《1992年12月31日木曜日》
「表を上げてください白銀家の皆さん」
白銀家の3人は、五摂家筆頭家にして煌武院家現当主煌武院悠陽(満9歳)の招きに応じる形で、煌武院家本宅の大広間に来ていた。
「・・・・・・」
白銀家3人は煌武院悠陽の入室に併せる形で頭を下げていたのだが、彼女に促される形で白銀家3人は頭を上げる。
煌武院悠陽の傍には、親藩譜代武家筆頭である月読家次期当主にして煌武院家御庭番の月読真耶が控える。
「遠路遥々帝都・京都にお越し頂き感謝に絶えません。白銀家が置かれている立場と、多忙の日々を鑑みれば、今は縁もゆかりも無い煌武院家に招く事事態非礼なのは理解してはいるのですが、私も立場上会わない訳には行きませんでした。非礼をお詫び致します」
煌武院悠陽は白銀家3人に頭を下げる。
白銀家3人はこれには驚いた。
本来なら煌武院悠陽の立場なら、頭を下げる必要も無いのだから。
「煌武院悠陽様、どうか頭を上げて下さい。貴女様の立場上、下々の者に迂闊に頭を下げてはなりません。もしこれが外部の者に知られたら、煌武院家そのものが舐められてしまいます」
「そうですね・・・、分かりました。以後気を付けます」
白銀影行に注意されて煌武院悠陽は姿勢を正す。
ちなみに白銀家が煌武院本宅に赴いた時、大量の尾行者が居たのは言うまでもない。
ここぞと言わんばかりに、違法白タクも含めたタクシー会社とレンタカー会社は大儲けしたのは言うまでもない。
「そしてこの度は、我が家を煌武院家本宅に御招きした理由を御伺しいのですが」
武と母・楓は余計な事は口にせず、沈黙を通す。
本来なら世間話の一つや二つを使い、言葉のキャッチボールをすべきなのだが、煌武院家にしても、白銀家にしてものんびりと正月休みを満喫とは真逆で、スケジュールはガチガチだったりする。
のんびりと世間話をしている時間的余裕はない。
それで無くても煌武院家本宅周辺では、日本側と外国情報機関の喧騒し始めていた。
武からしたら『色々と見たければ、きちんと正規の手順と手続きを取って、堂々と正面から見に来れば良いのに…』が本音であった。
(それとも態となんだろうか?)
情報機関の人間なんて、生きている限りは油断がならないのが常識なのに、『自分は怪しい人間です』と言わんばかりの不信の行動を取るのか理解が出来ない。
(戦術機開発に必要な知識や知見を持っているのなら、外国のスパイでも歓迎するのに)
武は国籍、人種、宗教への拘りはない。BETAと戦う気がある者なら、両手を挙げて『ウェルカム』なのだ。
だが日本帝国側は武の才能を独占したいのか、武は疎か両親と隣家の鏡家に外国人を近付かせようとしないでいる。
「では、単刀直入に申し上げます。この度、煌武院家は白銀家を煌武院家派譜代武家として復帰させ、御子息である白銀武殿を私付きの近侍として、煌武院家に迎え入れたいのです」
煌武院悠陽の予想外の申し入れに、大広間内は一瞬沈黙が支配する。
煌武院家が白銀家を自家の派閥に組込む形で、武家に復帰させようとしていた話しは事前に知っていたが、まさか一人息子の武を、これから年頃を迎える煌武院悠陽の傍役の近侍に取り計らうとはと・・・。
これに関して言えば、現在の五摂家内での力関係が原因だ。
煌武院家は五摂家の筆頭で《政の煌武院》と言われている政治力を持つ家だが、近年十年に一人出るか出ないかと言われている英才・斑鳩崇継を擁する斑鳩家、《技術の篁》と言われている篁家と鬼姫と称される努力と研鑚の鬼《崇宰恭子》を擁する崇宰家に比べて劣勢に立たされていた。
現に城内省、元老院、斯衛軍内では、本人達の意向はどうでもよく『次の政威大将軍は、鬼姫・崇宰恭子殿か、英才・斑鳩崇継のいずれかだ』の声が専らだった。
そして煌武院悠陽本人も、『その方が良いのではありませんか?』と内心思っていたりもしていた。
だが煌武院悠陽本人は兎も角としても、煌武院家はとしては『はい、そうですか』とは言えない。
第二次世界大戦の敗戦で、アメリカの圧力で政威大将軍の権限は大きく縮小してしまったが、日本帝国全体に与える影響と存在意義は小さくはない。
日本帝国軍内にも政威大将軍の復権を目論む《将道派》も存在していた。その《将道派》の大半は煌武院家派だったりするのだから内情は色々と複雑。
つまり煌武院家派と将道派としては、次の政威大将軍には煌武院悠陽になって貰わないと非常に困ってしまう。
煌武院悠陽が未だに10歳に満たない少女だとしても。
だからこそ、白銀武と言う名の最強の切り札を煌武院家派は欲したとも言えた。
「・・・ふぅ~」
数旬の沈黙の後、白銀影行は軽く溜め息を吐く。
「武の近侍の件は寝耳に水でしたので、後日、改めて返事を出す事で宜しいでしょうか? 煌武院悠陽様・・・」
武が煌武院悠陽の近侍になるのは、メリットとデメリットの両方が存在する。
メリットで言えば武の立場が大幅に強化され、国内外の諸勢力が手出しが出来なくなる。
デメリットで言えば横浜から離れ、煌武院家のある京都へ移住となるので光菱重工横浜小机研究所、第2帝都・東京に移転した帝国陸軍技術廠から遠く離れてしまい、父・影行と巌谷榮二との報連相が難しくなり、今後の兵器・技術開発に支障を来たす恐れが出てしまう。
(この場合、デメリットの方が大きいんだよな・・・)
武家入りするとなると、城内省、元老院、斯衛軍の意向を今まで気にする必要性が出て来るからだ。
