貧乏くじの引き方【本編完結、外伝連載中】   作:秋月紘

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追編之伍-エピローグ-

「……」

 

 第一ドックの一角。見舞いに来ていた姉妹艦や僚艦の姿も引き、一人何をするでもなくナノマシンのプールに身体を預ける。自分より先に此処に居た曙や赤城等は既に回復しており、周囲のドックには誰も居ない。

 

「電」

「あ、司令官さん。それに明石さんも。わざわざお見舞いに来てくれたのですか?」

 

 二人分の足音が近づく。呼びかけた声に反応して振り返った少女は、以前と変わらない、柔らかな笑顔を見せて提督に応えた。知らず知らずのうちに早まる歩調、数秒の内に電の居るドックの側へと駆け寄り、改めて声を掛けた。

 

「本当に、無事で良かった。怪我の具合はどう?」

「明石さん達のお陰で良好なのです。動かすのには少し苦労するので、まだドックから出ることは出来ないですけど……ご心配をお掛けしました、司令官さん」

「……良いのよ。こっちこそ、私のせいで大怪我させちゃって御免なさい。暁達の事まで押し付ける形になっちゃって」

「いえ……暁はどうでしたか?」

「ああ、さっきビンタ食らっちゃったわ。でも、一応許してくれるってさ」

「至らぬ姉で申し訳ないのです……」

 

 慌てて頭を下げる電を見て、苦笑いを浮かべて明石が声を掛ける。少しの間を置いて頭を上げたが、電は変わらず申し訳無さそうに眉尻を落としていた。

 

「暁さんがお怒りになるのも仕方ありませんよ。それに提督がそれでいいというなら、我々がとやかく言うことでもありません」

「そう、ですか」

「ま、私もアレ一発で水に流せるとは思ってないわ。それに、電の責任じゃないんだから、私が自分でどうにかするわよ」

 

 提督の言葉に、僅かながら安堵の表情を見せたが、次いで何かを思い出したか。何かを言おうとして、そして言えずに口を噤む。その様子に、二人は目を見合わせた。

 

「何か話でもある? どっちかだけに聞いて欲しい、って言うなら席を外すけど」

「い、いえ、その……お二人にお聞きしたい事があるのです。多分、私がこうして此処にいて、赤城さんや長門さんが帰ってきてるという事は、作戦は……」

「成功したわ。最上がまだ目を覚まさないけど、ウチの死者はゼロ」

 

 良かった、と小さく息をついたが、本題はそこではない。電はどうしても聞いておかなければならないことがあった。

 

「それで、幾つか教えて欲しいのです。私が砲撃を受けて気を失う直前、無線機より早く紫子さんの……いえ、電の声が聞こえたのです。何か、心当りはありませんか?」

「共鳴……」

「まさか本当にあるなんて」

「知っているのですか?」

「噂よ。同一の艤装を持つ艦娘同士は、時々共鳴現象を起こすことがあるって」

 

 続けて提督が語ったのは、オリジナル、シグ、クローンなどの出自は関係がないという事、意思疎通であったり記憶の共有であったり、意識が流れ込む、といった現象が幾つかある等といった噂話であった。二人共実際に共鳴現象を起こした艦娘と出会ったことは無く、正直な所、眉唾物だと思っていたと語る。

 

「でも、だとしたら……電、貴方もしかして」

「提督?」

「っ……」

 

 提督の問に、電は顔を伏せる。二人が何を知っているのか、何に勘付いたのか、明石には気付けなかった。

 

「紫子を何故『電』と言い換えたの」

「それは」

「提督、それってまさか……」

「……紫子さんの記憶が、少し見えました。それに、レ級の声も。レ級は、深雪さんは、どうなったのですか?」

 

 どう答えるべきか迷った。問いかけた電の表情からは感情は読み取れない。もしその疑問が憎しみから来ているのだとしたら、と考えると、口に出すのが怖く思える。だが、ここで嘘を吐く事の方が悪手だということも分かる。電は紫子の記憶に触れている、つまり深雪の姿を知っている可能性が十分にあるのだ。

 

「……生きてるわ。天龍達がレ級の轟沈を確認後、亡骸から回収してる。既に意識は回復してるけど、艤装に対して拒否反応が出てるし、艦娘には戻れそうもないわね」

「良いんですか?」

「誤魔化すだけ無駄よ。その様子だと深雪の顔も分かるんでしょ?」

「……はい。でも、無事なら、良かったです。誤解で相手を憎んで、その誤解を解くことも出来ないまま帰って来れないなんて、悲しすぎますから」

「……貴方は憎まないのね」

 

 その言葉を聞いて、きょとん、と目を丸くする。そして、数秒の間を経て、困ったように彼女は笑った。

 

「実は、艦娘に戻れないと聞いて、ざまあみろ、って思っちゃいました。駄目ですよね、こんなこと言っちゃうのって」

「……いいんじゃないの? 聖人君子であれ、なんて誰も思ってないわよ。ただ、どうしても駄目だと思ったら私に言いなさい。深雪がああなったのも私のミスが原因なんだから」

「まあ、綺麗さっぱり、というのは無理な話ですからね。深雪さんに関しては此方からも働き掛けるつもりですし、紫子さん同様、此処で落ち着く場所を見つけられれば、と思います」

