」
「白銀中佐の赤い彗星としての異名は世界に轟いたが、斯衛軍の援軍は北九州で足留めとなり恥をかき、白銀中佐と斯衛軍の関係は悪化。白銀中佐は斯衛軍に疑念を抱き、城内省と斯衛軍の保守派は白銀中佐を疎ましく思い始め、手柄を独占する白銀中佐を毛嫌いし、次第に彼を斯衛軍から排除しようとする動きが出始めたのさ」
「だから、白銀中佐は斯衛軍を出て行ったんですね」
「その通りだ唯依ちゃん。出て行くしか八方丸く収まる方法がなかったんだ。最悪保守派の暴発も有り得ただけにな」
保守派に言わせれば、遼寧省と朝鮮半島北部の防衛線が突破されれば、帝国本土が戦場となる危険性が高まるので、本土決戦に備えて斯衛軍を温存したかったのが本音。
まさか一年にも渡って防衛戦が守られ、BETAの方が先に息切れするとは想定外だった。帝国軍と国連軍に大量配備された【不知火シリーズ】と全戦術機に搭載された【OS・XMシリーズ】が想定以上の性能を出したとも言えるが。
「そうだったんですね。知りませんでした・・・」
「まあ俺も、彼をきちんと守れてやれなかったのも悪かったのも確かだ。この結果には忸怩たる思いでいるさ・・・」
「伯父様・・・」
「まあ何にせよ、唯依ちゃん達には、【月光】の上位互換機とも言える【01式武御雷】12機が近日中に届く。恐らくは白銀中佐の指揮の下で、重慶・ハイヴ攻略戦に参加をする事になるはずだ。しっかり頼むよ」
「望む所です! あっ」
「どうかしたかね?」
「・・・新型機の開発予算は何処から出たのですか?」
「あああ、それは内緒だな。少なくともどケチな大蔵省はビタ一文だって出していないよ唯依ちゃん」
「それはつまり裏金ですね伯父様」
「・・・・・・・・」
巌谷からすれば、唯依の感の良さ、察しの良さ、頭の回転の早さは時折困る事に。
「顔を背けないでください」
「一応だがね、崇宰政威大将軍殿下も知っているがね」
「よりによって恭子様まで」
唯依は思わず蹌踉めいてしまう。崇宰恭子は良くも悪くも腹芸は苦手で清廉を心情としている。本来なら裏金で新型戦術機の開発を認めたりはしないのだが、今回に関しては知ってて知らぬふりを決め込んだ。
「まあ夏の反攻作戦に力を入れている証拠だよ。これが成功すれば、オリジナルハイヴ攻略の道も見えて来るからね」
「伯父様、恭子様を丸め込みましたね?」
「唯依ちゃん、もう遅いし、帰ろうな。知りたい事も知っただろうから」
「ご・ま・か・さ・な・い・で・く・だ・さ・い」
その頃先に帰宅した雨宮中尉達同期組はと言うと?
