古い友をあてにするためにネルグル・ガロはこの森にまで飛んできたが、この森がその友の住処であるというわけではない。と言うか、そもそもネルグル・ガロは友がどこに住んでいるのかを知らない。
ただ、飛んでいる途中に目星はつけた。魔力の強い土地の気配を覚えて、最初はそこに降り立とうとも考えたが、そこは大きな里であるようで夜でも灯りがついていた。竜が近寄ってはまずいだろうと身を潜められそうな場所を探し、この森へとやってきたのだった。
行き当たりばったりであるために木々を倒し、賊に見つかってしまったのはまだ良い。衣服が手に入ったので結果良しだ。ただ、人に化けた体で森の中をさまよい、日が充分に登ってなお出られずにいるとなると、ネルグル・ガロは流石に自身の見通しの甘さにうんざりとした。
「広すぎじゃろ、森……。これ本当に人の足で抜けられるんか……?」
竜の体でいた時にはそう大きな森でもないと感じていたが、人の体で歩いてみるとこれがどうして広く感じる。竜と人の一歩の広さの差もあるが、木々を避けずに移動が出来るかの差もある。人のふりをしているだけで竜であることに変わりはなく、この程度で疲労を感じることはないが、延々と変わらぬ風景を見ていると徐々に気は滅入っていく。
魔力の気配を羅針盤にして歩いているが、木々に阻まれ迂回を重ねていると、果たして思っている通りに近づけているのかも疑わしくなり、どんどん焦れた気持ちが募る。
件の友が「竜の姿は人を脅かす」と言っていたので、こうして人里へ行く前に人の姿を取ってみたが、いっそまた竜の姿に戻ってからあの里へ飛んで行ってしまおうかとすら考えてしまう。だがそうすると折角拾った服をまた失うので、それを億劫がってネルグル・ガロは踏みとどまっている。衣服の調達を手間に思う気持ちひとつによって、いま近隣の人々の平穏は守られていた。
死を捲くと恐れられた竜がケチな理由で溜息を吐く。
そして気持ちを切り替えてまた一歩草木を踏みしめて歩き出すと、「誰ですか……?」とか細く震える声が聞こえた。
驚き、声のする方向を見ると怯えた様子の平人の女性がいた。ネルグル・ガロには見分けがつかないが、それは成人前の少女であった。顔を向けられた少女はびくりと震えて、今にも逃げ出せる用意をしながら再度「ど、どうかしましたか……?」と果敢にも訊ねた。
少女はネルグル・ガロを賊の一味だと思っていた。けれど、もしかしたら森に入って迷ってしまった人かとも思った。少女の住む村の一員では絶対にないが、あの奇妙な男が近隣の村々に住む誰かであり、万に一つにも困っているのなら助けになるべきだと勇気を振り絞ったのだ。
この辺りでは見かけない褐色の肌の、いかにも森の歩き方に慣れていない、されども森を根城にする賊にも見える、しかしてどこか品性を感じるちぐはぐな男。
きっと無視して逃げるのが正解だ。
あの男が賊だとしたら、今にも殺されるに違いない。
そこまで分かっていながら、少女は一握りの優しさを捨てきれなかった。
「誰かと問われると困る所じゃ。ふむ。しばし待て。いまなんと名乗るか思い出そう」
そして、奇妙な男ネルグル・ガロは少女の決意に対して場違いな、呑気な言葉を返したのであった。