この正しい世界を歪ませたい 作:全部武力で解決
―龍門郊外の廃棄移動都市。アリストパネスが訪れた同時刻のこと。
アーミヤとドクターは通信が途絶した部隊の救出に来ていた。そこでフロストノヴァ率いるスノーデビル小隊に襲われ、苦戦を強いられる。包囲されたアーミヤ達の危機にチェーンソーの唸り声が響いた。
「はあぁ!」
空から降ってきたエリートオペレーター、ブレイズの熱のアーツとフロストノヴァの冷気のアーツが激しく衝突する。
「君の冷気と私の熱気、どっちが強いか勝負だよ!」
「っ! ゴホッゴホッ」
耐えきれないと判断したフロストノヴァはアーツで地面を脆弱化し、両者のアーツの衝撃波が崩壊を加速させる。ロドスをこの場に留める為の行動だったが、フロストノヴァの体は限界だった。
「いけない。総員退避!」
「姐さん! 駄目だ!」
「ドクター、こちらへ!」
アーミヤに手を伸ばすドクター。だが、届かなかった。急速に陥没する地面は両方の指揮官を呑み込んだ。
「ドクター!」
「姐さん!」
――
「寒い……お父さん、寒いよイディア……寒い、何処にも行かないで……もう置いていかないで……」
四方塞がれた空間で敵指揮官と閉じ込められたドクターは彼女が魘されているのに気付いた。
ドクターはブレイズのアーツのお陰で怪我はない。フロストノヴァも、見た所大きな怪我は無さそうだ。
「イディア……」
フロストノヴァが魘されながら呟いたその名前にドクターは反応した。フロストノヴァの知り合いだと思うが……その名前をどこかで聞いた気がする。
「……大丈夫か?」
そっと声をかける。攻撃される可能性を考慮して距離は取っているが、二人閉じ込められた現状なら大丈夫だと判断した。
フロストノヴァはゆっくりと目覚める。
「ずっと魘されていた。悪夢を見ていたのか?」
何かを言おうとしたフロストノヴァが悶える。心配して駆け寄ろうとしたのを彼女に止められた。
「何故、目覚める前に殺さなかった。情けのつもりか?」
「命を奪う為に戦っているわけではない。それに……酷く凍えていた」
「……そうか。今はお前を殺さない。これで貸し借り無しだ」
「同意する」
それから、下手に動くことも出来ないから二人は互いのことを話し始めた。フロストノヴァが持つ辛いキャンディでドクターが苦しんだり、それを見てフロストノヴァが笑ったり、休戦した敵を知るのには良い機会だった。
フロストノヴァの過去、スノーデビル小隊のこと、パトリオットを父と慕うこと、記憶喪失のドクターにとって、彼女の話はこのテラの大地のことを知る大切なものだった。
「イディアとは、誰なんだ?」
「私よりお前の方が彼をよく知っているだろ。……いや、記憶喪失なんだったか」
「覚えていない。……でも、私は知らないといけない気がするんだ」
「私から言えることは何も無い」
掘り起こす音が聞こえ、外の光が暗い穴に射し込む。二人を掘り起こしたのは敵同士であるロドスとスノーデビル小隊だった。そこには憎悪も殺意もなく、肩を並べて一つの目的を果たそうとしていた。
此処で死ぬ覚悟をしていたフロストノヴァは毒気を抜かれた。それぐらい彼らはお互いを知り、一つになった光景は温かな可能性を見せていた。
「フロストノヴァ、ロドスに来ないか? そうすれば、君もスノーデビル隊も治療を受けられる。私たちは戦わずに済むんだ」
「ならば私に勝ってみせろ。それができた時考えよう」
ドクターとアーミヤは彼女らが敵ではないことを実感した。自分達は仲間になれる。次に会った時、彼女に勝ってロドスで治療を受けさせてみせると誓った。
「アーミヤ」
スノーデビル小隊と別れた後、龍門へ向かう途中でドクターはずっと持っていた疑問をアーミヤに聞いた。
「イディアという人を知っているか?」
アーミヤは驚愕した後、一言「知らない」と答えた。
――
龍門でレユニオンの制圧を行うロドスに近衛局特別督察隊の隊長チェンからある連絡が入る。
『スノーデビル小隊がスラムのレユニオンと合流した。これより、レユニオン掃討作戦を開始する』
「待ってくださいチェンさん!」
龍門とロドスは協定を結んだが、その立場は対等とは言えなかった。龍門はロドスに情報を渡さない。今の龍門で何が起きているのか、その全てをロドスは知り得なかった。
「クソっ! 私、行ってくる」
最悪の光景を想像したブレイズが走り出す。スラムに突如として出現した氷壁を目指して。
「お願い……死なないでよ」