「ちょっと武ちゃん、これってどういう事?」
「純夏、お前何で此処に?」
「怪しいと思ったから後を付けて見れば、基地の男組を連れて女の人達と飲み会なの!?」
川崎駅近くの居酒屋で、国連横浜基地の武以下男独身勢と飲み会だった。許嫁が居る能登和泉だけは参加していない。
「俺だって、男同士や部下達との付き合いがあるんだって。て言うか、お前は後を付けるなよ」
「ねえ、この子だあれ?」
純夏の事を知らない斯衛軍女子の一人が、横浜基地男組達にひそっと聞く。
「隊長のお隣の幼馴染で、隊長のお嫁さんだよ」
「た、武ちゃんのお嫁さん」
お嫁さん発言が聞こえたのか、純夏は顔を赤らめる。
「ち、違う、こいつとは単なる腐れ縁の幼馴染だ。兎に角純夏は遅くなる前に家に帰れ!おじさんとおばさんが心配するだろう」
「むぅ、武ちゃんと一緒でなければ帰らない」
純夏は不貞腐れてそっぽ向いてしまう。
「純夏!」
「いや!」
事態は一挙に膠着状態に陥る。誰かが何かを言うべきなのだろうか、でも誰かが何かを言えば、状況は更なる悪化するのは目に見えているだけに、誰も何も言えない。
「白銀中佐、彼女とは本当に幼馴染だけなんですね?」
敢えて状況悪化を覚悟で聞いたのは山城上総だ。
「ああそうだ、山城少尉」
「だそうですよ、鑑純夏さん。第一呼ばれてもいないのに居酒屋に来るなんて、他の人の迷惑ですよ」
自慢のストレートヘアーは棚引かせて言う山城少尉。
純夏は屈辱から顔を真っ赤にする。
「武ちゃん、家まで送っててよ〜〜〜」
純夏は武の手を取って、武を強引に居酒屋から連れ出そうとする。
「待て、そういう訳には行かないんだって」
ちなみに今回の合コンの会計は武持ちだ。中佐の給料に加えて、著作権料や特許料で、横浜の一等地で家一軒を土地ごと丸々買える貯金を小金持ちなのだ。因みに神奈川県は戦争特需で景気が良く、県内の空き地には工場や倉庫が次々と建てられているのでちょっとしたバブル経済の様相だ。
日本帝国政府榊是近首相の懸命な努力で、関東、東北、北海道、沖縄、伊豆諸島、小笠原諸島、南鳥島、沖ノ鳥島に食糧プラントが次々と作られ、2001年の春の段階では、完璧とは言えないが、食糧自給率はほぼ100%に。試験的ではあるが、沖縄、熊本県沖合、伊豆諸島、小笠原諸島、沖ノ鳥島、南鳥島、北海道では食糧プラント施設を利用した海底資源の開発が始まっていた。
水素エネルギーの実用化で日本の石炭業界や炭鉱が再び脚光を浴び、一度は閉山された北海道の炭鉱が再開されて等北海道経済も上向いていて、北海道近海での油ガス田の調査試掘が行われている。
東南アジアと東シベリアへのBETAの東進を阻止出来た事で、東南アジア、中国北部、東シベリア、オセアニアから安定的な鉱物、エネルギー資源を確保出来たのも、日本帝国に精神的なゆとりを持たせ、物価も安定していた。
2001年になっても日本帝国は後方国家の立場を堅持はしてはいるが、それは薄氷の【モノ】でしかない。一歩間違えれば奈落の底に落ちかねない恐怖を持つ。だからこそ、日本帝国政府としては、余力のある内に、重慶・ハイヴと喀什・ハイヴを何としてでも落としたいのだ。
「何でよ?たまには純夏の相手もしてよ。今日は土曜日なんだよ」
「ここのお店の会計は俺持ちなんだよ」
「えっ、武ちゃん持ちなの?」
「そうだよ、だから帰れないんだよ俺は」
純夏は大テーブルに居座る面々を見る。ほぼ全員どこか罰の悪い顔をしている。
「むーーー。武ちゃん、ちょっと待って」
「えっ?」
純夏はそう言うと店の入り口に設置してある電話機へと向かい、家に電話をする。
「タケルちゃ〜ん」
しばらくすると、純夏が上機嫌で戻って来た。
「・・・・・・・」
純夏の上機嫌を見た武は何と無しに嫌な予感が増す。