いくら武が政治や武家の内情に疎くは合っても、凍結されてしまった【武御雷】開発計画や、斯衛軍専用機制度の廃止で武家保守派から睨まれているのは知っている。
横浜に居るから、武家保守派の干渉は退けられてはいるのだが、帝都・京都に居を移せば、武家保守派の干渉は退けるのは事実上不可能となる。
日本帝国政府も武が帝都大学に作らせた未来予測モデルの結果を踏まえ、榊是近外務大臣主導の元で、政府機能を第2帝都・東京に積極的に移す方針で、来年度の春から帝国政府の機能移転が始まってしまう。
これに伴い西日本の主要産業も東関東、東北太平洋沿岸、北海道太平洋沿岸、フィリピン、マレーシア領ボルネオ島、インドネシア、オーストラリアへの移転も年明けには本格化すると見られていた。
日本帝国軍もBETAの帝国本土侵攻に備え、九州地帯全体の要塞化、中国地方の山間部要塞化、四国地方の兵站・補給基地化、兵庫県西部から帝都・京都全面迄3重の防衛線の構築、琵琶湖運河の機能拡大、敦賀市⇄長浜市⇄東近江市⇄甲賀市⇄伊賀市⇄名張市を西日本最終防衛線とし、これ以上のBETAの帝国本土侵攻を阻止する構え。
東海エリアに建設予定の食料プラント施設群も急遽、東北太平洋沿岸及び小笠原諸島海上移設が決まる。
各省庁も優に五千万人を超える西日本の国民をどうやって東日本や、東南アジア、オセアニアへ混乱無く避難させるのか胃が痛くなる日々を送る。
その東南アジアとオセアニアも、ボパール・ハイヴに続いて中国領ドゥンファンにもハイヴを建設された事で、西と北の2方向からBETAの圧力を受けている。インドが辛うじて持ち堪えているから、BETAが一気に東南アジアに雪崩込むのは阻止されてはいるが、それが何時まで持ち堪えてられるかの保障はない。
ASEAN諸国からも日本帝国政府に対して、大規模な援軍の派兵要請は矢の催促だ。
無論、日本帝国政府もASEAN諸国を見殺しにする気は無かったので、東南アジア派遣軍第8軍を発足させるが、中国戦線派遣軍に比べれば小規模なのは否めない。
これは人的資源の供給量の問題で、元より日本帝国には大陸2正面と本土決戦の3方向を同時に行う余裕はどこにも無かった。
そこで武の入れ知恵で『いくつか義勇軍を作ったら?』との話しとなり、日本帝国政府の発案で、資金的余裕が有るブルネイ王国とオーストラリア政府の支援と協力で、ベトナム義勇軍、ミャンマー義勇軍、ブルネイ義勇軍が発足、東南アジアのブルネイ王族を始めとする大富豪達も資金の投入を惜しまなかった。
義勇軍とは言っても、実態は生まれ故郷を追われた難民兵の集団に等しい。
だが難民兵にしても背に腹は代えられないで、家族の衣食住を保証してくれるのなら、金と武器の出処は何でも良かった。
とは言え外需が冷え込む一方の日本帝国政府に取っては少なくない出費なのは確かで、遠田技研が白旗を掲げ、光菱重工との関係悪化を恐れた河崎重工が、【武御雷】開発計画から逃げ出したのは、無制限に等しい財政出動をどこかで押さえたかった大蔵省に取って天の啓示に近かった。
なんせ、何年先に出来るのか分からない【武御雷】よりも【不知火】は試作機が4機も存在し、年が明ければ試作機の数が12機に増え、春になれば先行量産機1個大隊36機がロールアウトされ慣熟訓練が済めば大陸に実戦投入される。
その【不知火】にしても、当初のりも対した金を掛けずに大幅な性能向上に成功。大蔵省としても割当られた予算内での性能向上な為、武に感謝した程だ。
『だったらいつ出来るのか分からないばかりか、稼働率が低く国内使用限定の【武御雷】なんていらないだろー!』
と、率先して【武御雷】開発計画潰しに動き出し、遠田技研に圧力を掛けまくった。
その圧力たるや、ヤクザの恫喝顔負けだったと言う。
遠田技研も技術協力会社河崎重工が真っ先に逃げ出し、社内でも光菱重工と大蔵省との関係悪化を恐れる声が続出し始め、そこに城内省と斯衛軍からは『【武御雷】を【不知火】を大幅に上回る高性能機。つまり第4世代機として開発出来ないか?』と無茶振りを要求された為に、遠田技研は『我が社では第4世代機の開発は無理です・・・』と遂に白旗を揚げた。
妥協案として斯衛軍分用の【不知火】は遠田技研が生産を請負う事にはなったが、戦術機に関する知識も技術も経験も無い遠田技研には荷が重かったし、一度逃げ出した河崎重工が技術協力してくれるかの見通しも無い。
よしんばあったとしても、遠田技研が【不知火】の生産が可能になるのは最低でも3年から5年の月日が必要で、そこまで会社が持つかの自信が無い。
『どうすりゃいいんだ・・・・』
と、ある遠田技研の幹部社員は頭を抱える。
当面の間は軍用車輪の生産に力を入れる形で、会社の倒産を阻止しつつ、大幅は収益が見込める【93式不知火】の生産体制を整えるしかなかった。
「そうですね、やはりこの場での良き返事を貰えませんか?白銀影行殿・・・」
「煌武院悠陽様申し訳ありませんが、返事は出来ません(これは絶対に裏があるな)・・・」
白銀影行も譜代武家としての復帰話しが出るのは覚悟はしてはいたが、一人息子武が家を離れ、煌武院悠陽の近侍として煌武院家入りする話しが出るのは予想外過ぎた。
そして瞬時に裏があるきな臭さを感じた白銀影行は、戦術的撤退を決める。
「私は家族は常に一つの屋根の下に居るべきだと考えていますので、未だ小学生の武を遠い京都の煌武院家にご奉公させたくはありません」
「・・そうですか、そうですね・・・」
