もしも綾小路清隆が◯◯の前で撃たれたら   作:せご曇(せごどん)

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もしも綾小路清隆が一之瀬帆波の前で撃たれたら②

 

「帆波」

 

「ひゃぁっ!?」

 

オレから手を離した彼女の下の名前を呼ぶと、とても間の抜けた声をあげていた。

 

「嫌だったか、名前呼びは」

 

「えっ、いやっ、あっ、そういういやじゃなくてねっ!? う、うぅんと………い、嫌じゃない………です………」

 

「ありがとう。オレのことも『清隆』と呼んでくれて構わない」

 

「えっとぉ…………う、うん……………じゃ、じゃあ……………『清隆』くん…………」

 

耳を澄まさなければ聞こえないほどに消え入りそうな声で、オレの名前を呼ぶ帆波。

 

今はまだ、初めての出来事に慣れていないので、あまりにもぎこちないが、いずれは自然になるだろう。

 

「帆波。色々と不安はあるだろうが、今は心を休めて欲しい。常に気張るだけが、勝つ方法じゃない」

 

「う、うん…………」

 

これは、言わば論点のすり替えだ。クラスの行く末への不安を、オレとの交際の開始という事実で強引に塗り替えた。

 

今はそれで良い。一時的にしろ、精神的余裕は生まれるはずだ。

 

 

 

交際開始にあたって、オレは帆波との間にいくつかルールを設けた。

 

まず、公私混同を避けることだ。

 

いくら恋人関係になったとはいえ、特別試験においては敵対関係となる。オレのことを意識するあまり、クラスメイトに迷惑をかけることになれば、彼女の善が陰る要因になる。

 

オレもクラスの情報を安易に売ったりはしない。帆波もオレに告げたりはしない。彼女だからといって、特別試験において無償の協力はしない。もし、そのようなやり取りをする場合は堀北を通して、利害関係の一致のもとで行う。そう決めた。

 

ちなみに名前を呼ぶ場合も、外ではこれまで通り名字で呼び合うことにした。

 

次に、交際の事実は伏せることだ。

 

上級生にも、そして恐らくは今後入学してくる後輩たちにも、帆波は広い人脈を持つことになる。

 

そんな帆波とオレが付き合っていると発覚してみろ。噂は一日も経たずに全校に広まり、オレたちはたちまち校内の有名人になる。

 

先日堀北学から言われたことを受け止めると、オレが目立つようになる点そのものは既に構わないと考えている。何よりも、理事長代理である月城がオレの退学を狙う以上、いずれは目立たざるを得なくなる可能性は受け入れている。

 

だが、それを坂柳や龍園が見過ごすとは思えない。オレへの直接攻撃は不可能にしても、帆波に対しては何かを仕掛けるだろう。

 

もしそれで帆波が使い物にならなくなってしまえば、それはオレにとって大きな損失だ。オレは攻撃を仕掛けてきた坂柳や龍園を潰さなければならなくなる。

 

今の二人では、オレには絶対に勝てない。今後成長を遂げればオレに通用する可能性を秘めてはいるが、帆波から学びたいことの価値は、二人の成長よりも上だ。

 

そして、事実の発覚は堀北のクラスの成長の妨げになりかねない。特に恵は駒として使い物にならなくなる。そして、他クラスのリーダーと交際しているというオレへの不信感が高まれば、それだけ動きづらくもなる。櫛田あたりは間違いなく突いてくるからな。

 

いつかは発覚するにしろ、もう少し各々の精神が成熟してからだ。

 

 

 

 

 

私────一之瀬帆波は、綾小路くん………ううん、清隆くんと付き合うことになった。人生で初めての恋、そして初めての恋人。

 

彼に好きだと言われた時は、嬉しくて死んじゃいそうになった。私がずっと言えないでいたことを、清隆くんの方から言ってくれたんだから。

 

今後の不安とか、私の弱みとか………そういったことが、全部頭から消えちゃうくらい、気持ちが軽くなった。

 

多分、人生で一番幸せな日。

 

これからは、二人で幸せになる。

 

クラスは違うし、どうしても戦わなきゃいけないけど………でも、私はそれに負けたくない。

 