「あのね、お父さんとお母さんがね、武ちゃんと一緒なら外泊もOKだって。今日は土曜日だから、2人っきりで土曜日の夜を楽しんで良いって」
「なっ!」
武は絶句するが、純夏はそんなの御構い無しに、武の隣は自分専用の席だと言わんはかりに、掘り炬燵に入り込む。
「おい純夏、無理に入り込んで来るなよ」
「武ちゃんの隣の席は、純夏の席だよ」
「誰が決めたんだよ、そんなの」
「純夏が決めた」
「はぁああ?」
《ピキ!》
「あんたねー、白銀中佐の幼馴染を特権的に考えているんじゃないの?」
女子組の中で純夏の強引と言うか図太い図々しさに、腹を立てたのは石見安芸だった。
「だって、私は小さい頃から武ちゃん一筋なんだよ。純夏からしたら皆の方が『泥棒猫ちゃん』なんだよ」
「「「「「「「「「泥棒猫ちゃん」」」」」」」」」
《ブチ》
「なんですって、あんた図々しいよ!白銀中佐の婚約者でもなければ恋人でもないのに、白銀中佐の女を気取るなんてーーーーー!!!!」
「まあまあ喧嘩をしないで、お店に迷惑でしょう?」
安芸が爆発したので、甲斐志摩子が慌てて仲裁に入る。
「白銀中佐、差し出がましいかもしれませんが、この子とは距離を取る事をお勧めします」
「なんでだよ雨宮中尉?」
「白銀中佐への執着と拘束が酷いからです。この手の子は男に執着する余り、男の仕事と出世の足を引っ張ってしまう危険性が高いからです。男と言う生き物はやはり仕事で生きる生き物ですから、彼女みたいな男に執着し拘束したがる女は傍に置いておくのは危険です」
雨宮鞠子の意見に男組は黙り込み、女組はウンウンと頷く。
「ムキー!純夏は一度でも武ちゃんの足を引っ張ったり、仕事の邪魔をした事はないもん」
「あーもう、分かった分かった。純夏お前も同席して良いから喧嘩をするなよ」
「うー分かったよー」
本当に分かったのだろうか?
・・・・帝都・京都・煌武院家本邸
「煌武院悠陽殿。この度は、斯衛軍への正式任官おめでとうと申し上げたい」
煌武院家本邸に訪れた煌武院に次ぐ実力を誇る斑鳩家当主である斑鳩崇継は、煌武院家当主の煌武院悠陽に恭しく頭を下げる。
「ありがとうございます斑鳩公、頭をお上げください。斑鳩公は、任官したばかりの私よりも先達で階級も上。そう簡単に頭を下げるものではございません」
「では、頭を上げるとして、本日は煌武院家に来訪しましたのは、例の件に付いて報告したかったからです」
崇継はそう言うと御側役の親藩武家真壁家の六男、真壁介六郎に合図を送る。
「はっ」
合図を送られた介六郎は頭を下げると、鞄から一通の封筒を取り出し前へと出す。
「煌武院悠陽様、ご見聞を」
「月詠」
「はっ」
「・・・お預かり致します」
煌武院家の御庭番にして悠陽の御側役でもある月詠真耶が、介六郎から封筒を受け取り、中身の書類を出してから悠陽に差し出す。
「御館様・・・」
「・・・・・・」
それを無言で受け取り目を通す悠陽。
そして静かな一室に緊張が高まる。
「愚かな・・・・・やはり
「残念ながら、彼等の決起は早ければ4月末か、遅くても5月の頭かと・・・・」
「狙いは連休ですね。この帝都は政の都だけではなく、観光都市なのを忘れているのではないでしょうか?なのに連休を狙って謀反を企むとか・・・」
「彼等にしてももう後が無いのでしょう。大蔵省を中心に斯衛軍解体論が日に日に勢いが増しているのが現状。連休を利用して政府、行政、警察、軍施設を一気に制圧した上で、皇帝陛下と政威大将軍の身柄を抑え、謀反を正当化する声明文を出させる算段かと・・・」
悠陽は頭の中が真っ白に、そして真っ黒に。
「陛下と殿下が謀反人共の脅迫に屈して、謀反人共の言いなりになるとは思えません。特に恭子殿は」
