この正しい世界を歪ませたい   作:全部武力で解決

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第1話

 

 

死した魂は何処へ彷徨う。

不可視で不知覚で不認識である魂。

輪廻を廻りて生へ転じる。

しかし、それは不完全で貌を成した。

 

男は、所謂、転生者だった。

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 この世界に落とされてから随分と経った。最初は本当に苦労したと思う。何せ素っ裸で化け物の群れに襲われるもんだから、今でもよく生き延びたと思うよ。

 

 俺は信じられないが転生ってやつらしい。転生なんざ宗教に盲信な奴の妄言としか思ってなかったが、いざ体験してみるとどうにも気味が悪かった。

 

 自分が赤ん坊や子供だった頃の記憶は無い。気が付けば、1人この大地に放り出されていた。……全裸で。

 

 自分のことが何一つ解らない。憶えているのは前世の常識や社会や、曖昧な歴史とか。主観のないそれは、まるで神様が書き留めたメモのようなものに思えた。

 

 

 全裸で命からがら逃げ延びて、ボロ布と錆びた棒切れ片手にこの身一つで世界を回って、

 

 

そして深く絶望した。

 

 

 まず、この世界には源石(オリジニウム)という鉱物(?)が存在している。莫大なエネルギーを秘めるそれは現代文明の進歩を飛躍的なものにし、エネルギー産業に革命をもたらした。

 

 しかし、源石は感染症である鉱石病(オリパシー)の病原であった。厄介なのは鉱石病が死亡率が100%、更には死亡時に感染リスクを広げること。治療法は確立されず、まともな治療を受けなければ驚くほどの短命を確約される。

 

 各国政府は彼ら感染者を迫害、根拠の無い偏見報道によってその立場を突き落とした。そこから先は実に簡易的な答と言えるだろう。

 

 

クソったれの世の中の完成って訳だ。

 

 

 感染者差別は世界中で起きた。俺1人の声なんて無に等しく、皆信じるものに唆された。

 

 感染者に人権なんて無い。あるのは暴力と残酷な死だけ。目の前で消えていった小さな命を数えるのは確実に理性を削っていった。

 

 源石は文明に根付いた癌細胞だ。既にエネルギーを源石に依存してしまった我ら人類文明はこれを取り除くのが細胞の大半を失うことになってしまった。

 

 俺は何一つ止められなかった。世界を相手にした個人の矮小さに吐き気がした。変わっていく社会を見てるだけで気が狂いそうだった。

 

 

 弱い立場を作ってギリギリ成り立つ国なんてクソほどある。誰も鉱石病と向き合わない。誰も理解しようとしない。

 

何故、源石は増殖し、

何故、鉱石病の治療が難しいのか、

何故、国が彼らから人権を奪い、

何故、隣人を傷つけることになるのか!

 

 ……いや、誰も居なかったわけじゃない。少ないが同じようなことを考えていた奴を見たことがある。そいつらは全員、組織の暗い部分に消された。

 

 だから俺には力が必要だった。ナマクラの棒切れで敵を殺して屍を積み上げ続けた。源石術(オリジニウムアーツ)と呼ばれる不思議な力で敵を屠り続けた。

 

 否定しても拒絶しても俺の目に映るこの世界は何一つ変わらない。こうあるのが正しいと、絶対不変の理だと突きつけてくる。

 

友と夢を共有した男は感染した友を庇って消された。

戦場で肩を貸した隣人は寝首を裏切りで裂かれた。

花が好きだと語った少女は血と体液に汚された。

正義を信じた少年はその信じた正義に溺れた。

愛に生きた娘は鉱石病で愛と生を手放した。

何もしてない者は何もできずに潰された。

スラムで育った子は実験で消費された。

軍人だった者は人質ごと棄てられた。

保護した子は感謝して息を辞めた。

残された子は迷わず後を追った。

この手の血が呪いに変わった。

過去で前が見えなくなった。

無罪という罪で裁かれた。

信頼が凶器に変わった。

狂気が理性を蝕んだ。

正しく歪み始めた。

 

