学園チームバトルもの。才能と努力と計画と乱数で勝利を目指す 作:集団戦大好きマン
日曜日の午後。第二試合が全て終わり、星川はチームメイトとともにAランク高級マンションへと戻っていた。
なお、このとき星川と一緒に歩いていたチームメイトは黒井一人であった。なぜなら試合終了直後に西山はどこかへ消えてしまい、姫乃は僅かな自由を満喫するため会場の外へと走り出したからだ。
星川は黒井とともに、午前の部が終わった後の昼休みは、試合の振り返りを行い、『最低限の点数は取れたが、やはり飛山の掌の上であった』『伊舎堂と針谷の動きが非常に巧妙だった』などといった反省点のまとめを行った。またこの時には、匂坂と連絡を取り合っており、西山が匂坂・谷崎と合流したことを星川は知った。
その後、全員の予定の都合や『谷崎への受け渡し』もあったため、全試合終了後、星川の部屋に皆で集まることとなったのだ。
「帰りたくない、帰りたくない」と泣き言を漏らす姫乃を無理やり引きずりながら、星川は黒井と一緒に帰路に就き、自室に着いて、十分としないうちにインターホンが鳴り響いた。
匂坂と谷崎を自然な笑みで迎える星川であったが、内心では小さな疑問があった。
(なんで西山さんは捕まっているんでしょうか……?)
谷崎に取り押さえられた西山を見ながら星川は首を傾げた。なお、星川も、逃亡を図る姫乃の後ろ手を押さえた状態であり、決して人に何か言える立場ではなかったのだが、幸いなことに――いや、不幸なことに、この場で、珍妙な振る舞いをする彼女たちに真っ当な指摘をできる者はいなかった。
「星川さん、まずは今日の試合、お疲れ様です。少し残念な結果だったかもしれませんが、星川さんの戦い方は間違っていなかったと思います」
「むー! むー! むー!」
優しく微笑み言葉を紡ぐ匂坂、そして、それを妨げるようにくぐもった音が響いた。西山の声であった。なぜ、こんな声を出したかと言うと、西山は両手をがっちりと谷崎に拘束され、さらに口枷を嵌められており、まともに言葉を話せない状態だったのだ。
敬愛する主君の言葉に水を差された谷崎は、僅かに手に力を込めた。痛覚を刺激された西山は痛みを堪えながらも、さらに抗議の音を上げた。
今、この場には美少女しかいない。容姿に優れる者だけで選抜された星川チームと、容姿も優れている匂坂チームの面々。そんな美少女たちに彩られた空間で、なぜか二人の美少女が二人の美少女を自然な様子で拘束し、しかも一人の美少女は痛みを与えられている。そんな中で、銀色の美少女が優しく微笑む。
通常の倫理観では計ることができない、混沌とした空間であった。
「匂坂さんにそう言ってもらえると、励まされます……! それと、その……どうして、西山さんは取り押さえられているんですか……? 何かあったんですか……?」
「フフッ……これは安全のためです。西山さんが怪我をしてしまってはいけないと思いましたので」
「むー! むー! むー!」
「安全……?」
何かを必死に訴える西山を見て、星川は疑問符を浮かべた。
「むー! むー! むー!」
「ええ、そうです。安全のためです……ただ、西山さんもだいぶお話がしたいようですね。谷崎さん、口枷を外してあげて下さい」
「はい、匂坂様」
「むぅぐ……もう! 何なんですか! さっきからふざけたことして! 苛められる担当は私じゃなくて姫乃さんでしょ! というより、山見さんですよ! 山見さん! あの人、裏切ってますよ! 星川さんも聞いてください! 山見さんが裏切ってるんですよ! 裏切って他のチームに技術を教えてたんですよ! 私たちに黙って! しかも匂坂さんたちにそれ伝えたら、『山見さんに会わせる~』とか『話をする場を作る~』とか言ってたくせに、途中で気が変わったとか言って私のことを拘束したんですよ! 説明! 説明してくださいよ! 星川さんも要求してください! あと、谷崎さんはいい加減、私の事放してくださいよ! 私じゃなくて姫乃さんで遊んでください! 捕虜交換! 捕虜交換ですっ!」
