もしも綾小路清隆が◯◯の前で撃たれたら   作:せご曇(せごどん)

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もしも綾小路清隆が一之瀬帆波の前で撃たれたら④

 

何か、大きくて激しい音。

 

聞いた瞬間に、身体がびくっとなった。

 

「えっ、何!?」

 

反射的に、私は振り返った。

 

その瞬間、周りの人たちが悲鳴をあげる。

 

そして、私の視界の先にいたのは───────。

 

 

 

 

 

 

オレは拳銃を出した男たちに胸を何発も撃ち抜かれた。

 

いかに訓練を積んでいようとも、銃弾を受ければ無事では済まない。ましてや胸などを撃たれれば、助かる見込みも薄い。

 

これだけ撃たれれば、まず助からないだろう。

 

オレは既に座った体勢で撃たれていたが、そのまま身体を支えることが出来ずに、ベンチから転げ落ちる。

 

男たちは、自らの顎に銃口を向けて、そのまま発砲した。

 

初めから、オレを射殺した後は自決するつもりだったようだな。

 

これ以上被害が増えることは無い。帆波が撃たれることも無さそうだ。

 

「……………!? 清隆くんっ!?!?!?」

 

帆波の叫ぶ声が、オレの耳に届いてくる。

 

バタバタと荒い足音と共に、帆波が近付いてくるようだ。

 

「清隆…………ひっ!?!?」

 

オレの胸の傷、そして横たわる男たちの死体を見て、帆波はとてつもなく青ざめた顔をしていた。

 

「清……………隆…………くん………………?」

 

「帆……………………波………………」

 

どうやら、声もまともに出ないらしい。

 

オレはあと数分の命だというのに、全く恐怖を感じていない。これから死ぬことへの恐れが微塵も無い。

 

それも、オレに感情が無いからだ。

 

「な、何なのこれっ!? どうし、え、何で!?」

 

脳が状況の把握に追いついていないのだろう。帆波は、身をかがめてオレの胸にハンカチを置いた。出血を抑えようとしてくれているらしい。

 

「誰かっ!? 誰か清隆くんを助けてっ!!!」

 

帆波は大声で、周囲の人間たちに呼びかける。誰でも良い、オレを助けてほしい、と。

 

残念だが、それは誰にも出来ないだろう。この状態から、オレを治療するということは。

 

オレの命運もここまでだったということだ。

 

「ほな………み………………」

 

「ダメぇっ!! 清隆くん、喋っちゃダメっ!!!」

 

「聞…………け………………」

 

「っ!?」

 

オレの目線に、帆波は息を呑んだ。

 

答えは分かりきっている。だが、どうしても聞いておきたいことがあった。

 

最後に、オレの結果と照らし合わせるために。

 

「ほな……み………………しあわ………せ…………だった…………か…………」

 

「しあわせ…………幸せだよ当たり前だよ!! 私、清隆くんといる時が一番幸せだよ!? だから死なないでよ!! 清隆くんが死んじゃったら私っ………!?」

 

やはりな。

 

帆波は、オレとの時間を心の底から「幸せ」だと思っていた。そして、自分が思う「幸せ」を、オレにも惜しみなく注ごうとしていた。

 

ならば、今は最大の「不幸」だろう。

 

「いやぁぁぁぁっ!! いやぁっ!! 清隆くんんっ!! 誰か助けてっ!! 助けてぇぇぇぇぇっ!!!!」

 

涙で顔をぐしゃぐしゃに濡らしながら、帆波は喉がはち切れそうなほどに大きな声を出して助けを呼ぶ。

 

だが、そろそろオレも限界のようだ。

 

瞼が、徐々に重くなっていく。

 

「ダメぇぇぇっ!!! 置いてかないでっ!! 私を置いてかないでよぉぉっ!!!」

 

「帆波………………オ……レ…………は…………………………し…あわ……せ…………」

 

何故だろうか。

 

最期に見えた景色は帆波の泣き顔ではなく、オレの人生で最も古い記憶と同じ、白一色の天井だったのは。

 

 

 

 

 

「っ!?!?!?」

 

綾小路の瞼が、完全に閉じられた。そして、もう口を動かすこともなく、身体も全く動かなくなった。

 

「なに…………これ……………っ……」

 

一之瀬は、動かなくなった綾小路の背に手を回し、顔を近付けた。

 

「ねぇ、清隆くん…………?」

 

呼びかけるも、返事は無い。

 

「ねぇ………!? 目を……開いてよっ…………!!」

 

震える声で、必死に呼びかける。

 

「お願い………お願いだよっ…………!!」

 

つい数分前までの幸福。幸せの絶頂が、今崩れる。一年間の幸福が、たった数分の出来事で。

 

「清たか…………………っ!?」

 

そして、分かってしまった。

 

既に綾小路清隆が、呼吸をしていないこと。

 

首がガクリと傾き、ぴくりとも動いていなかったことを。

 

「あ…………ああ………………」

 

脳裏に。

 

「あああっ…………あああぁぁぁぁっ………!!」

 

蘇る。

 

幸福の絶頂が。綾小路と過ごした、人生で最高の日々が。

 

そして、それらにヒビが入り───────。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ………!!!!!!」

 

音を立てて崩れた。

 

 

 

 

 

警官隊と救急隊が駆けつけたのは、綾小路が死亡してから数分後の出来事。

 

綾小路の遺体にうずくまり、とてつもない大声で泣き叫ぶ一之瀬を、警官隊が何とか引き剥がした。

 

普段の穏やかな彼女からは想像もつかないほどに、力強い抵抗を見せる。離して、離してと叫びながら、綾小路に縋りつこうとする。

 

