この正しい世界を歪ませたい 作:全部武力で解決
「戦え、Mi1gram」
『《平和》を嘯く者』の首から、身を裂き、黒い人型の化け物が出現する。Mi1gramと呼ばれたその化け物は鋭利な爪を立ててチェンに襲いかかる。
「何だこいつはっ!」
「チェンさん!」
Mi1gramのパワーは凄まじく、攻撃を防いだチェンが軽々と突き飛ばされる。攻撃後の隙を狙ったアーミヤの斬撃は受け流され、反撃をギリギリで避ける。
数秒の攻防に彼我の実力差を肌で感じる。
「私は、焦らない。ロドス、援軍を呼びたいなら呼べ。私は、その全てを受け止めてやる」
『《平和》を嘯く者』の滲出性の源石が宙に昇る。晴れていた空は喑天し、今にも嵐が来そうな程荒れていく。あの日、天災がこの都市に降り注いだように。
Mi1gramはチェンと攻防を繰り広げており、アーミヤは『《平和》を嘯く者』に赤霄を構える。
『アーミヤ、無事か?』
「ケルシー先生! 通信が回復したんですね。チェンさんとタルラさんも無事です。でも……」
『状況を説明してくれ』
「タルラさんの洗脳は本当でした。現在は黒幕……と言っていいんでしょうか。司令塔最上階にて新たな脅威と交戦中、援護をお願いします」
『了解した。すぐに向かう、持ち堪えてくれ』
アーミヤが通信している間、彼は動かなかった。一瞬、アーミヤの脳裏にアリストパネスの姿が浮かんだが、目の前の脅威に集中すべく切り替える。
チェンはMi1gramの相手をしているが押されつつある。アーツに対して優位を取れる赤霄だが、身体部分を源石で構成されたMi1gramには頑丈な剣以上の効果をもたらさない。
「……」
『《平和》を嘯く者』は沈黙している。その身体から源石を迸らせて、周囲の源石を引き寄せているように見える。足元から拡がる源石は錆びた歯車のように鈍い音を響かせている。
「あなた……何処かで会いましたか?」
「……私と君は、
「私の名前はアーミヤです」
「そうか、アーミヤ……。どこまでやれるか、見てやろう」
まただ、またアリストパネスの姿が重なった。彼は死んだはずなのに、もう乗り越えたはずなのに、どうしても目の前の源石の化身を見ると思い出す。
タルラの時と同じように記憶を見ようとしても蜃気楼を掴むように捉えられない。まるで、何かに
『《平和》を嘯く者』は源石の剣でアーミヤに斬り掛かる。
「くうっ」
「……その剣技、鍛錬で身に付けたものではないな? 肉体が、技量に追いついていない」
源石の剣がアーミヤを追い立てる。体格、筋力、感覚、剣を扱うにはそれらを鍛える必要がある。アーミヤは赤霄の剣技を使えるが、使えるだけだ。それでは必殺の技として成立しない。相手が格上であれば尚更だ。
不意の一撃がアーミヤの手から赤霄を落とす。丸腰になったアーミヤの前で立ち尽くす影。それは見覚えのある構図だった。
『君の名前は?』
「っ!?」
頭に流れてきた記憶に気を取られ、振り下ろされる剣に反応できない。斬られることを覚悟し、目を瞑る。
しかし、振り下ろされるだけの剣が少女を傷付けることはなかった。
「待たせたな」
「Aceさん!」
源石剣を重装備の盾で受け止めるAce。剣を盾で弾き、ハンマーで反撃するもバックステップで躱される。
援護に駆けつけたAce小隊はアーミヤを守るように前に出た。
「こいつが黒幕か……? お前は……」
「Aceさん?」
