この正しい世界を歪ませたい 作:全部武力で解決
『この世界は早々に団結する必要がある』
その男の最古の記録は、ある王に向かって放たれた一言に始まる。何処からともなく現れたその男は当時、鉱石病の問題が提起される以前から源石の脅威を説いたと云う。
大陸で起きた戦争の殆どに姿を見せたその男は、いつしか《戦争の悪夢》と呼ばれていった。
しかし、その存在を認知し恐れたのは戦場に立つ者であり、征服を望む王は恐怖から見た幻だと判断した。
民は戦争は恐怖の対象だと気付き、悪夢の払拭を願い立ち上がるも、広がり続ける戦火は絶えることがなかった。
悪夢として畏怖される男は戦争に対する抑止力として各国が剣を鞘から抜くのを躊躇わせた。だが時は無常に、《戦争の悪夢》は伝説の存在に成り落ちて人々の戦争に対する恐怖は薄れていく。
戦場の悪夢を知るのは、未だ戦場を求める従事者のみとなった。
私がその男と
『戦争の悪夢……お前の目的はなんだ』
彼は剣を抜かない者を斬らなかった。私に戦闘の意思がないと見て、彼は対話に応じてくれた。
『俺が安らかに眠ること。寿命を知らない俺が望むのはそれだけだ』
『戦場で人を斬ればお前の望みは叶うのか?』
『眠りに必要なのは寝床と安寧だ。外が騒がしいと寝付けないだろ? だからこうやって黙らせるんだ。俺を戦争の悪夢だと言う奴もいるが、皮肉なもんだよ。夢を見たい俺が奴らの悪夢だなんて。この世界が夢だと語るには苦痛を感じ過ぎている』
長い歴史に隠れた悪夢の正体は人間だった。彼は幻想や空想が創り出した戦争の権化ではなく、草臥れて眠い目をした人だった。
彼が悪夢と呼ばれるようになったのも、戦争に対する抑止力となったのも結果から付けられたものだった。
『俺は別に、戦争を無くそうとは思わない。人が集団を生成し、領土を主張する以上必然として起こりうる物事だとわかっているから。
小さな島の統治であれば数百年程度の平穏を作ることは可能だ。外交を拒絶し、差別を黙認すれば比較的容易にそれは達成できるだろう。しかし、この広大な大地には多くの種族が存在している。過去失敗した諸王は種族の違いの意味を解釈しきれなかった』
彼と焚き火を囲んだ夜。彼はまるで見てきたかのように統治と差別の集束の無さを語った。
『世界が真の意味で統治された時、人々が暮らす土地は人工的に作り上げられた都市のみだろう。勿論、そこで暮らすのは一つの種族のみだ。人々は意思を放棄し、ただ授けられる娯楽と平穏の中で何も生み出すことなく死ぬ生活を満喫するだろう』
『それは果たして、生きていると言えるのだろうか』
彼は私の知らない歴史を知っている。だからこそ彼は戦争や差別を前に旗印を掲げることなく己が眠ることを望む。騒音を無くし、目を瞑り、思考を止めようとしている。
『諦めるのか?』
『……なんだと?』
『この大地は本当に苦しみしか生まないのか? 隣人を愛することは本当にできないのか? お前はその答えを知っているはずだ』
『ああ、そういうことか。……そうだな。ああ、そうさ。人を断定することなんて俺にはできない。でも、隣人を信じる前に俺自身が納得出来ない。俺を愛する人はもう現れない。俺は悪夢らしいからな』
『私がお前を愛そう』
彼の孤独に親近感が湧いたのかもしれない。力を持ちながら持て余す彼を勿体ないと思ったのかもしれない。
その場で作れたのは戦地で得られた貧相な野菜と少量の塩のスープだけだったが、彼は初めて見せてくれた笑顔で受け取ってくれた。
『なら、いつか告白でもしてくれよ』
それからイディアは私と行動を共にした。一人で進んでいた道が前より明るく見えた。
『この大地の人々が明日へ生きていけるようにしたい』
孤独だった私の隣は彼の定位置となった。
『ケルシー、そろそろ寝ろ。……え? 俺を抱き枕に? あ、ちょ、まっ……』
疲れた時に頼る拠り所ができた。
『君がいつまでも……安らかに眠ることができますように』
彼が私の安寧を願うのが愛おしかった。
『なんだ、俺が死んだら悲しんでくれるのか?』
当たり前だ。君は私が最も信頼する人間なんだ。死ぬだなんて冗談でも言わないでくれ。
「ケルシー先生……アリストパネスさんはチェルノボーグに取り残されています。捜索隊は出せませんか?」
「チェルノボーグは現在レユニオンが占拠している。Scout小隊とアリストパネスの捜索は不可能だ。我々にはそれよりやらなくてはいけないことがある」
「っ……。ケルシー、先生……」
「…………すまない、少し席を外す」
退室した部屋から聞こえるアーミヤの泣き声を聞いた。
ロドスの廊下に人影は少なかった。お陰で誰にも見つからずに彼の部屋に入れた。鍵を閉めて、部屋を見渡せば、源石に関する研究資料のファイルが詰まった本棚しかなかった。あんなに眠たげな顔をしていたのに肝心のベッドが無いのに今更気付いた。
私の中で何かが弾けた。
「お前がっ! 死ぬはずないだろ!」
私の眠りを案ずるお前がどうして自分の睡眠を疎かにする?
