此方はギャグ寄り、シリアス要素は特に無いため正真正銘息抜き、という感じになっております。
番外之壱-天龍ちゃんの必殺技-
「う~ん、やっぱ必殺技とか欲しいよなぁ」
隣で得物である剣の手入れをしていた天龍が、唐突に呟く。
「……必殺技?」
姉妹艦である龍田の脳裏には、少しの不安と興味とが半々。軽巡洋艦、天龍。彼女は艦隊に入ってから期間の長い、『オリジナル』だった。
『貧乏くじの引き方』番外之壱-天龍ちゃんの必殺技-
「おう、必殺技だ。俺達は確かに艦艇の武装を主に使って戦うわけだが、俺や龍田、日向や伊勢の姐さん達だって近接戦闘の為の武器を持ってる。だったら人の姿だからこそ出来る戦い方とか技って欲しくならないか?」
「私にはそういう気分は分からないけれど、天龍ちゃんは欲しいの?」
ああ、と笑って答える。彼女を玩具にするにしろ、まともに取り合うにしろ、龍田には心当りと呼べるものが全くなかった。
「でも、ウチの鎮守府に必殺技なんて使えそうな人、居たかしら?」
「そうなんだよなぁ……木曾とか?」
ああ、あの子も厨二病だったわね~、との言葉に『も』とは何だとは言えなかった。
「……だな、とりあえず話でも聞いてみるか」
「で、俺に必殺技を教えてくれ、と?」
「教えてくれ、って訳じゃないんだが、何かそーゆー心当りねえかなと思って」
うーん、と顎に手を置き、首を捻る。裾の荒れたマントに眼帯、腰に下げたサーベルと、天龍に負けず劣らずの格好をしていた少女、木曾は諦めたように首を振った。
「済まない、特に思い付きそうもない。というかなんで俺なんだ?」
「……」
天龍と龍田は、揃って顔を見合わせた。
「いや、まあ思いつかなかったんならいいや、悪かったな」
「ごめんなさいね~」
とぼとぼと肩を落とし歩く天龍と、その少し後ろを付いて歩く龍田。よりにもよって出鼻をくじかれるとは思っていなかったのだろう、天龍の表情は暗い。
「どうすっかなあ……木曾が駄目となると思いつかねーよ……」
「そうねぇ……じゃあ、ちょっと方向を変えて、あら?」
「ん? あ、提督じゃねーか」
「天龍に龍田? どうしたのこんな所で」
廊下で遭遇した少女を指さし、声をかける。その少女は天龍よりも背の高い、同艦隊に所属する曙を思い起こさせる出で立ちをしていた。
「ん、どうしたのって言われてもな……」
言い難そうに口をつぐむ天龍をちらりと見て、龍田は笑みを浮かべた。
「天龍ちゃんったらね、必殺技を考えてるんですよ~」
必殺技? と提督が怪訝な顔をするのと、天龍が慌てて龍田の口を塞ぐのはほぼ同時であった。
「いやなんでもない! なんでもねーよ!」
「……天龍。さすがに必殺技は無理があると思うわよ。てゆーか一太刀で海を割る位まで出来るっていうんなら協力するけどね……」
「……それだぁッ!!」
「はあっ?」
二人の少女の間の抜けた声が重なった。
「で、天龍ちゃん。駆逐艦の子を引き連れて正面海域に出てきて、何をするつもりなの?」
「ああ、提督の言葉でふと思いついたんだよ。俺達ってさ、ある程度離れてても艤装を召喚できるし、長門型とか伊勢型とかの姐さん達なんか実際に43cm径の砲弾を扱える。だったらさ、俺達にもそういう事って出来そうだと思わねーか?」
静かな波の音が響く海。龍田がにこやかな笑みを浮かべて問いかける。
「そうね~、天龍ちゃん、その剣の召喚って、どれくらいで出来るのかしら~?」
「ん? 大体一秒位じゃね?」
「で、この目の前に居る駆逐級を一掃するのに必要なサイズはどれだけ掛かりそうかしら~」
「ん~、大体四十びょ……ん?」
水飛沫に慌てて剣を振るい、口を開けて飛びかかってきた駆逐級深海棲艦に一太刀。返り血を拭い、随伴していた味方の様子を確認する。
「龍田てめえ敵が来てるんなら先に言えよ先に!」
「あら~、言わなかったかしら~。とりあえず駆逐艦の子は私が援護してるから、剣の召喚、試してみましょうか?」
「チッ……持つのか?」
