学園チームバトルもの。才能と努力と計画と乱数で勝利を目指す 作:集団戦大好きマン
「二人っきりになっちゃたねー」
青井に視線を向けられた雲川は、ひっくと小さな悲鳴を上げた。まるで蛇に睨まれた蛙であった。
ひっくひっくと続く声が漏れるのを抑えながら雲川は必死に言葉を作った。
「えっと……そ、そうだね。あ、あの私――」
「――さっきの二人感じ悪いよねー」
雲川は会話を打ち切り逃亡を図ろうとした。しかし、それを制するように青井が言葉を重ねた。
「え……」
突然の青井の言葉に雲川は固まった。
「んー? 聞こえなかったー? さっきの二人感じ悪いよねー、雲川ちゃんもそう思うよねー」
同意を求める言葉。同級生のちょっとした協調性を期待するかのような言葉。青井の口調は軽く、笑顔も浮かべている。
もしかしたら青井は、ちょっとした軽口のつもりで深い意味はないのかもしれない。
表面だけ見るとそう見えなくもない。
それでも雲川は警告を鳴らし続ける自分の感覚と、一日とはいえ同じ一時寮を過ごした二人との関係から、頷けなかった。
しかし、否と答える剛毅さを雲川は持ち合わせていなかった。
「わ、わかんない……」
結果、雲川は、小さな口を懸命に動かして、曖昧な言葉をちょろちょろと表に出した。
「え? わかんないって何? 雲川ちゃん面白いねー、今の質問って二択だし分かんないなんてないんじゃない?」
ふんわりとした笑みを浮かべていた――勿論、目はまったく笑っていなかったが、それでも先ほどまでは他の部位は比較的笑っていた青井の表情が、『無』に近づいた。
「……」
雲川は黙った。黙ったまま、ちらりと廊下へ通じるドアの方を見ようとした。
しかし、できなかった。
青井が器用に体を動かし、雲川の視線を遮ったからだ。そして、両方の人差し指で自身の頬を釣り上げた。
まさしく作られた笑みであった。
怖くなった雲川は無言で視線を床に彷徨わせた。そして、そんな雲川を青井は人差し指で頬を保ったまま見つめ続けた。
数秒の間、そんな気まずい沈黙が続いた。
「雲川ちゃんって確かリーダーだよね?」
沈黙を破るように青井が雲川に問いかけた。
先ほどの打ち切られた会話など無かったかのようであった。
雲川は、びくりと震えた後、恐る恐る青井を見た。青井は既に両手を降ろしており、表情は指の補佐なく笑みであった。もちろん、目が笑っていないのは言うまでもない。
「う、うん、……、そうだけど……」
「ふーん。そっか。まあ雲川ちゃんのことだから、どうせ、まだ誰もチームに入れてないよね」
決めつけるような言葉であった。しかし、それは当たっていた。
雲川はこの時点で、まだ誰一人としてチームメイトを作れていないのだから。
「……そ、そうだけど……な、なんで……?」
「それなら、私がチームに入ってあげようか? 知ってるでしょ、私の順位」
当然のことだとばかりの言葉に雲川は困惑した。
青井は雲川を見誤っていた。
――雲川は麻倉とは違うのだ。順位表など碌に見ていない。本来なら知っているべき戦闘適性順位上位者の名前も顔も覚えていない。
どこか自信がある、いや違う、もはや完全に自信がある青井の態度を見て、雲川は悩んだ。
雲川の質問に対する答えは『知らない』だ。
だが、それは言えなかった。今の青井に知らないなどと答えられなかった。ただでさえ怖い青井に、今そんな返しをしたら大変なことになるというのは雲川にもぼんやりと理解できたからだ。
しかし、代わりの言葉もなかった。
雲川は悩みに悩んだ。
本当はこんなことに悩みたくなかった。麻倉のような優しい人と過ごしたかった。プリンを食べたかった。それとまだ食べたことはないが、寿司という食べ物を食べたかった。
思考が明後日の方向に転がりそうになるが、それは未遂で防がれた。
雲川の持つ『ほのぼのレーダー』が危険を伝えたのだ。
いつまでも答えを出さない雲川を見ていた青井の目が細め、表情を『無』に近づけたのだ。時間制限はとうに過ぎていた。
焦った雲川は、何を考えたのか、咄嗟に、今最も抱いている感情をそのまま答えてしまった。
「こわい……」
次の瞬間、【雲川の心臓に穴が開いた】。【ペットボトルの蓋が彼女の皮膚と肉を貫き、そのまま心臓を貫いたのだ】。
「えー、ひどいー、私雲川ちゃんと仲良くしたいだけなのにー」
【痙攣し動かなくなっていく小さな体から、どくどくと流れ出る血液を視ながら】、青井は思ってもいない言葉を舌の上に乗せた。
「……こわい」
血も流さず、当然、心臓に穴など開いていない雲川は、俯きながら同じ言葉を繰り返した。
「あのさ、二回も言わなくても分かるよ。てか、そもそも知ってるよ。さっきから心臓バクバクしてて
先程までの明るく甘さを含んだ声ではなかった。低く鋭く冷たい声が雲川へと刺さった。
突然の声音の変化に驚いた雲川は、恐怖と困惑で頭がぱんぱんになった。
「ていうかさ、怖いって思ってても普通口にしないよね? 人の事傷つけるとか思わないの? あんまりふざけてると【確定】させるよ?」
笑みなど完全に投げ捨てた青井が、無表情で雲川を見た。
