学園チームバトルもの。才能と努力と計画と乱数で勝利を目指す 作:集団戦大好きマン
Bランクマンション、雲川チームの作戦室にて。
「金崎、気分はどうだ?」
沈み切った様子の金崎に対して、鷹一が問いかけた。
「あ、ああ……その、少しは良くなったかも……」
気落ちした金崎の声が作戦室に響いた。
五月第一試合終了後、最低限の試合結果だけ確認した鷹一は、解説を聞かずに、雲川と金崎とともにBランクマンションへと帰還した。
これは、金崎が精神的にダメージを負っていたからだ。努力家で気のいいチームメイトを気遣って、鷹一は大事な試合観戦を放棄して、金崎を拠点へと移したのだ
「そうか……試合のことはあまり気にするな。結果的に見れば、俺たちは最初の目標である『6点以上』を達成した。試合にも勝ったし、投げ銭も含めればかなりの額のZPを得た。雲川チームは、戦略的に見て悪くないスタートだったと思う。だから、あまり気にするな」
鷹一は正直に自身の考えを口にした。表情も声もいつもと同じ淡々とした冷めたものであったが、鷹一を知る雲川がここにいれば、普段よりも優しさと困惑が混じっていることに気づいただろう。
なお、雲川はここにはいない。彼女は、作戦室までは一緒に来たのだ。しかし落ち込む金崎を見て、しばらくの間あわあわとしていたと思ったら、途中で何かにひらめいた顔になり、急に自室へと向かったのだ。この動きを鷹一は止めなかった。『プリンでも食べたくなったんだろうな』と幼馴染の行動を淡々と予想したからだ。
「それは……俺だと……」
そこまで言って金崎は言葉を切った。その先の言葉を言う勇気も図々しさも金崎は持ち合わせていなかったからだ。
「……今回の試合は、投入運が大きい試合だったと俺は思っている。柚木チームは投入運が悪く、紫苑は良かった。そして、金崎、お前はかなり悪い位置でのスタートだった。南側で射線、いや、視線が通りやすい地点のスタートで運悪く街道に見られた。その上、百田が予想外の壁抜き射撃を使ってきた。あの状況なら多くの生徒は生き残れない。お前のせいじゃない。気にするな」
鷹一の冷たい声と冷たい瞳。
しかし、一か月間ともに過ごした金崎には、鷹一の優しさに気付いた。
そして、それゆえに、押し黙った。
金崎は、この試合において、文字通り、百田に瞬殺された。
訓練の成果を何一つ活かせず、一瞬で撃破されてしまったのだ。情報すら残すことができなかった。
今までの試合において、金崎は何らかの役目を果たしていた。撃破点に関して言えば、鷹一のお膳立てがあったとはいえ、必ず1点は取っていたのだ。
しかし、ここにきて0点、その上、何の役にも立たないという結果。
金崎が第四試合以降の二週間、何も努力していなければ、当然の結果だったかもしれない。しかし、金崎は努力していたのだ。そして、努力だけではない。訓練費として貴重なZPはチームの共有資産から捻出されていた。いや、それよりももっと貴重なモノを金崎は浪費した。金崎は鷹一に訓練方法やシステムを作ってもらい、時には直々に稽古をつけてもらっていたのだ。学園最高クラスの実力者の時間を浪費させ、何の成果も出せなかったのだ。
(上村にやられた時、もうあんな風にはやられないって思ってたのに……! それなのに、同じように百田に撃ち抜かれた……! 鷲島の時間を無駄にしてしまった……!)
第四試合の失敗と後悔。その上に積み重なってしまった今回の試合結果。
これが金崎に重くのしかかった。
勿論、上村の時と今回は別の状況だ。下水流チームと零チームの戦術や、その時の戦況、戦う地形など、条件が違えば結果も違ってくる。また選手として上村と百田は別物であり、それぞれ違った対策が必要だ。上村に対する対策ができていたとして、それが必ずしも百田に対抗できるとは限らないのだ。
しかし、それを理解したとしても、金崎にはショックはあまり変わらなかっただろう。
なぜなら、同じように訓練をしていた、いや違う。金崎よりも大して訓練をしていない雲川は、この試合において大いに活躍した。堂前を討ち取り、任務点を取り、マスタングの隙を作り、萩田を倒し、雲川チームで唯一生き残ったのだ。
金崎にはできないことだった。堂前どころか、萩田でさえ、金崎には格上の存在であった。ましてや超人マスタングの隙を作るなら、金崎には不可能に思えた。
だが雲川はやってのけたのだ。
ふと扉がゆっくりと開かれ、あわあわと、しかしそれでいてどこか決意の瞳を宿した雲川が現れた。彼女の手にはプリンが入った容器とスプーンを握られていた。
鷹一は幼馴染を見て、『わざわざここで食べるのか?』と思った。
そして、金崎はそんなマイペースな雲川を見て、暗い感情が過った。
しかし、その感情が芽吹く前に雲川が声を上げた。
「か、金崎くん……これ、食べて……おいしいよ……!」
そういって、手に持ったプリンとスプーンを差し出した。
その行為に対して、一瞬遅れてから、二人は反応した。
(――っ! 俺は何を……)
(プリンを、渡した……!?)
