プロキシ兄妹の事情   作:nifrec.

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9.腕の中のぬくもり

 

「ンナナ~」

 

 店番をする18号のあくびにも似た鳴き声が静かな店内に響いた。

 昼時、<Random Play>に客は人っ子一人いない。

 開店休業状態などと言われても仕方がないが――店内の奥、客の立ち入ることのできないその部屋の中では今まさにこれから人命救助が行われようとしていた。

 

 

『――工事の片づけ最中にどうもグレースたちが裂け目に落っこっちまったみたいなんだ。アイツらはキャロットも持ってないし、いなくなった場所の特定は出来てはいるが、現場の人間がその先を追っていくのも無茶に近い。そういうわけで悪いな、プロキシ。グレースたちを探してきてくれ』

 

 電話口から発せられるクレタの声がリンの耳に届くと、アキラが目配せをしてH.D.Dの前に座った。

 

「オッケー、クレタ。さっきアンドーさんがうちの店まで来てくれたから、今頃イアスは無事にホロウの入り口に到着した頃だと思う。お兄ちゃん、そろそろ繋ぐよ」

「ああ、まかせて」

 

 アキラが電話の向こうにも聞こえるように少し声を張ると、クレタの『頼んだぜ』という声が聞こえてきた。

 リンが電話を切り、そしていくつかのスイッチを入れると、「いってらっしゃいお兄ちゃん」とボタンを押した――。

 

 

 ***

 

「お、繋がったか? プロキシ」

 

 イアスと完全に感覚同期できたと同時に、隣からアンドーさんの声が聞こえてきた。イアスの体を通して見上げてみれば、彼は腕を組んでこちらを見ている。

 

『うん、準備オーケーだよ。さあ行こうか』

 

 僕がそう言うと、アンドーさんは僕をひょいと脇に抱えた。

 

「っし、そんじゃオレが抱えて走ってやっからよ。とっとと行こうぜ!」

『落とさないようにだけ気を付けてくれ』

「おうよ!」

 

 僕の最初の指示を聞くなり、アンドーさんは走り出した。

 道中アンドーさんに再度確認したが、裂け目に落ちたのはグレースさんと他に二人の作業員だそうだ。救難信号が出ているのは三か所、どうやらすぐに見つかりそうだと一安心した。

 

 走り出してから三分と立たずに最初の一人目を見つけ出した。近くにはエーテリアスがいたが、瓦礫の陰に隠れてやり過ごしていたようだ。辺りのエーテリアスをアンドーさんに片づけてもらい、それから次の救難信号へと向かう。

 

 二人目もあっという間に見つけた。だが裂け目から出てきた場所が悪かったのか、崩れかけた建物の上部に取り残されたように座り込んでいた。アンドーさんがそこまで登り、どうにか救助すると若い男性作業員は「ありがとうございましたぁぁ~~」と鼻水を出しながら泣いていた。

 

 そして残るはグレースさん。

 救難信号は出ているものの、動いている様子を見るとエーテリアスと交戦中なのかもしれない。急いで向かうことにした。

 

 

 ***

 

「グレース! おーい、出てこい!!」

 

 アンドーさんが大声で呼びかける。あまり音を立てるとエーテリアスに気づかれるかもしれないが……仕方がない。出てきてもアンドーさんが何とかするだろう。

 

『グレースさーん!』

 

 地面に下ろされた僕も声をかけてみる。

 最後に救難信号が確認されたのはこの辺りだ。すぐに見つかるかと思ったけれどグレースさんは一向に姿を現さない。アンドーさんは痺れを切らし、僕や他の作業員二人を置いて辺りを探しに行ってしまった。

 

『困ったな……リン、場所は間違いないよね?』

 

 H.D.D前で作業をしているリンに声をかける。

 

『うん、ここで間違いないはず。何かあったのかなぁ……』

『マスター、急激に迫る生体反応あり。救助対象者のものと思われます』

 

『えっ、本当かい』……と、言おうとしたその瞬間、すごい勢いで後ろからどつかれたような衝撃を感じた。

 

『!?』

 

 それからぎゅっ、と優しく……というよりは力強く、熱い抱擁を感じる。耳元で悩まし気なため息が聞こえた。

 

