学園チームバトルもの。才能と努力と計画と乱数で勝利を目指す   作:集団戦大好きマン

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大浴場にて

 

 

 逸る気持ちを抑え、鷹一はBランク専用の大浴場へとたどり着いた。

 生体認証を終え、脱衣所へと入る。靴の数から何人かの生徒が利用していることを頭に入れながら、素早く服を脱ぐ。

 そして、うきうきとした気持ちで、脱衣所にある四つの扉の中から一つを選んだ。これは白虎の湯へと繋がる扉であった。

 

――大浴場には四つの湯がある。青龍・朱雀・白虎・玄武。四つの湯には、それぞれの特徴があり、どの特徴も鷹一は魅力に感じていた。

 

 本日の入浴を最大限楽しむために、鷹一は、様々な視点から大浴場に関して考察していた。

 そして、鷹一は悩みに悩んだ結果、本日の夜に月を見ることができる白虎の湯を選んだのだ。

 

 扉を開けると、とても広い空間が鷹一を迎えた。

 湯煙がゆらりと立ちのぼり、柔らかな照明が広々とした浴室を淡く照らしている。何人かの生徒が中にはいたが、彼らの存在が気にならないほどに空間的なゆとりがあった。天井は高く、壁の一面には大きな窓。そこから見えるのは、静かに輝く月だった。

 窓の外には広がる夜の景色。そこに浮かぶ銀色の月が、湯面に淡い光を落としている。水面はゆらゆらと揺れ、光の波紋が浴室の天井へと映り込んでいた。

 鷹一は、ゆっくりと息を吐く。浴場内の熱気がじんわりと体を包み込み、昼間の疲れがほどけていくのがわかる。静かに目を閉じれば、湯が流れる音がかすかに耳に届いた。

 

(すばらしい……)

 

 気持ちが高揚していくのを感じながらも、鷹一は自身を落ち着かせ、まずシャワーを浴びる。 

 そして、しっかりと髪や体を洗い、昼の汚れを落とした。

 

 そうして、準備万端となってから、鷹一は、湯煙が立ち上る白虎の湯へと近づいた。

 ゆっくりと湯の中へと漬かる。そして、比較的人が少ない方へと向かう。近くに生徒がまったくいないエリアへと辿りつくと、鷹一は月の光を浴びながら、静寂さと心地よさを噛み締めた。ゆったりとした気分になり、精神と肉体が回復していくのを鷹一は確かに感じた。

 

「……いいな」

 

 ふと、喜びからか、そんな言葉が鷹一から漏れた。その音に反応してか、温泉内に設置されていた岩の影から、ちらりと一人の生徒が鷹一を見た。

 佐々木であった。

 

「……!」

 

 鷹一は、思わぬ人物の登場に驚いた。

 

(なぜ、いる? ……いや、佐々木はBランクだ。いるのは、別におかしなことではない。だが……なぜ、魔力探知に引っかからなかった? 魔力を完全に消していたのか……? なぜ、そんなことが……?)

 

 驚く鷹一に対して、佐々木は僅かに会釈した後、再び岩陰に隠れた。

 

(いや、魔力自体は感じる。普段の佐々木の魔力だ。さっきまで、なぜ気づかなかった……? 白虎の湯に集中し過ぎたか……? 流石にそれだけでは無さそうだが……、……、湯煙に魔力の残滓が紛れている……? これは……魔力の放出をしつつも、湯煙を使って自身の魔力を散らしたのか……? いや、むしろこれは……魔力を中和したのか……!? だとしたら、尋常ではない魔力操作能力だが、なぜそんなことをする……? いや、そもそもなぜ、佐々木は普段から魔力を隠しているんだ?)

