学園チームバトルもの。才能と努力と計画と乱数で勝利を目指す   作:集団戦大好きマン

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雲川紫苑のまったりライフ

 

 

 五月一日。

 この日、雲川紫苑は少し遅くに目を覚ました。

 昨日は、鷹一から頼まれていた、順位表と詳細成績の暗記を行い、それを夜に書き留めたのだ。

 ここ数年で稀に見るほどに頭を使った雲川は、へとへとになり、ベッドに倒れ、そのまま深い眠りについたのだ。

 うとうとしながら二度寝をして、10時を過ぎたあたりで、もぞもぞとベッドから出て、ようやく遅い朝飯となった。

 

 のんびりとした気持ちでパンを口へと運びつつ、雲川は小さく笑みを浮かべた。

 

「今日は、お寿司……」

 

――思えば辛い日々であった。

 

 学園に入ってから訓練の連続。

 そして慣れぬ試合という過酷な環境。

 戦闘センスが乏しく、魔力が非常に少ない雲川には、とても難しいものだった。また運にも恵まれていなかっただろう。

 さらに付け加えるならば、雲川は、今まで魔力というものを殆ど扱っていなかった。魔力を大幅に消費するという体験が少なかったのだ。

 それが大きな疲労感となり、試合のたびに雲川に襲い掛かるのだ。この辺りは、体質の面もあった。

 たとえば、零チームの五条は第四試合で全ての魔力を消費してしまったが、彼女は試合直後も普通に元気であった。

 五条は体質的にも魔力消耗でダメージを受けず、また魔力を扱う経験も雲川より遥かに豊富であり、魔力消耗の経験も多かった。故に耐性があったのだ。

 しかし雲川は違う。

 乏しい魔力故に、すぐになくなり、そして無くなると大きな疲労感を得る。

 試合で殆ど何もしていないにも関わらず、装備の消耗分だけでも雲川は疲労してしまうのだ。

 ちなみに、訓練室では鷹一が上手く設定を調整し、魔力を消費しないで訓練できるようにしている。雲川を訓練で無駄に疲労させないためだった。なお、雲川は訓練で、魔力消費での疲労はしていなかったが、普通に何時間も訓練するのが大変なので、疲労感は感じていた。

 そんな辛い日々を送った雲川に僅かな幸福が訪れた。

 一週間のリフレッシュ期間。そして、寿司だ。

 

――鷹一は約束したのだ。寿司を食べさせてくれると……!

 

「えへへ……」

 

 来るべき寿司の大軍を頭の中に思い浮かべながら、雲川はパンを食べきった。ごくりと飲み込むとき、寿司の感覚がした。

 既に頭は寿司であった。

 普段は計画など立てる能力などない雲川であったが、今日の計画は完璧だった。

 まず、お昼は食べない。遅い朝パンを食べた後は、断食だ。寿司に備えるのだ……! 寿司をいっぱい食べるために……!

 お散歩をするのもいいかもしれない。寿司に備えてお腹を空かしておくのだ。少しばかりの運動で、より寿司を食べれるようになるのだ……!

 

「えへへ……」

 

 幸福の中にいる雲川だったが、ふと現実が彼女を呼び戻した。

 インターホンが鳴ったのだ。

 

「? 誰だろ……? 鷹一くん……?」

 

 とてとてと雲川がインターホンを確認した。

 

『紫苑さん。おはようございます。匂坂です。入れてもらえませんか?』

 

 Bランクマンションのエントランスに、優し気な美少女、匂坂キッカ――雲川の友人がいたのであった。

 

 

 

 

 匂坂キッカ。

 この美しい少女は雲川にとって一種、憧れの相手であった。

 手入れのされた輝く銀髪は幻想的な美しさを抱かせ、同性であり、あまり人の容姿に興味が薄い雲川であっても惹きつけられるものを感じた。髪以外にも、全体的に整った美しい容貌をしていた。雲川には分からないが、スタイルもきっと良いのだろう。大きな胸に細い腰、異性を魅了するというのはこういうことを言うのだろう。小柄で直方体型の雲川にはほど遠い話であった。

 

 ただ、雲川が憧れているのは匂坂の容姿ではない。勿論、容姿も美しいと思うが、それ以上に優しさだ。

 いつも穏やかで、優しい笑みを浮かべている。雲川が何を言っても怒ったりしないし、殺人鬼のような目で見つめてきたりしないのだ……!