お互いの気持ちを通じ合わせれば、どんなことがあっても大丈夫。そう信じることにした。

 

「フフフフっ…………」

 

「そんなに嬉しいのか」

 

「それはそうだよ………うん。もう恥ずかしがらない。私は、清隆くんの彼女……」

 

それから、その日は清隆くんの部屋に長居させてもらうことになった。何も無い部屋だって自分では言うけど、一緒にいられるだけで私は幸せ。

 

晩ご飯もご馳走になった。清隆くんのお料理、美味しかったなぁ……。

 

 

 

 

 

オレはその日から日記を付けることにした。

 

日記とは、その日一日を振り返り記録するもの。ホワイトルームでは毎日バイタルチェックを行っていたが、そういったものとは大きく異なると言って良い。

 

その日に思ったこと、感じたことを書く。それが日記というものだ。当然、ホワイトルームで日記を書く機会は無かった。

 

今日から、オレは「幸せ」になれたかどうかを、日ごとに記録していく。何か精神状態に変化があれば、それを書き記し、何がオレの精神に影響を与えているのかを考察する。

 

まずは、今日───3月30日の日記を付けよう。

 

 

 

 

私と清隆くんが付き合い始めてから、一ヶ月が経った。

 

私は、あの日から日記を付けている。毎日の思い出、毎日の幸せを記録するために。

 

毎日会うことは出来ない。違うクラス同士だし、私はリーダーの立場。自分勝手なことは出来ない。

 

でも、たまに清隆くんのお部屋に行く時は、本当に楽しい。好きで好きで仕方がない人が、私のすぐ側にいる。手が触れ合って、同じ気持ちを共有している。

 

それだけで、私は幸せ。

 

もう、何もいらないって思うぐらい…………。

 

 

 

 

 

帆波とは円満な恋人生活が続いた。

 

部屋に頻繁に招き入れることは出来ないものの、毎晩電話でお互いの声を聞いていた。その日にあったことや楽しかったこと、様々な事柄を雑談として話し合っていた。

 

毎晩聞く帆波の声は、とても嬉しそうだ。オレと話せるというだけで、心の底から幸福を感じている。他クラスの生徒だとか、そんなことはまるで気にしないという様子で。

 

そうだ。だからこそ、オレはお前を選んだのだ。

 

オレへの想いに対して、余計な感情が入りこまない。ただ純粋にオレとの時間を楽しみ、オレを幸せにしようとしている。

 

結構尽くすタイプで、オレの部屋に来た時はいつも、あれをやってあげるこれをやってあげると世話を焼こうとしている。

 

日常生活の雑事は一人で全てこなせるが、せっかくの帆波の厚意を無下にする訳にもいかないので、そういった日には色々と手伝ってもらっている。

 

恋愛という場においては、相手が幸福になれば自分も幸福になれる、というのが当たり前のことのようだからな。オレのためになるというのが帆波の幸福ならば、それがいずれオレの幸福にも繋がるかもしれない。

 

絵空事でしかないと思われた「聖人」だが、その聖人は実在したのだ。オレは恐らく、ホワイトルームはおろか、俗世間で暮らしている人間でさえ、一生に一度会えるかどうかも分からない希少な人間との時間を過ごしている。これ以上に興味深く、得難い経験もそうそう無いだろう。

 

 

 

────────だが、どうしてだろうか。

 

「感情」と呼べるものが突き動かされている気配が、全くしないのは。

 

 

 

 

 

毎日が楽しい。本当に幸せ。

 

清隆くんと毎晩電話をする時、私の頬はずっと緩んでいる。清隆くんの声、清隆くんの相槌、清隆くんのお話。全てが、私の心を温めてくれる。

 

普段の学校では、私たちが付き合っているということを隠している。クラスの皆と話す時も、極力清隆くんの話が出ないように心がけている。

 

だって、私の不注意のせいで、こんな幸せな日々が壊れてしまったら嫌だから。いつまでもこうして、ずっと一緒に、一緒に過ごしていたいから。

 

そういえば、そろそろ無人島特別試験が始まる。

 

出来れば清隆くんと同じグループを組みたかったけど………それだと悪目立ちするから、その気持ちを我慢した。

 

清隆くんは結局、試験が始まるまで誰ともグループを組まなかった。この試験は、単独のグループは本当に不利になっちゃうけど、大丈夫かな………?