だが、その綾小路が救急隊によって運ばれていき、もう手で触れられないことを知ると、その場に膝から崩れ落ち、ただ泣いた。

 

生まれたその日よりも泣き、万引きという罪への罪悪感で泣いたあの日の夜よりも、泣いた。

 

 

 

 

 

 

あの日から、私───────坂柳有栖は、抜け殻のように日々を過ごしてきました。

 

ホワイトルームの最高傑作。幼いあの日に、いつか彼を打倒しようと心に誓いました。親から受け継いだ遺伝子という才能こそが、人間の能力を決める。私は、とても優秀な両親から生まれた自分を優秀だと思っていましたし、私こそがホワイトルームの存在を否定出来る人間だと思っていました。

 

そして、この高度育成高等学校に入学し、その彼─────綾小路清隆くんと運命の再会を果たしました。もう少し先になると思われていた再会の時がある日突然訪れて、私は胸の高鳴りを覚えました。

 

ようやく、彼を倒して私の考えを証明出来る。遺伝子の出来こそが、人間の優劣を決める唯一の要素だと。

 

しかし、私は彼との直接対決で敗北を喫しました。外面上の勝敗では私の勝利となりましたが、それは月城元理事長代理の介入があったからのもの。実際の勝負では負けていました。

 

認めざるを得ませんでした。ホワイトルームの存在は置いておくとしても、綾小路清隆という人間が紛れもない天才であることを、私は心で理解することができました。

 

その時からでしょうか。

 

私が彼を見る目に、熱がこもり始めたのは。

 

私はいつしか、綾小路くんに「恋」をしていました。

 

2年生に進級してからは、彼とは一時的に停戦することになりました。月城元理事長代理による、綾小路くんへの攻撃。私との決着を着ける前に、彼が消えてしまうことは不本意でしたし、彼にはいなくなって欲しくありませんでした。

 

そして、夏休みに入った頃。ようやく、綾小路くんの退学を目論む邪魔な存在が消え、私は彼との来る決着の日に備えることが出来ると喜びました。

 

勿論、その前にも龍園くんという障害はありますが、彼は学年末試験において葬ることが決まっている相手。私はその先の綾小路くんのことしか見ていませんでした。

 

そして、私は信じていました。

 

綾小路くんもまた、私との再戦を望んでいると。真に見てくれている相手は、私であると。

 

ですから、一之瀬さんとの交際の情報を知った際にも、特段驚きはしませんでした。彼には、彼なりの考えがあり、そのために利用しているに過ぎないと考えていたからです。

 

それなのに──────────。

 

 

『分からないのか? お前の価値は帆波より低いと言ったんだ』

 

『お前から学べることは何も無い。オレの下位互換でしかないお前と戦うことに意義は無い』

 

『次に帆波に手を出してみろ。オレはいかなる手段を用いてでもお前を潰す。特別試験だろうと日常生活だろうと、徹底的にお前を追い詰めて、この学校から叩き出す』

 

『お前は、オレに必要とされていない』

 

 

彼は、私のことなど見ていませんでした。

 

一之瀬さんのことだけを見ていて、私には全く関心を寄せてくれていませんでした。

 

初めて他人から向けられる殺意に、低く冷たい声に、私は恐怖を感じ、それ以上に悲しくなりました。

 

その場で泣き崩れた私に、真澄さんは駆け寄ってくれましたが、最早どのような慰めも無意味でした。

 

私の痴態も、瞬く間に学校中に広がったようです。

 

彼に求められていない以上、私はこの学校に残る意味がありません。早々に退学届を提出し、学校を去る気でいました。

 

しかし。

 

その時に、思ったのです。

 

あの綾小路くんが、一之瀬さんに本気で恋をしている訳が無い。いずれは彼女もまた、綾小路清隆という闇に呑まれて、地獄よりも辛い苦しみを味わうことになる、と。

 

これは、嫉妬でした。これまで抱いたことの無い感情でしたが、私は一之瀬さんに女として嫉妬してしまいました。いつかは捨てられると分かっていても、そのステージにすら立てなかった(・・・・・・・・・・・・・・・)私は激しい嫉妬にかられました。

 

ですから、退学せずに学校に残ることにしたのです。

 

一之瀬さんの破滅を見るために。彼女が、一生癒えることのない心の傷を負うことを、期待して。

 

彼女の最も傷ついた瞬間に、側で嗤うために。

 

私は、密かに彼の部屋の合鍵を作りました。

 

彼の部屋に、何か一之瀬さんに関する記録のようなものが残されていないか探るためです。

 

正直、確証は全くありませんでした。彼が、明らかに自分に不都合になる証拠をみすみす残しておくとは思えません。

 

ただ、どうしてもその可能性に縋らずにはいられなかったのです。一之瀬さんを、少しでも早く壊したくて、壊したくて。私の今の生きる理由など、それぐらいしかありませんでしたから。

 

そして、彼が出掛けた時に………私は彼の部屋に入室し、見つけてしまったのです。

 

彼が付けていた日記を。

 

普段の彼ならば、信じられない程の気の緩み。ですが、これは千載一遇のチャンス。

 

私は、それを持ち帰って、部屋の中で読みました。

 

 

読み終えた時。

 

「───────うっ……!?」

 

私は、トイレに駆け込んで嘔吐しました。

 

「はぁっ…………はぁっ…………………」

 

その内容は、あまりにも胸を抉るようなもの。一之瀬さんとの生活を綴ったものでありながら、私にも傷を負わせました。

 

「…………フフっ」

 

ですが、その後すぐに苦しみは快感へと変わっていました。

 

「フフフフっ………アハハハハハハっ………!!」

 

 

 

嗤い終えた後、私のもとには綾小路くんの訃報が飛び込んできました。

 

その日は結局、一睡も出来ずに、私はただ子供のように涙を流し続けるばかりでした。

 

 

 

 

 

「ううううぅっ…………………!!!」

 

清隆くん………っ…………。

 

「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ…………!!!」

 

どうしてっ……!

