もしも綾小路清隆が◯◯の前で撃たれたら 作:せご曇(せごどん)
「…………何抱き合ってんのあんたら」
聞き覚えのあるその声に、私たちは同時に同じ方向を向いた。
「………伊吹さん」
「あんたら、そんな趣味あったの?」
気付けば、私たちは周囲の視線を集めていた。流石に、抱き合ったままでは格好がつかないので、私たちは手を離すことに。
「伊吹さんも、行くんだね。葬式」
櫛田さんが率直な感想を述べた。
確かに、あまりそういう場に行きそうな感じはしない。伊吹さんが制服以外に、こんな厳粛な格好をするとは普段はとても想像出来ないわね。
「ん……まぁ、その………流石に、後味悪いから………」
伊吹さんは、バツの悪そうな表情で私たちから目線をそらした。
日常生活では、デリカシーの無い行動も時たま見られる伊吹さん。
今日ばかりは、いつもの腕白ぶりも鳴りを潜めているように見えた。
「あいつ、あんなに強かったのにさ。それでも、拳銃に撃たれれば死んじゃうんだって思うと、何か………」
「……………………………」
「てか、何だよ拳銃って……。どうなってんのよ一体………………」
伊吹さんは少し苛立ちながら青い髪をワシャワシャと掻いた。クラスは違っても、敵対していても。私たちは、それなりに長い時間、顔を合わせてきた。
そんな知人が、ある日突然いなくなる。退学ではなく、死亡という形で。しかも、葬式によって、その事実は大々的に広められる。
…………何も感じない方がおかしい。
「ん……………櫛田、あんた泣いてたの? 目真っ赤だよ」
「………うるさい。泣いたら悪い?」
「……………いや」
少なくとも、伊吹さんに人としての最低限のラインを認識できる能力は備わっているようだった。
「それよりさ、あんたら龍園のこと見かけなかった?」
「龍園くん?」
私と櫛田さんは、お互いに顔を見合わせる。この様子だと、櫛田さんにも見覚えは無いようだった。
「私たちは見ていないわ」
「ったく、何やってんのよあいつ…………チャットでも何の音沙汰も無いし、まさかグレたの……?」
何の音沙汰も無い。
その言葉に、一瞬息を呑むけど、考えてみればおかしい話ではなかった。
彼は、綾小路くんに固執していた。1年生の秋頃に、特別試験で私を隠れ蓑にして動いていたDクラスの影の首謀者を綾小路くんだと見抜いて、彼に戦いを仕掛けた。
その結果、多勢に無勢にもかかわらずに、龍園くんたちはそこにいる伊吹さんを含めて全滅した。
それ以降、彼は綾小路くんへの雪辱を果たすべくリベンジに燃えている。
そのはずだった。
そのリベンジの相手がいなくなってしまった。自分の手で葬ろうと思っていた相手が、謎の男たちの手によって、無慈悲に、拳銃によって葬られた。
いくら百折不撓の龍園翔とはいえ、綾小路くんの死は流石に………。
「あいつは元々グレてたでしょ」
伊吹さんの言葉に、櫛田さんが反応する。
「そういうグレじゃないっつーの。何かこう、捻くれてるっていうの?どうもスッキリしないっていうか………」
「………まぁ、体育館に行けば分かるわ。今はとにかく、葬儀場へ向かいましょう」
櫛田さんの涙。龍園くんの音信不通。
私は煮えきらない思いを抱えたまま、葬儀場のある第一体育館へと向かって行った。
第一体育館に着くと、その入口には大きな立て看板がかけられていた。
そこに書かれていた文字は───────。
『綾小路清隆儀葬儀式場』
既に受け止めていた事実だけど、こういう形で大々的に示されると、やっぱり辛いものはある。
「早く中に入りましょう。ここにいても仕方が無いから」
まず一番最初に目に入ったのは、体育館の壇上に飾られた綾小路くんの顔写真。少し大きなその写真は、白い額縁に入れられていた。そして、その手前にも白い棺があった。きっと、綾小路くんの遺体が入れられている棺。その周りを、真っ白なお花で囲っていた。
葬儀だというのに、彼の周りは白い色ばかり。
体育館内には、多くの生徒たちがいた。1年生から3年生まで、200人を超える人たちが。南雲先輩や七瀬さんら他学年の生徒もしっかりといた。