怒る西山の言葉に、室内の人間の反応はそれぞれだった。星川は今の状況の理解に努め、黒井は警戒しつつも何とも言えない笑いを堪え、姫乃は恐怖を感じ、匂坂は変わらぬ笑みを浮かべ、そして谷崎は――
「黙りなさい、蜜穴熊。私は企鵝で遊んでいません。企鵝を戦えるように調教しているのです」
――可愛らしい表情を強張らせ、真剣な声音で答えた。
「はいはい、そうですねー! さっさと調教したらどうですかー?」
「えっと、とりあえず、西山さんを放してもらってもいいですか……?」
星川は、匂坂と谷崎を交互に見ながら頼んだ。
「フフッ……西山さんの事は大切に思っているのですね。フフッ……星川さんのそういった自然な判断をされるところは、好きですよ。谷崎さん、放してあげて下さい」
反抗的な美少女に罰を与えるべき考えていた谷崎であったが、匂坂の言葉は全てに優先するため、自身の考えを中断して、西山を解放した。
谷崎から離れつつ、西山は、指で下まぶたを引き下げながら小さく舌を出して、不満を表した。
それを見た谷崎は、特に思うところはなかったが、手持ち無沙汰を感じ、姫乃へと視線を向けた。視線を向けられた姫乃は、恐怖でガタガタと震え始めた。
「星川さん。企鵝を引き取ります。こちらへ」
谷崎は、姫乃に向ける視線を星川へと向けた。星川がそれに答えるよりも早く、姫乃が声を上げた。
「いやだ、いやだ、行きたくない……お願い! 里菜ちゃん! 行きたくない!」
姫乃は必死に顔を後ろに向け、自身を取り押さえる星川の方を見て懇願した。
「えっと、一応、約束ですし……がんばりましょう、姫乃さん。谷崎さんは凄く強い方ですし、何より、とっても可愛い人です、ステップアップできますよ……!」
「嘘だよ……! ステップアップなんてできないよ……! 私、いつも酷いことされてるんだよ……! やめてよ……! 私たち同じチームでしょ……! お願い……! これからは、里菜ちゃんの言うことちゃんと聞くから……お願い……もうあそこに戻りたくない。お願い……」
必死に言葉を作る姫乃を見て星川は言葉に詰まった。
「姫乃さん……」
可愛らしい顔を悩まし気に歪める星川。リーダーの逡巡を見て、姫乃はそこに起死回生のチャンスを見出し、匂坂は浮かべていた笑みを濃くした。
「里菜ちゃん……!」
慈悲を乞うように、呼びかけるように、仲間を頼るように、姫乃がリーダーの名を呼んだ。そして星川は答えた。
「大丈夫です! 姫乃さんは、アイドルとしてステップアップできます! 頑張って修行しましょう!」
満面の笑み――学年でも相当に可愛らしく美しい容貌によって作られた笑み。そんな笑みから放たれた言葉は、この状況から考えると斜め上であり、姫乃の心境から見れば、異次元の回答であった。
ゆえに、姫乃は感情は一瞬で恐怖から怒りへと転換した。
「アイドルなんてどうでもいいよ! 私は行きたくないんだよ!」
至近距離で叫ぶ姫乃を見て、星川はぱちくりと瞳を瞬かせた。そして――
「谷崎さん、どうぞ」
――淡々と取り押さえていた姫乃を持ったまま谷崎の方へと近づいた。
「待って待って待って! アイドル! アイドルがんばるから!」
星川の読めない表情と、現在進行形で迫る脅威を感じた姫乃は、怒りを一時的に放置し、必死に口を回し始めた。
必死に必死に喚く姫乃の声など、まるで聞こえていないかのように星川は、にこにことアイドルのような笑みで谷崎へ近づいた。
