貧乏くじの引き方【本編完結、外伝連載中】   作:秋月紘

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第三話

 金剛型戦艦一番艦、金剛。最上等と同じく『海上で回収された』艦娘の一人で、この艦隊に身を寄せて半年ほどになる。そして、彼女もまた、戦艦金剛の記憶を持っていた。

 

「……確かに、私達は皆、フネだった頃のmemoryを持っていマース」

「それに、その記憶がここの記録と合致しない、という話も聞いている。にわかには信じがたいが、『私達』はこの世界にいなかったらしいな」

「それで、提督、説教……というのは」

 

 ああ、と手を打つ。きょとんとした顔の大和を見て、司令官の表情が少し和らいだように見えた。

 

「アレは方便。ウチに来て長い金剛とこの手の話に信用のおけそうな長門、文字通り切り札となる貴女には話しておきたいことがあったの」

 

 続く言葉は、御世辞にも褒められた話ではなく、三人が三人とも、聞きたい内容ではなかった。

 

 

 

「曙、調子はどう?」

 

 一人の部屋。ノックの音に気付き扉を開けた少女を待っていたのは、僚艦であり、『自身が引導を渡したフネ』最上であった。

 

「ぼちぼちです。それでは」

「ちょ、ちょっと待ってよ。今時間あるでしょ? 話くらいどうかなと思ってさあいたっ!」

 

 ごつん、という音。閉めようとした扉に靴を差し込み、慌てて割り込もうとするあまり勢い余ったらしい。額をさすりながら瞳に涙を浮かべる様を見ては、無下に帰すわけにもいかなかった。

 

「はぁ……それで、話っていうのは何ですか?」

「……」

 

 曙の私室に迎えられ、落ち着かなさそうな様子の最上。特に話題を考えていなかったらしく、しばしの沈黙が続き、そして。

 

「……曙ってちゃんと丁寧な口調で喋れたんだね」

「何、ケンカ売ってる?」

「ああいや、ごめん、そういう事じゃなくて、提督にはずっと強い口調でしょ? だから意外だなぁって」

 

 悪かったわね、と悪態をつきながらも、その言葉にさほど刺はない。

差し出された麦茶に口を付けながら最上は笑った。

 

「ま、提督は提督で極端にどうこう言うつもりもないみたいだし、良いんじゃないかな? それにしても、部屋の雰囲気とか、色々と以外な一面が見えて面白いよね」

「……やっぱりケンカ売ってるでしょ」

「そ、そんなつもりは無いんだけど……それで、艦隊には慣れた?」

「……一応」

 

 素っ気ない反応に、困ったような笑みを浮かべる。あの提督は自分達の事くらいはフォローをしてやれ、と言ったが、その辺りの話には少女は頑なに踏み込ませようとはしない。正直言って手詰まりと言いたい状況であった。

 

「……でも、提督も分かんないよね。ボク達を急に同じ艦隊に入れるとか、それもこんな時期にだよ? しかも翔鶴さんまで編成に加えようなんて、ちょっとどうかと思う」

「やっぱり嫌なんだ」

「……そういう訳じゃない、けど。一朝一夕で気持ちの切り替えができる話じゃないと思うんだ。ボクにしたって、曙にしたって」

「私は別に気にしてなんかないわ。勝手に分かったような態度とって同情しないでくれる?」

「で、でも……」

「何の断りもなく人の傷口に土足でズカズカと踏み込んできておいてケンカ売ってるつもりはないって冗談じゃないわよ! お節介焼きなのか知らないけど、ハッキリ言って迷惑なの、良いから出て行って!!」

 

 虎の尾を踏んだと気付いたときには既に遅く、弁解も謝罪も聞き入れようとしない曙に、程無くして部屋を追い出されてしまった。張り上げた声は震え、目尻に涙を浮かべる様が見えたのは、幸運だったのだろうか。

 

「……ままならないなぁ」

 

 小さく呟き、とぼとぼと廊下を歩く。途中、曙と似た姿の少女とすれ違った事にも気付かなかった。

 

 

 

「……最上?」

 

 肩を落とし歩く姿を見掛け、慌てて駆け寄る。艦隊が異なるとはいえ、日向としては妹分のような相手である彼女を放ってはおけなかった。

 

「あ、日向さん。どうしたんですか?」

「それはこっちの台詞だ。何かあったのか?」

「やだなぁ、何もないですよ」

 