 

「あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

どうして、死んじゃったのっ…………!?

 

どうして、死んじゃうの………!? 清隆くんは、何も悪いことをしてないのに………!?

 

これからもずっと、ずっと幸せでいられると思ってたのにっ………!!

 

どうしてっ……!!

 

どうしてぇぇぇぇっ!!!!

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ………………ぎよだかぐんっ…………ぎよだがぐぅぅんっ……………!!」

 

どうして死んじゃうのぉっ……………。

 

 

 

 

次の日は、学校中で外出が禁止になった。警察の人が来て、事情聴取も行われた。

 

でも、何も覚えていない。

 

心に、ぽっかりと穴が空いてしまって。

 

生きている心地がしなかった。もう、そのまま死んじゃった方が良いんじゃないかって、私は思った。

 

その時。

 

Aクラスの皆が、私の部屋を訪れた。私のことを、慰めに来てくれた。

 

皆も、辛いはずなのに。

 

「麻子ちゃん……………千尋ちゃんっ…………!!」

 

「帆波ちゃん……………!! 辛いよ………辛いよね………!!」

 

「ううぅっ……………!! うあぁぁぁぁぁぁぁっ……………………」

 

クラスの皆で、涙を流した。声が枯れるまで、涙が枯れるまで、私たちは泣き続けた。

 

「返してぇぇっ…………返してよぉぉっ…………!! 清隆くんを…………返してっ……………!!」

 

頼んでも、頼んでも。清隆くんは帰ってこない。

 

もう、清隆くんは、いないんだ。

 

 

 

 

 

綾小路くんの訃報を聞いて、私──────堀北鈴音は、泣きじゃくった。

 

一人で、部屋の中で、人生であれ以上は無いという程、私は大きな声で、大粒の涙を流し続けた。

 

どんなことを私たちにしたとしても、綾小路くんは私の目標だった。…………大切な、人だった。

 

私は、綾小路くんに渡されたポイントで、Aクラスに移籍した。それが、綾小路くんが私に託した、最後の望みだったから。それを無下にすることは、私には出来なかった。

 

そして──────────。

 

3月30日。

 

春休みになって、私は一之瀬さんのお部屋に呼ばれた。それも、坂柳さんによって。

 

どうして、坂柳さんが一之瀬さんのお部屋を指定したのか、私には分からなかったけれど、重要なお話のようだから、断ることはしなかった。

 

もう、特別試験なんてあって無いようなもの。その今、一体何をすると言うのか………。

 

私は、一之瀬さんのお部屋の前でインターホンを押す。彼女の声が聞こえ、ほどなくして扉を開けてくれた。

 

「こんにちは、一之瀬さん」

 

「こんにちは………堀北さん……………」

 

一之瀬さんの顔に笑顔は無い。

 

あの日から、一之瀬さんは笑わなくなった。

 

退学はしていなかったけれど、ほぼ抜け殻のような学校生活。特別試験だって、今後どう向き合うのか分からない程に、力は失われていた。

 

「坂柳さんは?」

 

「まだ来てないよ…………」

 

覇気のない声で、一之瀬さんはそう答えた。

 

よく見たら、玄関に靴が他にある。しかも、女性の靴ではない。

 

一体、誰が…………。

 

「………鈴音」

 

聞き覚えのある声がしたので目を向けると、そこには───。

 

「…………龍園くん?」

 

同じく覇気の無い顔の、龍園くんがいた。

 

「どうして、あなたがここに………」

 

「坂柳の奴に呼ばれたんだ。一之瀬の部屋で話があるってよ。一体何をする気なんだか……」

 

龍園くんは、既に綾小路くんという倒すべき宿敵が消えてしまって、学校生活に対してやる気を失っている。

 

きっと、このまま自主退学してしまうのではないかしら。

 

目標が無く、Aクラスでの卒業も絶望的ならば、ここに留まる理由も無い。

 

もう、彼の顔も見納めかもしれないわね………。

 

「…………オイ、何だこれは」

 

龍園くんは、一之瀬さんの机に置かれていたあるものに目を向けた。

 

「これは…………日記帳?」

 

そこには、日記帳が置かれていた。ピンク色の、いかにも女子といったカラーリングの日記帳。

 

「何だこれは」

 

龍園くんが尋ねた。

 

一之瀬さんは少し目を向けると、ほんの少しだけ口もとを緩めた。

 

「それは………清隆くんと付き合ってた時の日記だよ。毎日、その日にあったことを付けてたんだ」

 

綾小路くんと付き合っていた頃の、日記………。

 

一之瀬さんは日記を手に取ると、開いた。私も龍園くんも、内容が気になって後ろから覗き込んだ。

 

 

 

 

 

3月30日

今日、清隆くんに告白されちゃった。

本当に、本当に嬉しかった。私もずっと、清隆くんのことが好きだったから。

クラスは違うし、私たちの仲はまだ皆に教えることは出来ない。

でも、今はそれでいい。だって、清隆くんのことを考えるだけで、私は幸せだから。

 

5月4日

ゴールデンウィークに入って、清隆くんと会える日が少し増えた。

特に何かあった訳じゃなかったけど、一緒にいるだけで胸がポカポカする。好きな人と一緒にいるだけで、こんなにも幸せなんだって思うと、どうして恋人たちがあんなに楽しそうにしていたのか、分かった気がする。

