学園チームバトルもの。才能と努力と計画と乱数で勝利を目指す 作:集団戦大好きマン
Bランクのマンションから出た鷹一は、軽く、汗をかかない程度に走り、目的地へとたどり着いた。
Aランクの高級マンション――もはや高級ホテルと言えるようなエントランスルームは、静謐な空気と上品な照明に包まれていた。階高が高く、空間全体に優雅な広がりを与えている。大理石の床は磨き上げられ、光を受けて静かに輝き、まるで水面のような滑らかな反射を見せていた。壁を彩るのは、繊細な金箔の装飾と穏やかな色調の壁紙。これらはどれも控えめながらも、確かな存在感を主張している。中央には豪奢なシャンデリアが吊り下げられ、無数のクリスタルが星屑のように輝きながら、部屋中を淡い黄金色で満たしていた。
エントランスの片隅には、美しくアレンジされた季節の花々が飾られている。優雅な香りがかすかに漂い、訪れる人々の心を和ませていた。隅々に置かれた重厚なソファーやテーブルは、どれも一流の職人が作り上げたことを思わせる洗練されたデザインで、その柔らかさと質感が座る者をそっと包み込む。
外の喧騒とは無縁のこの空間は、まるで時間が穏やかに流れる別世界のようで、訪れる人々に洗練された安らぎを与えていた。
(まさか、こんなにも早く、Aランクのマンションに足を踏み入れることになるとはな……)
鷹一は、どこか場違いな感覚を覚えながらも、謎の感慨に耽った。僅かな間、その感慨に飲まれつつも、目当ての人物を見つけた。
柔らかな絨毯の上に置かれた、深紅のソファー。その一角に、ゆったりと腰かけた小柄な美少女――反町真理であった。
鷹一の存在に気付いた反町は、薄っすらと微笑むと、近づいてくる鷹一に合わせて立ち上がった。
「鷲島。突然、呼び出して悪いわね」
反町の表情には余裕があり、どこか気品を感じさせた。
「構わない。俺の方も、お前とは、少し話をしてみたかったからな」
「それは光栄ね。このまま話を続けていたいけれど、そうもいかないわ。早速だけど、場所を変えましょう。梶田チームの部屋に案内するわ」
「ああ、頼む」
歩き出した反町だったが、すぐに何かに気付いたような顔になり、鷹一の方へと振り向いた。
「鷲島、端末の電源は落としてもらっていいかしら? 念のために」
「……分かった」
電話で話した盗聴に警戒という言葉を思い出した鷹一は、反町の指示通り、自身の端末の電源を落とした。
それから、反町と鷹一は、会話を一時止め、無言でエレベーターに乗り込んだ。そして、そんな二人の姿を、たまたまエントランスにいた、匂坂チームの山見がじっと見つめていた。
エレベーターが閉まり、上昇した。山見は素早くエレベーターに近づいた。そして、26階で止まるのを確認した山見は、自分の端末を取り出し、連絡先から匂坂キッカを選んだ。通話ボタンを押そうするが、その指は震えていた。
(鷲島君のことなら、匂坂さんに言わないと、だよね……? でも言ったら大変なことになりそう……私が怒られるかも……もしかしなくても、黙ってた方が……でも、もし、私が知ってて黙ってたのが後で分かったら……)
山見は恐怖で体を震わせた。
※
26階についた鷹一は、反町に案内されるまま、三号室へと足を踏み入れた。
Bランクの部屋よりも広く豪華な内装の個室を見て、すぐに鷹一は『自分には贅沢すぎるな』と感じた。また、それと同時に、私物と思われる物の多さに不自然を覚えた。
(なぜ、ここまで物が多い? 一時寮に入りきらない量だ……Aランク決定後に購入したのか? あまり金遣いが荒いタイプには見えないが。いや、見た目で決めるべきではないか。見たところ、紙の本が多いな。生物学が異様に多い。医学書もあるか……他の本もあるが、やけに偏っている。人体模型に、顕微鏡、空の水槽が二つに、液体で満たされた水槽が二つ、冷蔵庫が二つ……? なんだ、この部屋……?)
