もしも綾小路清隆が◯◯の前で撃たれたら 作:せご曇(せごどん)
私は泣いた。
子供のように、わんわんと泣きわめいた。声が枯れるまで泣いた私は、疲れてしまい気付けば眠っていた。
そんな私は、インターホンの鳴る音と共に目を覚ます。警察が、事件の事情聴取にやって来たのだ。
ふらつく足取りで玄関まで行き、扉を開ける。外には灰色のスーツを着た男性が3人いて、私の顔を見ると少し息を呑んでいた。
そんなに酷い顔をしているかしら………。涙の後は無数に重なっていて、髪はボサボサで………目は虚ろで………とても人に見せられたものではないわね。
警察手帳を見せた3人を、私は室内に招き入れた。
事情聴取は、さほど長くは続かなかった。
犯人たちの顔に見覚えは無いか、綾小路くんが男たちと交流がある素振りは無かったか、現場に何か気になる点は無かったか……………。
どれも、私にはよく分からないこと。この全寮制で一般社会からはほぼ隔離された環境下で、拳銃を持ってくるような人間たちとの接点など持つはずがなかった。
だからこそ、本気で困惑した。頭の中が、「?」で埋め尽くされた。
そして、そんな疑問を吹き飛ばすほどに悲しくて、胸が痛んだ。
「っは……! はぁっ……! ううっ………!!」
「…………! おい、これ以上聞くのはもう…………」
最後には、事件当時のことを思い浮かべて過呼吸気味になった私を慮った刑事さんたちによって、聴取を打ち切られる始末。
兄さんが高育に入学して、離れ離れになってしまうと分かったあの日でさえ、こんなに胸が苦しむことは無かった。
それは、そうよね………。
「もう………彼には会えない………のね…………っ」
口に出したら、また涙が込み上げてきた。
あれだけ泣いたのに、まだ涙は枯れていない。私に、泣くことを止めさせてくれない。
考えないようにしても、彼の顔が勝手に思い浮かんでくる。いっつも無表情で、無愛想な顔。でも、あの時は笑ってくれた。私と話していた、あの瞬間だけは。
彼と過ごした時間は、まだ2年にも満たない。でも、彼が私の心に与えた影響は、時の長さで語っていいものじゃない。
「どうしてよぉっ……………」
次の特別試験も、一緒に乗り越えようと思っていたのに。クラスポイントを得て、今度こそAクラスに上がるつもりでいたのに。
そして、3年生に上がり、Aクラスのまま卒業して、最後は皆で笑えると思っていたのに。
あなたが死んでしまえば…………もう笑えないじゃない………!
「綾小路くん…………!」
どれくらい時間が経ったのか。私は、完全に抜け殻のように床に横たわっていた。
まるで、生きた死体。
彼の最期と今の私。何が違うのか分からないほどに、自分自身に生気を感じられなかった。
「綾小路くん…………」
何度呟いたか分からない彼の名前が、細々とした声で室内に消え入る。
すると、急に彼の顔を見たくなった。
私の頭の中の彼の顔じゃない。写真でも何でも良い、綾小路くんの姿をっ………。
スマホの写真フォルダから、何か無いかを探す。普段、人の写真なんて撮らない私のスマホには、テストやプリントの記録用の写真ばかりがあった。
違う、そんなのいらない。
彼の顔。彼の身体。何でも良い。
今は、綾小路くんと繋がっていたい。彼との思い出が、何かあれば……。
「…………………!」
これは…………………。
1年生の、夏休みの時の写真。今は退学してしまってもういない佐倉さんや山内くんの姿もあった。当時はDクラスだった私は、クラスメイトたちの何人かと一緒にプールに行ったんだ。
あの時の私は、友人なんて不要だと考えて、周囲の人たちとの関わりを絶っていた。自分だけが良ければそれで良いと、まさに兄さんが言っていた「孤独」と「孤高」を履き違えた愚か者だった。
そんな私がプールなんていうレジャー施設に足を運んだのは、綾小路くんの電話がきっかけだった。乗り気ではなかったけど、私は久しぶりに人とあんなに近い距離感で接した気がする。一人にこだわっていたけど、これもまた悪くないかもしれないと、胸が少し温かくなったのを覚えているわ。
その思い出の結晶が、これ。この一枚の写真。
他には、他には無いの?