 

 自身の魔力隠蔽を棚に上げて、鷹一は佐々木に対して疑問を抱いた。

 

 なお、佐々木の普段の魔力制御には事情があった。

 

 麻倉チームのエースかつ最終兵器、佐々木緑山は、穏やかで人に気を遣う人物であった。

 彼は、小さい頃から、高すぎる自身の魔力が他者に悪影響を与えることに心を痛めていた。そのため、彼は尋常でないほどの魔力制御技術を身に着け、常に外部へ放出する魔力を制限していた。

 そして、そんな魔力制御が癖になっている佐々木は、日常生活すべてにおいて、魔力の放出を一定までに抑えていた。それが彼を見た時、人々が評価する『秀川以上、根崎未満の魔力量』というものだった。

 

 ちなみに、佐々木が現在、普段よりも魔力を隠しているのは、ただの思い付きであった。

 彼は、彼なりに白虎の湯を楽しみ、そして湯煙漂う空間を見て、『あれ、これ魔力を操作する練習にいいかも……!』と謎の閃きを発揮し、なんとなく魔力を湯煙に纏わせたのだ。しかも、その纏わせ方が絶妙であり、普段から佐々木が放出する魔力を中和するように、特殊な指向性を湯煙へと付与したのだ。

 これにより、佐々木は魔力を放出しているのに、湯煙より外からは魔力探知ができないという非常に複雑な状況を成立させていた。

 ただし、この絶妙な魔力操作は佐々木であっても難しく、隠蔽された鷹一の極僅かな魔力反応には気付けず、鷹一の接近を探知できなかった。鷹一の声を聞いて、『あれ? 近くに誰もいないはずなのに、誰かいる? あ、いや、よくよく調べると誰かいるぞ。誰だろう?』と思い湯煙遊びを止めて、岩陰から顔を出したのであった。

 

 恐ろしいほどの魔力操作能力と気配遮断能力を互いに持つ、化物二人が白虎の湯で出会ってしまった。これは、ただそれだけの話であった。

 

 鷹一は少しの間、佐々木に関して考察するが、途中で、『いや、今は湯を楽しみたい』と思い直し、佐々木のことは頭から消し、ゆっくりと白虎の湯に体を委ねた。

 なお、佐々木は、会釈した後から、鷹一のことは特に気にしていなかった。『あ、鷲島君だったか。やっぱり、魔力を感じないなー。うーん、絶対もっと魔力あるはずなんだけどなー』とだけ考えたあと、特に意味の無い湯煙修行を再開するのだった。

 

 そして、数分間、鷹一は無言で、大浴場の素晴らしさを味わった。なお、既に佐々木の魔力は元通りであり、普段程度の魔力(勿論、佐々木の全力には遠く及ばない程度の魔力)を中和させずに周囲へと放出していた。湯煙修行に、まあまあ満足したからであった。

 だが、佐々木が湯煙魔力隠蔽を止めたためか、第三の人物が、この場に割って入った。

 

 その人物は湯を立てない程度の速度で歩き、鷹一の前を通り過ぎた。まるで鷹一のことなど目に入っていないかのようだった。そして、岩を回り込むように進み、ついには佐々木の前へと姿を現した。

 

「やあ、佐々木、探したヨ。まさかお風呂にいるとはネ」

 

 大柄の男子生徒――ビクター・マスタング、滝本チームの大エースであった。

 急に現れたマスタングに対して、佐々木は怪訝な顔をした。一方で、鷹一は思わぬ強者二人の遭遇に鋭い目を向けた。

 

「あ、えっと、どうも……? マスタング君? ん、あー、俺の事知ってるんだ……」

 

「ンー。まあ、君は中々有名人だしネ。明里もキミをチームに入れたかったって言ってたヨ。実際、キミは中々強いからネ。まあ、ボクほどではないけド」

 

 独特の訛りのある声が浴場内に響いた。

 

「あかり……? 滝本さんのこと?」

 

「そうそう、滝本明里、ボクのチームのリーダー、中々キミにお熱でネ。ボクのような天才だけだと不満らしイ。なんとも傲慢なリーダーだヨ」

 

 悪態のような言葉を口にしつつも、マスタングの表情には笑みがあり、どこか嬉しそうであった。

 

「な、なるほど? 滝本さんとは仲が良い感じ?」

 

「鋭いネ、佐々木」

 

 そう言うとマスタングはニヤリと笑みを浮かべた。

 

「え……? まあ、ほどほどに。えっと、それで、俺に何か用……?」

 

「用、と言うよりは、戦力分析かナ。第四試合では随分暴れてたじゃないカ。それで、明里が気にしててネ。不安になっちゃったみたいだから、ボクがこうして直々に強さを確かめに来たんだヨ」

 

「あー、なるほど? 同じBランクだから? あ、でも、それなら、俺よりも鷲島君の方が危険なんじゃない? そっち見なくていいの?」

 

