貧乏くじの引き方【本編完結、外伝連載中】   作:秋月紘

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追編之陸-エピローグ-

「記憶に障害って何」

 

 曙の問いに、少女は答えを返さない。なんと説明すればいいのか迷っているのか、その瞳は宙を彷徨うばかり。幾許かの時間を置いて、彼女はその重い口を開いた。

 

「アンタもオリジナルなら、艦娘の記憶が何処に依存してるかは知ってるわよね」

「……艤装でしょ、シグだろうとオリジナルだろうと、艦艇の記憶は全部艤装のブラックボックス部分に集約されてる」

「流石。何だかんだ言って真面目ね」

「茶化してんじゃないわよ」

 

 小さく溜息をつき、続けて語る。最上は戦闘の際に艤装を全損し、意識を失ったと。そして、稼動状態にある艤装を失った艦娘は、ほぼ例外なく多量の記憶の流入に襲われ、その結果記憶を封じるのだと。

 言葉が出なかった。口を開いても出てくるのは乾いた呼吸ばかりで声にならず、ただただ後悔の念が曙を襲う。最上が艤装を失った原因は私だ、と。私のせいで、彼女は彼女じゃなくなってしまうのではないのかと。

 

「もし、最上さんが記憶を取り戻さなかったら。戦力にならなくなったらどうするつもりなの?」

「……仮に記憶が無くなったとしても、彼女は此処に置いておく。深雪や紫子と同じようにね」

 

 まるで心配する必要はない、とでも言いたげに彼女は答える。戦えなくなったから捨てるなどといった行為をする訳がないだろうと、そう続ける少女の表情は些か不機嫌そうだった。

 とはいえ、曙にとってはこれ以上ない回答を引き出せたことは確かであり『いなくなる』心配をしなくていいと言われただけでも、気持ちは幾らか楽になったといえるだろう。

 

「それよりアンタは自分のことを優先しなさい。まだ完全とまではいかないんでしょ?」

「……そうさせてもらうわ、クソ提督」

「直す気は無いのね」

「どう呼ぼうが勝手でしょ」

 

 ああはいはい、とおざなりな返事をしながら、提督は曙の背中を押してドックを立ち去るのであった。

 

 

 

「長門ー、折角怪我が治ったんだしこの後traningでも付き合うデース」

「まだ食事前だぞ、というかその艤装は何だ金剛。病み上がり相手に戦闘演習でもやるつもりか貴様は」

 

 それから数日後。食堂で席を取ろうとしていた長門を呼び止め、態とらしく艤装を展開して見せびらかす金剛。思わず腰に手を当て、呆れたように溜息を吐いていたが、わざわざ自分を呼び止めた訳にその艤装を見て気付いた。

 

「ん、その艤装、近代化改修か?」

「That's right! テートクが戦勝祝いにもぎ取ってきてくれたのデース!」

「……あれだけ滅茶苦茶に言った割には切り替えが早いんだな」

「それはそれ、これはこれ、デス。Death marchではない事は分かりましたし、であれば私達艦娘がとやかく言うことではありませン」

 

 艤装を直ぐに仕舞い、したり顔で金剛は話を打ち切る。好意と信頼は別だ、と付け加えて。小さく舌を出すその姿に、長門は再び大きな溜息を吐くのであった。

 そしてその後ろでは、今一つ割り切れていない様子のポニーテールの少女が眉をひそめる姿。正面で怪我の事など忘れたとでも言わんばかりに平然と箸を動かす赤城が、提督の話題が原因だと気付き大和を宥めるのも、此処数日で何度か見た光景だった。

 

「全く、赤城さんも金剛さんも、どうしてそう簡単に許せるんですか」

「そう言われましても、戦場に出る以上負傷や死は付いて回るものですし、今回の件に関しては曙さんと最上さんの船酔いが絡んでいたという話ではないですか。対抗策が見つけられるなら、私は手を貸す事を躊躇いませんよ」

「赤城さんはそれでいいのかもしれないですけど……」

「大和、提督の選択が誤りだと思うなら是正しなさい。少なくとも進言できる程度の権限が私達にはあります。それを使わずに不平を漏らすだけなら、口を噤んで折り合いを付ける方が幾らかマシです」

「か、加賀さん、そこまで言わなくても」

 

 澄ました顔で茶碗を傾げる加賀を諌める赤城であったが、特にそれを気に留める様子は加賀にはない。恐る恐ると言った様子で赤城が視線を向けると、ぷるぷると頬を震わせ、俯いて涙を溜める少女の姿があった。

 

「あ、あの、大和、さん……?」

「私だってちゃんと言いました! でも提督が今回の件は強引に……!」

「感情で否定したのではなくて?」

 

 遠慮のない言葉に二の句を継げない。戸惑う大和を他所に、弓道着の少女は更に続けた。

 

「そ、それは」

「まあ、仔細を知らせる人員を誤った結果士気の低下を招きかねなかった、というところは褒められたことではないわね。でも結果として『船酔いを現実のものとしない』為に士気を上昇させたという事実はある。感情、正確に言えば士気は戦局を左右する上で重要ですが、感情論は作戦内容を否定する決定的手段には中々できない事は覚えておきなさい」

 

 反論らしい反論を返すことが出来ず、小さく「はい」と答え肩を落とす。あからさまに箸の進みが遅れたのを見、赤城が慌てて助け舟を出した。

 

「でも、大和さんの言葉で提督が曙さん達の援護に当てる艦隊を増強したのも事実ですから、あながち無駄だった訳でも……」

「赤城さん。余り彼女を甘やかしてはいけません」

「えええ……」

 

