この正しい世界を歪ませたい   作:全部武力で解決

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第10話

 

 

「イディア!」

 

「ちょっとフロストノヴァ、勝手に降りないでよ!」

 

 空から落ちてくる黒猫と白兎。予想外の展開にぼうっと突っ立ってた俺を誰かが殴った。衝撃で喉に詰まっていた血の塊を吐く。顔面の源石が砕け散って視界に立派な髭とグラサンが入る。ハンマーで顔を狙うとは中々勇ましいじゃないか。

 

「……まだ気絶してないのかAce。相変わらず頑丈だな」

 

「やっぱりか、アリストパネス。生きてたなら何故戻って来ない? みんなお前さんが死んだって悲しんでるんだ。早くオペレーター全員に謝ってこい」

 

「演技が下手なのは自覚してる。俺はもうロドスに居るつもりは無い……邪魔をするな。もう起き上がるな……ロスモンティス、アーミヤ」

 

 ……無意識に手加減したのか。ロスモンティスにアーミヤ、チェンまで立ち上がる。

 

「本当に……アリストパネスなの?」

 

「…………ロスモンティス、もうロドスへ帰れ。お前の役目は終わっただろ」

 

「駄目……! 帰る時はアリストパネスも一緒。もう何も出来ない私じゃない!」

 

 本当に強くなった。純新無垢な君を娘のように思っていたよ、ロスモンティス。アーミヤも、前より顔付きがリーダーらしくなった。

 

「アリストパネスさん……」

 

「アリストパネス!」

 

「アーミヤとブレイズもだ。ロドスに──」

 

「君がイディアなんだね。アリストパネス」

 

「ドクター……」

 

「誰も君のことを教えてくれなかった。ケルシーも、アーミヤも、どのオペレーターも君に関しては必ず口を閉ざした」

 

「あの時、俺はドクターの過去と俺自身をロドスから取り除こうとした。皆は俺の意図を汲んでくれたんだろう。ドクター、俺は君には前だけ見てほしい。その結果、過去の因縁が立ち塞がっても囚われないでくれ。言いたいことは言った……俺を殺す気が無いならもういい。全員ロドスに帰ってくれ」

 

「させないよ。君も連れて帰る。アーミヤ達もそれを望んでいる」

 

「…………」

 

 これで終わりか? なんとも巫山戯た劇じゃないか。これじゃあケルシーの、タルラの、エレーナの、アーミヤの未来はどうなる? 決めたじゃないか。このままでは起きる未来……正しい世界を否定し、歪めると。

 

「俺は抗う。終幕はまだ早いぞ」

 

 立ち上がった反動でクラりと意識が揺れるが地面を踏み締める。震えが止められない手で剣を取る。

 

 

「答えろイディア! 何をする気だ!」

 

「エレーナ……帰れ。お前の居場所はロドスにある。タルラを連れて帰ってくれ」

 

「……そこで寝てる奴のことか?」

 

 フロストノヴァが寝てるタルラに近付くと、思い切り蹴飛ばした。小突くなんて優しいものじゃない。大きく助走をつけて引き絞るように全身を使って振り抜いた。

 タルラの華奢な体が目に見えて浮く。歩きにくい雪原で鍛えられた足腰は健在か。流石にタルラが可哀想に思う。

 

「うう……」

 

「さっさと起きろ。何も出来ずに終わるのはもう懲り懲りだろ?」

 

「痛……エレーナ?」

 

「随分と腑抜けた顔をしているな。早く立て。こうなった責任はお前にもある。イディアの愚行を止めないと、私達に償いの機会は永遠に訪れないぞ」

 

 目が覚めたタルラの中に『不死の黒蛇』はもういない。黒蛇関係なく、タルラがこの大地を憎んでいたとしても、今回の罪は全て俺が持っていくと決めている。

 立ち上がったタルラはロドスの連中には目もくれず俺を見る。

 

「そうか……イディア」

 

「なんだ?」

 

「私は憶えているぞ」

 