 そう言うと佐々木はチラリと鷹一の方へと目を向けた。鷹一はそれを淡々とした視線で返した。

 

(面白い冗談だな。チーム戦においては、俺よりも佐々木の方が遥かに危険だろう。そういう意味では滝本は現状を正しく認識しているな)

 

 鷹一が思案する一方で、マスタングは視線をずっと佐々木に方へと向けたままであった。マスタングは一瞬たりとも鷹一の方を見なかった。彼のその態度は、まるで鷹一の存在など眼中にないかのようだった。

 

「ンー。鷲島についてはもう諦めモードだネ。明里は『試験』とか『順位』って言葉に弱くてサ。一位だから初めから勝てないって諦めてるみたいだヨ。正直、鷲島を評価しすぎだナ。彼は確かに強いけド、ボクとそこまで実力差はないヨ。佐々木とボクの実力差より遥かに狭いだろうネ」

 

「そうかな? あ、そうかも……」

 

 佐々木は一瞬悩むも、すぐに、自身とマスタングの力量差を考えて肯定の言葉を返した。

 これは佐々木が鷹一を低く見ているわけではなかった。むしろ、佐々木は鷹一の戦闘技能を非常に高く評価していた。しかし、同時に、マスタングの能力も高く評価しており、なにより、佐々木は自身の評価は非常に厳しくつけていた。それ故の『鷹一とマスタングの差はマスタングと佐々木よりも狭い』という評価であった。

 

「ンー。佐々木、キミは、あんまり挑発に乗らないタイプだね。キミは普通に強いと思うから、もっと自尊心も高くていいと思うヨ。少なくとも魔力はボクより高いんだから」

 

 その言葉を聞いて、佐々木は頭に疑問符を浮かべた。そして、きょろきょろと自身とマスタングを見比べた。

 

「あれ? 高く見える?」

 

 なんとも不思議そうに佐々木が問いかけた。

 

「いや、見えないヨ。何度見てもキミの魔力はボクの半分程度かそれ以下にしか見えなイ。でも、試合での動きを見ると、キミの魔力はボクより多いような気がするんダ」

 

 今のマスタングに見える佐々木の魔力は『秀川以上根崎未満』程度のものだった。

 

「ああ、なるほど」

 

「フム、自覚はあるようダ。生まれつきではなく後天的な魔力隠蔽かナ? 珍しい技術だが、意味が分からないナ。なぜそんなことをすル?」

 

「え、いや、…………、なんとなく……?」

 

 自身の考えを言うか少し悩んだ佐々木であったが、結局は説明しなかった。高魔力の生徒にそれを説明するのは、自分の考えを押し付けているようで、なんとなく良くないような気がしたからだ。

 

「やっぱりよく分からないナ。ンー、仕方がない、明里にも言われてるし、どうかな、少し手合わせしないかイ?」

 

「え……手合わせって、演習場で戦う、みたいな……? というか、俺、支援型だから、マスタング君とじゃ勝負にならないと思うけど……」

 

「弱気だネ。まあ、ボクも、ボクが勝つと思うヨ」

 

 当然とばかりにマスタングが強気な笑みを浮かべた。

 一方で、佐々木は困惑した。

 

「え、じゃあ、やる意味ないんじゃ?」

 

「それもそうだナ。じゃあこうしよウ」

 

 そう言うと、マスタングは非常に高い魔力の塊を佐々木目掛けて放出した。

 

「わわ……!」

 

 突然の行動に佐々木は驚きつつも、それを受けた。瞬間、佐々木から放出された魔力の波が巧みにマスタングの魔力を受け止め、干渉を防いだ。それに伴い、マスタングの強力な魔力が数十に分裂し周囲へと飛び散る。

 しかしすぐに、佐々木が素早く次々と魔力を飛ばし、飛び散る魔力を一つ一つ丁寧に中和し、浴場内の他の人間に悪影響が出ないようにした。あまりにも瞬間的かつ非常に高度な魔力制御、そして、瞬間的に放出されてしまった佐々木の魔力――本当に極僅かな瞬間のみ顕れてしまった、尋常ならざる魔力量を見て、鷹一は顔を歪めた。

 

(佐々木……! 魔力量は高いと思っていたが……五条よりは上……一応、匂坂よりは下、か……? 今のが全力であることを祈るばかりだな。いや、仮にそうだとしても、これほど素早く巧みな中和……間違いなく匂坂以上の魔力操作能力。やはり佐々木は危険だ……!)

