プロキシ兄妹は最後にちょっとだけ出る。
――これは少し前の、アンビーがアキラとリンに『ビデオ』を頼んだ頃の話である。
「パエトーンに、18禁ビデオの仕入れをお願いしたぁ!?」
ニコのどでかい声が事務所に響き渡り、耳の良い猫又は慌てて三角耳を塞いだ。そのすぐ隣にいたビリーはというと、聴覚モジュールの調整の為に現在全ての聴覚機能はオフになっており、悠々と隣で部品を弄っている。
「ニコ、正確にはパエトーンではなくビデオ屋店長としての二人にビデオの仕入れをお願いしたの」
アンビーの訂正は届かず、ニコはハラハラとした様子で頭を両手で抱えている。
「ししししかも兄妹モノの映画って、アンビー、それ思いっきり『パエトーンのふたりは兄妹だけど恋人同士ってコトこっちはわかってるのよ』って言ってるようなもんじゃない!」
「…………言ってはいないけれど」
「言ってないけど伝わるでしょ!?」
「でも、もしそれが真実なら私はもっと二人のことを理解したいわ。プロキシ先生たちのこと、信頼しているし、好ましく思っているもの」
「~~~~~っ、アンビーのその純粋な心は今ここで発揮するべきではなかったわ」
「?」
「あーもう、そんなんじゃあの二人に容易に話しかけることもできないじゃない!」
「そうかしら? でもニコが話せないなら、用がある時は私が行ってくるわ。いつでも言って」
「アンタが行ったら余計に話がこじれるでしょ!? もうっ、ちょっとほとぼりが冷めるまでアンタは! あのビデオ屋には! 出入り禁止!!!!!」
ビシッ!! と音が鳴りそうな程勢いよくニコの人差し指がアンビーの眼前に振り下ろされると、アンビーは少し小さな声で「わかったわ」と返事をした。
「――どれどれ~……ォオ!? 安く買ったやつだけど前のより雑音入らねーかも! なあなあ聴覚モジュールのアップグレード終わったからさ、誰かなんか俺に言ってみてくれよ~! あ、やっぱ音楽を音量でかめでかけてみるってのでもいいか!? いやこういう時は小さい音がちゃんと拾えてるかの確認をした方がー……って」
一人ウキウキわくわくとしたビリーに、冷たい視線が注がれる。ビリーは空気を読み取ったのか、「あれ?」と辺りをキョロキョロと見回す。ニコは険しい顔でアンビーに指を差したままビリーを振り向き、アンビーは心なしかしょぼくれた顔をしている。猫又は呆れたように額を抑えていた。
「何かあったのか?」
「ニコがアンビーをビデオ屋出禁にした」
「でっ、出禁だぁ~~~!?!? ……なんで?」
そんなビリーに対して仕方なし、というように猫又は先ほどの出来事をかいつまんで説明してやったのだった。
***
邪兎屋の仕事で外に出ていたアンビーがノックノックの音に気が付いたのは、六分街の雑貨店141の前を通り過ぎた時だった。夜の六分街は街灯があるといえど幾分か暗い。携帯端末を取り出して画面の明かりをつければ、アンビーの顔が照らされた。送り主はビデオ屋の店長リンだ。アンビーは表情を変えないが少し急いだようにメッセージの内容を確認する。
『アンビー!』
『言われてたビデオ』
『用意できたよ!』
『本当?』
『嬉しい』
『ありがとう』
『いつ取りに来れる?』
『こっちはいつでも』
『ごめんなさい』
『ビデオ屋へは行けない』
『出入り禁止とニコに言われていて』
『ええ!? どうして!?』
『ニコが何で出禁にしたかはわかんないけど』
『私は全然大丈夫だよ!』
『アンビーが来れる時に来て』
『それじゃあまずニコに聞いてみるわ』
『ありがとう、プロキシ先生』
そう返事を送って、それからビデオ屋を見ながら前を通り過ぎていく。
今寄って行けばすぐに頼んでいたものが手に入るというのに、アンビーはその性格ゆえ律儀にニコの命令を守っているのだ。
「……ニコは許してくれるかしら」
アンビーは不安からかぽつりと言葉を零すと、その後は何事もなかったかのように前を向いて帰路へとついた。
