学園チームバトルもの。才能と努力と計画と乱数で勝利を目指す 作:集団戦大好きマン
五月一日、化物二人
五月一日。
鷲島鷹一は、朝から自室で穏やかな時間を過ごしていた。
朝のうちに雲川が学園から受け取ったZPの分配を済ませた後、朝食を取り、軽く掃除を済ませた後、のんびりと形而上学について思案し、約束の時間を待っていた。
(飛山との約束まで、まだ時間があるな。それまでの間どうするか……)
以前から情報交換をしているAランク第二位のリーダーである飛山龍華、彼女と正午前から会う約束をしていたのだ。
この約束は、以前連絡を取り合った際、飛山が『直接顔を合わせて話をしたい』と言ったからであった。飛山としては、本日の正午に五月の試練が発表されるので、それを一緒に確認し、もし協力可能な内容ならば協力関係を結びたいという思惑があった。鷹一も、飛山の考えは当然理解していた。飛山との情報交換はメリットがあり、また顔を合わすことにも、拒絶感は少なかった。一方で、飛山との協力関係については、試練次第ではあるものの、現在の心情としては、やや消極的であった。
その時、インターホンが鳴り響いた。
(少し早いな……いや、これは玄関のインターホンか。紫苑か?)
鳴ったインターホンの種類がBランクマンションのエントランスからのものではなく、玄関からのものであった事に気付いた鷹一は不審に感じつつもカメラを確認した。
そして驚愕した。
カメラには美しい銀髪の少女が映っていたからだ。
(――匂坂!? なぜだ……なぜあの化物が俺の部屋の前にいる……!? いや、そもそもどうやってこの階層に侵入した……!? 誰かが許可を――紫苑か……! 余計な事を……!)
本来であれば、雲川チームが占有する20階に入ることはできない。しかし例外はある。それは、20階の住人――雲川チームの誰かが許可を出せば、一時的に他のチームの生徒でも20階に入ることができるのだ。それに気付いた鷹一は、すぐに誰が匂坂をこの階層に招いたかを察した。
内心で毒吐きながらも、目の前の事態を鷹一は見守った。
匂坂はどこか恥ずかしそうに頬を染めながら、もう一度インターホンに指を添えた。
またしても、鷹一の部屋に機械的な音が鳴り響いた。
(居留守を使うか……?)
美しい銀髪の少女が、まるで恋人を待つかのような雰囲気を出している。普通であれば思わず出て行ってしまうだろう。しかし、鷹一は普通ではないし、そして、匂坂もまた普通の少女ではなかった。
再度、インターホンが鳴り響いた。
『鷲島君。匂坂です。紫苑さんから聞きました。中にいるのは分かっていますよ? お話しませんか?』
(紫苑――っ! 余計な事を――っ!)
鷹一はリーダーのいらぬ行為に苦悩しつつも、通話ボタンを押した。
「匂坂か。悪いな。少し立て込んでいた。何か俺に用か?」
『用がなければ、会ってはいけませんか?』
うずうずとした匂坂の表情を見て、鷹一は気が重くなった。
「俺とお前は別のチームに所属している。あまり頻繁に会う関係ではないだろう」
『フフッ、最近、鷲島君と中々会っていません。偶には、こうやって交流する機会が欲しいのです』
「そうか。めぐり合わせもあるだろう。俺たちはランクも違うし、中々会うのは難しいのだろうな」
どこか他人事のように鷹一は答えた。なお、鷹一はこれまで、匂坂と遭遇する可能性を極限まで減らす努力をしていた。
『ええ、そうですね。授業中はお話できませんし、授業前後はすぐに鷲島君がいなくなってしまいます。他の時間は鷲島君は演習室に籠りがちですから……観戦会場しかお会いできるところがないのですが……どうしてでしょうか? 第一試合以降鷲島君と観戦会場でもお会いできません。本当に偶然なのでしょうか?』
インターホンの先から粘着性のある感情が鷹一へと注がれた。
「この学園には多くの生徒がいる。一般的に考えて、彼ら一人一人とそう何度も遭遇することはないだろう。俺と匂坂も同じのはずだ」