もし私たちのことを他の人たちが見たら、楽しそうに見えるのかなぁ〜。

 

6月9日

今日、学校で清隆くんとすれ違った。

学校では恋人だとは隠してるから、長いお話は出来なかったけど、手を振ってくれて嬉しかった。

いつかは、学校でも名前で呼び合える日が来るのかなぁ。

 

7月20日。

今日から無人島試験が始まった。

最初は物凄く不安で、どうなるか怖かった。清隆くんが、誰ともグループを組んでいなかったから。もし怪我でもして退学になっちゃったら、どうしようって。

でも、清隆くんはそんな私の気持ちに気付いてくれていて、私のことを元気付けてくれた。

それに………誕生日プレゼントだって言って、その、キスをしてくれた。初めてのキスだった。男の人と唇と唇をくっつけたのは人生で初めてで、物凄く緊張したし恥ずかしかった。

けれども、初めてのキスの相手が清隆くんで良かった。今日から大変なことも沢山あると思うけど、私は絶対に最後までやり抜く。清隆くんと一緒に、またおうちデートしたいから。

 

8月3日

今日、無人島試験が終わった。

私も清隆くんも、どっちも退学をせずに済んだ。本当に安心した。

でも、清隆くんは月城理事長代理に何故か狙われていて、最後には戦ったって話してた。

どうして、そんなことになっちゃったんだろう………。清隆くんは詳しくは教えてくれなかった。

でも、私のお陰で助かったって言ってくれた。私の情報のお陰で、事前に理事長代理の作戦が分かったって、頭を撫でてくれた。

気になることは沢山あるけど、今は無事に船に戻れたからそれ以上はもういい。

明日からの夏休み、楽しみだなぁ。

 

8月14日

清隆くんの部屋に行った。ずっと気になってた、「ホワイトルーム」という言葉を聞きたかったから。

そしたら清隆くんは、私に昔話をしてくれた。小さい頃、どうやって育って、何を見て生きてきたかを。嬉しかった。他の誰にも言っていない秘密を、私にだけは教えてくれた。

私たちは、誰にも言えない秘密を教え合える仲になっていた。それだけで、本当に幸せ。

そして────────私たちは、人生で初めて大人の夜を知った。

 

9月1日

今日から、2学期が始まった。

私と清隆くんの関係は、もう学校の人たちには広まっていて、他のクラスの人たちにからかわれた。坂柳さんにも、攻撃された。

その時に、清隆くんが来てくれた。それで、清隆くんが私のことを坂柳さんから守ってくれた。

ホワイトルームについては、私を傷付けたくないから、坂柳さんが知っていたことは伏せていたみたい。怒ったか?って聞かれたけど、全然怒ってないよ。

むしろ、自分から話してくれた初めての相手が私だって知れて、嬉しかった………。

今日からはもう恋人だってことを隠さなくて良いから、気が楽になった。これからは毎日、一緒に登校しようね!

 

9月16日

満場一致試験の説明が、星之宮先生からされた。

そしたら、放課後に神崎くんと一緒に清隆くんに呼ばれた。神崎くんも一緒ということは、クラスに関することかなって思ったけど、本当にびっくりした。清隆くんが、私たちのクラスに移るっていう話だったから。

清隆くんは、私といる時間をもっと増やしたかったから、南雲会長と賭けまでしてプライベートポイントを手に入れたみたい。

神崎くんがいるから出来なかったけど、もし2人きりだったら嬉しすぎて踊っちゃったかもしれない。本当に、それぐらい嬉しかった。

でも、まだ明日の試験がある。清隆くんは、最後にやることをやってから、クラスを移動する。

明日の試験は、多分退学者を出す代わりにクラスポイントを得る選択肢が提示されると、清隆くんは予想した。その時には、清隆くんの指示通りに、退学者を出さない方針で進めよう。元々、誰も退学にさせる気は無いから。

そしたら………明後日からは、清隆くんと同じクラス♪

 

9月17日

満場一致試験は、無事に終わった。私たちのクラスが一番早く終わった。他のクラスは、全部制限時間の5時間いっぱいを使っても、満場一致に出来なかったみたい。

一体、どうしたんだろう………?

私は先に帰ってから清隆くんの連絡を待った。試験が終わった後、清隆くんから正式にクラス移動の手続きが完了したと聞いて、私は歌った。

明日からは、同じクラスだね♪

 

9月18日

今日からは、清隆くんと同じクラス。

でも、清隆くんの他にも、坂柳さんのクラスの橋本くんと、龍園くんのクラスの金田くんも移動してきた。清隆くんと契約して、クラスを裏切る代わりに2000万プライベートポイントを受け取って、私たちのクラスに移ってきたみたい。

清隆くんにそのことを聞いたら、帆波のためだって言ってた。ちょっとだけ怖かったけど……清隆くんの出した答えなら、私は止めない。

これからは、新しく入った橋本くんと金田くんとも一緒に、楽しい学校生活を送りたいな。

 

10月1日

楽しい。毎日が楽しい。

清隆くんとお部屋だけじゃなくて、クラスでも一緒にいられる。私は、これが本当に嬉しい。

清隆くんの顔、清隆くんの声、清隆くんの温もり。全部、全部が私の側にある。

こんなに幸せなこと、もう人生で無いかもしれない。それぐらい、今の私は幸せだった。

明日は、清隆くんとおうちデート。また、朝まで一緒だね……♪

 