金崎は自身を気遣ってくれた雲川を見て、チームに受け入れてくれた恩義を思い出した。
一方で、鷹一は、雲川の行動を見て驚いていた。
「そう、だよな。いや、ごめん、雲川さん。ありがとう」
プリンを受け取った金崎を見て、雲川はプリンを惜しむ気持ちを必死に抑えて、言葉を作った。
「う、うん……美味しいものを食べると、元気が出るから……」
そこで、雲川は言葉を区切った後、はっとした顔になった。
そして、大事なことを宣言した。
「――あっ!? そうだ……!? 皆でお寿司を食べに行こうよ……! 金崎くんもそれで元気がでるよ……!」
半分は金崎を心配するように、もう半分は何かを期待するような雲川の表情。そして、だいぶ顔色が良くなった金崎。二人を見て、鷹一は内心で僅かに苦笑した。
「そうだな。近いうちに、また三人で行こう」
鷹一の許可が出たことで、うにの大群を想像した雲川はよだれを垂らした。
そんな雲川を見て、鷹一は疑念を覚えた。
(…………待て、紫苑はこの話に持ってきたくてプリンを金崎に渡したのか……? プリンを失っても寿司ならば取り返しがつく、いやむしろ紫苑視点ではコストパフォーマンスが良い……もしや……いや、それはないか。紫苑はそこまで計算できないだろう。駄目だな。この学園にいると疑り深くなってしまうな)
だんだんと消費されていく雲川チームの予算を気に留めつつ、鷹一は、雲川チームの祝い寿司の計画を立てるのであった。
※
第一試合が終わった少し後、下水流雲母はチームメイトの木山ルカに話しかけていた。
「いや~、あの正義マンチームうざいですね。ちょっと木山、滝本チームにカチコミしてきませんか?」
「しないわよ! というか、さっきのはアンタが悪いでしょ!」
狂人が行う意味不明な提案を、木山が素早く切り捨てた。
「え? すみません、私、【正義】をこの身に宿してるんで、【悪】とは無縁なんですけど? え? なにこれ? もしかして、ボケました? ツッコミ入れた方がいいですか?」
「なわけないでしょ! アンタが鷲島たちに絡むから滝本チームの人達が止めたのよ!」
第一試合で、下水流はダウンした後、帰還室でずっと鷹一を待っていたのだ。そして、ほどなくして鷹一が帰還したのを見て、凄まじい勢いで絡み始めたのだ。
なお、チームメイトを心配した鷹一は下水流を無視し金崎の下へと直行した。
金崎と言葉を交わす鷹一に対して、下水流はなおも絡もうとするが、これは滝本チームによって阻止された。
竹田が下水流の態度と金崎に関して思うところがあり、滝本は単純に下水流の行動を不快に感じ、そして、マスタングが滝本に良いところを見せるために、下水流の行動を妨害したのだ。
鷹一は三人に感謝しつつ、雲川が帰還室に戻ると素早く三人で撤収してしまったのだ。
また同時に荻田と木山も帰還したこともあり、木山が全力で滝本チームの面々に感謝と謝罪をしながら、下水流を帰還室から引っ張り出したのだ。
「はぁ~、まあいいです。正直、滝本チームとか死ぬほどどうでもいいです。てか、今、記憶から完全に消えました。もう萩田がレズなことしか覚えてないです。あ、あと萩田がタチで滝本がネコなのも覚えてます。あ、すみません、これ滝本チームの全てでしたね。木山、私、嘘つきました。滝本チームのこと完全に覚えてます。あ、いえ、すみません、今は滝本チームの話じゃなくて、さっきの試合の話をするべきですね。私リーダーですし」
下水流は一度大きく溜息をついてから、一度滝本チームへの侮辱を挟み、話題を切り替えた。
「溜息つきたいのはこっちよ……まあ、でも試合の話は一応聞いておくわ。アンタ、そういう分析は上手いし。で、どうするの、敗因分析? アンタが変な武器持って突撃したせいだと思うけど」
木山の下水流に送る視線には冷たさが多く含まれていた。
「はぁ? おもろっ……! 最近ちょっとボケすぎじゃないですか?