画面をスワイプするけど、全然見つからない。そしてとうとう、一番最初の写真まで見きってしまい、もうスワイプしても画面が切り替わらない。彼と私の繋がりは、たった一枚の写真だけという事実が残ってしまった。
2年生になってから彼と撮った写真は、一枚も無い。どうして、もっと残そうとしなかったのか。お互い、この学校に身を置く限り、いつ退学になるのかも分からない運命だったはずよ。彼は私にとって、消えてしまったら忘れられるような、そんな軽い存在じゃなかったでしょ……。
多くの女子高生は、写真をよく撮る。軽井沢さんや佐藤さんたちは、それこそ毎日のように何かを撮っていた気がする。私も彼女たちのように撮ればよかった。彼と共に戦った日々を。彼のいた、教室の賑わいを。
「…………………」
私は、綾小路くんのOAAを確認しようとアプリを起動した。OAAには、顔写真が表示されるから。
彼のOAAは、まだ残っている。彼の真顔の顔写真と一緒に、彼の能力値が表示される。学力B−・身体能力C・機転思考力C・社会貢献性C・総合C+。
「…………嘘つき」
嘘ばっかり。あなたの学力は、間違いなく学年トップでしょう?身体能力だって、学年でダントツよ。機転思考力も、同世代のレベルを遥かに超えている。社会貢献性は………そのままだけど。
「私って、彼のことを何も知らなかったのね………」
結局、綾小路清隆という人間の真髄を、本気の実力を知る前に、彼はこの世を去ってしまった。
「もっと、あなたのことを知りたかったわ…………」
惨めな気持ちを必死で堪えながら、私はOAAの画面をスクリーンショットで保存した。
偽りではあるけど、あなたの生きた証よ。これだけは、失いたくない…………。
「………っ!」
また、電話がかかってきた。茶柱先生だ。
「……………………」
私は、無言でコールボタンをスワイプする。
『…………堀北』
茶柱先生の声。暗くはあるけど、さっきよりは多少マシに思えた。
「茶柱先生」
涙を流して、少しは心の汚れが落ちたのか、まだ生気が感じられる声が出た。それとも、あなたの顔を見られたからかしら……綾小路くん……。
『先程は取り乱してすまない………。大の大人である私が、こういう時にこそしっかりしなければならないというのに』
「……………いえ。先生は何も悪くありません。むしろ、生徒の死を深く悲しめる温かみのある方だとさえ思いました」
『………自分も辛い時に私のフォローをしようと思うなんてな。お前は、本当に成長した』
茶柱先生の声色が、少しだけ綻んだ。私もそれに釣られるように、ほんの少しの微笑を浮かべる。
『お前に伝えなければならないことがある』
茶柱先生が、本題へと移った。
『この後、お前に坂柳理事長が電話をかけたいと仰っている』
「坂柳理事長が……………?」
理事長先生とは、普段接点を持つ機会には恵まれない。始業式や終業式、体育祭などの特別な行事でもない限り、一般生徒が理事長と直接に会う機会はあまり無い。生徒会長の私も、理事長との会話は数えるほどにしか無かった。
「一体どのようなご要件で………」
『………綾小路の葬式に関して、だそうだ』
「…………っ!?」
綾小路くんの……お葬式……………。
『堀北………辛いとは思うが、理事長先生と少しばかり話してはくれないか』
「………………………………」
綾小路くんは、遺書を遺した。
彼の性格上、部屋に隠しておいたということは無い。万が一誰かに見つかれば、妙な噂が立ってしまう。誰か、信用出来る人に託したはず。
そして、その相手が多分………。
「………分かり、ました」
『堀北』
「正直に言えば、今の私は冷静とは程遠いです。坂柳理事長との通話でも、取り乱してしまうかもしれません」
『………………』
「ですが、理事長が直々にお電話を下さると言うのでしたら、私にしか出来ない何らかの役割があるということ。私は、その役目を果たしたいと思っています」
『………すまない』
そして、茶柱先生との通話を終えた私は、深呼吸をした。
いくら冷静ではないと言っても、理事長の前で泣き叫ぶことは流石に避けたい。
私は心を鎮めるべく深呼吸を繰り返し、着信を待った。
そして、5分ほどして再びスマホが鳴った。非通知だったけど、怪しむことは無い。坂柳理事長だ。
「………もしもし」
『……もしもし、堀北鈴音さんのお電話で間違い無いかな?』
「はい」
耳には、男性の声が入ってくる。行事の挨拶の時とは違い、暗くはなっているけど、坂柳理事長の声だ。
『突然すまないね……君も辛いだろうに』
「……いえ。それは皆同じことです。私にお話があるとのことでしたが………」
とは言っても長話はやっぱり辛いので、ここは早めに本題に移らせてもらった。
『実は、綾小路くんは数日前に僕に遺書を渡しに来たんだ。彼は、あまり詳しくは言えないけど出自が特殊でね……いつ命を狙われてもおかしくないからと言って、急死した時のために死後の処理について書かれた手紙を遺していったんだ』
「………っ!? 命を狙われるって………!?」
何、それは………!?
