学園チームバトルもの。才能と努力と計画と乱数で勝利を目指す 作:集団戦大好きマン
決意の下、寿司屋へと向かった雲川チームの三人組であったが、思わぬ事態が訪れた。
まず、最初に気付いたのは鷹一であった。
寿司屋の近くに着いたとき、寿司屋の中から隠しきれない異様な魔力を感じたのだ。
鷹一は、二人を待たせ、寿司屋に近づいた。そして見つけた。
――恐ろしい銀髪の美少女を。
内心で冷や汗をかきながら、鷹一は気配を殺し雲川たちの下へと戻った。
「今日はやめにしないか?」
第一声は戦術的撤退を示唆するものだった。
「え……?」
言葉の意味が分からず――いや、正しくは、言葉の意味の理解を拒否するように雲川が声を漏らした。
念願の寿司屋、もう、手の届くところまで来たのだ。それが、いきなり遠ざかりそうになったからだ。
「紫苑、すまない。明日とか、どうだろう? 今日はやめにしないか?」
「え……? え……? 鷹一くん、今日、皆でお寿司食べるって言ったよね……」
絶望の表情で、雲川が呟いた。
「すまない……」
「ど、どうして……?」
「さっき、寿司屋の中に、化物がいた。今、寿司屋に入っても、安らぐことはできないだろう。苦しみの中、寿司を食べることになる。明日に寿司を食べた方が、きっと幸せだ」
「ば、化物って……?」
「化物は化物だ。とにかく、今日は止めた方がいい」
そう言って、鷹一は、一度ちらりと金崎を見た。金崎は視線に気づき、内心で『俺も何か言って雲川さんを止めた方がいいのかな?』と悩んだ。
「で、でも……もうお腹空いちゃったし……食べたい……」
そう言って雲川はふらふらと寿司屋に向けて動き出した。
「待て、待つんだ、紫苑。正気に戻るんだ……!」
鷹一は必死で雲川の針路を塞ぐが、そこで、予想外の事が起きた。
「? あれ? キッカさん……?」
雲川の呟きを耳にし、鷹一が振り向いた。寿司屋の入口の暖簾をくぐり、銀髪の美少女――Aランク一位のリーダー、匂坂キッカが現れたからだ。そして、鷹一たち三人を見て、にっこりと微笑んだ。
そのまま、ゆっくりと、匂坂が三人に近づいてきた。
(――! 匂坂!? なぜだ、今、気配が……!? 魔力を抑えたのか……!? 匂坂が魔力を抑えている……? なぜ……!?)
「匂坂、待て、今、寿司屋から出て来たな。会計はちゃんと済ませたのか?」
時間稼ぎとばかりに鷹一が言葉を投げつけた。
鷹一の言葉に対して、匂坂は歩みを止めた。そして優しく鷹一の方へ微笑んだ。
「フフッ、ご安心ください。まだ店の中には山見さんがいますから。それより、朝以来ですね。鷲島君。今日は皆でお寿司ですか?」
偶然と言いたげな表情の匂坂であったが、半分は故意であった。匂坂は本日、山見と一緒に夕食を食べることが決まってはいたが、それを寿司にしたのは匂坂が雲川と朝に会話をしたからであった。
「その予定だったが、今日はパスタもいいかもしれないと考えている。寿司を食べるかは未定だ……紫苑、止まるんだ……」
二人が話している最中も雲川はふらふらと寿司屋に寄っていた。現在の位置関係は、寿司屋・匂坂・雲川・鷹一・金崎となっていた。
「紫苑さん、お寿司一緒に食べませんか? 今、私と山見さんで食べていたんです。まだ食べ始めたばかりですから、一緒にどうでしょう?」
匂坂が雲川に優し気な笑みを浮かべた。雲川の回答は一択であった。
「――うん!」
そういって、雲川は匂坂の方へと歩いて行った。
リーダーの離反を受け、鷹一は覚悟を決めた。
そして、振り返り、自分の背後を見た。
何とも言えない攻防を見せられていた金崎が、少し困った顔で立っていた。
「金崎、どうやら、行くしかなさそうだ。すまないが、覚悟を決めてくれ」
「あ、ああ、いや、俺はそんなに気にして――いや、やっぱりトップチームだから気にするけど、でもたぶん、鷲島よりは大丈夫だと思う……」
金崎は正直に答えた。
