学園チームバトルもの。才能と努力と計画と乱数で勝利を目指す   作:集団戦大好きマン

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★登場人物紹介

城守誠一(しろもりせいいち)
 Bランク18位大町チーム所属の生徒。
 背が高く、筋肉質で整った顔立ち。着痩せするタイプなため、普段は細マッチョに見えるが、脱ぐと筋肉が凄いので正体はゴリマッチョ寄り。
 この学園では珍しく、現実の戦闘が強く、試合では弱いタイプ。
 高い戦闘技能の持ち主だが、良識があり、自分から暴力を振るうことは稀。
 最近は大町チームの試練対策で慣れない交渉事を担当していたため、疲れていた。
 そしてエントランスで休憩していたら、急に物騒なことが起こっているため、慌てて参戦した。



Bランクマンションエントランスの乱闘

 

 

 五月五日。

 この日、戦闘適性順位四位の超人、滝本チームに所属するビクター・マスタングはBランクマンションの付近で足を止めていた。

 理由は一つ。マスタングの持つ高い魔力探知技能が、視覚を通さずとも、Bランクマンションのエントランスで何が起こっているかを、彼に教えていたからだ。

 

(ンー。激しく魔力が揺らいでいル。この濃厚で弾力のある魔力、ミホだネ。誰かを抱えている、この脆弱な魔力は紫苑かナ。ミホの対戦相手は城守、あと近くに男が二人いるネ。さて、どうしようカ? ボクは基本的に女の子の味方、特にミホみたいに胸が大きい子は贔屓するけド……男三人を蹴散らしても、ミホがボクに靡くって展開は無さそうダ。それならいっそ男側に付くカ? ミホに、ボクの強さをアピールできるし、何より最近、明里がボクに冷たいし、ミホを倒したってなれば名誉挽回するチャンスかナ)

 

 お気に入りのリーダーである滝本明里を思い出して、マスタングはニヤリと強気な笑みを浮かべるが、しかし同時に、ある銀髪美少女を思い出してしまった。

 

(――ただ、リスクある選択ダ。ミホは倒せても、そのあとはキッカが来る。アレの相手はちょっと面倒かナ。キッカ相手でも負けるつもりは無いけド、あんまりカッコよくない報告を明里にしたくないシ。それにミホ相手も必勝とは言えないシ。ンー、もう少し男側が強くてミホが苦戦してくれれば、どっちに付くにしても助かるんだけどナ……ウン、決めタ。リターンが少ないし、リスクが大きいネ。今は関わらないでおこウ)

 

 そこまで考えて、ビクター・マスタングは何食わぬ顔で、Bランクマンションを後にした。ご丁寧に、佐々木を真似た魔力隠蔽までする始末であった。見様見真似の隠蔽であり、その練度は佐々木には遠く及ばなかったが、しかし、それでも、ある程度、周囲を誤魔化すには十分な技量であった。

 

 

 

 

「こ、コンクリートが……も、もうここを離れた方が……」

 

 谷崎に超人的な暴力に驚愕しながら、樋口が金崎に提案した。

 樋口は、既にエレベーターの近くから、金崎のいる方へ移動を完了させていたのだ。谷崎を刺激しないように大回りで、こっそりと、足音を殺しながらの移動であった。彼は抜け目のない狙撃手であった。

 

 一方で、金崎は城守に助けられてから、この戦闘をただただ茫然と見えていた。

 

 自分では全く相手にならない無力感、投げ飛ばされて大怪我を負うかもしれなかったことに対する恐怖、なぜか自分を助けてくれた男子生徒に対する驚きと感謝と尊敬、未だ谷崎に抱えられている雲川に対する不安(そして、未だに雲川が寝ている事に対する驚愕と心配)、樋口の言葉を聞き逃げ出す大儀を見つけて安心してしまった自分に対する嫌悪、様々な感情が金崎の頭をぐるぐると惑わし、化物が暴れるエントランスで、茫然とするという愚を犯してしまった。

 

「か、金崎君、ここは、もう離れた方が……!」

 

 再度の樋口の言葉を聞いて、ようやく金崎は我に返った。

 

「それは……、……ありがとう。樋口は行ってくれ。というか、巻き込んじゃってゴメン。俺は……、雲川さんを取り返さないといけないし、あの男子だけに押し付けるわけにはいかないから……」