「違うわよ! ふざけてないで、答えなさいよ!」
実際、木山は下水流の考えを聞きたかったのだ。試合中は忙しく聞けなかったが、今回の試合において――、いや厳密に言えば、ほぼ全ての試合においてだが、下水流の指揮は意味不明なのだ。特に試合中、選手の立場として見ると、合理性がなく、理不尽であり、無意味な指示が多いように思えた。しかし、後から全体を見た上で盤面を振り返ると、あまりにも優れた一手を打っている場合が多いのだ。
もちろん、全てにおいて、完璧ではないが、それでも下水流の指揮や戦術はどこか並外れていると木山に感じさせたのだ。そして、この第一試合において、同じであった。木山はひたすら下水流の意味不明な指示で試合会場を駆け巡ったのだ。ゆえに教えてほしかったのだ。
「そうですか。まあ鷲島は撃破できたので、結果的には私の*勝ち*ってことですね。ん? 今気づいたんですけど、確か私が勝ったら、鷲島は全裸土下座で謝罪して私の靴を舐めるんじゃなかったでしたっけ? やべぇ! こうしちゃいられねぇ! 早く靴を汚してこないと! どっかに泥水とか無いですか!? タールとかでも可ですよ!」
下水流の回答はまったく木山の期待するものではなかった。ただただ己の欲望を口にするばかりであった。
「やめなさい! ていうか! そもそも賭けは不成立よ! それに鷲島を倒したのはマスタングでしょ!」
木山の叫びを聞いて、下水流は頭に疑問符を浮かべた。
なぜなら、木山の言葉は下水流にとっては理解しがたい内容であったからだ。
下水流は、少し気遣うように木山を見た。
「え? あの、木山、理解してますか? 私、これでも、木山に気を遣っているんですよ?」
「どこがよ!?」
まるで、『頭が弱い可哀そうな人』を見るかのような視線を送ってくるリーダーに対して、木山は怒りを込めて言葉を返した。
「いや、だって、マスタングが鷲島撃破に貢献したってなったら、木山はマスタングとファック確定ですけど? いいんですか?」
下水流の言葉――それは、第一試合投入直前にあった取り決めであった。もちろん、正式な取り決めではないし、マスタングもそれを拒否していたが、しかし、実際に下水流が口にしていた内容ではあった。
「何が『いいんですか?』よっ! あんなふざけた約束無効に決まってるでしょ!」
当然、常識人たる木山は常識ある反応を示した。
「必死すぎだろ、こいつ……!」
下水流は人差し指を木山に向けながら、げらげらと笑い出した。
リーダーの嘲笑に苛立ちを覚えつつも、木山はそれを必死でこらえた。
「そんなことより、結局あの指示は何だったの? なんで雲川が北側にいるって分かったの? それに、安倍がダウンしてたこともどうして分かったの?」
試合中、木山にとって特に意味が分からなかった指示は二つあった。全速力で北側にダッシュという指示、そしてもう一つが北側で生き残っていると思われる雲川を暗殺せよという指示だった。
「あ、すみません、私、天才肌なんで、普通に気づきました」
「そんなわけないでしょうが! ちゃんと説明してよ!」
「はは、必死だな。教えて欲しければ、まずは全裸土下座して、私の靴を舐めて下さい」
真剣な木山の問いかけに対して、下水流はいつものように舐め腐った態度で応えた。
「そんなことしないわよ……! てか、なんで、アンタそんなに全裸土下座に拘るのよ!」
「え? 普通に相手に屈辱を与えたいだけですけど? 他に理由あります?」
まるで常識を尋ねられて困惑したかのように下水流は首を傾げた。
「アンタ相変わらず性格ねじ曲がってるわね。というか、チームメイトなんだから、作戦とかは共有しなさいよ……!」
「タダで教えて欲しいのか? 卑しいブタだな……!」
直球の罵倒であった。
「ブタじゃないわよ……!」
「なら、卑しい木山だな……!」
またしても直球の罵倒であった。
「ちょ!? あたしの名前をブタと同列にしないでよ!」
「さっきから、リアクションがワンパターン過ぎませんか? もっと体張った芸とかできませんか? とりあえず20階くらいから飛び降ります?」
「死ぬわよ! アンタいい加減にしなさいよ!」
「はぁー、仕方ないですね。特別に乞食に施しを与えます。ヒントは鷲島が南に来るまでにかかった時間、あと百田の拡張弾倉です。これくらい言えばさすがの木山でも分かりますよね?」
