貧乏くじの引き方【本編完結、外伝連載中】   作:秋月紘

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本編『伊豆諸島奪還作戦』
第一話


「へっ? ボクに曙の面倒を見て欲しい、って提督急にどうしたのさ。」

 

 艤装の整備を行っているドッグへ向かう航空巡洋艦艦娘、最上を捕まえ、提督と呼ばれた女性はすこぶる疲れた様子で項垂れる。肩の高さで纏められた、菫に近い長髪を揺らし、司令官は顔を上げる。

幾らか距離の近い最上の態度から想像のつく通り、彼女は少女と呼んで差し支えない程度の外見であり、この辺境の艦隊では、彼女一人が指揮を執っていた。

 

「……うん」

「二週間ほど前に秘書艦にして面倒見るって言ってなかったっけ、もうリタイアなの?」

「うーん……うちの面々に演習だけ、とか遠征、とかで任せてみたりもしたんだけど、どうも折り合い付かなくて」

「それでボクに? ……それは流石にどうかと思うよ」

 

 少女の眉間に皺が寄る。それもそのはず、艤装を外せばただの少女とはいえ、彼女等はみな「その名の元となった艦の記憶」がある。自身が介錯した相手に面倒を見て貰えと、自分を介錯した相手の面倒を見ろと、そう言われていい気はしないだろう。

 

「あーうん、渋い顔をする理由も十分わかるんだけど、あの子が自分も周りも否定する理由って主にそういうとこじゃない。」

「そりゃあそうだけど……」

「介錯だけの話なら他の子だって経験してるだろうけど、それ以上に関係ない事で色々言われ続けてたってのがかなり効いてるんだと思う。で、かなり捻くれちゃってるし私だけじゃ多分足りないの」

「……つまり、特に酷かった翔鶴さんやボクの件だけでもフォローしてやれ、ってこと?」

 

 まあ、そういうことになるわね、と複雑そうに彼女は話す。一通りの状況を聞き終えた後、「最期の貧乏くじ」を引かせた少女は苦笑いを浮かべた。

 

「ボクとしてもこのまま凝りを残したくはないし、協力するけどさ。……とりあえず胃薬貰っていいかな?」

「……経費で持つわよ」

 

 

 

「……はぁ、何で引き受けちゃったんだろ」

 

 自室でぽつり、とひとりごちた。記憶、という物はなんて残酷なのか、と。一頻り考えの纏まらない頭を抱えて後「翔鶴さんにぶつけるよりはまだマシか」と毒づいた。

 

「ああは言ったけど、曙、かぁ……」

「曙さんがどうかしたのです?」

 

 私用で部屋に来ていた暁型駆逐艦、電の不思議そうな声。なんでもない、と言いかけてベッドから体を起こし、改めて声のした方へと向き直る。

 

「うーん。電って曙と仲良かったっけ?」

「えーと、時々お話はしますけど、特別仲が良いというほどでは……いえその、嫌いというわけではもちろんないのです!」

「ああうんそこは分かってる。……その、ボクらの艦隊で引き受けるように提督に頼まれてさ」

 

 電の眉がぴくりと動く。嫌っている筈などない、とはいえ、少々気弱なきらいのある彼女としては、理由があっての事とは言え他者に心を開こうとしない曙を幾分か苦手としていた。

 

「……」

「やっぱり、嫌? ……ああ、ごめん、こんな質問するべきじゃなかったね」

 

 頷く事も、首を振る事も出来ない。「貧乏くじを引き続けた少女」の話は聞き及んでいるし、同情の余地なら掃いて捨てるほどある。ただ、それを理由にして親しく振る舞うなど彼女には無理であったし、恐らく曙自身が黙っては居られないだろう。

 他者を攻撃する事で辛うじて理性を保っている身で、憐憫のまなざしを向けられ、同情を理由に優しくされたとしても、それに縋る事などは出来ないし、かといってそれを撥ねつけてしまおう物なら、それこそ他者からの視線が憐憫から侮蔑に変わる。そう彼女は捉えてしまう。

 実際の所はどうであれ、依って立つ物のない少女にとって、誰かを頼る事の出来ない状況を続ける事は、最早限界に近かった。

 

「せめて普通に関われるようになればいいんだよね、今みたいに周り全部と距離を置かなきゃいけない状態じゃなくて。状況が違うんだからやり直せるって言えれば、良いんだけどね」

「……そう、ですね」

「ちょっと編成のことも掛け合ってみるよ。ボクだけじゃ難しいかもだし、遠征組の潮を引き込めれば少なくともチャンスはあるかもしれない」

「……電も手伝うのです」

「うん。ありがと」

 

 そういえばさ、と腰を起こしかけた電を呼び止める。

 

「なんで彼女が司令官なんだろうね」

「不服かしら?」

 

 鈴の音を伴い、扉の音を掻き消す声。挑発的とも取れる声色を気にするでもなく、二人は声の主、叢雲の方へ視線を向ける。

 

「そういうわけじゃないよ。ただ、今まで下士官だったような子がいきなり戦時特例、とか言って佐官になった上、辺境とはいえ艦隊司令官だよ? おかしいでしょ」

「確かに、妙だとは思いますけど……」

「……機密保持のためと、一応の戦術指揮を知ってたから、じゃ駄目かしら。成り損ないなのよ」

「成り損ない、って」

 

