もしも綾小路清隆が◯◯の前で撃たれたら 作:せご曇(せごどん)
今回は④以降もあります。
ホワイトルームの施設内で、綾小路篤臣は先日の神室の事件の映像を観ていた。
綾小路が素早く男の懐にまで潜り込み、男の腕を掴んだその瞬間と、男の発狂と共に綾小路が振り解かれ、その結果神室が死に至った瞬間。
「目の前で人が死んだのに全く動じていない…………恐ろしい精神力ですよ…………」
ホワイトルームの研究員の一人が、篤臣を見てそう言った。
「精神力? 違うな」
だが、息子への称賛とも取れる言葉を即座に否定する。
「奴は何も感じていないだけだ。この少女の死を、どうでもいいことだと判断している」
「どうでもいい………」
「そうだ。奴にとっては、この世の誰の死であっても同じだ。例えそれが父親である俺の死であっても、奴はこの少女の死と同様に何も感じることはない」
はっきりとそう言い切った篤臣は、研究員のもとを離れて別の部屋へと向かった。
向かった先にいたのは、
「こんにちは、綾小路先生。本日はお日柄もよろしく」
「下らん挨拶は良い。話を始めるぞ」
冷淡な篤臣の態度を気にも留めずに、月城は話を始めた。
「高育に関係する鬼島派の議員を数名、こちら側に引き込みました。準備はじきに整うかと」
「元高育の卒業生たちは?」
「そちらの方も、既に手配は済んでおりますよ。20人……中々に大変でしたけどね」
月城の言葉に、篤臣は何も返さない。労いの言葉は一つも無い。
月城も、そんな篤臣の態度を特に気にすることも無かった。
「しかし…………」
月城は椅子から立ち上がる。
「まさか、ご子息を葬る計画を立てられるとは…………しかも、彼はこのホワイトルームの最高傑作。随分と心臓がお強いようで」
「清隆を潰してしまうのは俺としても不本意だ。奴は今後、この日本を背負っていけるだけの能力を備えている。それは俗世間をある程度学んだ今になっても変わらない。あの少女の一件で、それを確信した」
「神室真澄さんですね。私も一時期は高育に身を置いていましたから、生徒たちの顔と名前は全て覚えています」
「だが残念なことに、鬼島の世間での信頼というものは予想以上に厚かった」
「支持率85%………戦後最高ですね」
現内閣総理大臣を務めている鬼島は、クリーンな政治家として名を挙げていた。様々な政敵によって過去にスキャンダルが無いかを徹底的に探られてもなお、埃一つ出てこないという今どき珍しい政治家であった。
「直江が死んだ今、俺に機会は巡ってくる。しかし、直江以上とも言える強敵である鬼島を倒すには、今の俺ではやや力不足だ」
自らの実力に自信は持ちながらも、過信はしない。彼も息子同様に、全ての事柄にドライな視線を向けていた。
「だが、高育の手によって清隆が葬られたとなれば話は変わる」
月城の口角が、わずかに釣り上がった。
「オレが後に政界に復帰する時、息子の死を乗り越えるという事実は、間違い無く追い風になる。そして、これまで求心力を高めてきたオレの息子を鬼島が潰した事実は、奴のこれまでのクリーンなイメージに泥を塗り、世間は目の色を変える」
「そのために、卒業生たちの過去まで捏造したのですからね」
「そうだ。そして、清隆はホワイトルームの最高傑作。今後ホワイトルームプロジェクトを公表する際には、奴は他の模範となった素晴らしいホワイトルーム生として飾られる。それを鬼島の手掛けた高育が潰してしまった。後は…………簡単なことだ」
月城は、篤臣の方へと少しずつ足を動かした。
「ホワイトルームの完成形とも言える彼を、しかも息子である彼を葬ることで、あなたはより高みへと上り詰めようとしている。………素晴らしい。これ程の野心とバイタリティに溢れる方は、類を見ない」
「その空世辞は他にどれだけの者に言ったんだ?」
「いえ……これはお世辞ではなく本心です。あれ程ご子息に期待されていたにもかかわらず、こうも判断が早い。あなたはなるべくして政治家となったのです」
「好きに言うが良い」
あくまでも月城の言葉に感情がこもっているなどとは考えずに、篤臣は月城のもとを去って行った。
「さて…………後は『彼』だけですね」
今日から3学期となり、登校初日を迎えました。
私は………一人で登校することになりました。いつもであれば、隣に真澄さんがいてくれて、私と共に歩いてくれるのですが………。
彼女はもう、この世にはいないのです。
「……………………」
私は身支度を整えて、玄関の扉を開けました。
今日からはまた、多くの敵と顔を合わせることになります。Bクラス、Cクラス、Dクラス。お互いに監視し合い、自分たちが上に立つために鎬を削り合います。
私も、ずっと落ち込んだままではいられません。リーダーの私が弱ったままでは、他クラスに付け込まれ、足をすくわれることになります。
私が、弱みを見せてはならないのです。
私はエレベーターに乗り込み、1階に到着するのを待ちました。
そして、男子寮の階で停止しました。扉が開くと、そこにいたのは──────。
「……………!」
綾小路くん──────。
「おはよう」
綾小路くんは、いつもと変わらない様子で私に挨拶をしてきました。