鉱石病で死んだ。

 

 

 

 

 

私はこの絶対に正しい世界を、絶対に歪ませてしまいたくなった。

 

 

 

 

――

 

 

 『ロドス・アイランド製薬会社』―通称ロドスは鉱石病の治療を目的とした製薬会社だ。しかし、普通の会社ではない。感染者を保護し、暴動を収め、大型移動基地を保有している。……これで製薬会社を名乗ってるんだからたまげたもんだ。

 

 

 紆余曲折を経て、俺はロドスでオペレーターをすることになった。

 

「ケルシー、報告書を持ってきた」

 

 部屋に入ると白髪ケモ耳の美女が居た。彼女はロドスの最高幹部の1人、医療部門の総責任者、その名もケルシー。

 理知的で整った顔立ち、背中と肩を大きく露出させた服、彼女の魅力は語るに事足らない。彼女の長い話に一番付き合っているのは俺だと自負するくらいには長い付き合いだ。

 

 今世は彼女のようにケモ耳や尻尾を持つ種族が多い。他には角だったり羽だったりするが、そのどれも持たない俺は種族不明の自称人間ってことになる。前世では人間だったし多分人間だと思う。

 

 

「そこに置いておいてくれ。……ああ、丁度いい。このまま検査をする。服を脱げイディア」

 

「……何からツッコめばいい? いきなり服を脱がせようとしてくる上司にか? コードネームを呼んでもらえないことにか?」

 

「五月蝿い。同じ任務に行ったオペレーターからお前がアーツを使用したと報告を受けている。無傷だろうと何だろうと、この検診を避ける術は存在し得ない」

 

「今何徹目だ? 理性ちゃんと働いて「黙れ」ハイ」

 

「エリートオペレーターはロドスにおいて重要な存在だ。オペレーターの職分は多岐に渡るが、ロドス内の指揮の殆どが君達エリートオペレーターの仕事と云える。そこに部門の区分があれど軽視すべき者は当然として居ない。お前の業務が滞ることはロドスの停滞を意味する。余計な怪我や体調不良は避けなくてはならない」

 

 

 彼女は俺に過保護な所がある。最高幹部は多忙だというのに、一オペレーターである俺に構う暇なんてあるのだろうか。

 なんて考えていると無言で睨まれる。美人の睨みは迫力があって怖い。大人しく言う通りにするのが吉だろう。

 

「はぁー、しっかり診てくれよお医者サマ」

 

 息を吐きながら装備を外していく。ロドスの黒青の外套、黒いナマクラのような直剣、応急手当の道具その他諸々。

 

「よし」

 

 そして彼女は俺に抱きついた……後ろ抱きで。前世にこの状況を表す言葉があったな。猫吸い……だったか? 俺は今ケルシーに吸われてる訳だ。俺は猫でもフェリーンでもないんだが。うなじをそれはもう普段の彼女からは想像出来ないくらいに吸われてる。

 

 吸うなら俺脱いだ意味あるのか、と思ってたら脇腹の傷跡に彼女の細指が触れる。

 

「また傷が増えたな。懲りずにまた誰か庇ったな?」

 

「……だがそれももう少しだ。ドクターを救出すれば被害は格段に減るだろうよ」

 

「…………」

 

「ケルシーはドクター救出作戦に乗り気じゃないのは分かってる。しかし、このロドスにドクターは必要な存在だ」

 

「だが君をっ!」

 

「ドクターは必要な指揮をして俺たちは必要な結果を得た。俺は全てを納得した上で戦場に立ち、敵と殺し合った。あの戦いで発生した犠牲のことでドクターを責めるのは例え君でも否定させてもらう。それは過ぎた話だ。俺たちが過ぎたものに囚われれば待つのは孤独な自死だぞ」

 

 

 ドクターはケルシーと同じロドスの最高幹部の1人。俺の知る彼は戦闘指揮に優れたただの学者だ。鉱石病の治療法を研究し、源石に抗っていた俺の数少ない友人でもある。今は『石棺』の中で眠っており、俺たちは彼を救出する作戦を立てている。