青井の言葉の意味が雲川には分からなかった。当然だ。もう雲川の頭の処理能力を越えていた。青井の言葉など理解できないどころか、耳にも入らず、ただただ強い恐怖から雲川は駆けだした。
青井は手の中にある蓋を【弾いた】。
こっそりと回収していた三発のペットボトルの蓋。三発しかない弾丸。いや、三発もある弾丸だ。
【一発の弾丸が雲川の膝を撃ち抜いた】。【雲川の柔らかい肉と骨を貫いた弾丸は赤く染まりながらも床に深く食い込んだ】。【出血しながらバランスを崩した雲川は床へと沈み、必死に這って逃げようとする雲川の両肩を二発目と三発目の弾丸が貫いた】。
体のどこにも傷など無い雲川。されど恐怖を感じていた彼女は必死に鈍足を走らせドアを開けようとした。
【一発の弾丸が雲川の背中を貫いた。肺を貫かれた雲川は体の外と中に大量に出血して、自分の血液で溺れた】。
無傷の体でドアを開けた雲川は、【そのまま廊下に出ようとして、高速で飛来する二発の蓋に両脚を射貫かれた】。【突然の痛みに驚きながら転倒する雲川の脳天を三発目の弾丸が貫いた。即死であった】。
体に傷一つついていない雲川は、必死に鈍足を走らせ部屋から出て廊下を走る。懸命に走る雲川の背後から少女の甘ったるい声が投げつけられた。
「雲川ちゃん、いきなり走ったら【転んじゃう】かもよ?。それに、【廊下で誰かにぶつかっちゃう】よ」
部屋から半身だけ廊下に出した青井は、そう言いながらペットボトルの蓋を片手に構えた。
しばらくの間必死に鈍足を走らせる雲川。その背中を見ながら青井は口元を歪ませた。
そして、雲川は盛大に転んだ。鈍足であっても最大速度の逃走であり、また精神状態も良くなかったことが、不幸な結果に繋がったのだ。
雲川が頭から一直線に転び床に向かって突撃するのと、一時寮内の十字路から小柄な人影が出て来たのはほぼ同時であった。雲川の小さな体がさらに小さな人影へと突撃した。
小さな人影は、突然襲い掛かる鈍足の全身全霊タックルを淡々と受け止めた。鈍足といえども全速力、小柄といえども重さは十分。本来ならば、それ相応の威力のタックルであり、両者を傷つけるはずのものであったが、ここでも雲川に幸運の女神が微笑んだ。受け止めた相手もまた相応以上の技量の持ち主だったのだ。
鈍足タックルの威力を完全に殺し、ふんわりと受け止められたことで、雲川も、そして、受け止めた非常に小柄な少女のどちらも傷つけることはなかった。
「大丈夫ですか?」
冷静沈着な瞳が雲川を見た。
珍しく自分よりも小さい相手に雲川は新鮮味を覚えた。
「う、うん……」
「突然飛び出すと……いえ、廊下で走ると危ないですよ」
親切ではあるが、どこか冷徹さを持った声と視線を浴びて、雲川は小さくなった。
「は、はい……ご、ごめんなさい……」
そう言って、雲川はちらりと背後を見た。廊下に半身だけ出していた青井がゆるふわとした笑みとともに小さく手を振った。
雲川はびくりと体を震わせ、またしても鈍足を走らせようとしたが、すぐ近くの小さき覇気を感じて、再びびくりと震えた後、鈍足気持ち早歩きで一時寮の外へ向けて動き出した。
外へ向かう雲川を見ることなく、非常に小柄な少女は青井の方へ視線を向けた。冷静で澄んだ瞳と、情念で濁った瞳が交錯した。
――刹那。
【青井の放った弾丸が音速を超えて小柄な少女に迫った。一撃で心臓を貫き対象を死に至らせる魔弾。白昼堂々、常識外の攻撃であり、実力者である少女であっても咄嗟に対応できなかった。ゆえに少女もまた雲川と同じように心臓を貫かれるはずであった】。【しかし、次の瞬間、十字路の横から伸びた手が弾丸を掴んだ。そして、ぐしゃりと握りつぶした】。
青井が目を見開くのと、ほぼ同じタイミングで、小柄の少女に声がかかった。
「石河さん。ここにいましたか。今、少しいいでしょうか。大事な話があります」
非常に小柄な少女――石河朝菜は、声の主の方へと視線を向けた。中学からの友人である谷崎ミホであった。
「はい、構いませんが……珍しいですね。何かありましたか?」
「ええ。ありました。素晴らしい主――リーダーの方を見つけました。私は彼女に勧誘されたので、すぐにチームに入ったのですが、石河さんもどうですか? とても素晴らしい方です。きっと石河さんにとっても良い方です。どうでしょうか? 今から会いませんか?」
「……谷崎さんがそこまで言うのでしたら、会ってみたいです。きっと優秀な方でしょうから」
「ありがとうございます。では、今からリーダーに通話をかけますね」
谷崎が端末に手を触れ、意識がそちらに向かった瞬間、青井は【谷崎を視た】。
不可思議な視線を感じた谷崎が青井の方へ振り向いた。
【数多の攻防で、何度も破壊される廊下を視て】、青井は次のような結論を出した。
――このゴリラ、厄介だ。隣のチビは大したことはないが、こいつは面倒くさい。
谷崎の視線を浴びた青井は、にこにこ笑いながら谷崎に手を振った。そして、すぐに室内へと戻った。
特に何をすることもなく、視線が交わると、笑顔で手を振り室内へと戻った少女。それを見て、谷崎は頭に疑問符を浮かべるが、今は友人を主に引き合わせるという重大な使命の最中だ。ゆえに、疑問は捨て置いた。