「やだ、やだ、やだ!」
拒絶の言葉を喚きながら、死に物狂いで抵抗する姫乃であったが、熟練の星川から逃れることはできなかった。
それでも必死に喚き暴れる姫乃を見て、谷崎の頭に電球が光った。そして即座に行動に移した。
「黙りなさい、企鵝。蒸し焼きにしますよ」
可愛らしくも鋭く冷たい声が、強い圧とともに姫乃へと突き刺さった。
「わ、ぁ……」
それだけで姫乃の体は弛緩し、声も手足も動かなくなった。星川が姫乃の体を押さえていたため、崩れることはなかったが、もし体を押さえられていなければ、姫乃は谷崎の足元にひれ伏していただろう。三週間近い谷崎の『教育』は、姫乃に特殊な条件付け反射を植え付けるほどであった。
急に抵抗しなくなった姫乃に対して、星川は少し疑問を感じつつも『やっぱり谷崎さんは凄い……!』と美少女仲間の偉大さを再確認した。他方、西山と黒井は、谷崎の強い圧の余波で僅かに硬直してしまい、無言になった。
特に誰も何も言葉を発せず、ただただ弛緩した姫乃の受け渡しが行われた。
そんな中、谷崎は気まずさを覚えた。なぜなら、谷崎は、先ほど、『渾身の冗談』を言ったつもりであったのだ。思わずくすりと笑ってしまう冗談だ。それが無言で終わってしまった。誰にも冗談を拾ってもらえず、谷崎は困ってしまった。そして、それが顔に出てしまい、普段の強い圧が弱まり、可愛らしい素顔が出てしまった。幸か不幸か、谷崎の表情変化に星川チームの面々は気づくことはなかった。
そうして、誰にも谷崎の冗談が通じぬまま終わるかと思っていた矢先、匂坂が小さく笑った。
「フフッ、谷崎さんは冗談がお上手ですね」
「! 匂坂様……!」
敬愛すべき主君の言葉に、谷崎は歓喜した。冗談が理解されたのだ。嬉しくなった谷崎は、にこにこと笑みを浮かべた。先ほどの困惑顔の数倍可愛らしい笑みであった。
その表情のまま谷崎は、足元で跪く姫乃を見た。谷崎の笑みを見た姫乃は恐怖で体を強張らせた。谷崎の笑みなど嫌な予感しかしなかったからだ。
谷崎の手が伸びて姫乃の頭に触れた。姫乃は自分の頭が握りつぶされる光景を幻視した。
恐怖で失禁しそうになりながらも姫乃は祈った。どうか自分の頭が潰されないように、と。
そして、谷崎はゆっくりと、優しく姫乃の頭を撫でた。
なぜか大切に扱うかのような手つきで、撫で続ける。
姫乃は強い恐怖を感じた。こんな谷崎は姫乃にとって初めてだったからだ。優しい谷崎など逆に恐ろしいのだ。しかし、それでも抵抗はできなかった。谷崎の施した『教育』は、姫乃の拒絶の自由を奪っていたからだ。
「ふむ……兎のようにはいきませんか……」
谷崎は姫乃を優しく撫でながらも、悩まし気に呟いた。
場の空気がよく分からない方向へ進んでいるのを感じた星川は、とりあえず、調教師とアイドル候補を切り離して考えることにした。
「そういえば、さっき言っていた山見さんって何のことですか?」
雰囲気の入れ替えも兼ねて、星川は西山に問いかけた。それに対して、西山は、我が意を得たりと話し始めた。
「そうです! 星川さん! よくぞ聞いてくれました! 山見さんが裏切ってたんですよ! 他のチームに技術を教えてたんですっ! 裏切りですよっ! 裏切りっ! 私、その件で、匂坂さんたちを問い詰めたんですけど、のらりくらりで躱されましたっ! 山見さんに会わせるって約束してたのに、全然会わせてくれませんし、星川さんからも何か言ってやってくださいよっ!」
「ええっと、山見さんが誰かに技術を教えていたんですか? ちなみにそれって誰ですか? あと、匂坂さんはその件はご存知なんですか? 山見さんが今いないということは、匂坂さんとしては、別のお考えがある感じでしょうか?」