その答えを聞いて、鷹一は何とも言えない気持ちになるが、それを堪えた。
「そうか……分かった。行こう」
そうして、鷹一は諦めたように金崎とともに寿司屋の暖簾をくぐった。なお、その後、雲川が、匂坂の巧みな誘導に引っかかり、雲川チームの三人は、匂坂・山見が占有していた六人席に同伴することになってしまった。
鷹一は嫌な気分になった。
そして、当然のごとく、席順は揉めたが、最終的に匂坂・雲川・鷹一が並び、そして、匂坂と向かい合うように山見、雲川・鷹一と向かい合うように金崎が配置についた。
(紫苑を盾にして匂坂と距離を置く。その上で匂坂の対面にもつかない。完璧な布陣だが……金崎を山見の隣にしたのは失敗だったか……? いや、これも僅かな平穏のため。仕方がないか……それよりも、なぜずっと匂坂は魔力を抑えているんだ……? まさか、金崎に気を遣っているのか……? そんな気遣いをするタイプには見えないが……)
「突然、邪魔してしまってすまないな」
鷹一は、一応とばかりの口上を口にした。なお、この言葉の相手は一割が匂坂、九割が山見に対してであった。
「え、あ、ううん、別に気にしないで。その、私も二人っきりだと――あ! いや! そうじゃなくって……! 匂坂さんも雲川さんや鷲島君と一緒にいる方が楽しいと思うから……」
言葉を選びながら山見が答えた。山見も匂坂と二人っきりの寿司というのは、何とも言えない難しさがあったのだ。
なお、鷹一は知る由もなかったが、匂坂と山見だけで寿司を食べているのには理由があった。
大元の原因は第四試合に遡る。この試合で山見は唯一、匂坂チームで撃破されてしまった。それが理由で、山見は、この数日間、地獄のような訓練をチームメイトの谷崎から課されていたのだ。
そして、その訓練に対する褒美として、現在、匂坂が山見に寿司を振る舞っているのだ。
当の山見は、寿司の嬉しさが半分、リーダーと二人っきりで行動しなければならないことに対する恐怖が半分であった。
余談になるが、匂坂は他のチームメイトも寿司に誘っていた。しかし、谷崎は山見に気を遣い断り、そして石河は全てを察して断ったのであった。
「そうか、お前も色々と大変だな」
隣で熱心に寿司を注文する雲川を見ながら、鷹一が呟いた。鷹一は山見の受けている地獄の訓練を知らない。鷹一は、ただ単に、『匂坂と一緒にいること』の大変さについて口にしただけだった。
「あはは……」
乾いた笑みとともに山見が視線を下に向けた。匂坂の粘着質な視線が山見をじっと捉えたからだ。
「鷲島君も、何か頼んで下さい。紫苑さんだけ頼んでいたら、気まずい思いをさせてしまいますよ。それに金崎君も緊張していないで頼んでいいんですよ? お二人とも、もっとリラックスして、安らかな気持ちになって下さい。紫苑さんのように」
そう言って、匂坂は隣に座る雲川を見た。雲川は既に寿司を頼み終わり、安らかな表情を浮かべていた。
「そうだな。分かった。俺もいくつか頼もう。金崎も、まあ、好きな寿司を頼んでくれ。一応、今日はBランク達成記念でもあるしな」
(祝勝会に匂坂がいるなど、とても祝う空気ではないがな……)
「ああ、うん、分かった、じゃあ俺も――」
そう言って、いくつか寿司を頼む金崎を、山見が少し心配そうに見ていた。その視線の意味について鷹一が考えている間にも、銀色の怪物が再び口を開いた。
「そういえば、Bランク達成おめでとうございます。皆さんの雄姿は、しっかりと目に焼き付けておきましたよ」
匂坂の粘着質な視線が三人を捉えた。雲川は視線の性質には気付かず、これからやって来る寿司へと気持ちを整え、金崎は小さな恐怖を感じ、そして鷹一は嫌な気分になった。
「ありがとう。お前も、Aランク一位というのは流石だな。まあ、正直な話、チームが結成した時点の戦力からして、ほぼほぼ当然の結果のような気もするがな」
