「………随分とアドラーは腑抜けたな」
ギルベルト・ハーヴィスと刻まれた墓石に花を手向ける。
今、メルビンの後ろにいる女性はただそれを眺めるのみだ。
「腑抜けた…か、英雄は倒された。ゼファーによって」
「……そうか、ヴァルゼライド閣下は倒れたのか」
何処か、弟ならそれも出来たという気持ちになる。
何処か、姉に似た女性をパートナーにした弟なら、
きっと同じ英雄を倒す事を出来るだろうという感覚がある。
「……今のお前はなんだ」
「さぁな、メルビン・コールレインかとも思ったが……
どうやら違うらしい」
恐らく、メルビン・コールレインは自室で寝ているだろう。
なら此処にいる自分は何かという訳になるが、
自分もメルビン・コールレインであると言える。
「一つ聞かせろ、貴様はゼファーに」
「ゼファー……いや、俺が会いたいのは奴ではない」
「何を」
「聞かせろ、チトセ。閣下が居るというのは?」
「英雄は死んだ、ゼファーに倒された」
「………いや、来るはずだ。閣下なら、俺が本気を出せば。
お前を倒し、ゼファーを倒し、蘇るはずだ。理由?勘だよ。
何故か…ヴァルゼライド閣下なら出来るからだ!
例え倒れようと、例え死に瀕しようとあの御方なら、
まだだ!まだだ!!まだだ!!!と、声を上げる筈だ」
メルビンの言葉を受け、チトセの目が変わる。
理解している、最悪だ。
今此処にいるメルビンはアドラーに、
ヴァルゼライドに執着している。
「俺は……ヴァルゼライド閣下になりたい」
「だからこそ……最強を証明すると?!」
「あぁ、閣下を裏切り……ましてや、
星辰体感応奏者技術の流出すら防げない!
そして、我が同志、ギルベルト・ハーヴィスを
貴様らは殺した。………何故だ!アドラーには、
ヴァルゼライド閣下と、ハーヴィス中将が必要だった!」
光の濁流が辺りを包む。だが、チトセは理解している。
少なくとも、メルビンにとって敵とは自分の事だと。
「俺は決めた。アドラーを最盛期へと戻す。
閣下の再臨、黄泉からの復活。できるはずだ。
ハーヴィス中将も、審判者たる彼ならも!
そうだ、ヴァルゼライド閣下なら出来たのだ!
ならば、我々にできぬ道理はない」
「……やはり、魔星とかしたか。
良いだろう、かつての上官の好だ。私がお前を冥府に送ろう」
「創生せよ、天に描いた星辰を───我らは煌めく流れ星
ああ懐かしき黄金の時代よ。天地を満たした繁栄よ
幸福だったあの日々は二度と戻らぬ残照なのか
時は流れて銀、銅、鉄───
荒廃していく人の姿、悪へ傾く天秤に私の胸は切なく激しく痛むのだ。
人の子よ、なぜ同胞で憎み合う。なぜ同胞で殺し合う
正義の女神は涙を流して剣を獲る
ならばその咎、この手で裁こう。愛しているゆえ逃さない
吹き荒べ、天罰の息吹。疾風雷鳴轟かせ鋼の誅を汝へ下さん
―――悪を討て
超新星───無窮たる星女神、掲げよ正義の天秤を
Metalnova Libra of the Astrea」
大気というメルビンと同じように普遍的な事象を統べる星辰光。
気流操作能力。大気という普遍的な事象を統べる。
竜巻の創造に始まり、果ては積乱雲の発生による雷撃など、
これを発現している間の彼女は生きた気象兵器と化す。
高出力、並びに全方位に満遍なく優れているという理想的な万能型ゆえ、あらゆる場面での活躍が可能。
さらに言えば、メルビンと相性も良い。
「創生せよ天に描いた星辰を――我らは煌めく流れ星
例え堕ちようとその光を喪わず、絶えず輝き続けよう。
闇夜を照らし、全てを拾い、掬う英雄の姿を今、刮目せよ。
汝、光を夢見る者なら渇望せよ。
汝、闇を生きる者達ならば救いを求めよ。
汝、悪に生きるものなら断罪を受け入れよ。
群衆よ、神をも降し、悪魔も屠ろう。今、英雄は此処にある。
我は今、正義也!
