Selector Unlimited WIXOSS   作:-Y-

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10.咲はサクと見つめあう

 ある日、咲は由利に暴行を働いた。

 言葉にならない言葉を喚き散らしながら物を投げつけ、そして殴る。

 それが、日常となりはじめた。

 

「もう駄目だ、由利。彼女に君の言葉は届かない」裂雷が由利に言った。

 

「私は……大丈夫だから」

 

「血が、出ている」

 

「大丈夫だから」

 

「このままあいつと過ごすのは君にとって」

 

「大丈夫だからッ!!」

 

 由利が大きな声で言った。カードでしかない裂雷には、彼女らを無理やり引き離すこともできない。

 自分がカードであることを、これほど疎んだことはない。それほどの思いだった。

 裂雷がセレクターゲームの真実を明かしたからといって、それで安穏の日々が過ごせるわけではない。

 

「ナルミ……サク。あいつさえいなければ、由利は……」

 

 由利は真っ当な人間だ。両親がいなくなっても絶望にくれることなく、しっかりと前を見ている。

 それに比べてなんだ、あのクソ野郎は――!?

 実体があれば確実に手が出ている。裂雷はぎりりと唇を噛んだ。それほどに無力な自分が悔しくて堪らなかった。

 

 そんな日常も、いつまでも続かない。変化はおのずと訪れる。

 

 由利はいつものように夕飯の準備のため、裂雷を自室の机に一時的に置いていた。

 部屋の扉が開く。誰が開けたのだろう。その正体は珍しく部屋から出てきたであろう、鳴海咲だった。

 

 彼女はすすり泣くように、あるいは呻く様にしながら由利の部屋を物色する。

 本棚の本をばらばらと落とし、小物を見つけてはしばらく見つめ、やがてつまらなさそうな顔をしては、それを捨てる。

 暴れているわけではない。それらの動作は極めてゆっくりとしたもので、咲は空ろに、ゆらりと物色を続けた。

 

 やがて彼女は見つけた。由利が夢中になっているウィクロスのカード。

 一枚一枚手に取り――テキストでも読んでいるのだろうか、なにやらぶつぶつと呟きながら何故かカードたちを見るのを続ける。

 

 そしてその手は、ついに裂雷を拾い上げる。

 裂雷と咲の視線が、交差した。

 

 酷い面をしている――。裂雷は思った。

 まともに食をとっていない痩せこけた頬に、ろくに眠れていないのか、目の下の隈が凄い。

 この女が大事な友達、由利を傷つけていると思うと裂雷は妙にいらついた。

 

「クソ野郎」

 

 裂雷は呟いた。だが咲はじっと裂雷を見たまま、動かない。

 

「いい加減にしろよ、あんた。妹の由利があれだけ真摯にあんたのことを思っているのに。なぜ変わろうとしない? 毎日ぎゃあぎゃあ喚いて。赤ん坊じゃああるまいし」

 

 裂雷は言ってやりたいことを好きなだけ言った。

 しかし、これだけ言ったというのに、咲は何の反応もしない。

 

「……ふん。聞こえていないのか。セレクターとしての資格すらないんだね。つくづく残念な奴だ、君は」

 

 裂雷が悪態をつく。すると咲はそのまま由利のデッキケースと裂雷を持ち出し、部屋を後にする。

 

「おい、待て。どこに行くつもりだ。そいつは由利の――おい、おいッ!!」

 

 裂雷が咲に語り掛けるも、咲はまったく言葉を返さない。

 返す代わりに、咲は口角を歪め、呟いた。

 

 

「――見つけた、私のルリグ」

 

 

「な……」

 

 

 聞こえていた。見られていた。

 咲はセレクターの資格があったのだ。おおよそ何かの拍子に願いが叶うとされるセレクターバトルのことを知り、気に入らない現状を変えるために戦おうとしているんだ――と裂雷は思った。

 

 

 

***

 

 

 

 咲は夜の街を歩いていた。ルリグカード、裂雷を回りによく見えるように掲げたまま歩き続ける。

 周りからどんな目で見られようが構わない。セレクターを見つけられれば、他になにもいらない。咲はそんな精神状態で、ゆらりゆらりと歩を進めていく。

 

 そんな目立つ行為をしていれば、他のセレクターに目をつけられるのは必然だった。

 やがて一人のセレクターと出会い、とんとん拍子にバトルする方向に話は進んでいった。

 

「何やってるんだ、君は。初心者が勝てるわけないだろう。由利ならともかく君にそのデッキは――」

 