 

 僅かに逡巡するが、それでも金崎は雲川を見捨てられなかった。鷲島に対する恩義が多くても、それでもどこにも所属できなかった金崎をチームに入れると決断してくれたのは雲川なのだから。

 ぼんやりとしていて、少し怠惰が目立つけれど、悪とは決して言えないほのぼの少女。正直、未だにすやすやと寝ている少女を助ける必要性があるのかと一瞬だけ考えもしたが、それでも、あんな危険で暴力的な谷崎に抱えられたままにする訳にはいかなかった。

 また、見ず知らずでありながら、自分を助けて、そして雲川チームまでも助けようとする男子生徒だけに谷崎を押し付けることも、金崎の善良さが許せなかった。

 金崎の言葉を聞き、そして目を見て覚悟を悟った樋口は、申し訳なさそうに顔を歪めた。

 

「……そっか、ごめん。あ、あの男子、同じBランクの大町チームの城守。じゃあ、ごめん……」

 

 最後に乱入した男子生徒の名前を告げ、樋口は謝罪と共に、エントランスから外に出た。頭の良い樋口は、このエントランスに残る危険を冒さなかった。金崎との短い友情よりも自分の命を優先した。決して責められる選択ではなかったし、金崎も責める気は全くなかった。

 金崎は自身の端末を取り出し、鷲島へと再度連絡しようと試みた。しかし繋がらなかった。

 

 そうやって、金崎が最強に助けを求めようとしている間にも、メイド服の怪物――谷崎ミホは、一歩一歩、ゆっくりと、焦らすようにエレベーター側から城守の方へと近づいた。

 僅か数手の攻防であったが、城守と谷崎、両者の実力差は天と地ほどあった。

 それは、戦闘に詳しくない金崎が見ても分かるほどだ。

 なぜなら、二人の姿を見れば一目瞭然であったからだ。城守は、右腕が破壊され、内臓にまでダメージを負っている一方で、谷崎は無傷であった。それどころか、今も、爆睡している雲川を右腕に抱え、ふざけたストラップが付いた端末を右手に持っていた。

 戦闘開始時から今に至るまで、谷崎はずっとこの余計なお荷物で利き腕が塞がっていたのだ。

 残酷なまでの力量差が二人の間にはあった。

 

 ふと雲川が気持ちよさそうに涎を垂らし、ネックピローを汚した。破壊されたホールの中で、雲川というほのぼの少女は、あまりに場に不釣り合いな存在であった。

 

(雲川さん。まだ寝てる……谷崎はさっきから雲川さんをずっと抱える。それに端末もしっかり持ってる。どさくさに紛れて奪えたりは……? いや、流石に無理だよな。でも、こっそり近づくくらいならできないか……? さっき樋口がやったみたいに、気付かれないようにこっそり移動する……それで、もしできたら、雲川さんと端末を……いや、無理だ。でも城守と協力すれば……?)

 

 金崎が彼なりに必死に策を巡らせる一方で、城守もまた思考した。

 

(掠っただけで吹っ飛んだ。思ったよりヤベーな。まだ負けたわけじゃないが、俺単独だと、あの抱えられた女子を奪い返すのも難しい。どうする? 一度距離を取るか? いや、そしたらコイツはエレベーターを使う……ん? だったら今なんで寄って来たんだ? こっちを倒すことを優先してるってことか。こっちを意識しているなら、時間を稼いだ方がいいか? さっきの轟音で人も集まるはず。騒ぎが大きくなれば学園も止めるはず。止めるよな……? まあ今は時間を稼ぐことは、俺の不利にはならないだろ。それに、さっきの一撃……)

 

 城守は想像以上の谷崎の強さに、驚きつつも、『今、できる事』を彼なりに考え、実行に移した。

 疑問と僅かな怯懦を覚えつつも、城守は、迎え撃つようにその場で構え、口を開いた。

 

「まてよ。あんたに聞きたい事がある」

 

 城守に問いかけを無視して、谷崎はゆっくりと距離を詰めた。

 

「今、あんた、加減しただろ。何でだ?」

 

 再度、城守は言葉を発した。

 今度の言葉は谷崎の足を止めさせた。少しだけ興味を持てた話題だったからだ。

 

