《1993年1月2日土曜日 先負》
「本日はこの様な形で白銀家の皆様と、お会いする御無礼をどうか許してください」
白銀家の三人は年始年末の挨拶周りが落ち着いたので、篁家に夕食の席に招かれていた。
それ事態は最初からの予定だったので問題はなかったが、何故かその席に五摂家の一つ崇宰家の次期当主である崇宰恭子が同席し、深々と頭を下げていた。
崇宰家と篁家は親藩武家の鳳家を間に挟んで血縁関係にあった。
譜代武家篁家当主夫人たる篁旃納は親藩武家鳳の出身で、鳳家は崇宰家の分家に当たる。
「恭子様、どうか頭をお上げください。五摂家の方がそう簡単に下々に頭を下げては、示しがつきません・・・」
崇宰恭子が深々と頭を下げたのを見て、その場で慌てたのは武の母・白銀楓だった。
「分かりました先生・・・」
「「えっ!?」」
崇宰恭子の『先生』の一言に、驚いたのは武と篁家次期当主の篁唯依の2人だった。
「あ〜そうか、武には未だ話していなかったな。いや、済まなかった」
武の父・白銀影行が罰の悪そうな顔をする。
「母さんはな、父さんと結婚するまで、崇宰恭子様の剣術指導をしていたんだよ武」
「全然知らなかった・・・」
「もっと早く教えて置くべきだったな・・・」
「父様、今の話しは本当なのですか?」
篁唯依は父・篁祐唯の顔を見る。
「ああ、本当の話しだよ唯依」
「幼い頃に夏の全国高校剣術大会を見てね。その時の優勝者が先生だったの。その時の美しい洗練された剣術に一目惚れをしてね。私から先生の弟子になったのよ唯依」
「そうだったんですか・・・」
篁唯依は一頻り感心をした。
「だから余計に衝撃だったのよ。先生が武術の取り柄が無い一般の技術者と結婚すると聞いた時にはね」
「恭子様は最後の最後まで反対していましたね・・・」
白銀楓はどこか懐かしそうな顔をする。
白銀影行の出会いから、結婚に至るまでの修羅場の日々が脳内に反芻する。
今は落ち着いてはいるのだが、独身時代の白銀影行のモテようは尋常ではなかった。
白銀影行本人にはその気は無かったにも関わらず、まるで蛾を引き寄せる誘蛾灯の如く、女性陣にモテにモテた。
それこそ独身男性陣に密かに爆殺対象にされる程に。
「あの頃はどうしても理解出来ずにいました。ですが、今なら理解出来ると思います」
崇宰恭子は一呼吸置いて武を見て呟く。
「先生は、こうなる事を予想していたのですか?」
「恭子様、それこそまさかですね。私は預言者や予知能力者ではありませんから。純粋に夫と結婚したかっただけです」
「・・・・そうですか・・・。ですが、御子息の存在は帝国にとって大きな意味を持ちます。最早どこも御子息を放置は出来ないでしょう。こう言っては非礼ですが、御子息はあまりにもやり過ぎたと言っていいでしょう」
「恭子様、武がやり過ぎたとは?」
部屋の中の雰囲気が緊張感を増す。
崇宰恭子は言いづらそうな顔をしながら話を続ける。
「私も最初は天才発明家として見ていましたが、まるで未来が見えているかの様な発明の数々。従来の戦術機の運用概念を打破する3次元高機動戦術の確立。単なる発明家の枠を超えた異能とも言うべき才能。無論御子息の活躍で、これから先の対BETA戦争に置いて我が帝国を利するのは確実でしょう。そして、この国は大きな変革期を迎えています。だからこそ御子息を危険視する者達がいます。私はそれを伝えたくて、篁家に訪れたのです先生」
「つまりこの帝都に置いて、武を危険視し、害そうとする者達が居るのですね恭子様・・・」
「残念ながら事実です先生・・・」
「何となく想像が付きます。武家保守派や元老院ですね?」
「流石は先生ですね、残念な事に、私の父もその1人です」
今の日本帝国は歪な二重権力構造も持つ。立憲議会制を謳いながらも、封建主義的武家国家の顔だ。
両者は共に互いを牽制ないし利用し合う事で、政治バランスを保って来たが、武と言うイレギュラーの存在で、その天秤のバランスが傾き掛けていた。
少なくとも武家側はそう捉えていた。
斯衛軍専用戦術機【武御雷】開発計画が潰れなければ、そう捉える者は保守派の中でも少数派だっただろうが、継戦能力を維持しつつ西日本5000万人もの民間人避難計画を抱える日本帝国政府は、城内省と斯衛軍に【武御雷】開発計画に明確に『ノー』を突き付けた。