超新星 ーー輝ける正義の天秤は今、傾いた
Metalnova shine Libras leaning」
光とは、太陽という恒星がある限り存在し続ける普遍的な物。
ましてや、火、雷光、電気、光る者すべてからエネルギーを
吸収する事が可能であり、光を吸収出来る限りメルビンは
異常に戦い続けられる。
だからこそ、チトセはすぐに嵐を巻き起こす。
太陽光がない分暑い雲、しかし光はそれでも訪れる。
「……くっ…風か」
「鎌鼬だ、聞いたことはないか?」
「く……」
光は確かに来ているだろうが、雷のない雨と分暑い雲。
光の吸収率が著しく低下する。
「……光の速度ではなかったのか?」
「馬鹿か…そんな高速移動をすれば人は死ぬ。
アニメーションの世界の話だ。ソニックブラストも起こらず、
土地も無事、そんな事ある訳が無い」
メルビンの光は身体強化も出来るが、
そんなアニメーションじみた力はない。
どちらかと言えば、スタミナと傷の回復がメインだ。
「ゼファーが来る前に、貴様を」
「……そうだ、何故気付かなかったのだ」
「…嫌な予感がするものだな」
チトセの攻撃が激しくなる。
蛇腹剣だけでなく、鎌鼬による斬撃、
しかしメルビンはそれらを受け流し、見切り始めている。
「
「有り得ん…貴様の星辰光はあくまでも吸収の筈だ!
何故…何故お前から光が溢れる!!」
「人の心の光、正義の光、俺にはそれがある。
俺自身が光、つまり正義なのだ!そして、俺の目的を、
アドラーにとっての未来を奪わんとする貴様は、
〘悪〙だ」
メルビンから極光が走る。いや、もうそれは極光ではない。
チトセは知っている、戦場で、その光を何度も見た。
英雄の放つ光と同類、まさに
「絶滅光…だと」
本来、メルビンはチトセの右腕になるために生まれた
星辰体感応奏者だ。
正義の女神アストレアと女神の所持する天秤。
だが女神の所有物が今、完全に手を離れ暴走を開始する。
「……くそ」
光によって、大気が変貌する。
光によって分子が崩壊し、雲という形を保てなくなる。
生まれる快晴の青空、普段なら良い景色だとでも言うだろう。
だが、快晴とはメルビンが最も力を解放できる状態。
さらに、何故か自ら生み出すまでに至っている。
「……ギルベルトが言っていた。お前は、いずれ自力で
そこにいるのは星辰体感応奏者ではない。
人造惑星『
英雄に憧れ、それでも届かなかった男は異界から帰還し、
ついに自力による覚醒をしたのだ。
「………どうした、何故止める」
「アドラーにはお前は必要だろう。ヴァルゼライド閣下と
ギルベルト中将を殺すのに加担した事に違いない…が、
それでも憎いことにお前はアドラーに必要なんだ」
それはメルビンの断裁者の理性。
アドラーに忠誠を誓い、ヴァルゼライドに忠誠を誓い、
個人的な気持ちよりも、理解できる。
それに、チトセは少なくとも汚職をしたことは無い。
昔からある一点を除き、完璧な女性だった。
「……随分と柔らかくなったな」
「この際はっきり言うが、俺は死んでいない。
今此処にいる肉体は本体と切り離されたものに過ぎない。
閣下とギルベルト中将を呼び戻したいが、
そのために誰かを殺す事はしない」
刃を納めるメルビンに警戒しつつも、チトセも納める。
変わらず盲信しているようにも感じるが、何処か、
そうではないという感覚があるり。
「死んでいないのなら、何処にいた」
「異世界だ」
「頭馬鹿になったか」
「黙れよ、人の弟の尻を追いかける頭ピンクが!」
かつてならこの様な会話自体が無かっただろう。
やはり、記憶にある頃よりもマシになっている。
「異世界転移だ、獣の耳を生やした人類。
エルフという、過去の偉業により他者を見下す弱者、
我が友を襲撃し、悪だと吹聴する者達。
そして何故か娼婦の頂点に上り詰めた元部下に、
俺の作り上げた部隊」
「……何するつもりだ」
「閣下と一度話をする、又は……ゼファーとの決着を付ける」
「……貴様、俺は此処を動くつもりはない。
そちらが勝手にしろ、攻撃するも良し、俺はアドラーには
手を出さんさ」
メルビンは笑いながら姿を消した。
「……面倒な事だ」
チトセは忌々しげに呟いた。