『すまない、あまりここでは詳しく話せないんだ』
「……………」
やっぱり、彼は普通の高校生ではなかった、ということ……?
このまま黙っていても仕方が無いので、私は話の続きを聞くことにした。
『そこには、死後には自分の葬儀を、高育内で執り行ってほしいと書かれていたんだ。生徒から任意の列席者を集めてね』
「どうして、彼はそんなことを」
『自分が………綾小路清隆という人間がいたという事実を、生徒の記憶に残したかったらしい。君のお兄さんの言葉に、感銘を受けてね………』
「え…………兄さんの…………?」
兄さんは、綾小路くんに何を…………。
「………それで、私はその葬儀で何をすれば良いのでしょうか」
『話が早くて助かるよ。綾小路くんは遺書で、もし自分が急死することがあれば、葬儀で彼が遺した文章を堀北鈴音に読み上げてほしい、と僕に伝えたんだ』
「えっ……………?」
私、に……?
「どうして、私に?」
『それは……文章を読めば、分かるよ』
「…………………」
『それで、どうかな、堀北さん。葬儀で、彼が遺した文章を読み上げる気はあるかな………?』
綾小路くんが遺した文章。私を直々に指名したということは、彼から私への最後のメッセージの可能性もある。
いえ、きっとそう。自分が死んだ時のための手紙なのだもの。間違いなく、そこには彼が本当に伝えたかった想いが込められている。
『無理にとは言わないよ。実際、彼にも本人が断れば読み上げなくて良いと約束してもらっているからね』
綾小路くん………。
「………読みます」
『…………良いんだね?』
「はい。それが………それが、最後に私にして欲しいことだと言うのなら、私はやります」
逃げてはならない。彼の想いに、応えなければならない。
それが、綾小路くんの─────私の一番の友の望みなのだから。
『………分かった。君は本当に強い人だ。葬儀の時には、君に彼が遺したメッセージとして、生徒たちの前で文章を読み上げてもらう。それで構わないね?』
「はい」
返事は、それ以外にはあり得なかった。
それから5日後、第一体育館にて行なわれる綾小路くんの葬儀に列席すべく、私は寮の部屋を出た。
列席予定者には、予め喪服が送られている。高育の学生服は、赤を基調としたもの。葬儀のマナーにはそぐわない。
誰かの葬儀に参加するのは、初めてだった。喪服は、着ているだけでも気分を重くする。これが、人の死の痛み。重いのは当たり前だった。
部屋を出ると、かなりの数の生徒たちが、喪服を着て歩いているのが見えた。彼女たちも、葬儀の列席者なのね。
綾小路くん、あなたはもう気付いていないでしょうけど、あなたの死を悼む人がこんなにもいるのよ。あなたのことを、皆覚えていてくれるわ。
エレベーターに乗り、1階へと向かう。その途中でエレベーターは止まり、扉が開いた。
そして、そこにいたのは。
「………っ! 櫛田さん……」
「堀北………さん」
喪服に身を包んだ櫛田さんだった。
よく見ると、目元が赤い。もしかして、泣き腫らしている……?