「お前は、私が独り残されて嬉しいとでも思っているのか!」
これまでの態度では私の想いは伝わらなかったのか?
「私を……置いていくな…………」
このまま数日も寝込む訳にはいかなかった。まだロドスは歩みを止めてはならない。彼が残したオペレーター達もそれは分かっている。私だけが止まるなんて許されない。
「お前が私を過去に囚えてどうするんだ……」
――
龍門からレユニオンが撤退した頃、レユニオンが占拠するチェルノボーグは【ここはウルサス領土だ】と発信しながら龍門へと進路を進めていた。チェルノボーグと龍門が衝突すれば都市間の問題には収まらない。国家が動く戦争に発展してしまう。
それを阻止すべくロドスは持てる力全てを使いレユニオンを止めることを決めた。この大地に生きる全て感染者の為に。
「アリストパネス、は、私が殺した」
チェルノボーグの中枢区を目指す我々に立ち塞がったパトリオットは、私の姿を確認するとそう言った。
「……もう一度言ってくれ、ボジョカスティ」
「アリストパネス、は、私が殺した。この手で、確実に」
「お前達レユニオンは彼と交友があったと記憶しているが」
「……奴は、同胞に、剣を抜いた。戦場でそれは、死ぬ覚悟がある、証拠」
「……彼と貴方が本気で戦えば、チェルノボーグは移動都市としての機能全てを失っているだろう。いくら英雄ボジョカスティといえど五体満足は有り得ない。しかし、このチェルノボーグは未だ龍門へ移動しており、ボジョカスティも健在。彼が敗れた形跡はない」
「……これが、その証拠だ」
ボジョカスティは黒い剣を取り出した。表面に凹凸があり、斬れ味がなさそうなナマクラの剣。見間違えることは絶対にない。それは、間違いなく彼の剣だった。
この場でそれが出てくるのは不味かった。アーミヤとエリートオペレーターのロスモンティスは特に彼に面倒を見てもらっていた。彼女達の心的ショックは計り知れない。
「あなたが……アリストパネスさんを……」
「アーミヤ、早く殺そうよ! こいつが家族を、アリストパネスを殺したの! 優しかったアリストパネスを、こいつが奪った!」
「落ち着け二人とも!」
アーミヤは大丈夫そうだがロスモンティスが混乱している。今は無意味な戦闘は避けるべきだ。
「ケルシー士爵、貴方たちロドスは、戦うべきだ。理由は、ある。意義も、ある。大義さえ、貴方たちには、ある」
「どういうつもりだ、ボジョカスティ」
「互いに、すべきことを、するべきだ」
自分の部隊を下がらせておいて、戦士は戦いを望んだ。
「ロドスよ、ここを通りたくば、私を、殺せ」
――
「こんな所で何してるんだ、W?」
「……うるさい」
チェルノボーグの中枢区で瓦礫に埋められたWを発見した。見れば焦げ臭い服の一部が焼け焦げている。
「タルラにやられたのか。こっぴどくやられたな」
「あーもうっ! よりによってあんたに見つかるなんて、ツイてないわね」
「……まあ、俺としてはWを見つけたのはラッキーだな」
「ハア? それどういう意味―」
問答無用にWをアーツで吹き飛ばす。中枢区から追い出す程度でいい。Wなら受け身くらいとれるだろう。
「ふざけんじゃないわよー!」
何か言った気がしたけど上手く聞き取れなかった。俺は口から源石を吐き出す。
「……あともう少し」
もう俺が用意する舞台装置はない。後はロドスがこの戦いを終わらせるだけだ。俺の拙い……計画とも言えるか分からない茶番がようやく始まる。
「部外者には消えてもらわないとな」
今回の一連の発端はウルサスが戦争を仕掛けようと画策したことにある。タルラの精神は乗っ取られ、レユニオンは暴徒になるよう扇動された。全てウルサスの予定通りだ。
チェルノボーグの各地にウルサス軍が潜伏している。奴らは此処でレユニオンを皆殺しにするつもりだろう。使い終わった邪魔な駒をさっさと棄てたいらしい。今はこいつらを片っ端から消している最中だ。
レユニオンは感染者の居場所足り得ない。宿した怒りもこの大地に跡を残す前に上から潰されてしまう。歴史に愚かな感染者の集団があったと隅に記録されるだけだ。
だから俺は、せめて知り合いだけでも生き延びて欲しい。アリーナは既にロドスに引き渡している。フロストノヴァも寝かしてロドスに回収させた。後はタルラだけだ。
「『不死の黒蛇』……やっと見つけたぞ」
時代の影で暗躍していた戦争の元。俺が一時捜していた矮小な害悪。今はタルラを乗っ取っているクソ虫ケラ。
「戦争を人の本性だと囀る者を俺は否定する。俺にはその力がある」
今日、俺の呪いは祝福に変わる。やるせない悲劇は飽き飽きだ。俺が納得できる喜劇が望ましい。茶番のような三文劇場は佳境を迎えた。
この正しい世界を歪ませよう。俺が望む光景に、俺が救いたい人の為に。
俺の全てを代償にしても、彼女たちの未来は保証されて然るべきなんだ。
唯一の懸念点は……いや、大丈夫だ。
「俺は信じてる。ケルシー、君なら俺を
殺してくれるだろ?」