 

もし、万が一、怪我をして退学にでもなっちゃったら、私………………。

 

 

 

 

 

7月20日。無人島特別試験が開始する。

 

だが、それと同時に、今日は帆波の誕生日でもある。特別試験の手前、パーティを開いたり、大きな誕生日プレゼントを用意してやることは出来ない。

 

だから、オレは他のもので代用することにした。

 

試験が始まる前、オレは無人島へと向かう船の中で、帆波を呼び出した。勿論、周りに絶対に人がいないことを確認して。

 

「な、何かな………綾小路くん(・・・・・)

 

誰も周囲にいなくとも、オレとのルールは徹底しているな。やはり聡明な生徒のようだ。

 

オレは再度周囲に人がいないかを確認する。結果、やはり誰もいなかった。

 

ここで、帆波への誕生日プレゼントを贈ることにしよう。

 

「一之瀬……………いや、帆波(・・)

 

「えっ………?」

 

驚く帆波の背中に手を回し、オレはその唇に────自らの唇を重ねた。

 

「…………………!?」

 

驚きのあまり目を見開く帆波。顔は真っ赤に染まっており、肩には緊張から来る筋肉の強張りを感じる。

 

だが、オレはすぐに唇を離したりはしない。このまま、静かに溶け合うように、帆波が受け入れるのを待つ。

 

「……………………………」

 

しばらくすると、帆波の緊張が解け、ゆっくりと目を閉じる。遂に、オレとの一線を踏み越えることを受け入れたのだ。

 

オレはそれを確認すると唇を離し、こう言った。

 

「お誕生日おめでとう、帆波。特別試験もあって、オレからはこんなプレゼントしか出来ないが」

 

「……………………………………」

 

何も言わない帆波。流石に攻めすぎたか?

 

「すまない。嫌、だったか」

 

「…………ううん。嫌じゃないよ。でも………キ、キスって………初めて……だったから………………」

 

物凄く恥ずかしそうに、しかし嬉しそうに語る帆波。

 

プレゼントとしては、成功だったようだな。

 

「帆波。この試験はきっと、これまでにない程に過酷なものになる。だが、オレはお前なら乗り越えられると信じている。またこの船の上で会えるのを楽しみにしているぞ」

 

「…………うん。私、頑張るよ。清隆くんも………頑張ってね」

 

単独のグループが圧倒的に不利となるこの無人島特別試験。

 

帆波は、誰とも組まないオレのことをずっと不安に思っていただろう。

 

月城や潜伏するホワイトルーム生に狙われる可能性がある以上、オレは他の生徒と関わるべきではない。

 

だが、そんな事情は当然伝えていないので、帆波は何も知らない。

 

だから、こうして強い刺激を与えることで、その不安を吹き飛ばした。この無人島試験、帆波は間違い無く乗り越えられる。

 

 

オレにとっては人生で初の接吻。美しい女性との甘い口づけ。

 

 

その時、オレの感情は───────────何も突き動かされることはなかった。

 

 

 

 

 

人生で初めて、男の人と唇をくっつけた。

 

今まで、お母さんや妹とチューしたことはあった。特に小さい頃なんかは、お母さんがよくしてくれた。

 

だけど…………こんな風にするのは、初めて。

 

凄い緊張した。凄い恥ずかしかった。心臓の音が外にも聞こえてたんじゃないかってぐらいバクバク鳴っていた。

 

──────とても嬉しかった。

 

幸せすぎて、どうにかなっちゃいそうだった。大事な特別試験の前なのに、あんなに浮足立って………。

 

でも、そのおかげで、頑張れる気がする。何が起きるか分からなくて、ずっと不安だったけど………私も清隆くんも、この試験を乗り越えられる。

 

そしたらまた、一緒におうちデートしようね……………。

 

 

 

 

 

無人島試験は無事、幕を下ろした。下位5位のグループの3年生たち15名は全員退学になったが、それはオレの知ったことではない。

 