大きくため息をついて、下水流が僅かに説明をした。
しかし、その説明は、木山の問いに答えるには、あまりにも情報が不足していた。そして、当然、木山は頭に疑問符を浮かべた。
「? どういうこと?」
「はは! ボケ老人のマネですか? そのネタ今週だけで何回やりましたっけ? 持ちネタですか?」
煽るような声音で下水流が木山に言葉を投げつける。
「なわけないでしょ! ちゃんと質問に答えなさいよ! 鷲島の時間ってどういうこと? それがどうして雲川や安部の話になるのよ!」
「どうやら、この領域の話は木山には早すぎたようですね」
少し呆れ気味に下水流が答えた。なお答えになっていなかった。
「な、に、が、『この領域の話』よ! アンタに説明する気がないだけでしょ!」
「すみません、木山、正直苦しいです。木山は領域が低すぎます。その低能が私の中に入ってきて、私が苦しくなります」
「意味わかんないこと言ってるんじゃないわよ!」
そうしてしばらくの間、下水流は、木山を揶揄って遊んだのであった。
しかし、木山が疲れ果てて応答しなくなると、ふと笑みを消して、少しだけ真面目な表情を作った。
「木山、もう今日はお話できそうにないですか?」
「…………」
疲れ果てた木山はそのままソファーに横になって動かなかった。頭のおかしなリーダーの相手をして疲れたのだ。もう今日は寝たい気分であった。
「まあ、今日は鷲島をポアして気分がいいので、特別に話します。鷲島とマスタングが戦うタイミングが私の予想より遅かったんです。なので、誰かが鷲島を足止めしたと考えました。私の視点だと残っていた駒で鷲島と敵対的な駒は、滝本・堂前・安倍の三枚です。この中だと相性的に狙撃手の安倍ならば、少しの間、足止めできると踏みました。あと、『百田が拡張弾倉使った時に狙撃が無かったので南西側には安倍はいない』という予想もありましたね。鷲島が安倍を無視して南下したとは思えないので、移動中ついでに轢き殺したと予想しました。これが安倍が死んでると考えた理由です。まあ、他にも細かい情報はありましたが、大枠で言うとこんな感じです。雲川の北側の話は、少し複雑ですし、たぶん木山には説明しても分からないと思うので今は説明しません。木山の領域が私に近づけたら教えます」
この件については、下水流は概ね真実を述べていた。下水流は、百田に拡張弾倉を使わせたのは、
倒れて動かない木山を見て、一瞬毛布をかけるか、それとも熱湯をかけるか悩んだ後、下水流は、面倒だからどっちもしなくていいかと考えた。
木山に対する意識を頭から放り投げた下水流は、鷹一を爆発に巻き込む直前の彼の顔――驚愕の表情を、思い出した。
下品な笑みを浮かべつつ、下水流雲母は自身の勝利に酔いしれるのであった。
※
第一試合終了直後、滝本チームは、雲川チームを庇った結果、下水流と揉めるというアクシデントが発生した。しかし、木山の努力もあり、無事下水流の相手から解放された滝本チームの面々は、観戦会場で、二年生による試合の講評を聞き、少しでも情報収集に努めた。
その後、滝本チームは、全員で集まり、今回の試合の反省会をしていた。
試合における四人の動きと、他のチームの動き、当時の考えや作戦とその結果。さらに結果から逆算した、他のチームの思惑など、四人で話し合っていたのだ。
そして、話題が超人対決――マスタングと鷹一の戦いになった途中で、マスタングが強気な笑みとともに滝本に狙いを定めた。
「運の面もあったけド、ボクが鷲島を討ち取ったことには変わらないヨ。どうだい、明里、少しはボクのこと見直したかイ?」
「……正直、驚いてるわ。今回の試合、何もかもがイレギュラーすぎて、頭の整理が追いつかないのよ」
本当に滝本にとっては意味不明な試合であった。
まず、自身のあまりにも不運な投入位置であった。まさかの
そして、事態はそれだけはなかった。竹田が初期に沈んだのも不運であった。しかし、これに関してはまだ滝本は納得していた。下水流の動きは実際に見事であったし、竹田の動きも甘かった。同時に、滝本は、もし自分が生きていれば、竹田にもう少し警戒しながら進むように指示を出してただろうとも思っていた。