武の年齢を持ち出されたら、彼女も反論は出来ない。
武の母・楓も同様にきな臭さを感じたのか、月読真耶の動きに注意を払いつつ、ずっと沈黙を続ける。
大広間内に緊張感が高まる。
「他に御要件はございますでしょうか?」
白銀影行は無ければ、さっさと煌武院家を去るつもりだ。
「待って下さい」
腰が半分上がったのを見た煌武院悠陽が慌てて止める。
「御館様・・・!」
月読真耶は慌てて煌武院悠陽を止めようとするが、煌武院悠陽がそれを手で制する。
「分かりました、正直にお話をします。ですから、座り直していただけないでしょうか」
「分かりました・・・」
白銀影行も座り直す。
「では正直にお話しをします。実は凍結になった筈の斯衛軍専用機【武御雷】の開発計画はまだ生きています。無論表面的には凍結はされてはいますが、斯衛軍技術開発部では、未だ諦めていないのが実情で、それを保守派と伝統派が後押ししているのです」
白銀家3人はやはり裏があったと納得した。
「だから煌武院家としては武に【武御雷】の開発計画に関与させたいと・・」
「はい、その通りです」
煌武院家は歴史的に見て保守派寄りだ。
支持基盤が保守派である以上、保守派の動向と要望はどうしても無視は出来ない。
「武殿が私の近侍として煌武院家に奉公し、【武御雷】の開発に関わったとするのなら、【武御雷】の開発に反対をする大蔵省も、新技術の数々の知的所有権を持つ光菱重工も【武御雷】の開発に協力するしかなくなります」
「確かに、【不知火】の開発で武が発明した新技術の数々は武と光菱重工の共同保有です。これは武の安全を確保する為の措置なのと、武が発明した新技術に光菱重工が少なくない投資をしているからでもあります。だから武の独断専行で好き勝手出来る物でもない」
これは武が発明開発した新技術の無断悪用を防ぐ為の保険であり安全装置だった。
「ですが、無視は出来ないはずです。それ程に武殿が持つ影響力は大きいのです」
「つまり【武御雷】の開発を諦め切れない者達が、煌武院悠陽様に泣き付いたのが真相な訳ですね?」
「はい、仰る通りです。白銀家を再び譜代武家として復帰させるだけではなく、武殿を私の近侍として取り立てて、【武御雷】開発計画を再開をしようとしています」
「こう言っては何ですが、【武御雷】は兵器としては欠陥機と言うしかありません」
「理由を伺って宜しいでしょうか?」
「カタログデータスペックだけでしたら、【武御雷】は計画当初の【不知火】を上回ると言えるでしょう。ですがそれとは引き換えに、量産機としては致命的な欠陥を抱えます」
「欠陥ですか?」
「はい、年30機しか造れず、整備性、拡張性、互換性を頭から無視した結果、稼働率が極端に悪く、【不知火】の上位互換機でありながら、部品の交換率は1/3 前後の有様。性能が大幅に向上した【不知火】でも、第2世代機【89式陽炎】との部品互換率は5割を超えています。部品互換率を高める為に【89式陽炎】の性能向上にも努めており、最終的には部品互換率は7割に達するでしょう」
【武御雷】程、日本人特有の職人気質の悪癖が出ている機体はないだろう。
そこに元から職人気質が強い遠田技研、帝国寄軍よりも優秀な戦術機が欲しい城内省、元老院、斯衛軍、武家保守派が加わり、軍馬ではなく工芸品に近い案となった。
かく言う【不知火】にしても開発期間の短さが原因で、拡張性を犠牲してしまったが、その問題を解決したのが武だ。
『戦術機の性能を短期間で大幅に向上したければ、ハードではなくソフトウェアの開発に力を入れるべき』
と、武の代名詞たる【新OS・XMシリーズ】と【並列処理新型CPU・梓】の開発だった。
第二次世界大戦当時、日本軍機を鹵獲したアメリカ軍は日本軍機の基本性能が優秀なのを認めつつも、機体の拡張性の無さ、エンジンの量産性、整備性の悪さから『日本軍機は軍馬ではなく工芸品だ 』と評した。
アメリカと言う国は日本とは対極的な国だ。
徹底した合理主義の考えの元、兵器開発と量産を行う。
4発戦略爆撃機B-29とB-30を僅か数年で15000機生産予定だったと言う。
アメリカ留学時代にあらゆる資料を貪り読み通した白銀影行は、嫌と言う程に戦争に負けた意味を理解をした。
白銀影行は貪り読み通した資料を全てコピーし、それを光菱重工に持ち帰り、アメリカ式で航空機、エンジン、軍用車輪の生産を行ったらどうなったかを有志と一緒に計算し直して愕然とした。
航空機の生産数は5割増しに、エンジンの生産数は3倍強に増え稼働率は7割代を維持、軍用車輪の生産数は5倍に増える試算が出た。
白銀影行はこの結果に心底打ちのめされた。
『これでは勝てないはずだ・・・』
その白銀影行からすれば、城内省と斯衛軍の戦術機の仕様要求がいかに非常識なのが分かる。
【武御雷】をカタログデータスペック通りに運用するとすれば、一機に付き10名の専属整備班が必要になり、帝国軍とは完全に切り離された兵站が必要となる。何しろ互換性が無い部品が原案だけで5割を超え、これでは中長期的な共同運用は不可能に近かった。
こんな贅沢な運用はアメリカ軍以外では不可能に近い。
「ですが、白銀家の協力が有れば、【82式瑞鶴】の再現は可能なのではありませんか?」
煌武院悠陽は白銀家に強い期待感を持っていた。
白銀影行は戦術機開発の権威にして三羽烏の一人。
白銀楓は元斯衛軍衛士で今は帝国軍横基地浜訓練校教官を務めながらも、今だに高い技量を有していたし、武と一緒にシュミレーターで新OSの慣熟を熟している。
