プロキシ兄妹の事情   作:nifrec.

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12.幼き日の記憶

 

 

 大声で泣く子ども。

 身を寄せ合うカップル。

 しきりに電話をかけようとするスーツ姿の男。

 

 どこかで警報が鳴っている。

 何かをしきりに叫ぶ声。

 通信が遮断されたテレビが暗闇を映す。

 

 ひりつくような、肌で感じるホロウの感覚。

 イアス越しとは違う生身の恐怖感。

 このまま体が浸蝕されて、

 エーテリアスになったとしたら。

 

 

「……はあ」

 

 一息吐いて、ゆっくりと歩き出した。

 

「皆さん、どうか落ち着いて。治安局は今頃僕たちを救出しにここへ向かっているでしょう。できる限り固まって、エーテリアスに気づかれないよう静かに待つんです」

 

 僕の声が聞こえた者たちは、怯えながらもその場に留まる。

 聞こえなかった者たちにも、僕は再度同じ言葉を繰り返した。

 

「皆さん、どうか落ち着いて」

 

 僕はまるで手慣れた治安官かホロウ調査員でもあるかのように、声をかけて回る。以前、リンがホロウに飲み込まれた時のことを思い出した。きっと彼女も、こうやって市民を誘導していたことだろう。さて、どのくらいで助けが来るか。時計を確認して、リミットを計算する。

 

「何事もないといいんだけど」

 

 そう言いながらも遠くでエーテリアスの声を耳にした僕は、『何事』かを想像して頭を痛めた。

 

 

「……まずは他の巻き込まれた人たちを探してみよう。最悪の結果にならないように」

 

 

 

 ***

 

『助手2号、マスターの居場所の候補が算出できました。エーテリアスに襲われ移動をしていない限りはこの内のどこかにいることでしょう』

「わかったよ、Fairy。それじゃあ行くよ。準備はいい? ニコ」

 

 声をかけられ、ニコは自分を見上げているボンプに真剣な顔で頷いた。

 

「こっちはいつでもオーケーよ、いつもお世話になってるパエトーンの頼みは三割引きで聞いてあげないとね!」

「ニコ、割引してあげるなんて優しいのね」

 

 アンビーは感心し、そして尊敬するようにニコを見つめた。

 隣のビリーと猫又は黙ってそれを聞いていたが(そこはタダじゃないのか……)と呆れている。

 

 

 

 

 ――アキラがホロウに呑まれたと知ったリンは、ビデオ屋に着くまでの間に邪兎屋へ救援を依頼した。

 報せを受けたニコは事務所にいた猫又と共に車に乗り、仕事に出ていたアンビーとビリーを拾ってリンの元へと向かった。

 

『みんなお願い、お兄ちゃんを探して!』

 

 いつもの毅然とした態度のリン、しかし握った拳がわずかに震えていることに気づかない者はいなかった。

 

 イアスを受け取ったあとは、目的のホロウ近くまで車をかっ飛ばし――今に至る。

 

 

「……助けたくないはずないわよねぇ」

 

 ニコは呟きながら、ホロウに呑まれたばかりの街中を調べて回った。

 

「猫又~、そっちにいたー?」

「いないぞ! 人の話し声も聞こえないし……ここいらじゃないのかもしれない」

「そうね。プロキシ! 次の場所に移動してみましょ!」

 

 道の真ん中に立っているボンプにニコが話しかける。しばしの間黙り込んでいたボンプ――リンは、はっと意識を取り戻したように動き出した。

 

「人が集まってる地域があっちにあるみたい! そこに行ってみよう、ニコ!」

 

 リンの誘導で邪兎屋はさらに奥へと走り出した。

 四人の走る足音と、布擦れの音だけが響く。

 人の話し声も、エーテリアスの声も一切しない。

 

 五分程走り続けると、小さな食料品店裏にある搬入口のシャッターが開いているのが見えた。その中には十人程の人影が。

 

「おお、人がいっぱいいるぜ!」

 

 ビリーの声で邪兎屋全員がほっとしたような顔になる。

 

「おお、助けか!」

 