「どうしてそう思ったのですか?」

 

「さっき、殴る時、一瞬だけ妙に力を調整してただろ。それを見たからだ。なあ、何でだ? あんた加減するタイプに見えないし、それに実際、こっちは骨まで折れてるから、全然加減してないけど、それでも加減しようとはしてるんだよな。それが、できるなら――」

 

 城守の思い――『敵対者であっても加減できる心』を谷崎が持っているのならば、和解できるのではないか、という思い。それを伝えることはできなかった。

 谷崎が言葉の途中で割り込んだからだ。

 

「――害獣であっても、慈悲の心を与えるようにと匂坂様から指示されています。ならばそれを守るのは当然です。それに私がもし、全力を出したら、匂坂様の愛玩動物(ペット)を傷つけてしまう可能性があります。許可なく主の愛玩動物(ペット)を処分するわけにはいきません」

 

「何言ってるのか、いまいち分からねーけど。つまり、あんたは匂坂ってやつに言われて動いてるんだな? その子を捕まえてるのも、端末を奪ったのもそいつの指示か?」

 

 雲川と、雲川の端末について城守が言及した。

 

「それが何か? 主に従うのが――『上』の者に『下』が従うのは当然のことです。第一、これは捕まえているのではありません。保護しているのです。このような脆弱な生き物、野に放てばすぐに息絶えるでしょう。適切に管理する必要があるのです。狼には分からないでしょうが、これは慈悲です」

 

「いや、『上』だとか、『下』だとか、そんな理由で人は動かねーよ。ていうかよ、匂坂ってあの銀髪のやつだろ。あいつは別にそこまで強くないだろ。試合じゃ強いかもしれないけど、それだけだろ。むしろ、あんたの方が、現実では匂坂よりずっと強いだろ。あんたは匂坂より『上』なんじゃないのか? 何で言うこと聞いてるんだ? 弱みでも握られてるのか?」

 

 城守が言葉を放った次の瞬間であった。

 

――殺意の籠った強い力が城守の胸部を撃ち抜いた。谷崎の拳が深々と城守の胸部を、彼の筋肉と胸骨と肋骨を破壊し、心臓を握り、背中を突き抜けた。

 

 ぐしゃりと自分の心臓が握りつぶされる音が、城守の耳に響いた。

 

 びくりと城守の体が震えた。

 同時に、思わず城守は手で自分の胸部に触れた。筋肉も骨も心臓もまだ無事であった。ぐっちょりとした汗が城守の体にねばりついた。速くなる呼吸を抑えて、城守は、離れたところにいる谷崎を見た。

 谷崎は城守の反応を見て、殺気を収めた。

 そう、ただの殺気だったのだ。谷崎の本気の殺気は、城守に死を実感させるほどのものであった。

 

「先程は、予想以上に動けると思いましたが……所詮は獣、少し圧をかければ怯え逃げ惑う。理解しましたか? これが人間と獣の違いです。これからもっと理解することになります」

 

 そう言って、谷崎は艶めかしく微笑んだ。その笑みは、可愛らしい容姿に似合わないほど妖艶な笑みであり、もし鷲島鷹一がここにいれば、某銀髪美少女を思い出す笑みで嫌な気分になっただろう。

 一方で、城守の心はまだ折れていなかった。彼は再度、迎え撃つ構えを取った。もはや言葉による時間稼ぎは城守には難しかった。ならばできることをするだけであった。

 そんな城守の態度に対して、谷崎は少しだけ残念そうに眉をひそめた後、笑みを消した。そして内心で、主のように上手くいかない自分を恥じた。

 

「まだ抵抗しますか。いいでしょう、では、そろそろ懲罰を再開しましょう」

 

 そう言って、再度谷崎が城守へと近づこうとした。

 しかし、それを阻む者が新たにエントランスに現れた。

 

「おーっとっとと、今の聞きましたか? 樋口君。『では、そろそろ懲罰を再開しましょう』ですって……! 物凄い芝居かかった台詞でしたよね? これ、言ってて恥ずかしくないんですかね? 柚木さん、聞いてて恥ずかしいですよ。こんな人が同じ学園にいるって、もう共感性羞恥で死にそうです……! いや、分かります、分かりますよ。柚木さんも、中学生の時、よくクラスでこんな感じにイキッてました。でも流石に、高校生にもなってやったりしません。本当恥ずかしいですからね。何でできるんだろう? やっぱりゴリラって野生ですから、服とか着ないですから、羞恥心とか無いんですかね? あ、これが、人間と獣の違いってヤツですか……!」