本来なら来年度予算から【武御雷】開発計画の予算が付き計画が始まるのだったが、武が帝都大学と日本帝国政府に最悪の予想を元に、BETAの日本帝国本土上陸による被害予測をシミュレートさせた結果、僅か一、二週間で兵庫県を除く九州、四国、中国地方をBETAに蹂躙され、その後一月足らずで帝都・京都も陥落し近畿地方の放棄を余儀なくされる。更に帝国内にハイヴが建設された上に、全国民の3割が犠牲になるシミュレート結果が出た。
このシュミレート結果に日本帝国政府と日本帝国軍は顔面蒼白となる。
無論シミュレートは一度だけではなく、自然災害大国としてのあらゆる自然災害を込みのシミュレートを幾度なく繰り返した上の結果だ。
もし朝鮮半島が陥落すればBETAの大規模地中侵攻が容易くなり、これまで集めた地中侵攻の波形パターンと、群発地震の波形パターンが酷似している為、直前までBETAの地中侵攻を見破れないのも判明。
ここに伊勢湾台風や阿蘇山噴火に南海トラフ地震が加わったらどうなるだろうか。
武は誰も考えたくなかった最悪の事態を想定したシュミレートを帝都大学と帝国政府にさせた。
結果として元から【武御雷】開発計画に疑念を抱いていた大蔵省が覚醒。率先を通り越して怒涛の【武御雷】開発計画を潰しに動いて、斯衛軍専用機制度を閣議決定で廃止に追い込んでしまう。
(まあ根に持たれるだろうな・・・)
結果として武の指示で大蔵省に【武御雷】開発計画を潰させた事態にもなった。
武家側に根に持たれ関係悪化は覚悟していた。
だが五摂家の現当主の一人が武の命を狙っているとなると話が変わって来る。
最悪、早急に他国への亡命を視野に入れる必要が合った。
(ここで死ぬ訳にはいかない。最低でも自分の両親と鏡家の皆を連れて、アメリカに亡命をしないと)
(でも難しいだろうな、俺は常に監視されているだろうし)
もし武がこの状況下でアメリカに亡命の気配を、ほんの少しでも見せれば、日本帝国政府は即座に武の拘束に動き出すのは目に見えているだけに。
日本帝国政府の対BETA戦略の中心人物は最早武だ。
中心人物にして要たる武が、真っ先に抜けられたら日本帝国政府も日本帝国軍も困ってしまう。
「父の真意がどこにあるのかは不透明ですが、それをお報せしたくて御来訪致しました」
「正月早々、とんでもない凶報だな・・・」
それまで聞き役に徹していた巌谷榮二が口を開く。
その顔には怒りと苦々しさが混在していた。
彼も元武家で元斯衛軍だったが、その閉鎖的内向き志向と秘密主義に嫌気が差して、武家と斯衛軍から離れた。
斯衛軍内で出世しようとするのなら、最低でも譜代武家以上の家柄でないと昇進も覚束ない。
将軍家格五摂家やその旗本親藩武家出身だった場合、わずか数年で大隊長に成れてしまう。
士官学校卒のポッと出な若造が、家柄が良いと言うだけで、どんどん出世して行くと言う訳だ。
譜代武家は五摂家のどの派閥に属するかで、今後の立ち位置が決まるが、どんなに優秀でも親藩譜代武家の上に立つ事は無い。
ましてや今年の3月末には崇宰恭子を始め、斑鳩崇継、斎御司玄之、九条瞳子等の、五摂家中4家の次期当主が斯衛軍士官学校を卒業する予定だ。
斯衛軍内は五摂家の息の掛かった部隊の直属部隊の世代交代が始まる。
「・・・唯依は自室に下がっていなさい」
「えっ、でも」
「そうだな。この様な血まな臭い話しは唯依ちゃんには未だ早いな」
「分かりました・・・」
「ごめんなさいね唯依。折角の白銀武君に出会える楽しみを潰してしまって・・・」
崇宰恭子は心底済まなそうな顔して謝罪する。
篁唯依は世界に一世を風靡し、『天才発明家』『麒麟児』『鳳雛』『戦術機時代の申し子』と名声を浴し、自分の父親や叔父が称賛を惜しまないでいる武と正月に会えるのを楽しみにしていたのだ。
それを自分の預かりし得ぬ謀略劇で、色々と聞きたかった話しが駄目になり意気消沈してしまった。
篁唯依は父親と叔父の2人に言われて自室へと下がった。
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(唯依には悪い事をしたけど、白銀武君と色々と話しが出来て良かったわ)
程なくして自宅へと帰宅した崇宰恭子は、疲れた顔と足取りをしながら自室へと戻った。