***
リンからメッセージがあった翌日、アンビーはビデオ屋へと赴いた。出入り禁止を言い渡していたニコは、リンからの連絡のことを聞くと諦めたように「いいわ、行って来なさい」と言ったのである。そして手に入ったビデオが今、アンビーが手にする紙袋の中に入っている。
「………」
ちらり、と袋の中を覗くと分厚いビデオケースのパッケージが見える。そっと手を差し入れ、中身を取り出す。タイトルの<二人暮らしの兄妹~ひとつ屋根の下で全部教えて~>は細い字体で書かれ、儚いイメージを抱く黒髪の男女が身を寄せ合っていた。
「………」
アンビーは静かにビデオを戻すと、紙袋の口を丁寧に折りテープを貼り直し、大事そうに抱えて足早に歩き始めた。
――そのビデオを再度紙袋から出したのは、それからしばらくして邪兎屋の仕事がひと段落した後のことだった。
「猫又~? ちゃんと事務所のドアに張り紙してくれたー?」
「バッチリ! 『ビリー立ち入り厳禁』って書いて貼っておいたぞ~」
「よし、これでおこちゃまは入ってこれないわね!」
猫又がぴょんとソファに飛び乗ると、ニコもソファの端に座り、アンビーが大事そうに両手で持つビデオのパッケージを両側から覗き込んだ。
「これがパエトーンが用意したR指定ビデオねぇ……なんだか安っぽそうな映画ね」
「アンビー、これって何時間あるの?」
「96分って書いてるわ、1時間36分よ」
猫又の質問に、アンビーはパッケージ裏に書かれた情報を指差す。配給会社は見たことの無いところだ。
「……これを観たらプロキシ先生たちのことがもっとわかるのよね」
「いやーそれはどうだろう。さすがに二人を題材に作られたお話ってわけじゃないんだから~」
「とにかくさっさと見ましょ! お菓子とジュースの用意はした!?」
「ニコ、準備万端よ」
「いやあお二人さん……さすがにそんなわくわくして観るようなのじゃないのでは。エッチな18禁映画でしょ?」
「別にエロが目的のアダルトビデオじゃないんだから楽しみ方はこれで合ってるわよ!」
「ニコ、それでもパッケージの裏には主人公の兄と妹がシーツの上で裸になっているシーンがある」
「わかってるわよ! ただいかがわしいだけの映画じゃないでしょって言ってんの!」
「おーい二人とも~、ビデオさっそく入れてもいい~?」
猫又がビデオデッキに件のビデオを差し込む。
アンビーは真剣な表情でじっとテレビ画面を見つめた。
ニコはさっそく半額のシールが貼られているお菓子の袋を開けると一口つまんだ。
<二人暮らしの兄妹~ひとつ屋根の下で全部教えて~>
タイトルはアダルトビデオ然とするものの癖に、始まってみれば雰囲気は陰鬱としている。ちなみに口コミサイトでは『タイトル詐欺!』と低評価がついているのをアンビーはよく見かけた。しかし口コミの中には「一つの芸術作品として見るべき」「エロいのを期待して見たら泣かされた」「多分二度と見ないけど忘れられない作品」といったような高く評価をしているものもあった。
仲の良い兄妹が幼い時代からストーリーは始まり、その後学生服を着た年代まで足早に進む。
2つ年が離れている兄と妹は田舎の安いボロアパートで父と母と暮らしていたが、ある日突然両親が失踪してしまう。何日待っても帰ってこない両親。兄妹は遠い親戚に引き取られることになったが、あまりにも二人離れようとしない兄妹に男女の関係になるのではと大人たちは忌まわしく思い、それぞれ別々の親戚が引き取ることになる。しかし唯一の肉親と引き離され、二人はそれぞれの家で癇癪や問題行動を起こし、手を焼かせることとなる。数年が経ち、親戚から見放され、学校にも通わなくなった妹はある日隣町で兄を見かける。兄も学校へは通わずに違法なバイトに手を染めていた。
兄がバイト仲間のツテでアパートを借りれることになり、妹を連れて遠い町へと移り住む。手入れのされていないアパートのワンルームで二人暮らし、妹は少し離れた街中でアルバイトを探そうとするが、身分を証明するものがなく門前払いを食らってしまう。そんな中兄は慣れない工事現場でのバイトで右腕を失うこととなり――お金に困った妹は、仕事を探しに出かけた街中で男に声をかけられ、売春を知る。