 

 対面する谷崎と城守。死闘を演じようとする二人に割り込んだ者は、まるで心底馬鹿にするような声を谷崎へと向けた。

 あまりに怖いもの知らずの行為に驚いた金崎は声の元を見た。そこには二人の人物がいた。男子生徒と女子生徒。男子生徒は、先程、ここから立ち去ったはずの樋口であった。金崎は彼が戻って来たことに驚き、同時に、樋口もまた、驚愕の表情で隣の女子生徒を見ていたことに気づいた。そして金崎は、先程の煽りを行った女子生徒を見た。

 

(この女子……確か、同じBランクのリーダー、柚木だ。確か、俺たちと同じで第二試合から参加したチームのリーダーで、今はチームランキング20位だったはず。いや、でもなんで樋口は柚木と一緒に……? 樋口は神岡チームだったし、なんで一緒に……? あ! いや、もしかして、人を呼んでくれたのか? それで、たまたま近くに柚木がいて、呼んでくれたのか……? いや、でも柚木は大丈夫か……? これ、殺されるんじゃ……?)

 

 金崎の感じる未来への不安が、現実になることを示すかのように、谷崎が険しい表情で柚木を睨んだ。

 

「黙りなさい、(からす)。この狼の調教が終わり次第、次はあなたを躾けてあげます」

 

「だから、そういう恥ずかしい台詞言うの止めてくださいって……! いや~、正直、柚木さん、ちょっと耐えられそうにないんですけど。というか、何で、Aランクの伝説的なゴリラがBランクのマンションにいるんですか? もしかして、マンション間違えましたか? ゴリラは森の賢者って言いますけど、案外、記憶力と認識能力が低いんですね」

 

(からす)。これ以上、鳴くなら、肛門を破壊し、排泄方法を(からす)と同じにします」

 

 可愛らしい容姿に反して、谷崎の言葉には有無を言わせぬ重圧があった。多くの人はこの声を聞けば『言った事は絶対にやるタイプ』だと判断しただろう。

 だが、柚木の煽りは止まらなかった。

 

「垂れ流しにさせるって言いたいんですか? それとも総排泄腔の話をしたいんですか? 動物に詳しいアピールですか? さすがは森の賢者様」

 

 その言葉が戦いの合図となった。

 まず谷崎は、その場で、床を再度踏みつけた。石材が舞い、そのうちの幾つかを左拳で殴りつけた。

 石材が弾丸のように発射された。目標は当然、柚木であった。

 

「ッチ……!」

 

 城守が素早く反応し、盾になるように谷崎と柚木の間に入った。そして壊れていない方の腕――左腕を使い、見事、石材を破壊し、攻撃を防いだ。同時に、現在エントランスにいる人の数とそれぞれの戦闘技量について思考を巡らせた。一秒とせずに、城守は決断し、谷崎へ向かって駆けた。接近し射撃技を封じるためだ。谷崎に石材射撃を許すことは、柚木・樋口・金崎を危険にさらすと判断したからだ。

 

 なお同時に柚木も動いていた。谷崎が石材射撃を行うと同時に、柚木は素早く樋口を突き飛ばし、彼の態勢を無理やり崩すと、そのまま樋口を抱え――いわゆるお姫様だっこの態勢で樋口を抱えると、金崎の方へと駆けたのだ。柚木の判断は早く、もし城守がカバーに入らなかったとしても、石材射撃を回避するに十分なものであった。

 

 また、興味深いことに、この攻防で、三者ともに樋口に配慮していた。

 柚木は、自分に向けられた攻撃が樋口に当たらないように彼を抱えて回避行動をし、城守は谷崎の射撃から柚木と樋口を守るように間に入り、そして、谷崎は精確な石材射撃により柚木だけを狙い樋口には射撃が当たらないように配慮していた。

 ただし、配慮の理由は三者ともに違っていた。柚木は今後の学園環境を考えて、城守の理由は義侠に近いものであり、そして谷崎は単純に樋口を『懲罰の対象』とみなしていないからであった。