「……いや、なんでもない。他の奴らもここに向かってる」
『《平和》を嘯く者』の源石は今も拡大を続けている。文明を支える生命線でもあり、悲劇の根源とも言える源石。このままでは、司令塔だけでなくチェルノボーグ全域が源石に覆い尽くされるだろう。
「Mi1gram、薙ぎ払え」
指令を受けたMi1gramはチェンの攻撃を避けて空中に浮遊し、口に光を凝縮させていく。白光のエネルギーが周囲の空間を歪ませ、Mi1gramの体躯の一部が煌めいた。
「いけない! 皆さん、全力で防御を!」
放たれた光線はAce小隊の足元に命中して爆発を起こす。エリートオペレーターであるAceは耐えられたが、他の小隊メンバーはそうもいかなかった。行動不能に陥った小隊を見てAceは顔を険しくする。
「お前らは下がれ。……下手に前に出ると一瞬で持ってかれるぞ」
Mi1gramは『《平和》を嘯く者』の元に戻り、チェンもアーミヤ達の近くに寄る。Mi1gramの傷が周囲の源石によって修復されるのを見て、チェンは舌打ちしながら赤霄を構え直した。
「この真っ当に、正しい世界は、私をゆっくり……優しく、壊した」
仮面はより禍々しく肉体の一部になった。くぐもった声が最上階に響く。敵意はあるが殺意がない。その者と対峙して感じる気味の悪さに考察を重ねようとしても、思考が上手くまとまらない。
「私は、今に期待しない。私は、常に未来を求めている!」
「だから、戦争を起こすのですか?! 天災や鉱石病は悲劇しか生みません」
「理解している。だからこそ、取り返しがつかなくなる前に、悲劇を創る。その先に、喜劇が待っているのだからっ!」
言い終わると同時に二本の剣のような大型ユニットが『《平和》を嘯く者』に命中する。巨大な質量を持った攻撃に砂煙が舞う。
驚くアーミヤ達の後ろから、フェリーンの少女が走ってきた。攻撃を命中させた少女─ロスモンティスは一層警戒して砂煙の中を睨む。
「ロスモンティスさん!」
「お待たせ、アーミヤ。……あいつ、パトリオットと同じくらい硬い。今のも多分、止められた」
砂煙が晴れ、姿を見せた『《平和》を嘯く者』は人より遥かに巨大なユニットを片手で受け止めていた。ロスモンティスは冷や汗をかき、Aceは冷静になろうと努める。
「Mi1gram、奴らを戦闘不能にしろ」
(悲痛な叫び──)
「来るぞ!」
『《平和》を嘯く者』の指令を受ける度、Mi1gramはより速く攻撃的になる。残影を出しながら迫る人型の化け物にAceは盾を構えて前に出る。
時間が経つ程源石を取り込むMi1gramの爪は鋭さを増し、振り下ろされる四本の光芒にAceは盾が穿かれることを覚悟した。
「Mon3tr」
――
金属が歪む音を響かせて、二つになった黒い影は数瞬鍔迫り合った。互角の押し合いを見せ、二体の化け物は互いの宿り主の元へ下がり、両者は睨み合う。
「無事か? アーミヤ」
「ケルシー先生! ドクターも無事で良かったです」
源石に塗れた最上階の主は、聞いていたより危険な存在だと理解するのにそれほど時間を必要としなかった。
あの源石は異常だ。心臓が生きる為に鼓動を打つように脈動し、寄生という言葉では表せないその一体化は、私を戦慄させた。
「……その剣、お前が、ケルシーか?」
パトリオットと同じく喉がやられているのか、か細い声だ。ふらつく体を強引に支えているように見えるのは見間違いか?