「その点に関しては私も同感です。あの男勝りの偉丈夫にして良い意味で気位が高い恭子が、脅かされて自分の主義や考えを曲げるとは思えない。曲げる位なら謀反人共と戦って討死にする方を選ぶでしょう」
崇宰恭子を良く知る者なら、死んでも謀反に加担する事はないのは目に見えている。五摂家は国民の模範たれを誰よりも誇りにし、違法行為や曲がった事は誰よりも嫌う彼女が謀反に加担するはずがなかった。
「彼等はそれすらも分からないでいると?」
「最早視野狭窄を起こし、自滅の坂道をブレーキとハンドルが壊れたダンプカーで爆走しているかとしか・・・」
「恭子殿の改革に反対とは言え、まさかここまでとは」
崇宰恭子は政威大将軍就任後の御前試合で、斯衛軍の次期主力戦術機【99 式試作戦術機武御雷】が国連横浜基地帝国陸軍技術廠の共同開発機【99式次世代試作戦術機月光】に、一方的負けたのを見て斯衛軍の改革を決意し断行した。
それまで斯衛軍は一般の士官学校や衛士訓練学校への入学入隊は勿論の事、譜代武家以上の推薦が無ければ、士官としての入隊は認められなかった上に、どんなに実力や才能があったとしても正規の武家よりも昇進の速度は遅かった。
これを改めて一般でも試験をきちんと受け、合格すれば武家の子弟と同じ立場で授業や訓練を受けられる様にした。
任官後には武家の位や色で階級や昇進が決まるのではなく、五摂家や親藩武家優位を無くし、全員同列での軍隊生活をスタートさせる。実力や才能があり、結果を出せば黒の一般兵であっても、譜代武家以上の武家の上に立てる様にもした。
斯衛軍の参謀本部の入れ替えと人事を一新し、改革派と恭子が招聘した帝国陸海軍の実戦経験者が参謀本部にの大半を占めさせた。
斯衛軍内からの城内省の老中派や保守派の影響力も排除した上で、斯衛軍を本当の意味で国民と国家の為に戦う軍組織への改革に踏み切る。
この改革は世論、国民、帝国軍からは歓迎された。しかも夏に予定している重慶・ハイヴ攻略に、恭子自ら出征し、斯衛軍機甲戦術機部隊2個連隊240機が参加する事が帝国軍と国連軍に通知された。
その一方で、今までの特権的地位に胡座をかいていたかなりの数の譜代武家が失脚し、斯衛軍から追い出され予備役へと降格の憂き目に遭い、城内省も老中派と元斯衛兵の保守派が発言力を失い窓際族化した。
彼等は恭子に改革の中止を陳情したが、恭子は改革の手を緩める事はしなかった。当然の事ながら力を失った者達は失った特権を取り戻そうと動く。数度の会合の末に到達した結論は【謀反】だった・・・・・。
「なあ、本当にこの手段しかないのか?」
「何を言う、ここまで来て臆したか!?」
「到底上手く行くとは思えない。失敗すれば今度こそ全てを失うんだぞ。自分だけならまだしも、家族や親戚にまで類が及んでしまう。それを考えるとな・・・」
日本帝国は反逆は重罪だ。失敗すれば、全財産没収の末に御家取り潰しは確実。家族全員が路頭に迷う事に。
「だが、このままでは我々はジリ貧になるのは必然だ。このまま座して困窮化する前に打って出るしかない」
煌武院家本邸で謀反対策が話し合いが行われていた頃、同じ狭い京都府内で謀反への協議されていた。結局の所武家社会は応仁の乱の時代から、何等変わる事がなかった証左なのかも知れない。
「斉御寺家と九条家はどうなのでしょう?」
悠陽と崇継はこの際だから、改革に反対をする保守派の一網打尽を決めていた。しかし五摂家の残り二家、斉御寺家と九条家の出方によっては、保守派の謀反が成功しかねないと悠陽は警戒していた。
「九条家は問題ないな。九条家当主の九条瞳子殿と恭子は無二の親友で幼馴染で、同期の桜2人の絆は悠陽殿が思っている以上に深くて強い」
「そうですか、それを聞いて安心しました。後は斉御寺家の方はどうなのでしょう?」