「フフッ、鷲島君から褒めて貰えるなんて、まるで夢のようですね。ですが、決して当然の結果ではありませんよ? 他のチームの皆さん、たとえば零さんや安重君は努力を欠かさない人ですし、チーム単位で見ても才能面でも努力面でも優れた方たちでしょう。他のAランク、Bランクの生徒もそのような生徒が大半です。私が一位になれる保証は無かったと思いますよ」
化物二人が話をしている間にも寿司が次々とテーブルへと届く。雲川は至福の表情で寿司を口にし、それを眺めていた山見は小さく笑って、自分の分の寿司を口に含んだ。二人が寿司を満喫し、二人が化物会話をしているのを見て、金崎は少し悩んでから自分も寿司を食べることにした。
「保証はなかっただろうが、ほぼ決まり切った試合結果だったように思える。匂坂、谷崎、山見、石河。四人とも一年生の中ではトップクラスの戦闘力を持つ超人たちだ。それが集まっているのだから、このような結果になるのは当然だ。
勿論、超人たちを集められるのはお前のリーダーとしての器によるところが大きいだろうし、何より、お前は単体でも最強クラス――いや、違うな、一年生で最強の生徒だ。そして、それはお前とお前のチームの才能と努力が常人では決して及ばないことを示している。
他のチームがいくら足掻いてもお前たちを出し抜くのは、ほぼ不可能だ。可能性があるのは、精々、青井を擁する蓮チームか、もしくはチームでの戦い方に特化している飛山チームくらいだろう」
「鷲島君、おだてても何も出せませんよ。それに、嘘はよくありません。鷲島君に褒めてもらえるのは、凄く嬉しいですが、嘘を吐かれるのは悲しいです」
どこか残念そうに匂坂が鷹一を見た。
「俺は嘘など吐いていないが……」
そんな匂坂に対して、鷹一は真顔で答えた。そしてこの言葉は鷹一の本心であった。
――瞬間。
鋭い魔力が匂坂を中心に全方位へと発された。
一つ一つが鋭い線のような魔力。大量のそれらが、寿司屋の中にあるもの全てを突き刺す。
鷹一と山見は反射的に魔力防壁を展開し、干渉を防いだ。
あまりにも鈍い生き物――雲川紫苑は、魔力に刺されても何も感じることなく、ただただ至福の表情で寿司を食べ続けた。
(うん。マグロもイクラも美味しい……! 次はいよいよ、ウニの軍艦……!)
そんな能天気な雲川とは違い、魔力に対する感受性を一般以上に持ち、それでいて魔力防壁など展開できない人物――金崎は最も大きな反応を示した。
匂坂の魔力が次々と金崎を貫いた。一瞬、金崎の体の動きが完全に硬直した。
「え――? あっ!」
体が急に動かなくなり金崎は動揺の声を漏らし、すぐに驚きの声に変わる。
なぜなら、硬直のせいで、金崎の右手が握っていた箸、その先端に摘ままれていた寿司がころんと落ちてしまったからだ。
貴重な寿司の脱走。既に匂坂は魔力を収め、金崎の硬直は解かれたが、それでも彼には転がり落ちる寿司に対応する能力はなかった。
このまま、寿司は床のシミに消えるかと思われた。
しかし、そうはならなかった。
金崎の隣に座っていた山見の超人的な反射神経が寿司を捉えたのだ。
横から差し込まれた箸が見事に寿司をキャッチした。
「おわぁ……!」
寿司の形を損なうことなくキャッチした山見の超人的な技量に、金崎が驚きの声を上げる。
「はい、金崎君」
そう言って山見は自然な仕草で、箸で摘まんだ寿司を金崎の口へと運ぼうとした。
金崎は対応に困った。山見の行動は、今日初めて出会い話をする男女間の行動ではなかったからだ。そして同時に、その場の山見と雲川以外の全員の視線が山見に集中した。匂坂でさえも少し不思議そうに山見を見た。なお、雲川は一人、寿司の喜びを味わっていた。
「え……あ、その……自分で食べれるから……あ、えっと、取ってくれてありがとう。山見……さん、反射神経凄いね……」
金崎は何とも言えず、とりあえず、自分で食べるとばかりに、山見の箸の前に小皿を差し出す。そして、ふと感謝を告げてなかったことを思い出し、それを口にした。