案内された部屋の中を見て、鷹一は不審に思った。
「親が医者と生物学者なの。そのせいもあってね、少し私物は多いわ。貴方は人体には興味がある?」
鷹一の思考に気付いたのか、反町が、部屋の特異性について説明した。
「ほどほどだ。ただ、恐らくだが、お前ほどの興味は無いだろうな。ところで、ここはお前の部屋か?」
「ええ、そうよ。ここで寝泊まりをしているわ。他にも実験をする時はだいたいこの部屋にいるわね」
「てっきり、俺は、梶田チームの共同管理されている部屋に案内されると思っていたが……今日、俺に対する用件は梶田チームを代表して、というわけではなくお前個人の案件か? だとすると、俺の想像とは違う話になりそうだ」
「……いえ、今日の私の話は、雲川チームと梶田チームの今後に関わることよ。あとは、鷲島、貴方個人に関わる重要なことを話そうと思っているわ。梶田チームの共同部屋を使わない理由は……後で話すわ」
「そうか。分かった。ちなみに聞いておくが、この部屋の盗聴対策が万全と言ったが、どんな風に対策をしているんだ?」
鷹一は通話であった件について言及した。
「自作の盗聴器発見器があるわ。梶田チームの部屋は全て、定期的に発見器を使ってるわ。私は、そういったモノを作るのが少し得意なの。貴方に電話をかける前にも、この部屋の安全性は再度確かめたわ」
「自作か……何とも言えないが、お前がこだわりの強い人間というのは分かった。それで、今日の話を聞きたい。試練に関してか?」
「ええ、当然分かっていると思うけれど……私たち、梶田チームは貴方たち雲川チームと同盟を組みたいと思っているわ。ただ、これは試練というより、元々、同盟を組む相手として考えていたというのが大きいわ。試練はついで……いえ、試練で雲川チームが人気になる前に先手を打ちたかったから、貴方に連絡した形ね」
反町の話は、鷹一の予想通りのものであった。
(梶田チーム。Aランク上位だ。ここと組めば、飛山との関係も……それにあの銀色の化物が……いや、とりあえず、条件などを聞いてから、だな)
「そうか。試練に関係なく、か。それは少し意外だったが……いや、理解はできるな。一応、聞いておくが、なぜ雲川に話を通さない。俺のチームのリーダーは雲川だ。交渉相手として俺を選ぶのは何故だ? それと、そちらの交渉相手はお前でいいのか? 梶田に全権を託されたのか?」
鷹一は内心で、ある程度答えの予想ができていたが、それでも念のために質問した。
いや、正しくは、雲川チームの一員として、この質問をしなくてはならなかった。鷹一が所属しているチームのリーダーは雲川紫苑なのだから。
たとえ、チームメンバー構成も、装備構成も、チームの方針も、ZPの配分も、戦略も戦術も、戦闘も、全て鷹一が実質的に管理しているとしても、それでも、このチームのリーダーは雲川紫苑なのだ。
また、同時に、梶田チームのリーダーは梶田なのだ。反町ではない。勿論、反町が鷹一と同じような立場にいる可能性もあるし、そうでなくとも梶田から反町が深く信頼されている可能性もある。もっと単純に、先程の電話での反町の言葉を信じるならば、単に梶田が体調不良なので、一時的に役割を任されたということもあるだろう。鷹一は、梶田チームについてはよく知らなかった。ただ、それでも確認はしたかった。
「……梶田は、昨日、この件で、私が計画を立てることを認めたわ。種村も許可を出したわ。それと、雲川ではなく、貴方を交渉相手に――いえ、違うわね。貴方をここに呼び出した理由は三つあるわ」
そう言うと、反町は指を三つ立てた。鷹一の促すような視線を受けて、さらに反町は言葉を続ける。
「一つ目としては、貴方の影響力が強いからよ。リーダーは雲川だけれど、それでも貴方の意見は決して無視できないはず。それは、雲川の能力と貴方の能力、それと金崎の能力から容易に推測できることね。貴方は、雲川チームにおいて影響力が高すぎる。貴方を説得しなければ、貴方の許可を貰わなければ、雲川を説得しても意味が薄いわ。
そして、二つ目は、単純に相性ね。私は、貴方だけを説得できればいいとは思っていないわ。雲川チーム全体に納得してほしいと思っている。その方が、将来的に良い関係を結べると思うし、何より貴方の意に沿うでしょ?