 何が、とは聞かなかった。俺を貫く彼女の視線は、俺を助けてくれた時と同じく芯があった。『不死の黒蛇』がどこまで彼女の意識に侵食していたかは本人しか分からない。だから俺は洗脳したという外付けの理由が欲しかった。

 

 不幸になる覚悟なんて持たないでくれ。俺は君に笑ってほしいんだ。理想を語って、呆れられて、それでも進み続けてほしい。ロドスと理念は違くとも、君の理想に俺は嬉しく思えたのだから。

 

 俺の自分勝手な我儘をどうか受け入れてくれ。

 

 

「君はどうする? ケルシー」

 

 剣をケルシーに向ける。彼女は俺を見つめるだけで何もしてこない。俺に殺す気が無いことを確信している。それは半分正解で、半分不正解だ。俺は必要だと感じたら君にも傷をつける。

 

「フロストノヴァとブレイズが来て、タルラが起きても俺は止まらない。ここで俺を殺さないなら、戦争を起こし、天災を降らせる」

 

「……理由を聞こう。君は多くの戦場を渡り歩いてその惨状を最も知る人だ。戦争を忌嫌っていた君がどうしてこんな意味の無い行動を起こしたのか私には解らない。彼女達を助ける為にしても、ここで君が命の危険を冒して得られる結果が無さそうに思える。君の目的はなんだ? イディア」

 

 

 これを話せば……納得してくれるのかい?

 

 

「意味はある。この大地に時間は残されていない。人類文明が団結するのに我々は手こずり過ぎた。目を逸らすのは止めにしようケルシー。君は気付いているはずだ。

下手すればアーミヤが最後のリーダーになる。このままでは全ての文明が源石に呑まれてしまう。私達が生きた年月を振り返ればこれは確実に起こる未来だと断言出来る。

その光景が鮮明に思い浮かべられる。全ての希望を一身に背負って今にも潰れそうなアーミヤの姿が……。もう次が無いんだ。まだ間に合うんだ。

 

時間が必要なんだ。対抗手段を得て、団結する時間が。俺を殺せばその時間を作れる。君の持つ剣で俺を刺せば俺の全てと引き換えに源石は擬似封印され、増殖を止める。これは俺の研究成果だ。

 

 

ケルシー、俺を殺してくれ。君達の明日の為に。これが俺の願いだ」

 

 

 ケルシーは自分の持つ剣を見た。黒くて表面が凸凹したナマクラの剣。俺の前世の世界を含む情報が秘められた鍵。思えば誰にも触らせたことはなかったかもしれない。

 

「ばか「バカバカしいと言うな。現実から目を逸らすな。君の選択は実行するかしないかだ」……」

 

 これが逆の立場だったら俺は凄く哀しむ。もしこの手でケルシーを殺すしかないのなら、俺は泣きながら彼女の心臓に剣を突き立てるだろう。でも、確実に殺すという確信がある。俺たち二人の使命は同じだ。俺なら殺す……だから彼女も俺を殺せる。

 俺はケルシーを信頼している。

 

 

 

「自殺か?」

 

「いいや。俺を殺さないなら私は世界と戦争をする。多くの人々を殺して君達に血に塗れたバトンを遺す。フロストノヴァ……君は何をしに来た?」

 

「私をナメてるのか? 私の選択は……頑固な貴様を倒して説教する、だ」

 

 フロストノヴァが冷気を飛ばしてくる。体表の源石を貫けない冷気はまだ彼女が万全ではないことの証明だった。アーツを使うだけで苦しいはずだ。

 

「これ以上アーツを使うな!」

 

「余計なお世話だ。私達はイディアの犠牲を望まない! また私達を悲しませたいか!? この薄情者!」

 

「必要だと感じたら例え君達でも傷付ける。君達が明日を生きられるように! 安らかに夜明けを迎えられるように!」

 

 振り下ろした剣は黒い大剣に遮られる。脚を凍らされた瞬間、激しい炎に襲われる。

 

「罪は消えない。他者が私を裁くことが出来なくとも、

私自身は私を最後まで償わせる。死んでしまった同胞たちの為に」

 