最終日、月城との直接の戦闘。オレは久々に戦いの中で冷や汗を流した。

 

やはり、只者ではなかったな。3年生の鬼龍院が加勢に入ってくれなければ、オレはあの場で捕らえられていた可能性がある。

 

だが、そもそも月城がオレをあの場で待ち構えていると分かったのは、帆波が偶然月城の作戦を知ったからだ。

 

茂みも多い無人島の中、帆波は偶然月城と相方の司馬の会話を聞いてしまった。最初は気付かれなかったようだが、ほどなくして存在に気付かれ、口封じの脅しをされる。

 

それでも、オレのためを思ってと自分の役割を放棄してまでオレのもとへとやって来て、月城の作戦を伝えてくれたのだ。これには素直に感謝する。

 

同時に、帆波の中での物事の優先順位が、オレが一番になっていることも分かった。

 

オレを一番幸せにしたい、オレに一番幸せになって欲しい。それが彼女の心からの願い。

 

最早帆波は、自分よりもオレを優先させる段階にまで来ていると言って良い。少々依存気味な気もするが、今はこのまま様子を見よう。

 

オレの幸福のための献身的な働き。

 

いつかは、オレもそれに応えられると良いな。

 

 

────────同時にオレは、帆波との関係が月城に知られたことに一抹の不安要素を見出してもいた。

 

そして、その不安が顕在化したのは───────。

 

 

 

 

 

無人島試験が終わって、私たちは退学することなく無事に船の上に戻ることが出来た。

 

月城理事長代理の言っていたこと…………「ホワイトルーム」……。

 

あれは一体、何だったんだろう。インターネットで検索してみても、該当するものは無かった。

 

でも、清隆くんとそのホワイトルームというものが、何か関係しているかもしれないってことは分かった。

 

今まで、清隆くんのことを側で見てきた。清隆くんは、学校では実力を隠してるけど………本当は頭も凄く良くて、とても強い人。私はそう感じていた。

 

その秘密と、何か関係あるのかな…………?

 

今度会った時に、ちょっと聞いてみようかな。

 

 

 

 

夏休みが始まると、帆波と会う頻度も少しずつ増えていった。

 

そんなある日、帆波はオレに尋ねてきた。

 

「ねぇ、清隆くん」

 

「どうした」

 

「『ホワイトルーム』………って知ってる……………?」

 

オレは表情には出さなかったが、予想外の言葉に少し戸惑いを覚えた。

 

だが、瞬時に理解する。帆波は月城の会話を聞いていた。その時にホワイトルームについて僅かにでも知ったのだろう。

 

ここで、知らないと答えるのは簡単だ。オレには聞き覚えの無いことだと一蹴すれば、帆波はそれ以上は追及してこないだろう。

 

だが、それは精神的な影響を与えないことを意味しない。オレを襲うことを計画した月城の口から出てきた言葉が、オレと無関係だと彼女は考えるだろうか。否、それは無い。聡明な帆波は、オレが関係があるのに隠したと判断する。秘密を共有出来ない、信頼されていないと感じるだろう。

 

それでは、今後の学びに支障をきたす恐れがある。

 

オレの学年で、オレの過去を知るのはAクラスの坂柳だけ。だが、既に誰かに過去は知られている。完全に隠し通すことはそもそも不可能。

 

そして、相手は帆波。この学年で、いやこの学校で一番信用に足る人間だ。彼氏のオレが困るようなことは絶対にしない。

 

秘密の共有。それがオレに与える影響。何らかの精神的な高揚を期待する自分がいる。

 

オレは帆波に自身の過去について、全てでは無いにしろ話してみることにした。

 

途中、帆波は驚いたり、どこか物憂げな表情をすることもあったが、最後には瞳を潤ませてオレに抱きついてきた。

 

「嬉しい………………誰にも言ってない秘密を、私には教えてくれて………」

 

「お前なら信用出来ると思ったんだ」

 

「ありがとう…………絶対に秘密は守るよ…………それに…………」

 

帆波は顔を上げてオレを見た。

 

「清隆くんのことは、絶対に私が幸せにしてみせる」

 