「恭子お嬢様、旦那様がお呼びです」
自室に戻った崇宰恭子に声を掛けたのは、長年に渡って崇宰家に仕えていた筆頭女中だ。
崇宰家内に当たって恭子が頭が上がらない数少ない人物。
「父が?」
「はい、速やかに書斎に来る様にと仰せつかりました」
「分かったわ、直ぐに行くわ」
「恭子、今日は遅かったな・・・」
「今日は正月休みです。どこに出掛けようと私の自由なのでは有りませんか?」
崇宰恭子は白々しいと思った。篁家に行く途中でも、監視の目や気配は察知出来ていた。
「ふむ、その分だと白銀武と会っていた様だな・・・」
「もう既にお分かりなのでしたら、御要件を仰って下さい」
(年頃の娘は扱いづらいな全く)
崇宰秀章は年頃の娘の扱い辛さを実感していた。
父親としても、周囲の評価も大体同じで、娘への評価は『清廉潔白』を絵に描いた性格でほぼ一致している。
兎に角曲がった事が嫌いで、汚職や不正に権威を盾にする事を嫌う。
自分に対して兎に角厳しいで性格で有名だ。
その崇宰恭子の性格からして、白銀武の謀略等持っての他であろう。
何時も鷹揚に構えサボり癖のある斑鳩崇継が、一番苦手にしている人物でも有る。
過去にはこんなエピソードも。
ある年の夏休み。
「崇継起きなさいよ。もう何時だと思っているの?」
「まだ6時前の様だが・・・」
「あんたね。剣術の早朝稽古をサボる気?」
「サボる気はないぞ。ただ君に呆れているだけだ」
幾ら幼馴染みにして腐れ縁だとしても、早朝に男の部屋に押し掛けて来るのはどうかと思う斑鳩崇継であった。
「寝坊、遅刻の常習犯が何を言っているの。さっさと道着に着替えなさい。紅蓮道場に行くわよ」
「・・・済まないが、これから着替えるんだ。だから一回部屋の外に出て暮れないかな・・・」
「ナニよ、今更でしょう。さっさと着替えなさい。二度寝なんかさせないから」
「はあ〜〜〜〜〜」
大きな溜息を吐いて着替え始める斑鳩崇継。
「なあ恭子、前から聞きたい事が合ったのだが・・・」
「なによ、今更」
「・・・君は私の事をどう思っているんだ?」
碌な返事が帰って来ないと分かっていても、彼的には聞かずにはいられなかった。
「中学生になっても小学生低学年気分のまんまよ。ふん!」
両腕を腰に添えて鼻息荒く言う崇宰恭子。
斑鳩崇継は何かを言うのは諦めた。この幼馴染にはどうやっても勝てる自信はなかった。
彼女から言わせれば才能を持つ人間は、才能に見合った努力をしないのは、才能への不義理であり侮辱でしかない。
『斑鳩崇継は天から与えられた天賦の才を持つ。ならばその才に見合った努力すべき。それは当然の義務』が彼女の見解であり信念でもあったりする。
だから余計に斑鳩崇継のサボり癖は許容範囲外になる。
「ほら、防具を持って行くわよ」
「待て、せめて軽く腹拵えを」
「もう既に女中さんにお握りを頼んであるから、行きながら食べれば良いでしょう?」
「恭子、君は、家の女中を何だと思っているんだ?」
「早起き出来ない崇継が悪いんでしょう?ほら、行くわよ」
崇宰恭子は斑鳩崇継の手を取って、強引に部屋から連れ出そうとする。
画して斑鳩崇継は女中が急ぎ作ったお握りを頬張りながら紅蓮道場に行く羽目に為った。
ーーーーー《閑話休題》ーーーーー
「御用が無ければ失礼「まあ待て、白銀武と何を話して来たかを聞きたいのだ」
「私達武家は政治に関与せずが是ではなかったのですか?」
「それは建前に過ぎんよ恭子・・・」
崇宰秀章からすれば『娘よ、もう18歳なのだから、それぐらい察してくれ』と言いたかった。
無論彼女にしてもそれは健全に過ぎないのは分かってはいたし、後ろ暗い噂も後を絶たない。
親米派を中心とした完全民主派からは武家は蛇蝎の如く嫌悪されてもいる。
とある親米派にして完全民主派の野党議員が皮肉混じりにこう言った事がある。
「どうして武家に取って都合の悪い人物は、不自然な事故死や病死が後を絶たないのですかな?」
と。
そんなもんだから武家と斯衛軍こそが、日本に取って最大の政治的にも軍事的にも不安定要素と見る者が後を絶たない。
斯衛軍は政威大将軍の直管部隊で、日本帝国政府に指揮命令権はない。斯衛軍の指揮権を有しているのは政威大将軍のみと言う歪な状態だ。