 

 そう呟く明石の声は、優しい声色をしていた。

 

 

 

 第二ドックへと繋がる扉の前に、少女は立ち尽くす。扉の向こうには、自分を守ろうとして死の淵に落ちた相手がいる、そう考えると、それに呼応するように開閉用のスイッチに掛けた手が距離を置こうと筋肉を収縮させた。

少しの間を置き、再びその手が伸びかけたところで、背後から声が掛かる。

 

「関係者以外、というか少佐以上の権限がないと入れないわよ、そこ」

「……クソ提督か。分かってるわよ、それくらい」

 

 全く変わることのない呼び名に溜息をつきながらも、スイッチの横にある読み取り機にカードを通し、曙を連れてドックに入る。変わらず薄暗いままのドック、足元が危うい少女の手を引き、やがて一つのカプセルの前に到着する。

 

「……大丈夫なの?」

「明石から聞いてると思うけど、峠は越えたわ。後は目が覚めるのを待つだけよ」

「そう」

 

 視線はカプセルの中の少女に向けたまま動かさず。曙は、震える唇を小さく開く。

 

「クソ提督。……なんで、処罰しなかったの」

「したでしょ、浴場の清掃二週間。トイレの清掃も足した方が良かったかしら」

「そうじゃない! 私は生きて帰ってきた深雪に嫉妬して、我を忘れて、止めようとした天龍さんを撃ったの! 同じ艦隊の艦娘をよ!!」

 

 味方に銃を向け、あまつさえ発砲までしたのだから、軍規を理由に殺されたって文句は言えないのに、何故。そう怒るように荒げた声は震えている。疑問や、釈然としない感情が勝った故の問いでありながら、口に出して恐ろしくなったのだろう。

この場所で一番大きな権力を持つ人間に対して、私の罰は軽すぎるのではないか、と聞き、だったらそれに見合った厳罰を与える、と返されでもしたならば、たったそれだけのやりとりで命を失う可能性もあるのだ。

 名前を呼ばれ、返事をしたその声は消え入りそうなほどに小さかった。

 

「此処に来る前のこと、貴方覚えてる?」

「……覚えてないわ。気付いたら第一ドックの医務室、それより前の事は全然」

「じゃあさ、目が覚めた時明石がどんな顔してたかは?」

「っ……覚えてるに、決まってん、じゃない……!」

 

 そうだ。ベッドの天井を見、声を上げた明石に視線を移した時、その顔は喜色で溢れてはいなかった。確かに意識を取り戻したことに対する安堵や喜びもあった。だがそれ以上に、その瞳は『此方に敵意を向けるのではないか』という警戒心に彩られていたのだ。

 ずっと曙だから周りから距離を置かれている、と考えようとしていた。そうでなければ、何かが壊れてしまうような気がして、深海棲艦であったことを警戒された、とはなるべく考えないようにしていた。だが、だからこそ、深海棲艦であった事を覚えていて尚再会を喜ぶ相手が居た深雪を許すことが出来なかった。身勝手だと分かっている、それでも、彼女には自我を取り戻した時、それを為す相手が居なかったのだから。

 

「なんで私の居場所を奪ったアイツが笑ってるの!? 私が目覚めた時は一人だったのに、なんでアイツが!!」

「……深雪だけじゃないわ。アンタ達以外にも、うちには深海棲艦だった艦娘が少なからず居る。中には艦娘を沈めた子だっているし、人間の乗った船を沈めた子だってね。割り切れた訳じゃないけど、そういう事があったなりに折り合いを付けて、皆同じ場所に居るのよ。ただ、似たような境遇の相手が居るから我慢しろとは言わないわ。天龍も許せとは言ってなかったでしょ」

「でも、でもっ……!」

「アンタが心配してるほど周りはアンタを見下したりしてないわよ。ま、明石にはキツく言っておくけど、一応理解はしてあげて。何せ初めて深海棲艦の亡骸から艦娘を回収したのがあの時だったから」

 

 そう笑う柔らかな声色から一転、提督の声が重くなる。続く声を染めていたのは、目の前の少女に対する怒りだった。

 

「でもさあ、相手が生きてるのに居場所がなくなったって、何なのそれ。最上に対しても酷い言い草だし、そもそもアンタの後から配属された潮に対して何て言い訳する気? 自由時間の大半をアンタの見舞いに使ってた相手に失礼だと思わないの?」

 

 怒気を孕む声に気圧され、口を噤む。反論を許さないまま、提督は更に続けた。その結びの言葉に、曙は小さな違和感を覚える。

 

「……曙の記憶の大半が碌でもないのは分かるけど、もうちょっと冷静に周りを見る位はしなさい。居場所を作る気がない奴の面倒見切れるほど私も暇じゃないわよ」

「……ごめん、なさい。でも、どうしてそんな事知って」

「一応、元艦娘だからね。だから記憶の事は知ってる、でも、最上については少し覚悟してて欲しい」

 

 覚悟という単語に逃げ出したくなる身体を抑えて、次の言葉を待つ。少しの間を置いて少女が続けたのは、記憶に障害が残るかもしれない、という信じ難い宣告であった。


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