 

 

 

 

清隆くんが、私に秘密を教えてくれた。

 

誰も知らない、清隆くんの秘密。私と清隆くんだけの秘密。

 

本当に嬉しかった。そこまで私のことを信用してくれていたなんて。

 

清隆くんがどうしてあんなに優秀なのか、よく分かった。小さい時から、ホワイトルームの中で教育を受けていたからだったんだ。

 

あの難し過ぎて最後の問題が分からなかった数学のテストも、清隆くんは既に学んでいたから解けた。満点を取った時は驚いたけど、今になって理由が分かったよ。

 

そして、普段は実力を隠す理由も…………。このことを、皆に知らせたくなかったからなんだね。貴重な学校生活だから、悪目立ちするのを避けていたってことなんだね。

 

そんな秘密を、私にだけ教えてくれた……………嬉しすぎるよ。

 

初めての学校生活で、私に恋をしてくれた。私のことを選んでくれた。

 

私が、ホワイトルームでは教えられなかったことを、沢山教えてあげる。

 

人の温もり、人の優しさ、人の幸せ…………沢山、沢山教えてあげるからね。

 

 

その日─────────私は、清隆くんと一夜を共にした。

 

 

 

 

 

 

 

オレの隣には、一糸纏わぬ一之瀬帆波の姿があった。

 

人生で初めての経験。男女がひとつ屋根の下で契りを結ぶ、夜のひと時。

 

帆波は始めとても恥ずかしそうな顔をしていたが、最後にはとても安らかな顔をしていた。

 

そして、今ではすやすやと穏やかな寝息を立てている。その表情は、夢見る少女の微笑み、といった所か。

 

オレは早速、今回の出来事がオレの精神に及ぼした影響について分析することにした。

 

まず、秘密の共有。既に坂柳には知られているとはいえ、それでもこの学校でオレの過去を知るのは他には天沢ともう一人のホワイトルーム生ぐらいだろう。

 

しかも、それらはオレから明かしたものではない。自発的に過去を話した相手は、帆波が初めてだ。

 

さて、それについてオレはどう思ったか。

 

正直な所、何も感じていない。

 

淡々と、オレの過去の境遇について、一部隠しながら、嘘を交えながら話した。それだけのこと。精神状態への変化は皆無であった。

 

次に、つい先ほど終えた同衾(どうきん)について。

 

オレは試しに、帆波にそれを提案してみた。既に交際開始から5ヶ月近く経つが、オレたちは未だ接吻を一度したきり。オレも性欲は人並みにあるし、興味を持っていた。

 

帆波はひどく慌てふためいたが、少ししてそれを承諾。この時、彼女の中では凄まじい感情の動きがあったに違いない。

 

では、オレはどうか。

 

────────何も無い。

 

提案の際も、それを承諾された際にも、何も感じなかった。

 

そして、帆波が服を脱ぎ、シャワーを浴びた後。こちらは感じるものがあった。豊満な帆波の胸やスタイルの良い身体、美しい顔には、魅力的なものがある。オレは何かが胸の中で湧き立つのを感じた。

 

だが───────それは肉体的反応に過ぎない。

 

空腹で腹が鳴る、夜更かしをしたから眠くなる。そういったレベルの話。

 

これから帆波と愛し合うということへの精神的高揚は確認できず。

 

帆波の胸に触れた時も、帆波を直に感じたその瞬間も、オレは感情というものの動きを認識できなかった。

 

オレは再び帆波に目をやる。

 

「んん………………清隆くん……………大好き…………………」

 

「……………………………」

 

…………………まだ、教科書は読み終えていない。

 

今後に期待しよう。

 

 

 

 

さて、帆波との関係がより深まった現在、やらなければならないことがある。

 

現生徒会長・南雲雅との一件に決着を着けることだ。

 

無人島試験の最後、オレは南雲のプライドに傷を付けた。逆恨みではあるのだろうが、そのせいでオレは3年生のほぼ全員から、道を歩くたびに視線を向けられるようになる。南雲が、オレへの当てつけとして彼らに監視を命じたのだ。

 