 

 じっと佐々木の方を鷹一が見る一方で、当の佐々木は、非難を込めた視線をマスタングへと向ける。

 

「いきなり、こういうことするのは良くないって……匂坂さんみたいなことしないで欲しい……」

 

 大浴場――公共施設内での非常識なマスタングの行動を佐々木は咎めた。

 

 一方で、マスタングは驚いたかのような表情を浮かべていた。彼もまた鷹一と同じように佐々木の尋常ならざる魔力操作技量に驚嘆したのだ。

 マスタングは、本来、そこまで魔力制御能力を高く評価していない人間であった。魔力量は重要で、高ければ高いほど良いが、一方で、制御能力はある程度で十分であり、それ以上高くても、あまり意味がないと考えていたのだ。

 しかし、それでも、今の佐々木の『中和』は驚くべきものだった。

 まず『中和』というのは非常に困難な行為なのだ。相手の魔力と同量で適した指向性を持った魔力を当てなくてはいけない。量を合わせるのも難しいが指向性を揃えるのは非常に困難であった。

 一つの魔力中和すら困難であるのに、今の佐々木は数十にも及ぶ飛び散る魔力を全て中和した。

 しかも、その魔力が広がるよりも速く、僅かな時間で。

 

 驚きの表情を一度隠し強気な笑みを浮かべて、マスタングが口を開いた。

 

「――悪いネ。でもこれで確かめられタ。……さっきの言葉は訂正ダ。それほどまでに練り上げられた魔力と制御能力、キミは、間違いなく優れた戦士ダ。この辺りでは、武士って言うのかナ? キミの本当の強さはアリシアやミホより上のような気がするナ。ボクや舞美とそう変わらないかもネ。ウン、Bランクはどうかと思ったけど、キミも鷲島もいるし、退屈はしなさそうダ」

 

 そう言って、マスタングは立ち去ろうとした。しかし、この一連の騒動を見て、さらなる介入者が現れた。

 

「おい。風呂場で暴れるな化物ども。ここは人間用の湯だぞ」

 

 Bランク13位のリーダー、水渕陸であった。彼の後ろには同じチームメイトである、山辺・岩崎も同伴していた。

 水渕は少し前から、佐々木とマスタングのやり取りを観察していた。これには理由があった。

 戦闘適性順位上位10位のうち、Bランクの生徒は鷹一・マスタング・佐々木の三人だけであり、そして、その三人全員が一堂に会しているという状況を水渕は警戒していたのだ。

 

「ンー。キミは確か……貧乳に負けた水渕だったカ」

 

 浴場の床を歩いて近づいてくる水渕を見て、マスタングが答えた。

 マスタングの言葉に対して、水渕は鼻で笑った。

 

「おいおいおい、ちゃんと鏡を見ろ、変態野郎。零・鹿子田・青井、貧乳に負けた回数はお前の方が多いだろ」

 

 水渕は当然、これまでのマスタングの試合内容を覚えていた。当然、マスタングが誰に撃破されたのかも知っていた。

 

「舞美は結構ある方だヨ。だからキミと同じでボクの貧乳敗北数は二回ダ」

 

 同時に、マスタングもまた水渕の試合内容を覚えていた。

 Bランクのリーダーである水渕、エースであるマスタング、どちらも勝利にために必要な知識は頭に入れておくタイプであった。

 

「青井が貧乳でないなら、反町も貧乳じゃないだろ。だから俺は一回だ。そして、零と鹿子田は間違いなく貧乳。お前は俺には敵わない。ちなみにそこにいる佐々木は一回、鷲島はゼロだ。つまりマスタング、お前は変態であるだけではなく、貧乳にも負ける雑魚ってことだ。分かったら、そのクソみたいな訛りの声を二度と俺の前で響かせるな」

 

「佐々木はまあ良いヨ。ボクも彼の実力は認めていル。だが、なぜ鷲島の名前が出ル?」

 

 心底不思議そうにマスタングが答えた。その表情は、まるで『この場にいない人間の話をなぜする』とでも言いたげであった。

 