 

 昔、俺たちは戦争に巻き込まれた。この体の傷はその時に俺が望んだ結果だ。狂気に当てられ、冷酷な指揮者になってしまったドクターは誰にも責められる言われは無い。例え……俺たちの一番大切な人を失うことになっても。

 今でも考える……不謹慎でも、あの時俺が代わりに死ねたらと。

 

 

「……君の自己犠牲は何も生まないと何度も言ってるはずだが?」

 

 脇腹に当てていた指を滑らせて首元に。そこには、黒い物体が奇怪に存在を主張していた。死神が俺の首にマーキングをしているような、今すぐにも殺せるぞと世界に脅されているような、黒い源石は今日も不気味に煌めく。

 

「何も生まなくても何かを守れればそれで十分満足して逝けるよ」

 

「言い方が悪かったな。君の自己犠牲はロドスに多大な負債を与えるものだと思え」

 

「なんだ、俺が死んだら悲しんでくれるのか?」

 

 ケルシーは賢い。例え俺が居なくなっても止まることなくその歩みを進めるだろう。長い付き合いとはいえ深い関係になった訳でもない。彼女ならこのロドスという舟を明日へ運んでくれる。

 

「ああ、泣き叫んで数日は寝込むだろうな」

 

「ははっ、俺はそんな慕われているのか。嬉しいねぇ」

 

 

 相変わらず無表情なケルシーに、俺は微笑みながらそう口ずさんだ。

 

 

――

 

 

「アーミヤ、オペレーター関連その他諸々の書類は此処でいいか?」

 

「はい。いつもありがとうございます。アリストパネスさん!」

 

「こんくらい手伝うさ」

 

 頑張っているアーミヤのコータス(うさぎ)耳を避けて頭を撫でる。

 アーミヤはロドスのCEO、つまり一番偉い人だが。俺にとってはまだまだ背伸びしたがりの子供。俺は一人っ子だから分からないけど、妹が居たらこんな風に可愛がるんだろうなと思う。

 

「お仕事頑張って偉いぞアーミヤ」

 

「えへへへ」

 

 アーミヤはCEOとして日々成長している。ドクターを救出しようと皆をまとめる姿はもう一端のリーダーだ。

 

「ドクター救出作戦にはアーミヤも行くんだろ?」

 

「はい。ドクターは私が直接助けます」

 

「俺が戦闘技術とアーツ、ケルシーが戦術立案を教えてきたんだ。修羅場を潜り抜けてきたアーミヤなら救出作戦なんて苦じゃないさ」

 

「……今回の作戦はこれまでより困難を極めます。何も問題無ければ良いのですが」

 

 ……この世界は苦難を与える対象を選ばない。アーミヤだって、組織のトップとして働くより年相応に遊んでた方が良いに決まってる。でも、アーミヤだからロドスは成り立ち、多くのオペレーターが付き従う。

 

 だからこそ、俺は彼女の保護者として最大限支えなければならない。ドクターの代わりとして。

 

「気負い過ぎるなよ。気楽に構えてた方が臨機応変に動けたりするからな」

 

「ふふ、ありがとうございます。アリストパネスさん」

 

「イディアお兄ちゃんって呼んでもいいんだぞ?」

 

「も、もう! からかわないでください!」

 

「昔はよく呼んでくれたろー? あー、時の流れは残酷だあ」

 

「子供扱いしないでください。私はもう大人です!」

 

 

「……そっか、アーミヤももう大人か」

 

 

 時間が悪く作用する場合、それは悲劇しか招かない。

 ドクター救出作戦は難航するだろう。また俺の知らない所で誰か死ぬと思うと脳漿をぶちまけたくなる。

 

 ふと、前に俺のせいで悲しませてしまった顔を思い出した。彼女は今何をしているのだろうか。

 

 嫌な予感が止まらないまま俺は準備を整えていく。

 

 

 

 

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