まだ夏休みだから良い。だが、これが2学期になっても続けば、帆波の精神に悪影響を及ぼしかねない。南雲はかつて帆波に交際を迫っていたことからも、もしオレとの関係がバレれば、確実にそれを利用してくる。

 

はっきり言って、邪魔だ。

 

南雲と戦った所で、オレの求める学びはない。

 

だから、オレは南雲と直接対決をすることにした。負ければオレは退学。しかしオレが勝てば、今後一切オレに手出しをしないという契約を結んで。それだけではない。

 

勝てば、オレは南雲から6000万プライベートポイントを譲渡される。それも契約で決めてある。あまりにも高すぎるように思えるが、南雲のプライドを刺激して強引にこちらのペースに持ち込んだ。

 

そしてその対決の場は、学力・身体能力を純粋に競う、夏の中頃に実施される任意参加型の特別試験。英国数理社のテストと、体力テストで行なわれるようなシャトルランや100メートル走、握力の計測などで純粋な総合点を決める。全学年で1位を競うので、南雲にとってはうってつけの試験だ。

 

1位報酬は3万プライベートポイントとあまり多くはないので、やる気を見せる生徒は少ない。わざわざ夏休みに参加するインセンティブにはならないだろう。勝っても負けても、クラスポイントにも何ら変更は無いので、正直特別試験かと言われるとそうでもない気がするが、とにかくこれで勝負を着けることにした。

 

「ようやく俺と戦う気になったな、綾小路」

 

「これ以上先輩の妨害行為を受け続けるのは、オレとしても辛いですから」

 

「勝つ気でいるようだな。だが、そう簡単に勝てるとは思わない方が良いぜ?」

 

南雲、お前は自分が裸の王様であることに気付いていない。堀北学のような、何かを感じさせるには至らなかった。

 

オレはまだ学び続けなければならない。その障害となるならば、オレが自ら潰すしかない。

 

 

 

 

試験の結果は、オレの完勝だった。

 

今回の試験は、純粋な個としての能力が問われる内容。ホワイトルームで学んだオレにとって、都合の良い試験だ。

 

オレは1位報酬の3万プライベートポイントと、南雲との契約で取り決めていた6000万プライベートポイントを受け取る。敗北が決定した瞬間の南雲は唖然としていたが、これで諦めも着いただろう。

 

相手が誰だろうと、手を抜いているオレより強い相手はいない。

 

さて、この6000万プライベートポイントの使い道だが─────。

 

 

 

 

夏休みも終盤に差し掛かったある日。

 

オレの隣には、帆波がいる。ただ何もせず、オレの部屋での穏やかな時間が流れている。

 

だが、こうして交際を隠し続けるのもそろそろ限界だろう。2学期には、オレも行動に打って出る必要がある。

 

堀北、龍園、坂柳、そして帆波。この4人こそが、オレの感情を引き起こす重要な鍵になると思ってきた。だからこそ、誰かが抜きん出ることなく四つ巴のまま3年生に上がり、最後に雌雄を決する展開を構想した。そうなるように動いてきた。

 

だが。

 

最早それではオレの求める結果にならないだろう。

 

ホワイトルーム同様に、高育も実力至上主義の教室だ。実力を示し、そのためには時に感情を殺す。無情に敵に牙を向け、場合によってはクラスメイトを退学させることも考えなければならない。

 

勝ち上がるためには合理的だが、それではダメだ。オレが知りたいのは感情なのであって、それが醸成されない環境では意味が無い。

 

よって、オレは楽園を作ることにした。帆波がその個性を存分に活かし、オレが「幸せ」になるための楽園を。

 

オレはこれからも帆波から学ばなければならない。「幸福の教科書」の残りページは、まだかなりあるはずだ。いや、無くては困る。

 

まだ感情と呼べるものの動きは確かめられていないが、いずれは見つけることが出来ると信じている。

 

 

 

 

──────────もし、幸福の教科書を読み終えてもなお、感情が分からなかった時。

 

───────その時の帆波の『介錯』はオレがする。

 

 

次は誰の前で撃たれて欲しい?

  • 天沢一夏
  • 軽井沢恵
  • 龍園翔
  • 長谷部波瑠加
  • その他
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