綾小路くんを知る人、面識は無いけど、同じ学校の生徒としてその死を悼む人。
普段は4クラスで対抗、時には3学年で競い合う私たちだけど、今この瞬間には気持ちが一つになっている気がした。
「2年生の席は一番前だね」
「私たちが一番彼との交流があるだろうから、配慮してくれてるのでしょうね」
席は学年ごとに縦に2・1・3年生の順番。クラスはA・B・C・Dクラスの順に左から並んでいる。
「………! あれ、高円寺くん………!」
櫛田さんが指差した先には、高円寺くんがいた。黒いスーツを身に纏った、一番来ないと思われた生徒。
「彼も………?」
しかし…………その表情は、どこかニヤついている。彼の死を悲しんでいるとは到底思えない。
私は、少しばかり苛立ったものの、それを抑えた。
「龍園は………やっぱいない」
龍園くんのクラス、Cクラスの座席には既に生徒たちが座っているけど、彼の姿は見当たらない。肩を震わせてすすり泣いている椎名さんや、その椎名さんの肩に手を置いている山田アルベルトくんの姿は確認できた。
「欠席したんじゃないの。面と向かって綾小路くんの最期と向き合うのは、龍園でも辛い気がするから……」
「…………………」
伊吹さんは、何も返さない。
私も、同じ意見。綾小路くんがああして亡くなってしまった以上、勝ち逃げをされたと思われているのかもしれない。何よりも、目標が消えてしまったという喪失感に苛まれている可能性が高い。
「……………鈴音」
すると、私は声をかけられる。同じクラスの、聞き馴染んだ声。
「須藤くん………」
伊吹さんは、そこで私たちから離れていった。
「大丈夫だったか………その………お前が、一番近くにいたって聞いたから……」
「……………………」
「………悪ぃ。思い出したくねぇよな」
須藤くんは、暗く沈んだ顔をしていた。
彼もまた、綾小路くんの実力に触れていた人。彼との間に、ある種の信頼関係のようなものを築いていた生徒だ。
綾小路くんの死は、彼にとってもとても辛かったはず。
「Bクラスは全員出席するみたいだ。…………軽井沢を除いて」
「軽井沢さん…………?」
櫛田さんと同じ疑問を、私も抱いた。
「あいつは、精神的にショックがデカすぎるって茶柱先生が判断して、今はメンタルクリニックで療養中なんだ」
「……………!」
「その……後追い自殺、とかしかねない勢いだって………」
綾小路くんの恋人だった軽井沢さん。綾小路くんは無表情だったけど、軽井沢さんは彼に対してかなり強い感情を向けていた様子だった。
やっぱり、その精神的ダメージは余りにも大きかったのね……。
「堀北さん、櫛田さん、須藤くん」
「平田くん」
真っ黒なスーツに身を包んだに平田くんが、私たちには声をかけた。
「堀北さん、体調の方はどうかな………」
「………ええ、外に出る分には問題無いわ。ありがとう」
「堀北さんは、綾小路くんと特に仲が良かったから。皆、心配していたよ」
「そういうあなたこそ、綾小路くんとは親しかったでしょう? 自分の心配もちゃんとして」
「…………うん」
きっと、平田くんもこの何日間、とてつもない悲しみに明け暮れたに違いない。
泣き腫らした痕が、確かに残っている。
「座席は来た人から順に座ることになってる。でも、一番前の左端の席は空けてあるんだ」
「どうして?」
「堀北さんのために」
「…………………」
これが、クラスの皆の気遣い。傍若無人な振る舞いをしたり、時には厳しい意見でクラスメイトたちから反感を買うこともあったけれど、それでも私のことを考えてくれていたのね。
「………ありがとう」
その後、席に座った私たちは、葬儀が始まるのを黙って待っていた。
既にすすり泣く声はあちこちから聞こえた。Bクラスだと、佐藤さんや長谷部さん。龍園くんのクラスでは椎名さんの他に、石崎くんが少し大きな嗚咽を漏らしていた。
そして、もう一つ気になったこと。
各クラスのリーダーが、見当たらない。
