もしも綾小路清隆が◯◯の前で撃たれたら 作:せご曇(せごどん)
もしも綾小路清隆が堀北鈴音の前で撃たれたら①
高度育成高等学校での2年生の生活も残すところあと僅か。既に1月となり、3学期を迎えていた。
冬休みには、恵との間にあった蟠りが解消され、今ではこれまで通り……いや、これまで以上の恋仲へと発展している。恵の側から見れば、の話ではあるが。
オレは寮の部屋を出てエレベーターへと向かう。今日は一段と冷えていて、指先がチリチリと痛む。どんな訓練を受けていようとも、寒いものは寒い。ホワイトルームで教育も、人間の生理的な反応まではコントロールしきれない。
エレベーターがオレの住む階に到着し、扉が開く。そこには、女子生徒が1人乗っていた。
オレたち2年Bクラスの生徒────堀北鈴音だ。
「おはよう」
オレは朝の挨拶をする。
「おはよう」
堀北からも同じように挨拶が返ってきた。
オレと堀北は、入学当初からの付き合いである。高育行のバスの中で、オレは当時はロングヘアの堀北の近くに座っていた。
入学から間もない頃は、堀北は一言で言えば「一匹狼」という性格をしていた。他者との関わりを避け、自分の研鑽にのみ力点を置く。魅力的な外見を持ち合わせながらも、人間関係における軋轢を生むのは必至であった。
そんな堀北が、今ではオレたちBクラスのリーダーを務めるにまで成長した。
兄の堀北学が近くで見ていれば、妹のさらなる成長を喜んだことだろう。
オレも、そんな堀北の成長を側で見ていることをいつしか面白いと感じるようになった。堀北の方も、最初は歯牙にもかけていなかったオレのことを特別試験対策における相談相手として選ぶぐらいには意識しているようだ。
人間というのは、どう変わるか分からない。須藤にしろ、櫛田にしろ、洋介にしろ。ホワイトルームでは学べなかったことだ。
「…………何かしら」
気付けば、オレは堀北を凝視していたようだ。流石に無言で見つめたままだと気持ち悪いと思われても仕方が無い。
「いや、何でも無い。気にしないでくれ」
「そう。まさか寝ぼけているんじゃないかと思ったけど、あなたに限ってそんなことは無さそうね」
オレに限って、か。
随分とオレのことを買っているようだな。
オレだって人間だ。腹も減るし、眠くなるし、年頃の男子が興奮するような事に興味を示す場合もある。
それこそ、宝仙にナイフで刺された時は血を流したし、仮に拳銃で心臓を撃たれれば死ぬだろう。
だが、一応は褒め言葉のはずだ。とやかく言うつもりはない。
エレベーターは1階に着いた。途中、他に乗り込んでくる生徒はいなかったので、オレたちだけの空間が形成されていた。
「放課後、時間は空いているかしら」
ふいに、堀北に今日の予定を聞かれる。
「いや。今日は特に無い」
「そう。ならちょうど良いわ。次の特別試験について相談したいことがあるの。少し時間を貰っても良いかしら?」
「ああ、構わない」
「なら、カラオケルームで話しましょう」
ここでは、人に聞かれたくない話をする時にはカラオケを利用することが多い。
特別試験となると、坂柳や龍園たちの諜報を警戒しなければならないし、妥当な選択と言える。
「そう言えば、お前はカラオケでの密談で一曲も歌ったことが無かったな。今日ぐらいは」
「嫌よ」
「………………」
速攻で断られてしまった。
歌に自信が無いのだろうか。オレは、堀北はどのように歌うのかを妄想しながら通学路を歩くのだった。
放課後、カラオケルームで堀北の相談を受けたオレは、彼女の企てる作戦に対していくつか助言をした。
あくまでも、オレがするのは助言だ。堀北の作戦をイチから構築し直すだとか、全てを否定するだとか、そういったことはしない。
オレは堀北の成長を見守りたいと思っている。そこにオレの手が大きく加わりすぎてしまっては、何の意味も無い。ホワイトルームの可能性は、ホワイトルームの可能性の域を出ない。
あそこでは見られなかったもの、得られなかった経験。それらとの出会いを、オレは期待している。
「ありがとう、お陰で作戦が纏まってきたわ」
堀北はドリンクを一口飲むと、オレに礼を言ってきた。
「礼ならいい。………どちらかと言えば、オレが聞きたいのは言葉ではなく歌声」
「刺すわよ」
「すみません………」
堀北は気付けばコンパスを握っていた。鋭利な針がキラリと光を反射している。
だから、その物騒な物をいつ取り出したんだ。
流石に刺されるのは御免被るので、オレは大人しくすることに。それほど歌うのが嫌なのか。確か小学校と中学校では、音楽の授業があったはず。
合唱もあったはずだが、一体どうしていたんだろうか。同じ中学校出身の櫛田に聞けば、何か分かったりするのだろうか。
いや、もし櫛田に聞いたとして、オレが情報を求めたと堀北に告げ口されれば、今度はコンパスではなく釘で刺されるかもしれない。
やはり大人しくしておこう。触らぬ神に祟りなし、だ。
カラオケを出たオレたちは、そのまま寮へと向かった。既に空は暗くなっているが、帰り道を生徒はちらほらといる。
「ねぇ、綾小路君」
しばらく互いに無言で歩いていたが、堀北がおもむろに口を開いた。
「どうした」
「あなたは、卒業後の進路は決めているの?」
オレの目と堀北の目が合う。
卒業後、か。
オレは恐らく、ホワイトルームに戻り、そこで教師役を務めることになる。
これはオレの希望ではないが、既定路線。生まれた時から決まっていた、オレの運命とも言える。
あくまでも、このまま卒業すればの話だが。
だが、そのことを堀北に言うつもりは無い。仮に言ったとしても、ホワイトルームの存在など到底信じられるものではないだろう。
いや、堀北ならば信じるか………?