 身を寄せ合って固まっていたうちの一人が邪兎屋を見て声を上げる。それに追随するように「助けだ」「よかった!」という声が上がった。

 

「お兄ちゃん、お兄ちゃんは!?」

 

 リンがアンビーの腕の中をすり抜け、地面に飛び降りる。

 ぽてぽてと駆け寄り、人々の中からアキラの姿を探す。

 だが、どこにもいない。

 

「……お兄ちゃん、いない」

 

 焦ったような声に、後を追ってついてきたアンビーが再度リンと同期したイアスを抱き上げる。

 

「この中に、グレーの髪色をした細身の若い男性はいないかしら」

 

 アンビーの問いかけに、何人かは首を振る。しかし他の何人かは、「あのお兄ちゃんか」と反応した。

 

「その子は私たちに声をかけたあと、ずっと道の向こうまで行ってしまったのよ。他に人がいないか見てくる、って」

「そのあと何人かの人間がそっちの方向から来たけど……その兄ちゃんはまだ帰ってきてないな」

 

 ご夫婦らしき二人がそう言うと、リンは道の向こうに目をやった。

 

「私、その人に誘導されてこっちに来たわ」

 

 一人のスーツ姿の若い女性が手を挙げた。恐怖感が体を支配しているのか、二の腕をしきりに摩っている。

 

「奇妙な声が遠くで聞こえて、そうしたらその人が逃げるように言ったの。私、言われるままにこっちの方角へ逃げてきて……でも多分、その人はもっと奥まで行ってしまったんだと思うわ」

 

 女性が言い終わらないうちに、リンは邪兎屋の全員と目を合わせた。

 

「……お兄ちゃん、エーテリアスがいる方に行ったんだ」

「なんでそんな危ないことすんのよ。あんたのお兄さんはちゃんと武器持ってるの?」

「武器はないよ。私もお兄ちゃんも、エーテル適性こそあっても、みんなみたいに戦えないもの」

 

 しゅんとするリンに、ニコはそれ以上何も言えないでいる。

 

「……とにかく、ここの人達の安全も確保しなきゃ。多分治安局がこのあと来るだろうけど、エーテリアスに見つからないとも限らないよ。アンビーとビリーはここに残って! ニコ、猫又、ふたりは私と一緒にお兄ちゃんを探してくれる?」

 

 アンビーとビリーは頷き、ニコと猫又は「オッケー」と快諾した。ニコが小さなリンをアンビーから受け取ると、先を急いだ。

 

「じゃ、二人とも頼んだわよ~!」

 

 ニコが去り際にそう言うと、アンビーは「まかせて」と言い、ビリーは大きく手を振った。

 

「――にしてもなーんでアキラはエーテリアスの声の方に行っちゃったわけ? 一緒に避難したらよかったのに」

 

 猫又の疑問に、リンはしばしの間考える。

 

「……きっと他にも遭難してる人がいないか探しに行ったと思うんだけど、もしかしたら、人がいる方にエーテリアスが行かないように注意を引き付けに行ったのかも」

「はあ!? 武器もないのに!? あんたのお兄さん馬鹿!?」

「ニコ、否定はしないけどお兄ちゃんきっと傷つくよ。……武器はないって言ったけど、護身用くらいのものは持ってるはずだから」

「ねぇねぇリンちゃん、それって催涙スプレーとかそういうやつ~?」

「それの対エーテリアスバージョンって感じだよ。でも、ちょっと動きを止めるくらいのものだし……」

「なーるほどにゃ~。アキラっていっつも安全なところからあたしたちを誘導するし、こういう時って自分の身を守るタイプだと思ってたんだけどー……結構男らしいとこあるわけだ」

 

 猫又の揶揄(からか)いにも似た言葉に、リンはむっとした。

 

「男らしいかはわかんないけど、お兄ちゃんはいつも優しいよ! いつも誰かのこと考えて動いてくれるし、私のこともそうだし……いつも……」

 

 声がどんどん小さくなっていくリンに、猫又は眉根を下げる。

 

「ごめんごめん、優しいお兄ちゃんだねって褒めてるんだよ。リンちゃん、そんなにしょげないで」

「ちょーっとふたりとも、あれ見てくれる?」

 