龍園くんは伊吹さんに聞いた通りだったけど、坂柳さんも、一之瀬さんも見当たらない。一之瀬さんのクラスは、彼女以外は全員来ているのに。
彼女たちも、また………。
坂柳理事長が、私たちの前へと出てきた。これから、葬儀が始まる。
綾小路くんとの、お別れの時が───────。
読経、焼香。
葬儀において多く見られるものは終わった。
「ううっ…………清隆くん…………」
「綾小路……くんっ……………」
平田くん、佐藤さんを始めとして、私たちのクラスには読経の最中に涙を流す生徒たちもいた。
「綾小路ぃっ………!!」
龍園くんのクラスでは石崎くんが、大きな声をあげて泣き始めていた。
それを、マナーを欠いた行為だと私は思わない。それだけ、彼と親交があったということなのだから。
強がりじゃないけど、私は今は決して泣かないよう歯を食いしばった。少なくとも今は、私は弱みを見せてはいけない。彼との最後の時に、彼の前で弱々しくしていたら、彼も安心して旅立てない。
だから、掌に爪痕を残すぐらい強く、拳を握った。
………そういえば、綾小路くんのご両親はどうしているのかしら。
会場には教師を含め、大人は何人もいるけど、彼の保護者だと思われる人の姿は見当たらない。
もしかして、これが特殊な出自というのに関係しているの……?
そもそも、彼に家族と呼べる人がいるのかどうかさえ、私は知らない。
そんな時、坂柳理事長が口を開いた。
「最後に、綾小路くんが遺書で生徒の皆さんに遺したメッセージがあります」
会場内が少しざわついた。
来る。私が、役目を果たす時が。
「彼はこのメッセージを、2年Bクラスの堀北鈴音さんに読み上げてもらいたいと遺していました」
坂柳理事長の目線が、私と重なる。
私は立ち上がり、理事長のいる方へと歩いて行った。全校生徒の視線が、私に集中する。
それでいい。
彼が、私たちに伝えたかったこと。
私は今、彼の最後の望みを叶える。
「2年Bクラスの堀北鈴音です。綾小路くんの生前は、彼とは親しくさせてもらっていました。彼が、私たちに遺した最後のメッセージ。友人の最後の望みを叶えるため、皆さんに伝えさせていただきます」
私は、坂柳理事長から手紙を受け取った。そこには、黒いボールペンで文字が書かれている。とてつもなく精密で、乱れの一つも無い文字が。まるで、退学した八神くんが書いたような、綺麗な文字が。
「……………スゥ」
私は、軽く息を吸ってから、手紙のに書かれた文章を、左上から読み上げる。
「────────感情とは何か。オレにはそれが分からなかった。幼い頃から、オレは無感情に、喜びも悲しみも感じることなく生きてきた。そして、今でさえ、自らの命が脅かされることに何の疑問も恐怖も抱かずに、こうして遺書をしたためている。」
堀北が口を開くと、生徒たちに漂う空気が変わった。
「オレは多くの嘘をついてきた。その場の空気に合わせて臨機応変に、角が立たないよう立ち回ってきた自覚はある。はっきり言えば、学力テストでは手を抜いていたし、身体能力も極力隠してきた。もっとも、最近ではオレの本性に触れ始めた人間も少なくない。オレに好意を寄せていた生徒をクラスのために容赦無く退学に追い込んだり、何ら感情を抱いていないにもかかわらずに、人生経験のために愛の告白をしたこともあった。とどのつまり、オレは自分さえ良ければそれで良いという人間だったのだ」
「……………っ」
「退学」という言葉に、堀北クラスの長谷部波瑠加は胸が苦しくなる。綾小路の手によって退学させられた、かつての親友である佐倉愛里の顔が思い浮かんだからだ。
「綾小路………くん…………?」
「愛の告白」という言葉に、同じく堀北クラスの佐藤麻耶は困惑する。親友である軽井沢恵は、綾小路の恋人。そして、彼らが恋仲となったのは、綾小路が軽井沢に対して想いを告げたからだ。それが「何ら感情を抱いていない」と一蹴され、頭を鈍器で殴られたような衝撃を受ける。
しかし、各々の感情とは関係無しに、堀北の口は動いた。