「斉御寺家は正直に言って読めない。斉御寺家は保守本流の家だ。斉御寺家現当主の斉御寺行徳殿は恭子に、行き過ぎる改革を戒める苦言を言って憚らない。しかしだからと言って、恭子の改革に賛同する輝昭と夏秋の2人が謀反する行動を取るとも思えない。それに・・・」
言葉を濁す崇継。
「それに?とは?」
にこやかにだが、背後に黒いオーラーを漂わせる悠陽。
「う、うむ・・・謀反には与しないが、斉御寺家に頼る保守派の家も少なくないのが現状だ」
「一つ舵取りを誤れば、斉御寺家が敵に回る可能性は低くないと言う事ですね」
「そう言う事になるであろうな・・・」
崇継に取って斉御寺の人間である、斉御寺輝昭と夏秋の2人は数少ない友人であり、腐れ縁でもある。更に兄の輝昭とは同期の桜だ。
そして例のトライヤルで九条瞳子を含む4人で挑み、武が指揮するA-01選抜小隊に完敗してしまった。
自信満々で挑んだのだが、そのトライヤルに出てきたのが世界中から世界初の第4世代機と見られている【月光】だったのがケチのつけ始め。文字通り惨敗、完敗、大敗の挙句だったので、4人にとってトラウマになったのか暫くは4人は立ち直れなかった。
【武御雷】は【不知火93型、95型、97型】の上位互換機として開発されたのに、【月光】には手も足も出なかった。【不知火シリーズ】の技術を全て導入していながら。
だからこそ、4人は恭子の改革路線を支持しているのだ。
このまま自分達武家は変わらなければ、横浜が引き起こす変革の渦に飲み込まれて没落の一途を辿る事になる危機感は強過ぎる程に強い。
1年後アメリカも【F-22Aラプター】1個中隊をアメリカ陸軍ウォーケン少佐に指揮させ、国連横浜基地に模擬戦の申し入れをしたが、結果は【武御雷】と同じ結果に終わる。
ダメージ度ではアメリカの方が深刻だった。何しろアメリカご自慢のステルス機能が、【月光】と【不知火97型】に丸っきり通用しなかったのだから。日本帝国がステルス機能を無効化する技術や高性能レーダーを持つなら、それが他国に拡散すればアメリカの軍事的優位は覆ってしまう。
アメリカ連邦議会は蜂の巣を突いた騒ぎとなり、【F-22Aラプター】開発計画の見直しを決定した。
「・・・斉御寺行徳殿の説得は、斑鳩公に一任して宜しいでしょうか?」
「そうだな、私がするしかなかろうな」
崇継は引き受けた・・・否引き受けるしかなかった。
やはり数少ない友人は大切にしたかった。
《同日、総理官邸》
日本帝国総理大臣の榊是近は、首相官邸に前政威大将軍である斉御寺経盛を迎えていた。
「夜分遅く訪れてしまい済まなかったな榊よ」
「いいえ、構いません。でもどうしたのですか?政威大将軍の座を退いて以降、完全隠居をしていた貴方がここに訪ねて来るとは・・・・」
「そう白々しい言い方せんでも良かろう。この年寄りの首を差し出そうと言うのだからな・・・・」
「・・・どうやら、その分ですと、ご存知の様ですな。それですか。先立たれた奥様との初めて出会った地を離れて策謀渦巻く帝都に戻って来られたのは・・・」
「・・・私は凡庸な男だ。凡庸な男なりに政威大将軍の座を頑張って来たつもりだったのだが、妻に先立たれてしまった後は、惰性で生きて来たに過ぎない。だが、ようやっと死に場所を見付ける事が出来た。だからお前に会いに来た。保証を取り付ける為にな」
「保証ですか?」
「そうだ、保証だ。謀反を起こす者達は私が一手に引き受けるから、残った若い物達に名誉回復の機会を与えてやって欲しいのだよ」
「あえて悪者になる所存ですかな?」
「被害を最小に留める為に、誰かが道連れせねばなるまい。今ここで防いだとしても一網打尽とにはなるまい。取りこぼした者達が地下に潜り、より先鋭化する恐れもある。それを防ぐ為にもな」