「お、おはようございます…………」
思わず、彼から目線をそらしてしまいました。
これではいけないのに………。こんなに弱った私を、彼は求めていないというのに。
彼を見ると、あの時の光景が………唇を重ねてしまった時の、あの時の綾小路くんの顔が、頭の中を支配してしまいます。
心臓の鼓動が速まり、顔が熱を帯びていくのを感じます。
私は一体、どうしてしまったのでしょうか。
エレベーターが1階に着くと、綾小路くんは前へと踏み出しました。
その歩みには、私へ向けられた意識は見て取れませんでした。ただ黙々と前へと歩いていき、歩行の遅い私はどんどんと距離を離されていきます。
──────────嫌だ。
反射的にそう思った私は、少し足を速めて彼に追いつこうとしました。
「ま、待っ…………」
「綾小路!!!」
「っあ…………!?」
私は、後ろから走ってきた男子生徒にぶつかられ、その場で体勢を崩して転んでしまいました。
「あっ………悪い!」
その男子生徒は一瞬こちらを向き申し訳無さそうな顔をすると、綾小路くんへと近寄っていきました。
彼は…………龍園くんのクラスの石崎大地くん。綾小路くんに一体、何の用が………?
「綾小路、お前……大丈夫だったかよ……? あんな事件に遭って………」
「っ…………」
あんな事件………真澄さんの事件……ですね。
綾小路くんは、犯人に向かって行った生徒として噂が広まっています。一方で………その近くに私がいたことは、知られていません。
あくまでも、野次馬の一人であった………いえ、そうとも思われていないかもしれません。
「オレは何とか。まだ悔やまれるが、立ち止まっている訳にもいかないからな。今は前を向こうと思ってる。気にしてくれてありがとう」
「綾小路……………お前、立派だよ!! くっそぉ………何でお前と違うクラスになっちまったんだ……!!」
石崎くんは目に涙を浮かべながら、綾小路くんの肩をバンバンと叩いていました。
妙な感情が、胸に渦巻いています。
これは、一体何なのでしょうか────────。
綾小路くんは学校に着くと、様々なクラスの方から声をかけられていました。
綾小路くんのいるBクラスの生徒たち、堀北さんを始めとする彼と親しい方々の他に、一之瀬さんのクラスの方や龍園くんのクラスの方からも励ましの言葉をかけられていました。
「綾小路くん………その……辛かったでしょう…………?」
まず堀北さんが、綾小路くんに声をかけました。
「ああ。だが………今は前を向いていたい。過去を悔やんでも、神室は生き返らないからな。オレたちはあの事件を乗り越えて、必ず最後まで戦い抜かなければならない」
「…………………! そう……………強いのね………本当に…………」
一之瀬さんも、声をかけていました。
「綾小路くん……!! その………本当に…………」
今にも泣き出してしまいそうな一之瀬さんの手を、綾小路くんはそっと取りました。
「ひゃっ!?」
「一之瀬。オレを気にしてくれるのはありがたいが、心配し過ぎないでくれ。必ず、神室の死に報いてみせる」
「あ、綾小路くん……………!!」
一之瀬さんは頰を赤らめて、何度も頷きました。
それを見た時、またも胸の中に何と形容すれば良いのか分からない感情が込み上げてきました。
「綾小路!! 辛い時は、いつでも相談に乗る! オレたちも存分に頼ってくれ!」
須藤くんも。
「清隆くん。本当に辛かったと思う。もし力になれることがあれば、いつでも僕に言って欲しい」
平田くんも。
「き、きよぽん………その……私たちも、力になるから………」
長谷部さんも。
「綾小路。お前には色々と相談に乗ってもらった。だから、今度は俺たちの番だ。何かあったら、声をかけてくれ」
神崎くんも。
「綾小路くん。……辛いでしょうが、私たちは友達です。お悩みはいつでもお聞きしますからね」
椎名さんも。
気付けば、クラスを問わず、様々な生徒たちが、綾小路くんの周りに集まっていました。
…………そこに、私の入り込む余地はありませんでした。
そして、皆さんが口にするのは綾小路くんのことばかり。真澄さんのことには、真に目を向けてくれてはいませんでした。
「…………………………………」
昼食の時間になり、私はお弁当を机の上に出しました。いつもであれば、真澄さんと一緒にお喋りをしながら昼食を摂るのですが、真澄さんはもう…………。
私は、必死に弱さを見せまいと堪えていました。ここで弱った姿を見せれば、たちまちそこを突かれてしまう。Aクラスの皆さんにも示しがつきません。
クラスが弱った時だからこそ、リーダーの私がしっかりしていなければ、皆さんを不安にさせてしまいます。私は、皆さんの道標にならなければ────。
その時、ある男子生徒たちの会話が耳に入ってきました。
「おい、坂柳を見ろよ………神室が死んだのに、全然悲しそうにしてないぞ……」
「いつも側にいたのにな……やっぱり、駒としか見てなかったんだろ。血も涙もないよなぁ……」
「バカっ。聞かれたらどうするんだ。退学にさせられるぞ………!」
「っ…………………」
これが…………皆さんの私に対する印象、ですか……………?