日本帝国政府は斯衛軍に指揮命令権を有していないので、斯衛軍に対しては政威大将軍経由での要望要請の形式しか取れないばかりか、逆に斯衛軍は日本帝国政府の要望要請を拒絶する権利を有していた。
だからこそ日本帝国政府は武家と斯衛軍に万全の信頼を置く事が出来ず、帝国陸軍に首都防衛軍を作らせ、斯衛軍に首都の守りを一任出来ずにいる。
斯衛軍が純然たる首都防衛軍なら、帝都・京都と関西圏の防衛を斯衛軍に任せれば良い。だが、斯衛軍が五摂家の私兵的要素を強く含んでいるのが原因で斯衛軍に万全の信頼を置けないジレンマを日本帝国政府と帝国陸軍は抱えていた。
BETAの本格的な東方侵攻開始と、大蔵省主導での【武御雷】開発計画が中止となった事で、これらの矛盾が一気に噴き出し表面化しているのが現状。
特に斯衛軍専用第3世代戦術機の開発を後押ししていた武家保守派の怒りは相当な物だった。
武家保守派からすれば皇帝陛下、政威大将軍、帝都・京都を守る最後の砦なのだから、予算の分配、兵器の供給は斯衛軍が最優先で、当然の事。だから、扱う兵器も斯衛軍が一段も二段も上なのは当然。といった旨の思いは人一倍強い。
斯衛軍は【不知火】を上回る高性能戦術機を開発しようと目論んでいたが、武と言うイレギュラーの存在が武家保守派の目論見を御破算にしてしまう。
武の介入で【不知火】は【武御雷】の原案を上回る高性能機になっただけではなく、量産性、整備性、即応性、互換性が遥かに優れた機体へと進化してしまう。
帝国政府、帝国軍、斯衛軍の一部は【不知火】の開発で得たデータを元に、現用機のアップデートを急いぎ、【77式撃震】を第2.5世代機に、【82式瑞鶴】は第2.75世代機に、【89式陽炎】は第3世代機化へと成功した。
このまま新技術の開発が進めば、主だった機種は第3世代機の仲間入りを果たすと見られてもいる。
「何とかぎりぎりで間に合ったぞ・・・」
BETAの東進が本格派して行く中で、現用機の大幅な性能向上は至上命題に等しかった。戦術機が人形な以上、大幅な性能向上は難しかった。それが僅か1、2年足らずで成功したのだから、日本帝国政府と帝国陸軍及び一部の斯衛軍関係者は安堵の息を漏らす。
【不知火】の本格的な量産が始まるのは94年の春から、十分な数を揃え、前線に出せるのは95年になってから。それまでは現用機で戦線を維持しなければならない。
懸念されていた【対レーザー蒸散塗膜】も何とか間に合いそうだった。
コンピューター・シミュレーションでは最新型の【92式防盾】に用いた場合、軽光線級のレーザーの直撃に数回は耐えられる結果が出ていた。
電磁シールドの開発が重量の関係で難航し、対光線級対策に頭を痛めている中、朗報と言えた。
ただ、その場合対要撃級対策の爆発反応装甲は不採用になるが、そこは「当たらなければどうと言う事はない」の理屈で新OS・XMシリーズの緊急回避能力でカバーするしかないのだが・・・
やはりその辺りは兵器開発に伴う一長一短なのだろう。
「白銀武君には感謝の言葉しか出て来ない。もし彼がいなくなれば、僅か1、2年の短期間で、戦術機の大幅な性能向上は望めなかった」
戦術機がソフトウェアの問題で、これまで実現出来なかった硬直時間0を実現し、全く新しい機動概念を得て、変化自由自在に飛び回る戦術機を見ながらそう語る。
『新OSと新型CPU凄いや。あの鈍重な撃震が嘘みたいに小回りが効く』
『水素電池と水素エンジンもだよ。今までの撃震とは思えない稼働時間と加速力だ』
『中隊長見て下さいよ!鈍重な撃震で空中回転が出来る様になりましたよ』
『なら俺は空中バレルロールだ!』
『なら俺は背面飛行からブガチョフコブラを』
『バカヤロー!貴様らもっと真面目にやれ!浮かれて機体を壊したら営倉送りだぁー!』
はしゃぐ部下を怒鳴った中隊長だったが、新技術と新機動概念を導入して、生まれ変わった【77式撃震】に興奮と期待を感じていた1人だった。
別の演習場では第3世代機にアップデートした【89式陽炎】中隊の高機動慣熟訓練が、正月返上で行われている。
『ぐううううううう!』
時速800kmを超えても尚も加速を続ける【89式陽炎】のコクピットシートに押さえ込まれる加速Gに耐えながら、衛士達は機体制御を続けていた。