それなりに長い期間、オレの隠してきた実力に触れてきた彼女ならば、本気で伝えれば信じてくれそうではある。
どの道話さないのだが。
オレは再び顔を前に向ける。
「多分、進学だろうな。オレの成績では、二流の大学が関の山だろうが」
「よく言うわ。あなたならば、東大の首席合格だって狙えるんじゃないのかしら?」
「買い被りすぎだ」
「いいえ、これでも多分過小評価よ」
やはり、オレの実力に触れたことで、随分とオレを高く評価するようになっていた。
女子にこうも褒められれば、普通は喜ぶものなのだろうか。生憎とオレの心に変化は無い。
「お前はどうするんだ、堀北」
このまま質問攻めにされると面倒なので、話題を堀北の進路に切り替えることにした。
「私は………」
少しだけ俯いた。
何となく予想はできるが、やはり本人の口から聞いておきたい。
「私は、兄さんの大学に進学するわ」
「そうか」
「随分と淡白ね。理由を聞かないの?」
「今更聞くまでも無いだろ」
オレの反応に唇を尖らせる堀北だったが、ため息をついた後再び口を開いた。
「私は、この学校に入学するまで、そして入学した後も、ずっと兄さんの後を追ってきた」
堀北は入学当初、兄である堀北学に認められたくて仕方が無いという態度であった。
「でも、その結果兄さんに見放されて………本当に、惨めだったと思うわ」
「だが、今は違うだろ」
「ええ。私は、私の足で歩いている。もう誰かの真似をするだけじゃない、誰かの意志をなぞるだけじゃない。堀北鈴音という1人の人間として、前を向きたい」
随分と立派なことを言うようになったな。
「その上で、私自身の意志で、兄さんの見た景色を見てみたいと思ったの。あの人が何を感じて、何を学んだのか。私なら、きっと兄さんと違うものを見出だせると思うから」
「………そうか」
堀北は、もう兄の後を追うだけじゃない。兄と同じ道に進んだとしても、兄とは違ったものを見て、感じて、新たな人生を歩んでいくだろう。
「でも、その前にAクラスで卒業することが目標よ。それこそが、私という人間がどれほど成長したか、その集大成。その上で、兄さんに認めてもらいたいの」
……と思ったら、やっぱり学のことも意識してるじゃないか。
「ブラコン」
「…………っ!? あ、あなたいつそんな言葉を………」
「オレも色々と学んだということだ」
「前言を撤回しなさい。今なら、まち針で許してあげる」
「コンパスの針とどう違うんだそれは」
堀北はクスりと笑った。
そんなやり取りが、どういう訳かオレもおかしく思えた。
「………フッ」
「え……………?」
堀北が、目を丸くしてオレを見る。
「あなた………今、笑った………?」
「………? そうだが」
淡々と答えるも、やはり信じられないという顔をしている。
「入学してもう少しで2年経つけれど………あなたが笑った所、初めて見たわ。あなたにも表情筋があったのね」
「失礼な。オレだって笑ったことぐらいはある」
「本当に…………?」
ホワイトルームでの訓練で、意識して笑顔を作ったことは何度もある。
………だが、確かに無意識に笑ったことは無かったかもしれない。
「ねぇ、もっと笑ってみてよ」
「嫌だ」
「良いじゃない。どうせ減るものじゃないでしょう?」
「お前がカラオケで歌うのならば笑ってやる」
その一言に堀北はムッとすると、オレに近付いてきた。
「何だ」
「どうしても笑わないと言うなら…………」
両手を、オレに近付けてくる。何だその手は、何をする気なんだ。
「くすぐっちゃうわよ!」
「止めろ」
堀北はオレの脇に手を入れると、指を滅茶苦茶な動作で指を走らせた。
「うおっ………」
「どうしたの? 顔が引き攣ってるわよ?」
これは何とも、初めての感覚だ。
興味があったのであえて抵抗しなかったが、これをこのまま続けられれば反射的に吹き出してしまう恐れもある。
どこまで耐えられるか検証し、限界が来たら回避しよう。
「随分と頑張るのね……! いつまで保つかしら……!」
「子供みたいなことをするな………」
口を動かしても、まだ吹き出さないのを見ると限界値はここではない。
まだしばらくは大丈夫そうだ。