「だが、そんなオレも、高育という学びの場は気に入っていた。何かに対して好感情を抱いたのは、これが初めてかもしれない。個性に溢れたクラスメイトたち、他を出し抜いてでも上へと上り詰めようと策を巡らせる他クラスのライバルたち、その全てが刺激的だった。オレは、高育での時間が好きだった。日々、オレの予想を超えて成長を遂げる生徒たちの姿………に……………オレはいつしか見惚れていた」
少し声を震わせかけた堀北だったが、何とか持ち直して続きを口にする。
「だから、オレは柄ではないが、この白一色であった人生に新しい色を塗ってくれたこの学校に対して恩を返すため、最後に生徒である皆にメッセージを伝えることにした。そして、そのメッセージは………………!?」
堀北の目が、見開かれた。唇が震え、しばしの間が空く。
だが、まだ止まらない。止まれない。彼のメッセージは、終わっていないのだから。
「オレが人間に興味を抱くきっかけとなった、入学から側で見守り続け、その成長に期待を抱かせ、いつしか…………………クラスを離れて直接対決をしたいとまで思わせてくれた生徒に…………っ……伝えてもらう」
その言葉に、堀北クラスの担任である茶柱は目を見開いた。
綾小路は彼女にとっては大切な生徒であったが、そのような言葉を述べる生徒とはあまり思っていなかった。
その綾小路が、最後のメッセージの代弁者として堀北を選んだ理由に、心を震わせる。
「皆に問う。この世界に、平等は存在するか」
堀北の声で語られる綾小路の問い。堀北は、少し間を空けて続きを読んだ。
「オレは明確な答えを持ち合わせている。平等というものは存在しない。人間は生まれながらにして不平等だ。人種が違う、性別が違う、体格が違う、知能が違う、感性が違う、家柄が違う。様々な理由をつけて、社会は人間を不平等にする。オレは恐らく、世の中で最もこの事実を体現している人間だ。オレが育ってきた環境では、多くの子供たちが平等な環境・機会を与えられ、その中で皆等しい能力になるよう育てられてきた。だが、結局最後までその環境を生き残ってきたのはオレだけだった。これを才能の差と捉えるのかはオレ以外の人間に任せるが、地球上にあれ以上に平等といえる空間は存在しない。故にオレは、平等を虚妄の概念と判断した」
突如語られる綾小路の過去。読み上げる堀北本人も、少し驚いている。
彼の謎の一旦が明らかになる。だが、同時にまた新たな謎も呼んだ。その空間とは、一体何なのか、と。
その答えを知っているのは、堀北の近くでメッセージを聞いている理事長の坂柳だけであった。
「そして、それはこの葬儀に参加した皆にも言えることだ。オレの死など大して気にも留めないと思う者がいる一方で、もしかしたらオレの死に深く心を痛めてくれる者もいるかもしれない。心に負う傷は不平等だ」
「…………………………」
彼の死に、心を痛める者は一人や二人ではなかった。
「だが、ある意味で、誰しもに平等に適用されるルールはある。それは、立ち止まった者は、それからは成長出来ず、凋落するということだ」
またも、場の空気が変わる。堀北の声も、心なしか強くなっている。
ここからが、彼の伝えたいメッセージだと、皆が思い始めたのだ。
「どのような理不尽に身を置かれようとも、社会はそれに配慮しない。泣き言を聞き続けてくれる者など、誰一人として存在しない。自らの足で、苦難を乗り越え、永遠に前へと歩き続けなければならない」
「綾小路………………!」
茶柱は思わず、彼の名を口にした。
「時には立ち止まるのも良い。振り返って、心の傷を癒すのも良い。だが、いずれは前を向き、困難ひしめく人生を歩まなければならない。あまり感情を抱くことの無いオレだが、あえて言わせてもらう。それが出来ない者を……………オレは軽蔑する」
「……………………………」
坂柳クラス、龍園クラス、一之瀬クラス。各々のクラスの面々に、少しばかり陰りが生まれた。空席となったリーダーの椅子を、物憂げに見つめながら。
「だからこそ、退学してもなお、心の傷に負けずに前を向き続けたかつてのクラスメイトに………………オレは純粋な尊敬の念を覚えた」