そんな金崎の反応と、鷹一・匂坂の視線が自分に向かっていることから、山見は自身の異常行動にようやく気付いた。
「えっ? あっ! 違うのっ! ええっと、その、違くて……えっと、金崎君。ごめんね……その、昔、ペットを飼ってて、つい……」
慌てたように山見が言葉を紡ぐ。それを聞いた匂坂は、小さく笑い声を漏らした。
「え、あー、な、なるほど……? とりあえず、寿司、取ってくれてありがとう」
山見に意味不明な言動に困った金崎は、感謝を告げ、会話を畳もうと試みた。これは善意からの行動であった。なぜなら、これ以上会話を続けると、より山見を焦らせてしまうのではないかと、金崎は思ったからだ。
一方で、山見は金崎の言葉が、自身を怪しんでいるのではないかと感じ取った。故に、弁明の言葉が次々と溢れた。
「あ、あ、金崎君のことを動物みたいって思ってるわけじゃなくてね……あのね、違うのっ! ちょっと、その雰囲気が昔飼ってたペットに少しだけ似てて……ご、ごめんね? こんなこといきなり言われても、わけわからないよね……」
だんだんと尻すぼみになっていく山見を見て、金崎は申し訳なくなってきた。
(なんか、悪いことしたかも……うん、ちょっと変わった子だけど、たぶん反射で取ってくれただけだし、それに多分だけど、山見も普通にいい人なんだよな……? いや、うん、凄く強い人らしいけど、秀川とか根崎とかと違って威圧感無いし……それになんか、俺相手にも必死に話をしてくれるってことは、それだけ、真剣にこっちを見てくれてるってことだしな……一之瀬といい山見といい、鷲島といい、結構、この学園は俺が知らなかっただけで良い人が多いのかもな)
「あ、いや、その、まあ、全然大丈夫。まあ、その、気にしないで。寿司取ってくれてありがとう。ちょっとびっくりしたけど、なんか突然色々あったしね……ああ、えっと、寿司取ってくれてありがとう」
四度にわたる感謝の後、金崎は再度小皿を出した。なぜなら、未だに山見が寿司を箸で摘まんでいたからだ。
山見は慌てつつも、ようやく状況を読み解き、謝罪しながら、寿司を小皿に置いた。
一通り自体が終息したのを見た鷹一は、隣に視線を向けた。すぐ隣――この騒動の最中も一人寿司を現在進行形で楽しんでいる鈍い生物、ではなく、その隣にいるこの騒動の切っ掛けとなった怪物だ。
「フフッ、山見さんと金崎君、穏やかな二人のやり取りは、どこかちぐはぐで面白いですね」
鷹一に視線を向けられた銀色の化物は、どこか他人事のように答えた。
「分かっていると思うが、原因はお前にあると俺は考えている。お前がさっきまで魔力を抑えていたのに、急に解放したからだ。金崎でなくとも、普通の生徒なら驚くし、硬直してしまう者も多いだろう」
「でも、その原因を作ったのは鷲島君ですよ? 鷲島君が、私に揺さぶりをかけてきたのですから、つい、抑えていた魔力の制御が上手くいかなくなってしまったんです。私も私なりに、今日は金崎君に気を遣って魔力を抑えていたんですが……ええ、勿論、金崎君には悪い事をしてしまいましたね。すみません、金崎君、許して下さいね?」
そう言って、匂坂は金崎に優しく微笑んだ。
優し気な笑みのはずだが、金崎にはどうしてか、薄ら寒い物を感じさせた。
なお、これは直感的なものだけではなかった。
純粋に、今、現在、粘ついた魔力の圧が匂坂から金崎に向けられていたからだ。先程とは違い、鋭くはないが、妙に粘着質な魔力であった。勿論、匂坂も、かなり加減をしていた。以前、第四試合の観戦で種村に向けた圧の数十分の一以下の圧であった。ただ、それでも魔力制御能力が低い金崎は、匂坂の粘つくような魔力に対して、漠然とした不安感を覚えてしまうのだ。
じっと鷹一の匂坂を見る視線が強くなった。だが、鷹一が何か言うよりも早く山見が口を開いた。
「あ、あの……匂坂さん、あんまり魔力を出さない方が……あの、金崎君もびっくりしちゃうと思うし……」