彼女は少しだけ俯くと、エレベーターの中に乗り込んできた。
他の生徒たちも乗っていたというのもあるけど、エレベーター内での会話は全く無い。男子も女子も、皆表情が暗かった。
エレベーターが開き、私たちは外へと出た。
「………………」
「………………」
特に意識をした訳では無いけれど、櫛田さんと私は同じペースで歩き、お互いに何も話さなかった。
その沈黙を破ったのは、何と私の方だった。
「ねぇ、櫛田さん」
「…………なに」
「あなたも、葬儀に出る気になったのね」
「……………………………」
また、沈黙が訪れた。櫛田さんは、強く結んだ唇を解いて、私の言葉に応える。
「私は、綾小路くんに本性を知られてから、何度彼に『死ね』って毒づいたか分からない」
「……………………」
「ずっと消えて欲しかった。あんたと、綾小路くんの2人だけが、私の本当を知る邪魔者だったから。でも、いつしか綾小路くんが只者じゃないんじゃないかって思うようになって。実際に、私は綾小路くんを退学させるどころか、退学させられる一歩手前まで追い込まれた」
「満場一致試験ね……」
「うん。でも、その後はどういう訳か、綾小路くんに助けられる機会が増えた。学園祭の時には天沢から、修学旅行の時には龍園から。本当かは知らないけど、今の私の方が好感が持てるって」
「それは………私も同意見よ」
「あんたって、本当にウザい………。でも、そんなこんなで、これからはもう敵対することもなく、学校生活が続いてくと思ってた。綾小路くんはよく分からない人だけど、たまに面白いことがあって、間抜け晒すこともあって。それも悪くないかもって思ってたのに………思っていたのに…………!」
「………………!」
櫛田さんの目に、薄っすらと涙が浮かんでいた。
「どうして、死んじゃうの……!? 退学ですらない…………人生が終わったんだよ………!? ついこの間まで話していたのに、もう二度と声を聞けないんだよ………!?」
「櫛田さん……っ」
あなた、いつの間にかそこまで綾小路くんのことを………!!
「おかしい………こんなのおかしいよ………!! どうして綾小路くんが死ななきゃならないの……!? 私が、何度も『死ね』ってお願いしたから……!?」
こんな櫛田さんの表情、見たことがない。何があっても、決して弱みだけは見せまいと、それこそ満場一致試験の時だって心は折れなかった。
なのに、なのに今の櫛田さんは、本気で心を痛めていた。綾小路くんの死を、心から悲しんでいた。
「あなたの言葉は関係無いわ…………」
「じゃあどうしてっ」
私は、これ以上櫛田さんが傷口を広げるを止めるために、気付けば動き出していた。
「…………っ!? 堀北……さん………?」
私は──────櫛田さんのことを抱きしめていた。
「自分を責めるのは止めて。あなたは、何も悪くない。綾小路くんを殺したのは、あなたじゃないわ。きっと、今の私たちにはどうすることもできない、大きな力………」
「何よ………それ…………」
声が震えている。私も、櫛田さんも。
でも、櫛田さんは私の抱擁に対して抵抗する意志を見せなかった。
「私にも、分からない。私たちは、彼のことについて何もしらない。どんな家に生まれたのかも、どんな子供だったのかも」
「………………………………」
「でも、彼は強大な力に命を狙われる境遇にいた。坂柳理事長が言っていたの……」
「…………!? 何、それ………」
「私にも分からないわ………! けれども、一つだけ言えることがある。こうしてただ私たちが悲しむことを、彼は望んでいないということよ………!」
「…………………………」
「今日の葬儀で、彼は私たちにメッセージを送る」
「え……………?」
「私が、彼が最期に遺したメッセージを皆に伝える。だから、どうか自分のせいだなんて思わないで…………!」
「っ…………………」
櫛田さんの身体の震えが、ダイレクトに伝わってきた。それは武者震いでも強がりでもなくて、悲しみに必死に耐えるためのもの。
クラスメイトを偽って、いつしか本当の自分さえも抑え込んで、痛みと共に生きてきた櫛田さん。
でも、この震えは偽りじゃない。紛れもなく、彼女の本心の叫びだった。
次は誰の前で撃たれて欲しい?
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天沢一夏
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軽井沢恵
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龍園翔
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長谷部波瑠加
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その他