「……………………!」
長谷部、幸村、そして三宅ら元綾小路グループの面々は、同時に胸の鼓動が強まるのを感じた。
彼が今口にしたクラスメイト。それは、退学したグループの元メンバー、佐倉愛里。
彼は、その佐倉のことを尊敬しているとまで言った。以前は思う所が色々とあったが、今ではその言葉だけが頭に刻まれていた。
「オレの死でさえも、君たちにとってはただの通過点でしかない。ここで挫折してしまうようでは話にもならない。こうして悲しみ、涙を流すその瞬間にも、いずれ社会で出会うことになる名前も声も知らないライバルたちは、静かに牙を研ぎ続けているのだ」
堀北は、この言葉が真に向けられている人物に気付き始めた。
それは、自分自身。
綾小路が死に、堀北が深く悲しむことを、彼は予見していた。だからこそ、彼女に向けて戒めの言葉を送った。自分の死に、堀北が囚われることがないように。かつての兄に対してと同様に、寄りかかることがないように。
既に目頭に込み上げてくるものがあったが、堀北はそれを必死に抑えて続きを読んだ。
「立ち上がれ。そして前を向け。蟻の如き歩みでも良い、前進し続けろ。進み続ける者にだけ、成功は訪れる。あらゆる障害を打ち砕き、最後にこの実力至上主義の教室で頂点に立つ者が誰であるのかを、死後の世界というものがあるのならば………オレは………静かに見守らせてもらう………っ」
まだだ。まだダメだ。堀北は最後まで必死に堪らえようとした。
そんな彼女の姿に、震える声に感化されて、2年生だけでなく1年生や3年生たちからも嗚咽が聞こえてくる。
「オレが伝えたいことは………それだけだ。いずれオレのもとにやって来て、お前のことなど超えてしまったと笑いながらに語る皺くちゃな白髪の同胞たちの姿を…………オレは………心待ちにしている」
締めくくりには、同じく高育で学んできた同胞たちへと贈る言葉。
─────そして。
「柄にも無く熱くなってしまったが、最後にこのことを………………………っ!?」
そこで、堀北は言葉を詰まらせた。
目には大量の涙が溜まっており、そしてそれはほどなくして双眸から零れ落ちた。
「オレの人生で………………っ………初めて………できた………………そして………今では………無二とも言える…………戦友の……声を……通じて………皆に伝えて………おきたかった………………っ…………!!!!」
「…………っ!? 鈴音……………!!」
須藤は、そんな堀北の姿、そして綾小路の遺したメッセージに心を強く打たれ、いつしか涙を流していた。
「堀北………さん………っ」
そして、それは堀北を強く憎み、綾小路も強く憎んでいた櫛田もまた同じである。
好感度を上げるための嘘泣きではない。心から込み上げてきた、純真なる涙であった。
「綾小路くん…………!」
佐藤も。
「清隆くんっ………!」
平田も。
「綾小路くん………………」
松下でさえ。
クラスメイトたちは高円寺以外の全員が、綾小路の死に涙していた。
「あやの………こうじ………くんっ………!」
その場に膝をつき、口もとを押さえる堀北。堪えていたものが溢れ出す。
彼との日々が蘇る。平坦に見えて、しかしそれはかけがえのないものであった。
「ううぅぅっ………………!!!!」
その時。
一人の狼藉者が、姿を現した。
「なんだ、本当に葬式やってやがったのか」
「…………………!!」
大きな声に、葬儀場にいた全員の視線が、一点に釘付けになる。
荒々しい足音と共に館内に入ってきたのは、1年Dクラスの暴君・宝泉和臣であった。
まるでアロハシャツのような派手な色の服姿で、葬儀場を踏み荒らす。
「え……………?」
堀北も、顔を上げて声のした方を見た。
彼はそんな堀北も含め、センチメンタルな空気になっていた式場一体を鼻で笑う。
「ハッ、こんなものを綾小路パイセンは最後に望んだってのか? 随分と腑抜けになっちまったなぁ」
「……………………!」
綾小路を侮辱する言葉に、葬儀場内の空気が一変する。無論、悪い方向に。
