もしも綾小路清隆が◯◯の前で撃たれたら 作:せご曇(せごどん)
あたし─────軽井沢恵は、春休みが終わる2日前、清隆に告白された。
あたしが新しい彼氏を見つけると言ったから焦って告白してきたのかと思ったけど、表情はいつもと変わらない。
『そうだ、オレは軽井沢恵が好きだ』
ストレート過ぎて聞いてるだけで恥ずかしくなるような告白なのに、清隆は顔色1つ変えなかった。
これが清隆じゃなかったら、罰ゲームで告白でもさせられてるのかって思っちゃうぐらい。
でも、あたしは知ってる。清隆は、感情の表現が苦手なだけだって。
だから、あたしは受け入れた。あいつの一世一代の告白を。混じり気のない、火の玉一直線の恋の響きを。
正直、あたしの中では清隆への好感度は物凄く高まってた。他に男子を探すって口では言いつつも、清隆を上回る男子なんて現れるのかって、不安になってたぐらいには。
だから、嬉しかった。「好き」だって言ってくれて。これであたしたちは両想い。しばらくはあたしたちの関係は他の人には教えられないけど、いつか公認のカップルになったら、腕組みながら登校出来る。想像するだけで楽しいし、顔がニヤけてきちゃう。
でも……………。
1つだけ、不安なことがある。
清隆は入学してから今まで、一度も笑ってない………はず。最初のまだ陰キャな頃のあいつ(今もだけど)のことはよく見てなかったから、その時に笑ったってこともあり得なくは………いや、あり得ないか。
とにかく、清隆は笑顔を一度も見せたことが無い。
面白いことが無かったから笑ってないのか、それとも単純に笑うことがめちゃくちゃ少ないだけなのか、それは分からない。
だから、不安なの。もしあたしとの恋人生活でも、清隆が笑うことが無かったらどうしようって。それってつまり、あたしといても楽しくないってことじゃん?
それは傷つくし、清隆にはやっぱり笑って欲しい。だって、今あたしは凄く笑ってるんだから。笑うって楽しい。昔は全然笑える環境じゃなかったけど、今は違う。こんなにも幸せに満ちた日々が待ってるんだって、顔から笑みが溢れてきちゃう。
だから、あたしは目標を作ることにした。
この恋人生活で、清隆に笑ってもらうという目標を。清隆が、それこそ大声で笑っちゃうぐらい、ハッピーな毎日にしてやるんだから。
オレは恵に告白し、2人は恋人になった。
綾小路清隆にとって、人生で初となる彼女だ。恐らく去年の今頃のオレならば、まさか恋人を作ることになるとは思っていなかっただろう。それ程に、この学校での生活には好奇心を抱くものが多かった。
普通は告白をし、それが受け入れられた場合には笑うのだろう。中には飛び跳ねて走り回ったり、踊ったり、歌う者もいるのだとか。凄まじい感情の発露だ。
では、オレはどうだったか。
少なくとも、飛び跳ねてはいない。踊ってもいないし、歌ってもいない。告白の際にも、非常に淡々としていた。堀北に話しかける時や、茶柱と話す時と何も変わらない。
オレはどんな顔をしていたのだろうか。
羞恥心に顔を顔を赤らめていたか。嬉しさに頬を緩めていたか。鏡を使って顔を覗いた訳ではないので、その答えは分からない。
いや──────既に悟っているな。
オレは自分が一体どんな顔をしていたのか、どんな心で告白をしていたのか。その答えを知っている。
だが、それではつまらない。今までと何も変わらないのでは面白味が無いし、オレは新しい学びを求めている。オレは既に軽井沢恵という「恋愛の教科書」を開いたのだ。告白は、記念すべきその第1ページだ。恋愛はもう、始まっている。
だから、願おう。
あの時、オレは笑っていたのだと。一青二才と呼ばれようとも、恋に絆される学生の1人であったということを。
そして祈ろう。
教科書を読み終えてもなお、彼女を手放したくないと思えるような自分になれていることを。
高度育成高等学校での生活も2年目を迎えました。
昨年1年間は、私の人生の中では特に波乱万丈と言える年でした。穏やかでないクラスメイトや、無人島での特別試験、真鍋さんの退学など…………細かいものを挙げてしまえば数え切れない程には、私とはあまり縁の無かったものとの出会いに満ち溢れていました。
ですが、意外と私────椎名ひよりは、苦も無く生活を送れていました。荒ぶる環境に、自分でも驚く程に適応していたような気がします。
それとも、マイペースなだけでしたかね?
