堕天使王の楽ではない日常   作:dwwyakata@2024

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明けの明星と呼ばれる大堕天使にして、一神教の最大の敵ともみなされるルシファー。

実はその存在は神話的に何かしらのルーツがあるわけでもなく、かなりの後付設定で作り出されたものです。その辺りは一神教における悪魔も多くがそうだったりします。

今回はそれを自覚している大堕天使が、普段どんな生活をしているか、の話です。


序、明けの明星

大魔王とも言われる存在。明けの明星こと大堕天使ルシファー。

 

一神教における最強の悪魔であり、その名前を知らない者はあまり多くは無いだろう。

 

だが、実際の所。

 

ルシファーは神格としてはそれほど古い存在ではない。

 

そもそもある報告書から誤解の末に誕生したものが明けの明星ルシファーであり。紀元前どころか、キリスト教が出来てからしばらくした紀元後にその名前は有名になっていったのである。

 

そも神を絶対とし。

 

全知全能とする一神教で、どうして悪魔などというものが存在するのか。

 

理由は簡単で、世界はあまりにも理不尽と不条理に満ちているからだ。

 

神が全能なら、どうしてこんな不完全な世界を作ったのか。

 

キリスト教徒達は。

 

そもそも、開祖キリストが考え出した隣人愛と赦しの思想をとっくの昔に捨て去っていたが。

 

バカでも分かるこの矛盾に対しては、どうにか答えを出さなければならなくなった。

 

その結果が、神に仕える霊である天使の一部が悪さをしている、というもの。

 

そしてその悪さをするのは、人間を試すため、というものだった。

 

馬鹿馬鹿しい話である。

 

堕天使ルシファーは、今日も色々な姿で彼方此方に出向く。

 

既にとっくの昔に、地獄の扉なんて開いている。

 

神格としてはそれほど古くなくとも、なにしろ有名な存在だ。

 

そして一神教が世界に与えている影響を考えると、相対的に最強の悪魔となるのもまあ納得ではあるだろう。

 

他にも重鎮格の悪魔は大勢いるが。

 

ルシファーの放浪癖については、どうでもいいと思っているのか。

 

まあ魔界にルシファーがある以上、一定の秩序は魔界に生じているので。

 

それでいいと思っているようだった。

 

地上に出た時には。

 

六枚の翼を持つ巨大な堕天使の姿から、ルシファーは幼い女の子の姿へと変わっていた。

 

服装から考えて、少し古いかと判断。

 

手を振って、服装を変える。

 

ルシファーは古くから、理不尽に死んでいった人間達に取引を持ちかけていた。

 

その取引とは、姿と人格を貸してほしい、というもの。

 

その代わりに命を助ける。

 

悪魔は基本的に契約の際に魂を対価とするものだが。

 

ルシファーはそれを要求しなかった。

 

理由は簡単。

 

唯一絶対を気取る神に対して、痛烈なしっぺ返しが出来るからである。

 

唯一絶対が作った世界の割りには理不尽だらけ。

 

後からいい加減な思想で適当に誤魔化したこの苦界で、ゴミのように消費されて殺されていく弱者。

 

それを救って可能性を与える。

 

それだけで、神に対する痛烈な意趣返しになる。

 

だからルシファーは、活動用の姿だけという対価で、人に幸福な人生を送るだけの運を授け。

 

目の前に迫った理不尽な死から助ける。

 

そうして活動してきた1500年ほどの間に。

 

ルシファーは、既に2000を越える姿を獲得していた。

 

今日は日本でも歩くか。

 

この時代は、様々な世界に分岐する。

 

何がその切っ掛けになるかは分からない。そして分岐した世界の影響をルシファーも神々も受ける。

 

流石に未来の事は分からないが。

 

それでも、こういう世界分岐こそが「可能性」。

 

唯一絶対が否定する、新しい世界の道では無いかとルシファーは思っているのである。

 

見上げた先にあるのは。

 

廃校になった高校だ。

 

此処ではある事件が起きて、多数の生徒が失踪するという事態に発展した。

 

その真相をルシファーは知っているが。あえて周囲に話して回るような事でもないので放置している。

 

いずれにしても、此処に廃校があるということは。

 

