貧乏くじの引き方【本編完結、外伝連載中】   作:秋月紘

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追編之拾弐-エピローグ-

 熊野の言葉に、思わず最上の頬が引きつる。目の前の少女は自分が何を言っているのか分かっているのだろうか。提督から聞いた話を聞く限り、私『最上』は元々艦娘だった存在故に天涯孤独の身なのだろうという事は分かっているが、だからといって同型艦というだけの相手を家族として迎え入れようだなんて。

最上は、正面で此方を見据える少女の意図をはかりかねていた。

 

「あの、熊野さん、それはどういう……」

「ええと、最上さんがオリジナルだという事は知っての上でのお話です。ですので血の繋がり等が無い事も、単に同型艦の艤装を持つだけという事も重々承知しております。それに、言い難いのですが、私達の家族になったからといってして差し上げられることは殆どありません」

 

 そう言って、熊野は目を伏せる。語りたくない事情があるのか定かではないが、彼女の言っていることは紛れも無く事実なのだろう。相手は赤の他人であり、更には最上が申し出を受ける事で得られるメリットは持ち合わせていない、と。返答を捻り出すことも出来ず、少女はただ困惑を示す様に瞳を泳がせるしか出来ない。

 

「ですので、ハッキリ言って私達のわがままなんです」

「どうして」

「……さあ。でも、家族は減るより、増える方が嬉しいものだと思いますわ」

 

 変わらず迷っている様子の最上に対して、熊野は、困ったように笑った。その後、取り繕うように、苗字を揃えてくれる程度でも構わないと少女は話す。身寄りが無いままという状況よりは幾らかマシじゃないだろうか、というのが一応の理由であるらしい。

暫く最上は考え込んでいたが、やがて小さくため息を吐いて微笑んだ。

 

「……そう、ですね。じゃあ、お願いしましょうか」

「いい、の?」

「……有難うございます」

「それで、苗字、というのは?」

「そこからですの?」

 

 何と説明したものか、と暫く唸り声を上げていたが、どうにか説明を思いついたのか熊野が途切れ途切れに話を始める。ふむふむと頷きながら話を聞いていた最上もおおよそ理解は出来たのか、小さく頭を下げて礼を言う。

 

「なので私達の場合は『藤村(フジムラ)』ですわね。名前、は提督の方でも何か考えているでしょうし、此方で勝手につける、という訳には」

「……」

「最上さん?」

 

 顎に手を当て俯く少女を不思議に思ったか、熊野が覗きこむように首を傾げ問い掛ける。

 

「……あ、いえ、何でもないんです。藤村、ですか」

「あくまで家庭等の集団を指すのが苗字ですので、まだ最上さんの名前、と呼ぶには半分ですわね」

「半分、か……有難うございました。まだ色々思い出せないこともありますし、良かったら、また、力を貸して下さいね」

「当たり前だよ。鈴谷達の……家族、なんだから」

 

 涙声で答える鈴谷に礼を返し、最上はその場を離れた。司令官に会う前にもう一人、頼み込んで面会の許可を貰った相手がいる。此処に来る前に聞かされた話から、彼女と会わずしてやり直すことなど出来ないと、彼女は感じていた。小さくなる背中を見送り、熊野は扉に背中を預けてため息を吐く。

 

「良かったですわね」

「……うん」

「……姉さん。熊野は、重荷でしたか?」

「違う……そんな訳、ない」

 

 段々と語勢は弱まり、最後の方は殆ど耳に入ってこない。それを問い詰めることはせず、熊野はただ、扉の向こうで啜り泣く声を聞いている。

 

「……今は、ちゃんと支えてあげられますから」

 

 

 

「ッ……!!」

 

 格子窓から最上の姿が見えた途端、その少女は一足飛びに扉から離れ、部屋の隅に逃げていってしまう。綾波型駆逐艦、曙。艤装を奪われ身一つとなった少女は、憔悴しきった表情を浮かべ、最上の方を睨め上げた。

 

「……あ、あの」

「何しに来たの」

「えっと、提督から許可を貰えたから、話でもしようかと思って」

「……話?」

 

 曙の表情は未だに硬い。最上が記憶を失っている事は既に聞き及んでいるはずだが、それにしたって距離が遠すぎるし、何より彼女の表情は何かに怯えているようにも見える。一向に扉に近づいてこようともせず、少女は部屋の隅から抑揚のない声を発する。

 

