貧乏くじの引き方【本編完結、外伝連載中】   作:秋月紘

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追編之弐-エピローグ-

「潮、ちょっと下がってて」

「曙、ちゃん?」

 

 戸惑う少女をよそにドックから体を起こし、曙は吼えた。

 

「……なんで、最上さんをやったアンタが笑ってんのよ」

 

 潮の制止を振り切り、動く右腕を掲げて艤装を召喚する。涙声で叫ぶ少女の目は怒りと哀しみに染まっていた。

 

「曙、お前何をっ痛!?」

「ふざけるなっ!! ……アンタなんか、アンタなんか……! アンタが代わりに死ねばよかったのに!!」

 

 ガラスの向こう、慌てて二人を庇おうとする明石と、こちらに気づき、悲しみに表情を歪める少女の姿が映る。そして、引き金を引き絞ったその時、剣を構えて割り込む天龍の姿が見えた。

 

「っ!!!」

 

 炎が、爆風が、割って入った少女の姿を覆い隠す。曙は言葉を失い、ただ立ち尽くすしか出来なかった。理性では、深雪を責め立てたところで無意味なことは分かっている。彼女が心の底から悔いるであろう事も。

 だが、感情が。深雪や紫子が笑みを浮かべることを許せなかった。明石が居るのも見なかったことにして、割り込んだ天龍を自分の意思で撃ったのだ。

 

「……あ、あ」

「天龍さん!? 天龍さん! だ、ダメです、その怪我じゃ……!!」

 

 煙が晴れる。入渠中で動けない艦娘を除いた面々が消火作業を始め、怪我人が居ないかを確かめる。ガラスは割れこそしたものの、明石が庇ったこともあり二人は切り傷程度で済んだらしい。

 

「……」

 

 折れた剣を血塗れの左手に提げ、迷い無く少女の前へと天龍は歩いてくる。眼帯が付けられていた筈の左目には、明らかな怒りの色が浮かんでいた。そして。

 

「がっ!?」

 

 強く握り込まれた拳が、少女の頬を力一杯殴り付ける。バランスを崩した少女は、ナノマシンと培養液に満たされた入渠ドックに打ち付けられた。

 

「テメェ今何処狙って撃ちやがった!!?」

「わ、わたし……だって最上が、最上さんがっ!!」

「そういう話してんじゃねえ! あのな、俺は別に今すぐ深雪を許せって言うつもりは更々ねえし、負の感情に飲まれて深海棲艦になったって、アイツがやった事そのものは変えられねえんだ! ……けどなあ」

 

 小さく深呼吸。そして、諭すようだった口調が一転。激しい怒気を孕む。

 

「瀕死の奴や怪我人が居る場所で艦娘ですらねえ人間に銃口向けて良い道理なんて一ミリもねえんだよこの大馬鹿野郎が!!!」

「……なに、それ」

 

 天龍の言葉に、唖然とした。聞き間違いだと思いたくて投げ掛けた問いは、最悪の答えとして帰ってくる。

 

「……深雪は艤装に拒否反応を示した、無理に装着しようとすれば最悪廃人になっちまう。紫子と同じだ、二度と艦娘には戻れねえよ」

「なによそれ……そうやって、人の事滅茶苦茶にして、自分は弱い立場に逃げるっての? 冗談じゃないわよ、ふざけないでよ……!!」

 

 少女の悲痛な叫びが騒がしくなったドックに響く。曙に何かを言える者はなく、ただ泣きじゃくる声を聞いているだけしかできなかった。その喧騒の中。

 

「はー……流石にちょっと無理しすぎたな」

 

 天龍の意識は闇に沈んだ。

 

 

 

「で、怪我の具合は?」

「いでででっ!? 突っつくなよ提督! 明石さん曰く全治二週間、腕を換えなくて済んだだけマシだと思えってよ」

 

 数刻後。医務室のベッドには入渠ドッグを開けられず、包帯で左腕を覆われた天龍の姿があった。曙の砲撃による施設の損害、散乱したガラスなどを一通り片付け、負傷者達は砲火を免れた病室へそれぞれ移されていた。

 

「で、曙と深雪達の様子はどうなんだ?」

「曙は泣き疲れて寝てる、左腕の怪我も響いてるみたい。深雪の方も似たような所ね。……譫言みたいに『ごめんなさい、ごめんなさい』って見てらんないわ」

 

 その言葉に、天龍は小さく溜め息を吐く。少し周囲を伺う素振りを見せたかと思うと、提督は後ろ手に鍵を掛け、ベッドの傍に腰かけた。

 

「長門から聞いた。あの子も『深海棲艦が艦娘に戻るところ』を見たのね」

「……ああ。それに、伊勢の姐さんもそうだったが、深雪もあの時見た感じだと覚えてる。最初こそああだったが暫く紫子ともギクシャクしちまうんじゃねえかな」

「船酔いは?」

「そっちは……多分大丈夫だろ。浮かぶか潜るか、最後の選択で水上を目指せた。何とかなるさ」

「あの怪我見てまさかとは思ってたけど『最上に止めを刺すかどうか』まで行っちゃったの?」

 