だから、雲川も説得するつもりよ。勿論、金崎もね。でも、人には相性がある。私は、雲川とも金崎とも相性が良くない。でもきっと貴方とは相性が良いほうだと思っているわ。少なくとも梶田チームの中ではね。だから私が交渉する相手は貴方。雲川や金崎相手には別のチームメイトが相手するわ」
そこで反町は言葉を区切り、穏やかに微笑んだ。
(…………鋭いな。言っていることは、ほぼ合っている。ある程度は、予想可能なことだが……俺の性格や紫苑の性格をだいぶ読まれているな。反町や梶田チームとは今まで殆ど交流が無かったが……少し不気味だな。それにこの女は、言葉を選び過ぎている。それに、質問の回答も、少し不自然だ)
内心で鷹一は不審さを感じるも、それを出さないように抑えた。
「興味深い視点だな。なぜそう考えたか理由を聞いてもいいか?」
「どの理由かしら?」
「そうだな……俺の影響力があるというのは、事実だろう。そして、それはお前の視点からも分かるというのは理解できる。ただ、雲川チーム全体に納得して欲しいと思っている訳や、お前が考える『将来的に良い考え』というのが気になるな。あと、俺の相手をお前がすると言ったが、他の二人はどうする気だ?」
「その辺りも、貴方なら理解していると思うけど……必要とあれば、説明するわ。
まず、貴方の人間性ね。貴方は強権的に物事を進めたくないと思っている、または、強権的な人間だと思われたくないという気持ちがある。あと、貴方はチーム内の秩序を恐怖による支配ではなく、調和によって成したいと考えている人間ね。
そういった人間である貴方は、チーム全員の自発的な同意を重視しているわ。雲川チーム全員に納得してもらうことは、雲川チームの中で最重要人物である貴方の意に沿うし、そうすれば、より友好的な関係になれるわ。
これは貴方という最強の生徒との関係を良くしたいという意図もあるし、勿論、同盟相手として、雲川チームの他のメンバーとも友好的でありたいと思っているわ。一年後は分からないけれど、少なくとも一年間の間はずっとよい関係を築きたいと考えているの。これは、私だけではなく梶田チームの総意ね」
流れるような言葉――まるで、予め準備していたかのような言葉に、鷹一は僅かな不安を感じた。
「その言葉が本当ならば、俺としては、この上なく心強いことだ。ところで、俺以外の二人には誰が交渉するんだ?」
反町に言葉に信用が置けるのか鷹一は悩みつつも、時間稼ぎとばかりに枝葉の話を拾った。
「……すぐ分かるわ。安心して、私は、あの二人の人間性も理解しているつもりよ。人間観察は得意なの。何を好み、何を嫌うかはだいたい把握しているわ。梶田チームで相性が一番良い二人をそれぞれ向かわせたわ。きっと、毒を盛られても気付けないくらい相性が良いわよ」
穏やかに微笑む反町を見て、思わず鷹一は口を挟む。
「随分な自信だな。たとえ話に言いがかりをつけるようだが、人に毒を盛るような薄汚い人間を紫苑は嫌う。毒を盛ろうとすれば気付くだろうな」
「ええ、そうね。でも毒を盛る側も、毒と知らなければ済む話よ」
微笑みを崩さぬまま反町が答えた。
「……念のため聞くが、毒を盛っていないよな?」
「たとえ話よ。そんな残酷な事、私にはできないわ」
そう言った反町の表情は、毒の話が出た時から全く変わらないものだった。
「そうか。一応、信じておこう。さっきの言葉もあるしな。お前やお前たち梶田チームは友好的でありたいと言っているし、一線を超えない限り、俺も友好的であろうとする努力はしよう。ところで、実際の同盟を結ぶ条件を聞きたい。どこまで、俺たちは互いに友好的であることを示す?」
じっと鷲島の視線が反町を貫いた。何十人もの屍を作ったかのような虚無の瞳に見られても、反町は微笑み続けるだけだった。
「限りなく友好的で、相互に信頼し合える関係を目指しているわ。まず、試練での協力関係……今回の試練のZP配布は五分五分しましょう。私たちが得られる100万ZPの半分をそちらに差し出すわ。技術共有もしましょう。こちらは一之瀬、石井の技術が雲川、金崎の助けになるはずよ。それと、試合で得た情報の共有、あと試合に関しては、可能な範囲で、相互に作戦に関わるというのはどうかしら」