とは言っても新型CPUが機体制御の大半を引き受けていたので、直進限定なら衛士達は操縦桿を握っていれば良いだけなのだが。
彼らが駆る【89式陽炎】は空気抵抗を減らす為に、【93式不知火】と同じく両肩に可動式カナード翼が取り付けらているので、低空で狭隘な地形でも安定した高速跳躍飛行を可能にしていた。
『これが生まれ変わった【陽炎】か。全く別の機体じゃあないか・・・』
水素技術の導入で連続稼働時間と行動半径が大きく伸び、大陸では【93式不知火】の実戦配備が始まるまで高機動機として、戦線維持と押し戻す役目を機体されていた。
名実共に第3世代機のカテゴリー入りを果たした【89式陽炎】は、訓練風景を見学をしていたアメリカ軍や他国の駐在武官達を複雑な心境にさせている。
(どうしてタケル・シロガネは我が国に生まれて来なかったのだろうと)
『彩峰少将、水素プラズマ・ジェットエンジンの推力にまだ余裕があります』
『各機の残存水素燃料にもまだ余裕があります。後30分は全力跳躍飛行が可能です』
『各機の状態はどうだ?』
『強化部品の採用で各機の状態は正常を維持しています』
『そうか、流石としか言い様がないな』
彩峰少将は生まれ変わった【撃震】と【陽炎】の高性能に心底感心していた。
(これなら【不知火】が出て来るまで、大陸の戦線維持は可能ではないのか?)
彩峰少将にそう思わせるだけの力強さを2機種の戦術機から感じ取れていた。
『神谷大尉、こちら彩峰だ。引き続き運用試験を続行して欲しい』
『了解』
流石にこの辺りに為って来ると、F-4とF-15の製造元アメリカのノースロック社とマクダエル・ドグラム社も、日本帝国の戦術機回収計画協力に前向きになるしかなくなる。
アメリカ切っての戦術機開発の権威フランク・ハイネマン教授の訪日も、その一つだ。
最もフランク・ハイネマン教授の方は、自分専用のオフィスで頭を抱えていたが。
「おかしい。どうやっても計算が合わない・・・」
「何が合わないんです教授?」
頭を抱えているハイネマン教授の呟きに、スタッフの1人が見兼ねて聞く。
「今、NIHONで起きている事だ・・・」
「ああ、あの天才少年がまた何かしたんですか?」
「もしこれが10年後なら、私は納得したかも知れない。だが今NIHONに起きている出来事は余りにも早すぎる。そうまるで10年、20年後の未来を見ているかの気分だ・・・」
「ですが、天才少年のおかげで、戦術機開発は一気に10年以上進んだとも言われていますが・・・」
「こう言っては何だがね。タケル・シロガネの本当の正体は未来人で、数々の新理論に新技術や新概念を、未来から持って来たと言われた方が納得するのだよ」
「アハハハ、そんなオカルトではないのですよ」
スタッフ達は一笑に付したが、ハイネマン教授の顔は真剣そのものだった。
惜しい事にハイネマン教授の見解は半分当たっていた。
早い話しが武が遣っている事は、今から10年後に起きる戦術機開発の技術革新を10年分早めてしまおうと言うもの。
それが武本人に取って《吉》なるか《凶》なるかは死神こそが知る。
ーーーーー《閑話休題》ーーーーー
「彼が言うにはこのままの勢いで戦術機と新武装、新装備の開発が進めば、BETAの帝国本土上陸は阻止出来ると言う事でした。朝鮮半島北部で食い止めて見せると」
崇宰秀章は恭子の説明を身動ぎもせずに聞いた。
「・・・よもやそこまで戦術機開発が進んでいたとはな。流石は『天才発明家』と言われるだけの事はあるのか・・・」
「はい」
「恭子、お前は【武御雷】開発計画が中止に追いやられた事をどう思う・・・」
「個人的には残念には思いますが、【不知火】が実質的に第3世代機を通り越し、世界初の第4世代機としての開発が進んでいるのなら、斯衛軍も【不知火】の積極的に採用すべきだと思います」
「・・・・・・」
崇宰秀章は話しを続ける様促す。
武が進める【不知火】シリーズはPHASE3まであり、本来なら今から8年後の『XFJ計画』が下敷きにやっており、PHASE2が【不知火弐型】でPHASE3が【不知火弐型】の高機動型と言えば分かり易いだろう。
まあ悪く言えば未来知識と技術のカンニングと言われればそれまでだが、武としてはそれでも足りないだった。