おっかなびっくりと、山見が、匂坂へと意見した。そして、隣の金崎を気にするようにチラチラと見た。
「フフッ、まさか山見さんからそんな言葉が聞けるとは、少し意外ですね」
言葉を返しつつも匂坂は魔力の圧を緩めなかった。それどころか僅かに圧を強くした。それに反応して山見が小さな魔力の防壁を金崎と匂坂の間に展開した。これ以上の匂坂による金崎への干渉を防ぐためだった。
「匂坂。金崎は普通に魔力を感じられるタイプだ。あまり変なことはしないでくれ」
山見の意外な行動に鷹一は少し感心しつつも、元凶である匂坂に対する要求を口にした。現在の匂坂が金崎に向ける魔力圧ならば特に問題は無かったが、それでもチームメイトに変な魔力を向けられるのは、鷹一からすると嫌なことだった。
匂坂は微笑みながら、金崎に向けていた魔力を収めた。そして、先程までと同じように、魔力を大きく抑えた。
(……見事な魔力制御だ。佐々木よりは制御能力は低いが……それでも元の魔力量の高さを考えると、非常に高い魔力操作能力だ。なぜ、普段から魔力を抑えないんだ? 金崎でなくとも、困る生徒はいるだろうし、それは見れば分かることだ……いや、この化物に一般的なマナーを期待するべきではないか)
「そうですね。気を付けます。でも、鷲島君も、あまり人を揶揄ってはいけませんよ。そんなことばかりされると……私も魔力の制御が難しくなってしまいますよ?」
匂坂のドロドロとした視線が鷹一にへばりつく。
「揶揄ってなどいないが……」
鷹一は、嫌な気分になりながらも言葉を返した。
「フフッ、謙遜は美徳の一つではありますが、過ぎると嫌味や皮肉に聞こえてしまうものです。鷲島君」
「いや、すまない。何の話をしているんだ?」
「……先程、鷲島君は私を最強と言いましたね? それにチーム戦では青井さんくらいしか相手にならないと?」
「それがどうした? 事実だろう」
当然、と言ったように鷹一が答えた。それを見て、匂坂の中の感情の波が強く揺らいだ。
「フフッ、フフフッ、フフフフッ……いけません、いけません、鷲島君。そんな風な態度を取られてしまうと、私も魔力を抑えられなくなってしまいますよ?」
「待て。落ち着け匂坂。何か、俺が気に障ることでもしたか?」
「惚けてしまって…………まあいいでしょう……それなら正直に言いますが……この学園の最強の生徒は鷲島君ですよね? 鷲島君なら、私に勝てるのではないですか? そして、私のチームを追い落とすことも可能でしょう。それなのに、そんな惚けたことを言うなんて……あんまりですよ。鷲島君」
「いや…………確かに戦闘適性順位は俺の方が上だったかもしれないが、だが、実際の戦いではお前が有利だろう。正直な話、お前に勝てるビジョンがいまいち思い浮かばない。青井も厳しいが、お前はもっと厳しいな。それに、谷崎・山見・石河もいる。チーム単位で戦えば勝つのは不可能だろうな」
「そんなに余裕そうな顔で言っても説得力がありませんよ? 本当は鷲島君も分かっているのですよね? 鷲島君が私より『上』だと。フフッ、それで構いませんよ。あくまで、私は挑戦者。鷲島君は玉座を守る者……今は、『まだ』、ですが」
じっとりと粘着質な視線が鷹一の体を這った。
鷹一は、とても嫌な気分になった。
「信じて貰えないだろうが、俺は本当にお前の方が上だと思っている。いや、この話は平行線になりそうだな」
「フフッ、そうですね。鷲島君に振り向いてもらえるように、私も精進しますね」
そう言って匂坂は満面の笑みを浮かべた。
寿司に熱中していた鈍い生き物は、食事の最中に、たまたまその笑みを視界に収めた。
(キッカさんも嬉しそう……! やっぱりお寿司屋さんに入って正解だった。このウニも美味しいし……でも、種村さんのウニの方が美味しいかも? あ、でもやっぱりこのウニも美味しい……! うーん、どっちだろう……?)