 

 金崎は自分の方へと寄って来る柚木に少し驚きつつ、彼女と、彼女に抱えられた樋口を見た。

 

「あ、樋口、ありがとう。柚木を連れて来てくれたんだな……?」

 

 感謝しつつも金崎は内心で、『でも今ので、谷崎は怒り狂っているような気もする』と思ってしまった。

 

「あ、いや、実は、柚木さんとも友達で、外に出て見つけたから、相談したら、来てくれた感じ」

 

 女子生徒に抱きかかえられていることを少し恥ずかしがりつつも樋口が答えた。

 

「どうも、金崎君。ほぼほぼ初めましてですね。Bランク一の知恵者リーダーの柚木さんです。あ、呼ぶときは、敬意を込めて『柚木さん』でいいですよ」

 

「え、あ、ごめん……ええっと、柚木さん」

 

 ふざけた注文に対して、金崎は素直に従った。

 

「おー! 素直な感じですね。柚木さん的にポイント高いですよ。うちのチーム跳ねっかえりが多いですから、素直な生徒は好きです。で、ちなみに聞くんですけど、鷲島君に助けは求めましたか? あの人が来れば、たぶん一瞬で、この不毛な戦いが終わるんですけど」

 

「いや、それが、連絡がつかないんだ」

 

 金崎に返答を聞いて、それまで淀みなく喋っていた柚木の言葉が僅かに途切れた。しかし、すぐに柚木はふざけた調子で再度喋り出した。

 

「……、ん~、困りますね~。ちゃんとそういう連絡はできるようにしとかないと。ちょっと柚木さん的には減点ですね。報連相はしっかりしないのはダメです。まあ、でも、私に任せて下さい。Bランク随一、いえ、学園最高の頭脳の持ち主である私が、ぱぱっとゴリラ問題を解決してみせましょう」

 

「え? この状態、何とかできるの……?」

 

 そう言って、金崎は、今も戦う谷崎と城守を見た。既に城守は満身創痍であった。万全の状態ですら一方的だったのに、今回は、右腕に大怪我をしている状態での再戦であった。それでも城守は善戦した。

 しかし柚木と金崎が僅か数回言葉を交わしている間にも、再度谷崎の攻撃が入った。今度の攻撃も十分に加減されていたものであったが、それでも城守に膝をつかせるのには十分な威力であった。

 そして膝をついた城守の四肢を念入りに潰そうとする谷崎を見ながら、柚木は平然と答える。

 

「ええ、もちろん。そろそろですね」

 

 金崎は、視界に映る絶体絶命の城守を見て、胸が痛くなり、同時に柚木の言葉に意味が分からず困惑した。

 次の瞬間、エレベーターの扉が開いた。

 誰もエントランス側ではエレベーター操作を行っていなかった。つまり、Bランクの誰かがエレベーターから降りてきたことを意味していた。

 もし、まっとうな生徒が、こんな殺伐とした現場を見れば驚愕と恐怖で、動けなくなり、何もしないうちにエレベーターの扉がしまってしまうであろう。

 しかし、エレベーターの中の人物は違った。今どうなっているかを事前に柚木から教えられていたのだから。

 

――開かれたエレベーターの扉から、巨躯が、弾丸のように現れた。

 

 長身で、筋肉隆々、恐ろしいほどに鍛えられた体が一直線へと谷崎へ向かい駆ける。

 谷崎が振り返るのと、その人物――Bランク18位、城守が所属するチームのリーダー、大町が谷崎に殴りかかったのは同時であった。

 

「ふんっ!」

 

 凄みのある大町の低い声が、エントランスに響いた。同時に繰り出された恐るべき威力の拳、もし、狙われたのが貧弱な雲川であれば、内臓が破裂するレベルの一撃、それは、簡単に谷崎に掴まれた。

 

「む……」

 

 必殺の一撃を止められた大町は、思わず声を漏らした。

 一方で、大町の手首を掴んだ谷崎は艶めかしく微笑んだ。可愛らしい衣装(メイド服)と容貌に似合わぬ妖艶な笑み。その笑みとともに、谷崎は大町の右手首をそのまま握りつぶした。