「終わってるかもしれないわねえ」
だったらいい、と背中の艤装に装着された砲塔を展開、味方に迫る駆逐級を素早く制圧していく。数が少なかったことも幸いし、一分足らずで周辺から敵艦の姿は見えなくなっていた。
「……やっぱ失敗だな。次考えるか」
「でも、発想自体は悪くないんじゃないかしら。一太刀で薙ぎ払う方向じゃなくて、例えば……そうねえ、二、三倍位の大きさに抑えて、重力に任せる感じに縦に割るとか?」
なるほど、と手を叩く。しかしそれではまだ地味ではないか、とも同時に思う。
天龍としては必殺技にはそれ一つで目を引くほどの派手さ、インパクトが大事なのだ。であれば半端な大きさの艤装を召喚した所で地味に過ぎるし、攻撃にも派手さが欠ける。
「何かもう一つ二つ要素が欲しいな」
「名前?」
「それも大事なんだが、技名を叫んでやることが兜割り、ってんじゃ名前負けだろ」
「そういうものなの?」
「そーゆーもんなの」
自室に帰り、艤装の手入れ。剣を片手に、返り血を拭い、付着した油を拭き取る。汚れや傷が無いことを確認し、新しい油を小さな布に染み込ませ、薄く塗布した。艶やかに光を反射して煌めく刀身に頬を緩める。
人手が圧倒的に足りない設立最初期からの、少女の日課であった。
「人手がせっかく増えたのに、天龍ちゃんったら相変わらずなのねえ」
「自分の愛剣くらいは自分で手入れしねーと。そういや龍田」
「なあに?」
「ちょっと考えてみたんだけどよ、さっき言ってた重力に任せて、っての」
ああ、と手を打つ。龍田としては、必殺技とは行かないまでも戦闘を有利にする手段程度の案だったのだが、どうやら天龍はそこから何かを思いついたらしい。出来るのかどうかは知らないが。
「俺自身の落下速度を威力に上乗せできたら十分必殺技っぽくなんねえかな? 上昇した時に剣を大型化すれば三倍以上に出来るくらいの余裕できそうだし」
「……」
実現出来なさそうな案が飛び出した。
「……天龍ちゃん、船は空を飛ばないわよ?」
「……なんでそんな可哀想な物を見る感じの目してんだ龍田」
「だって、実際にやろうと思ったら何メートルもの高さまで飛び上がらなきゃいけないでしょ? どうやって」
「馬鹿だなー、俺がそんな当たり前の事を考えてないとでも思ったのかよ?」
頭頂部より少し上に浮かぶ輪っかが、紅く光ったような気がした。
「それじゃあ、どうするつもりなの?」
「伊号潜水艦だ」
「……え?」
脳が理解を拒む。何処をどうすれば空を飛ぶ為に潜水艦の手を借りるなどという発想が出てくるのか。そもそもどうやって伊号潜水艦が空を飛ぶのか。
まだ日向などのカタパルトを借りると言ってくれた方が冗談にしても笑えそうなものである。
「ええっと、天龍ちゃん? 空を飛ぶのと伊号潜水艦とどういう関係が……」
「ん? だからよ」
そして天龍がつらつらと語ったプランは、それまでの話を考えればなるほど納得出来てしまうものであった。
「しおい、ちょっといいか?」
「はーい、どうしたんですか?」
潜水艦娘区画。艦娘の艦種毎に区分して建てられた寮の中では最も築年数の浅い建物である軽巡洋艦寮、その一部を借りて構築された区画である。該当する艦娘が少なく、個別に寮を建築する必要はまだ無いだろうとの判断により、ある程度年齢層の近い艦娘の多い寮を間借りする形となっている。
そして、しおいと呼ばれた少女は艦名を『伊四○一』といい、この駐屯地に所属する中では最も大型の艦の記憶を持つ艦娘であった。
「聞きたい事があるんだが、お前艤装の召喚ってどの程度できる?」
「そうですねー。晴嵐とかカタパルト周辺の艦首位なら直ぐに呼び出せますし、一応この二つなら大型化も短時間で出来ますよ?」
「……じゃあ、その状態で緊急浮上って出来るか?」
「緊急浮上、ですか?」
怪訝な表情を浮かべる。そもそも艦娘となってから一度も使ったことのない戦闘機動を使えるか、と聞かれても分からないとしか言いようがない。正確に言えば、出来ることは出来るのだが、生身で急速浮上しようものならそれは『的にして下さい』と言っているようなものである。だから、出来るとは言えなかった。