「タルラ……。君自身の選択を俺は尊重する。だが、何人たりとも俺の邪魔はさせない。パトリオットと俺の償いは不要だ。俺たちは己の信念の為に死を選んだ。ロドスで治療を受けろ、タルラ」

 

 

 二人の弱々しい出力のアーツに俺はダメージを受ける。亀裂が入り、砕けた破片は確かに源石だがもう誰かの感染源になったりしない。

 

「二人の援護を。アリストパネスをロドスへ連れ帰る」

 

 源石の擬似封印は俺の肉体を媒介に進んでいる。もって数分……俺はもう助からない。肉体の全てが源石に置き換わった時、俺は誰にも起こされない眠りに着くことが出来る。

 

「俺は信じてる」

 

 

 

 

 

 

やっと静かに眠れるんだ。

 

 

 

 

 

「『廻る世界にて私はひとり。歪み軋んだ命を落す』」

 

「っ! イディア!」

 

「『象形は変わらず、光る砂粒は空に流された』」

 

「クソっ! 源石が……!」

 

 

 

 源石が集まる。

 より多くの源石をこの場所に封印する。この廃棄される都市が戒めとなるように。感染者の怒りが少しでも伝播するように。

 

 

 

「ちょっとこれマズイんじゃない……ドクター! 指揮を!」

 

「『還ることなく消えゆく記憶』」

 

 

 

 初めに痛くなくなった。

 身体は意思による制御から解脱し、源石という結果が残る。大陸の源石が少しずつ封印されていくのを感じる。

 

 

 

「全員でアリストパネスを止めろ! アーツを使わせるな!」

 

「『眠る私は夢境の墓に立ち。響かない音を吐く』」

 

 

 

 目が見えなくなった。

 俺の世界から光が消えた。正しかった世界も、大切な人も消えてしまったようで悲しくなるが。消えていくのは俺の方だと再考する。

 

 

 

「…………イディア」

 

「『願うのは安寧の眠り』」

 

 

 伸ばした手に源石が集束する。これを放てば、何処かで天災が起きるだろう。

 

 暴風だろうか……豪雨だろうか……隕石だろうか…………

 

 源石は何も求めない。ただ性質に従ってこの世界を呑み込んでいるだけだ。

 

 

「『今、この願い叶え給え』」

 

 

――

 

 

 剣の記憶は少しだけ見ることができた。前世の自分のことは見れなかったが、とても大切な記憶だった。

 

『あなた……大丈夫?』

 

 彼女は彷徨う俺に衣食住を与えてくれた。自分のことが分からない不審者をよく受け入れてくれたと思う。

 

『だって、困った顔してたわ』

 

『そんな顔してたか?』

 

『そりゃもう。今にも泣き出しそうだったわよ』

 

『そ、そんな言い方よしてくれよ』

 

 彼女の住む村は平穏だった。農業に汗を流し、獣を狩る。行商人から物珍しい物を買って見識を広める。彼女は知識欲に溢れた人だった。

 

『見てよこれ! 見たことない鉱物だわ』

 

『初見なのは認めるが。得体の知れないものを素手で触るな。有害なものだったらどうする』

 

『あら? 心配してくれるの? 優しい人ね』

 

『そこでお節介だと言わないのがお前らしい。……それはよくない物だと思う。あまり触れるな』

 

『あなたの勘は鋭いからそうしたいのだけど……。これは研究しないといけない気がするの』

 

『研究? こんな村にそんな設備は無いぞ』

 

『街に行くわ』

 

 

 それから彼女は研究者になった。研究者と言っても研究所なんかに属さず、俺が外で働いて彼女が家で研究する生活だったけどな。今までの恩を返す為だと思えば彼女を養うのは全く苦じゃなかった。

 元々素質はあったらしく研究は進み。それの危険性を発見した彼女は既に手遅れだった。

 

『……は?』

 

『ごめんなさい……もう長くなさそうなの』

 

『あの鉱物か? 中毒になったのか?』

 

『違う。もっと恐ろしい病よ』

 

 そう言った彼女の脚は黒い鉱物に覆われていた。

 

『今まで黙っててごめんなさい。……怖かったの。これを見たあなたが私から離れてしまうんじゃないかって』

 