「このっ……」
堀北はいつまでも笑わないオレに苛立ったのか、ムキになって動きをより激しくしてきた。
それ、もう引っ掻く勢いだよな。くすぐったいのではなく痛くなるぞ。
「はぁっ……はぁっ………」
結局、オレは笑わなかったので、堀北はただ息を切らすだけに終わった。
それにしても、堀北も子供っぽいところがあるな。まだ年相応の振る舞いもするようだ。
微笑ましい限りだ、と言うべきか。
「フッ…………」
「あ………今笑ったわ…………」
堀北は、満足したような笑みを浮かべた。
この勝負、オレの負けだな。
すると、人が向かってくる気配を感じた。数は、5人ほどか。
あまり馴染みのある気配ではないな。しかも、こんな暗い時間に、だ。
「……? 綾小路君………?」
オレの様子の変化を感知した堀北は、怪訝な面持ちをする。
「…………………………」
すると、予想通りに5人の男たちがオレたちの前に姿を現した。年齢は中年ほどだろうか。
「どちら様でしょうか」
オレがそう尋ねても、男たちは無言のままだ。
「綾小路君………何か様子が変だわ……」
堀北の言う通り、何かが変だ。堀北はオレの制服の裾を引っ張って、この場から離れるように促す。
だが、そのまま背を向けて良いものだろうか。何か奇妙な感覚………いや、これは殺気だ。
男たちは、殺気を向けている。堀北にではなく、オレに対して。
これは、まずいな。
「堀北」
「え?……………あっ」
オレは反射的に堀北を突き飛ばす。
堀北は、訳も分からないと言った顔のまま、少し遠くまで吹っ飛んだ。
そして、次の瞬間には─────────。
幾重にも重なった銃声。そして、胸のあたりに走る激痛。
オレは、拳銃の弾に貫かれていた。
「えっ………?」
状況を把握できていない堀北が、目を大きくしてただこちらを見つめてくる。
この数の被弾、間違い無くオレは助からないな。足にも力が入らなくなってきた。
オレはそのまま、膝から崩れるように倒れ込んだ。
「あやの………こうじ…………くん…………?」
途切れ途切れになった堀北の震え声が、耳の中へと入ってくる。
銃声はもう聞こえない。堀北を狙う気は、やはり無かったようだ。
「キャァァァァァァァッ!!!」
遠くから、女子生徒の悲鳴が聞こえる。突然、人が撃たれたのだから無理もないだろう。
「………っ!?」
ドタドタ、と荒い足音が近付いてきた。
「綾小路君っ!?!?」
堀北が物凄く焦った声で、オレの名前を呼びかけてくる。
「堀…………北……………」
どうやら、オレは声もまともに出せないほどの重症を負ったらしい。
どうしてだろうか。
もうすぐ死ぬというのに、オレは全く恐怖を感じていない。こうして冷静に現状の分析をしている始末。
「大丈夫っ!? ねぇ!? …………ひっ!?」
必死に呼びかけ、オレの身体を仰向けに直すが、その時堀北は言葉を失った。
「何………これは…………」
ショッキングな絵面だろうな。胸には風穴がいくつも空いていて、そこからは止めどなく血が流れているのだから。
「っ!? は、早くっ!! 早く助けを呼んできてっ!!!」
堀北は、周囲の生徒たちにそう呼びかける。
堀北がそうせずとも、この学校はほぼ全域に監視カメラが設置されている。この凶行も既に明らかになっていて、時期に警察と救急隊が駆けつけるだろう。
だが、それは無意味なことだ。
その頃、オレはすでにこの世にいないのだから。
オレの命は……もって後2分といった所か。
「待ってて綾小路君っ………今、助けが来るわ……!!」
「むだ………だ…………」
オレは掠れる声で、堀北に語りかけた。
「何を言っているのっ!! あなたがっ!! あなたがそんなことを言わないでよ!!」
堀北の目からは、涙が大量に溢れていた。
お前が泣くのを見るのは、学との別れの時以来だな…………。
学と言えば………オレは、あの男に言われていた。この学校の生徒たちに、綾小路清隆という人間がいた事実を刻みつけろと。
残念ながら、その段階に行く前にオレは果てるらしい。この後の計画も、何もかもが全て水の泡だ。
──────────────いや、待て。
今、目の前で涙を流す少女。