今まで、あまり周りに振り回されずに生きてきましたから、この学校の環境にも振り回されていないだけだったりして。
ただ……………。
そんな私も、近頃はあるものに振り回されている気がします。
それは、自分自身の感情です。
やはり、あの日から何かが変です。綾小路くんに会うと、胸の鼓動が少し強まるのです。特に運動をしている訳でもなく、静かな図書室に身を置いているにもかかわらず、私の心臓はドクン、ドクンと鳴っています。
どうも、綾小路くんと一緒にいる時に胸に込み上げてくる感情は、私をかき乱してしまうようです。それは綾小路くんといない時にまで影響を及ぼしてくるのですから、もう一時の何かとして片付けることは困難になってきました。
ただ、誰かに相談するのは少し怖いと思ってしまいました。何故かは分かりませんが、今まで味わったことのない感情だからでしょうか、はたまた人には知られたくない感情だからでしょうか。
ともかく、私はこの感情を隠しながら生活を続けました。
お昼休みは、基本的には綾小路くんと一緒に図書室で本を読みます。たまに、食堂で昼食を共にすることも、お弁当を持ってきて2人でベンチで食べることもあります。
1つだけ言えることは、この感情の有無に関わらず、綾小路くんとの日々は楽しいということ。彼と過ごす毎日は、これまでの私の人生には無かった新しい時間を私に経験させてくれます。それが楽しくて、私はこうも充実した学校生活を送ることが出来ているのです。
まだ2年目は始まってから間もないですが、これからもずっとこうして本に囲まれ、隣には綾小路くんがいる学校生活を夢見ています。
『踏み込まなければ、これ以上の進展もないと思ったんです』
…………………!?
今、どうしてあの時の言葉が……………………?
オレと恵の恋人生活が始まってからしばらくが経った。
恵は最初からオレへの恋愛感情を全開にしており、普段はオレとの接触を避け、接触があるにしても名字で呼び合うなど他人行儀を貫くが、オレの部屋に招き入れるとその間のフラストレーションをぶつけるが如くに甘えてくる。
膝枕や愛撫は、毎回のお決まり事になりつつあるぐらいだ。
さて、恵を観察していると恋愛とはどのようなものかがよく見えてくる。本当の意味での恋人が出来たのはお互い初めてなのだが、恋という感情そのものに経験の有無はあまり関係無いらしい。
理屈ではなく、只々自分の好きだという感情を全面に押し出す。それが「恋愛」。恵は理性的な性格ではないので、特に感情の発露はストレートだ。恋を学ぶのにこれ以上にうってつけな人物はいないと思える程に。仮に堀北が恋人であれば、こうもストレートに感情をぶつけてきただろうか。…………あまり考えたくはないな。
恵を通して恋愛の知識が蓄積されていく。ホワイトルームでも学べなかったこの概念を、徐々に自らのものとしていく感覚は好ましく思える。知識の拡充、これはオレにとって「楽しい」に分類されることなのだろう。入学する頃のオレは、何かを「楽しい」と感じることさえ無かったのだから、これは大きな進歩だ。
さて、そんなオレだが、普段疲れを覚えることが全く無い訳じゃない。ストレスを感じたり、精神的な不快感を覚えることは皆無だが、どこか弛緩した時間を求めることがある。恵との時間は学びも多いが、理性的でない相手への対応ということで、オレが後手に回ることも少なくはないのだ。そうした積み重ねで精神的な疲労を覚えることがある。
ホワイトルームでは、そんなことは考えもしなかった。言ってしまえば常に緊張した空間であったが、それを「疲れる」とは微塵も思っていなかった。ひたすらに「無」。精神に波があるとするならば、ほぼ一直線で動かない状態だ。戦闘の訓練にて、かなり不利な状況を想定した実戦演習があったが、そういった危機的な状況で稀に波が生じるといった程度の話。それも「疲れる」とは思わなかった。
僅かにだが感情が生まれたことで、人間的な弱さもまた身についたということか。それはそれで非常に興味深く、オレとしては歓迎するものだ。そもそも、この恋愛の学びの果てに恵を本当の意味で愛せれば、オレはそれで構わないと考えているからな。
話を戻すと、その「疲れ」を癒やすのが図書室での時間だ。静かな空間で、本に囲まれながら時を過ごす。読書の時間は、ホワイトルームでは存在しなかった。勿論、学問書などの専門知識に関わる書物は教材の一環として読まされたが、小説などの娯楽本は与えられなかった。恐らく、不必要に感情を生まないための措置なのだろう。
この学校の本の数は、ひよりの話だと他校よりも遥かに多いらしく、初めての読書の場としてはオレは恵まれた環境に身を置けたと言える。元々好んでいる静かな空間で、読みたい本を読めるのは間違いなく癒やしだろう。
そして、オレが「疲れ」を癒せるもう1つの理由は、そこにひよりがいるからであった。
オレとひよりは、人間的な波長が合う。一緒に過ごしていて全く疲労を感じさせず、むしろ心地良いと感じられる相手だ。
数少ない趣味の合う人間としてお互いに貴重に思っていることもあり、顔を合わせる機会は多い。2年生に進級してからも、オレたちは昼休みには図書室で共に本を読むし、昼食を一緒に食べることもよくある。