なお、これは仮想の話ではあるが、滝本が生きていたとしても、竹田の早期ダウンは避けられなかった。なぜなら、それだけ下水流の狙撃は竹田の虚を突いたものであり、仮に竹田が警戒して動いてたとしたら、タイミングを変えて確実に倒せる時を窺ったからだ。そして、それを達成するだけの高い技能を下水流は持っていた。もし『滝本が生きている状態で竹田に指示を出す』ということが可能であったとしても、せいぜい5秒か10秒竹田の生き残る時間が伸びただけであった。
そんな事はつゆ知らずに、滝本は別のことに思考を巡らせた。
(――それに、堂前君が倒されたことも驚いたわ。まさか雲川さんに倒されるだなんて……正直、堂前君の力量が思ったよりも低かったというのもあるけど、それでも、雲川さんが撃破点を取ったのは完全に予想外だった。アサルトライフルを使った狙撃。専門の狙撃手よりも練度は劣るけれど、連射力を使った瞬間的な制圧能力。条件次第では効果がある技なのは分かったわ。ただ、正直、雲川さんの投入運の良さと、堂前君の力量の問題もありそうね)
雲川の狙撃は初見殺しの要素が入ったモノであった。ゆえに、実際に戦うのと、第三者視点で見るのでは難易度が違って見えるのだ。滝本はそのことはある程度理解していたものの、完全には理解していなかった。
もちろん、滝本は、雲川をこれまでのように『何の取り柄もない欠点しかない下位ランク相当のリーダー』という評価はしていなかった。今は、『ある程度、狙撃技能があるが、欠点が多い下位ランク相当のリーダー』という評価をしていた。
これは、戦闘技能よりもリーダーシップや戦術・戦略・運営能力といったものの方が、リーダーとして必要な能力だと滝本が判断しているからだ。多少狙撃が上手い程度では、脆弱リーダー雲川紫苑の総合評価を上げる気はなかった。なお、四月試練で鷹一を取られた件や、五月試練の際、居留守を使われた件などは、評価に影響を与えていないと滝本は認識していた。なぜなら、自分は冷静で論理的な判断ができるリーダーだからだ。私怨で評価をしたりしない。当然である。
(雲川さんの狙撃は、下位なら十分強い技だし、中位でもある程度は撃破点を取れるでしょう。ただ、上位相手には不意打ち程度にしかならない。今回は『不意打ち』でマスタング君を足止めし、萩田さんを倒した。でも『不意打ち』なんてそう上手くいことじゃないし、それに、こちらの情報も少なかった。今、私たちは雲川さんの技量を完全に把握している。そういう意味では既に脅威とは言えない。それに、金崎君の方は完全に予想通りだった。やはり今までの活躍は運と鷲島君によるところが大きい。できれば金崎君は、こっちの撃破点にしたかったけど、こればかりは投入運が悪かったわね。やっぱり、雲川チームで警戒すべきは鷲島君ただ一人ね。あんな死にかけの状態で、雲川さんが作った僅かな隙を致命打に変えた。彼こそが最強の選手で最良の選手。四月に取れなかったのが本当に悔やまれるわね……)
内心で考え込む滝本に対して、しびれを切らしたマスタングがさらに言葉を発する。
「明里、流石に無言が長いヨ。そんなに大変な試合だったかイ?」
「……ごめんなさい、少し思考の整理に時間がかかったわ。そうね、ある意味において、今回が一番理解し難い試合だったわ。大変な試合という意味なら四月第四試合の方が酷かったけれど、理解の難しさなら今回が上よ」
滝本のどこか第三者のように試合を俯瞰するような言葉を聞き、マスタングは内心で苦笑した。
(明里は今回何もやってないだろうニ。まあ、鷲島とあの距離で向き合うっていうのはボクでも厳しいし、明里に何かできたわけじゃないけド。ただ、投入運で全部片づけたら、何の成長にもならないナ。まあ、ボクは今の明里が結構好きだし、明里の成長にはそこまで興味は無いけド)
そんな内心を口には出さずに、マスタングは彼にとって重要な事を切り出した。
「驚いたり考え込んだりするのは構わないけド、ボクの評価が上がったなら、正直に答えてほしいかナ」
「……それは、そうね。正直に言うと上がったわ。死にかけだったとはいえ鷲島君と相打ちになった選手は、貴方が初めてよ。誇っていいわ」
「もっとちゃんと褒めてほしかったけど、明里はシャイだからネ。それで構わないヨ。ところで、忘れないうちに、ご褒美の件いいかナ?」
マスタングの言葉に対して、滝本は一瞬言葉が詰まった。
「……何のことからしら?」
「キスの話だよ。確か、鷲島を討ち取ったら、OKって話だったよネ?」