「目ついてないのか? そこにいるだろ。Bランクの化物三頭が雁首揃えて、何する気かと思ったが……まさか貧乳トークとはな。あまりにも下らな過ぎて笑いも出ねぇな」

 

 水渕の言葉を聞き、マスタングは辺りを見回した。

 

「そこにいル……? ってェ! いたノ!? いつかラ?」

 

 そして、鷹一の方を見ると驚愕の表情を浮かべた。鷹一の完璧な魔力隠蔽は、マスタングほどの実力者が近くを通っても気付かない程だったのだ。

 

「さっきからいたが……?」

 

 一方で鷹一も少し不思議そうに答えた。

 

(何となく、気づかれていないかとは思ったが……本当に気付いていないとは。マスタングは意外と鈍いな。いや……認識を魔力に頼りすぎているのか? 高魔力の人間に偶に見られる特徴だが……匂坂や佐々木相手に戦う時に苦労するだろうな。……まあ、今はそんなことはどうでもいいか)

 

 鷹一は思考を止め、チラリと水渕を見た。

 

「気配と魔力を殺しすぎだヨ。いつもそうなのかイ?」

 

「特に普段と変わらないが……それより、俺をその不名誉な話をしていた仲間に入れて欲しくない。俺は純粋に温泉を楽しんでいる。マスタングや佐々木とは違う」

 

 前半はマスタング、後半は水渕に向けて鷹一が言葉を放った。

 

「いや、俺も、普通にまったりしてたんだけど……」

 

 同時に、少し困ったような顔で佐々木が口を挟んだ。

 

「湯煙で魔力を操作するような人間は、まったりしていない。次の試合に備えて魔力の訓練をしていると一般的には思われるだろう」

 

 じっと危険人物を警戒するかのように、鷹一は佐々木を見た。

 なお、佐々木は本当に何となく湯煙と戯れていただけだった。ただ、その『何となく』には謎の努力と技巧が、これでもかと込められていたのだ。魔力を湯煙に纏わせ、さらにそこに特殊な指向性を与えることで、佐々木本体が放出する魔力を中和するという尋常ならざる魔力操作。だいたい何となくの精神でそんなことをやってのけた佐々木であった。

 

「ん、あー、いや、それは……何となく……というか、やっぱり鷲島君には分かるんだ……煙に残った残滓が見えてる感じ……? いやはや、凄い探知能力だ……」

 

 感嘆の声を佐々木は漏らした。

 一方で、鷹一は、『佐々木の湯煙修行を見抜いた方法』を瞬時に見抜く佐々木への警戒を強めた。

 

「おい、待て。湯煙? 何の話だ。鷲島、詳しく話せ」

 

 文脈から怪しさを感じ取った水渕が、鷹一に問いかけた。

 鷹一はそれには答えず無言で佐々木を見た。

 佐々木はなぜ見られているか分からず首を傾げた。

 

(これ、何か、誤解されてるやつ……どうしよう。たぶん水渕君と鷲島君に警戒されてる。あんまり警戒されてると砲撃しにくくなるから、変に警戒してほしくないんだけどな。鷲島君は単純に強すぎるし、水渕君は立ち回りが上手い。正直、どっちも相手したくないなー)

 

「あー、たぶん、誤解されてると思う。さっき、なんかぼんやりしてたら、なんか、あれ、えっと、マスタング君が話しかけてきたから。あと俺も、別に、何というか、アレ、ええっと、アレ、えと、あ、胸囲、胸囲の話はしてない。それ、たぶんマスタング君だけ」

 

 『貧乳』という言葉を回避し、苦難の末、佐々木は別の言葉に言い換えた。人の体型を揶揄するような人間だと思われたくない佐々木であった。

 

「おい、話を逸らそうとするなよ、爆撃野郎。鷲島、さっき言ってた湯煙の話をしろ。佐々木の隠し札か?」

 

 前半は佐々木に、後半は鷹一に向けて水渕が言葉を投げつけた。

 

「その話は、恐らく麻倉チームの戦略に関わることだ。偶然知った俺がお前に共有するのは少し違うと思っている。知りたいならば佐々木に直接聞いた方がいい」

 

「鷲島、俺がお前に聞くのは、他の化物どもと違って、お前は人語を理解できるからだ。分かったらさっさと答えろ」

 

「水渕、失礼だヨ。ボクはちゃんと言葉が分かるヨ」

 