 筋肉・骨・腱・神経、それらを破壊された大町は、激痛に悶える――などということはなく、淡々と手首を抜き、谷崎の捕縛から逃れた。そして感嘆の声を漏らした。

 

「……やるな」

 

 ぐちゃぐちゃになった自分の手首など気にすることも無く、大町は賞賛するように谷崎を見た。

 谷崎もまた、乱入してきた屈強な生徒――屈強な女子生徒である大町を見た。

 

 大町は、生物学的には女性、しかもまだ15歳の女子生徒であった。ただ、それはあくまで生物学的な、染色体的な話であった。

 シルエットが、もはや女子生徒には見えないのだ。あまりにも大柄、それでいて男性的な特徴が多かった。

 野太く力強い声をはじめ、城守以上の隆々とした筋肉と広い肩幅を持ち、胸にあるふくらみは女性的なものではなく、胸筋の塊であった。

 筋肉質で戦闘技量に長けるが、どこか整った顔立ちの城守とは違い、大町は顔まで戦闘仕様であった。浅黒い肌に、堅くいかめしい表情、頬には大きな傷跡、歴戦の戦士のような容貌、それがBランク18位のリーダー、大町百合であった。

 

「今度は、大猩々ですか。まったく次から次へと。Bランクには調教が必要な害獣が多いのですね。今度来るときは鞭を持ってくることにします」

 

 大町の賞賛の眼差しに対して、谷崎は劣った獣を見るような視線を返した。なお、谷崎は未だ脇に雲川を抱えたままであった。メイド服姿の可愛らしい少女が、ほんわか睡眠少女を抱えている姿は、この破壊されたエントランスでは、あまりにも場違いであった。

 対峙する二者の陰で、城守もまた立ち上がった。一度は潰されかけた闘争心であったが、心強いリーダーの存在が彼を活気づけたのだ。

 

「助かった、大町さん。おかげで、まだ戦えそうだ」

 

「む。まだ戦えたか……よし、分かった。悪いが、谷崎、二対一だ。私は一対一の方が好きだが……だがこの学園のルールを考えればチームで戦うのが自然だ。卑怯とは言うまいな?」

 

 その言葉と同時に、再び大町が殴り掛かった。城守も合わせるように背後から谷崎を狙った。

 前後からの攻撃、それも戦闘技術に長ける二者からの攻撃であったが、谷崎は難なく回避した。しかも、まだ片腕でお荷物(雲川と端末)を持つ余裕すらあった。

 そして返す刃で、そう文字通り刃のように鋭い手刀が、大町と城守それぞれに振るわれた。両者の制服の一部と肌が切り裂かれた。

 しかし、大町も城守も怯むことなく攻撃の手を緩めなかった。

 されど、谷崎という怪物は、それら全てを回避した。しかも雲川を抱えたまま。

 一方で、谷崎の手刀は少しずつ少しずつ大町と城守を切り刻んだ。

 

 数分と経たないうちに、二人の制服は、服というより布というレベルまで切り裂かれ、体には幾重にも薄い血の線が刻まれていた。

 大町も城守も理解していた。この線の数だけ、本当は自分たちは死んでいるのだと。

 だがそれでも二人は目的達成を諦めていなかった。城守は頼れるリーダーである大町の存在が支えとなり、そして大町は、仲間を信じていたからだ。

 

――再びエレベーターが上階から降りて、扉が開き、中から金属バットを持った男子生徒が飛び出した。

 

 大町チームの所属の四本(よつもと)であった。

 四本は、状況を把握すると、覚悟を決め、思いっ切りバッドを谷崎へと振るった。四本の動きに合わせるように、大町・城守もまた谷崎を攻撃した。

 大振りすぎる四本の攻撃――根が善良な人物ゆえ、他人に金属バットを振るうことを本能的に躊躇ったための稚拙な攻撃。しかし、それゆえ、刺さった。

 なぜなら、その攻撃は熟練度が低く、狙いが悪かった。結果、今まで、大町・城守が故意に攻撃を避けている部分である、谷崎の右腕と胴体の間の空間へと吸い込まれてしまったのだ。そこには、幸せそうに寝息を立てる雲川がいた。さらにそれに合わせるように出されてしまった谷崎本体への城守と大町の攻撃。全てを避けることはできなかった。

 