『そんな訳ない。……最期まで一緒に居る。君が病に侵されたからじゃない。君と村を飛び出したあの日から、俺はそう思っていた』

 

『ありがとう。あなたが傍に居てくれるなら、私はまだ闘えるわ』

 

 俺は彼女と誓い合った。その命が儚く短いものだとしても……そうしたかった。

 

『世間ではこれを新たなエネルギー源として活用する流れがある。そうなれば社会が壊れるぞ』

 

『止める必要があるわね。……今からとても危険なことを頼むわ。お願いできる?』

 

『任せてくれ。もう国家や国境なんて概念に囚われていてはいけないんだ。この世界は団結する必要がある』

 

 俺は国の王に呼びかけ、その鉱物を取り扱うことをやめるよう言いふらした。しかし、文明開化を間近にした人々は目先の利益に飛びついた。その鉱石は大陸中に広がり、ついには天災が起きた。

 天災が起きれば戦争が起こる。世の均衡が崩れ、戦乱と呼べる時代が巻き起こった。

 

『あなたには力があるわ。この戦争続きの時代を強制的に終わらせる力が。でも、そんなことして欲しくないの。そんなことをしてしまえば世界はもっと秩序を見失ってしまうわ』

 

『戦争はいつの時代も起こりうることだ。俺は他者より君を見る。君の治療法を探し続ける』

 

『ありがとう……。でも、私があなたの傍に居られなくなったら……あなたは次の人を見つけるのよ。これから多くの人があなたに想いを託していくと思うわ。だからこれは約束。もし、あなたが死ぬ時は……私達の想いも誰かに託してね』

 

 

 本当は自分が人じゃないことなんて気付いてた。きっと寿命がないことも。それでも俺は……

 

 

『本当に最期まで傍に居てくれて……私は世界一の幸せ者ね。愛しているわ。イディア』

 

『君から貰った初めての贈り物は名前だった。君を世界一の幸せ者に出来た俺は世界二の幸せ者だ。俺も…………愛してる』

 

 

 彼女が息を引き取って、彼女がなぞった首元に源石が出てきた。これじゃ呪いみたいだと俺は笑った。

 

 

 何時この記憶が剣に吸収されたのかは解らない。多分、俺は戦場で多くの時間を過ごしすぎたんだと思う。ストレスで精神が壊れてしまわないように身体が防衛本能を働かせて記憶を源石に移している。普通の人が過去を忘れるように、俺は源石に記憶を残していく。

 

 源石はこの大陸の脅威の一つに過ぎない。海、空、他にも恐ろしい脅威は数多く存在する。でも俺は源石に執着する。忘れてしまったとしても、彼女との約束が俺をそうさせたから。

 

 

 

 

 約束通り皆に託すよ。

 

 やっと、君に会えるかな────

 

 

――

 

 

 アリストパネスのアーツは不発に終わった。ただし、周囲の源石はいまだ蠢き脈動している。彼はもう……生きているとは言い難かった。

 

「ケル、シー……」

 

 彼は私の名前を呼んだ。アーツを放つ為に突き出した手が私を求めているように感じた。私達の使命は同じだ。彼が成そうとしていることも理解できる。そうするしかないと、私は納得もしてしまっている。

 

 アーツは不発になったが、余波だけでこの場の全員が動けなくされた。Mi1gramに守られた私一人だけが彼の最期を決められる。

 

 

─カツっ、カツっ。

 

 

 一歩、二歩……。嵐のように荒れ狂う心の中とは裏腹に私の足はゆっくりながら動いた。

 

「ケルシー先生……。ダメ、です……」

 

 彼が言っていた未来のアーミヤの姿。私にもその光景が思い浮かぶ。きっと彼が作る時間が無ければそれは訪れる未来なんだろう。

 

「託……す…………未来、を」

 

 君の言う未来はいつも君の姿が見えない。なんて身勝手な男だ。勝手に私達を信じて、私達に託すんだ。

 

 今度は立ち直れるだろうか。泣き叫んで数日寝込むのは確定だろうな。

 

 

 

 

 

 剣を彼の心臓目がけて突き出した。

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