10月9日

今日は体育祭。私は運動は得意じゃないけど、この日のために清隆くんに手伝ってもらって身体を鍛えた。

私は本気で、精一杯出た競技に取り組んだ。あんまり結果は良くなかったけど、やり切ったという達成感が気持ち良かった。

逆に、清隆くんは本当に凄かった。出た全部の競技で、一位の記録を出していた。高円寺くんとの直接対決は苦しそうだったけど、それでも最後には打ち勝っていて、かっこよすぎて気絶しちゃいそうだった。

本当にかっこよかったよ、清隆くん♪

 

10月20日

今日は、清隆くんのお誕生日。世界で一番、おめでたい一日。

私は、昨日からバースデーケーキを作っていた。清隆くんが美味しいって言ってくれるように、愛情をたっぷり込めて。

そして、前々から清隆くんが欲しがっていたヨーグルトメーカーをプレゼントした。珍しい物を欲しがるなって最初は思ったけど、清隆くんのことだからおかしいとは思わない。一番高い物を買って渡した。美味しいヨーグルトを作って、一緒に食べようね。

清隆くんは嬉しそうに笑ってくれた。そして、「ありがとう」って言ってくれた。お祝いされるのは清隆くんの方なのに、私が誕生日を祝われてるみたいに嬉しかった。本当に、本当に楽しい一日だった。

改めて、お誕生日おめでとう! 大好きだよ、清隆くん!

 

10月31日

今日は、ハロウィンの日。清隆くんと一緒にケヤキモールでコスプレ用品を買って、クラスでハロウィンパーティをした。

皆、楽しそうだった。私も、楽しかった。

トリック・オア・トリートって清隆くんに言ったら、清隆くんは皆の前でキスをしてきた。

凄くびっくりして、恥ずかしかったけど、でも、自然と受け入れていた自分がいた。

ああ、私たちは本当に愛し合ってるんだなぁって思うと、自然と涙がこぼれちゃったよ……。

 

12月24日

メリークリスマス!

今日は、クリスマスイブ。恋人たちの、憩いの日。

私たちは、ケヤキモールでデートした。モール内がクリスマス一色、お祭りの世界になっていて、賑やかだった。

部屋に戻ると、クリスマスプレゼントを交換した。私が清隆くんにプレゼントしたのは、大きなくまさんのぬいぐるみ。そして、清隆くんが私にプレゼントしてくれたのも、大きなくまさんのぬいぐるみ。被っちゃったねって言うと、「そうだな」って清隆くんは笑ってくれた。

楽しかった。本当に楽しかった。夜は、2人で一緒に過ごした。清隆くんの、温かい胸に抱かれながら…………。

 

1月1日

新しい年を迎えた。

一緒に大晦日を過ごして、新しい年の夜明けを待った。初夢は清隆くんの夢で、新年一番に幸せになった。

清隆くんに、おせち料理をご馳走した。私、おせち料理は初めてだったから美味しく作れるか不安だったけど、清隆くんはもぐもぐと食べてくれた。

かるたもやったし、羽根つきもやった。たこ揚げも、コマ回しも。お正月の遊びは、みんなやってみた。清隆くん、楽しんでくれたかな? 私はすっごく楽しかったよ!

人生で、一番幸せなお正月。清隆くん、今年もよろしくね!

 

2月14日

今日は、バレンタインデー。

2月に入ってから、ずっとチョコレートの研究をした。どうすれば、清隆くんが美味しく食べてくれるか、どうすればもっと美味しくなるか。

図書館で本を借りて、インターネットで動画を観て、研究に研究を重ねて、ようやく最高のチョコレートが作れた。

去年に続いて、今年も清隆くんにチョコを渡せた。それが、本当に幸せ。

来年も、再来年も、この先ずっと、チョコを渡したいなぁ。

清隆くん、これからもずっと、ずっと、幸せに過ごしていこうね!

私、清隆くんが幸せになれるように、精一杯頑張るよ!

 

 

 

 

 

「…………何だこれ。甘ったるい………」

 

龍園くんは、一之瀬さんの日記を見て、つまらなさそうに悪態をついた。

 

私はそんな彼を非難する目で睨む。龍園くんは私の視線に気付くと、舌打ちをして座り込んだ。

 

「一之瀬さん………」

 

何て……言葉をかければ良いのか、分からない。

 

綾小路くんとの、幸せな毎日。彼との日々は、一之瀬さんにとって本当に大切なものだった。

 

それが、たった一日であんなことに…………。どうして、彼女を置いて逝ってしまったのよ…………。

 

もっと、側にいてあげて欲しかった……………。

 

「………なんだ鈴音、お前まで泣くのか」

 

龍園くんが、静かに泣く一之瀬さんから私へと目を向けた。気付けば、目に涙が大量に溜まっていた。

 

「…………黙りなさい。あなたには人の心が無いの?」

 

「……………………………………」

 

龍園くんは、私から目をそらした。

 

彼だって、綾小路くんの死にはショックを受けていた。思う所が無いはずがない。

 

だって、私たちは同じだから。

 

形は違えど、綾小路清隆という人間に惚れ込んだのだから……………。

 

その時。

 

インターホンが鳴った。玄関の前には、坂柳さんが立っていた。

 

「一之瀬さん」

 

坂柳さんの声を聞いて、一之瀬さんは玄関へ向かった。扉を開けると、小柄な少女がそこには立っていた。

 

目には力が無い。皆そう。私たちは、あの日から弱ってしまっていた。

 

「坂柳さん………」

 

「こんにちは、一之瀬さん。……堀北さんも、龍園さんも来ているみたいですね」

 

そうして、坂柳さんも部屋に上がり込んでくる。

 

「どういうことだ坂柳。テメェがどうして一之瀬の部屋にオレらを呼びやがる」

 