至福の味を楽しんでいたためか、今の雲川は、心も頭もふわふわであった。
――雲川は、まだ気づいていない。種村のウニがプリンに醤油をかけた偽ウニであることに。
※
そうして、その後も五人は寿司を味わいつつも、それぞれが寿司屋での時間を過ごした。
雲川は、次々と寿司を口にし、極楽気分であった。なお、そのネタの大半は、ウニ、イクラ、大トロ、ボタンエビなど、やけに値段が偏っていた。
金崎は、雲川の注文する寿司を見て会計に恐怖した。そして、時折鷹一の顔色を窺いつつ、自身はあまり値段が張らない寿司を中心に食べることを決意した。金崎は、寿司を食べながらも、同盟のことや、自身の訓練成果についてあれこれと頭を悩ませた。
そして、そんな金崎を見て、彼の心情を完全に理解した山見は、ゆっくりと金崎の頭を撫でようとして、途中で自分の行動のおかしさに気づき、慌てて手をひっこめた。
未遂で終わったことであったが、山見は謝罪とばかりに、金崎に射撃のコツについて少し話をした。雲川チームの第四試合をログで確認していた山見は、金崎の射撃技能を比較的簡単に上げる方法について教えたのだ。山見なりの謝罪と親切心であった。
匂坂は、雲川や山見の行動を微笑みながら眺めつつも、時折、鷹一に粘着質な視線を向け、何かと話をしようと必死であった。
鷹一は、寿司を食べつつも視線と話を向けてくる匂坂を防ぎつつも、今後の試練や学園環境について思案した。
また同時に、山見が金崎にする助言についても思考を回した。山見の助言が、正しく、そして今の金崎に対して効果的であることから、鷹一は彼女に対して感心しつつも警戒心を深めた。別チームである相手にも正しく技術を教える山見に感心しつつも、同時に、『本来であれば敵にすらならない格下の技量を完全に読み解き正しく指導できる山見の能力』を警戒したのだ。
そんな風に時間が過ぎていき、ついには、会計の時間がやってきた。
鷹一はなんとなく、各自の注文したものを見返した。そして、驚くべき事態に気付いた。
(なんだこれは……流石に偏りすぎている。さっきから妙にウニばかり食べているとは思っていたが……それにしても偏っている。なぜ、紫苑は高級ネタばかり食べているんだ……? 食べた寿司の殆どが高級ネタじゃないか……好きに食べていいとは言ったが……これだと食べた金額比は、金崎、俺、紫苑で、7:10:40くらいあるぞ。4:17:1にしろとは言わないが、もう少し加減する場面ではないのか……? いや、好きに食べて良いと言ったのは俺か。それに紫苑も詳細成績や順位表の暗記を頑張ったからな。とりあえず、総額は……なんて額だ……チーム運営費の半分が飛んでいったぞ……好きに食べて良いとは言ったが……いや、これも情報と士気維持のため、仕方がないか……だが、訓練室の維持費も考えると……いや、五月以降の試合はVIPからの投げ銭や撃破点による報酬もある。そこまで心配しなくても大丈夫か)
あまりに豪快なリーダーの高級ネタの食べっぷりに、鷹一の思考がぐるぐると巡ってしまうが、最後には、今後のZP入手にアテがあることを思い出し、気を取り直した。
そして、僅かに固まっていた鷹一を見て、匂坂が嬉しそうに切り出した。
「安心してください。紫苑さん、鷲島君、今日のお会計は私が持ちます」
そう言って嬉しそうに微笑んだ。なお、声をかけられた二名であったが、その反応はそれぞれであった。鷹一は、何とも言えない気分になり、一方で雲川は、なぜ自分が声をかけられたのか分からなかった。雲川は自分が高級ネタを食いすぎて鷹一を唖然とさせてしまっていることに、そもそも気づいていなかったのだ。
「いや、待て。それは流石に悪い。こちらが食べた分はこちらが払う」
鷹一は断固として拒否した。一瞬たりとも受け入れようなどと考えなかった。たとえ、一時的にチーム運営費が半減しようとも、匂坂の提案を受け入れるわけにはいかなかったのだ。