中には、宝泉を睨みつける者も多数いた。
「何だおまえら?本当のことだろうが。俺の知ってるあいつは、こんな下らねぇ茶番でお涙頂戴するやつじゃあなかったぜ?」
式場全体へと聞こえるように、大きく通る声を発し続ける宝泉。
「それとも何か?生温ぃパイセン方の中でヌクヌクしてたから、絆されちまったってか? それは傑作だなぁ!!」
手を叩いて嗤う宝泉。そこには死者への敬意は欠片も無い。
そんな彼に、ついに怒りが限界を迎えた者がいた。
「っ!」
「櫛田さんっ!?」
櫛田は立ち上がり、宝泉の方へと向かって行く。そんな彼女の行動に誰もが目を奪われる中────────もう一人の少女が、猛スピードで彼へと駆けて行った。
「……………!? 鈴音!!」
堀北が、怒りの形相で宝泉に向かっていた。教師陣も含め、式場の式場の全員が彼女たちに目を向けている。
「お?」
「たぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
堀北は勢いよく飛び上がると、右足に全力を込めて宝泉の顔面を目掛けて振った。
宝泉はその蹴りを、左腕によってガードする。
「おお……! こいつは痺れる…………あの春ん時とは比べ物にならねぇパワーだ……!」
彼女の渾身の蹴りを口もとをニヤりと歪めながら弾く宝泉。
「っ!!」
堀北は、歯をギリッと食いしばり、第二撃へと移ろうとした。
だが──────────。
「堀北さんっ!!」
「!?」
その堀北を、櫛田が後ろから取り押さえた。
「離してッ! 彼を侮辱されて、黙っている訳にはッ」
「ダメっ!!」
想像以上に大きな声に、堀北は一瞬身体を震わせる。
「それは綾小路くんが望んだものじゃないよ…………こんなことをやっても、彼は認めてくれない…………」
「櫛田さ………っ………」
櫛田の表情を見て、堀北は込み上げていた激情が引いていくのを感じた。
そうだ、綾小路はただ怒りのままに動く堀北を望まない。その先には、何も無い。
「何だよ堀北。来ないのか? せっかく面白くなりそうだったってのによ」
「……………あなたなんかに、構ってあげられる時間は無いわ」
堀北の悲しげな、しかし決意のこもった目を見て、宝泉はつまらなさそうに舌打ちをすると、葬儀場から出ていくのだった。
宝泉の乱入による一悶着はあったものの、綾小路の葬儀は無事終了した。
彼の遺体の入った棺は体育館から運び出される。
生徒たちは皆、その様子を見送っていた。
「綾小路っ!!!」
須藤が叫ぶ。
「俺、お前のこと絶対に忘れねぇから!!何があっても、頑張るからよぉ!!!」
男の涙と共に、彼への最後の言葉を送った。
「きよぽんっ!!」
「清隆!!」
「清隆っ!!」
長谷部、幸村、三宅ら元綾小路グループも叫ぶ。
「私、絶対にAクラスに行く!! 卒業して、愛里に誇れる自分になるからっ!!」
「俺もだ清隆……!! お前は今でも、俺たちの友達だ……!」
「清隆………!! お前のことは、忘れない……!!」
一度は訣別した仲。だが、彼らは今でも綾小路を友として想い、その最期を見送った。
「清隆くん!」
平田も大きな声で彼を呼んだ。
「今までありがとう………!!! 君に誇れる人間でいられるよう、僕たちは最後まで戦い抜くよ……!!!」
涙ながらに、今後の健闘を誓うのだった。
「綾小路くん!!」
櫛田も叫んだ。
「ありのままの私を受け入れてくれて、嬉しかった……!! 多分、初恋だったよ!!」
「!?」
周囲の驚きの視線も気にせず、櫛田は自らの想いを最後に叫んだ。
他クラスの彼と交流のあった面々も、口々に綾小路への想いを叫ぶ。
そして、ついに棺は霊柩車に運ばれ、体育館から離れていった。
「…………………っ!!」
その霊柩車の後ろを─────堀北鈴音は走っていた。
「鈴音!!」
「堀北さん!!」
彼女を呼ぶ声も耳に入らず、堀北は走りながら叫んだ。
「ありがとう!!綾小路くん!!!あなたと出会えたから、私は変われた!!! 絶対に、Aクラスで卒業してみせる!! あなたの親友として、心に誓うわ!!!」