 静かに味噌汁の入った茶碗を置き、一拍置いて加賀の箸が前に伸びた。あまりにも自然に。

 

「ちょ、ちょっと加賀さん何をしようとしてるんですか!?」

 

 ほんのりと湯気を立たせる生姜焼きを掴もうとしたその時、白い両手が皿ごとそれを奪い取った。眉間に皺を寄せて皿の行き先を追えば、椅子から腰を若干浮かせた大和が生姜焼きの皿を頭上に掲げて息を荒らげていた。

 

「あら、箸が止まっていたのでてっきりいらないものかと」

「考え事をしていたんです! 食べるに決まってるじゃないですかもう! って」

「あ」

 

 赤城の間の抜けた声に釣られて振り返ると、匂いに誘われたか、先程まで近くで立ち話をしていた二人が頬を膨らませている。二人は気まずそうに口元をもごもごと動かし、ごくりと喉を鳴らした。金剛、長門、大和、三人の視線が交錯して数秒の後。

 

「……すまん、美味かったぞ」

「……あ、相変わらず鳳翔さんと間宮さんのお料理はDeliciousデース!」

「……わ、私の生姜焼きが……」

 

 がっくりと肩を落とし、着席しておかずのない白米に箸を伸ばす大和を見かねたか、近くで給仕をしていた茶髪の少女を赤城が大声で呼び立てた。

 

「すみません紫子さん、大和さんに生姜焼き追加でお願いします! あと私の分も!」

「は、はい!」

「ちゃっかり自分の分まで頼むとは相変わらずデスね……」

 

 厨房へと消える背中を見送り、赤城は小さく溜息を吐いた。隣を見れば、加賀が心なしか恨めしそうな表情を浮かべて此方を見ており、結局もう一度紫子を呼んで注文をする羽目になる。その後遅れて長門等二人が自身の食事を持ってきた際、それぞれ自分のおかずを分けることになった。瞳を輝かせる大和を見て、子供っぽいなあ、と保護者のような気分になる四人であった。

 

 

 

「ふッ! ……うし、上々だな」

 

 営舎の正面、木々が植えられた道沿いに面した入り口傍の広場で、眼帯の少女は剣を振っていた。左腕には包帯が数箇所に巻き付けられ、未だ傷は完治していないように見える。同様に手首にもバンデージが巻かれてはいるが、そちらは負傷ではなく、単に保護のためのものだろう。

 そうして何十回かの素振りを終え、木陰に背中を預ける。額を伝う汗を拭い、少女は持ち歩いていたペットボトルを呷った。

 

「ぷはーっ。腕も大分いい感じだし、この調子なら割と早めに復帰できそうだな」

「復帰したいならもうちょっと身体労りなよ……戦闘バカだよねホント」

 

 玄関から出てきた川内がやれやれ、と肩を竦めながら此方に向けて歩いてくる。先程まで素振りに使っていた剣を仕舞い、天龍はそちらに体ごと振り返った。

 

「ん? 夜戦バカにだけは言われたかねーなぁ」

「何だって?」

「お、やるか?」

 

 売り言葉に買い言葉、暫く睨み合いを続けていた二人だったが、諦めたように川内が首を振り、降参、というポーズを取る。

 

「……やらないよ」

「で、考えはまとまったのか?」

 

 先程までの空気から一転、天龍が突き刺すような視線を向ける。迷ったように視線を彷徨わせ、暫くの沈黙を経て、少女は答えた。

 

「一応、此処に残ることに決めたよ。提督が仮に敵だったとしたら、きっと伊豆で負けてるし」

「……あー、なるほど」

「天龍は?」

 

 小さく考え込む。回答はただ一言。

 

「抜けるったって今更過ぎるからな」

 

 その言葉に、川内は薄らと笑みを浮かべ、ただ「そっか」と相槌を打った。

 

「そういえば、電の事ってもう聞いてる?」

「ああ、もうじきドックからは出られるらしいな。まあその後は俺と同じ様にベッド行きなんだが」

 

 もう暫く完治しねーってのは辛いねえ、と零す天龍を見て、川内はつい口を滑らせてしまった。

 

「天龍みたいに落ち着きがないわけじゃないし、病室に移ってからも早いんじゃないかな」

「あ?」

「何?」

 

 再び視線が交錯。バチバチと火花を散らすように睨み合った後、天龍が声を上げた。

 

「上等だ喧嘩なら買ってやるよ夜戦バカよォ!」

「病み上がりで勝てるもんならやってみなよ、返り討ちにしてあげるわ!」

「じゃあ、今丁度お昼時だし、赤城さんのお昼ごはんを強奪できた方が勝ちにしましょうか~?」

 

 ずさあ、という砂を蹴る音。突然直ぐ傍で聞こえた龍田の声に、二人は慌てて距離をとった。視線を動かせば、ちょうど二人の立っていた中間地点ににこやかな笑みを浮かべて彼女が立っていた。何処から声がしたのかという疑問は氷解したが、一航戦の昼食を奪え、という自殺行為に等しい行いを勝負事の競技として出されては、普通は仲直りの振りでもしようものである。しかし。二人はそれなりに冷静さを欠いていた。

 

「っしゃあ! 天龍様が格の違いって奴を見せてやるよ!」

「はん、川内型ネームシップの実力舐めて貰っちゃ困るわ!」

 

 龍田が止める間もなく、先を競うように二人が営舎の入り口へと駆けてゆく。きっと二人共失敗した挙句加賀に正座させられて説教を受けるのだろうな、と考えながらも、龍田はゆっくりとそれを追いかける。天龍との会話を見ている限り、悩み事は一先ず決着がついたのだろうな、とそんな事もふと思った。


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