 言葉を濁し、視線を逸らす。

 

「全主力投入してコレじゃ、先が思いやられるわ……」

「……『船酔いを克服する』より『船酔いを防ぐ』方が現実味あるんじゃねえの?」

「……かもね、そっちも考え中」

「で、提督はどうなんだ? 前に叢雲から話は聞いてる、船酔い引き摺ってんだろ?」

 

 それを聞いた少女は、一瞬驚いたような顔を見せ。

 

「相手が居ないんだから平気よ」

 

 そう、困ったように笑った。

 

「あー……なり損ない、だっけか。悪いな、妙なこと聞いて」

「良いのよ。多分、何処かで話さなきゃいけない時は来るから」

 

 暫しの沈黙の後、少女は最上の様子を見てくると部屋を立ち去る。そして更にその後、見知った軽巡洋艦艦娘が病室へと足を踏み入れた。

 

「何だ夜戦バカじゃねえか、見舞いにでも来てくれたのか?」

「誰が夜戦バカだ誰が。その調子なら割と大丈夫そうなんだね」

 

 そう言って、少女は部屋を締め切った。

 

「……あの、さ。提督の事で、話があるんだ」

「……何かあったのか」

「私達の司令官がアイツらと同じ姿してるなんて言ったら、天龍はどう思う?」

 

 震える声で語られた内容は、にわかには信じがたいものであった。

 

「は、はは……何言ってんだよ、アイツは見ての通り人間の姿してんじゃねーか、深海棲艦と同じって冗談キツいぜ」

「見たの、私。提督が最上を、深海棲艦みたいになった腕で喰うところを」

「……本気で、言ってんだな」

 

 こんな台詞冗談で言えるわけない、瞳を潤ませそう訴える少女を見、天龍はガリガリと頭を掻いた。

 

「分かった、提督にはこっちから確認しとく。……一つだけ聞いていいか」

「……なに」

「本当に『艦娘の』最上だったんだな?」

「……艦娘かは、分からない。その最上も、部分的に深海棲艦化してたから擬態、だったかも」

 

 川内の科白を聞き、小さく考え込む。深雪が、伊勢がそうだったように、船酔いの結果死を迎えた艦娘達は深海棲艦として仲間を襲った。

 なのに提督は、なり損ないとはいえ船酔いが重症化しても死期が近づく様子もなく、平然としている。同類が居ないだけで? 曙の『死』そのものに他の艦艇はほぼ関わらない、なのに、だ。

 そこまで考えて、川内の言った『深海棲艦と同じ姿』が浮上する。

 

「あの馬鹿、なり損ないってそういう事かよ……!」

「なり、損ない?」

「……なあ、川内。お前、提督が『ヒト』でも『艦娘』でも『深海棲艦』でもないバケモノだとしたら。それでも艦隊に居れるか?」

「ちょっと待ってよ、流石にそんな事急に言われても」

「答えてくれ……頼む」

 

 明らかに狼狽しているのが分かっていて尚、天龍は問いを撤回しようとはしない。外していた視線を戻してみれば、眼帯の少女もまた、瞳を悲しみの色に染めていた。

 

 

 

「あ……」

「ん。鈴谷、お疲れ様。……二人の事は、ごめん」

 

 鈴谷と呼ばれた少女は俯いたまま答えようとはしない。頭を下げた提督も言葉を重ねる事が出来ず、二人、廊下で向かい合う。

 

「提督、まさか全員に頭下げて回ってんの?」

「……まあ、ね。指揮を執ったのは私だから」

「第六とか大変だったんじゃないの?」

 

 鈴谷の言葉に黙り込む。何かを思い出したか、その表情は酷く硬い。

 

「……暁に砲口を向けられたわ。雷と響が慌てて止めてたけど、二人も好意的な顔はしてなかったわね」

「あはは、そりゃ大変。明石さん達の事だから最善は尽くしてくれるだろうけど、色々落ち着かなさそうじゃん」

「……鈴、谷」

 

 言いかけた言葉を飲み込み、口をつぐむ。聞くべきではないと思ったのだろうが、それを見て鈴谷が躊躇うことはなかった。

 

「アンタは平気なのか、って? ……平気な訳ないじゃん、ぶっちゃけその場の勢いで銃口向けた暁が羨ましい位だよ。さっき、提督叢雲に言ってたよね、船酔いが引き起こす最悪の事態が死以外にあるって。それに、姉ちゃんが船酔いになってた事だって聞いたんだよ。……正直に言う。もし、最上姉ちゃんが提督のような化物になったり、死んじゃったりしたら、鈴谷はアンタを一生赦せない」

「……最悪撃たれてやるわよ。その代わり、私以外に憎しみをぶつけるような真似はしないで」

 

 すれ違うように提督は足を進め、振り返ることなくその場を立ち去る。鈴谷は追い掛けようとはしなかった。ただ、唇を噛み締め、嗚咽を殺し、立ち尽くすのみ。

 

「……お願いだから、鈴谷を人殺しにさせないで」

 

 その声は誰に向けたものでもなく、ただ虚しく廊下に響いた。

 

-貧乏くじの引き方 追編之弐- 了


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