「……強い由利のカードなら、それを使う私も強い」

 

「だからと言って戦ったこともないのにいきなり実戦をするやつがあるか! いいかい、セレクターバトルに三回負ければ二度と願いが叶わないしペナルティがあるんだ。どうせそのペナルティで君はより一般の生活がおくれなくなるに決まっている。まだ由利を困らせたいのか!!」

 

 裂雷が激昂する。だが咲はまったく聞く耳を持とうとはしなかった。大丈夫、大丈夫……と震える声で呟きながら咲はデッキケースからカードの束を取り出す。

 

 

「オープン……!」

 

 咲と相手のセレクター、お互いがカードを構えそう宣言するとセレクターとルリグの意識が深い闇に閉ざされる。

 その時、遠くから声が聞こえた。

 

「お姉ちゃん待って!」

 

「由利ッ!? くっ――」

 

 しかし無情にも、戦いの火蓋は切って落とされた。

 駆けつけた由利もまた、巻き込まれるように戦場へと誘われた――。

 

 

 

***

 

 

 相手のセレクターは名を千里といい、そのルリグの色は黒――"閻魔 グリム"

 対する裂雷の色は白。相反する色がセレクター同士の陣地を染める。

 

「さあ、始めましょう。パパとママの再誕パーティーを……!」

 

 咲はぞっとするような笑みを浮かべ口角を吊り上げる。

 そしてルーレットが回転し、針の先端は黒を示した。

 

「私のターンね。ドロー、エナチャージ……いや、やっぱこっちにするわ。灼熱の閻魔グリムにグロウ! シグニを二体配置してターンエンドよ」

 

 少女がエナチャージしかけた一枚目のカードはアークオーラだった。閻魔タイプのルリグに対して限定条件で使用禁止であるアークオーラが入っているということはつまり、限定条件を無視してスペルを扱える閻魔タイプにグロウするに違いない。

 裂雷と、遠巻きにゲームを見る由利はそのことに気づいたが、カードプールをまったく知らない咲はそのようなことは、知る由もない。

 

「あんなふうにプレイングしていくんだ。ほら、君の番だ」

 

 裂雷に促された咲は返事をする代わりにカードをドローしプレイを始める。

 

「エナチャージ、グロウ。ターンエンド」

 

 咲はあろうことか、シグニを配置しないばかりかルリグアタックすらすることなくターンエンドを宣言してしまう。

 

「ばか、なにやってるんだ。シグニを置いて攻撃しなきゃ……これじゃあ攻撃してくれっていってるようなものだ」

 

 やはり咲は初心者だった。とてもセレクターバトルできるような状態に仕上がってなどいない……裂雷はそう思った。

 その後もシグニは配置するもまったくアタックすることはなくゲームが進行していく。

 

 そしてターンが過ぎていった後、実は相手のセレクター……千里は苦しんでいた。

 

「(グロウ……できない……!)」

 

 ルリグをグロウするためにはコストであるエナを支払う必要がある。

 そして基本的にエナは能動的に溜めることができるのはターン始めのエナフェイズのみ。供給源としてはシグニがバニッシュされることやクラッシュされたライフクロスのほうが枚数が多くなるが、こちらは対戦相手が攻撃しなければエナにならない。

 数ターン、咲がまったく攻撃しなかったため、千里のエナは枯渇状態。ついにグロウすることができなくなってしまった。

 

「(ビギナーズラックってやつね。初心者ゆえのミスがこんなところに響くなんて……でも、焦ることはない。私のライフクロスはまだ無傷なんだから――)」

 

 千里はこれ以上グロウできなくなってしまうことを考え、無駄にエナを消費することなくそのターンを終わらせる。

 ゲームが始まってから今まで、咲の表情は動くことはない。何を考えているのか、まったく分からない。

 

「(まさかお姉ちゃん……わざと? レベル5を警戒して? ……いや、そんなことって)」

 

 例外はあるが、基本的にルリグのレベルは高いほうがもちろん強い。

 どのレベルまで上げる型なのかはセレクターが選択するが、アークオーラの入った千里のデッキはほぼ間違いなくレベル5の"虚無の閻魔"が採用されているという読みは出来る。

 それに対応して攻撃をせずにグロウを遅らせるという戦術は確かに存在するが、ゲーム初心者の咲がそれをやってのけたというのは考えにくい。

 

 千里が苦い表情をしている間、咲は表情一つ変えずただ虚空を眺めていた――。

 

 

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