「斯衛軍が【不知火】を積極的に採用すれば、【不知火】1機辺りの生産コストが下がり、運用面でも帝国軍との連携が取りやすくなります。何よりも一体感が生まれます」
「それが【不知火】を推す理由なのだな・・・」
「分かった・・・」
「お父さん?」
「・・・夜分遅く呼んで済まなかったな恭子。もう下がって休みなさい・・・」
崇宰秀章は強引に話しを打ち切ろうとする。が、
「ですが、肝心な事を聞き終えていません」
「何おだ?」
「お父さん達は、白銀武君をどうするつもりですか?」
返答次第では自分の父親でも許さない。必要と有れば敵対も辞さずと睨見つける。
「・・・安心しろ恭子。私は彼には何もせん」
「本当ですか?」
「何時の時代でも、誰かが何かをすれば、必ず反対派は出て来るし、不満や批判の声は出る。むしろ私の役目は、そう言った者達を纏め、暴走しない様舵取りをするのが私の役目でもあるんだ」
「舵取りですか・・・」
「そうだ」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「白銀武か、やはり危険な存在だな・・・」
娘を退出させた崇宰秀章は、調査報告書に目を通しながらを書斎で呟く。
その調査報告書には、帝国陸軍技術廠と光菱重工横浜小机研究所が今後に予定している兵器開発計画が一覧と、進捗状況が記載されていた。帝国陸軍技術廠と光菱重工横浜小机研究所の情報管理は徹底されていたが、その下の中堅や下請け経由からの情報集めなので、情報の精査と精度には今一つ確信は持てないが、彼はほぼ間違いないと見ていた。
「このままあの小童の計画通りに事が進めば、BETAは朝鮮半島北部で食い止められるのだろうが、それでは我々武家と斯衛軍は困るのだ。何とかしてBETAを帝国本土に誘引して、本土決戦に持ち込みBETAを撃退する計画が破綻をしかねない」
斯衛軍はその性格と性質からして、国内戦を前提にした内戦型軍隊だ。もし対BETA戦争で出番を求めるのなら、BETAに帝国本土に上陸して貰わないと困るのだ。
何故そう言う考えに至るのは、第二次世界大戦の敗戦が原因と言えば原因だ。
第二次世界大戦の敗戦以降、日本帝国政府は度々アメリカや国連から完全民主化を求められては、内政干渉を幾度となく受けていた。
要するに形骸化が進む政威大将軍制度の廃止だ。
五摂家と武家らはアメリカと国連の内政干渉を苦々しい目で見ていた、そして自分達の象徴たる政威大将軍制度を守る為に親米派や完全民主化派と政治的暗闘を繰り広げていた負の歴史を持っていた。
だからこそ対BETA戦を利用して、武家と斯衛軍の武威を国内外に示したいのだ。
『だったら大陸派遣軍に参加すれば良いんじゃね?』の声がちらほら出て来るが、これまた扱っている戦術機【82式瑞鶴】が量産性、整備性に難がある機体な為に、海外での運用が難しい機体で、帝国陸軍の兵站部門に嫌われていた。
そして斯衛軍の貧弱な兵站能力が輪を掛け、斯衛軍の海外展開を困難にさせていた。画して数百機もの斯衛軍の戦術機は扱いに困り遊兵で、平時での稼働率にも疑問が持たれているのが実情だった。
城内省と斯衛軍は【82式瑞鶴】の稼働率は、常に7割台を維持していると公式発表はしてはいるが、信じているものは少ない・・・
別の世界線では城内省と斯衛軍は【00式武御雷】の稼働率の高さを維持する為に、【82式瑞鶴】の稼働機数を最低限に絞り込んだ経緯を持つ。城内省と斯衛軍は自称戦術機六個連隊を自称していたが、帝都防衛線からの消耗戦の連続で実際は3個連隊にまで戦力が落ち込み、常に稼働出来ていたのは2個連隊と言うお寒い状況。だから斯衛軍は狭霧尚弥大尉達が引き起こした12.5事件では帝都城を守るのが精一杯で、クーデター鎮圧に効果的行動が取れなかった。
この時期の武家と斯衛軍はいささかを通り越して自信過剰の傾向が強かった、『BETA何ものするぞ』と。
だから帝国本土決戦を望んでいたと言えるだろう。
「しかしこれでは【陽炎】と【不知火】の使用を禁止にした所で、余り意味がないな・・・」
それと平行して、後に【77式撃震・改】と名付けられる第2.5世代機に性能向上に成功した【撃震】に関する情報を見るに至り、溜息を付くしかなかった。
崇宰秀章は裏から手を回して、大陸派遣軍の弱体化を目論んでいた。