スノーデビルの連中と酒を交わす約束をした。龍門なんかに奪われてたまるものか。彼らと戦う必要なんてない。全員ロドスで治療を受けさせる。
「これ、は……」
氷壁の麓にあったはずのスラムが綺麗さっぱり消え去っている。フロストノヴァのアーツじゃない。タルラとフロストノヴァ以外でこれほどのアーツを使える者がまだ残っていたというのか。
氷壁を背に一つの影が佇んでいた。足元には黒装束の山を転がしている。黒い仮面にレユニオンの外套を着た男。
「あの時の……」
先行していたブレイズに追い付いたドクターとアーミヤは、その者がスカルシュレッダーを一度庇った者だと気付いた。
彼はスカルシュレッダーが近衛局に殺される時に戦場に姿を見せなかった。明らかに異質な空気を纏う奴に近衛局もロドスも遠回しに見ることしか出来なかった。
「貴様もレユニオンか。仲間はどうした?」
「私に仲間はいない。私はレユニオンではない」
チェンの問いかけに、仮面のせいでくぐもった無機質な声で返す。地面に突き刺した剣を引き抜き、黒い仮面の男はロドスの方を見る。
「ロドス、レユニオンを追え」
「何のつもりだ?」
「近衛局は通さない。……これ以上言うことは、ない」
レユニオンに見えるその男は相当の戦闘能力を有している。スラムの住人を蹂躙した黒装束を単独で圧倒していることからそれは明らかだった。
近衛局は誰一人として目の前の不法者に己の剣を振りかぶることが出来ないでいた。
「お前たちは下がれ」
「チェン隊長……しかし」
「お前たちでは力不足だ」
男にチェンが斬り掛かる。男はそれを剣で防ぎ、横から薙ぎ払われるブレイズのチェーンソーを拳で軌道を変える。
男が振り下ろした剣の衝撃で土煙が舞う。二人は後ろに飛んで衝撃を緩和させたが、明らかに直撃を狙わなかった攻撃に冷や汗を流す。
「加勢するよ!」
「いや……お前たちロドスはレユニオンを追え」
「はあ? こいつ明らかにヤバい奴でしょ。近衛局だけで止められると思えないんだけど」
「奴はロドスがレユニオンを追うことを許すと言っている。奴の目的がなんにせよ、レユニオンは追わなくてはならない。頼む」
チェンの目配せにブレイズは彼女の意図を読み解いた。好都合、近衛局は此処で足踏みしている。さっさと追いついて彼らをロドスに連れていこう。
「素直じゃないね。行くよドクター、ウサギちゃん!」
「……」
言った通り、黒い仮面の男はロドスが氷壁の奥に進むのを止めなかった。アーミヤが困惑しながら横を通り過ぎる。彼の剣先は、隙なく近衛局に向けられていた。
ロドスが行ったのを確認してチェンは口を開いた。
「レユニオンではないと言うなら、お前は誰だ?」
「私が何者かはこの世界にとって意味は無い。お前達はレユニオンに勝利した、レユニオンはお前達に敗北した。この場に関係ある意味はこの二つだけだ。君が逃げ惑う人々の背中を斬り付けるのを好むなら、君の趣向が加わるが……」
「……近衛局の名にかけてレユニオンは捕らえる」
「感染者を殺すの間違いだろ? 訂正しろ」
男から殺意が漏れ出す。仮面越しでも伝わってくる圧にチェンは剣を握り締め正気を保つ。
「この黒装束が龍門の暗部なのはわかってる。お前たちと直接の関わりがあるとは思ってない。だが、こいつらはお前たちの仕事を代わりにしただけだ。感染者だから殺す、スラムに住んでるから殺す、お前たちはそういう集団だ。そうすることでしか秩序と治安を守れない」
「黙れ」
「何も間違ってない。お前たちは正しい。感染者に人権は無い。お前たちが守るのは龍門という名の非感染者の集団だ。お前たちは感染者を迫害する非感染者の凶器だ」
「黙れ! お前に何がわかる!」
「解るさ。痛みと拒絶と血の匂いと絶望で以て私は理解している」
チェンは剣を下ろす。目の前の男の狂気に戦意を削がれてしまった。提示された龍門の行いに自問自答し、責任が彼女をギリギリで支えている。
「龍門という都市は人を下水のように排水するような都市だ。久々にあんな光景を見たよ」
「近衛局のリーダー。お前は龍門をどうしたい?」
何も答えないチェンを見て、男は氷壁の奥へ歩いていった。
――
私は記憶喪失だ。アーミヤのお陰で何とかなっているが、本来は私がすべきことが沢山あるのだろう。本当に申し訳ないと思っている。
チェルノボーグで目覚めた私は多くの犠牲を払ってアーミヤ達が救出してくれた。だから私は早く全てを思い出さないといけないと思ったのだが……。