白銀武は天才発明家にして、衛士としても高い存在能力を持っているのは、新OSの開発で証明済み。
この3人なら大蔵省と国民が納得するだけの結果を出せるのではと期待していた。
「【瑞鶴】に関して言うのであれば、戦術機開発に必要な知識と経験を得る意味で必要不可欠でした。あの経験があればこそ【不知火】の開発に繋がったとも言えるでしょう」
「でしたら、【武御雷】を最初から第4世代機の開発は出来るのではありませんか?」
煌武院悠陽としてはそう簡単には引き下がれない。ここでそう簡単に引っ込めば、煌武院家当主としての評価が下がってしまうからだ。
月読真耶は未だ幼い当主が必至に【武御雷】開発計画の再開に食い付いている有様に、内心忸怩たる思いでいた。
何しろこの件に関して言えば、遠田技研からも『何とかなして欲しい』と泣き付かれているのだ。
本来なら城内省、元老院、斯衛軍参謀本部、遠田技研の大人達が、白銀家に頭を下げるべきなのだが、事もあろうにか未だ9歳に成ったばかりの子供に丸投げしたのだ。
『煌武院家の当主』と言う理由だけで。
そりゃあ煌武院家の当主だとは言っても、子供に低姿勢で頼まれれば断り辛かろう。
頭ごなしに断れば、悪評の一つや二つは出てしまう。
なんだかんだと言いながらも大人は世間体を気にする。
それが可愛いお姫様となれば、無碍に断れないと。
欧州連合軍最強と言われる機甲戦術機部隊《ローゼンリッター連隊》の隊長がこの有様を見たらこう言うであろう。
『民衆と言うのは何時の時代でも、王子様や王女様が好きデスからなあ、いれが美少女なら熱狂すると言うもの』
贔屓目に見ても、煌武院悠陽は美少女候補だ。
高校生位の年齢に成れば、男が100人いれば100人共振り返るだろう。
案外《将道派》の面々は熱狂的な煌武院悠陽のファンの集団なのかもしれない。
もしニヒルで世の中を斜め構える斑鳩崇継が政威大将軍に就任したら、《将道派》は熱狂的に彼を支持出来るかどうかはかなり厳しいとしか言い様がない。
能力の高さを認めてもだ。
「何度言われましても、兵器としての運用性に問題が生じる可能性が高い【武御雷】に関わる気はありません」
実際問題として【武御雷】は問題がありすぎた。
原案通りに造れば年間30機しか造れず数を揃えれない。
日本帝国政府と帝国軍は日産2〜3機、月産60〜90機、年間720〜1080機の生産体制を整える予定だが、対BETA戦激化が常に定数割れが予想される中、年間30機しか造れないはかりか、【武御雷】一機の調達価格で【不知火】2機の調達可能な斯衛軍専用機の為に、余計なリソースを割きたくはなかった。
「白銀殿・・・」
「武家の皆様方には【不知火】を使う様、説得を為さって下さいます様お願い申し上げたい」
【不知火】の開発に関して言えば、兄弟機の開発と並行して第3段階まで予定されている。
順調に行けば【不知火95型】【不知火97型】と。
不知火の兄弟機に関して言えば、どうやって軽量化するかが問題ではあったが、従来の複合装甲寄りも、軽量で強度に優れ調達コストが低い〘発泡金属装甲〙の開発の目処が立っているのと、欧州連合の戦術機【Tornado】の改修作業から得られた経験が生きそうで合った。
即応性と戦線構築能力重視の為、【不知火】程の高機動力を求められていない気安もある。
1994年の夏頃には、兄弟機の試作機が【不知火95型】の試作機と一緒にロールアウト予定。
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「ねぇ父さん、本当に物別れに終わって良かったの?」
煌武院家を出た後、車中の中で武が右隣に座る父・影行に問い質す。
武の中では【武御雷】を第4世代機として開発・運用する構想があったりするのだが、今は【不知火・シリーズ】の開発を優先したいのであの場では口にしなかった。
但し、中身は完全に別物になっただろうが。
「ああ別に構わないさ。元から武家に復帰する気は今更ないしな」
白銀影行としては、白銀家の武家への復帰、武のご奉公等を有耶無耶に出来て満足していた。
「武、戦術機は軍馬で合って工芸品ではない。大陸の過酷な戦場と環境下で、どうやって稼働率の高さを維持するかが大切なんだ。そう言った意味では【武御雷】は真逆の時代遅れの発想の機体なんだ。一発勝負では【武御雷】は無類の強さを発揮するが、長期消耗戦を余儀なくされる対BETA戦では味方の足枷になりかねない」
BETAは常に蝗の大群宜しく、月に2回は師団規模以上の数で持って押し寄せて来る。
当然の事ながら、前線は戦術機の稼働率の高さを維持仕様と躍起になる。
どんなに文句や悪態を付いても、BETAが地上を埋め尽くして侵攻して来るし、強風、砂塵、大雪、大雨、泥濘にも対処しなくてはならないし、最前線ではまともな整備施設が無いのが当り前。それでも整備班は、戦術機を常に高い稼働率を維持するのを求められ、パイロット達も機体が動く限りは機体を放棄したりはしない。何故なら機体を放棄すれば、次に機体が回って来るのは定かではないし、中破した機体でも味方陣地に持ち帰れば、修理して再出撃は可能だ。修理不可能と判断されれば、機体を分解して再利用可能な部品は他の機体の整備に回す事が可能なのだ。
そこに劣悪な整備性、互換性と稼働率が低い【武御雷】を持ち込んだからどうなるだろうか?
