学園チームバトルもの。才能と努力と計画と乱数で勝利を目指す 作:集団戦大好きマン
5月・6月の部、第一試合の土曜日、試合開始の十分前。
雲川チームの面々が、投入室に入るや否や、険悪な空気と怒声が出迎えた。
「下水流っ!! てめぇ!! いい加減にしろっ!! ふざけんじゃねぇぞ!!」
怒声の主――滝本チームの竹田は、今にも下水流に掴みかかろうとしていた。
何とか暴力沙汰にすることを防ごうとした滝本が、竹田の片腕を抑えたことで、両者の接触を防いでいた。ただし、竹田を抑えている滝本も下水流に対する苛立ちを感じており、表情がこわばり、睨むように下水流を見ていた。
それに対して、下水流は嘲笑うかのような言葉を口にした。
「ははっ! すみません、私、いつも真実ばかり口にしてしまうんで。あ、これ、事実陳列罪ってやつですか? 収監ですか?」
「ちょ! やめなさい……! やめなさい……!」
滝本チームへの嘲笑を続けるリーダーを、木山は必死に止めようとした。
なぜ、こんなことが起こっているかと、発端は下水流の言葉であった。
下水流チームと滝本チームは、雲川チームよりも早く投入室に訪れていた。柚木チーム・雲川チームが来ず、そして試合開始までの時間があったことから、下水流は滝本チームの面々を見て、目が合った萩田に声をかけたのだ。
これは萩田にとって最悪な行動であった。萩田は以前から下水流を嫌っていた。理由は、以前たまたま下水流と会った時、妙に粘着的に、心の内に踏み荒らそうとする下水流に嫌悪感を覚えたからだ。人の隙を見つけることが得意な下水流は、萩田にとって大切な場所――滝本との友情を深く侮辱したのだ。
そして、今回も同じであった。急に、馴れ馴れしく萩田に話しかけると、何度も侮辱を繰り返したのだ。萩田は当然、下水流との会話を拒絶し、竹田が一度怒りを露わにし、滝本も竹田の怒りを抑えながら下水流に「話しかけないように」「試合の投入前だから試合に集中するように」と告げるが、下水流は無視し、ひたすら萩田への侮辱を繰り返した。
なお、この間、木山は必死に下水流を止めつつ滝本チームに謝罪し、街道は自分の小型端末を弄ることに集中し、百田は無言で下水流の方を向きながら祈り続け、そしてマスタングはそんな百田の方を不敵な笑みで見ていた。
そして、ついに竹田が耐え切れず怒鳴り声を上げたときに、雲川チームが投入室に到着したのだ。
雲川チームは完全にとばっちりであった。雲川と金崎の二人は、竹田の怒声に驚き、体を小さくした。特に、雲川は五月の試練の件で竹田に対して苦手意識があったことから、小さな体をさらに小さくして、怖い空気から逃れるように鷹一の後ろに隠れた。
鷹一は、長身で雲川と金崎を隠すように、一歩前へ進んだ。なお、内心では、試合十分前ではなく数分前に来るべきだったか、と嘆息した。
(柚木チームはまだ来てないのか……俺が仲裁するべきか……? いや、下水流は揉めるタイプと聞くし、試合前に滝本チームと因縁を作りたくはないな……)
消極的な対応を鷹一が考えていると、入室の音を聞いた下水流が鷹一の方を見た。そして、ついに来たかと顔を輝かせ、これまでの滝本チームとのやり取りを放棄して、鷹一の方へと駆け寄った。
「おい、待て!」
急に逃げるように去る下水流を見て、竹田が怒鳴りながら動くが、それを滝本と萩田が止めた。また、四人の動きの端では、下水流を追おうとした竹田を見て百田が構え、その百田をマスタングが視線で制した。
結果的に、誰にも妨害されなかった下水流が鷹一の前へと駆け込んだ。慌てて木山が下水流のあとを追うように、鷹一の方へと駆けた。
「はじめまして、下水流雲母です!」
この時を待っていたとばかりの下水流の明るい表情に鷹一は困惑した。
(なんだ……? 妙に読めないな……)
「鷲島だ」
「ははっ! 流石にあなたのことを知らないリーダーはいませんよ。まあ、私のことを、あなたは知らないと思いますが」
「いや、お前のことは知っている。Bランクでも高い技術を持ったリーダーだからな」
鷹一の言葉に、下水流は驚いたような顔を浮かべた。そして、その表情はすぐに驚きから喜びへと変化していった。
「え? 本当ですか? てきとー言ってませんか?」
喜色の笑みを隠さずに、下水流が問いかけた。
「適当なことを言っているつもりはない。二試合で20点も取ったチームやそのリーダーだ。記憶して然るべきだろう」
「マジですか、え? もしかして私のこと好きですか?」
どこか期待するように下水流が鷹一を見た。
「いや、特に、そういうことはないが……?」
読めぬ下水流の反応に鷹一は困惑した。
「私のことが好きなら、まず私の靴を舐めて――って、好きじゃないのかよ、騙されたわっ!」
満面の笑顔とともに下水流は良からぬことを口にしようとして、途中で鷹一の答えを理解し、声を張り上げた。
「ちょ、ちょっと揉めないでよ……! もうこれ以上変なこと言わないで……!」
下水流と鷹一の会話を途中まで見守っていた木山は、雲行きを怪しく感じ、下水流の腕を握りながら、彼女に懇願するかのような言葉を発した。
そして、そんな木山の願いを下水流は即座に切り捨てた。