多数の生徒が行方不明になった程度で済んだ、ということ。

 

古代神格が解き放たれたりすると、近代兵器でも手に負えないケースが多い。

 

ましてや大天使などの神側の重鎮が出てくると、戦いの余波で街が消し飛ぶことなどザラにある。

 

そういう事はおきても面白いが。

 

可能性を秘めた人間が無駄に死ぬのは、ルシファーの思う所ではなかった。

 

周囲に認識されないように仕掛けをすると。

 

子供の姿のまま、学校に入り込む。

 

学校の中は荒れ果てていたが。

 

不良だとかヤクザだとかが入り込んでいる形跡は無い。

 

まあ此処については、政府が直轄で管理しているのだろう。結界も展開されているようだ。

 

肌がちりちりする。

 

巡回している霊の姿も感じる。

 

恐らくはこの国の政府が雇った術者による式神だろう。

 

まあ認識などはさせないが。

 

ざっと見て回るが、此処は魔界にもっとも近づいた場所の一つだ。

 

事件が起きてからだいぶ時間が立っている事もあるのだろうか。少しばかり結界が緩くなっているか。

 

此処から魔界が再噴出してもちょっと面白いのだけれども。

 

それはそれで無意味な混乱を引き起こすか。

 

混乱はいい。いいのだが。

 

それはあくまで、秩序だった混乱が良い。それこそ世界のルールがひっくり返るような、である。

 

それには、此処で起きうる混乱は小さい。

 

だから、結界を補修してやる事とする。まあこのくらいはサービスである。

 

小さくてすぐに修復される混乱なんかいらない。ほしいのは、大混乱なのである。この辺りは、明けの明星が大魔王呼ばわりされる一因ではあるのだろう。

 

学校を出る。

 

その間、一切認識はされない。

 

しばらく歩いて、その周囲を見て回る。悪魔もたまに見かけるが、意外に人間世界に馴染んでいるものだ。

 

特に人間を食おうとかは思っていないようである。まあ下手に足が着くと、即座に退治されるからだが。

 

ただ、周囲の人間から生命力を集めたり。

 

或いは悪さをするように少しずつ時間を掛けて仕向けたりと。

 

そういう事をしているのはいる。

 

別にそんなのに干渉はしない。

 

そういうのに精神をやられるのは、基本的に最初から素質があるやつだ。

 

基本的に人間社会を1500年見て来た感想だが。

 

はっきりいって人間が思念から作り出した神々や悪魔なんぞより。

 

人間の方が余程怪物じみている。

 

人間が全滅したら神も悪魔も終わりだ。

 

それについては、現実としてどうしようもないものとしてある。

 

地獄の概念も天国の概念も、人間が作り出したものなのである。

 

だから、今更それをどうこういうつもりはないし。

 

どうこうもできない。

 

しばらく街を歩いていて、気づく。

 

理不尽の気配だ。

 

 

 

ひょいとビルの上に出る。

 

勿論誰にも認識はされない。

 

音も立てない。

 

それくらいのことは出来る。

 

監視カメラとかの電子機器にも姿は残さない。

 

というか実は悪魔などの霊的存在と電子機器は相性抜群で。明けの明星くらいになると、その気になれば後からでも幾らでもデータを改ざんすることが出来る。

 

勿論そんな事をしても意味がないのでやらない。

 

二十階ほどあるそこそこに高いビルの上には。

 

小太りの青年がいた。

 

昔から、酷い罵声を幾らでも浴びせられてきたような姿だ。何もかもに怯えきった目をしていて。

 

そしてこれから、此処から飛び降りようとしているのが分かった。

 

このビルはいわゆる雑居ビルで。

 

不景気の影響で、管理が極めてずさんである。

 

権利者が何度も何度も入れ替わっている上、その内の何人かは別国籍の人間で連絡すら取れない。

 

そんな状態だから、それこそ内部は文字通りカオスの極み。

 

今検索してみたが、別のフロアには死体がそのまま放置されていて、誰も気づいていない。

 

そんなビルだ。

 

この国は、近代化という奴を上手に乗り切った珍しい国で。

 

それだけの地力が最初からあったともいえる。

 

東洋の東端とういう最悪に近い立地だったのに。

 