傍から見れば、オレとひよりが恋人だと思われてもおかしくないかもしれない。
こうして見ると、オレはひよりのことをかなり高く評価しているみたいだ。退学して欲しくない生徒を挙げろと言われれば、ひよりの名は間違いなく出てくる。それも、今後の成長に期待出来るとかそういった理由からではなく、あくまでも純粋に読書友達として一緒にいることに意義を見出しているからだ。
ひよりは頭の良い生徒なので、学力関連の試験で退学になることはまず無いだろう。学力以外の頭脳面でも優秀なので、龍園が何らかの理由で退学させることも無いはずだ。不安要素があるとすれば、体力が求められる無人島試験あたりだろう。
もし無人島試験中に困ったことがあれば、手助けしてみるか。
もう2年生になってから結構時間が経って、6月になった。
あたしたちの関係は、未だに多くの人に知られずに隠すことが出来ていた。同じクラスの佐藤さんとか、1年生の天沢一夏なんかには知られちゃったけど。
てか、あの天沢って子は何なの? 物凄く生意気だし、なんか清隆に馴れ馴れしいし、印象は最悪。もう関わりたくないって思ってる。
でも、もし何かあったら清隆が守ってくれる。あの時、屋上で龍園からあたしを助けてくれた時みたいに。そのぐらい、清隆は頼もしいんだから。
そうそう、清隆なんだけど………まだ笑ってくれない。もう清隆の部屋で過ごした時間もそれなりに長くなった。料理を作ってくれたり、頭を撫でてくれたり、あたしが笑うことは本当に多い。というか、毎回笑ってる。何もしなくたって、清隆と一緒にいるだけで幸せで笑っちゃう。
だけど、清隆は違う。ずっと、ずっといつもの真顔のまんま。あたしが笑わせようと何かギャグを言ってみたり、くすぐってみたりもしたんだけど、全然笑わない。笑うってことが出来るのかも怪しいってぐらい、表情が変わらない。
どうしてなんだろ…………あたしといて、楽しくないのかな?
でも、清隆は楽しいって言ってくれる。単に笑うのが苦手なだけだって説明はしてた。本当にそれだけが理由なのか分からないけど、清隆がそう言うんだからあたしはその場では納得することにした。
そうして、今日までずっと笑わないまま日が過ぎていってる。いくら笑うのが苦手だからって、全く笑わないなんてことある?
そんなんだから、あたしは俄然やる気になっちゃってる。絶対に、絶対に清隆を笑わせてやるんだって。
さあ、今日はどんな方法で笑わせてやろうかな…………。
「………………………………」
無人島特別試験が始まるまであと少しとなりました。
私と綾小路くんは、図書室で本を読んでいます。無人島試験は2週間に渡って実施され、その後もしばらくはクルーズ船上での休暇となり、図書室には当分戻ってこられないからです。
今回の無人島試験は去年のものと比べてもかなり大掛かりなもので、学年を跨いだ戦いがあります。また、同学年で3人までのグループを組むことが許されており、その結成にはクラスの違いは不問とされるという目新しいルールもあります。クラスを超えた協力が見込めるのが特徴です。
私は一度、綾小路くんをグループに誘ってみましたが、勧誘は失敗しました。といっても、それ自体は予想していたことです。いくら学年別での対決の色が強い試験とは言っても、クラス別の戦いが無いことにはなりません。綾小路くんには綾小路くんたちDクラスの事情があるため、私たちBクラスが勝手なことは言えません。
ただ、結局最後まで誰ともグループを組んでいないことが気がかりでした。
この試験は、単独で挑むのには相当な難易度を誇ります。万が一怪我や病気でリタイアをしてしまえば、他のグループメンバーがいないため即退学となります。
綾小路くんならば大丈夫と内心では思いつつも、やはり不安感は拭えません。
「綾小路くん」
「どうした?」
綾小路くんは、顔を上げて私を見ました。目と目が合い、その瞬間に小さく心臓が跳ね上がるのを感じました。
「………頑張りましょう。無人島試験」
「………………そうだな」
私に言えるのは、これぐらいです。
後は、綾小路くんの力を信じるだけ。これまでにない壮絶な試験になるとは思いますが、私は綾小路くんならばいつものように顔色1つ変えずに切り抜けてくれると信じています。
だからどうか………退学だけはしないで…………。
次は誰の前で撃たれて欲しい?
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天沢一夏
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軽井沢恵
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龍園翔
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長谷部波瑠加
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その他