当然の疑問を、龍園くんが聞いてきた。私も気になっていたこと。どうして、今私たちを集めるのか。

 

既に、リーダーとしての役目を失った私たちを。

 

「今日は、皆さんにお伝えしたいことがあったのでお集まりいただきました」

 

「それは………それは分かったのだけど、どうして一之瀬さんのお部屋なの?」

 

「彼女に最も関係していることだからです」

 

坂柳さんは鞄に手を入れると、何かを手に持った。

 

「それは…………?」

 

「日記帳です。綾小路くんが、生前に毎日書いていたようですよ。偶然拾ってしまったので、手元に置いていたのです」

 

「日記帳……?」

 

私と龍園くんは、一之瀬さんを見る。ついさっき、一之瀬さんの日記を読んだばかりだったから。

 

「おや………一之瀬さん、あなたも日記を付けていたようですね?」

 

「……………………うん」

 

一之瀬さんは弱々しい声で、短く頷いた。

 

「ならば、ちょうど良いです。彼の日記と一之瀬さんの日記、読み比べてみると良いかもしれませんね……フフフフっ」

 

坂柳さんの笑いに、私は鳥肌が立った。

 

あまりにも不気味で………狂気を孕んでいたから。

 

「あなたたちも、綾小路くんの実力を理解していた者。これを読む権利があります」

 

坂柳さんは一之瀬さんに綾小路くんの日記を渡した。

 

「清隆くん………読ませて、もらうね………」

 

一之瀬さんは、目に涙を溜めながら、最初の一ページを開いた。

 

 

 

 

 

 

3月30日

オレは今日、一之瀬帆波に告白した。

彼女は、恐らくこの世で唯一と言って良い聖人。心の底からの善人だ。

彼女ならば、オレを「幸せ」にしてくれる。オレに眠っているはずの感情を引き起こしてくれると思った。その意味では、今日の告白は嘘ということになる。

オレに感情は無いのか、それとも感情の起伏が極端に少ないだけなのか。オレはそれが知りたい。

オレは今日から日記を付け、自らの感情がどのように引き起こされ、変化していったかを記録する。今日はその第一歩目だ。

明日からの生活に、オレは強い期待を寄せている。今日の嘘を、来年の今日には真実に変えてみたい。

 

4月10日

新しい学年へと上がって初のおうちデートの日だ。

帆波はオレといて、とても楽しそうにしていた。ニコニコと明るい笑顔は、恋人でなくとも見る者の心を温めるのだろう。

だが、オレは特に感情と呼べるものが動く気配を感じなかった。

まだ恋人生活は始まったばかりだ。まだ「幸福の教科書」のページは大量に残っている。

今後の変化に期待する。

 

4月11日

特に変化無し

 

4月15日

特に変化無し

 

4月18日

宝仙のナイフを手で受け止め、人生で初めて大きな刺し傷を負った。痛みはあるが、だからどうということは無い。恐怖といった感情は、まるで起きなかった。

帆波にはこの事実は伏せておく。彼女が不安になれば、彼女は幸福でなくなる。彼女が幸福でなくなれば、オレも幸福でなくなるかもしれかい。

夜の通話は通常通り行った。声を聞き、やはり事実を伏せておこうと決心する。

 

4月25日

特に変化無し

 

4月30日

特に変化無し

 

5月4日

ゴールデンウィークにつきおうちデートをしたが、特に変化は無い

 

6月9日

特に変化無し

 

7月20日

今日は無人島試験の開始日だ。だが、同時に帆波の誕生日でもある。

オレは誕生日プレゼントと称して帆波と接吻をした。帆波の唇は柔らかく、甘い吐息は魅力的だった。

だが、それだけだった。感情というものの動きは感じない。これでは足りないのか?

人生で初めての接吻は、随分と味気無く終わった。

 

8月3日

無人島試験が終わった。

月城の作戦を帆波が事前に伝えてくれたことで、オレは何とか危機を脱することが出来た。

明日からは夏休みだ。この夏に、オレは感情の何たるかを知るまでに至りたい。

 

8月14日

今日は大きく事が動いた。

帆波に「ホワイトルーム」について、一部嘘を混ぜながら伝えた。秘密の共有をすることにより、感情が動くかを見てみたかったからだ。だが、まるで動きは感じ取れなかった。

次に、人生で初めて女性との同衾を経験した。帆波は美しい女性のため、肉体的には快感を得ることにはなるものの、それは感情の動きには繋がらず。

結果的には、今日の出来事はいずれもオレの感情を引き起こすには至らなかった。

だが、まだ「幸福の教科書」のページは残っているはずだ。そうでなければ困る。

今後の変化に期待する。

 

8月24日

今日は、南雲との決着を着けるべく特別試験に臨んだ。

やはり南雲ではオレの感情を引き起こすことはできない。オレに及ぶ実力は備えておらず、対決の結果はオレの完勝に終わった。

6000万プライベートポイントを得られたため、今後はオレの作戦通りに事が進むだろう。

 

9月1日

今日からは2学期だ。

早々にオレと帆波の関係の噂が学校中に広まっていたが、これは想定内の出来事なので特に思う所は無い。

昼休みに坂柳が一之瀬に攻撃を仕掛けていたので、坂柳に釘を刺しておいた。奴では、最早オレの感情を引き起こせないし、オレを「幸せ」に出来ない。

それは坂柳だけでなく、堀北も龍園も同様だろう。彼らを切り捨てるのは口惜しいが、帆波の価値が彼らよりも上のため、オレは帆波を選ぶだけだ。

 