「そうだが……お前は誰だ?」
「私は、《平和》を嘯く者。そうだ、ケルシー。これを伝えるべきだな」
「アリストパネスは残念だったな」
「……は?」
その名前が出たことに私は確かに混乱を起こした。平衡感覚を一時的に失い、視界が激しく揺らぐ。自分が正常に立っているのかすら怪しくなり、心臓が掴まれたと錯覚した。
「あいつのことはよく、知っている。あいつとは幾度も殺しあった。あいつが持っていた……今お前が持っているその剣、それでしか私を殺せないからな。あいつの命は邪魔だった。だからパトリオットに殺させた。レユニオンを操ったのはあいつを殺す為だ」
その者が言い放った言葉を正しく解釈し、理解するのは容易だった。
「……つまり、彼の死にお前が関与していると?」
「そう、言った。私は、確固たる意志を持ってその人の死を望んだ。要約しよう、私はアリストパネスの仇とでも思ってくれ」
私は半ば無意識に彼の剣を抜いた。私が私情でこの剣を他者に向けるのも、彼なら許してくれる気がした。
「
「ケルシー、落ち着いてくれ」
「ドクター、私は冷静だ。今すぐにこの剣を奴の喉元に突きつけることは出来ない。奴の戦闘能力が高いことはここに来る途中に居たAce小隊を見れば分かる。この場に居るのは私一人では無い。奴が戦争や天災を引き起こすと言うのなら、我々はロドスの理念に基づき総力をもって対応する必要がある。ドクター、指揮を頼む」
「わかった」
こんなことで動揺してしまうとは……私よりアーミヤの方がよっぽど逞しいな。
――
ドクターの指揮が介入した戦場は、しかしロドスが劣勢となっていた。
「Mon3tr、持ち堪えろ」
「クソっ! こいつ、再生能力が高すぎる」
アリストパネスの仇と聞いたロドスの面々は怒りを覚えた。だが、エリートオペレーターとCEOの名はダテじゃない。その怒りをコントロールし、動きにキレを持たせている。
Mi1gramをMon3trとAceが抑え、『《平和》を嘯く者』をアーミヤ、ロスモンティス、チェンが攻める。
「相手の動きは鈍くなっている。攻撃を絶やすな!」
ドクターの指揮は的確だ。Mi1gramの攻撃性能と機動力は高いが、受け止められるとその物理防御力の低さが露呈する。『《平和》を嘯く者』の戦闘技術は正に卓越の域だが、ドクターの言う通り時間経過でどんどん動きが鈍くなっている。
各々の戦場に適した配置、役割を見出すドクターの戦闘指揮はあのケルシーも認めるほど。被害は最小に勝利を収める手腕はイディアの知る彼そのままだった。
制圧されては駄目だ。どうにかして
「『抱き締めた屍体の重さを知っている。命とは、喪った重力の意味を示すのだ』」
「アーツの詠唱です! 気を付けて!」
アーミヤとチェンの剣技を二振りの源石剣でいなし、ロスモンティスの大型ユニットを正面から弾き返す。
詠唱で強化されたアーツは周囲の源石を槍に変えて放つ。
「ロスモンティス!」
チェンは叩き落とし、アーミヤも辛うじて回避に成功したが、ロスモンティスは避けずにアーツで防御する。
槍の雨の中を突き進み、源石の剣で斬りあげた。ドクターの声に反応する間もなく、ロスモンティスは宙に舞う。
「ぐうっ!」
「アーミヤ! チェン! 目を離すな!」
ロスモンティスは地面に叩きつけられて蹲る。仲間が倒れたことによる意識の分散を見逃すことなく、的確に二人の鳩尾に拳を叩き込む。
「Mi1gram、足を止めろ」
Mi1gramは地面に光線を放ち、眩い閃光が破裂する。Aceが怯んだのはたった一瞬だ。しかし、それは致命的な隙だった。
視力を取り戻したAceが見たのは、拳を引き絞り、地面を砕きながら踏み込む『《平和》を嘯く者』だった。左手で盾を剥がされ、無防備となった胴体へ振り抜かれた拳が突き刺さる。Aceは数回バウンドし、地面に転がされた。
『《平和》を嘯く者』の脈動がより大きくなった。
――
一瞬の隙だった。その隙を見逃すと死ぬ戦場を渡り歩いてきた。視力が殆ど無いから誰が誰だか判別できないが、最後に殴ったのは硬かったから多分Aceだろう。
「……っ!」
意識が落ちかけて膝を着く。体の大半は既に源石に置き換わっている。胴体の空洞が神経をブチブチと千切るような痛みを与えてくる。口から溢れる血が源石に吸収される。
でも、これで戦える者はケルシーだけだ。ケルシーが俺に剣を刺せば、この大陸に存在する源石の多くを擬似封印することが出来る。そうすれば俺の願いが果たされる。
「…………」
下手な芝居だ。台本も稚拙だし、矛盾してる。やっぱり俺は嘘が下手だ。全部バレる前に早く俺を殺してくれ、ケルシー。
「…………」
……どうして沈黙している? 何を待っている? 早くその剣で俺を「イディア!」
その澄んだ空のように美しい声は上空から聞こえた。聞き間違えるわけない。彼女は俺を殺せない、殺される邪魔をすると確信して気絶させたはずだ。
「何をしている……イディア!!」
「何故……戻ってきた──エレーナぁ!」
白い雪兎が空から降ってきた。