「私なんかに今更何の用があるんですか」

「その、ごめんなさい……私のせいで」

 

 言い掛けた言葉を遮る大声。碌に食事を摂ろうとしていないせいか声は枯れ、時折乾燥した空気に咳き込みながら、少女はそれでもと声を張り上げた。

 

「なんでアンタが謝るのよ! 私のせいで大怪我して記憶を無くしたアンタがなんで!!」

「そ、それは……私がこうなったから、その、貴方が私のために怒って、それで……」

「違う、そんな立派な事じゃない!」

「でも……」

 

 最上の静止を聞こうともせず、曙は自らを責め立てるようにただ声を上げ続ける。違う、違うと否定を繰り返す声は段々と力を失い、いつの間にか扉の前に立っていた少女はその両手を力なくその冷たい鉄の扉に打ち付けた。

 

「私は、自分の力不足を棚に上げて八つ当たりしてただけよ……!!」

「曙……」

 

 震える声を発しながらも、その瞳から涙は溢れない。自分の手で引いた貧乏くじに泣くことは、他ならぬ彼女自身が許せなかった。扉に隠れた表情を伺うことが出来ず、最上はこつんと格子窓に額を付ける。その口からぽつりと発せられた言葉に彼女自身は気付いているのだろうか。

 

「……ごめんね、ボクのせいで」

「え、今アンタ……」

「えっ、私何か……?」

「……ううん、何でも無いわ」

 

 最上の問いかけにゆっくりと首を振り、曙は先程までより幾分か柔らかくなった表情を浮かべる。それでも直接顔を合わせることには抵抗があるのか、扉に張り付いたまま言葉を発するため、格子窓からはその頭頂部しか見えない。

幾らかまともに会話ができるようになったと判断したか、暫くの時を経て、最上は唐突に切り出した。

 

「ええと、私、艦娘には戻れないみたいで」

「……知ってる。艤装が全損したんだから、仕方ないわよ」

「一応提督は此処に置いてくれるって言ってて、名前も新しく付けよう、って話もしてたんですよ」

「良かったじゃない。紫子とか同じ境遇の子は居るし、馴染むのにそんなに時間は掛からないんじゃないの?」

「……それで、名前の事なんですが」

「……何? もう決まってるとか?」

 

 曙が背を向けたまま問い掛ける。心を決める様に大きく深呼吸をし、最上はゆっくりと答えた。

 

「……苗字は決まってます。けど、名前は曙に決めて欲しいの」

「はあっ!? な、なんで私が……それに提督が決めるとか言ってたんじゃなかったの!?」

「提督には話したんですが、好きにしろ、って言ってくれました」

「……なんで」

「……そうしたい、って思ったの」

 

 最上の言葉に反論できず少女は黙り込む。数刻にも思える沈黙の後、曙は渋々と言った様子で彼女の願いを聞き入れる。そうして最上から決まったという苗字を聞き、再び考え込む。

無言の時間が長引いたことに痺れを切らしたか、最上がそわそわし始めた頃。

 

「……良。」

「りょう?」

「『良い』って書いて良。どう?」

「藤村良……なんだか女の子っぽくないですね。でも、悪くないと思います」

「そう。気に入って貰えたなら良いけど。提督にでも伝えてきたら? 書類なり手続きなりあるんじゃない」

 

 曙の呆れたような声に嬉々として答え、礼もそこそこに最上は早足で駆けて行った。それを見送るでもなく、少女は何度目かの大きなため息を吐く。無意識だったのだろうが、彼女はあの時確かに『ボク』と言った。もし、失ったのではなく閉ざしてしまったとしたなら。

自分を知る彼女に償える時がいつかきっと来るのかもしれない。ほんの僅かな光明に、自然と口元が綻びるのを少女は感じていた。

 

 その数分ほど後の執務室。最上、もとい藤村良と自らを定めた少女の報告を受け、司令官は眉根を寄せる。最初に彼女の望みを聞いた時点では、まさか本当に名前が決まってしまうとは考えていなかったらしく、ため息を吐く彼女の手元には幾つもの案が書いては消されているメモ帳が握られていたのだ。

 

「……で、藤村良(フジムラリョウ)、か。ボーイッシュな名前だけど、元のアンタのこと考えればピッタリかもね。それで二人の様子はどうだったの?」

「ええと……そう、ですね。その、鈴谷さんも曙さんも、極端に手荒な行動にでる、といったことは有りませんでしたけど」

「……そりゃ何日か経ってれば落ち着きはするか。ま、名前はそれで書類を用意しておくわ」

「あ、はい、ありがとうございます」

 