西山の言葉を読み解いた星川は、彼女に追加の説明を促しつつも、『この打ち合わせに山見が来ていない』という事実から、匂坂にも問いかけた。
「フフッ」
「山見さんは金――」
匂坂は、まるで悪戯が成功した子供のように微笑み、そして同時に西山が星川の質問に答えようとした。
しかし、できなかった。
――言葉の途中で西山が肩を叩かれたからだ。
西山は言葉を紡ぐよりも肩を叩いた方を咄嗟に向いた。なぜなら、そこには『誰もいないはず』だからだ。西山は仮想戦闘においてウルミという武器を使いこなせる。鞭のように伸びるブレード。本来なら、自身を斬らないように扱うだけでも一苦労の武器。
それを完全に使いこなせる西山は、自分の周囲の空間の認識能力・感知能力が、他の生徒に比べて非常に高い。
ゆえに、目を使わずとも周囲数メートルの人間の位置を完全に理解しているのだ。
その西山が『誰もいないはず』の所から肩を叩かれたのだ。
言葉と思考が一瞬止まり、そして、そちらを確認するために体を動かすのは当然であった。
「えっと……な、なに、かな……?」
どこか悲観的な雰囲気が漂う少女、匂坂チームの暗殺者にして件の人物、山見舞希が立っていた。
「――!?」
これまで全く気配の欠片すらしなかった相手の出現。そのことに西山は驚愕しつつも、行動に移った。
思考はしていない。思考よりも速い本能的な行動。
予備動作がほぼ無い西山の裏拳が、背後を取った不届き者に放たれる。そこまで反射で攻撃しながら、ようやく西山の思考が行動と現実に追いついた。
――どうやって背後を取ったのか。そもそも、なぜいるのか。どうやって部屋に入ったのか。いや、それ以前に、いつ部屋に入ったのか。
一瞬の思考と同時に、裏拳が山見へと迫った。
空気を貫く音と、手首を掴む音が西山の耳に入ったときには勝敗は決していた。
山見が西山の片手を瞬時に掴み、そのまま引き倒したのだ。そして、音もなく流れるような動きで、山見は西山を床へと押さえつけた。
淡々と、片手と片脚だけ使い西山を取り押さえた山見は、困ったような表情を浮かべた。
「え、えっと……?」
どこか弱気で、柔和というより臆病な表情で、山見は倒れた西山を見ていた。
一方で西山は屈辱で顔を赤くした。こうも簡単に背後を取られ、しかも簡単にあしらわれ、床に押さえつけられる。屈辱であった。
西山は必死に藻掻こうとするが、それは全て無駄に終わった。両手足を全力で使っているのに、どういうわけか、山見の拘束を振りほどけないのだ。
しかも山見は片手と片脚しか使っていない。片手で西山の利き腕を掴み、片脚で西山の背中を踏みつけている。それだけなのに、西山は全く動けなかった。この拘束は、先ほどの谷崎の拘束と大差ないレベルの拘束であった。
暴れようとしながらも西山は必死に思考を回した。
――強すぎる。単純な力も違えば技術も違う。
唐突な出現も驚くべきことであったが、それと同じくらいに、山見の戦闘技術と拘束技術の高さを感じたのだ。
匂坂チーム内で最も大人しいと言えるかもしれない山見であったが、それは決して戦闘技術が低いことを意味しない。むしろ極めて高いのだ。特に、山見は仮想空間での戦闘以上に現実での戦闘に強みがある生徒であった。単純な筋力が高い他、対人格闘技術・捕縛技術、どの技術においても新一年生の中で最高クラスであった。
仮にではあるが、現実の戦闘で、正面から正々堂々戦うという条件を課せられたとしても、山見舞希という超人は、あの鷲島鷹一に勝てる可能性があるのだ。それほどまでに彼女は現実での戦闘に強いのだ。
そうしたことを西山は知らなかった。山見は、魔力があり仮想現実での戦闘は強いが、現実では大差ないだろう。