 ニコに言われ、リンも猫又も進路方向の奥を見た。何かが崩れたのか、大きく土埃が立っている。同時に奇妙な叫び声も聞こえてきた。

 

「……エーテリアス!」

 

 リンが言う。

 近づくにつれ土埃が晴れていき、エーテリアスの数がわかる。三体、四体か。ニコと猫又は戦闘態勢に入った。

 

「あたしらはここで戦ってるから、あんたは奥まで行って探してきなさい!」

 

 ニコの叫び声と同時に、リンは地面に勢いよく進行方向へ放り投げられる。ごろんと一回転すると、リンはボンプの小さな体で一生懸命に走り抜け、辿り着いた。エーテリアスが建物を攻撃したせいで壁が崩れ、土埃が舞っていたようだった。崩れた壁を潜り抜け、中へと入っていく。誰かいないか、リンはきょろきょろと見回した。

 

「……う」

 

 微かに呻く声が聞こえ、リンは駆け出した。

 崩れた壁が重なり合ってできた隙間から、人の手が見える。

 

「……お兄ちゃん?」

 

 見慣れた袖口にそっくりなそれを見て、リンは必死にその腕を引っ張った。

 

「お兄ちゃん、お兄ちゃん!」

 

 何とか引きずりだしてみると、やはりそれはアキラだった。所々擦り傷があるものの、崩れた壁に潰されなかったのか痛ましいことにはなっていない。

 

「お兄ちゃん、ねえお兄ちゃん!」

 

 名前を呼ぶも、アキラはうすぼんやりとしか目を開けない。

 

「お兄ちゃんってば!」

 

 リンが大きく揺さぶると、

 アキラは安心したように目を閉じた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 ――最悪な結末にはなってほしくなかった。

 

 最悪な結末とはもちろん、今回被災したひとたちがエーテリアスによって簡単に(ほふ)られること。

 虫けら同然に体を放り投げられ、千切られ、引き裂かれ、殺されること。

 

「せめて人道的に死にたいもんだ」

 

 だからできるだけエーテリアスを引き付けて、隠れなければいけない――。

 

 

 僕の手の届く範囲の人たちはどうにか一か所に集まってもらうことができたと思う。静かにしていれば、あのシャッターの中なら見つかりにくいはずだ。あとは治安局の手に委ねるしかない。

 

 そして僕は……これまで積み重ねてきた自分の運動不足を呪った。

 

 

「はあ、はあっ……イアスと感覚同期して走っている時より、遅い気がする……いや、そんなことない、そんなことないはず……」

 

 迫りくるエーテリアスに捕まらないよう激痛を与える催涙スプレーを駆使して逃げているものの、数分の足止めにもならない。どうにかエーテリアスの視界から姿を消さなければ、と建物に入り込んだのがまずかった。

 ホロウに呑まれたせいで電気系統の一部が故障したのか、自動ドアがほんの少し開いた建物に僕は体を滑らせて入り込んだが、エーテリアスはその入り口からは入ることができないと踏んだのかすぐさま建物を攻撃した。そんなことは読めていたはずなのに、肉体疲労のせいで僕の脳みそもから回る。

 

「うわっ」

 

 崩れ落ちてきた壁から逃れようと必死になるが、体は言うことを聞かない。なんとか頭だけは守らないと――そう思って体を小さく丸めると、何かにぶつかったのかぐらりと意識が遠のいていった。

 

 だから、リンの呼ぶ声が聞こえたのは幻聴だと思ったんだ。

 

 

 僕が意識を手放してすぐ、リンの声が近づいてきた。

 腕を引っ張られ、痛いな、と思うもののそれは声に出せなかった。

 うっすら目を開けてみれば、そこにいるのはイアスで、助けに来てくれたんだなとすぐにわかった。

 わかったけれど、ぼんやりとした意識ではそれ以上何も考えられない。

 

「……ちゃん、お兄ちゃん……!」

 

 必死に呼ぶリンの声が、遠くなっていく。

 僕を揺らすイアスが、思い出の中の何かと重なる。

 

 

 

 ……イアスの小さな影が、段々と幼いリンの姿を思い出させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私、大きくなったらお兄ちゃんとけっこんしたい」

