貧乏くじの引き方【本編完結、外伝連載中】   作:秋月紘

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追編之肆-エピローグ-

 二人きりの第二ドック。自嘲気味に笑う提督の腕は既に人間のそれに戻っており、衣類にも損傷は見られない。幻覚を見たのだと考えたかったが、視線が合ってすぐ、逃避は無駄だということに気づく。此方を見据える少女の瞳に、未だ小さく青い炎が揺らめいていたのだ。

 

「……驚かせちゃったわね。少なくとも最上がこうなる事はないと思うから、深海棲艦化は心配しなくていいわよ」

「気にしないで下さい……少し、不意を突かれただけです。最上さんの事も了解しましたが、記憶障害といった後遺症の覚悟は必要、との認識で構いませんか?」

 

 まだ平静を取り戻しきれていない明石の問い掛けに、小さく頷き肯定を示す。その様を見て、明石の脳裏にある疑問が過る。

 

「それはそれとして提督、貴方の身体の事を知っているのは何人居ます? 保護観察対象、と言うからには妄りに知られて良い秘密ではありませんよね?」

 

 暫しの沈黙。船酔いについて最低限の知識がある明石でさえ戸惑う様な姿をした者が司令官だという事実を、どれだけの艦娘が知っているのか。

特に、深海棲艦化を割り切れなかった曙や、電の姿に我を忘れた暁等がこの事を知れば。今この場で話をする事自体、本音としては避けたい。しかし、何時また邪魔の入らない状況を用意できるか、と問われると、二人を始めとした負傷者の事を考えれば、しばらくは無理だと答えざるを得なかった。

 

「私から教えたのは貴方と叢雲だけね、流石に相手は選ぶわ」

 

 では、知られてしまった相手は、との問いに対する答えは、川内と鈴谷の二人。問い質せば、川内には腕を変質させて深海棲艦を殺すその様を見られたと言い、鈴谷が知った経緯については知らないと答えた。恐らく、船酔いの結果こうなったと思っている節があるため叢雲と話している所を幾らか聞かれたのだろう、と。

 あわせて状況を聞いた限りでは、流石に彼女を迂闊だとは責め難かった。

 

「なるほど、鈴谷さんの方はそれこそ最上さんの容態次第ですか。……問題は川内さんなんですが、帰還してから姿を見ていないんですよね」

「……口は軽い方じゃないとは思うけど、こっちで探してみる。明石は電達の事をお願い。何かあったら知らせて」

 

 幾らか迷った様子を見せた後、小さく頷く。頭を下げて出て行った少女を見送り、明石は眠る二人の方へ視線を向け、溜息を吐いた。

 

「すみません。……お二人が目覚めた後も、あまり平和ではなさそうです」

 

 

 

「川内、天龍のところに居たのね」

 

 病室の扉を開け初めに目に入ったのは、此方に気付いた途端に硬い表情を浮かべる天龍と、恐怖心を隠せず戸惑う川内の姿だった。周囲を確認し、後ろ手に扉を閉めた後提督はゆっくりと歩を進める。一歩彼女が進む度、半歩川内が距離を取る。

 

「……はい」

「……提督か」

 

 それに気付いて歩みを止め、少女は小さく口を開いた。

 

「川内から何か聞いた?」

「何か、は無いだろ。なんで黙ってた、でも無いな……悪い。俺から掛ける言葉は見つかんねーや。まあ乗っ取られるとかそういう事が無いんなら気にすんなって。ああそれと、コイツの事はあんまり責めないでくれよ?」

 

 諦めたように小さく首を振り、そのままいつも通りに振る舞おうとする姿が、胸を締め付ける。天龍の言葉や仕草の端々からは、戸惑い、恐れ、怒りといった感情が断片的に見えていた。

自分達を指揮していたのが人間でも、あまつさえ同類である艦娘でも無いと知ったのだから、当然といえば当然であろう。それなのに、眼帯の少女はいつも通りであろうとしてくれる。

 だからこそ、それを彼女はどうしようもなく辛いと思った。

 

「……なんで、何も言わないの? 無理なんかしなくていい、いっそ化物だとでも言ってくれた方がこっちだって諦められるの、だからっ」

 

 言葉を詰まらせる少女を遮り、天龍ははっきりと言葉を紡ぐ。

 

「やめてくれ。俺がお前にやって欲しいのは『悲劇のヒロイン』じゃなくて『有能な指揮官』か『気心の知れた上官』なんだ。……悪いが仲間に銃口向ける趣味はねえよ」

「アンタはそれで良いかもしれないけど、川内は」

「私も。提督を撃とうと思っている訳ではないです、ただ……考える時間を下さい。貴方を上官として見ていられるかは、まだ、分からない、です」

 

 やっとの思いで絞り出された声は掠れている。顔を上げようとはせず、怯えた様子のままの姿を見て、思う。恐らく、此方から視線を合わせたところで無駄だろう、と。

 だから。

 

「……それならそれで構わないわ。答えも急がなくていい。気の済むまで考えて」

 

 あくまでも司令官として、彼女の上官として、突き放した物言いに留めた。

 

「なあ、一応聞いときたいんだが、他言無用って事でいいんだよな?」

 