 ぎし、と椅子を鳴らして少女は小さく伸びをする。窓の外に視線を向ければ、最上が目を覚ましてからもう何度目かの夕日が辺りを朱く染め始めていた。

一段落ついた、といった様子の小さなため息。所属の変更や、艤装喪失による戦線離脱の手続きが終われば、最上は晴れて人間としてここでやり直す事となる。それは掛け値なしに目出度い話であったのだが、まだ解決していない問題もある。机の引き出しから幾つかの書類を取り出し、少女は席を立つ。

 

「提督?」

「お疲れ様。後は書類上の手続きだけだから外してくれていいわよ。とりあえず施設に慣れたり、間宮とか鳳翔辺りに改めて挨拶でも行ってきなさい」

「は、はい。ええと、その、ありがとうございました」

「これからよろしくね、良」

 

 最上と揃って執務室から出、施錠の上最上と司令官は別れる。まだ部屋の配置などは慣れていないのか、キョロキョロと辺りを見回しながら歩いてゆく最上を見送り、司令官は書類をまとめたファイルを片手に懲罰房へと向かった。

 

 

 

「……何の用?」

「頭は冷えたかしら、鈴谷」

「まあ、それなりにね」

「……藤村良、あの子の名前だってさ。苗字はアンタ達が付けたんでしょ」

 

 司令官の言葉に戸惑いを隠し切れない。彼女の口から発せられたのは、最上が自分と同じ名字だと明確に決まったという証明だった。

 

「うん……そっか」

「どのみち、オリジナルだから身寄りも無いし良いんだけど、あんまりあの子に負担欠けないようにね。後、暫くはアンタを同じ名字で呼ぶ事はないと思うから」

「提督、それって」

「もうちょっとの間は鈴谷で居てもらう、ってこと。後で目を通しておいて。処分内容書いてるから」

「え、うん……」

 

 司令官から手渡された書類。三つ折にされていたそれに書いていたのは謹慎処分の文字と、三ヶ月という期間、その後の処遇についての概要であった。

端的に言えば、鈴谷に下されたのは後方支援艦隊への異動、敵味方入り乱れる前線への参加から除外するという旨のものであった。それなりに戦闘経験のある重巡洋艦艦娘を除隊させられるほど戦力に大きな余裕があるわけでもなく、一度目とはいえ味方の元艦娘に向けて暴行を働いたという事実、それそのものを無かった事にするには深雪に与えた怪我は大きすぎたのだ。しかし。

 

「……そっか。居てもいいんだ」

 

 用済みとして処分されなかったという事実は、少なくとも彼女にとっては救いだった。

 

 

 

「曙。話があるの」

「なに、クソ提督」

 

 それまでと変わらない、少女の憮然とした声。態とらしく吐いた息に肩を竦める気配が扉越しに感じ取れる。恐らく相当な後悔に苛まれたか、声質そのものも普段と比べると弱っているように見受けられた。

 

「アンタの処分が決まったわ。あと、一つ聞いておきたいことがあってね」

「……先に聞きたいことの方から話して」

 

 怯えた声。なぜその順番なのかと問い質すこともなく、少女は言われるがままに言葉を続ける。

 

「どうして良なんて名前を付けたの。アンタはその名前がどういうものか位知ってるでしょ」

「……そういう由来で付けたんだから、知ってるに決まってるじゃない」

「だったら」

「次の名前なんていらない。……最上さんは、あの名前のまま、戦場に戻ることなく死ねばいい」

 

 最後というのはそういう事だ、と少女は震える声でハッキリと答える。彼女なりの償いのつもりなのだろうが、それは自分自身が得た光明を自ら断つ選択だということに、曙は気付いているのだろうか。『最上』に戻る必要はない、と言い切るのはそういう事なのだから。

 

「……そう」

「それで、処分はどうなるの? ……極刑、って言うんなら私は従うから」

「……コレ」

 

 恐る恐る、司令官から差し出された書類を受け取る。黒で印字されていたのは『解体』の二文字、そしてその後の処遇は。

 

「……執務補佐?」

「大淀の事務仕事を半分引き継ぐ形になるわね。まあハッキリ言うと、私の監視の元、此処にアンタを拘留する。悪いけど、今後一切の艤装使用を禁止させてもらうから」


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