 

 隣に座る幼いリンが、足を抱えたまま寂しそうに言った。

 僕も同じように膝を抱えてそこに座っている。

 

 ――これは、幼い頃の記憶だ。

 

 近所の子どもたちと一緒にかくれんぼをしていた時の記憶。建設途中で放棄された敷地の中で、大人たちには内緒にしてそこで遊んでいた。僕たちはいつも二人同じ場所に隠れていて……その日は置きっぱなしになっていた大きなゴミ箱の裏に二人で座り隠れていたんだ。

 

「結婚?」

「うん。だってね、みんな、大きくなったらお兄ちゃんと一緒にいれないって言うの」

「どうして?」

「大きくなったらね、いつかけっこんして別々に暮らすんだって。私も、お兄ちゃんも」

「そうかぁ」

「だからね、私とお兄ちゃんがけっこんしたら、一緒にいられるよ! そうでしょ?」

「そうだね」

 

 僕の方が年上とはいえ、幼い僕も結婚についてはあまりよくわかっていなかった。

 

「お兄ちゃんは、私じゃない人とけっこんしたい?」

「うーん、考えたことないな」

「じゃあ私とけっこんしてくれる?」

「そうだなぁ……リンが望むなら、僕はリンと結婚するよ」

「やったぁ! あ、でも……けっこんはお兄ちゃんと妹じゃできないんだって」

 

 そうなのか、と驚くと同時に少しむっとした。

 

「誰に言われたの?」

「学校の子」

「結婚式が上げられないってことかなぁ」

「わかんない……」

「じゃあここでさ、内緒で結婚式しちゃおうよ。ここなら誰にも見られないし、誰にも怒られないよ」

「……ほんと?」

 

 僕の提案に、幼いリンは目をまん丸にして聞いた。

 

「うん、ほんと」

「でも私、けっこんのちかい、って、なんて言えばいいのか知らない」

 

 ちかい

 誓いか。

 僕はしばしの間上を見上げて考えた。

 

「それは僕も知らないなぁ……」

「………」

「………じゃあさ、僕たちだけの誓いを考えて決めよう」

「私たちだけの、ちかい?」

「うん。そうだなぁ、えーと……」

 

 ちょっとだけ体をリンの方に向けて、リンの両手の先を握った。

 

 

「僕、リンのお兄ちゃんであるアキラは『大好きなリンの嫌がることは絶対にしません』『いっぱいいっぱい優しくします』あ、でも『時々リンの為に怒ったりもします』んーと、とにかく『リンが好きなお兄ちゃんでいつづけることを誓います』!」

「……私の好きなお兄ちゃんで、い、つづけ、る?」

 

 僕の言ったことを、まだ半分も理解してないと言うように、リンは首を傾げた。

 

「さあほら、次はリンの番だよ」

「ええと、ええとねぇ……」

 

 舌ったらずなリンの声が、困ったように小さくなっていく。

 

「私は……私は、お兄ちゃんが、ずっとずーっと私を好きでいてくれるように、がんばります!」

「……あははっ、何だいそれ」

「だってお兄ちゃん、いつか私以外の人とけっこんしたくなっちゃうかもしれないもん」

「そんなことないよ」

「本当? ちかう?」

「誓ってもいいけれど、僕たちはこれからずーっと一緒なんだから、そんなことありえないだろ」

「ほんとかなぁ」

「疑り深い妹だなぁ」

 

 僕が笑うと、握っていたリンの手に、きゅっと力が入った。

 

「……あ、じゃあね、あれしよ! ちかいのキス!」

「おやすみのキスみたいに、ほっぺに?」

「違うよ! ちかいのキスは口にするんだよ、知らないの?」

「結婚式って行ったことないから」

「私、テレビで見たことある!」

「ドラマかい?」

「そう! お口にキスしたらね、みんながいっぱい拍手してお祝いするんだよ!」

 

 キスをしたら

 拍手をする

 想像してみて、首を傾げた。

 そういうものなのか、と。

 

「うーん、今は僕たちしかいないから、お祝いはしてもらえないけど」

「するの!」

「ええ?」

 