『格上として理解していたが、いつかは刃が届くかもしれないと思っていた』匂坂や谷崎と違って、山見と石河は現状でも相手できる存在だと西山は考えていた。
しかし、その甘い考えは、一瞬で覆され、そして文字通り踏みにじられた。
山見の足の下で、西山は屈辱を噛みしめた。
一方で、なぜか足の下から怒りや復讐の気配を感じ取った山見は、おろおろとした。おろおろした結果、思わず、足に力が籠り、さらに西山を物理的に踏みにじることになった。思わず、思わずであった。決して他意はないと山見は思いつつも、同時に、ある生徒の顔が一瞬脳裏に浮かび、そこまで考えて山見は慌てて首を左右に振った。
そして、どうしてこんなことになったかを振り返った。
山見としては、なぜか自分の名前が叫ばれていて、気まずくなって気配を殺していたら、良からぬ疑惑をかけられそうになったので、慌てて西山に声をかけただけなのだ。
そしたら、なぜか西山が攻撃してきたので、咄嗟に彼女を取り押さえたのだ。しかし、その後の行動がどうやっても良い方に繋がるとは思えず、良くない展開になると思いつつも西山を押さえ続けざるを得ないという状況になってしまったのだ。
やや悲観的で臆病な気質を持つ山見は、この後の展開を色々と想像しては気まずくなった。
しかも何より気まずいのは、星川と匂坂の存在であった。
山見は恐る恐る二人のいる方を見た。
星川と匂坂は至近距離で見合っていた。
※
ここで時間が少しだけ巻き戻る。
西山が、山見に取り押さえられる寸前に動き出そうとした者がいたのだ。
リーダーである星川だ。
彼女も、山見の存在には気づかなかった。山見の声がして、そちらを見た時には既に西山が行動を起こしており、少し離れたところから西山と山見の初動を見た星川もまた本能的に理解したのだ。
――あれは負ける、と。
ゆえに、チームメイトを助けるべく星川は二人の方へと動き出そうとして、体が止まった。
圧倒的な重圧、巨大な魔力の太い束が四肢に絡みついたのだ。粘性があるそれから逃れようと藻掻こうとしたときには、星川は捕まった。
魔力の暴威、匂坂キッカが星川の腕を優しく掴んだのだ。
「あ、あの……匂坂さん……?」
思わぬ美少女の介入に、星川は困惑の声を出した。
そんな星川に対して、匂坂は微笑みながらも彼女を押さえたまま、ずんずんと壁側へと押し込んだ。星川の利き腕を壁に押さえつけ、両脚には魔力の錘をつけ、さらに、匂坂の非常に整った顔が星川のとても可愛らしい顔へと迫った。
「谷崎さんが姫乃さんを捕まえて、山見さんが西山さんを捕まえた。でしたら、私が、星川さんを捕まえないといけませんね? フフッ……」
そう言って匂坂はさらに迫った。二人の美少女の距離が十数センチとなった。
「わ、わ、わ……相変わらず、お綺麗で……!」
圧倒的な美貌を目の前にした星川は、顔を赤くした。
「ありがとうございます」
星川の反応を見て、匂坂は微笑んだ。
美少女二人の形容し難いやり取り。そこに割り込む者がいた。
「星川さんっ! 星川さーん! デレデレしてないで助けてくださーい!」
自称ドS系美少女である西山であった。踏みつけられ体の動きが封じられても口は動かせた。それが先ほど谷崎に拘束されていた時との違いであった。
「そもそも山見さんが悪いんですよー! 山見さんが、勝手に、かね――うぐぅ……金、っ、うぅ、金崎くんっ! うぐっ! 金崎くんに、技術を教えてたんですっ! 裏切りです! 裏切り!」
西山はところどころ、言葉に詰まりながらも必死の告発を行った。ちなみになぜ言葉に詰まったかというと、なぜか、山見が、足に込める力を何度か強くしてしまったからだ。これはきっと西山が暴れるせいで、手元ならぬ足元が狂ってしまったからだと山見は思うことにした。