9月16日

帆波のクラスに移籍することを帆波と神崎に打ち明けた。

帆波はとても嬉しそうにしていた。明日の満場一致特別試験、残る全てのクラスを没落させ、その後にオレは帆波との「楽園」を築く。

オレの「幸せ」も、すぐそこに迫っていると期待したい。

 

9月17日

満場一致特別試験にて、櫛田を潰し、堀北クラスも潰した。龍園クラスも、坂柳クラスも、同様に潰れた。

これで、帆波のクラスが圧倒的な優位に立つことになる。オレは帆波のクラスにて楽園を築き、彼女と「幸せ」になるとしよう。

 

9月18日

帆波のクラスでの生活が始まった。星之宮先生も大喜びしていた。帆波も、神崎も、他のクラスメイトたちもオレを歓迎してくれた。

仲良しクラスと揶揄されてきたが、青春を送るうえではこれ以上に無い楽園だ。高育の方針には悖るのだろうが、オレはオレの目標に向かって動くだけだ。

さて、感情の動きについてだが、特に変化は無かった。まだ時間は残されているので、これからじっくりと感情を学んでいくことにしよう。

 

10月1日

特に変化無し

 

10月9日

体育祭だったが、特に感情に変化は無い

 

10月20日

帆波がオレの誕生日を祝ってくれた。

バースデーケーキを作り、誕生日プレゼントをくれた。オレは彼女の気持ちに応えるため、笑顔を作ってみせた。笑っていなくとも、意識的に笑顔を作った経験はホワイトルームで何度もある。さほど難しいことではない。

さて、感情の動きだが、特に変化は無かった。

 

10月21日

特に変化無し

 

10月31日

ハロウィンパーティをクラスで行ったが、特に感情に変化は無かった

 

12月24日

今日はクリスマスイブだ。恋人たちは、今日にデートをすることが一般的なようで、オレたちもそれに則った。その時には、感情の動きを感知することは出来なかった。

部屋に戻り、クリスマスプレゼントとクリスマスカードを交換した。どうやら、互いに同じようなプレゼントを用意していたようだ。帆波は笑っていたので、オレも笑みを作ることにした。感情への変化は見られず。

その後、夜を共に過ごした。帆波はとても幸せそうな笑みを浮かべていたが、オレの感情に変化は無かったようだ。

 

1月1日

大晦日から帆波と共に過ごした。

おせち料理を食べ、正月の遊びをしたが、感情への変化は特に見られなかった。

 

1月10日

特に変化無し

 

1月14日

特に変化無し

 

1月20日

特に変化無し

 

1月25日

特に変化無し

 

2月1日

特に変化無し

 

2月2日

特に変化無し

 

2月3日

特に変化無し

 

2月4日

特に変化無し

 

2月5日

特に変化無し

 

2月6日

特に変化無し

 

2月7日

特に変化無し

 

2月8日

特に変化無し

 

2月9日

特に変化無し

 

2月10日

特に変化無し

 

2月11日

特に変化無し

 

2月12日

特に変化無し

 

2月13日

特に変化無し

 

2月14日

帆波がバレンタインデーにチョコを作ってくれた。ずっとどうすれば美味しくなるのかを研究し、一生懸命に作ったという。

チョコの味は、美味しかった。とても良い甘さだ。

 

 

だが、それだけだ。オレは感情と呼べるものの動きを感じ取れなかった。

帆波があれ程に愛情を注ぎ、オレを幸せにしようとしてくれたにもかかわらずに、だ。

オレはここで、初めて自らの在り方に疑問を感じた。

そして、結論はすぐに得られた。

 

オレが読んでいたのは、「オレの幸福の教科書」ではなく、「帆波の幸福の教科書」だったのだ。

そもそも、オレに「幸福の教科書」というものは、生まれてから用意などされていなかった。読むも何も、初めからそこには何も存在していなかったのだ。

 

雪、志朗。ホワイトルームを去って行った彼らには、「感情」があった。雪は、オレと離れたくないがために、オレに縋ってまで涙を流した。志朗は、まだまだ高みを目指せるポテンシャルを備えていたにもかかわらずに、ホワイトルームの環境に嫌気が差し、感情のままに欲するもののために外の世界に旅立っていった。

 

当時のオレには、彼らの行動が理解出来ないものに映った。何故、自ら最高の環境を放棄するのか。感情というものは、それだけ人間を非合理的な行動に走らせるものなのかと、大して気にも留めなかった。

 

だがしばらくして、オレは感情に興味を持った。ホワイトルームでは学べないものであったし、それがあればオレはより高みへと至れる。オレにも感情があり、それは極端に冷え切っているだけだと考えた。

だから、「幸せ」になることで、オレは感情の証明をしようとした。

 

だが、無駄だったようだ。オレに感情というものは無かった。帆波という善人が側にいながら、彼女の優しさに、幸福に触れながらも、オレは何も感じてなどいなかったのだ。

 

結局、オレはその程度の人間であったということだ。知識は得た。常人が一生涯かけても得ることなど出来ない程の知識を。身体を鍛えた。通常の人間では到達出来ない程に卓越した身体能力が身についた。

 

だが、それだけだ。オレには、人間が持つ固有の特性、人間ならではの強みである「感情」が無い。

 

感情の無いオレなど、機械と何も変わらない。最早人間ですらない。これ以上の成長など見込めるはずもなく、綾小路清隆は生まれながらに死んでいたのだ。

 

オレは、一体何のために生まれたのだろうか。父親の野心のため、自由など無くただひたすらに研鑽を積んだ。本当に、ただそれだけの人生だ。価値など微塵もありはしない。母親の顔すら知らず、オレは親というものが何なのかさえ分からない。

 