このマスタングの言葉は事実とは違っていた。滝本は今回鷲島を討ち取った場合は報酬は『明里』呼びをこのまま許すというものだったからだ。
「そんな約束はしていないわ。Aランク1位になったら、頬にキスをする可能性が微粒子レベルで存在するかもしれないという約束だったはずよ」
「明里さすがにケチすぎるヨ。第一、キミは、ボクが鷲島に勝つなんて思ってなかっただロ。それにキミの言う通り、撃破点も稼いダ。今回は、ボク、かなり頑張ったと思うヨ。こういったところで、器の大きさを見せるのがリーダーなんじゃないかナ?」
「それは――」
言葉を切り、滝本は悩んだ。マスタングの言うことも確かに一理あると思ったからだ。
実際、マスタングは今回の試合で滝本の想定を上回る働きを見せた。5点という得点も、想定外が続いた試合として見れば、かなり良い結果とも言えた。
滝本は十数秒ほど悩んだ後、小さく溜息をついた。
覚悟を決めたのだ。
「分かったわ。確かに今までの貢献もあるし、鷲島君と相打ちになったのは私も特別に評価しているわ。まあ、あの状況で貴方が鷲島君を討ち取れば、雲川さんを倒した上で、貴方の任務点もあった。おそらく私たちの単独勝利だったわ。それを逃した罪が貴方にはあるけど、私は寛大なリーダーだから許してあげるわ」
「それだけかナ?」
期待するようにマスタングが滝本を見た。
「…………、……、まず、そこに跪きなさい。貴方、背が高すぎるのよ……」
呆れ気味に滝本が呟いた。
一方で、滝本の指示から全てを察したマスタングは素早い動きで、床に跪いた。滝本がマスタングに近づいた。容姿の整った二人の男女、まるで中世の姫と騎士かのようにも見える光景であった。
そんな二人を荻田と竹田は固唾をのんで見守った。
「それと、目を瞑りなさい」
滝本がマスタングをじっと見つめた。マスタングは期待を胸に目を瞑った。
竹田が思わず、「これは駄目なんじゃないか」と思い声を上げようとするが、萩田が制した。萩田は滝本を信じていたからだ。そう、滝本の吝嗇さを。
そっと、滝本がマスタングに近寄った。滝本の唇が、マスタングの額に触れるか触れないかの距離となった。ほんのわずかにマスタングの額に一瞬だけ何かが触り、すぐに離れた。
「はい、これで終わりよ」
無情な滝本の声を聞いたことで、マスタングは、自身への報酬が、想像以上にささやかだったことを認識した。そして、少しの期待とともに滝本を見た。少しでも顔が赤くなっていないかを期待したのだ。
しかし――
「言っておくけど、これは今回だけの特別な報酬だし、今後もあるとは期待しないこと、いいわね? あと私が貴方に恋愛感情を抱いているかもということは一切ないし、今後もあり得ないから、それも理解しておくこと、分かったわね?」
――滝本は完全に表情を『無』にしていた。
マスタングは内心で思った以上に手応えが無いことに残念に思いつつも、それを表には出さず、強気な笑みで滝本に応えた。
「そういう言葉は、もう少し頬を赤くしながら言って欲しかったけド、まあそれは次の楽しみに取っておくヨ、明里」
「貴方の言う『次』は来ないわ。……ごめんなさい、二人とも、マスタング君が相変わらず余計なことばかり言うから、つい後回しにしてしまったわ。二人からは、何か、今回の試合で気づいたことはあるかしら? 言いたいことでもいいわ。正直、私は、今回リーダーとしてあまり役には立てなかったから、苦情なら聞くわ」
マスタングに言葉を返した後、滝本は、チームメイトである萩田と竹田の方へと意識を向けた。戦力の比率がマスタングに強く寄ったチームではあったが、しかし、滝本にとっては萩田も竹田も重要なチームメイトであった。
「……ええっと、私としては、とくに苦情はないかな。というより、私も、所々で判断が良くなかったと思うから、結構反省点が多いかな」
滝本の問いかけに答えつつも、萩田は内心で自身の反省点を思い返した。
(正直、後手後手に回った感が強い試合だった。情報的に、仕方がない面もあったけど、私の動きも良くない所が多かった。あと、結局私も雲川さんに対して無警戒すぎた。今思い返すと、死んでた安倍君を警戒してたのはちょっと恥ずかしい……いや、うん、流石にあの状況で、雲川さんの狙撃を読める人はいないと思うから仕方が無いけど……でも、うーん、雲川さんかぁ。なんか、悔しいな。ここまで強みがあるリーダーとは思わなかったかな。でも……ヒントはあったんだよね。第二試合の長距離狙撃、あれはまぐれじゃなかったってことだよね。雲川さんに狙撃があるって試合前からちゃんと気づけていれば……)