どんどんと距離は離れる。これが、最後の別れ。
堀北は走るのを止め、息を目一杯吸い込んでから彼への最後の言葉を叫んだ。
「ありがとぉぉぉぉっ!!!!!!!!」
あの日から、私たちの学年はガラリと雰囲気が変わった。
綾小路清隆という生徒は、元々はいわゆる「ぼっち」だった。友人はおろか、話す相手もほとんどいなくて、私と何かを話す程度のことが多かった。
そんな彼だけど、次第に交流も増えていって、最期には多くの生徒たちの心に影響を及ぼすに至っていた。それは、亡くなってからも変わらない。
あの後私は、葬儀に出なかった各クラスのリーダー───坂柳さん、龍園くん、一之瀬さんに会いに行った。
3人とも、私が部屋へと出向いてもまともに取り合ってはくれなかった。唯一インターホンに出てくれた一之瀬さんでさえ、死にそうなほどに沈んだ声をしていた。
一部では、そのまま自主退学をしてしまうのではと噂されたほど。
そのまま放置すれば、確かに私たちのクラスは独走できたかもしれない。リーダー不在で勝てるほど、この学校の特別試験は甘くはない。
けれども、私はそうしなかった。それは、綾小路くんが望んだ未来じゃない。その先の一年間に、私たちの成長は無い。
私は、綾小路くんが遺した最後のメッセージを、3人の部屋の前で読んだ。嫌でも、彼らの耳に入るように。今の状態を、綾小路くんが望んでいないことを知らせるために。
その後、色々と───坂柳さんの胸ぐらを掴んだり、龍園くんをビンタしたり、一之瀬さんに喝を入れるなど───工夫をして、なんとか3人を立ち直らせることができた。
立ち直った3人は、今まで以上の強敵となった。3年生の特別試験は、全クラスがせめぎ合う群雄割拠の状態が続き、私たちは幾度となく困難にぶち当たった。
そして────最後の特別試験で、4クラスで最高の成績を出すことで、私たちはついにAクラスに上がり、卒業式を迎えた。
卒業証書を受け取った瞬間、涙が込み上げてきたのを思い出す。
きっと、皆泣いていた。一之瀬さんも……坂柳さんと龍園くんでさえ。Aクラスも、それ以外のクラスも、全力を出して戦い抜いたのだから。
綾小路くんに胸を張れるほどに、立派な顔つきになったのだから…………。
そして───────。
『続いてのニュースです。毎朝新聞による世論調査の結果、綾小路内閣の支持率は93%となり、戦後最高を更新しました。これは鬼島内閣の85%を上回る極めて高い水準であり、これについて綾小路総理は────────』
女性アナウンサーが、現内閣総理大臣である綾小路首相についてのニュースを報道していた。
そのニュースを見ながら私─────堀北鈴音は、朝食を喉に流し込む。
あれから10年。私は27歳になっていた。
朝食の後、身支度を済ませた私は、机の上に置いてある写真立てに目を向けた。
高校1年生の夏、綾小路くんたちと撮った写真。今では、彼と一緒に撮った唯一の思い出の写真だ。
「行ってきます──────」
私は、そう呟いて玄関の扉を開いた。
私はその後、ある公園へと向かう。そこで、ある人たちに会うことになっていたから。
公園に着くと、待ち合わせ時刻まであと5分ほどだった。私はバッグからメモ帳を取り出し、昨日までの
そうしていると、足音が私に近付いてくるのが聞こえた。顔を上げて、音のする方向を見ると、そこにいたのは─────。
「遅いわよ───────
黒いスーツを着た、櫛田桔梗だった。
「待ち合わせ時間ぴったりでしょ。あんたが早く来すぎなのよ、
髪を伸ばした桔梗は、少し嫌味な雰囲気を出して私の名前を呼んだ。
卒業後、私たちは別々の大学に入学した。その頃には既に腐れ縁のようになっていて、奇妙な友情が築かれていた。やっぱり、綾小路くんの死をきっかけに、お互いに一つの目標を達成するという強い意志が形成されたのが大きかった。
大学入学後も連絡は取り続け、3年になる頃には進路が定まっていた。
「私は─────ジャーナリストになる」