土地が豊かだった事や。

 

江戸時代を作った徳川家康が世界史レベルの傑物だったこともあるだろう。

 

幕末に混乱はあったが。

 

そんなものは、はっきりいって他の国の内乱に比べれば、ささやかなものにすぎなかった。

 

だから面白がった神々や悪魔がこぞって押し寄せて。

 

大正の頃は、それこそ色々あったし。

 

今もこの国独自の対魔組織が存在していて、他の国のを寄せ付けない程の力を持っている。

 

まあそれはそれだ。

 

今は、この小太りの青年が。明らかに自殺を目論んで。泣きながら、何かスマホに打っているのが問題だ。

 

姿を変えるか。

 

そう思って、指を慣らす。

 

幼女の姿だと、この青年を説得するのは難しかろう。

 

少し悩んだ末に、金髪のスーツを着た青年の姿になる。

 

昔はかなり愛用していた姿だ。

 

おぞましい程のイケメンである。ちょっと悪人面だが、声を掛ければ女の九割は引っ掛かる。

 

今までの統計でそれははっきりしている。

 

人間は極めて権威主義的な傾向が強い。

 

この姿のもとの持ち主は、姿と裏腹にとにかく気弱で。ルシファーが救うまでは、文字通り地獄の生活を送っていた。

 

それをルシファーが変えた。

 

こんな見かけだから、一度ツキを掴んだら邪悪の権化になりそうな気配を人間は感じるかも知れないが。

 

実際には、ルシファーはそんな奴は救わない。

 

人生のツキを手に入れてから、この元の姿の青年は実直な生活を送り。幾つもの良心的な孤児院を作って不幸な子供を助け。会社も経営したが極めてまともな労働体制で。更に社会貢献も欠かさなかった。

 

絶対裏で悪事を働いているに違いないとか陰口をたたかれまくったのだが。

 

本人は昔の経験があるからか涼しい顔で。

 

本人は自分の善行を喧伝しなかった事もあり、それらは死後まで発覚しなかった。

 

挙げ句マスコミが彼の生前好きかって悪口を書いたから、だろうか。彼の善行はマスコミによってもみ消された。

 

マスコミは己の権威を傷つけられる事を怖れたのである。

 

まあ、ルシファーでも苦笑いしか出ない人間の醜悪な行動だ。今更驚くことでもない。

 

姿を借りた男は満足して人生を送ったし。それを汚したマスコミが株を下げただけ。そしてマスコミは今やパブリックエネミー。積み重ねてきた悪行の報いである。

 

泣きながら、遺書を書き終えた太めの青年。

 

まだ高校生じゃないか。

 

そう思いながら、ルシファーは側で咳払いをする。

 

びくりと青年は震えて、ルシファーを見た。

 

「なかなかの文才じゃないか。 それを即興で書いたのかね」

 

「だ、誰ですか」

 

「これは失敬。 僕はルイ・サイファーという。 ルイと呼んでくれ」

 

「……青田孝夫です」

 

ルイ・サイファーというのは、人間として用いる偽名だ。

 

男女の姿関係無く、この偽名を使っている。

 

ルシファーは、基本的に理不尽に虐げられた人間しか救わない。

 

この青年は、元々文才があり、他にも学問がそれなりに出来る。

 

だけれども、見かけが「キモイ」という理由と。

 

更に喋るのが苦手という事が理由で。

 

最近この国で使われる悪口で男女関係無しに虐げられ。学校などでは、「虐げていい存在」として、生徒だけでは無く教師にまで虐げられている。

 

一瞬でそれらを分析。

 

更に救った後豹変するような奴も、ルシファーは救わない。

 

此奴は此処を乗り切って、ツキを手に入れれば化ける。

 

それを即座に見抜いたので。一つずつ、丁寧に話をしていく。

 

「何があったのかね。 私で良ければ話を聞こう」

 

「……虐めをずっと受け続けていて」

 

「それは酷い話だな」

 

「僕、見ての通りとても醜くて、喧嘩も弱くて……」

 

そうか、それは致命的だな。

 

人間の精神というのは、実は幼児の頃からほぼ変化しない。大人になれば性欲が追加されるくらいである。

 

人間の価値基準は、見かけが自分好みか。フィジカルが強いか。金を持っているか。それくらいである。

 

勿論それ以外に価値を見いだす者もいるにはいるが。

 

例外中の例外だ。

 

それは、ルシファーが散々人間を見て来て、良く知っていることだった。

 

だから、此奴にはそれらを与えてやればいい。

 

「家族は君にどうしている?