「艤装を急速浮上させて、それに乗って高度を取るんだよ。艦首が一定の高度になった時点で消してしまえば的にはならねえし、お前も上から飛び込むなり艦首だけ海上に出すなり出来るだろ?」
「あー……それだったら確かに出来るかも」
「で、だ」
天龍の続けた言葉に唖然とする。
「あの、本気でやるんですかソレ」
「おう! ったりめーじゃねーか、合体攻撃、これぞ必殺技って感じだろ?」
「はあ、まあ……」
この伊四○一、きっと何時ぞや出会った『帝国海軍艦艇のような何か』の真似事をすることになるのだろうな、と。日に焼けた小麦色の頬を人差し指で掻き、少女は苦笑いを浮かべるのであった。
そして数日後、天龍の直談判により編成を変え、第一艦隊は伊豆諸島近海まで出てきていた。哨戒ないし威力偵察、との名目だが、天龍の語り口を見て大凡の想像は付いていた。
「どうせ必殺技のプレゼン目的なんでしょうね。あの艤装でそんな派手な事も出来ないと思うけど、なんで四○一も一緒なのかしら。龍田はなにか聞いてる?」
「さあ、私は何も~?」
「アンタ絶対知ってんでしょ、教えなさいよ」
『まあまあ提督、後のお楽しみってことにしとこうぜ。もうすぐ敵さんのお出ましだ』
「……仕方ないわね、各艦戦闘態勢。単横陣で接敵に備えて」
『了解。ま、大した敵も居ねえし油断しなきゃ平気だろ』
レーダーに反応。光点が五つ増える。続けて旗艦である榛名の声が通信機越しに響いた。
『敵艦発見! 榛名、戦闘に入ります!!』
砲口が炎を上げ、水柱が立ち昇る。砲弾が敵影を引き裂き、化物が唸り声を上げた。
正面に展開するのは四隻の駆逐級とそれに守られ立つ戦艦級が一つ。敵の練度は低く、相対する此方の艦娘達は皆高い練度を誇る主力、負ける理由はなかった。
『さて、お披露目と行こうぜ!』
『天龍さん、艤装パージ、潜っちゃいますよ!』
「はぁっ!?」
無線機から聞こえる会話に耳を疑う。軽巡洋艦が潜水する。全くもって意味がわからない、としか言えず、呆然とレーダーに映る光点を見守る。後ろでは、全てを知っているらしい龍田がくすくすと笑い声を零していた。
「タ級の真下? 何を……」
『せーのっ』
伊四○一の声が聞こえたか、と思った直後。艦橋から見える景色が一気に影に覆われる。一際大きな艦影と、瀑布と見紛うかのような飛沫。軍艦色の柱に見えたそれは、潜水母艦『伊四○一』それの艦首であった。
「え……えっ?」
恐らく提督が艦娘として同じ海上に居たならば、きっと同じ艦隊の艦娘達が一様に同じような顔をしてそれを見上げている所を見ることが出来たであろう。その程度には、秘密裏に事を進めていたのだから。
龍田は余程少女のリアクションがツボであったらしく、その笑い声はもはや声になっていない。
『
「…………」
大きな太刀が深海棲艦と海面を叩き切る姿を呆然と見守る艦娘達と、延々と床を叩いて笑い転げる龍田の姿がそこにはあった。
「で、必殺技ってアレ?」
戦闘を終え、疲れた顔をしている少女らの帰還を見送り、妙にツヤツヤしている天龍を捕まえて問いかける。
「おう。飛竜之太刀、ワイバーンズ・バイトってんだ。カッケーだろ」
「……技名叫ぶの禁止ね」
「何でだよ!?」
「何でもよ! 出撃の度に艦娘の腹筋に被害与えられちゃ堪んないわ!」
少し、拗ねたような表情をしている。即興にしては割と本気で格好いい名前だと思っていたのだろう、見るからにつまらなそうな様子である。
「技そのものはアリなんじゃない? 海中を抜けるリスクはあるけど、上下を使えるのは艦娘と深海棲艦の戦闘だと大きなアドバンテージになるわ」
「だろ!?」
「……でも叫んだらバレるし禁止は撤回しないわよ」
「ちっ」
冗談の様な必殺技が、この後以外な局面で役立つ事を、この時の二人は未だ知らなかった。
-『貧乏くじの引き方』本編ヘと続く-