「私に関するデータがない……」
功績や研究に関する資料は閲覧できても、過去の私の人柄や人間関係に関するデータは閲覧出来なかった。
『ドクター。俺は君の過去だ。石棺から目覚めた君がどのような状態かは知らないが、これで君は過去との決別となる。君のこれまでは俺が持っていこう。ドクターには不要なものだからな』
アーミヤは彼をアリストパネスと呼んだ。彼は多くの者に慕われていた。私の命は彼に繋げられたものだ。
『アーミヤを頼む』
何も分からなかった私は、まず彼の最後の頼みを聞くことにした。アーミヤの話を聞いて、彼女が抱えるモノの大きさを悟った。
『結局、ロドスも感染者を救えないじゃない!』
スカルシュレッダーは近衛局が殺した。ミーシャは近衛局に保護され、連行される時にアーミヤにそう叫んだ。
この大地に蔓延る鉱石病の問題は多い。アーミヤはそれに真っ向から向かい合っている。この大地全ての為に、彼女はレユニオンと戦うことを選んだ。
『ドクター!』
『姐さん!』
本当は私達は手を取り合えるはずだ。それをスノーデビル小隊は教えてくれた。だから……
「君をロドスへ連れていく」
「……約束だったな。もしお前達が私達を破ることが出来たなら、我々はロドスの一員となろう」
スノーデビル小隊との再戦はやはり、厳しいものだった。フロストノヴァの強力なアーツに行動を制限され、連携された攻撃でこちらの防御を崩してくる。
「ブレイズ、耐えろ! グレースロートとアーミヤはフロストノヴァに攻撃。前線を死守しろ」
「姐さん!」
フロストノヴァの体は既に限界を超えていた。もう立っているだけで辛いはずだ。
「フロストノヴァ! これ以上アーツを使うな!」
「やめてくれ姐さん! もう俺たちに任せてくれ」
「私にはまだやらなくてはならないことがある。この大地全てを凍て尽くすまで……私の中の冬は止まらない」
スノーデビル小隊に分け与えていたアーツを取り戻し、彼女から滲出性の源石まで出てくるまでアーツを使う彼女はスノーデビル小隊の声でも止まらない。
「ロドスの指揮官さんよ。姐さんを止めてくれ!」
「っ! 総員耐えろ! 彼女のアーツは必ず弱まる。それまで耐えてくれ!」
全員が凍りつく。まだかまだかと耐えに耐えて……その時は訪れた。
「総員、フロストノヴァを取り抑えろ!」
ブレイズがチェーンソーを投げ捨ててフロストノヴァに駆け寄る。枝から溢れ落ちる雪のように倒れる彼女を受け止めた。
「どうしてそこまで……」
「私は戦士だ。負けるにしても、私の全力に勝てる奴でないと認めない。お前達は私に勝ったんだ、ドクター。これからは、私達が共に戦おう。タルラとイディアを止める為に。お前達もそれでいいか?」
スノーデビル小隊の皆はもちろんと、我々を認めてくれた。ようやく私達は仲間になれた。
スノーデビル小隊と絡むブレイズを横目に、隅の方でアーミヤがフロストノヴァに何か聞いていた。
「フロストノヴァさん、一つ教えてください」
「なんだ?」
「どうしてイディアさんのことを知ってるんですか?」
「それは──」
その時、彼女達の背後に忍び寄る影を見た。
「二人とも、避けろ!」
「え?」
「っ!」
それは、まさに源石生命体と言うべき風貌だった。その人型の巨大な黒い化け物はフロストノヴァを鷲掴みにする。冷気は効いている様子がなく、フロストノヴァが気絶すると解放した。
「姐さんに何しやがる」
「コイツ、何処から」
「やめろ! そいつに近付くな!」
黒い化け物は口と思われる器官を光らせたかと思うと、光線を発射させた。
「なっ……」
精鋭部隊のスノーデビル小隊とロドスのオペレーターはたった一瞬の不意打ちに全滅した。
この場で動けるのは戦闘能力を持たない私だけだ。
「やりすぎだ。戻れ」
一人分の足音が響く。振り返ればそこには、先ほどの黒仮面の男が立っていた。私の頭は疑問で埋め尽くされる。
更にもう一つ、衝撃的なことが起こった。戻れと言われた化け物が男の体内に入ったのだ。言葉にするのも憚られる光景に発狂しそうになるのを必死に堪える。
「全員気絶してるだけだ」
「君の目的は、一体……」
「チェルノボーグに来い」
それだけ言って男は去ろうとする。
「待ってくれ! ……ありがとう」
「……は?」
「君のお陰でフロストノヴァに治療を受けさせられる」
「…………そうか、そうなったのか。……
彼は一度も此方に振り返ってはくれなかった。