簡単に言えば国家機密を盾にして、【89式陽炎】【93式不知火】【90式戦車】【89式戦闘装甲車】【87式自走高射機関砲】【87式偵察警戒車】等を大陸での使用を禁止にしようと目論んでいた。
だが本来第1.25世代機の【撃震】が大幅に性能向上し第2.5世代機化した事で、彼の目論見は御破算しつつあった。
このまま技術開発が進めば【撃震】が第3世代機に進化するのは確実で、【撃震】が大陸で活躍すれば、大金を投じて開発した純国産戦術機【不知火】不要論が出かねない。
【撃震】の後継機として開発予定の【吹雪】の開発にも悪影響及ぼすのは必然だった。
下手を打てば手を叩いて喜ぶのはアメリカと親米派と言う事になりかねない。
「たった1人の天才の誕生がここまで影響を及ぼすとはな。完全な計算違いだ」
帝国軍と世論が行け行けどんどんで、最新兵器を惜しみなく大陸で使うべきの方向に傾き、【陽炎】【不知火】の大陸での使用を禁止に持って行き難かった。
このまま斯衛軍抜きでBETAの東進を食い止め、武家保守派が狙う帝国本土決戦が起きなければ、武家と斯衛軍の発言力の低下は必至とも言える状況。
【武御雷】開発計画が中断した事で、帝国政府、帝国議会、帝国陸軍の反武家、反近衛派は、これを機に武家と斯衛軍のさらなる発言力と影響力を低下させようと、水面下で蠢いていた。
「・・・経盛と話をするしかないか・・・」
経盛とは現政威大将軍である斉御司経盛の事で、崇宰秀章とは無二の親友の間柄だ。
斉御司家は武家保守本流の家だが、現当主の斉御司経盛が政威大将軍に即位した後は、武家保守派とは距離を取り、無二の親友である崇宰秀章が武家保守派を纏めていた。
これは必要な政治的配慮だった。
武家のツートップがガチガチの保守派では、中立な立場である九条家を改革の旗を掲げる斑鳩家側へと追いやりかねなかいからだ。
それでなくても九条家次期当主九条瞳子は親煌武院で、煌武院悠陽の両親の事故死で、斉御司経盛と崇宰秀章の2人に疑念の目を向けている。
煌武院悠陽の両親はある事が切っ掛けで、自分達武家のあり方に疑念を持ち始め、武家の改革の必要を感じ、煌武院家派親藩譜代武家徳永家の協力を取り付け、武家の改革に乗り出そうとしていた矢先でもあった。
当然の事ながら保守本流の中心人物、斉御司経盛と崇宰秀章との関係は悪化していた。
武家保守派からの斉御司経盛の評価はと言うと、こちらの方は余り芳しくはない。
ただでさえ口数が少なかったのに、3年前に起きた煌武院悠陽の両親の事故死後、更に寡黙になってしまい。
『空気』『穀潰し』『居るのか居ないのか良く分からない』
と言われている始末だ。
今では自分の立場を守る事に汲々している。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「やはりそうなんだ・・・」
武は夢の中の虚数空間の中で帝国陸軍大陸派遣軍と帝都防衛戦に関する情報を集めていた、結果としては最悪の予想が当たった。
帝国陸軍大陸派遣軍には【94式不知火】の姿はなく、帝都防衛戦でも【94式不知火】の姿は確認されていない。
帝都・京都防衛戦の火消しとして、帝国陸軍技術廠が保有している【94式不知火壱型丙】が3個中隊の姿が確認されているだけだ。
「これでは数が足りていないじゃないか・・・?」
本来帝都・京都を守る3重の防衛戦は崩壊し、敗走と潰走と混乱が続く中、僅か3個中隊の【94式不知火壱型丙】が戦場に取り残された残兵の救出に応じるが、一機、また一機と脱落して行く。最終的に生き残った【94式不知火壱型丙】の残存機数は僅か6機のみ。
それでも【94式不知火壱型丙】3個中隊の奮戦で、数万のBETAを撃退し、数千の兵士達が戦場から脱出出来た。
それとは引き換えに帝国陸軍は宝石よりも貴重なテストパイロット22名、軍事教官8名を失った。
生き残ったテストパイロットも再起不能の怪我を負う。
後日、テストパイロットを全て失った帝国陸軍技術廠の巌谷栄二中佐は、斑鳩崇継と渡りを付け、篁唯依中尉以下12名のホワイトファング中隊をテストパイロットとして回して貰った。
「何故、【不知火】の姿が見当たらないんだ?」
