プロキシ兄妹の事情   作:nifrec.

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4.風邪を引いたら

「パエトーン、相談があるんだけど! ……って、あれ?」

 

 ビデオ屋奥の従業員専用部屋にニコの声が響き渡ったが、そこにいたのは驚いた顔の6号のみ。受付にいる18号はやれやれまたかといった顔で頭を振っている。

 

「ちょっと~、店長たちはどこにいるわけ!?」

 

 腕を組み不満げなニコに、6号は「ンナ、ンナ!」と手をパタパタと振りながら説明した。

 

「え? 何?」

 

 6号は天井を手で示し、それに釣られるようにニコは上を見上げた。

 

「ハハーン?」

 

 

 ***

 

 

「……お兄ちゃん、もう無理だってば」

 

 リンの口から熱い息が漏れる。

 

「そんなこと言わずに、ほらもうちょっとだから」

 

 焦ったようなアキラの声。

 

「ん゛んっ、でも、もういっぱいぃ……」

 

 リンの目には涙がうっすらと浮かび、熱っぽく頬が染まっている。

 

 身じろぎをしたせいで、ベッドが軋んだ――。

 

 

 

 

「……なーにイチャついてんのかしら?」

 

 

 ニコの声に、

 ベッドの上に厚着をして座り込んでいるリンと、

 お粥をリンの口に入れようとしていたアキラがハッと振り返った。

 

 

「ちょっとぉ、なんでニコが部屋に勝手に入ってくるのぉ」

 

 喉が痛いのか喋りにくそうにしているリンがむっとした顔で抗議する。アキラは匙の上のお粥をリンの口に詰め込むのを諦めたのか、サイドテーブルにお粥の入ったお椀を置いた。

 

「パエトーンに相談があってきたんだけど、ちょっとその様子じゃ無理そうね。風邪でも引いた?」

「昨夜はだいぶ冷えただろう、大方お腹を出して寝ていたんだろうと思うよ」

「ちょっと、お兄ちゃぁん゛……」

 

 げほげほ、と咳を一つしたリンの背中をアキラはそっと摩った。

 

「そういうわけだから、ちょっと今日は手伝ってあげられそうにないな。ニコ、またにしてもらってもいいかい?」

「んー、本当は急ぎなんだけど……ま、いいわ。その代わり今度の依頼はまけてよね!」

「それは約束しかねるけど……」

「リンも早く風邪治しなさいよ~? じゃないととっっっっても大事な顧客が! 別のとこに依頼持ってっちゃうわよ~!?」

「……はいはい、わかったってばぁ」

 

 ひらひらと手を振るリンを見て、ニコは諦めがついたのか「じゃーねー」とリンの部屋を出ていった。部屋に残された二人はまた「ほら、もうこれで最後だから食べて」「お腹いっぱいなんだってばぁ」とやりとりを再開したのだった。

 

 

 

 

 ***

 

「――ってことがあったわけ」

 

 事務所に帰ったニコが話した内容に、アンビーと猫又は真面目な顔でゆっくりと同じ方向へ首を傾げた。

 

「ニコ、それがどうかしたの?」

「風邪引いちゃったのか~、それでリンちゃんへお見舞いに何か持っていこうって話?」

「ちーがーうっての! やっぱあの二人、距離感おかしいわよねって話!!」

 

 ああ……と猫又は納得したような声を上げたが、アンビーはまだ納得していないようで首を傾げたままだ。

 

「距離感?」

「そうよ! なんていうかー、兄妹にしちゃ仲良すぎじゃないあの二人」

「仲が良いのは良いことよ。映画でも仲のいい兄弟や兄妹、姉妹、姉弟をよく見るわ。反対に仲の悪い間柄も見るけれど」

「仲が良すぎるの兄妹じゃちょっと怪しく思っちゃうってこと!」

「……わからないわ」

「はあ、アンビー……あんたのそーゆー天然なところ私は好きよ」

「ありがとう、ニコ」

 

 ニコは氷で薄まったボムコーラを喉に流し込むと少し躊躇いがちに話した。

 

「だって、もしかしてこの扉の向こうではいかがわしいことが起きてんじゃないかしらってドキドキしちゃったのよ。こんな会話の中開けても大丈夫? 本当に? って!」

「でもニコは開けちゃったんでしょ~?」

「開けるに決まってるじゃない! そんな二人の事情なんてあたしの相談ごとに比べたらどうでもいいもの!」

「言い切っちゃったぞ、この人」

 

 猫又は呆れ顔だが、アンビーはうんと一つ頷いている。

 

「私も開けるわ」

「でしょ!?」

「プロキシ先生たちが何をしていても私は驚かない」

「そういうことじゃなくって!」

 

 アンビーのとぼけたような回答に、猫又は笑顔を引き攣らせた。

 

「アンビー、さすがに男女が致してるところに堂々と入っていくのはよくないと思うぞ。気を付けた方がいいにゃ~」

「致している?」

「猫又! 可愛いアンビーに変なこと教えちゃだめよ!」

「大丈夫よニコ、私、映画から何でも学んでいるわ。男女交際についても」

「お、じゃあみんなで今度18禁のすごい映画でも観に行く?」

「猫又!!!!」

「冗談だってニコ~」

 

 今にも掴みかからんとするニコとけらけらと笑う猫又を見つめながら、アンビーは今しがた食べ終えたハンバーガーの袋をくしゃっと丸めた。

 

「……18禁映画、確かにそれもいいわね」

 