『お兄ちゃん、この体はお金になるんだって』
『何言ってるんだ、やめてくれ、俺が外で稼ぐ』
『できないよ、お兄ちゃん、腕がないのに』
『片腕がなくたって、なんとかなる』
『いいのよ、私がどうにか――』
『お前の綺麗な体を、そんな汚いことに使えない!』
兄の片腕に抱き寄せられ、呼吸を止める妹。
兄の愛情に涙し、頬をすり寄せ妹からキスをした。
『お兄ちゃん、体の使い方、教えてよ。私に教えて。そうしたらちゃんとお金を持って帰ってこれるから』
『そんなのいい、ずっと俺だけのものでいろ』
片腕の兄に組み敷かれ、女の声を上げる妹。
まだ年端も行かない二人が、ただ獣のように体を求め合う。
その後アンダーグラウンドな人間たちが住むその地域でさえ、この二人について噂になっていく。段々と外に出るのも
――ちゃぷちゃぷという水音の中、回想される兄妹の記憶。
――兄を呼び、嬉しそうに抱きつく幼い妹。
――妹を抱き止め、優しく頭を撫でる幼い兄。
『私、大きくなったらお兄ちゃんと結婚するの!』
『じゃあ大人になったらお兄ちゃんが指輪買ってやるからな』
『約束だよ!』
――切った手首から血が流れ、手を握り合った兄妹の指に絡むように伝っていく。
水に赤い色が滲む演出で、映画は終わった。
「……プロキシ先生たちも、ふたりの関係を誰にも受け入れてもらえなかったらこうやって命を絶ってしまうのかしら」
静かな音楽が聞こえるエンディングロールが流れる中、アンビーはそっと呟いた。
お菓子を食べる手が止まっていたニコが、目を見開くようにアンビーを見る。
猫又も、じっと息を呑んで足を抱えた。
「そんなわけ……!」
すぐに反論しようとしたニコだったが、映画の中で言っていた妹の『みんな当たり前に恋をしていて、私も同じようにしてるだけなのに、誰にも理解してもらえない』という台詞が頭を過ぎった。
「……す、少なくともあの二人はお金がなくて死に追いやられるような状況にはないわ。今のところ」
「でもニコ、ニコがお金をちゃんと払わないと二人はいつかお金に困ってしまうかもしれない」
「うっさいわねぇ! あとでちゃんと払うわよ! ……分割できないか交渉しないと」
パエトーンへの借金額と分割回数をぶつぶつと計算しているニコを横目に、猫又が残っている袋菓子に手を伸ばした。
「ま、思ってたよりはいい映画だったんじゃない? ストーリー自体はなかなか重かったけど、途中途中のシーンは絵になってたというか綺麗というか? 最後のシーンも悲しいけど綺麗だなーってあたしは思ったよ」
猫又が湿気たポテトチップスを噛み砕いてそう言うと、アンビーはしっかりと頷いた。その頬には涙の痕がある。どこの部分で泣いたんだろうかと猫又はもう一枚ポテトチップスを口に放り込みながら考えた。
「……とてもいい映画だったわ、今度もう一度見てみようと思う。一回見ただけじゃ、この子たちの考えが読めなかったから。あと、両親のことも」
「両親についてわかるとこなんてあったかなぁ?」
「最初の方に両親が映っていた写真立てや何かの書き置きがあったりしたの。一時停止してよく見てみないと」
「アンビーはほんと映画のことになると熱心だ」
アンビーと猫又の会話をよそにお金の計算をしていたニコは突如立ち上がると、意を決したように拳を握った。
「よし、行くわよ!」
「ニコ、どこへ行くの?」
「どこってもちろんパエトーン……あの二人のところよ! 分割払いの話をしに行くわ。善は急げってね!!」
ニコはずんずんと歩いていき、事務所の出口へと向かった。
「ニコもきっとプロキシ先生たちが心配になったのね」
「……ニコってば結構影響されやすいんだな~、そーゆーとこがかわいいぞ!」
アンビーと猫又が後を追うと、ニコが事務所のドアを開けようと……四苦八苦していた。
「何をしているの、ニコ」
「ドアが開かないのよ~!!」
「んん~? どれどれ~??」