 突飛な妹の発言にはいつだって驚かされるけれど、僕はこの時今までで一番驚いたと思う。

 リンは手を離したかと思うと、

 僕の両頬を挟むようにして、

 僕の唇にちゅっとキスをした。

 

「!」

 

 目を丸くする僕を置いて、リンはすぐに離れてぱちぱちと静かに自分で拍手をする。

 幼い僕はきょとんとしながらも、妹に(なら)って小さく拍手をした。

 

「これでけっこんできた?」

「できたかも」

「じゃあ、もうお兄ちゃんは一生私のお兄ちゃん!」

「あはは、それを言うなら、えーと……夫、じゃないかな?」

「おっと? オットセイ?」

 

 夫、がなんであるかをいまいち説明できず、僕は苦笑した。

 

「えーと、結婚をしたらね、とにかく夫と妻になるんだ」

「何それぇ。違うよ、私たちお兄ちゃんと妹だもん」

「うーん……」

「いいの! ずっと大好きでずっと一緒にいる『お兄ちゃん』がいい」

「ん……そうか、そうだね。リンも、ずっと大好きでずっと一緒にいたい『妹』だよ」

 

 霞んでいく、幼い妹の笑顔。

 

 記憶が、まるで映画のフィルムみたいに色あせて、遠く、小さくなっていく。

 

 

 

 ――そうだ。

 だから、僕はリンの“お兄ちゃん”でい続けないとって、思ったんだ。

 リンを悲しませたくなくて……無意識に自分にそう暗示をかけていた。

 せっかく約束したのに、僕が反故(ほご)にしてしまうのか。

 酷い兄だ。

 

 それでも

 それでも愛してるって、伝えよう。

 このままだと僕はいつかリンに『嫌がること』をしてしまうかもしれない。

 望まれないのなら

 その前に僕から約束を破るんだ。

 リンを傷つけない為に……

 

 逃げないで、向き合おう。

 

 

 

 

 

 ***

 

 目を覚ますと、目の前には心配そうなリンが涙をあふれさせながらそこにいた。

 

「お兄ちゃん!」

 

 ぎゅうっ、と首元に抱き着かれて僕は息苦しさを感じる。

 

「リン……苦しいよ」

 

 抱きしめられながら、ここが病院だということに気が付いた。

 大部屋で、多分他にも人がいるのだろうけれど、カーテンで仕切られていて見えない。

 

「起きなかったらどうしようって思った」

「そんなわけないだろ?」

「でも、もし浸食がひどかったらって、どうしようって」

 

 鼻水を(すす)る音が聞こえる。

 泣きじゃくる妹の背中を撫でていると、ふと、幼い妹と僕の記憶が脳裏をかすめた。

 

 幼かった僕と妹。

 今はお互いに成長して、でも、こうして抱き合っている。

 

 言おう。

 僕がこれ以上おかしくなってしまう前に。

 君をこんなにも愛してるって。

 

 

 ようやく離れたリンの泣き腫らした表情を見て、笑いが込み上げてきた。

 ああ、なんて可愛いんだろうか僕の妹は。

 

「ふふっ」

「……お兄ちゃん?」

 

 リンの髪を撫でて、頬を伝った涙の(あと)を拭う。

 

「リン」

「何?」

「愛してるよ」

 

 (かす)れた声で、君だけに聞こえるように伝えた。

 

「リンのこと、愛してる」

 

 どんな反応をするだろう。

 軽蔑するだろうか。

 驚いて、僕をひっぱたくだろうか。

 

 さあなんでも来い。

 

 そんなことを考えたのに。

 

 

 リンは涙を止めて、僕の頬を両手でぱちんと挟むと

 

 

「私も!!!!!」

 

 

 そう大声を上げ、

 

 

 僕に口づけをした。

 

 

 

 

 

「……?? えっ」

 

「私も、お兄ちゃんのこと愛してる!」

 

 

「いや、リン――」

 

 

 

 ぐだぐだと僕が言う前に閉じてしまえとでも言うのか、

 リンはまた僕に口づけをした。

 

 

 

 

 

 ――どうやら全て、僕の杞憂だったらしい。

 




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