 その時事務所の扉が勢いよく開かれた。

 入ってきたのはビリーだ。手にはビニール袋が二つ。ニコのお使いから帰ってきたようだった。

 

「ただいま戻ったぜー! ……って、何だ? みんなして俺の事見て」

「あんたって成人扱いになるの?」

「ニコ、ビリーの精神年齢は人間でいうところの18歳にはまだ満たないと思うわ」

「確かに、知能機械人って年齢制限どうなるんだろ。製造年数? それとも知能テストで合格したらもう成人認定?」

「おいおいおいニコの親分もアンビーも猫又も、一体何の話してんだ?」

 

 

 

「「「ビリーはまだお子様って話」」」

 

 

 ぽかんとしたビリーをそのままに、三人は解散したのだった。

 

 

「……俺ってお子様だったのかー!?」

 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

『――ということだから、観てみたいのだけれど仕入れの予定はある?』

 

 ノックノックに連なった文面を見てアキラは頭を抱えた。

 アンビーの所望したビデオのタイトルは、

<愛に飢えた彼女たち>

<大人の階段を落ちた先>

<誰のモノでもない>

<ご主人様は××××>

 ――どれも18禁のラブストーリーだ。

 確かに芸術性に優れていることで有名な作品たちではあるが、これを店に置くとなると18禁コーナーが必須となる。管理も多少面倒だ。……とはいえそこではなく、これをアンビーが見てみたいというからアキラは驚きであり、そして困ってしまうのだ。

 何故ならば見てみたい理由が

 

『これを見ればきっとプロキシ先生たちのことがもっと理解できる気がするから』

 

「……これは一体、どういう意味だ……??」

 

 

 閉店作業中のアキラが急に固まってしまい、18号は不思議そうに首を傾げていた。

 

「お兄ちゃん、どうかした?」

 

 階段を降りてきたリンに声をかけられ、アキラはすぐ顔を上げて「いや! なんでもない!」とノックノックを閉じた。

 

「……リン、降りてきて大丈夫なのかい?」

「うん、だいぶ良くなったよ! 一日中寝てたからちょっと疲れちゃったくらい」

「お腹は減ってる?」

「お粥いっぱい食べたからそんなにだよ。お兄ちゃんは夜ご飯これから?」

「ああ、ラーメンでも食べてこようかなって」

「いーなー」

 

 むすっとしたリンの頬はまだ少し赤い。熱はまだ下がりきっていないのだろうと、アキラは思った。

 

「……いや、やっぱり今日はカップ麺にするよ。まだあったはずだ」

「え? 滝湯谷行かないの?」

「リンが元気になったら、また行くさ」

「ふふ、気使ってくれちゃって。優しいもんね、お兄ちゃんは」

「そうだとも、僕はリンのお兄ちゃんだからね」

 

 肩を竦めると、店番をしてくれた18号の頭を撫でて受付台の上から降ろしてあげた。18号はパタパタとお礼に手を振ると、充電をしにぽてぽてと走って行ってしまった。

 

「ふああ……あれ、あくび出た。あんなに寝たのに」

「身体が休息を求めてるってことだろう。早く風邪を治す為にも、また寝た方がいいさ」

「あーあ、もう風邪なんてやだよぉ〜。そういえばニコ、なんの相談だったんだろうね? あれから連絡来た?」

「いいや、ニコからの連絡はないな」

「そっかぁ〜」

 

 そう話していると、リンのパジャマのポケットからノックノックの通知音が聞こえた。

 

「噂をすれば、ってやつかな?」

 

 リンが画面を確認すると、アンビーだった。

 

「あれ? アンビーだ」

「!」

 

 しばらく画面を見つめ、リンの表情は見る見るうちに眉間にシワが寄っていく。大きな不安感がアキラを襲った。

 

「お兄ちゃん、アンビーと18禁ビデオの話したって?」

「えっ、いや、ええと、その……」

「お兄ちゃんに頼んでるところって書いてるけど!?」

「いやあ、知らないな……まだノックノック見てなくて……」

「絶対嘘でしょー! 二人でなんでそんな話してるわけ!? ……えっ、ちょっと待って、私のオススメのビデオはあるかって聞かれてる!? アンビーどうしちゃったの!?」

「いや僕にも何が何だか……」

「ひぇっ、あ、わわ、私もう寝るね! あ、18禁コーナーなんて作らないからね!? おやすみお兄ちゃん!」

「お、やすみ……??」

 

 急にバタバタと階段を駆け上がっていったリンを見て、アキラは状況についていけないまま1人取り残され呆けた顔をしていたのだった。

 

 

 ***

 

「……はあ、はあ、ど、どういうこと……?」

 

 自室のドアを閉め、そのまま床にへたり込むリン。両手で握りしめたそれを凝視し、肩をわなわなと震わせる。

 

『兄と妹の恋愛ビデオはたくさんありすぎてどれがいいのかわからなかったのだけれど、あなたのオススメはある? 経験者ならではの視点で選んでもらえるとありがたいわ』

 

『私、プロキシ先生たちのこともっと知りたいから』

 

『いいお返事を待ってる』

 

 

 

 

 

「け、経験者……? 兄と妹の、恋愛ビデオ……??」

 

 

「お兄ちゃんと、わた、私……?」

 

 

 頭が働かないのはまだ熱が下がりきらないせいなのだと思い込むことにして、リンはベッドに潜り込んだ。願わくば目が覚めた時ノックノックのその文章が消えてなくなっていますように、と必死に祈りながら――。

 

 

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