各方面から悪口雑言、罵詈雑言が並べ立てられるのが目に見えていた。
武が調べた虚数空間の中でも【武御雷】が大陸の最前線で中長期間活躍した情報は一つもない。
(【武御雷】がデビューしたのは1998年夏の帝都防衛線だったよな)
遠田技研が昼夜問わずの突貫作業で【武御雷】の試作機4機を造り上げた、その4機は前線が総崩れとなり、崩壊をした帝都・京都防衛線の中で取り残された残兵の救出で一躍名を上げたが、その後、試作機特有の不具合と予備部品の少なさで前線に出る事はなかった。
遠田技研が何とかして【武御雷】の生産に漕ぎ着けたのは2000年に入ってからなのだが、生産・配備機数の少なさが原因で目立った活躍は、2001年度末の佐渡ヶ島・ハイヴ攻略戦を待たなければならなかった。
【武御雷】はその後、国連横浜基地防衛線、桜花作戦を成功させた殊勲機として名を馳せ、帝国軍でも【武御雷】の採用の動きもあって、帝国陸軍に1個中隊12機が実戦配備されはしたが、余り物使い勝手の悪さに部隊全員がキレた。
大陸の劣悪な環境下に機体が耐え切れず、半年も持たずに12機全部がスクラップとなる。
その後【武御雷】が対BETA戦で活躍した記録はなく、一発勝負の短期決戦機として常に国内に置かれた。
帝国陸軍の方では【新OS・XM3】と【新型CPU】を採用・搭載をした様々なバリエーション機が登場。半分骨董品扱いだった【77式撃震】が再設計・改修されて準第3世代機【77式撃震・改】として数百機が生産された。
それ以外にも大幅にアップデートされた【89式陽炎・改】【94式不知火・改】【97式吹雪・改】が誕生。
これによって【00式武御雷】は一時の徒花として帝国斯衛軍専用機として終わってしまう不運な機体となる。
第3世代機【00式武御雷】を擁していながら、大陸の戦場に全く出て来ない斯衛軍を、『高価な玩具を持つ儀仗隊』と揶揄と嘲笑の対象となり、武家と斯衛軍の発言力は急激に失って行く事になる。
武としては何とかして上げたい気持ちはあったが、城内省と斯衛軍が【武御雷】の斯衛軍専用機としての、近接戦闘特化型機の考えを捨てるとは思えず、下手に関われば他の開発計画に支障を来たすのは明らかなので、あの場では沈黙を貫くしかなかった。
(今は【不知火シリーズ】が最優先だよな・・・・)
三羽烏と光菱重工と帝国陸軍技術廠の後押しもあって、武が技術者的革新を推し進めた結果、【不知火】は早くも第3世代機の合格基準のハードルを0.5世代機分引き上げたとも言われている。
(でもまだまだ足りない。XM3を完成させるには、新型CPU・梓のアップデートとより高性能半導体が必要。光菱電気、帝国陸軍技術廠第3課、帝都大学精密機器研究所の協力で新型高性能半導体が出来るのは年明けの3月頃。それを【不知火】の先行量産機に載せて、大陸で実戦テストが出来るのは早くても6月頃か・・・・)
武はもどかしさを感じていた。もっと早く、効率的に技術革新を進める方法と手段はないのかと。
(自分の身体が小さいのが恨めしいな。もっと大きければ試作機を今すぐ持って行って、実戦証明して見せるのに)
その方が手っ取り早く感じてはいるのだが、シュミレーター限定の今の身体では、大陸での実戦に耐えられないのは目に見えていた。
「武、余り焦っても仕方ないぞ」
「父さん・・・」
「これ以上の技術革新の速度を周囲に求めれば、お前が世の中から孤立するだけだ。父さんはその方が怖いよ」
「・・・・・・・・・・」
「そうよ、父さんの言う通りよ武。貴方は十分過ぎる程にやっているわ。貴方は母さんの誇りよ、武。」
母・楓は武を抱き締める。武が一人で勝手に遠く行ってしまわない様にと。
「母さんの実家に顔出すまでは時間があるから、取り敢えずは一回ホテルに戻るか、これでは観光どころではないしな」
白銀影行は溜め息混じりに言う、自分達の周囲は大量の警護とスパイだらけの現実に。
そんなの引き連れて京都観光巡りは出来なかった。
古都京都の観光を楽しんでいる一般人の迷惑でしかない。
だがホテルに戻った白銀家を斑鳩崇継が待ち構えていた。
「白銀家の皆さん初めまして、斑鳩家嫡男•斑鳩崇継です。白銀家の皆さんとお会い出来て光栄です」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「皆さん。お忙しい中、私めの呼び掛けに応じて下さり感謝をしております」
某所に集められた世界各国の情報機関の日本支部支部長全員が勢揃いしていた。
「ミスター・ヨロイ。要件は手短に願おうか・・・」
「左様、我々も暇な身では無いのでね」
「本来なら、我々はこうして、一箇所に集まる事が事態が異例だと言っていい・・・」
集まった全員が欧陽に頷く。
「我が国が誇る天才発明家少年白銀武君も大した者だ。世界をここまで振り回すとは」
帝国情報省外務二課所属の鎧衣左近は愉快そうに笑う。
「で、ミスター・ヨロイ、要件は何だね? まあ大体想像は付くがね・・・」
一人が忌々しげに鎧衣左近を睨む。
「紳士協定を結びませんかね?まあ出来る事なら、白銀家から全面的に手を引いて貰えるのが一番なのですがね」
「つまり、今の状態を止めろと言いたいのかね?」
「そうですな。我が国としてはそれが一番望ましい。大の大人が小学生の後を24時間、後を付け回すのはいささか問題があるのではないですかな?おかげで彼はまともに小学校に通う事すら出来ないでいる」
武が置かれている状況は異常過ぎた。本来なら義務教育期間の年代にも関わらず、日中は母親の勤務先帝国陸軍横浜基地内に殆ど缶詰となって発明や開発に没頭しているのだ。
その方が武本人も発明や開発に専念出来るし、重要な技術情報も守り易い。
実際に重要な技術情報は全て帝国陸軍横浜基地、帝国陸軍技術廠、光菱重工横浜小机研究所、帝都大学の4箇所で分散管理をしていた。
武本人の後を追い回していても、重要技術情報は何一つとして得られないのだ。
各国の情報機関もその事は承知しているし、重要技術情報を管理している4箇所に、スリーパーを送り込んではいるのだが、送ってからスリーパーが全員行方不明となる。
まさか送った側から『そちらに送り込んだスリーパーが行方不明なのですが、行方知りませんか?』等と聞く訳にも行かなかった。