この空間にいる者たちに『裏切りの情報』を必死に伝えた西山であったが、その行動は報われなかった。
星川は未だに顔を赤くしながら匂坂の方をちらちらと窺っていて、匂坂はそれに微笑みという美の暴力で応えており、谷崎は悩まし気に姫乃の撫で方を工夫しており、姫乃はそんな谷崎の一挙手一投足に対して引き攣った笑みで慈悲を乞うていたからだ。
唯一、手が空いていて、西山の情報を活かせる立場にあった黒井は動けなかった。
なぜなら、黒井は星川と西山という強者がどれだけ強いかを知っていたからだ。二人は強い。本当に強いのだ。試合で強いだけではなく、現実での対人戦でも非凡の才能を持っているはずなのだ。そんな二人がこうも簡単に取り押さえられてしまった。素人に毛が生えた程度の自分では、助けになるどころか足手まといになると黒井は察したのだ。
ゆえに、軽率には動けなかった。幸いというべきか、仲間を拘束している三人はそれぞれが別々の理由で行動しているように見え、また、それぞれが別に拘束を維持することを重視していないように見えた。
最悪、放置でも、問題なく終わると黒井は感じた。しかし、同時に、チームメイトとして、仲間の期待に応えたいという思いもあった。星川と西山は大事な仲間なのだから。
そんな風にナチュラルに姫乃を思考から外している黒井に対して匂坂が声をかけた。
「石河さんを呼んでいたら、黒井さんを取り押さえたでしょうか……?」
可愛らしく美しくもあり、しかしどこか蠱惑的な声が、黒井の耳に纏わりついた。
「そんなことしないんじゃないかな、石河さんは」
黒井は空虚な笑みでそれに答えた。
「フフッ、そうかもしれませんね……ところで、山見さん」
満足気に黒井に微笑んだ匂坂は、ふと視線を山見へと向けた。
びくりと、山見の体が震えた。
「な、なに……?」
どこか怯えた表情と供に山見が声を漏らした。
それに対して、匂坂はただただ優しく作った笑みを浮かべるだけであった。
数秒間無言で笑みを向け続ける匂坂。山見は自分の喉が渇いていき、心臓の音が強くなっているように感じた。
「な、なにもしてないよ……?」
恐怖を感じ始めたあたりで、山見は精一杯の言葉を作った。匂坂は変わらず優し気な笑みで山見を見た。
「何かするつもりなのですか?」
じっと絡みつくような視線を浴びた山見は、必死に恐怖を抑えた。
「な、なにも……」
視線を彷徨わせながら、山見は早くこの時間が終わることを祈った。
山見の祈りが通じたのか、数秒も経たないうちに、匂坂は結論を出した。
「……フフッ、山見さんが優しい気持ちを持っていて私は嬉しいですよ。でも、ずっと押さえていたら西山さんも星川さんにも悪いですし、一旦手を放しましょうか」
そう言って匂坂は星川の拘束を全て解いた。至近距離から見合っていた二人は通常の距離に戻った。
「あ、もう、終わりですか……?」
顔を赤くしながら、どこか物足りなさそうに星川が匂坂を見た。
「ええ。ですか、星川さんがお望みでしたら、続きをしても構いませんよ?」
「え!? あ、それなら……いや、でも……うう、すみません、よくよく考えると、さっきのはちょっと良くなかった気がします……! アイドルとして清楚を意識しなければっ……!」
匂坂の美の誘惑に屈しそうになる星川であったが、寸でのところで、先ほどの自分の醜態を思い出し、強い意識の高さから、誘惑を拒んだ。
「星川さんのそういうところも好きですよ。ところで、星川さん、少しお願いがあるのですが、聞いていただけますか?」
「はい……! 匂坂さんの頼みでしたら、頑張って応えます……!」