 なお、これは決して鷹一の悪口ではない。ただ、そう、ちょっと怖いな、って思っちゃうのだ。勿論、彼が優しい幼馴染であるのは知っている。でも最近怒ってるように見えて、怖い……そんなふうに雲川は小さな頭で考えていた。

 一方で、ゆったりと、雲川の部屋の中で座る匂坂は、優し気な笑みで、雲川の話を聞いてくれた。

 雲川が上手く話せなくても、匂坂は決して怒らない。優し気な笑みで見つめてくれる。優しい憧れのお姉さんなのだ。正直、年が同じというのは信じられないと、雲川は思った。

 話題に詰まってしまっても、すぐに匂坂は話し手になってくれる。聞き上手であり話上手でもあるのだ。そして、何よりとても優しい。

 今もそうだ。にっこりと、優しそうに笑みを浮かべた。雲川の心がぽかぽかした。

 

「ところで、紫苑さん。最近、訓練の方はどうですか? 中々大変と聞いていますが、その後はどうでしょうか?」

 

 ふと、匂坂が雲川に尋ねた。雲川はチーム戦や訓練の話は少し苦手だった。ただ、それでも匂坂は優しくて、いつも電話口で辛い話を聞いてくれた。

 

「う、うん……ちょっと大変だったけど……でも、鷹一くんにも言われてるし……やらなきゃだから……大変だけど……あ、でもしばらくはゆっくりできるから、今日はお寿司だし……!」

 

 ちょびちょびと喋る雲川のある言葉を聞いた瞬間、匂坂の笑みが濃くなった。

 

「鷲島君ですか……彼から何か言われたのですか?」

 

「え……うん、えっと、訓練はちゃんとやった方がいいよって鷹一くんに言われて、何とかメニューをこなしてるけど、毎日大変で、でも今日はお寿司だから……!」

 

「他には鷲島君は普段から何か言ってましたか? どんな感じに言いますか? どんな風に指導するのですか? どのくらい辛い訓練なのですか? 鷲島君自身は訓練をするのですか?」

 

 突然、矢継ぎ早に言葉を投げ込んでくる匂坂に対して、雲川は少し驚きつつも内心では納得した。

 

(鷹一くんの話になると、キッカさん、いつもいっぱい喋る。それに嬉しそう……キッカさん、鷹一くんのこと気になるのかな? 何かした方がいいのかな……? でも今はお寿司の話がしたい……)

 

「う、うん……鷹一くんはいつもは教えてくれるだけで訓練はしないよ。してるところ見た事ないよ」

 

 いつものように雲川は答えた。過去にも匂坂に同じ質問をされたのだ。雲川は自分が見たままに答えた。なお、本当は鷹一は訓練をしていたし、それを第四試合の作戦会議のとき雲川・金崎に話していた。ただ、雲川の小さい頭はその時の会話よりも普段の視覚的情報を優先していた。その情報によると鷹一は訓練をしていないのだ。少なくとも雲川紫苑の前では。

 

「フフッ、以前と同じですね……鷲島君は、やはり訓練をされないのですね。しなくても勝てると思っているのでしょう……フフッ、楽しみです。紫苑さんも頑張って下さいね。早く上がって来て欲しいです」

 

「う、うん? えっと、それで、今日、お寿司食べることになってて……」

 

 雲川には、匂坂の言葉の意味が分からなかった。だから諦めて自分がしたい話をすることにした。

 普段ならここまで雲川は強引に話を変えない。優しい匂坂が相手だからしているのだ。

 

「そうですか。お寿司ですか。良かったですね。紫苑さんはお寿司好きなんですか?」

 

 とても優しい笑顔を顔に貼り付けて、興味をもったように匂坂が振る舞った。

 

「う、うん……!」

 

「それは良かったですね」

 

 そう言って匂坂は微笑んだ。

 

「うん……! 今日は、うにを食べるつもりなんだ……!」

 

「それは良かったですね」

 

 そう言って匂坂は微笑んだ。

 