 鷹一が答えるよりも早く、マスタングが会話に割り込んだ。

 

「だったら、まずそのふざけた訛りを直せ」

 

「これはボクの個性みたいなものだヨ」

 

 マスタングの言葉に水渕は冷笑した。

 

「お前の個性は変態だけで十分だろ? この学園の人間で脳味噌まで精液が詰まってるのはお前くらいだ」

 

「水渕、さすがに侮辱が過ぎるヨ。ボクほどの紳士を捕まえて変態だなんテ」

 

「お前が紳士? 冗談は魔力だけにしろ。そんなことより、湯煙の話だ、鷲島。麻倉チーム戦略に関わるなら、むしろ全員で共有すべきだろ? 現状Bランクのトップが麻倉チームなんだからな」

 

 マスタングに対して言葉を吐き捨てた後、水渕は、再度、鷹一に話しかけた。

 

「その考えは分からなくもないが、それを一度始めると、情報戦による報復合戦が始まる。俺のチームはあまりそれが得意ではない。自分から情報戦を始める気はないな」

 

「おいおい? 安全地帯から高みの見物か? 俺の方から仕掛けてもいんだぞ?」

 

 水渕は獰猛な笑みを作り、鷹一を見た。

 

「それは少し困るが……その時は必要に応じて対応しよう。情報でも、それ以外の方法でも」

 

 淡々とした鷹一の視線が水渕に突き刺さった。その視線と言葉の意味するところを察し、水渕は内心で舌打ちしつつも、リスクとリターンを考え、方針を変えることにした。

 

「まあいいだろう。佐々木が何をやっていたかは、大体想像がつく」

 

 水渕は強気の笑みを浮かべた。そして、そんな水渕に今度はマスタングが仕掛けた。

 

「ンー、水渕、今のはちょっとダサかったヨ。鷲島にビビったでショ? 自分から仕掛けて逃げるのはダサいヨ」

 

 挑発するマスタングに対して、水渕もまた嘲りと共に強気に言葉を返す。

 

「あ? 何を勘違いしてやがる? それに、お前ごときが口を挟める問題じゃないだろ。下がり調子のお前のチームや毎回アホみたいにやられるお前じゃ、鷲島の相手をするどころか、7月のBランク残留も危ういな」

 

「ボクと鷲島の実力差はあまりないヨ。順位知ってるでショ。たった三つ差しかないヨ。キミと佐々木の差よりも狭いんじゃないかナ」

 

 マスタングの言葉を聞いて、水渕は鼻で笑った。

 

「随分幸せな脳味噌してるな。あの順位表が全てとでも思っているのか? お前も滝本と同じで本質が見えてないな」

 

「ンー、明里のことを言われるとちょっと弱いけド……まあ、でも、順位表がどうであれ、ボクがキミたちより強いことには変わりないヨ。実際、ボクはそこにいる岩崎と、あとここにはいないけど、真帆も仕留めたでショ」

 

「許可無く俺のチームメイトの名前を呼んでるじゃねぇよ、変態野郎。女なら見境ないやつだな」

 

「ボクはフェミニストだかラ、当然、女の子は男より特別扱いするヨ。まあ、利益配分はDカップ以上の子が優先だけどネ」

 

「ただの巨乳好きの変態だろ」

 

 水渕の嘲笑う声を聞き、マスタングは強気な笑みを浮かべた。そして、自身の纏う魔力を濃くしながら、水渕たちの方へと近づいた。それに応じるように、水渕チームの三人が迎え撃つように構えた。

 

 もはや、白虎の湯の空気は、一触即発であった。

 

 鷹一は、この寛ぎの空間が、平穏ではなくなってしまったことに、悲しさを感じた。そして、魔力と気配を消して、白虎の湯を去るのであった。

 なお、同様に、魔力と気配を消した佐々木がこっそりと鷹一と同じように白虎の湯を去ったことを、ここに記しておく。

 

 

 

 

 それから、鷹一は別の湯に行くか悩んだが、後日の楽しみにしておくことを決め、自室へと戻った。なお、佐々木は、白虎の湯を出た後、朱雀の湯へと向かっていた。似たような気質を持つ怪物二人であったが、今回は意気投合とはならなかった。

 

 湯で温まった体を休めつつ、鷹一は今日一日を振り返った。

 