「はあ……イアス、お姉さんの為にここまで迎えに来てくれたなんて……私はなんて幸せ者なんだろう。さあ、この出会いに感謝して今ここで君をちょっとばかし開いてみせて――」

「何やってんだグレース!!!」

 

 慌てたアンドーさんの声が聞こえてきた途端、苦しい程の抱擁は腕の力が多少弱まり、優しくなった。僕はほっとして胸を撫で下ろす。

 

「救難信号がこの辺りで止まったってのに、お前はどこ行ってやがったんだ!」

「ああ、悪いアンドー。どうやらエーテリアスとの戦いの最中に発信機を落としたみたいだ。でもこうやって会えたんだから良いじゃないか」

「ったく……プロキシ、とにかく救出は成功だ。助かったぜ。あとは出口まで案内頼む」

『ああ、まかせてくれ』

 

 

『お兄ちゃん、グレースさん見つかった!?』

 

 

 妹からの通信が入り、『ああ、どうやら無事だったようだ』と返す。それからFairyに指示を仰いですぐに出口を探した。出口までは少し歩くが、エーテリアスの反応は無く比較的安全なルートだ。僕は行先をアンドーさんに指示し、また抱えてもらおうかと思ったが……

 

『……ええと、グレースさん。一度アンドーさんに僕を渡してもらえると助かるんだけど……』

 

 グレースさんは僕の声が聞こえているのかいないのか、イアスのボディをぎゅっと抱きしめ頬擦りをすると大変嬉しそうに口元を歪ませた。

 

「はあ、この柔らかさ、本当にたまらないよ……イアス、君が良ければ今日は私の部屋に連れて帰りたいんだけどどうだろう? 大丈夫、目いっぱい優しくしてあげるから心配はないよ!」

『うん……全く良くないのでお断りさせていただいてもいいかな』

「ああっ、でもこの機会を逃すと次いつ君に会えるかわからない! 私はもっと君を堪能したいんだ! 出口に着くまでの時間が長ければいいんだが……とにかくそれまでは私の腕の中にいてくれるかい? かわいこちゃん」

 

 優し気な言い方だが、その腕に込められた力は有無を言わせぬものだった。アンドーさんに『助けて』と目配せをしたものの、こうなったグレースさんを止められる者はいないのか、アンドーさんは「悪いなプロキシ、出口までだ」と頭を掻いた。

 

『はあ……仕方ないな』

『仕方ないってお兄ちゃん、今グレースさんに抱っこされたままってこと!?』

 

 リンの声が聞こえる。音割れする程の声量だ。

 

『ああいや、その、出口まで運んでいるだけだよ』

『でも抱っこされてるんでしょ!?』

『いや、ええと……』

 

 口ごもっていると何やら作業を始めたリンがしばしの間黙り込み、そして

 

『グレースさん! お兄ちゃんを抱きしめるのやめてください!!』

 

 ――イアスからリンの声が発せられた。

 

『リン……僕と同じチャンネルで話すのやめてくれないか……』

『だってこうしないとグレースさんに聞こえないでしょ!?』

『言ってもグレースさんはやめてくれないよ……』

『グレースさん! お兄ちゃんを離して!』

 

「おやおや、安心してよ。私が抱きしめているのは君のお兄さんじゃなくて、イアスだから」

 

『ボディはイアスでも、今はお兄ちゃんなんです!』

 

 感覚同期をしていると、自分の身体からリンの声が発声されているようで奇妙な気分になる。リンはしばらくグレースさんに文句を言っていたが、出口が近づくと自分の仕事に戻ったのか静かになった。

 

『グレースさん、この先が出口だ。このまま歩いて行って大丈夫だよ』

「ああ、もう至福の時間は終わりなのかい? とても残念だよ……」

「おいグレース、バカ言ってねぇでさっさと帰るぞ! 社長が待ってんだ!」

「仕方ないね。じゃあイアスをこの後ご主人のところへ連れて帰るのは私が――」

 

 

 

 

 ――プツン、とテレビが消えたみたいに感覚同期が切れた。

 

「ん……ああ、切ったのか」

 

