Selector Unlimited WIXOSS 作:-Y-
――。
まどろんだ意識の中。幼い私と由利の姿が見える。"私"はそれを傍観していた。
「私、お姉ちゃんと結婚する!」
「そう、じゃあ私はお嫁さん? それともお婿さんになるの?」
私は楽しそうに言って由利の身体を抱き寄せた。"私"はそれを傍観していた。
「んー、どっちもお嫁さんかなっ!」
由利が、屈託のない笑顔で言った。私は由利の頭を撫で、そして笑っていた。"私"はそれを傍観していた。
夢なのだろうか、思い出のフィードバックだろうか。
残念ながら私にはこんな微笑ましいエピソードがあった覚えはない。あった覚えはないけれど、あったかもしれない。
何故なら、私の記憶が始まったのは一年前――。私は一年分の記憶しか継続していないからだ。
生まれてから一年前以前の思い出、"記憶の連続性"が何故そこで途絶えてしまったのかは分からない。
私の記憶が始まった時、肉親や知人には人が変わったようだと言われていた。
ただ一人、由利だけが私のことを愛してくれていた。
そんな由利を私が助けなければならないのに、私は――。
と、そこで視界が水の中に入ったようにぼやけ、そして徐々に薄暗くなっていく。
これは夢か妄想か……答えをだせない内に私の目の前から光が無くなった。
***
「う、ん……ここ、は……?」
目が覚めると、私は暗い部屋に囚われていた。
拘束具をはめられたまま、まったく身動きがとれずにいた。
「……おはよう、ナルミ。最悪のお目覚めだな」
「キリ?」
そうだ、思い出した。
私は姫子とバトルしていて……最後のアタックを止められてそれで――負けたんだ。
「これで"二回"。もう"後がない"な。いや、もうバトルすることはない……かもしれないな」とキリが言った。
「……関係ない。私は由利を」
「分かっているのか。セレクターは三回負ければいくつかのペナルティを負う。その中には"セレクターバトルに関する記憶の剥奪"も含まれている。それがどういう意味か分かるだろう。ウィクロスを通じて出あった人々――お前の記憶の始まり、由利との関係も」
「黙って、キリ。誰か来る」
静かな部屋のもっと奥で、かすかな足音が聞こえた。
重々しい金属音と共に扉が開かれる。そこにいたのは――。
「あんたは確か――"浦添伊緒奈"」
裏のセレクター世界をリミテッドが牛耳っているとすれば、表のセレクター世界を支配しているのは間違いなくこの女だろう。
現にセレクターを集めて大規模な大会を取り仕切ったこともあるという。
その女が、何故ここに?
「あら、こんなところにまで名前が届いているなんて。でも私もあなたを知っているわ、鳴海咲。もちろん名前だけじゃない……あの戦い方は、まるで――」
「……まるで?」
「……ふん、本当に忘れているようね。まあいいわ、単刀直入に聞く。ここから出たい?」
姫子といいこの浦添伊緒奈といい、私の何を知っているのだ?
私の記憶に関することを知っているのだろうか。
いや、今はそんなことよりも、この状況を変えることの方が重要だ。
「……ええ、もちろん」
「そう。私の権力を持ってすれば、あなたをここから出すくらいのことは出来るわ。ただし、ある条件に従ってもらうけれど」
この女に何の権限があってそれが可能なのかは分からない。
だが出来る大口を叩くくらいなのだから、可能なのだろう。今は話を聞くしかない。
「条件って?」
「ある人物とバトルして、勝って欲しい。それが条件」
「随分単純なのね。誰と戦えっていうの?」
「……あなた、"小湊るう子"のことは知ってる?」
小湊るう子――確かこの伊緒奈が主催したウィクロスの大会……その優勝者だったか。会ったことはないが名前くらいはアンリミテッドのデータベースで見たことがある。
「ええ、名前くらいは。実力はあるみたいね。その子がここにいるの?」
「いえ、彼女は"外"にいるわ。小湊るう子とのバトルに敗北したら、あなたはまた地下送りになる」
「へえ、随分ゆるゆるなのね。外に出た私が、バトルせずに逃げたらどうなるの?」
「私はあなたを"信頼"しているわ……ふふ」
よくもまあ、いけしゃあしゃあとそんな言葉を吐けたものだ。
違う、この女はそれを不可能とする抑止力を提供するはずだ。
「……まあ、そうね。まずは仮に外出するための条件をクリアしてもらいましょうか。あなたの腕前をもっと見てみたいし」
「誰かとバトルしろということ?」
「そういうこと……さあ、案内してあげて」
伊緒奈がそういうと黒いスーツに身を包んだ数人の男に拘束具を外され別の部屋へ連行された。
この隙に逃げようかとも考えたが、大人数人を相手に、出口も分からない施設から脱出するのは困難に思えたのでやめた。
「ここにあなたの対戦相手がいるわ」
そういわれ案内された部屋は先ほど私がいた部屋と似たような雰囲気の部屋。
中央には黒い物体――いや、ラバー製のスーツで頭の先からつま先までが覆われ、いくつもの革ベルトで身体をぎちぎちに拘束された人間の姿があった。
私の時よりきつい拘束だ。あれではぴくりとも動くことを許されないだろう。
「……悪趣味ね」
「やったのは私じゃないわ。私はあくまでもこの施設に足を運んでいるただの"客"なんだから」
「あっそう、どっちでもいわ。じゃあ早速バトルしましょう。早くここから出たいの」
「せっかちなのね、まあいいわ。ならオープンの宣言をして。向こうはもう準備できているから」
この拘束された少女が何者かは知らない。が、私にはやらなければならないことがある。
恨むなとは言わないが、運がなかったとでも思っていてくれればいい。
今デッキホルダーには対アマテラス用の黒デッキしかない。今回もこれでいくしかないようだ。
「――オープン」
私が宣言すると意識がフェードアウトし、身体が浮遊感と共に世界を移動する。
次に目を開けたとき、そこはいつもの霧がかった戦場。テーブルの上にはキリがいる。
そして対戦相手は――。
「お……お姉ちゃん!?」
それは見まごうことない。
私の妹、鳴海由利とそのルリグ"ロンド"の姿があったのだった――。