「傷つきました! 謝罪を要求します! 土下座で謝罪してください! 全裸土下座でっ!!」
下水流がついに、人外の怪物へと仕掛けたからだ。鷹一の殺人鬼のような瞳を見て、木山は心臓が止まったかのように硬直した。
「? 何だお前は、いきなり」
下水流の突然の言葉に鷹一は困惑しながらも言葉を口にした。
そして、鷹一の言葉で完全停止してしまった木山が復帰した。そして同時に叫んだ。
「やめなさい!! 本当にやめなさい!! 冗談にならないわよ!」
「あと謝罪だけじゃなくて、私の靴を舐めて、今後一生、私に絶対服従する奴隷になると全生徒の前で宣言してくださいっ!!」
「そんなことするわけないだろう。さっきから何を言っているんだ、お前は」
「ちょ、ちょ、ちょ! 本当に止めなさい! 止めなさい! あんた死ぬわよ! というか! あの! 本当にすみません! コイツちょっとアホで! あと頭がおかしくて……! コイツの言葉は全部無視して下さい……! 本当にすみません……!」
前半は下水流に、後半は鷹一へと、木山は必死に言葉をかけた。
しかし、そんな木山の努力を嘲笑うかのように、下水流は言葉を続けた。
「じゃあ、賭けましょう。私のチームがこの試合で勝ったら、鷲島は全裸土下座で私に謝罪してください。あと私の靴を舐めてください。もしこっちが負けたら、木山が全裸土下座で謝罪します。あと雲川の靴も舐めます、木山がっ!」
「やめなさい! やめなさい!」
下水流の言葉を必死に遮る木山を見て、鷹一は純粋に不憫だなと感じた。
「そんな話を受けるわけがないだろう。意味不明なことを言うな。さっきから何なんだお前は」
鷲島の常識ある対応を耳にして、木山は僅かに安堵しつつも、自分の全能力を駆使して何とか下水流を引っ張ろうとした。これ以上、下水流が余計な事をしないように連行するためだ。しかし、この試みは失敗した。木山の能力では下水流を動かすなど叶わないからだ。
「え? 勝つ自信がないんですか? え? 1位なのに? チキンなんですか? え?」
片手間に木山を抑えつつ、下水流が挑発した。
「メリットの無い話を受けるわけがない、という当然の話が理解できないのか?」
じっと殺人鬼の瞳が下水流を捉えた。下水流はそれを受けても、どこか得意げな笑みを崩すことはなかった。それから数十秒ほど無言が続き、下水流が先に視線を離した。
「はぁ~、つまんなっ! もういいです。ええっとあとは、あ! そうだ! そこのデカいオスっ! 私と組みませんか? 私と組んで鷲島を倒しましょう! 無事鷲島を倒せたら、木山とファックしていいぞ!」
「ちょ! やめなさい! やめなさい!」
鷹一から視線を外すと、下水流はマスタングへと声をかけた。そして新たな脅威を感じた木山が必死に声を上げた。
「うーん、木山は顔は良いけど、ボクの相手をするには貧乳すぎるかナ」
敵は下水流だけではないことに気付いた木山は、これまでの鬱憤もあり、堪忍袋の緒が切れた。
「誰が貧乳ですって! あんたぶっ殺すわよ!」
木山の怒声とともに、投入室の扉が開き、最後のチーム――柚木チームの五人が現れた。
投入前ギリギリの時間、これは柚木チームとしては珍しい行動だった。これまでの試合では、柚木チームは時間に余裕をもって行動していたからだ。
なぜ、ギリギリとなったかと言うと、複数の理由があった。
柚木としては、読みにくい下水流と戦闘前に顔を合わせる時間を少なくしたいという点と、二大怪物相手にチームメイトが試合前から萎縮する可能性を少しでも減らしたかったからだ。
しかし、そういった理由は口にせず、チームメイトには『ギリギリで行って強気なチームをアピールしますよ! 今回の試合にビビってない感を出します。敗戦処理と思わせないことが大切です。まあ、どうせこっちの魂胆はバレてそうですけど、やらないよりはいいでしょう。あ、でも堂前君と犬伏君はいつもどおりでいいですよ。もう常時、生意気感があるので』などと伝えていた。
なお、堂前以外の三人はこの柚木の気遣いをそれぞれ察していた。
室内の険悪な空気を感じても柚木チームは誰一人として揺らがなかった。
安倍は淡々と自分の試合での仕事を脳内で確認し、七夜は柚木の傍に一歩近寄り、堂前と犬伏は臆せずに一歩前に出た。そんなチームメイトたちを見て、柚木は自分の選んだカードの勇敢さを再認識しつつも口を開いた。
「いやー、ちょっと今回の対戦相手キャラ濃すぎですね、あとここ空気悪すぎですね。換気しませんか?」
柚木チームの登場もあり、事態は一旦収束へと向かった。もちろん、その理由は柚木のおかげというよりも、単に下水流が煽り散らすのに飽きてきたというのが大きかったが。
各チームごとに投入室の四隅へと集まり、会話がなくなったのを見て、柚木は隣にいた堂前に愚痴をこぼした。
「最近思うんですけど、柚木さんってキャラ薄くないですか? この学園でやっていけるか不安になってきました……」
「お前は十分濃いだろ」
呆れたような堂前の言葉とともに、試合開始の時間が訪れた。
――投入室から、参加生徒がランダムな地点へと投入され、五月第一試合が始まった。