 谷崎は瞬時に決断した。

 

 最小限の動きで城守と大町の攻撃を避け、同時に城守を蹴り飛ばした。さらに大町の懐に入ることで、彼女の追撃を阻止し、金属バットには空いた左手を用いた。

 金属バットの強烈な一撃が谷崎の手のひらに叩きこまれた。

 

「ぐぅ……!」

 

 痛みから声が漏れた。

 声の主は四本だった。金属バットで殴ったことによる衝撃があまりにも強く、手を痛めてしまったのだ。谷崎の手のひらは、まるで鋼鉄のように硬く、一切のダメージを与えられず、むしろ殴った方の四本の手を痛めたのだ。

 ほぼ同時に大町も顎を強く打たれて、一瞬バランス感覚を失った。懐に入った谷崎がその場で跳ね、頭突きを大町の顎に当てたからだ。

 意識が飛びそうになりながらも大町は後方へと下がり谷崎と距離を取った。蹴り飛ばされた城守は距離を詰めようとするが、今、この瞬間、谷崎と向かい合っているのは四本一人となった。

 

 谷崎が一歩前へと進んだ。四本は、ひしゃげてしまった金属バットを構えた。

 次の瞬間、谷崎の伸ばした手が金属バットの芯を掴んだ。そして、握りつぶした。

 破断された金属バットの芯よりも上の部分が床に落ちた。金属音がエントランスに響いた。

 

 四本は思わず「ひぇ」と小さく悲鳴を漏らした。距離を詰める城守と、そして遠くで見守っていた柚木たちもまた、化物じみた谷崎の身体能力に息を呑んだ。吐き気を抑え、意識をしっかりとさせた大町だけが一人、獰猛な笑みを浮かべた。

 なお、雲川は未だにすやすやと寝息を立てていた。もし、先程の谷崎の対応が遅れていれば、金属バットで体を殴打されていたことなど露とも知らない幸せそうな寝顔であった。

 

 硬直した目の前の四本・近づいてくる城守・忍び寄る大町を無視し、谷崎は雲川からネックピローを外した。そして、それを床に投げ捨て、さらに雲川も床へと置いた。ご丁寧に、ネックピローが枕になるよう雲川を置いたためか、雲川は目覚めることはなかった。

 谷崎は、先程の攻防で、主の愛玩動物(ペット)を危険にさらしたことを反省したのだ。殺処分の指示が下れば別だが、そうでないのならば大切に扱わなければならない。これは谷崎にとって重要なことであった。

 そもそも、この場にいるのも主からの至上命令――『紫苑さんが眠ってしまったので、彼女を自室まで送り届けて下さい』という言葉があったからであった。雲川紫苑を彼女の自室まで輸送し、ベッドに安置する。それを邪魔する者は全て粉砕する。

 そして、今は、多数の害獣たちが、邪魔をしていた。先程までは、片手間の害獣処理であったが、気の緩みで主の愛玩動物(ペット)を危険にさらしてしまった。猛省であった。故に谷崎は決定した。まずは全力を持って、この害獣三匹を行動不能にする。その後、愛玩動物(ペット)を再度回収し、端末を用いてBランクマンションの最上階に入り、愛玩動物(ペット)をベッドに寝かせる。その後、エントランスに戻り害獣三匹を二度と歯向かえないように調教し、最後にふざけた(からす)の肛門を破壊する。これで決まりであった。

 

 そして谷崎の決意と同時に、忍び寄っていた大町が仕掛けた。城守・四本もそれに続いた。

 

 すやすやと気持ちよさそうに寝息を立てる雲川を中心に、舞踏が始まった。四者はそれぞれ、足元の雲川を踏まないように気を付けながら、格闘戦を行い、それが、結果的に舞っているように見えてしまうのだ。

 城守や四本は一瞬、雲川を起こした方が良いかと考えるが、すぐに、平和ボケした雲川の寝顔を見て考えを改めた。『起きた時、変に動かれて、踏んでしまうかもしれない』と。

 