萩田は、自身の足りない面について意識を強く割いてしまった。そのため、滝本の内心――『未だに規格外の生徒のみに注目し足元が疎かになっている』ことに対しての考えがいつもより回らなかった。しかし、これは仕方がない面が多かった。なぜなら、萩田は戦術・戦略・外交などで滝本を強く支えており、実質的な滝本チームの運営を行っている。単純に彼女が意識しなければならないことは多く、滝本一人の内心まで深く考察している暇がないのだ。
また今回の試合結果もある意味で悪かった。なぜなら、後手後手に回りつつも強敵相手の試合での5得点もの成果を挙げたのだ。序盤に二人失ったとは思えぬほどの高得点。改めて感じるマスタングの強さゆえの僅かな緩み。Bランクの維持は何とかなるだろうという安心と、Aランクへの昇格の壁が大きすぎるが故の向上心の低下。萩田自身が、元々Bランクで満足できる器であったことも大きかった。滝本を支える気持ちは本当であったが、しかし、滝本と野心を共有できるほどに、萩田に尖った野心はなかったのだ。
実質的なリーダーが気づかぬうちに安定を選んでしまった一方で竹田が声を上げる。
「俺も正直、悪かった。舐めてたわけじゃないけど、下水流なんかにやられたのは本当にスマン」
ちらりと萩田の方を見ながら竹田がチームメイトに謝罪した。下水流と萩田が相性が悪いということは、やや鈍感な竹田であっても理解していることであった。
そんな竹田の態度に、萩田は内心で苦笑しつつも、一方で彼なりの配慮なのだろうと感じた。
「――竹田君に、それを言われると、真っ先にダウンした私の立つ瀬がないわね。正直、鷲島君相手でも、一分程度は時間を稼ぐつもりだったけれど……そうね、今回の失敗を糧に、お互い励みましょう。私も竹田君もシールド技術をまずは高めましょう。今回の対策にもなるし、それにシールド技術は汎用的で誰が相手でも役に立つわ。もちろん、並行して、攻撃関係の技術も習得していく。一人一人が強くなれば、それは必ず撃破点や任務点に繋がるわ」
次なる試合への対策も込めて、竹田と共に戦闘技術の向上に努めることを宣言する滝本であったが、マスタングはそれを冷めた目で見ていた。
(頑張る明里も可愛いけど、明里程度の才能だト……いや、ボクが気にすることでもないカ)
滝本チームはこれから先、強くなる。これは間違いなく正しい予想であった。
そう、間違いなく強くなるのだ。個人として強くなる。滝本も萩田も竹田も、才能ならば金崎と雲川を上回る。
しかし、チームとしての強さを発揮するには、まだ時間が必要であった。
滝本も竹田も、鷹一と下水流という高い戦闘技術に敗れた。ゆえに、彼らの対策は自然と、個人として強くなる方向へと向かった。
今回の試合において、多くの点は鷹一とマスタングによって獲得された。他に2点以上の得点を取ったのは百田と下水流。どちらも個人的な戦闘力が高い強者だ。戦術や連携といったチームとして戦うことが得意な柚木チームが、この試合で1点しか取れなかったというのも大きい。
唯一の例外を挙げるとすれば、それは雲川であった。だが雲川を非常に低く見積もっている滝本は雲川を評価せず、その滝本の頑なさを、萩田は気づけず、竹田にはそこまで広い視座はない。
そして超人マスタングは滝本チームの強化に興味はなかった。
※
そうして、今回のチーム戦において、最も厳しい結果となった柚木チームの面々もまた集まっていた。
「とりあえず、皆さんお疲れさまでした。正直、思った以上に厳しい結果になってしまいました。特に、堂前君はすみません。ちょっと柚木さん、雲川さんの事、舐め過ぎてました。情報面、作戦面での失敗の貧乏くじを引かせてしまいましたね。申し訳ないです」
そういって、柚木は堂前に頭を下げた。普段から『煽りカス』と呼ばれている柚木らしからぬ態度にチームメイトはそれぞれの反応を示した。
特に、煽りモードの柚木を嫌っている堂前は、僅かに動揺したが、それを必死に隠し言葉を作った。