「あとね、いくらも食べちゃいたくて……!」

 

「それは良かったですね」

 

 そう言って匂坂は微笑んだ。

 

「大トロも食べようと思ってて……!」

 

「それは良かったですね」

 

 そう言って匂坂は微笑んだ。

 

 しばらくの間、お寿司の話題が続いた。

 そうして、話が、一段落ついたところで、匂坂がにっこりと優しく微笑みながら、雲川に話しかけた。

 

「ところで、紫苑さん。先程、訓練の話をしていましたが……もし、よければ、私のチームの訓練に参加しませんか? きっと楽しいですよ」

 

「え……訓練は……えっと……ちょっと……」

 

 雲川にとって大変なワードが再び現れ、すぐに及び腰になった。

 

「大丈夫です。紫苑さん、私のチームメイトは皆、とても優しい……フフッ、ええ、とても優しい人たちばかりですから、きっと紫苑さんも楽しく訓練できますよ。ええ、楽しいという思いでいっぱいになれます」

 

「そ、そうなの……?」

 

 匂坂の言葉を聞いて、雲川は警戒心を少し下げた。

 

「ええ、皆、特に、谷崎さんは情の深い方ですから、きっと訓練を一緒にすれば仲良くなれますよ。凄く仲良くなれますよ。時間をかければかけるほど」

 

「優しい人なの?」

 

「……とても情の深い方です。谷崎さんの訓練を受ければ、すぐに紫苑さんも仲良くなれますよ。ええ、きっと、いえ、必ず、絶対に――忘れられない思い出になりますよ」

 

 そういって、匂坂はにっこりと優し気な笑みを浮かべた。

 

 雲川はすぐに、これが真実だと気付いた。

 だって、こんなに優しい匂坂が言うのだから、間違いないだろう。

 優しい訓練……とても魅力的な響きだった。

 優しい訓練、大変じゃない訓練、疲れない訓練、優しい人と仲良くできる訓練。

 雲川も、強くならなければいけないことは知っていた。

 でも、強くなるのは大変で疲れちゃうのだ。

 苦しくない訓練を雲川は求めていた。

 そこに垂れ下がる匂坂の甘い糸。

 すぐにでも雲川はしがみつきたかった。それほどまでに魅力的な提案だった。

 

「やってみたいけど……で、でも、鷹一くんに聞かないと……」

 

 しかし、最後の最後で、頼りになる幼馴染を思い出した。勝手に他のチームの訓練に行くのはよくないと雲川は思ったのだ。だから、せめて鷹一に許可を取ってからでなければ参加は難しいだろうと思ったのだ。

 勝手には行動しない雲川紫苑であった。

 

「そうですか……残念です。きっと、皆、紫苑さんで楽しく……いえ、皆と紫苑さんが仲良くなれる絶好の機会だと思ったんですが……」

 

 そういって、匂坂は少し悲しそうに俯いた。

 雲川は申し訳なく思った。

 

「ご、ごめんね……キッカさん」

 

「いえ、いいんです。この学園では、中々、他のチーム同士で組むのは難しいことですから……悲しい事です。私としては、争ってばかりではなく、平和に話し合いをしたいのですが……」

 

 匂坂の言葉は雲川にとって深く同意できるものだった。この学園のルールや試合は雲川には難し過ぎた。平和に、お寿司でも食べながら、ゆっくりしたかった。

 

「う、うん……私もそう思うよ」

 

「……紫苑さんとお友達になれて良かったです。ところで、紫苑さん、今日は、鷲島君はお部屋にいますか?」

 

「え? いると思うけど……」

 

 雲川の肯定の言葉に匂坂は、笑みを強くした。

 

「そうですか。ありがとうございます。そろそろ、私もお暇しますね。ずっと紫苑さんの時間を奪ってしまってはよくないですから」

 

「う、うん? またね」

 

 そう言って、匂坂キッカは雲川の部屋を去っていった。突然現れ、突然消える銀髪の美少女に、雲川は、よく分からないと思ったが深くは詮索しなかった。

 

 なお、これは余談になるが、このすぐあと、鷲島鷹一は珍しく、内心で雲川紫苑を咎めたが、それは雲川には分からない話であった。

 

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