 何も言わず勝手に切るなんて珍しいなと思いながら――少し違和感を感じる。

 さっきまでグレースさんに抱きかかえられていた為、背中に圧を感じていたのだけれど……それが今も変わらず、感じる。見れば首周りに腕が巻き付いている。これは、リンのか。

 

「……リン?」

 

 身を(よじ)れば、違和感の正体にすぐ気が付く。

 椅子に座っている僕の後ろからリンが抱きついているんだ。

 何故かは……わからないけれど。

 

「戻ってきたよ、リン。――リン?」

 

 リンは何も言わない。

 何かあったのだろうか、顔を見ようとすれどもリンの顔は僕の肩にうずめられている。

 

「………」

 

 少し体を動かそうとして――リンの胸が背中に当たっているのを感じ、固まってしまった。柔らかな肉感。先程もイアスを通してグレースさんの胸を感じていたにはいたのだけれど、イアス越しに感じるのと生身で感じるのはまた別だ。

 

「……リン、その……離してくれないかい?」

「やだ」

「え」

「やだ」

 

 拒否。

 まさかそう来るとは思っておらず、僕は何と言えばいいのかわからなくなってしまう。

 

「だってお兄ちゃん、グレースさんにこうされてたじゃん」

「……グレースさんはイアスを抱いていただけだろう?」

「………」

 

 見なくても、怒っているのがわかる。

 何故怒るのか。

 お兄ちゃんが取られた寂しさ、だとしたら……あまりにも幼い。

 昔ならいざ知らず、今そんなことを考えるだろうか。

 

 ああでも、そうか。考えるかもしれない。

 

「……リン、ちょっといいかい」

 

 少し断りを入れると、リンはそっと離れて立った。

 僕は椅子を回転させ立ち上がると、両手を広げる。

 

「ええと、そうだな……コホン。おいで、リン」

 

 幼い子を(なだ)めるように、優しく声を出す。

 リンは少し泣きそうな顔で、でもどこか躊躇(ためら)ったように、ゆっくりと僕に近づいてきた。

 

 リンが僕の胴体に両手を伸ばし、

 背中に手を回す。

 僕の胸部に頬を押し付け、

 優しく抱きしめてきた。

 僕もリンの背中に手を回し、

 ぎゅっと抱きしめ返す。

 それから、頭をぽんぽんと撫でた。

 

「……寂しくなったのかい?」

「………」

「ははっ、まるで子どもじゃないか」

「……これでも立派な大人ですー」

 

 少し鼻声混じりの返答。

 泣いているのだろうか。

 とん、とん、と背中を優しく叩いてやれば、リンは僕の胸に頬擦りをした。

 

 昔から寂しくなるとよく抱きついてきたリン。

 その頃と何も変わらない。

 ぎゅっと抱いてやると、体が温まって落ち着くのかすぐに離れていくんだ。

 僕の体温は低いという癖に、僕の温もりを求める。

 僕も、

 温かくて柔らかなリンが好きだ。

 

 

 

「……お兄ちゃん」

 

 

 リンが身を捩って、僕を見上げる。

 ぎゅ、とリンの腕に力がこもった。

 

 

 

 

 

「キス、ってしたことある?」

 

 

 

 

 

 

 リンの唇が震えた。

 僕に押し付けられた胸が

 布地を通して存在を伝えてくる。

 僕は

 僕のモノが急に自分が『男』であることを主張し始める。

 

 

 

 

「――えっ?」

 

 

 

 リンの言葉に理解の追い付かない頭と

 男女の抱擁に即座に反応をし始める体と

 

 

 熱望するような表情で僕を見る妹。

 

 

 

 

 今まさに理性を手放せばその小さく柔らかな唇に獣のごとく噛みついてしまいそうになる。逃げようとする腰を引き寄せてそのさらりとした髪を撫で後頭部を押さえるだろう。全て知り尽くしているはずの妹の未だ知らぬ口内を隅々まで調べ尽くすかもしれない。布地に隠され知らぬ間に豊かに育った体を暴いて滑らかな肌の上で指先を滑らせたい。全部を僕のものにしたい執着心が、頭をもたげる。

 

 

「……っ」

 

 息を呑んで、

 

 

 瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

「お疲れ、リン。少し休憩しておいで」

 

 

 

 

 ***

 