「ほぼ全ての条件だな。ちなみに順位表と詳細成績はどうなっている? 梶田はどの程度複写に成功した?」
一瞬だった。
本当に一瞬だが、反町の笑みが濃くなった。
しかし、すぐに、その笑みは普段の微笑みへと掻き消された。
鷹一はその変化を淡々と見ていた。
「……それは同盟を組んでからでないと答えられないわね」
「そうか。確かに、それはそうだな。仮に同盟を組んだ場合は、そちらの情報を提供してもらえるのか?」
「ええ、勿論よ。ただ、その時はいくつか秘密事項を守ってもらう必要があるわ。同盟を組んだ際は、私の作った防諜道具を雲川チームの間でも使ってもらうわ。これは安全性のために絶対にやってもらうことよ」
「それは構わない」
鷹一の答えを聞いて、反町は指先を合わせた。トンっと小さな音が鳴り響いた。
「二つ返事……いいわね。それじゃあ、基本的な条件はこの辺りにしようと思っているわ。まだ納得できないようなら、ZPの配分をいくらかそちらに増やすことは可能よ。あと、こちらが用意できる範囲で、招待券も融通するわ」
「至れり尽くせりだな。こちらに非常に都合が良い条件に聞こえる」
「貴方と戦うデメリットを避け、貴方と協力できるメリットを得る、その二つを同時に狙えるのだから、それ相応のモノは差し出すわ。強敵相手との必勝の策とは、戦わないで味方につけることでしょ」
これこそが、第四試合観戦時に種村が言っていた、対鷹一必勝の策であった。
そしてこの策は、鷹一に対して効果的であった。
鷹一からしても、この同盟案は満足できるものだった。
戦闘力重視のAランクチーム、特に圧倒的な遠距離攻撃力と魔力を誇る梶田チームは雲川チームを補うのには十分すぎるチームだ。人数面でもフルメンバーの五人構成であり、技術面も期待できる。
また、ここまでの会話から、反町という少女が自身よりも優秀な頭脳の持ち主であることも鷹一は理解していた。戦術面でも助かる可能性があった。Aランクという学園での強み、戦闘力、魔力、人数、技術、戦術・戦略・謀略、全てを備える最高レベルのチームが、対等な条件で同盟を申し出ている。
しかも、こちらのメンバー全員の性格に合わせた配慮までしようとしている――もはや断るのは大きな損失であった。
唯一、難癖をつけるならば、目の前の、この反町という少女を、鷹一が、少し信じきれないところであった。だが、これも、他の梶田チームの面々を知ることで、解消可能な問題ではあるとも鷹一は認識していた。
「そうか。Aランクのお前たちにそこまで譲歩させたのだから、こちらとしてはすぐにでも答えたいが……済まない。先程、お前も言ってくれたが、リーダーや金崎の考えもある。今は即決できない。答えるのは、お前が先程言った通り、お前のチームの他のメンバーが二人に接触してからになるだろう」
「それなら大丈夫よ。もう二人とも向かっているから。すぐに雲川も金崎も首を縦に振ることになるわ」
「随分な自信だな。いや、まあ、分からなくはないが……」
鷹一は内心で、Aランクメンバーに交渉を挑まれて、しどろもどろになる二人を脳内に思い浮かべた。
(たぶん、二人とも俺に連絡してきそうだな……)
そこまで考えて、鷹一はふと、まだ、『していない話』があることに気付いた。
「そういえば、聞きたいんだが、さっき言っていた、俺を呼び出した三つ目の理由は何だ? というより、まだ電話の時に言っていた直接会うことの利益を聞いていないな。三つ目の理由がそれになるのか?」
「……鋭いわね。そうよ。これは同盟の話とは少しずれるけれど……貴方の個人的な利益になる話よ」
「同盟ではなく、俺個人の利益か……」
鷹一は訝しんだ。
「ええ。貴方にとって、とても重要で、利益になる話よ」
そう言うと、反町は懐から注射器と液体で満たされたアンプルを取り出した。
危険物を認識した鷹一は、瞬時に魔力を自身の体に纏わせた。