 

「妹は、僕を人間と思っていません。 ゴミでも見るみたいに僕を見ます」

 

「ふうん。 親は」

 

「親は僕を家の恥だといつもいつも罵ります。 特にお父さんは僕にいつも暴力を振るいます」

 

さっと青年をスキャンする。

 

嘘では無い様子だ。

 

学校でつけられた暴行の跡。家でも多数の暴行を受けている様子が分かる。

 

普通だと、これだけ環境が酷いと精神が歪みに歪んで、悪事を働くようになるものなのだが。

 

この青年は、この世界から離れることだけを選んだ。

 

ざっと記憶を検索する。

 

人間は主観で記憶を簡単に改ざんするものだが。

 

この青年には、そのつもりは無い様子で。生の記憶を随分とクリアに見る事が出来た。

 

そうか、小太りで姿が醜くて。力が弱いと言うだけで。

 

人間はこうも他者に残忍になれるのだなあ。

 

何が万物の霊長か。

 

何が神の似姿か。

 

いや、神の似姿というのは確かにそうかもしれない。この凶悪極まりない独善性は。あの唯一絶対を気取る神には確かに似ている。

 

いずれにしても、神はこの不幸な小太りの青年に興味など微塵もない。

 

だったら、ルシファーが救うだけである。

 

「分かった。 とても大変だったな。 私が、できる事をしよう」

 

「貴方が、何を出来るというんですか……」

 

「出来るよ簡単に」

 

嘘だと思って、家に帰ってご覧と青年に言う。

 

そして、青年をビルの外まで送り届ける。

 

この過程で、この青年にある結界をかけた。

 

他人に舐められないようにするというだけのものだ。

 

はっきりいうが、人間は主観で相手の価値を全て決めるし。主観で気にくわなければ、殺して良いとすら思ってもいる。

 

殺さないのは法というリスクがあるからで。

 

それがなければ確定で殺している。

 

無法地帯で簡単に人が殺されるのは、それが理由だ。

 

法の神などと自称している唯一神だが。奴はどういうわけか、法がいい加減なことには全く目をつぶっているし。

 

何より自分に忠実か否かだけで全てを判断する。

 

此処で青年が殺されていないのは、リスクとしての明文法があるから。

 

そしてその明文法は、安定のために作られているだけのものであって。

 

別に青年の命だけは守るが。

 

それ以外の尊厳は、何一つ守っていないのである。

 

それが人間の作った法だ。

 

まあ万物の霊長を自称する輩には、丁度良い程度のものだろう。

 

まず連絡を入れる。

 

青年の家族構成は調べた。

 

父親の方はある暴力団の手下みたいな事をしている。その暴力団は混沌勢力とつながりがあり。

 

簡単に動かす事が出来る。

 

今、すぐに父親の方は事務所に連れて行かせて。そして詰めさせているところだ。

 

母親の方は論外。

 

典型的な性欲の亡者で。

 

男をとっかえひっかえしては好き勝手に遊んでいるカスである。

 

実はあの青年と妹では、父親が違っているのだが。

 

それについても、苦笑するしか無かった。

 

そして妹のほう。

 

まだ中学生なのに、ヤクザの手下。今は半グレというのか。そういう組織に属しているクソガキの女になっている。

 

まあそんなものだろう。

 

その半グレにも、しっかりルシファーは顔が利く。

 

あの青年の妹と、その彼氏の半グレには。これから死ぬより怖い目にあって貰う事にする。

 

これらは金を使って行う事では無い。

 

コネを使って行う事だ。

 

いずれもダーティーな手段だが。それでも法が何もしないのだから。こういう手段を使うしか無い。

 

全ての連絡を済ませると、ふっと笑う。

 

さて、後は面白い事になる。

 

唯一の神を自称するあれが、一切救わない者を救う。

 

これこそが、最高の娯楽だ。

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