 沈黙に耐えられなかったか、天龍が些か慌てたように声を張る。問としては至極真っ当なもので、尚且つ伝聞で知った以上、その情報がどのような物かが分からないのは彼女にとっても強い不安を抱かせるものだった。

 

「ええ。今全員に知られたらパニックでしょ。ほとぼりが冷めてから、何処かで皆には話そうと思う。……ずっと自我を保てるかは分からないからね」

「どういう事だ」

 

 天龍の問いに、わざとらしく考えこむ素振りを見せる。しかし、始めから回答は決まっていたし、特にそれを変える理由は無かった。

 

「成り損ないなんだから、ふとした拍子に完全にそれになる事もあり得ないとは言い切れないでしょ? 艤装が無いから大丈夫、っていうのも憶測でしかないしね」

 

 悪趣味極まりない、と毒突く少女に同意を示しながらも、その表情は真面目そのものだった。

 

 

 

 それから数十の日が過ぎ、ある日の夕方。いつものように執務室で書類を眺める少女の耳に、荒く扉を叩く音が聞こえる。軽く促してみれば、血相を変えて飛び込んできたのは桜色の髪。視界の先には、喜色に頬を染めた工作艦の艦娘が此方を呼んでいた。

 

「提督! い、電さんが……!」

「……目が覚めたの?」

「はい! 怪我の経過も良好、第一ドックへの移動も既に完了しています、提督もすぐ来て下さい!」

 

 その言葉が終わる前には、腰は座面を離れ浮きあがっていた。

道中で明石から詳細な報告を受ける。欠損部位の接合は大部分が完了、まだ歩く事は出来ないが、神経の再接続までは長くても二ヶ月程度で済むらしい。

意識、特に心的外傷に関しても大きく引き摺っている様子は今の所無く、シェルショックの兆候は見られないとのことだ。戦闘消耗に気をつけつつ待機させていれば、大きな後遺症もなく復帰することが出来るだろう、と明石は喜びを交えて語った。

 

「暁達はもう?」

「ええ。感極まって、という事がないように直接の接触は禁止していますが、顔を合わせて話せるまでには回復していますので」

「……だったら私は後でいいわ。あの子達の邪魔をするのも、ちょっとね」

「提督……」

 

 ぴたりと足を止めた少女を促す言葉を、明石は持っていない。少し考えれば分かったことだ、姉妹艦を死の淵に追いやった原因の一人が、今更どの面を提げて会おうというのだ。状況をある程度知っていた当人だけであればまだしも、瀕死の重傷を負い帰ってきた妹の力にもなれず、その場に在ることさえ出来なかった少女等がそれを許すとは到底思えない。事実、提督自身とはまともに話そうとせず、明石や長門、天龍などから声をかけても碌な返答は無く。彼女等は、特に長女である暁は頑なであった。

 

「ですが、今だったら直接話す機会を作ることだって……いえ、何でもありません」

「それで話ができればまだ良いけど、多分藪蛇だからね」

「すみません」

「……なんでアンタがここに居るの」

 

 幼くも低く、そして重い声。明石が振り向いた先には、先程まで自らが話していた特三型駆逐艦艦娘の少女、暁が立ち尽くしていた。

 

「……電の見舞いにね」

「そう」

「何も、言わないんですか」

 

 明石の質問に、態とらしく眉間に皺を寄せる。明らかに不機嫌そうな表情を見せ、怒りを隠そうなどとは微塵もせず、暁はその瞳をじっと見つめる。だが、少しの沈黙の後返ってきたのは以外な言葉だった。

 

「……明石さん達のお陰で、電は回復しました。それには凄く感謝してるし、正直、さっきまで話せてたのが信じられないくらい。それに、あの場所にいた電本人が、司令官を余り責め過ぎるな、って言ってたの。だから」

 

 くい、と四本の指を折り目の前に来るよう提督を呼ぶ。特に反抗する事もなく歩を進め目の前に立った少女を、今度はしゃがみこませた。整った顔が目の前に降りてくる。

そして、暁は小さく息を吸い込み。

 

「ッ!?」

 

 次の瞬間、勢い良く振り抜かれた右手が、提督の頬を力強く打ちつけた。

 

「これで許しておいてあげるわ。……暁は一人前のレディーだからね」

「暁さん貴方っ」

 

 身を乗り出す明石を右手で制する。彼女は反射的に「上官に手を上げるなんて」と続けようとしたのだろう、気恥ずかしそうに頬を掻き、小さく頭を下げた。

 

「……鞭打ちにならなかっただけ感謝しておくわ。それと、レディーは見境なく手を上げないものだからね」

 

 軽く首を捻り、左手で痛む筋を撫ぜる。冗談めかしてはいるが、鞭打ちになるかと思ったのは紛れもない事実だった。

 

「そうなの、知らなかったわ」

 

 口では許すと言いながらも、相変わらず暁が不愉快そうなのは変わらず、提督に対する怒りであったり、悪意であったり、そういった感情は然程消えてはいない。

 

 しかし少しだけ、それはそれ、これはこれと切り替えられるような、どこか吹っ切れた表情をしていた。


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