「フフッ、そんなこと仰らないでください。私がお誘いしましたし、それにご迷惑もかけてしまいました。当然私が払います。それに、私はAランクです。ZPも余っていますよ?」
一方で、匂坂はここが攻め時であった。匂坂は当然ながら、雲川チームの訓練履歴を調べている。ログを残さない秘匿モードで使用したことも知っている。そのことから訓練室でだいぶ費用を溶かしていることも知っていた。また、他にも鷹一の行動パターン・雲川の性格の大部分も把握していた。
つまり匂坂は雲川チームの財政事情を殆ど読み取っていたのだ。故に、攻め時であった。
匂坂の優し気な顔立ちに、粘着質な笑みが混じった。
「すまない。気持ちは嬉しいが、貸し借りはあまり作りたくないんだ」
鷹一は嫌な気分になりつつも、態度を崩さなかった。
(特に、この化物相手に貸しを作るのは危険だ。飛山などの比にならない)
「フフッ、その志は大変ご立派なモノですが……ここで10万ZPも使ってしまって大丈夫でしょうか? 私の方はZPは余っていますが、鷲島君はそうでもありませんよね? 私は、鷲島君のような強者がZPに困るところなど見たくはありません。どうか、ここは私を助けると思って、会計を任せてくれませんか?」
「ありがとう。匂坂。気持ちは痛いほど嬉しい。だが、やはり、俺たちは別のチームだ。あまりZPの貸し借りがあるのはよくないだろう。それにお前が思う以上には、こちらもZPには余裕がある。俺たちは三人とも、あまりZPを使わない方だからな」
「私の事を警戒していますか? ご安心ください。これで恩を着せようとか、鷲島君を金銭的に支配しようなどと考えていません。ただただ、私が今、お支払いをしたいのです」
そう言って匂坂は優しそうな笑みを浮かべた。
「いや……すまないが、貸しを作るのが苦手なんだ。悪いが、自分たちの分は自分たちで払う」
そう言い切ると、鷹一は雲川チーム分の会計をすませた。
匂坂はそれを残念そうに見ながら、自分と山見の分の会計を終わらせた。
(なんとか貸しを作らずに済んだが……やはり額が高いな。……紫苑、流石に、高級ネタを食べ過ぎだ。次からは制限するか……? いや、紫苑もある程度努力しているようだし、あまり制限を課すのは良くないか……? とりあえず、次の寿司屋は少し時間を置いてからにしよう)
寿司屋を出て思案する鷹一に対して、匂坂が今日最後となる言葉をかける。
「それでは、鷲島君。また機会がありましたら、一緒にお食事しましょうね?」
微笑む匂坂の言葉を聞いて、鷹一は内心で『嫌だ』と思った。
「機会があったら、な」
鷹一の言葉を聞き、匂坂は意味深に笑いその場を立ち去った。
「あ、じゃあ、またね……」
そして山見も別れの言葉を告げると、匂坂の影を追うように去っていった。
山見の言葉が雲川チーム全体に向けてなのか、それとも金崎個人に向けてなのか、鷹一には上手く判断がつかなかった。
匂坂の脅威、山見の不思議、二つについて鷹一が悩む一方で、雲川の気分は極楽であった。何と言っても、とても美味しい寿司を食べれたのだ。食べたかったウニも沢山食べれた。優しい匂坂と一緒に食べれたのも雲川にとっては良いことだった。それに今日は気の良い種村とも出会えた。雲川にとって大満足の一日であった。
そして、雲川チーム最後の一人、金崎は、リーダーの図太さや、鷹一の大変さ、匂坂の危険性、妙に距離が近い時がある山見など、それぞれについて、悩みつつも、あることを強く感じていた。それは、
(今日の寿司、美味しかったな……雲川さんがあれだけ熱心に食べるのもちょっとだけ分かる……いや、まあ、流石に、アレはやりすぎだけど……)
寿司の美味しさを噛み締めていた。
※
寿司屋から帰還した三人は、雲川チームのフロアにつくと、それぞれ別れた。
鷹一は、今後のチームの戦略を練りつつも、過去のいくつかの試合のログを検証し、各チームへの対策を練った。
そうして、寿司の消化のための時間を潰した鷹一は、ついに念願の目標を達成することにした。
目指すは、Bランクの特権、大浴場。
鷹一が、ずっと楽しみにしていた場所であった。