ニコとアンビーと猫又が三人でドアを押してみると、何かが外でずずず……と動いた。猫又が少しだけ開いたドアの隙間から顔を出し見てみると――
「……あれ、ビリーがドアの前で座り込んで停止してる」
「ちょっとビリー! ビリー!! そこどきなさ~い!!!」
少ししてビリーが動き出し、慌てて立ち上がるとドアを開けた。
「わりぃわりぃ、なんか入るなってドアに貼ってたからよーしばらく仮眠でも取るかと思って機能を一時オフにー……ってかなんで俺立ち入り厳禁になってたんだ!?!?」
ニコ、アンビー、猫又の三人は顔を合わせて黙り込んだ。
(((そういえば張り紙貼ってたっけ)))
……などと、口には出さずとも三人ともが同じことを考えていた。
***
「パエトーン!! アンタ達お金に困ってない!?」
バーン!! と勢いよく開かれたビデオ屋奥の扉。
中には驚いた顔のアキラとリン。からの、呆れた表情とため息。
「ニコ、その毎回いきなり入ってくる芸やめてくれない?」
「僕たちは今のところお金に困ってないけれど、ニコからの返済が滞っていることには困っているよ」
「わ、わかってるわよぉ! だから、そのぉ~……」
「「?」」
ニコが分割払いについて言い出せずもじもじとしていると、その後ろからひょっこりと邪兎屋の従業員たちが顔を出した。
「ニコ、しっかり言った方がいいわ」
「そうだぞニコ~、ニコの返済が二人の命を救うんだぞぉ?」
「そうだそうだ! って、命を救うってなんだ?」
アンビーや猫又、そしてビリーの言葉にニコは上手く言えずにいた口を小さく開いた。
「その、し、支払いをぉ……分割払いにしたくって……」
「え? 今でも払える時に細々と返してるじゃない」
「そうじゃなくて! ちゃんと毎月決まった額をってことよ!」
「ええ~!? あのニコが、毎月決まった額を支払ってくれるの!? 今日は一体どうしちゃったの??」
「うっさいわねぇ!! あたしだってね、払う時は払うんだから!!」
「……ニコ、僕たち今のところ本当にお金に困ってはいないよ?」
リンやアキラの心配をよそに、ニコはどこから出したのか薄い封筒を二人に押し付けた。
「……来月も! 同じ額払うから! 返し終わるまでしっかりパエトーンを続けてなさいよね! あと命は大切にしなさい!!」
「「???」」
ニコが言い切ると、アンビーと猫又も頷いてプロキシ兄妹に寄ってきた。
「プロキシ先生たちがいなければ、邪兎屋はきっとこの先やっていけないわ」
「アキラ~リンちゃん~この世には楽しいことがあるんだ、もっと視野を広く持たなきゃだめだぞ?」
「そうだぜ店長たち! なんかよくわかんねーけど、楽しく生きよーぜ!!」
言いたい事を言い終わったのか、邪兎屋の面々は部屋からぞろぞろと出ていく。
ぽかんとしたままの兄妹を置いて。
しかし、ひょっこりとアンビーが一人で戻ってきた。
閉まりそうになっていたドアの隙間から顔を覗かせ――
「
……だからプロキシ先生たちが
手を繋いでいても、
体を寄せ合っていても、
私たちは誰も気にしないから。安心して。
――それじゃ」
アンビーは少しだけ笑うと、丁寧にドアを閉めて行ってしまった。
壁を隔てた向こうでもう一つのドア――ビデオ屋の出入り口が閉まる音が聞こえた。
邪兎屋がいなくなり、店内はしんとなる。
まるで嵐が去ったようで、アキラとリンは顔を見合わせた。
「……ア、アンビーったら何言ってんのかな~あはは」
「アンビーは映画に影響されやすいからね」
そう言って目が合い、アキラとの距離が近いことに気が付いたリンはハッとしたように一歩横に体をずらす。
アキラもそれに気が付いたのか、少し気まずそうに頭を掻いた。
「やっぱりアンビーにあの映画を渡したのは失敗だったかもしれないな」
「そうだね……こ、今度からは、全部断ろう! あいや、その、兄妹モノの映画は、断ろっか」
そう言うとアキラもリンもアンビーに渡したビデオの内容を頭の中で思い返し……じわじわと顔を火照らせ始めたのを見張り番である6号は見逃さなかった。
「ンナ、ンナナ」
(訳:二人とも、ゆでだこみたい)