そもそもスリーパーそれ自体が使い捨てに等しいのだが。
「鎧衣、それは出来ない話しだ。我々には余裕は無いのだよ」
東欧社会主義同盟加盟国の日本支部長が呟く。
1983年から1985年に掛けて東欧諸国は、BETAに先祖伝来の父祖の地を蹂躙され追い出されてしまった。
それからもう十年にも及ぶ月日が経ったが、未だに祖国奪還の見通しは立っていない。
半ば諦めていたところに、日本帝国が世界初の第3世代機の開発と革新的技術の開発の情報が日本支部から舞い込んだ。
曰く、新OSで全ての戦術機の即応性が20%から25%も上昇した。
曰く、新OSを使うと、硬直時間がほぼ0となり3次元立体機動が可能となる。
曰く、新型CPUは同時に数十の攻撃目標選定し、数十の目標への同時攻撃を可能とした。
曰く、新型電池は全ての戦術機の連続稼働時間を倍にする事に成功した。
曰く、新型燃料は全ての戦術機の行動半径を3倍に拡大させてしまった。
曰く、新型跳躍ユニットは全ての戦術機の最高速度を時速1000km代に持って行く事が可能。
曰く、新型駆動間接小型モ゙ーターは戦術機をより人間に近い動きにさせ、より柔軟な動きをさせる。
曰く、新型電磁伸縮炭素帯の耐久性と寿命は二十倍で、伸縮性にも長けており、次への即応がしやすくなる。
曰く、新発明の合成樹皮ゴムは機体の関節部を保護し、関節部への衝撃を和らげ、パイロットへの身体の負担を軽減してしまう。
曰く、新型液晶モニター技術はパイロットの目の負担を軽減し、死角をほぼ無くしてしまい有視界戦闘では絶対的な強味をパイロットに齎す。
曰く、新型耐Gキャンセラーはパイロットの肉体的精神的負担を大幅に軽減し、衛士の適性合格基準を下げる事に成功させられる。
曰く曰くの連続に東欧社会主義同盟加盟国のみならず、他の国々も最初は中々信じようとはしなかったが、新技術新装備を盛り込んだ日本帝国軍の戦術機に、アメリカ製第2.5世代機に惨敗する有様を見て漸く納得した。
そこからは喪失国や前線国家からは、日本帝国に連日連夜の技術協力移転の矢の催促が始まったのだが、日本帝国政府や軍部は『数々の新技術や新装備は、試作段階を出ていないので技術協力や移転は現状では出来ない』とやんわりと応対されてしまう。
そう言われてしまえばあまり強引な事は言えないが、そこに何故か欧州連合が難民の女性達を手土産に技術協力と移転を取り付けてしまう。
まあそれ以外にも手付かずの資源が眠るマダガスカル島の資源開発、集団農場の建設等、BETAの帝国本土侵攻に備えての避難地の確保等、多くの経済的利権を約束されたのも大きかった。
マダガスカル政府にしても、欧州と中近東からの避難民を大量に抱えて財政的に苦しかったので、日本帝国からの経済援助と資本を得ようと欧州連合案に乗っかったと言える。
見返りを用意出来る欧州連合とマダガスカル政府は未だマシと言えるが、日本帝国に資源と食糧等の見返りを用意出来ない喪失国と前線国家はそうは行かない。
一つでも多くの技術情報を得ようと躍起になる。
アメリカ、ソ連、統一中華戦線、ASEAN諸国、激戦只中のインドも同様だ。
断片的に拾える情報だけでも、武が更に新しい発明や新技術や新兵器の開発をしている最中だと言う。
『9歳の子供に何故こんな事が可能なんだ?』
そりゃあ発明の世界では、往々にして理解に苦しむ出来事は日常茶飯事だが、武はそれを通り越して異常だった。
『タケル・シロガネには、何か隠された大きな秘密がある』
そう結論を出すにはさほど時間は掛からず、各国政府は武の秘密を知ろうと躍起になる。
日本帝国政府は当然の事ながら抗議はしてはいるが、武の発明家としての才能を独占しようとしている日本帝国への不信感と嫉妬が合わさって、武への纏わり付くのを止めようとはしない。
「必要に応じて技術情報は開示はしますが、技術使用料はきちんと払っては頂きたい」
これは日本帝国政府からしたら最大限の譲歩だ。
日本帝国政府にしても、ユーラシア大陸の輸出市場が壊滅的な被害を被ってしまった。輸出産業は青息吐息だ。
損失分を内需拡大と軍拡で補おうとしてはいるが、無制限とも言える財政出動に大蔵省の中堅以上は胃薬が手放せない日々を送り始めていた。
『人種存続の危機に、財政破綻を心配している場合ではないのは分かっている。だがこんな無制限財政出動が何時までも続けられる訳がない』
早くも聞こえる金欠の声。だからこそ武が次々と生み出す新技術、新装備は今の日本帝国政府にとって、金を生み出す貴重な打ち出の小槌になろうとしている。
『取れる物は取れぇー!技術はタダではない。滅私奉公なんてクソ喰らえだぁー!』
とある大蔵省の中堅幹部は吠える。
武が作り出した新装備と新装備をタダで欲しがる各国政府への不快感を隠さない。
大蔵省の立場からしたら、武は救世主的存在だ。
発明や開発には金が掛かるのは常識だが、武はさほど金を掛けずに発明や開発を行う。
方々から金を寄越せと言われでいる大蔵省には、大金を要求しないで、必要最低限のお金だけで発明や開発を行ってしまう武の存在はどれだけ有り難い存在かが分かる。
「ミスター・ヨロイ。彼の才能を日本帝国だけで独占するのは止めて貰えないかな?彼の才能は世界が等しく共有すべきだと我が国合衆国は考えている」
アメリカはもう既に【93式不知火】の兄弟機【吹雪】の関する概要を掴んでいた。
【吹雪】は2機種の開発が予定され、練習機型の【乙】型と実機型の【甲】型が有る。
アメリカ政府と軍産複合体では、【不知火】は【F-15】のハイを担当、【吹雪】は【F-16】のローを担当すると判断していた。
問題は日本帝国軍のハイロー・ミックス構想が上手くいった場合、アメリカ産戦術機の輸出に深刻な影響を及ぼしかねなかった。
アメリカ軍のハイロー・ミックス構想は第2.5世代機なのに対して、日本帝国軍のハイロー・ミックス構想は練習機も含めて第3世代機が中心だ。
しかも新技術の開発で、日本帝国は第3世代機の合格基準を0.5世代分引き上げたとも専門家は見ている。
今は戦術機輸出市場に変化は無いが、日本帝国軍のハイロー・ミックス構想が第3世代機を中心に、大陸で確固たる成果を出せば間違いなく、戦術機の輸出市場に変化が出る。