今は、雪や志朗がとても眩しく見える。雪は、再会した時に随分と冷たくあしらったが、こうなることが分かっていれば、もう少しマシな言葉をかけてやれば良かったのかもしれない。

 

だがこうして2人を羨むような言葉を綴っていても、オレの感情と呼べるものは全く動かない。これも、お得意の知識を活かして物事を応用しているいつもの動作に過ぎない。

 

あるいは、他の道があったのだろうか。当初の予定通り、堀北、龍園、坂柳、そして帆波による四つ巴の対決の構想を実現させていれば、オレは変われたのだろうか。今になっては分からないことだ。

 

オレの我が儘のせいで、随分と多くの人間に迷惑をかけた。帆波にさえ、オレは無駄な時間を過ごさせてしまった。

オレはそのケジメを取ろうと思う。ここにいるべきではないオレは、ホワイトルームに戻る。生涯あそこで過ごすことになろうとも、最早オレは何も感じない。いや、綾小路清隆などという男は、外で生きるべきではないのだ。

 

帆波と過ごす時間も、あと僅か。オレは最後の思い出づくりをさせてやるために、この身を捧げることにしよう。

 

何という人生だ。神がいるのだとすれば、随分と不公平なことをしてくれた。輪廻があるとしても、オレはもう生まれ変わりたいとは思わない。そのまま消えてしまうのが吉だろう。願わくば、そうしてくれ。

 

もうオレは、生まれてくるべきじゃない。生きるべきではなかったのだ。

 

だが。

 

 

志朗

 

 

 

ああ。

 

 

ああ、オレは──────────────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………………………………………………」

 

「………………………………………………………」

 

「………………………………………………………」

 

「………………………………………………………」

 

な…………に…………………?

 

なに、これは……………?

 

なんで………なんで、綾小路……くん………は……………っ!?

 

「………うっ!?!?」

 

猛烈な吐き気が込み上げてきて、私はその場で吐いた。

 

一之瀬さんのお部屋だというのに、トイレに駆け込む余裕すらなく、私は胃の中が空になるまで吐いた。

 

龍園くんは──────ただ、その場に立ち尽くしていた。瞳を震わせるだけで、ピクリとも動かずに。

 

そして、一之瀬さんは─────────────。

 

 

 

「ああ………」

 

『それはそうだよ………うん。もう恥ずかしがらない。私は、清隆くんの彼女……』

 

「あああっ…………」

 

『お誕生日おめでとう、帆波。特別試験もあって、オレからはこんなプレゼントしか出来ないが』

 

「あああああっ………いやっ…………」

 

『嬉しい………………誰にも言ってない秘密を、私には教えてくれて………』

 

「いやぁっ…………!」

 

『清隆くん……………私いま、最高に幸せ…………もう、これ以上は何もいらないってぐらい……………………』

 

「いやぁぁぁっ…………………!」

 

『帆波………………オ……レ…………は…………………………し…あわ……せ…………』

 

「フフフフっ……………!」

 

「いぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」

 

「アッッッハッハハハハハハハハハ!!!!!!!」

 

私は、そのおぞましい光景にこれまでに味わったことのない恐怖を感じた。

 

「清隆くんっ!!!!どうしてぇっ!?!?いやぁっ!!いやぁぁぁぁぁぁぁあっ!?!?!?」

 

「アハハハハハハハハハッ!!!!!」

 

「あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」

 

とてつもない量の涙を流しながら、頭を掻きむしる一之瀬さん。

 

そして、それを見て………心底愉快そうに、涙を流しながら虚ろな瞳で嗤う坂柳さん。

 

もうこの場は、人間のいていい場所じゃない。

 

ここは、学び舎でも、楽園でも、それどれとも違う。

 

 

これが───────地獄という場所なんだ。

 

 

 

 

この日記の内容は、この地獄の光景は、瞬く間に学年中に広まった。

 

綾小路清隆という男との関わりは、龍園翔に、堀北鈴音に、坂柳有栖に、そして一之瀬帆波に。

 

学年中の人間の心に、一生涯消えることのないとても深く生々しい傷を残した。

 

奇しくも堀北学の言った通りに、誰もが綾小路清隆の名を死ぬまで忘れることは無かった。

 

 

そう、綾小路清隆は──────白い悪魔は、高度育成高等学校の生徒たちの記憶に残る生徒になれたのだ。

 

 

 

 

 

 

『清隆くんのことは、絶対に私が幸せにしてみせる』

 

私が、ホワイトルームでは教えられなかったことを、沢山教えてあげる。

 

人の温もり、人の優しさ、人の幸せ…………沢山、沢山教えてあげるからね。

 

 

 

『帆波………………オ……レ…………は…………………………し…あわ……せ…………』

 

今際の際の言葉。最後まで言う力は、残されていない。

 

だが、その言葉は既に日記に書き記してある。恐らく死後は誰にも知られることなく葬り去られるだろう日記に。

 

それで良い。

 

あんなものを、知る必要は無い。知っても、何の意味もないことだ。

 

このままオレは、誰の記憶にも残ることなく消えてしまうのが一番良いのだ。

 

だが、そうだな。

 

最期に一つだけ、やはりこれだけは言いたかった。

 

オレのたった一つの望みだった。

 

それは──────。

 

 

 

ああ、オレは──────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────「幸せ」に、なりたかったな。

 

 

 

 

 

 

 

 

──もしも綾小路清隆が一之瀬帆波の前で撃たれたら・完

 

 

 

 

 

 

 






次回、坂柳編


次は誰の前で撃たれて欲しい?

  • 天沢一夏
  • 軽井沢恵
  • 龍園翔
  • 長谷部波瑠加
  • その他
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