貧乏くじの引き方【本編完結、外伝連載中】   作:秋月紘

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第二話

 あれから、数日の時が過ぎた。最上等と行動を共にすることとなった曙は、結局心を開くこともなく、翔鶴や他とも距離を取り続けていた。それでも少し、進展はあったろうか。

 

「……あ、の。コレ」

「ん? あっ、ありがとう。すっかり忘れてた、ちょっと提督に渡してくるね」

「どういたしまして」

 

 真昼の食堂。ステープラーで纏められた書類を受け取り、スプーンを咥えたまま席を立つ最上を見、ため息を吐く。打ち解けた、とまでは行かずとも必要な会話を最小限に行える程度にはなっていた。

 

「……まったく、最上の奴は相変わらずそそっかしいな」

「日向ー、頬にケチャップつけて言っても説得力無いからね?」

 

 

 

「あ、提督、コレ報告書……」

「……」

 

 『最上』の声が再び、聞こえたような気がした。

 

「……え? あ、ごめん報告書よね。有難う、後で確認しておくから」

 

 反論を許さず、手早く最上の手から報告書を取りつかつかと靴を鳴らす。呆気に取られている間に、彼女の姿は見えなくなってしまっていた。

 

「……何なんだよ、全くもう」

「最上じゃないか。どうした?」

 

 ため息をつく最上の後ろ、強く響く声が聞こえる。振り返った先に居たのは、戦艦『長門』。艦隊でも屈指の火力を誇る戦艦の艤装を纏う艦娘の姿であった。提督の前ですら咥えたままであったスプーンを口から外し、慌てて背に手を組む振りをして隠す。

 

「な、長門さん。いえ、少し提督の様子が変だな、って」

「状況が状況だ、仕方あるまい。……まあ、私達は時折道を正しつつ従うだけだよ」

「……長門さん? それって」

「気負うな。後詰には我々がいる」

 

 胸に拳を軽く当て、此方を真っ直ぐに見据える瞳を見て、思う。『最上』の記憶の時が近づいているのだろう、と。

 この大きな戦いを一つ越えれば、再び平和な辺境住まいに戻るのだから。そう考えれば幾らか気持ちは楽になったし、もとより生まれも育ちも知らない身である以上、護国の為に戦い母国の海に還るのであれば本懐であろう。そう考えた。

 

「……はい」

 

 そう、考えざるを得なかった。

 

「長門ー、そろそろ艤装のtestを行うネー! 大和が超ド級なweaponsの開発に成功したヨー!!」

「ん? ああ、直ぐ行く! 済まないな、そういう事だ」

 

 敬礼の姿勢のまま、長門と、彼女を呼びに来た金剛とを見送る。後詰の戦力を見ろ、この艦隊の切り札が居る。そう語る背中を見ていると、『きっと上手くいく』そう思えてしまう頼もしさがあった。その背中も見えなくなった頃、踵を返し歩き出す。そして、食べ掛けのカレーを思い出し、慌てて食堂に走ってゆくのであった。

 

 そして、カレーは余りに帰りが遅いため赤城にあげた、と言われ空きっ腹に追い打ちを掛けるような取っ組み合いを、しばらく天龍と繰り広げる羽目になった。その後間宮と鳳翔に延々と絞られたのも、言うまでもない。

 

 

 

「電、聞いた? 近い内に大きな反抗作戦に出るらしい、って話」

「は、はい……」

 

 特Ⅲ型駆逐艦、雷の表情は固かった。彼女は基本的に護衛任務、輸送任務を主として任されていた為、艦隊戦の経験に乏しかったのだ。しかし、大規模な作戦行動となれば前線に駆り出されることもあり得る。そう考えるといささか憂鬱であった。

 

「どうも陸地を占拠している個体が見つかったらしいのよ。それで艦隊の再編をして、複数の艦隊で攻撃を仕掛けるって」

「陸地、ですか?」

「そう。この辺りだと既に利島から神津島以南が敵の手に渡ってる。幾ら海洋の敵が減ったとはいえ、あんな所に陣取られちゃひとたまりもないだろう?」

 

 澄ました顔で電の問いに答える姉、響の声も重い。それもそのはず、今上げた島々は本土からさほど距離の無い島なのだ。そのような位置が敵の拠点となっている状況は異常でしかない。

 相手が積極的な攻勢に出てこないという一点のみが理由で助かっているという状態に、ため息しか出なかった。

 

「とはいえ、艦娘が主戦力となった事で、此方に戦局が味方しつつある。此処で勝てればかなり今後が楽になるよ」

「大島は、大丈夫なのですか?」

「うん、あそこはかろうじてこっちの手にある。とにかく先ずは利島、新島、式根島、神津島の四カ所を取り戻すところからだね」

「そうね、そこが空けば呉までの海路は少なくとも保証されるわ」

「そうですね。電たちが頑張ればきっと勝てるのです!」

 