桔梗がそう言った時、私は心臓が飛び出そうになった。私と同じ進路を歩もうとしていたのだから。
あれほど馬が合わず反りが合わずで過ごしてきたのに、同じ道を目指し始めた。私は、それがどこか嬉しかった。
きっかけは、綾小路くんが殺された事件。あの事件は、何か大きな力が働いていた。それこそ、彼でさえどうにもできなかった、大きな力が。その力が何なのか、解明したいと思うようになったのが、私がジャーナリストを志した理由だ。
そして、奇しくも桔梗も同じ理由から志を抱くようになっていた。
Aクラスの特権を使い、私たちは苦も無く大手新聞社の「東都新聞」に入社した。
お互いライバルとして競いながらも、今では協力して一つの事件を追うようになった。
「あの子はまだ来ないの?」
「彼女は…………時間にルーズだから」
それから5分してやって来たのは─────。
「遅れた!!」
青い短髪を揺らしながら、こちらに走ってくる女性。
「遅いわよ、
彼女は、報道カメラマンの伊吹澪だ。
最後にはCクラスでの卒業となった澪だけど、別にそれで将来の道が絶たれた訳じゃない。
大学在学中に趣味で写真を始めたところ、思った以上にのめり込んだみたいで、いつしかそれを職にしようと思うようになったという。
ちなみに、彼女が東都新聞社に入社したのは完全な偶然。社内で顔を合わせた時には、本当にびっくりした。
それ以降は、私たちの取材に連れ歩くことにしている。カメラマン兼ボディガードとして。
別に私が彼女より弱いとは思っていないけれど、幾分危険を伴う仕事。手数は多い方が良い。
「それで、今日は誰を探るの、鈴音?」
澪が、ぶっきらぼうに尋ねてきた。
「メールで伝えたでしょう? ちゃんと読んでいなかったようね」
「うっさい。早く教えろっての」
粗暴さは相変わらず。
それにしても…………学生時代にはいがみ合っていた私たちが、こうして大人になっても一緒にいるなんて、人間の縁って不思議よね。
あなたがいなければ、私はずっと一人のままだった。この三人の関係が生まれたのも、あなたのお陰なのよ………綾小路くん。
私たちは、
世間では不幸な事件だと思われているけど、それは決して違う。決して許してはならない、綾小路くんの
私たちだけでどうにかなるのかは分からない。もしかしたら、強大な力の前に押しつぶされてしまうかもしれない。
それでも、一度やると決めたからには、もう迷うつもりは無いわ。
「立ち上がれ。そして前を向け。蟻の如き歩みでも良い、前進し続けろ」………あなたに言ってもらったことなのだから。
あの日の心の傷は癒えていない。きっと、彼のことを思い出すと、これからも胸は痛む。
でもそれ以上に、彼の存在は私たちに勇気をくれる。
「今日探る相手は、『ホワイトルームプロジェクト』を初期から牽引してきた研究員の一人、田淵氏よ。どこか頼りない人に見えるけれど、決して油断しちゃダメ。今日こそホワイトルームの秘密を掴むのよ」
「言われなくても分かってるよ。鈴音はいつもしつこい」
「いつか私の写真で、あの首相の秘密を暴いてやる」
今日も、私たちは前に向かって歩き出す。
無二の戦友────綾小路清隆の志を、胸に刻みながら。
──もしも綾小路清隆が堀北鈴音の前で撃たれたら・完
次回、一之瀬編スタート
次は誰の前で撃たれて欲しい?
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天沢一夏
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軽井沢恵
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龍園翔
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長谷部波瑠加
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その他