旧OSでも【不知火】はBETAとは正面から殴り合いが出来る性能を有していた。その【不知火】の姿はなく、第一世代機【撃震】【瑞鶴】が主力として、戦う姿に絶望的な悲壮感すら漂う。
『PC、PC。増援は未だかぁ!?』
『弾がない弾が!補給はまだかぁ!?』
『こちら斯衛軍所属、嵐山基地警備隊。後退の許可を』
『こちらPC。増援も補給も後退も不可、現有戦力で戦線を死守せよ』
『おい巫山戯るな!増援も補給も後退も出来ないで、どうやって戦えと言うんだ』
偵察衛星からの映像にはBETAが朝鮮半島から果断なく海を渡って来るだけではなく、既に制圧された北九州の地下からも、BETAが沸いて出て来るのが確認された。
絶えず戦線には万単位のBETAが押し寄せ、あっという間に武器、弾薬、燃料、戦力が欠乏する部隊が続出。押し寄せるBETAの渦に、前線の各部隊が飲み込まれ、壊滅しては消えて行く。
最初は自信満々だった斯衛軍総司令部も、これでもかと絶えず押し寄せるBETA渦に顔面蒼白となっていく。
関東防衛戦で国連横浜基地機甲戦術機部隊A-01連隊、富士教導団機甲戦術機部隊だけに【94式不知火】の姿が確認されるだけだった。
「【不知火】は95年に大量生産が始まっている筈なのに、配備されているのは国連横浜基地と富士教導団だけなんだ?」
「しかも帝都・京都防衛戦には、国連横浜基地部隊と富士教導団の姿はない。連隊規模で【不知火】を保有している国連横浜基地A-01部隊の姿が無いだなんて・・・」
絡繰りはこうだ。
A-01部隊の実質的な指揮官である国連軍大佐待遇の香月夕呼博士は98年の春に、政威大将軍の斉御司経盛に面会をし、予想されるBETAの帝国本土侵攻と帝都・京都防衛戦にA-01部隊を参加させる様進言をしたが、斉御司経盛は香月夕呼博士の申し入れを却下してしまう。
帝都・京都防衛戦は斯衛軍が中心で、武家保守派が主導権を握っている以上、外様の国連横浜基地に活躍されたくはなかったのだ。
斉御司経盛本人も、斯衛軍の精強に絶対的な自信を持っていたのも災いした。
【94式不知火】は確かに95年度から大量生産と実戦配備が始まる筈だったが、帝国議会の親米派や輸入派の反対と妨害があり、実際に量産と配備が始まったのは翌年96年になってからでしかなかった。しかも、国防省と帝国軍は最低でも6個連隊は必要と予算の満額を求めたが、実際の配備機数は2個連隊に留まってしまう。
富士教導団も同様だった。富士教導団司令部も何度も帝都・京都防衛戦を上層部に嘆願したが、関東地方防衛の要である富士教導団を動かせないとして、富士教導団司令部の悲鳴に近い嘆願を却下した。
富士教導団は帝国陸軍が斯衛軍以上の実力を持つと自信を持つ戦闘集団。故に斯衛軍中心で帝都・京都を守り切る方針を固めていた斉御司経盛は、これまた富士教導団の参加を拒否していたのだ。
だが結果は最悪で碌な実戦経験が無い斯衛軍は惨敗完敗大敗の挙句敗走で、帝都・京都を失陥してしまう。
【94式不知火壱型丙】の戦線導入は帝国陸軍巌谷中佐の独断専行だったが、それを非難する声は出なかった。まあそれどころではなかったのかもしれないが。
帝都・京都を落としたBETAは、帝国陸軍の反撃を退けづつ前進しを続け琵琶湖に到達。琵琶湖に到達したBETAは北陸道と東海道にそれぞれ別れ前進を再開。
帝国軍上層部はこれ以上の琵琶湖防衛に固執すれば、友軍数万が包囲されると判断、琵琶湖防衛戦を放棄し関東地方防衛戦に移行する事に。
関東地方まで後退した斯衛軍は未だ健在な斑鳩崇継少佐の第16大隊、第4大隊の指揮権を受け継いだ崇宰恭子大尉の部隊を中心に斯衛軍を再編。寸土を争う血みどろ箱根峠防衛戦を繰り広げる事に。
翌年2月。斉御司経盛が政威大将軍の座を煌武院悠陽に禅譲する形で任期満了で退いたが、誰もが冷ややかな目で見て『この国難な窮地を15歳の少女に押し付けて、自分だけ逃げ出した』と陰口を叩くだけだった。
崇宰家でも当主交代が行われた。崇宰秀章が引退し、崇宰恭子が新当主に。
仙台に移った帝国議会では、帝国軍の【94式不知火】6個連隊の予算精強を満額認めなかった事での、責任の擦り付け合いの罵倒合戦が起きていた。
絡繰りを知った武は虚数空間の中でがっくりと項垂れて座り込んでしまう。
すみません、お待たせしました。