第1と第2世代機は日本帝国のライセンス生産の為、日本帝国が優れた改良型機を作っても、ライセンス契約で輸出を禁じる事は出来たが、第3世代機は日本帝国独自開発な為輸出を押さえる事は出来ないのだ。
(よもや日本帝国がこれ程早く第3世代機を作ってしまうとはな・・・・・)
アメリカとしては甘く見ていたとしか言い様をがない。
日本帝国が自国産の戦術機を望むあまり、第3世代機の開発をしているのは知ってはいたが、【89式陽炎】の開発から僅か4年で、アメリカ製戦術機よりも優れた第3世代機を開発するとは予想外過ぎた。
日本帝国にしても第3世代機の開発を急ぐあまり、、拡張性を犠牲にしてしまったが、それは戦術機開発に付き纏うジレンマでも合った。
余程の技術革新でも起きない限りは、戦術機開発は第3世代機止まりか、より大型化させるしかなかった。
だが戦術機を大型化させれば、製造コストと維持費が嵩むのは目に見えている。
そもそも戦術機それ自体が兵器として矛盾の塊だ。その兵器の稼働時間延長や航続距離を伸ばそうとすれば、機体の大型化は避けられず、大型化した戦術機を空に跳躍ばそうとすれば、従来のジェット・ロケット混合エンジンも大型化も避けられず、被弾面積が増大してしまう。
そして戦術機それ自体人形であるが故に構造上脆い。
脆いが故に高性能化を図れば図る程、機体の拡張性が無くなってしまう。
アメリカもそう言った矛盾に気付いたが故に、無理に第3世代機の開発を急ごうとはしなかったし、機体が被弾しやすい近接戦闘を忌避する傾向が強い。
ならばと、技術革新を引き起こして、そう言った矛盾を解消してしまったのが武だった。
機体を大型化しないで、全長18m台の基本を守り乍、連続稼働時間を倍にし、作戦行動半径を3倍に伸ばした。
即応性も20%から25%も向上させ、燃料調達コストも数分の一以下に抑え、数十の攻撃目標を索敵探知させ、同時に数十の攻撃目標を攻撃させるマルチロックオンのシステムもおまけ付きで。
専門家達が『戦術機開発に革命が起きた』と騒ぐのも無理はなかろう。
武器系には変更は無いが、それすらも時間の問題と見る。
(欧州諸国が1980年代に【不知火】があれば、欧州の陥落はなかったと騒ぐのも無理はない)
日本帝国が開発した第3世代機の特長は、これまで衛士に成れなかった者達にも、衛士への道を開いた事だろうか。
運動系なら誰もが一度は衛士への道を志そうとするが、衛士になれた者よりもなれなかった者の数は多い。
理由は様々だが、揺れへの耐性が大半を占める。
戦術機内の揺れは酷く大きい。技術開発が進んでも、揺れの問題だけは解決しなかった。
【不知火】に施された新技術と工夫が、これまで後一歩衛士になれなかった者達への道を開いた。
衛士への道は狭き門だったが故に、消耗に対して補充が追い付かず、定数割れは当り前。
第二次ダンケルク撤退戦でのロンドン防衛線では、戦術機の数もさる事ながら、衛士の数の不足も深刻だった。
ロンドン防衛線では、起死回生の逆転で何とかロンドンを守り通したが、衛士の損耗率は8割に達した。
BETAが諦めずに後もう一押ししていれば、ロンドンは疎かマンチェスターまで押し込まれていたのは疑いの余地はなかった。
もしその場合、アメリカとイギリスは欧州諸国の敵意と反感を買うのは覚悟の上で、欧州の4つのハイヴ、リヨン・ハイヴ、ベオグラード・ハイヴ、ミンスク・ハイヴ、ロヴァニエミ・ハイヴの内、最低でも2つのハイヴを破壊しようと全面核攻撃の準備を整えていた。
さて、話しは横道にそれだが、衛士の損耗に対して補充が追い付かないのは今も同じだ。
新型の耐Gキャンセラーを始めとする新技術と工夫で、後一歩で衛士になれなかった者達が衛士になれる。そして、その後一歩で衛士になれなかった者達の方が多い。
その者達が衛士になれれば、衛士の数の問題は完全にとは行かないが、戦術機の数を上回る衛士の数は揃えられる。
揃えられるのなら、ローテーションが組めるし、手が空いた衛士を後方で休養させるなり、後進の指導や訓練に当たらせる事が可能になる。
帝国軍の方も内地で待機させる戦術機連隊の数を、10個連隊から15連隊に増やせるのではと試算していた。
そんな訳だから、アメリカとしては武を日本帝国から引き離したかった。
何故そんなにしてまで子供の武を引き離したいか、理由は国産奨励法《バイ・アメリカン法》だ。
この《バイ・アメリカン法》が原因で、日本帝国の技術と製品をアメリカ軍では購入出来ない。
軍関係に関して言えば、ボルト、ナット、ビスの一本に至るまで、アメリカ連邦議会の決定と承認が必要だ。
だからこそアメリカは武を日本帝国から引き離し、アメリカで研究・開発をさせ、水素技術一つを取ってもアメリカの技術としたいのだ。
無論日本帝国は抗議するだろうが、アメリカは論点をずらしまくって有耶無耶にするだろう。
『水素技術は元からアメリカの技術。日本帝国の水素技術は紛い物かアメリカ盗んだ技術だ』
これは第二次世界大戦以降のアメリカの持病だと思っていいだろう、『全方位に対してアメリカこそが常にNo.1で無ければ気が済まない病』と言って良いのかも知れない。
だが現状はアメリカに取っても手詰まりだ。
日本帝国は存在的に根強い反米感情を持つ国。
しかも西太平洋で自力で対BETA戦を戦える唯一の国。
共産主義勢力の防波堤国家。
武の周囲にはガチガチの警護隊が付いている。
各国のスパイも引き抜きや出し抜きを許さんと警戒中。
ましてや子供を大の大人達が後を追い掛け回しているのもみっともないの確かだった。
(一度冷却期間を置くのも必要か・・・)
「ミスター・ヨロイ。必要に応じて、技術情報を開示するのは本当だろうな」
「ええ、それに付いては約束しますよ、ですがその判断はこちらでさせて頂きます」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「もう既に皆も知っていると思うが、煌武院悠陽様は白銀家の説得は失敗に終わった」
年末の忙しい合間を縫って、集まった一同は失望を隠せないでいた。
「まぁ仕方ないですね、煌武院悠陽様は未だ9歳、説得の失敗はまぁ織り込み済みですよ」
