《大煇石》の影響で、《ウィンドル王国》の風の街《ラント》に穏やかな風が吹いているのを部屋の中から眺めた。
街の住民たちが平和を享受して歩いている。
俺はそんな光景を眺め、笑みを浮かべた。
ラント含むここら一帯の領地を治める領主である俺、アスベルラントは今日も執務に追われていた。ラントにある屋敷で机に座り、いまだに慣れ切らない事務的な作業を続ける。
最近は特に、煇石の売り上げ、町の整備費、税金などの収入の計算。他国や近領との手紙でのやり取りに大忙しだ。
自分の名前のサインを書き終えた後、よっこらせと自分が座っていた椅子を立つ。
その途端、ズキンと腰に傷みがあることに気が付いた。
「いたたたたた、体完全に鈍っているなあ」
2年前までは、王都《バロニア》で騎士になるために日々研鑽に励んでいた。それから2年しか経ってないのに、俺はまだ20歳なのに、体の衰えをこうも感じるとは━━━━。
ここのところ、日中は執務室に引きこもりっぱなしだ。魔物の討伐も最近は無く、平和な日々が続いていた。だからこそ、領主である俺が体力的に微妙な状態にあるのはある意味で穏やかな日々を送っている証なのだろうか。
なぜなら1年半前、前領主である親父は隣国《フェンデル帝国》との紛争で命を落としたのだから。
だが、今の平和もきっと親父のおかげだろう。
ラント領は、偶然か、2つの隣国からから地理的に行きやすい場所にあり、しかもとれる資源も豊富なことから、常に他国から睨まれていた。親父が亡くなった紛争の原因も、資源に乏しいフェンデルがラント領を狙ってのことだ。
だが、俺たちが住む星《エフィネア》の自然を創る《大煇石》から、中に眠る全てのエネルギーの源《原素》が失われるという未曽有の危機が起きた。それもあってか、俺たちの住む世界に存在する3つの国家《ウィンドル王国》、《フェンデル帝国》、そして《ストラタ共和国》が手に取り、融和へと進んでいるようになった。
だが、3国が今よりもはるかに緊張状態にある時から親父はこの地を治めてきた。
そんなときに俺が領主になったとして、はたしてこの街を守り抜くことができただろうか━━━━。
俺はフェンデル軍への奇襲が失敗し、このまちへ軍が侵入してきた夜を思い出した。
ストラタへ養子に出された弟の《ヒューバート》が、少佐になり軍を率いてこなければきっとラントは壊滅していただろう。
今ある平和は、親父のおかげだ。
親父が守ったものを守り抜くためにも、俺がやらなければならないんだ。
そんなことを考えていると、ぎいいと領主室の扉が開いた。執事のフレデリックかと思ったが違った。
藤色の長髪と瞳。俺の親友、そして俺の娘であるソフィがあどけない笑顔を俺に向けた。
「アスベル。お菓子持ってきたよ」
ソフィの両手にはウッドボウルがあった。中には、一旦載せられた紙の上にクッキーが入っていた。
「へーー。すごいな。ありがとうソフィ」
「ううん。最近アスベルがお仕事ばっかりだから、何か作ってあげてほしいってフレデリックが」
そう言って、ソフィは俺にウッドボウルを差し出してくる。
「そうだな。仕事、もう少しで終わるから、今は少しだけもらおうかな」
俺はそういうや、目の前に出されたクッキーを一つだけとって、すぐさま齧った。
サクサクとした感触がする。
クッキーの甘さがした。これはチョコ味だな。いい感じにバターの風味も効いている。
最近ソフィが母さんと一緒にいることが多かったけど理由はこれだったんだな。俺とあったことは周りのすべてが新しく見えただろうソフィがここまで成長するとは、父親としてなんと嬉しいことか━━━━。
「うぐっ」
瞬間、俺の中にとんでもないものが入っていることに気が付いた。
苦味、というものじゃ収まらないような何か。自分では説明できないものが━━━━口に━━━━。
「アスベル……! 大丈夫!?」
目の前ではソフィが心配そうな顔をしている。
ここで俺が事実を言えば、せっかく最近仕事づくめの俺のために奮闘してくれたソフィの頑張りを無駄にしてしまう。そんなものは親友としても、親としても許せれることではない。
「だ、大丈夫だよソフィ。クッキーがおいしくてついついのどに詰まらせてしまって━━━━」
俺はなんとかソフィをごまかそうと、笑顔を装うことにした。
「そうなの? じゃあお水持ってくるね」