 ゆえに、しばらくの間、四者全員が雲川を踏み抜かないように、それでいて、敵に対して有効な一撃を撃てるようにステップを踏んだ。

 もし、ミスをして誰か一人でも雲川を踏み抜けば、雲川は地獄の苦しみとともに目覚めることになる。特にそれが大町か谷崎なら最悪である。間違いなく、この二人が、雲川のお腹を踏み抜けば、内臓破裂間違い無しなのだから。『高級スパでの天国のような寝落ちすやすや』から『地獄のような内臓破裂の目覚め』へと雲川がならないよう、四者は敵同士でありながら、配慮した戦闘を重ねた。

 

 地雷原の上でのダンス――もとい、雲川の地獄の苦しみを引き抜かないように、雲川を回避しながら、四人は戦いを続ける。なお、当の雲川は、こんな状況でまだ、幸せそうな顔で熟睡していた。激戦の只中にあるまじき無防備さであった。

 

 だが、このダンスは長くは続かなかった。

 四本が現れてからの間、ずっと開いたままだったエレベーターの扉から、またしても影が現れたからだ。影は非常に高速で動き、四者の合間を抜け、一瞬で雲川を掴むと、そのまま金崎たちの方へと一直線に駆けた。

 最も早く反応したのは、当然谷崎であった。谷崎は雲川の忘れ形見ならぬ忘れ枕――ネックピローを蹴り飛ばし、愛玩動物(ペット)泥棒を狙い撃った。ネックピローが小柄な影――大町チームの如月の背中へと当たる。あまりに重い衝撃に、如月はバランスを崩しそうになりつつも何とか態勢を直して、そして、背後を見て驚愕した。如月は鉄でも投げつけられたかと思ったのだ。ところが、投げられたのはまさかのネックピロー、雲川熟睡のほのぼのアイテムであったからだ。

 

「バケモンが……」

 

 如月は吐き捨てるようにそう言うと、腕の中にある雲川を見た。

 雲川は目をぱちくりとさせ、如月を見た。如月のお姫様抱っこは、谷崎の脇抱えとは違い、振動などは考慮されていなかった。それゆえ、目を覚ましてしまったのだ。

 今まで、ずっとすやすやと雲川が爆睡していたのだ、雲川自身が爆睡するタイプという面もあったが、それ以上に谷崎の運び方や寝かせ方が、あまりにも雲川に配慮されたものだったからであった。なぜ谷崎がそんな無駄な配慮をしていたかと言うと、主に、『愛玩動物(ペット)を起こせ』とは命じられていなかったからだ。

 

「? 誰……?」

 

 同じBランクの生徒など碌に覚えていない雲川の言葉を、如月は聞き流し、厄介払いするように金崎へと突き出した。

 

「はい、おまえんとこのリーダー、100万ZPね」

 

「あっ! ありがとう……! ?! あ、いや、100万?」

 

 金崎は慌てて受け取りつつも、如月の不穏な単語を拾い上げた。

 

「当然、代金だよ。んじゃ、お前も柚木も早く逃げろよ。ちょっとは時間稼いでやるから」

 

 それだけ言うと、如月は踵を返し戦場へと戻った。

 

 戦場は言うまでもなく劣勢であった。雲川を取り返そうと、迫る谷崎を必死で大町・城守・四本が食い止めていたが、未だ谷崎には傷一つなく、一方で大町チーム側は満身創痍であった。

 如月はチラリと背後を見た。金崎・雲川・柚木・樋口の四人は既にエントランスからマンションの外へと逃げ出していた。なお、雲川は寝起きでいつも以上に鈍重だったため、柚木が無理やり運んでいた。

 

 それを見て、再度如月は決意を固めた。

 

「あとで、絶対、鷲島からZPふんだくる……!」

 

 

 





★以下おまけ(一部ネタバレ注意)












★現時点での学園新入生腕相撲Tier表
Tier0:谷崎、匂坂、佐々木
Tier1:鷲島、マスタング、根崎
Tier2:大町、反町
Tier3:青井、山見、秀川、城守、山辺、早木
Tier4:氷橋、石河、零、青山、西、南、高坂、梶田、星川、水渕

※あくまで現実で腕相撲やった場合の強さです。戦闘技術となるとまた別です。当然、試合での強さも別です。
※腕相撲開始前や最中に、対戦相手に毒を盛るなどは禁止です。純粋な筋力(魔力強化含む)・技量・頭脳のみで勝負です。

※Tier4はかなり強いです。一般人ではTier4にすら勝つことが不可能です。
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