『フフッ、そうかもしれませんね。ところで今はお時間ありますか? 一緒にお話したいのですが』
「悪いが、あまり時間は無い。もし用件があるならこの場で済ませて欲しい」
『鷲島君とほんの少しの間、お話したいだけです。……ダメ、でしょうか……?』
少し自信無さげに、悲しそうな表情を匂坂が浮かべた。
「あまり時間は無い。すまないが、今日は帰ってもらえないか?」
『ほんの少しでいいのです。扉を開けてくれませんか? 数分で構いません。少しの間、友好を温めたいのです』
「……分かった。あまり時間は取れないが、少しの間なら大丈夫だ」
仕方がないとばかりに鷹一は答えた。それを聞いて、匂坂は嬉しそうに笑みを浮かべた。
鷹一は気が重くなりながらも玄関の扉を開けた。満面の笑みの匂坂が中に入った。
「鷹一君、ありがとうございます。こうやってちゃんとお話をするのは第一試合以来ですね。ずっと鷹一君とお話したかったです」
「匂坂、悪いが、俺はファーストネームを呼ばれるのに慣れていない。鷲島で頼む」
「…………すみません、鷲島君。つい、久しぶりにお会いできた喜びから、気持ちが溢れてしまって……」
匂坂は恥ずかしそうに俯いた。
「そうか。それは悪かったな。ところで、あと一分くらいでいいか?」
早々と会話を打ち切りたい鷹一であった。
「部屋の中に上がってもいいでしょうか?」
「いや……悪いが、中は散らかっている。あまりだらしない所は人に見せたくない」
鷹一は嘘を吐いた。
「私は構いません。むしろ、鷲島君のそういった所、見てみたいです……」
期待と興味、喜びが溢れた表情で匂坂が鷹一を見た。
「悪いがそれはできない。玄関より先には入れられない」
「どうしても、ですか……?」
「どうしてもだ」
匂坂の未練がましい願いを鷹一が断ち切った。
「分かりました。残念ですが、受け入れます。ですが、次に来るときは、玄関より先に入れて欲しいです」
「確約はできないな」
「フフッ、では、次は何か有意義なモノを持ってきます。鷲島君が満足するような、私を玄関より中に入れたくなるような、そんなモノを……」
にっこりとした匂坂の笑みの中には粘着質なモノがあった。鷹一は嫌な気分になった。
「そうか。興味がないことはないが……いや、そろそろ時間だな。悪いが、今日はこの辺りにしてくれないか?」
「まだまだ話足りないです……」
匂坂はさびしそうな声を出した。
「そうか。だが、すまない、俺も少し忙しくてな」
縋りつくような匂坂の言葉を、鷹一は一刀両断した。
「それなら、せめて、連絡先を交換しませんか?」
「紫苑と交換しているなら必要無いはずだ」
鷹一は、匂坂と連絡先など交換したくなかった。鷹一は匂坂が苦手なのだ。できるだけ近くにいて欲しくないと思っている。なお匂坂はもっと近づきたいと思っていた。
「……、…………分かりました。お忙しいところすみません。また時を改めて、今度は鷲島君が納得してくれるタイミングを見つけますね」
「そうだな。俺も時間を取れなくて悪かった。また機会があったらな」
「ええ、また」
そう言って、背中を向ける匂坂であったが、ふと、鷹一の方へ振り返った。
長く美しい銀髪が宙を舞う。本来であれば見る人を魅了する輝きをもったそれだが、鷹一は無感情でそれを見た。
「ところで、鷲島君の部屋に初めて入った相手は私ですか?」
「そんなことを聞いてどうする?」
淡々とした視線が匂坂に注がれた。
「フフッ、すみません。どうしても気になってしまって」
「チームメイトが入った。これでいいか?」
「他チームの人間では私が初めてですか?」
「…………そうなるな」
鷹一は嫌な気分になりながらも、匂坂の問いかけに答えた。
匂坂は今日一日で最も嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「良い事を聞きました……それでは鷲島君、またどこかで」
喜色満面で、弾むような声とともに、匂坂は鷹一の部屋をあとにした。