 言葉通り。そうにべもなく答えた。どうやらそれ以上を話すつもりは無いらしく、最上の向かい、電の隣に腰を下ろす。いつになく険しい表情の彼女を見、話を本題に戻す。目下の問題は叢雲曰く「成り損ない」である司令官ではなく、彼女等の艦隊の一員である曙であったのだから。

 

 

 

「ねえ、曙、ちょっといいかな」

 

 秘書官としての雑務を黙々と続ける、黒髪の少女の手がふと止まる。大きな本棚の前に陣取り、書類を整理していた彼女の表情は固かった。

 

「……何、クソ提督」

 

 「クソ提督」、そう曙と呼ばれた艦娘は言い放つ。いつかの戦闘の際に電が発見、艦隊に迎え入れられてからずっとこの調子であった。別に司令官の少女が彼女に辛く当たったことも無ければ、他の艦娘が敵意を持っていたわけでもない。それなのに、曙は、貧乏くじを引き続けた少女は頑なであった。

 

「だからそのクソ提督ってのいい加減……、いや、そうじゃなくて。配置変更命令」

「……ふーん、別にどうだっていいけど。艤装の解体でも近代化回収の資材にでもなんなりと使えばいいわ」

「そう言うのじゃなくて、来週から第一艦隊に異動命令。秘書艦の業務との並行はどちらでも良いから、今週中に返事お願い。近辺の制海権は取れたから本腰入れて勢力を広げようと思ってるの、伊豆のこともあるしね」

「そう……他は誰が居るの?」

 

 曙の問いに答えることなく、彼女は一枚の書類を手渡す。話をするのがそんなに嫌かと嘯く少女だったが、書類での通知に留めた理由を直後に痛感することとなった。

 

「こ、の……クソ提督ッ!! そんなに私が気に入らないならとっとと外すなり解体するなりすりゃいいじゃない! こんな持って回った嫌がらせ考えるなんてどんだけ腐ってんのアンタ!?」

「命令って言ったでしょ。それに、フネの記憶を理由に周りを避け続けられるといい加減迷惑なの」

「なっ……!」

 

 余りに直接的な科白に反論を返すことも、嫌味を放つことも出来ず言葉を詰まらせる。今にも泣き出しそうに映ったか、小さく溜息を吐いて諭すように話を切り出した。

 

「今解体して戦線から外す、ったって相手は減る気配もないしそんな余裕もない。それに、気に掛けてくれてる相手から逃げて次は何処に行くの?」

「それは……」

「別にアンタが憎くてやってるわけじゃないし、今後も艦隊に居てもらう必要があるから、私はこの配置命令を出したの。やってくれるわよね」

 

 断ることは、できなかった。

 

「戦果を挙げろとは言わない。とにかく、死に急がない事」

 

 声色から、少なくともこの身を気に掛けているであろう事は読み取れた。故に尚更。

 

「言われなくたって生き延びてやるわよ、クソ提督……」

 

 頑なにならざるを得なかった。

 

 

 

「そらまたケッタイな話やなあ、司令はんも人が悪いゆーか」

「怪体、ですか?」

 

 せや、と黒髪の少女が頷く。彼女は黒潮、陽炎型駆逐艦三番艦の艤装に適応した艦娘である。

 

「司令はんはたぶん、長期戦をやってる暇はない、荒療治で片つけてまおう思てる」

「……」

 

 心当たりはあった。そもそも、横須賀からそこそこの距離があるとはいえ、本土から程近い海洋に深海棲艦が侵攻しているこの事態が既に異常なのだ。生体兵器『艦娘』の実戦投入により持ち返したとはいえ、だ。

 

「ショック療法、ですね」

「ウチ等が言うんもアレやけど、得体の知れん兵器で得体の知れん怪物と戦う状況なんか、さっさと終わらせたいからなあ」

「……ケッタイな話なのです」

 

 

 

 最上の胸中は決して穏やかなものではなかった。聞いたことのない海軍の記録に無い船、それらの記憶を持つ自分達『艦娘』。解析が進み、クローニングされるようになってもなお『オリジナル』である彼女は自分の生まれをすら知らない。

 そして、突然の編成の変更。司令官より手渡された指示書に、記憶として眠る『最上』が警鐘を鳴らす。

 

「因果は巡る、かぁ……博打打ちなんだ、提督って」

「何、曙の話?」

 

 鈴谷、そう呼ばれた少女がひょいと最上の手に踊っていた指示書を掠め取ってしまう。興味深そうにふんふん等と鼻を鳴らしていたのも束の間、みるみるうちに眉間へ皺が集中する。

 

「何コレ、ややこしすぎて訳解んないんですけど! 鈴谷ちんぷんかんぷんだよ全くもう!」

「無理に読まなくていいのに……まあ曙の話、っていうのは半分正解。もしかしたらボク等にも関係するかもしれない」

「何ソレ、艦娘全体ってこと?」

 

 ひょっとしたらね、と嘯き部屋を立ち去る。最上は毛色の違う『妹』を若干苦手としていた。

 

「……お姉ちゃんって呼べるのは何時になるのかねー」

 

 『その時』が思いの外早くやって来ることを、この時の鈴谷はまだ知らなかった。


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