私は、そう思われていたんですか…………?
「……………………」
私は、無言で席を立ちました。
男子生徒たちは、それに肩を震わせています。私のことを、完全に恐怖の対象として見なしています。
───────こんなにも、壁があったのですね。
私はそのまま教室を立ち去り、女子トイレに向かいました。
個室に入り、鍵をかけます。誰にも、この姿を見られないように。
「……………………っ」
胸が、とても痛い。彼らの言葉が、真澄さんの最期の光景が、私の負の感情を引き出してぐちゃぐちゃに掻き回していました。
「ううっ……………!」
涙が溢れてきました。もう止めることは出来そうにありません。
私は…………。
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁっ………………!!!」
辛いです。苦しいです。助けてほしいです。
誰かに側にいてほしいです。目線も何も関係無い、ただ側にいてくれるだけでいい………。
「ううっぐ………うぁぁぁぁ…………………………」
あまりにも惨め。あまりにも無様。
それでも、この無様な姿を皆さんに見せられれば、まだ私に対する考えは変わったのかもしれません。
ですが、私には出来なかった。皆さんにはこの姿を見せたくないと思ってしまった。
真澄さん………。
どうして、私を置いていってしまったのですか……………?
また、あなたの声が聞きたい…………………。あなたの隣で、歩きたい………………。
オレは3学期が始まってから、凄まじい勢いで人望を集めていた。
神室のために命懸けで凶悪犯に立ち向かい、死なせてしまってもなお前を向こうとした。その事実が、どうやら学年中の人間の同情と尊敬を集めたようだ。
これには驚いた。日本には判官贔屓というものがあるというが、これはそれに近いか?
神室の死そのものよりも、それに向き合おうとしたオレのことが話題になっている。
そして、そこには坂柳の話は全く出て来ない。確かに神室の死の際には近くにいたのだが、坂柳が何かをした訳じゃない。あの男と取っ組み合ったオレの方が遥かに印象に残り、噂として広まっている。
神室の死は、坂柳の成長という点では無駄になってしまったのかもしれないが、もしかしたらオレの目標には助けになってくれているのかもしれない。
堀北学に言われたこと。この学校の生徒に、綾小路清隆という生徒がいた記憶を刻むこと。
オレの英雄化は、間違い無く生徒たちの記憶に刻まれる。今後オレは注目を浴び、その動向は各クラスの話題になるだろう。
さあ、明日は「生存と脱落の特別試験」だ。
今回はクラス内でも様々な戦略に関する議論があり、オレは彼らの成長を実感する。
そうだ。堀北だけではなく、他の人間たちも自ら結果に向かおうとする意志を見せる。それが肝要だ。
頼もしい仲間たちに囲まれれば、堀北も自分の道を信じることが出来る。
人間は一人では生きていけない。必ず、誰かの助けが必要となる。
入学当初のお前はそれを理解出来ていなかったが、今では十分に分かっているようだな、堀北。
オレは胸の内に何か熱いものを感じていた。なるほど、これが「喜び」か。これまで感じたことのない、燃えるような感情だ。一般人と比較すると弱火も弱火なのだろうが、オレの中にも間違い無く変化が生じてきているようだ。
やはり堀北は、オレにとって何か特別なものを感じさせる存在らしい。
さて、オレは明日の試験、堀北の動向を見守らせてもらう。堀北以外にも、龍園や一之瀬がどう出るかにも期待しよう。
坂柳は……………。
明日の戦いぶりで、今後どうするかを見定めるとする。
『介錯』の時は、近いかもしれないな。
次は誰の前で撃たれて欲しい?
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天沢一夏
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軽井沢恵
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龍園翔
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長谷部波瑠加
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その他