「一網打尽にする為にも誘蛾灯の役割を果たすと?」
「その通りだ榊よ。この白髪首をお前に差し出すから、残された若い者達の事を頼む」
「はあ、分かりました。お引き受けしましょう。ですが、斉御寺家の皆様はご存知なのですか?」
「こう行った悪事は共犯者が少ない方が良いが、念の為に息子の行徳には話してはある」
「良く賛同を得られましたな。私が知る限りでは、斉御寺家は保守本流だったと記憶していますが・・・・」
「行徳も分かっている。保守に拘り変革をせねば、このままでは武家も斯衛も時代に取り残され、自壊と自滅で我等は消滅して行くだけとな」
「・・・・・・・・」
「それとは別に、前から聞きたい事があってな。この様な機会でも無ければ聞けなかったはず」
「何をお聞きしたいのですかな?」
「・・・君と彩峰君は白銀武に何を見たんだね・・・」
「何を見たと言われましても・・・」
「9年前に君と彩峰君が彼に会った以降、まるで何かに取り憑かれたかの如く、国家組織、帝国軍の改革に着手したのは私も知っている。彼が斯衛軍から追い出される形で国連軍に移った後、君達は本来なら徴兵免除だったはずの娘達を中学卒業後に国連軍に志願入隊させたのもだ。君と彩峰君は彼に何を見たんだね?」
「未来への希望と、それを切り開く修羅の子を見ました・・・」
「そして未来の修羅に、珠瀬事務次官や鎧衣も自分達の娘を差し出した訳か。煌武院悠陽に至っては自分の半身とも言うべき双子の妹をな」
「この国は彼を必要としています。アメリカを始め、後方国が彼を手に入れんと躍起になっているのはご存知のはず。 特に斯衛軍から国連軍に移った前後から、その動きは顕著になりました。 彼をこの国に留める為にも彼の周りを情で囲む必要があったのです。無論、娘達も自分達に課せられた役割は十分に承知しています」
日本帝国とアメリカ合衆国との関係は対BETA共闘で繋がっているだけに過ぎない。武器、食糧、資源、エネルギーの自給自足を国策として推進する中で、当然の事ながらアメリカ合衆国の国益と衝突する事が多くなっている。
日本帝国への武器、食糧、資源、エネルギーの輸出量が減るのはまだしも、戦術機を始めとする兵器市場に、日本が急速に食い込んで来ているのを、アメリカは神経を尖らせており、その中心的役割を果たしている武を何とかしてアメリカに引き込めないかとハニトラメインで動いている。
が、武も強かでそのハニトラを逆利用して、自分の側に引き込んでしまう。大抵のハニトラ要員は、現役の戦術機乗りか、戦術機乗りとしての適性が高いので格好の補充要員としてA-01部隊に配属されてしまう。
「あんたも良い度胸や性格をしているわ。女スパイやハニトラ要員を、A-01の補充要員にしてしまうんだから」
横浜基地副司令官の香月夕呼の弁である。
「だって勿体ないじゃないですか。任務に失敗したスパイやハニトラ要員は、口封じで処分されてしまうんでしょう?だったら、横浜基地で再利用した方がマシでしょう?どうせあっちだって返せとは言えないんですから」
「まあねぇ〜、でも霞を見てみたら?」
「武さん、スケベです」
「がはっ!なんでそうなるんだ?」
「あのね、あんたの直属の第一大隊は今なんて言われているのか知ってる?」
「余り知りたくないですね・・・」
「武さんのハーレム部隊です」
ーーーー【閑話休題】ーーーー
「娘達には彼に気に入られ懐に入り込むよう言い含めて国連軍入りをさせました。もし彼を失えば、その損失は計りしえないでしょう・・・」
「で、上手くは行ったのかね?」
「紆余曲折はあったようですが、2年間の訓練を得て、3月に正式に任官をして、白銀君の直属部隊に衛士として配属されています」
「そうか、それは良かったな。で、今の娘達の心境はどうなのだ?」