 そうだね、と響は柔らかな笑みを浮かべた。ここ数週間、長門、金剛らを始めとした戦艦、正規空母などの大型艦が入れ替わりで開発室に出入りしていたのも、この時の為なのだろうと思い至る。それと同時に、基幹第一艦隊の配置変更が引っ掛かった。

 

「電、第一艦隊の様子はどう?」

「そうそう、確か編成変わったのよね? えーっと、電、最上さん、潮、曙、榛名さん、翔鶴さん、だったかしら」

「間違いないのです」

「……妙だね」

 

 二人が疑問符を浮かべる。確かに決戦を前にした編成の変更、というだけならわかる。曙個人の技量は決して低いものではないし、前線に慣れている榛名、最上達にフォローをさせれば少なくとも戦果を上げる事は可能だろう。しかし、今このタイミングで少なからず因縁のある艦を同一艦隊に組み込む理由が分からなかった。

 

「翔鶴さんはまだ艦隊に来て日も浅いし、潮は私達と遠征、護衛を共にしていた。この大型作戦で前衛を務めるのは荷が勝つんじゃないかな」

「うーん、でも一航戦の人たちが後詰に控えてるっていう話だし、切り札をとっておこうっていう算段じゃないのかしら?」

「……」

「い、いまあれこれ悩んでも仕方ないのです。司令官さんの指示が出れば意図も分かるはずですし、それまで待ってみるのです」

「それもそうだね。一応こっちからも確認はしてみるよ」

 

 

 

「諸君、よく集まってくれた。君らも知っての通り、近々大規模艦隊の編成による大島以南、伊豆諸島の奪還作戦が執り行われる。……」

 

 提督執務室、さほど広くない一室、司令官の座する執務机を挟み、幾人かの少女が並び立つ。その表情は一様に固く、緊張している様子が目にとれた。

 

「とまあ、堅っ苦しい口上はこの辺りにして。皆も大島を含むこの五島の重要性は理解してると思う」

「大島が我々の手にあるとはいえ、残りの四つが相手の物という状況では、横須賀から西への海路は危険極まりないな」

 

 長門の言葉に、険しい顔を貼り付けたまま頷く。大島が無事なだけ大分マシね、とは長門の横に立つ陸奥の言だが、全くもってその通りであった。

 

「とはいえ、今の状況じゃ何時相手に奪われるか分かったものじゃないわ。海路図を見てもらったほうが早いけど、大島が取られたら横須賀は終わり。詰みと言っていい」

「随分とterminallyな状況ネー。喉元に噛み付かれてるなんてコレまでに類を見ないくらいdangerousデース」

 

 ぴくり、と司令官の眉が釣り上がる。それに気付いているのか、金剛は口角を上げ、にやり、と笑った。

 

「……帰国子女は後で説教。で、長門に陸奥、大和、日向を加えた五名は各々艦隊を率いて各島の攻略。当然ながら、今回の作戦は横須賀本隊との合同作戦になるわ」

 

 本隊、という言葉を聞いて渋い顔をする面々。そもそも、横須賀鎮守府と言いつつ、その横須賀港からは大きく外れた地に営舎を構えさせられ、作戦指示や物資の補給ですら、直接のやり取りを一切出来ない相手との合同作戦と言われ、いい顔をする者が居るか、という話であるが。

 

「不服そうな顔しない。既存の兵器が今更どの程度通用するかって話もあるけど、上陸戦になった場合艦娘だけじゃ対応しきれないでしょ。ウチには『艦娘しか』戦力はないのよ?」

「わかっています。ですが、我々はともかく、駆逐艦の子達は……」

「向こうも向こうで色々ある訳。それに、本人が納得しているとはいえ『生体兵器』を主力にしている状況が好ましいわけじゃない、いい加減に『人間の手で』勝利したいのよ。……優等生を貫くのはこの先辛いよ?」

 

 表情に暗い影を落とすポニーテールの少女、大和の頭をポンと叩く。

 

「まあそう気に病むな。とはいえ、合同というのは私個人としても余り歓迎したい話ではないな。提督、どういう話で来ているんだ?」

「作戦進行を相手と合わせるというだけで、直接向こうと一緒に行動することは基本的にないと考えてくれていい。本隊の護衛は本隊の艦娘が、こっちはあくまで挟撃の為の布石ね」

「私達が布石の方か。やはり随分と焦っているようだな」

「むしろ今この状況で焦らないようなのが指揮官だなんて、考えたくないわね……」

「とにかく。作戦行動の開始は来週の木曜、◯三◯◯。出撃はその翌朝◯五◯◯、敵の動き次第では繰り上げる事もあるから準備は万全にね」

 

 敬礼。それぞれに礼を済ませ、執務室を出ようとする中、少女の声が響く。

 

「金剛、大和、長門。三人には話があるの」

 

 背を向けることもせず、俯いていたままの金剛が頭を上げた。

 

「私だけじゃなくて、二人にもするんデスね。……説教」

「ええ。ちょっと、長ーい説教になると思うわ」


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