(Bランク一日目だったが……何だか、色々あったな。匂坂襲来、飛山との情報交換、五月の試練の発表、反町との同盟話、紫苑や金崎からの情報確認、水渕との情報交換、Fランク53位リーダーへの対応、寿司屋での一件、湯煙を操る危険な佐々木…………難しい課題もあったが、現状、直近では大きな問題は無い、か……? 匂坂は正直、かなり相手をしたくはないが……いや、匂坂チームは恐らくAランク上位をキープし続ける。試合で当たる可能性は高くはないだろう。直近の試練は梶田チームとの同盟で問題はないはずだ。それに、この選択は、恐らく、今後の優位性を確保できる。と、すると、やはり次のランク更新までの試合に注力した方が良さそうか)

 

 そこまで考えて、鷹一は二人の生徒を脳内に思い浮かべた。Bランクの二人の怪物、ビクター・マスタングと佐々木緑山、先程一緒に温泉を共にした生徒であった。

 

(マスタングの思わぬ弱点を知れたのは良かったが……試合で活かすのは難しいか。佐々木は…………正直、少し怖くなってきたな。あの男は底が知れない。底だと思って予想した場所から、さらに底がある。二重底、三重底どころの話ではない。何なんだあの男は……? 学園がチーム戦を荒らすために用意した刺客か何かか……? この学園だと有り得そうだが……いや、流石に佐々木のような常識外の存在を放り込むことはしないか)

 

 そして、鷹一は脳内に記憶してある戦闘適性順位も思い出す。

 

(佐々木が10位……いや、戦闘適性順位は絶対ではない、絶対ではない。だからそこまで、おかしな順位ではないが…………もしかしたら、佐々木は……魔力を抑えた状態で適性試験を受けたんじゃないか……? それならあの順位も理解できるが……いや、だが、そうすると、『なぜ、そんなことをする?』という疑問があるが……)

 

 この鷹一の推測は当たっていた。佐々木は魔力を抑えた状態――『秀川以上根崎未満』と呼ばれる状態の魔力で適性試験を受けていたのだ。

 

 なお、なぜ佐々木がそんなことをしたかと言うと、これはただの習慣だった。

 普段から他者を気にして、魔力を隠蔽している佐々木は、その『魔力を隠蔽した状態』がもはやデフォルト状態となってしまっていたのだ。佐々木は普段通り、適性試験を受けた。特に魔力を隠そうだとか、順位を誤魔化して攪乱しようとか、そういった意図はなかった。

 ただただ、いつも通り、適性試験を受けたのだ。そして、彼は戦闘適性順位10位という判定になった。

 

 もし、佐々木が全力の魔力で適性試験を受けたら、どうなっていたか。それは、佐々木にも鷹一にも分からなかった。

 

 ただし、三体の怪物――鷲島鷹一、匂坂キッカ、青井舞美、この三体の怪物の相手をするのは、佐々木が全力を出したとしても、非常に難しいことだった。

 

(いや、もう佐々木はある程度『仕方がない』で切り捨てて良いか。麻倉チームとの試合は半分捨てる気持ちでいこう。全てのチーム戦で麻倉チームと当たるわけではない。難しいチームは避けて、他のチーム相手に点数を稼げばいいのだから)

 

 そこまで考えると、鷹一は一度思考をクリアにした。

 

 それから小型端末を操作し、必要事項を書き、反町へとメッセージを送った。

 すぐに反町からも返答が来た。メッセージには、約束通り、五月四日に同盟締結を行うこと、またその時の場所や出席者などの指定も書かれていた。

 

 鷹一はそれに納得してから、ベッドに横になった。

 そして、この日は、寝るまでの間、鷹一は、今後の雲川チームの戦略について考えるのであった。

 

 ようやく終わった、五月一日。

 これは、まだ、五月の第一試合が始まるまでの濃厚な日々の幕開けに過ぎなかった

 

 

 




★おまけ★
ビクター・マスタングの考える強さTier表(五月一日版)
Tier0:鷲島・匂坂
Tier1:青井・マスタング・佐々木(NEW)
Tier2:零・谷崎
Tier3:根崎・氷橋
Tier4:高坂・梶田・石河

※マスタングは過去に根崎の単独討伐経験あり。
※過去にマスタングを倒した相手:氷橋・零・鹿子田・青井
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