「ありがとうございます。それで、頼みというのは、A-3のことです。星川さんがずっと予約を入れていたと思うのですが、一回分私に譲っていただけませんか? 彼女に少し聞いてみたいことができました」
「A-3さんをですか……それは……勿論、匂坂さんの頼みでしたら、当然渡しますけど……何を聞くんですか?」
僅かに惜しいと思いつつも、星川は盟友の頼みを受け入れた。しかし、同時に疑問もあり、それを問いかけた。
「なに、と聞かれると難しいですね……得意気に強者を謗る者へ罰を与える方法でしょうか?」
そういって微笑む匂坂の笑みには強い圧と粘性があった。
※
星川と匂坂という美少女二人が談笑する中、山見の足元から
「え、えっと、ごめんね……?」
どこか困惑した様子で山見が声をかけた。
「その困ったみたいな顔、ムカつきますねー。散々、私のこと踏みつけておいて、被害者面ですかー?」
責めるような西山の声音と視線を浴びて、山見の困惑は強くなった。それ故か、彼女は、咄嗟に、『言わなくていいこと』を口にしてしまった。
「え、えっと、その……あ、踏み心地が良かった、よ……?」
先ほど、西山を踏みにじった時の適度に柔らかく硬い感覚、それを思い出しが故の言葉であった。
山見としては、必死に言葉を選んだつもりであった。煽るつもりなどなかった。ただ、匂坂から恐怖を受け、その後、西山にも責められた結果、どうにかして、空気を友好的なものにしようと頑張ろうとして、全力でずっこけたのだ。
「喧嘩売ってますかー?」
西山は、にこにこと笑みを浮かべていたが、その笑みには怒気が強く含まれていた。
攻撃的な気配を感じた山見は、あわあわとしながら、必死に、西山の怒りを緩和しようと言葉による説得を試みた。
「えっ? あっ! ふ、踏まれ心地は良くなかった……? あ、あのっ! こ、今度、踏むときは上手く踏むから……!」
なんとか怒る西山を宥めようと必死になった結果、よく分からない方向へ山見は舵を切った。
山見は元より口下手な面があった。いや、口下手というより、感性が若干ズレており、所謂『不思議ちゃん』と呼ばれるような面があった。
そのため、平穏を求める山見であったが、時折、争いの火種を自ら作ってしまうところがあった。
「違いますよー。私は踏まれたいんじゃなくて、踏みたいんですよー。MじゃなくてSですからっ……! ま、今回は、私から手を出しちゃったのもありますから、大目に見ますけど、次こんなことしたら、百倍にして返しますからねー。あと金崎くんは私の獲物ですから、勝手に取ったり、変な技術を教えたりしないで下さいね」
「え、えっと……か、金崎君の話は、今は関係ないよね……?」
「そうですか。まだ惚けますか。じゃあ、まあ別にいいですけど、それなら、さっきの件は金崎くんに責任取ってもらいますね。今度会ったら、踏んづけちゃいますっ。いいですよね? 山見さんだって、あれだけ楽しそうに私の事踏んだんだから、私が金崎くん踏んでもいいですよね? あっ! 急に楽しみになって来ました~。金崎くんは踏み心地良さそうなイメージがありますっ! 山見さんと仲良くなれますねー」
にやにやと嗜虐的な笑みを浮かべる西山を見て、山見は不快な気持ちになった。
「それは関係ないよね……? それに、金崎君は踏み心地良くないと思うよ。まだ鍛えてる最中だし、訓練頑張り過ぎてて疲れも溜まってるし、踏んだら可哀そうだよ……」
「なんで訓練頑張り過ぎてるって知ってるんですかー?」
嗜虐的な笑みで絡みついてくる西山を見て、山見は『さっき匂坂さんが邪魔しなければ、こんなに困らなかったのに……』と、リーダーのことを少しだけ恨めしく思った。