「でもまさか、近侍の件も袖にするとはな。白銀家は随分と思い上がっているようだな」
「元は譜代武家とは言っても、平民に降下してから随分な月日が立っています。武家の気概も矜持も消え失せたかと」
「だが伝統と秩序を蔑ろにし過ぎであろう。これでは斯衛軍専用機【武御雷】の開発計画再開も夢で終わってしまうぞ」
「どうするのだ?このままでは我ら武家は、平民達と同じ戦術機に乗る羽目になってしまうぞ」
「篁主査はどうなのです?彼は【武御雷】開発計画の責任者のはずですが」
「篁めは、【武御雷】開発計画が凍結をして安堵している」
【武御雷】開発計画が事実上の中止となって、一番安堵したのは篁裕唯なのは確かだ。
「篁め、譜代武家の誇りを忘れて日和ったか!」
一人が腹ただしさからテーブルを叩く。
篁裕唯が安堵したのは、戦術機の開発の実績が無い遠田技研が【武御雷】開発計画の中心だった事だ。
彼としては、戦術機開発の実績が十分にある光菱重工を中心としたかったのだが、光菱重工は【武御雷】の開発計画の内容と、要求される基本性能を知って真っ先に逃げ出してしまった。
だから【武御雷】開発計画が凍結されて安堵したのだ。
「ふん、篁も所詮外様武家からの成り上がり者。我ら保守派本流とは違い、伝統と血統への誇りと気概も無いに等しい」
「ではどうするのです?このままでは大蔵省や反斯衛軍派の思い通りになるだけですぞ」
日本帝国政府・議会・国防軍内に反斯衛軍派は多い。
『一つの国家に指揮命令系統が異なる軍隊を持っているのは日本だけだし、余りにも非効率で予算の無駄遣い』
と。
反斯衛軍派は機会さえあれば、斯衛軍を縮小解体しようと武家と斯衛軍の粗探しに余念がなかった。
「今は何も出来ない、残念ながらな・・・」
白銀家に手を出すのはリスクが高過ぎた。
皮肉な話しだが、国内外の目が白銀家に集中し、その情報部が白銀家に張り付いているお陰で、白銀家に容易に手を出す事は出来ない状況なのだ。
「ではこのまま手を拱いていると?」
「そうは言っていない。遠田技研には、河崎重工から戦術機に関する技術を早急に取得する様には言ってある。それと並行して、裏で【武御雷】開発計画を再開させ、その上で【不知火】を上回る【武御雷】を開発すれば良い」
「上手くいきますかな?」
遠田技研の体力を考えると、現状では取らぬ狸の皮算用で終わってしまう可能性の方が高かった。
「上手くいかせたい物だな。上手くいかせれば、斯衛軍専用機制度を潰した小僧の鼻を明かす事が可能だ」
その遠田技研にしても、河崎重工の技術協力が無ければ戦術機の生産は不可能だ。
もし失敗すれば、帝国斯衛軍は代替機の確保すら困難な事態に直面する。【82式瑞鶴】は武が発明した新技術を使い準第3世代機へと順次アップデートさせる予定だが、如何せん【82式瑞鶴】は元々1.5世代機。最初から第3世代機として開発された【不知火】と比べれ性能は劣るし、早々大量生産が可能な機体ではない。
だったら最初から【不知火シリーズ】の機体を使えば良いだろうと誰もが思うのだが、斯衛軍こそ最強の戦術機を持って当然と彼らはそう信じ込んでいた。
そうでなければ、皇帝陛下と政威大将軍と帝都・京都をどうやって守護奉るのかと。
アメリカとは別の意味で内向き志向の集団なのだ。
武に言わせればその時はもう既に手遅れで、帝都・京都以外がBETAに蹂躙され、取り返しが付かない目を覆う地獄絵図なのだ。
(もし斯衛軍の主力機が【94式不知火】だったら、もっとまともに戦えていたのでは?)
武はそう考える。それともっと不可解だったのは、第3世代機【94式不知火】を連隊規模で擁していた国連横浜基地が全く動かないでいた事だった。
本来なら【94式不知火】を大量に保有していた国連横浜基地こそが、帝都・京都防衛線の要となるべきだった。だが、在日米軍の一方的な撤退と関東防衛線が始まるまで、国連横浜基地所属の戦術機部隊は温存され、しかも戦線投入されたのが埼玉県と群馬県防衛という不可解さだ。
本来なら相模川防衛線を任せるべき部隊を、何故かBETAの脅威度が低い埼玉県と群馬県に向かわせたのだろうか?
あの時期のBETAは狭隘な山間部を避け、静岡県経由で神奈川県に攻め込もうしていた。
国連横浜基地の戦術機部隊A-01部隊が、相模川防衛線に投入されて入れば、その後に起きた《横浜の惨劇》は無かったのではと。武はそう見ていた。
「それとは別にだが、皆に重大な報せがある」
「どの様な報せなのですかな?」
「斑鳩崇継が、白銀家と接触をした」
その発言は集まった者達に雷鳴の衝撃を齎した。
「斑鳩崇継様が何故、都落ちした家の者と・・・」
「どうやら斯衛軍専用機制度を潰した御礼を言いに行ったそうだ・・・」
「何かの間違いではありませんか?」
「そうかな、実にあの小僧らしいと思うがな」
「根拠はあるのですか?」
「あの小僧は常日頃から、武家と斯衛軍の在り方を疑問視していたからな。それに、斯衛軍への【不知火】の実戦配備を後押しすると白銀家に約束をした」
「それは本当なのですか?」
「事実だ。斑鳩の小僧は好奇心が旺盛で新しい物が大好きな性格をしているからな。【不知火】は格好な新しい玩具に見えたに違いない」
「五摂家にあろう者が、何と早まった事を」
「よりによって、我ら武家と斯衛軍のあり様に疑問を持つ等許されるはずがない」
「ですがこれで次の政威大将軍は、ご息女の崇宰恭子様でお決まりになったのではござりませんか崇宰公殿」
「無論だ。我が娘恭子は、幼き日から次期政威大将軍に相応しきあれと教育して来たからな。罷り間違ってでも、斑鳩の小僧を次の政威大将軍にはせんよ」
「当然です!」
その声と同時に賛同する声が続出する。
(だが、斑鳩崇継本人は政威大将軍に就任できなくても一向に気にせんだろうがな)
実は崇宰公の斑鳩崇継への評価は高かったりする。
武人としての才覚才能は天武の才を持つ。もう少し真面目に修練を積み重ねれば、他者の追随を許さないだろうと。
その他者の中には
(斑鳩崇継は生まれて来る時代を間違えた。あやつは織田信長と同じ時代に生まれるべきだった。乱世の梟雄こそあの者に相応しいだろうしな)
残念な事に崇宰公も気付いていなかった。