「最初は任務として彼に近付きましたが、今は自分から修羅の花嫁になりたいと言って来ています」
「そうか・・・それは怖いのう」
「私の方からお聞きしたい事があります」
「なんだ?遠慮なくもうせ」
「第二次世界大戦以降、政威大将軍位が形骸してかなりの年月が経っていますが、それでも城内省と斯衛軍への影響力は大きいはずです。なのにどうして、白銀君の斯衛軍からの排除の動きを止めなかったのですか?」
「彼を排除した事で武家、城内省、斯衛軍の権威は失墜し帝国軍と国民の反感を買いました。『何故、国連軍への転属を認めたのだ!?」との声が方々から出てしまいました」
「私が凡庸だからだ。ただそれだけだ・・・」
斉御寺経盛はため息混じりに言う。
「彼が帝国に果たした務めは例え凡人が100万人居ても叶うまいよ。私にとって白銀武の覇気と才鬼は眩し過ぎる程に眩しかった。もし私が二十代だったら、あの者の下で喜んで働いたな。でも私は凡庸故に彼を恐れ妬んだ。もし自分にあの半分の実力と才能があればと。あの者は『赤い彗星』との異名を持っているが、私から見たあの者は修羅闘神に見えた。並の人間なら背負えない重圧を背負い、万のBETAと正面から戦い、BETAを殲滅する姿に恐れ慄いたのだ。全く凡庸の凡人は度し難い生き物よ。帝国と人類の為に戦い続けるあの者を嫉妬に妬み恐れる事しか出来ないのだから」
「・・・・・・・・」
榊 是近は斉御寺経盛の心理が理解出来た。幾ら未来を知っているからとは言え、武が稼いでくれた時間は帝国に取って貴重な物だった。九州、中国地方は山間部を、兵庫県、大阪府、福井県西部一帯に3重の防衛線を構築、四国も本土決戦に備えて出撃兼兵站基地化が進む。北九州、瀬戸内海、阪神工業地帯の東日本、フィリピン、ボルネオ島、オーストラリアへの移転も順調に進む。造船所はフル回転し続け大量の避難用簡易輸送船を吐き出していた。もしBETAの西日本への大規模侵攻が合ったとしても、西日本数千万人の民を避難させ、避難先での食糧、燃料の供給体制は整った。
(大蔵省にはかなり無理をさせてはしまったが・・・)
事実大蔵省からは悲鳴に近い声が出ている。戦時国債の発行量はもう限界に近い。今のペースで戦時国債を発行し続ければ後5年で戦時国債の発行は出来なくなる。だからこその重慶・ハイヴ攻略戦であり、今は極秘扱いだが重慶・ハイヴ攻略に成功したら、間髪入れずにオリジナル・ハイヴつまり喀什ハイヴ攻略を開始する予定でいる。もし失敗したら日本帝国には、再度の大規模攻勢に出る余力は無くなる。そして待っているのはアメリカ主導でのG弾飽和攻撃の悪夢。
「榊よ、邪魔したな」
言うだけ言うと斉御寺経盛はゆっくりと立ち上がる。
「もうお帰りになりますか?」
「ああ、私が誘蛾灯の役目を果たすが故、謀反に参加をしなかった若い者達の事を頼む。武家の若い者達も、この国にとって必要なはずだからな。後、見送りはいらん」
「・・・分かりました」
今や大の斯衛軍嫌いの瀧本官房長官と宮川大蔵大臣の説得は苦労するだろうが、死をとした老人の願いを榊首相は無下には出来なかった。
老人が去った後榊首相は椅子に座り直す。そしてこれから先の事を考える。
「G弾の集中運用か・・・」
東ユーラシア戦線の優勢に影響されてか大欧州連合がリヨン・ハイヴ攻略へと動いた。攻略作戦には国連軍、アフリカ連合、南米諸国連合、東欧社会主義同盟、アメリカ軍大西洋艦隊及び海兵軍団2個師団が参加。動員された総兵力は60万人を超えた。
アメリカ一国主義者、アメリカ至上主義者からすれば、ユーラシア大陸程頭痛かつ目障りな存在はない。
ユーラシア大陸で絶え間なく続く、国境、民族、宗教紛争はアメリカにとって頭痛かつ目障りだった。