俺の嘘に対してなんの疑いもなく、お菓子をもったまま部屋から立ち去ろうとするソフィ。
その姿を見て俺は、ある最悪のシナリオを思いついた。
このままソフィが他の人にクッキーをあげて、味について言われてソフィが落ち込み、ついでに俺がバカ舌だという変な噂まで流れてしまう。
「ソフィ! やっぱおいしかったからここに置いておいてくれないか」
俺はバンバンと領主室の机を叩いた。
「うん!」
ソフィは、俺にクッキーがおいしかったといわれて嬉しかったのだろうか、満面の笑みと小走りで俺に近づき、クッキーに入ったウッドボウルを机に置いた。
「それじゃあ。お仕事頑張ってね。アスベル!」
「ああ。ありがとうソフィ」
ソフィは俺に手を振った後、領主室の扉を静かに閉じて消えていった。
それから数秒。
俺は残されたお菓子をどうするか考える。
それにしてもソフィ。このお菓子に何を入れたんだ━━━━。
思えばこれを聞くのを忘れてしまったと後悔。だが、ソフィに聞いてもし「普通に作った」と返されると、それでソフィは傷つくだろう。俺はソフィに何も聞かず、人知れず一人でこのお菓子を食べきることにした。
━━結局、俺は夕食カレーのルーにディップして食べた。
その日は眠れなかった。
体中が激痛に苛まれた。布団の中で体が熱いのを感じた。
昔から風を引くことなんてほとんどなかった俺からしたら衝撃的な出来事だった。
その原因といえば、そうしてもソフィのクッキーが思い出された。
いや、だからといってここで体調を崩したと誰かに言えば、ソフィのクッキーが悪いとみんなに思われかねない。それだけは嫌だ。
その思い一心で俺はなんとか寝ようと奮戦した。一晩寝れば治ると信じて、ベッドの中でもがき続けた。
朝。
自室のベッドの上で目覚めた。
朝に弱い俺は完全に寝ぼけた状態のまま、ベッドから立ち上がった。
ぼさぼさの髪をかきながらドアをあけた。自室をでて、屋敷の洗面台のほうへ向かおうとする。
と、ばったり掃除中のメイドと出会った。
するとメイドは俺を見た瞬間、目を大きく開いた。その表情は、まるで不審者に遭遇したようで━━━━。
「きゃああああああああ」
朝なのにも関わらず、突然大声を出した。
俺は思わず、耳を塞いだ。
「ちょ……なんだ!?」
困惑のあまり、メイドに声をかける。だが、自分の中に入ってくる自分の声はいつもと違っていた。普段よりはるかに高かった。頭の隅でそんな疑問を持つ中、屋敷中から慌ただしく音がなる。
みるみるうちに、人が集まってくる。
他のメイドに、フレデリックに、屋敷の警護中だったバリーに、そしてソフィも。
メイドたちは俺を見ながら怯えていた。いったい俺が何をしたっていうんだ。
すると自分の目の前できらりと一本の剣が光った。
屋敷に入る不審者から守るはずのバリーが、鋭い目つきで立場上は屋敷の長である俺を睨む。すると不可思議な質問をしてきた。
「何者だ!?」
「いや。俺アスベルだけど」
わけのわからない質問に、さっきのような高い声で言い返した。
「嘘を付け! アスベル様は男だぞ!」
「いやそうだけど!」
するとフレデリックが、バリーに剣を引かせ、俺にある質問をしました。
「ではご失礼を、ソフィ様。アスベル様しかわからないような質問をしてください」
「う、うん」
俺を不思議そうに見つめるソフィは頷いた。
「えっとね……。私とリチャードとアスベルで、何をした?」
「友情の誓い」
「教官の本名は?」
「マリク・シザース」
「俺たちは?」
「負けない」
当然のように答える俺。
ソフィはフレデリックに頷いた。
するとフレデリックはなにやら確信したような目で俺に告げた。
「恐れ入りますがアスベル様。アスベル様は今、女性になられております━━━━」
「━━━━え?」
素っ頓狂な声を出す俺に、一人のメイドが手鏡を俺に出した。
俺は除く。
「は、はあああああああああ!」
驚愕の声を出した。
親父譲りの赤みがかった髪、母さん譲りの青い右目、ラムダと手を取り合った証でもある紫の左目。俺が俺だと判断できるのはそこしかない。本来男であるはずの俺は、丸い顔つきがあった。
視線もひくくなっているような。自分の体にめを向けると、体つきも小さくなって、腰回りにくぼみ、そして胸には膨らみもあった。
それでようやく確信した。
なぜか俺は、女の子になってしまったようだ。