全員には無理だが………堀北には、まだ刻める。オレという人間の存在を、綾小路清隆という男がいたという記憶を。
残り1分半近く。最期にすべきことは、もう決まった。
「オレ……は…………もうすぐに………死ぬ………」
「ダメっ!! ダメよっ!! あなたがそんなことを言ってはダメっ!!」
「もう……変えられ………ない………オレは……ここまで………」
「綾小路君っ!!!」
堀北は、オレにぐいっと顔を近付けてきた。
「死なないでっ!! 私はまだ、あなたに認めてもらえていない!! あなたのことだって、まだ何も知らないわっ!! こんな所で死ぬなんて許さない!! 私が許さないっ!!」
相変わらずの強気な発言だ。
そうだ、それでいい。
これで、心置きなく最期の言葉を残せる。
「っ………!?」
オレは、人生で最初で最後かもしれない……いや、最後の表情をした。
人が、何かを本気で訴える時の、真剣な表情を。
それを感じ取った堀北は、言葉を呑んだ。
「お前は……成長………した…………だが………………まだ……未熟だ………」
「いやっ…………」
「聞け………お前……は………1人じゃ………ない…………仲間が……いる…………」
「綾………小路………君……っ………」
「辛い……時は………仲間……を………頼れ……………乗り………越えろ………オレの………死も………兄も…………!」
「やめて………」
「これまで………よく……頑張っ……た……………そして………これから………は…………もっと……だ………必ず………A……クラスで……卒業……しろ…………」
「あやっ………」
これが最後だな。
最後ぐらいは、認めてやらないとな。
学校生活を通して、堀北に感じていたこの想い。これを、人はこう呼ぶのだろう。
─────友情、と。
「お前はオレの……………一番の友だ」
「あやの……こうじくん………?」
堀北の目の前にいる………いや、いたのは、綾小路清隆。
胸にはいくつもの穴が空いており、赤い制服の上に赤黒い血が重なっており、既にピクリとも動かない。
「ねぇ、悪い冗談なんでしょう……?」
震える声で、頰を涙で濡らしながらも、堀北は必死に笑みを作る。
「あなたが、ここで死ぬなんてあり得ないわ………いつもみたいに、とんでもない策で、生き返るのよね………?」
視界が涙でぼやけるが、それでも必死に綾小路の姿を捉えようと目は閉じない。
「私はまだ未熟よ………? だから、仲間にも頼る気でいるし、1人で戦う気なんて無いわ…………あなたもその仲間よ……? 私を支えてくれる、仲間の1人でしょうっ!?」
肩を揺らすが、綾小路は目を開けない。
ただ、いつものような真顔。拳銃で撃たれたというのに、苦悶の表情1つ浮かべていない。
「嘘………嘘よ…………嘘だと言ってよ………!! 綾小路君っ!!」
グワングワンと、力強く揺らしても、やはり目を開けることは無かった。
「あやっ………!?」
そして……綾小路の首が、ガクッと横に傾いた。
生気をまるで感じられない、その動き。
そこで、堀北鈴音は理解した。認めてしまった。
既に、綾小路がこの世を去ったことを。そこにあるのは、綾小路の骸でしかないことを。
「いや…………」
首を何度も、ゆっくりと横に振る。
「いやっ…………」
涙の勢いが増す。唇がわなわなと震える。
そして、彼が今際の際で残した言葉が、頭の中で蘇った。
「お前は……オレの一番の友だ」
「っ!?!? いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!!!!」
叫ぶ。ただ叫ぶ。
「あやのっ!!!あやのごうじぐんっ!!!あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ……………………………………」
彼の胸に向かって、泣き叫んだ。人目もはばからずに、感情のままに。
これは終わりではない。始まりである。彼女の慟哭は、しかし同時に産声でもあった。
堀北鈴音の人生の転換点は、まさにこの瞬間に訪れたのであった。
次は誰の前で撃たれて欲しい?
-
天沢一夏
-
軽井沢恵
-
龍園翔
-
長谷部波瑠加
-
その他