だからこそBETAがユーラシア大陸諸国を相次いで滅ぼすのをアメリカ一国主義者や、アメリカ至上主義者は胸をすく思いで見ていることのは少なくなかった。
何しろBETAがアメリカの頭痛の種を取り除いてくれているのだからと、中にはBETAに拍手を送る者も。
それ故にBETAを神の使徒と崇め崇拝する《キリスト教恭順派》からすれば、アメリカ東海岸は格好の勧誘と洗脳のターゲットだった。
『彼らを動かすには実に簡単だ、ほんの少しだけ自尊心を擽るだけで、此方の意のままに動くのだから』
キリスト教恭順派の指導者・マスターは呟く。
そして悲劇の幕が開ける。
「白銀君の言った通り、リヨン・ハイヴは陥落をしたが、G弾を使った結果、リヨン・ハイヴを中心に半径30km圏内は高重力潮力異常が原因で、全ての植生は不可能になったか・・・。欧州には悪いが、G弾が帝国に落ちなかっただけ良かったと思ってはいる」
《煌武院家本邸》
「冥夜は横浜で元気でいるでしょうか?」
斑鳩崇継との打ち合わせを終えた煌武院悠陽は広間でそっと呟く。
「真那からの報告では、御館様と同じ3月下旬に国連軍衛士に正式に任官したとの事。ご心配はいらないかと」
月読真耶は恭しく応える。彼女には、同じ歳の従姉妹が存在しており、煌武院悠陽の双子の妹の御剣冥夜の護衛の任で国連横浜基地に着任していた。
「・・・そうですね。白銀中佐は女性が嫌がる無体な真似を嫌う方だと聞いております故・・・」
「女性絡みで色々と噂は立っておりますが、あくまでも噂だけの御様子です」
「そうですか、それを聞いて安心しました。あの子に人身御供をさせようとした自分が恥ずかしいですね」
真耶は恭しく頭を下げた。
3月に冥夜は国連軍衛士として正式に任官した後、A-01部隊第一大隊に配属となった。それ以外にも、榊千鶴、彩峰慧、珠瀬壬姫、鎧衣美琴の4人が武直属の第一大隊に配属された。武の大隊は実戦経験者や搭乗時間が数千時間にならないと配属が認められない中での、初の訓練生上がりの大隊配属となる。当然の事ながら様々の憶測を呼ぶが、冥夜達の配属で第一大隊は定数を満たす事に。
ーーーーー《東京都・篁家別宅》ーーーーー
「でさあ、白銀中佐の幼馴染本当に腹が立つんだから」
「う、うん、そうだね」
「呼ばれもしていないのに、私達の席に入り込んでさあ。白銀中佐の彼女気取りで、中佐の隣に座ってんの。ああもう腹が立つ」
「だからもう寝よ。幾ら明日が日曜日で休みでも、夜更かしは良くないよ安芸」
篁家の別宅は名門譜代武家の家らしく、かなり広々としているので、唯依一人では持て余していた。なので衛士訓練校時代の同じ訓練小隊だった、能登和泉、甲斐志摩子、石見安芸の3人に同居をして貰っていた。
「だいたい何様なのあの子。白銀中佐が裏で手を回して徴役免除対象者が集まった国立横浜女子大付属女子校の生徒なのに、選ぶってさあ。こっちは武家だから、軍事としての任官は義務なんだつうの」
「もういい加減にしなさいよね安芸。絡み酒って最低よ」
「うっさいわね和泉は。自分だけ婚約者が居るからって余裕な訳?」
「あんたのそう言う所が男運が無い理由なのよ。つまり自業自得」
「なんですってー!」
「ちょっとあんた達いい加減にしなさい。もう深夜の時間なんだから、もう寝たらどうなの。外に放り出すわよ!」
「うわ、志摩子が切れた」
「あははははは」
唯依はずっとこの時間が続いて欲しいと願う。だけど自分達が斯衛軍の衛士である以上は、このままでは許されないのは百も承知してもいる。休み明けの月曜日には、世界最強の第4世代戦術機【01式武御雷】12機が基地へと搬入され、自分達はその機体の搭乗者となる。それはつまり、自分達がそう遠からずに大陸の戦場へと赴くのだから。
あー疲れた。