 ノックの音が室内に響く。

 ガチャ、と扉が開いたかと思うと入ってきたのはイアスを小脇に抱えたアンドーさんだ。

 

「おおプロキシ、連れて帰ってきたぜ」

「アンドーさん。早かったね」

「そうか? ちゃんと安全運転で来てやったからよ、ほれ、おたくんとこのボンプは五体満足だ」

「あはは、実はグレースさんが連れて帰ってくるのかとひやひやしていたんだ」

「アイツは何しでかすかわかんねーからな、裂け目に落ちたっつーこともあって今頃社長と病院で検査中だ」

「そうか、他の二人も大丈夫そうかい?」

「なーに、全員かすり傷程度だったし大丈夫だろ!」

 

 にかっと笑ったアンドーさんに、僕も微笑み返す。

 床に下ろされたイアスはぽてぽてと僕の方へ走ってくると、怖いことがあったのか僕の脚にしがみついた。

 

「……グレースさんが怖かったのかい」

「ンナァ……」

「よしよし、もう安心だよ」

 

 イアスを撫でてやると、そっと抱き上げた。

 

「そういやもう一人のプロキシはいねぇのか? グレースが悪いことしたっつって謝っとけって言われたからよ、謝ってやりてーんだが……」

「ああ……イアスを抱きしめてたことかい? 妹はちょっと部屋に行ってるんだ。後で僕の方から伝えておくよ」

「悪ぃな。にしても兄貴想いのいい妹だよなぁ! いつ見てもお前らはいい兄妹だ!」

「はは、小言が多いだけさ。むしろ今は僕の方が……いや、何でもない。イアスを届けてくれてありがとう」

「おう、金はオレが戻ったらすぐ振り込むようベンに言っとく。今回も感謝してるぜ、またなあんちゃん!」

「当然のことをしたまでさ。じゃあね、アンドーさん」

 

 颯爽と帰っていくアンドーさんを玄関まで見送り、手を振った。

 抱きかかえていたイアスを床に下ろすと、イアスは一目散に階段を駆け上がっていった。

 

「充電かな」

 

 僕は片づけをするべくもう一度奥の部屋へと戻った。

 

 

 

 ***

 

 ぽてぽてぽてぽてぽて

 イアスの足音が二階の廊下に響く。

 ぽてぽてぽて ぽて

 

 真っ先にアキラの部屋へ充電しに行くはずのイアスだったが、リンの部屋の前で立ち止まる。

 

「……?」

 

 閉まり切っていないドアに気が付き、イアスはそっとリンの部屋の中を覗き込んだ。

 ソファの上でクッションを抱え込み、小さくなっているリンが見えた。

 

「ンナ!」

 

 ただいま、とイアスが声をかけると、リンはゆっくりと顔を上げて微笑んだ。

 

「おかえり~イアス」

「ンナ?」

「ううん、入っていいよ。……おいで!」

 

 リンに呼ばれて喜んだイアスはドアを開けてリンの元へと駆け寄って行った。

 リンが体を起こし、ソファに座り直すとイアスを両手で持ち上げ、抱きしめる。

 

「お疲れ様、イアス」

「ンナ~!」

「無事に帰ってきてよかったよ~、グレースさんに何かされちゃうかと思った」

「ンナナ!」

「ふふっ、怖かったよねぇ」

「ンナ?」

「え? うーんと……ちょっと具合悪くて寝てたの」

「ンナ!?」

「あはは、もう大丈夫だよ。すぐ下に降りるから」

「ンナァ……」

「……イアス、お兄ちゃんどうだった?」

「ンナ?」

「私……お兄ちゃんを傷つけちゃったのかも」

 

 

 

「お兄ちゃん、怯えてた」

 

 

 

 優しく、ゆっくり、イアスを撫でるリンの手。

 視線の先はぼんやりとどこにも定まらない。

 口を閉じ、静かに呼吸する。

 頭の隅で、リンはアキラの表情を思い返していた。

 

 驚いたような顔、

 困ったような顔、

 それから

 少し肩を震わせ

 何かを堪えるような顔。

 

 

 

「でも私も、なんであんなこと言っちゃったのかわかんないや。変なの」

 

 

 呟きは空に溶け、

 

 リンは自分の唇に触れると、唾を飲んだ。

 

 

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