「……いや、むしろ、こっちこそ、悪かった。雲川程度にダウンさせられたのは正直、俺の失態だ。別にお前……リーダーのせいじゃない」
「いえ、柚木さんはそうは思えないです。あの雲川さんの狙撃技は状況次第では『結構強い』系の技です。柚木さんがもっと情報を精査して、皆さんに対策を促していれば、結果は違ったかもしれません。特に堂前君はシールドが上手いですから、知っていれば、対策はできたと思います」
普段と違い、真面目で、煽りがない柚木。それは試合中以外では貴重な柚木であり、また堂前がリーダーとして認めている時の柚木であった。
「そんなことはねぇよ。いや、雲川に負けるって意味じゃないが、でも、別にお前のせいじゃねぇよ。というか、普段からお前の分析に頼りすぎていたし……いや、実際、お前の分析がどうであっても、俺は雲川の狙撃を事前に見抜けなかっただろう。だから、これは俺の技術と油断の問題だ」
堂前が、強い意志で言葉を言い放つと、そこで一度言葉が切れた。
小さな間ができてしまい、何とも言えない沈黙の空気が場を支配する。
しかし、犬伏が声を上げ、すぐにそれを断ち切った。『この沈黙を長引かせる』のはチームの衛生上良くないと判断したからだ。
「おい、お前ら、負けたからって、いちいち、しんみりするな。あと、柚木と堂前は乳繰り合うなら他所でやれ」
犬伏の配慮を感じ取った柚木は、内心で弱気になっていた自身を戒めつつ、気持ちを切り替えた。
「いやー、犬伏君が瞬殺されなかったら、もうちょっと勝ち目はあったんですけどね……!」
そして、できるだけ普段の『煽り』を意識した。
「お前の作戦を、オレは最大限こなしたはずだぜ、永愛ちゃん」
合わせるように犬伏も素早く言葉を返した。
「止めましょう、柚木さんは平和主義者です。あと安倍君」
「なんだよ? 言っとくけど、俺も最大限努力したぞ。というか鷲島の変態機動相手に1分以上持ったんだから、これ以上俺に求めるなよ」
鷹一の足止め。安倍は最初の宣言通り、30秒以上の時間を稼いだのだ。その実績を素早く盾にした。
「あ、いえ、すみません。普通にお見事でした。七夜さんの1点、なんとか繋いでくれましたね。まあ正直3点くらいは欲しい試合だったんですけど、投入運が悪かったですし、何より事前情報との齟齬も大きかったです。いや~雲川さんがちょっと読み切れなかったですね。一応ヒントはあったんですけどね。第二試合で長距離射撃を決めていたので……ただ第三試合・第四試合の印象に引きずられましたね」
そこで、柚木は一度言葉を区切り、次回を見据えた自分の考えを口にした。
「……まあ、でも、これは情報戦の大切さが改めて重要になったってことだと思います。もしかしたら不安になったかもしれません。不安になった人はいますか? 手を上げてください。……いないんですか? 本当ですか? 柚木さん、そろそろ何か煽りたい気分なんですけど……いえ恥ずかしくて出てこれないんだと思いますが、大丈夫です。皆さん、安心してください、柚木さんは天才リーダーなので、この情報も活かして、次は勝ちますよ……! というか、これで暫定Cランクに落ちるので、次のマッチング相手はCランクです。ぶっちゃけ基本的に勝てます。天野チームとかとマッチングしなければ大丈夫です」
「それ言うと天野チームとマッチングしそうだな……」
なんとなく堂前が呟いた。
「それは大丈夫です。天野チームはどうせ勝つので、逆に順位が上がって私たちと入れ替わりで暫定Bランクになるでしょう。まあ、気になるようなら午後の試合、皆で見に行きますか? 零チームの試合とかもありますし、柚木さん解説しちゃいますよ……!」
だんだんと柚木がいつもの調子に戻っていくのを見て四人はそれぞれの反応を示した。
堂前は、内心で、『いつもの調子に戻ったのは良かったが、煽りカスに戻るのは良くない』と思い、柚木の真面目さのバランスに悩んだ。
安倍は、柚木から煽られないように立ち回りつつも、投入運の偏りによる難しさと、チーム戦ひいては柚木チームの今後について思考した。そして、『六・七試合目辺りからの振る舞いがかなり重要になる』と結論付けた。
犬伏は、強気な態度を一切崩さず、弱さを見せなかった。しかし、内心で自身が最も純戦闘力に劣ることと、それを改善する必要があることを強く意識していた。
そして、唯一の得点功労者である七夜は、皆を温かく見守っていた。