 頑なに何もない、なんでもないとと繰り返し足早にその場を去ってしまう最上を引き留められず、離れていく背中を見てため息をつく。

 

「……マズいな」

「何がマズいのさ?」

「伊勢か。最上のヤツ、“フネに酔って”る。あのままだと次の攻略戦で死ぬぞ」

「ホントに? てことは潮が曙を気にしてたのもそれかな……なんにせよこっちでカバーしないと不味そうね」

 

 ため息が重なる。伊勢や日向自身が患ったことはなく、艦隊内でも話を聞いていない、以前とある艦隊の艦娘から聞いた悪い噂が、今こうして目の前に顕現していた。そして、日向の脳裏にある推測が生まれる。

 

「……なあ、伊勢。提督が船酔いに気付いていたとしたらどうする?」

「いやいやいや、それはないでしょ。意図的に艦娘を殺すのと変わんないし、メリットがないわよ」

「それはそうだが……やはり気のせいなのだろうか」

 

 小さく首を捻る。しかし結論付けるには材料が足らず、今出来るのは、最上が溺れてしまわないよう祈るのみであった。

 

「とりあえず食堂行かない?そろそろ三時だしさー」

「……そうだな。最上にも声を掛けてやるとしよう」

「甘いもの食べて気分を晴らさないとね」

 

 

 

「どうぞ。……慌ただしいですね」

「……まあ、横須賀の出口を塞ぐ島を攻略しよう、というタイミングだからな」

 

 茶髪の少女からアイスクリームの乗ったグラスを受け取り、スプーンで一口。最上が頬を緩ませる姿を見て安心したか、自身が着任する前から食堂に居たらしい少女に視線を向ける。優しげな瞳に些か癖の強い髪、控えめな口調と、日向はどことなく既視感を覚えていた。

 

「そういえば、君は何時からこの食堂に? 横須賀とは名ばかり、というか立地としては掠りもしない僻地を選ぶ理由が気になってな」

「提督が着任してすぐ、ですね。始めは間宮さんも居なくて、二、三人しかいない艦隊の台所を預かっていた、んです」

「そーいや榛名から聞いたことあったわ、トラブルか何かで間宮さんの着任が遅れたって話」

 

 へえ、と相槌を打ちながらスプーンを動かすが、それでも何かが引っ掛かる。

 

「最上、食器はこちらで片付けておくから部屋に戻っていいぞ。大事な作戦前だ、前衛はきっちり体調を整えないとな」

「あ、ありがとうございます」

 

 頭を下げ足早に食堂を立ち去る少女を見送り、隣に立つ駆逐艦『電』に視線を向けた。

 

「ところで。艦娘を引退した理由、聞かせて貰えないかな?」

「……何の、事、ですか」

 

 

 

 夢を見た。同じ艦隊の仲間を、自分の手で殺す夢を。自分のせいで死ぬというのに、そいつは笑みを浮かべて、私の生存を喜ぶ。一頻り泣いて、喚いて。『彼女』の艤装を、身体を、有ろう事か私が撃った砲と魚雷が引き裂く。声が出なくなるまで泣いて、宙を舞う敵をがむしゃらに撃って、そこで目が覚める。

 艦娘が船の記憶を持っており、艤装が時折それを生体ユニットとなった少女に見せる、という話は聞いていたし、艦娘となってからというものの、周囲に対しての嫌悪感、悪い出来事を『私のせい』だと言われる恐怖をずっと味わっていた事もあり、正直な話、何度も艤装を捨てて逃げてしまいたいと思った。

 それでも逃げなかったのは、妹が『潮』として同じ艦隊に居たからだし、感情はともかく、理性では味方が居ることを認識出来ていたからだ。

 しかし、この悪夢にだけは、認めたくないが現実味があった。

 私は、仲間をこの手で、殺してしまうんじゃないか。そう考えると恐ろしくて、辛くて、悪夢から覚めたのにまた、私は涙を溢してしまう。

 

「ああ、クソ、無理矢理にでも寝なきゃいけないのに……最悪」

 

 

 

 悪夢を見る。それ自体は自分が「最上」と認識してからずっとであったが、ここ数日、立て続けだ。いつも、ミイラ取りがミイラになって、自分が助けなきゃいけない筈の相手が、此方に砲口を向ける。

悲鳴に似た声と、ぐしゃぐしゃに歪んだ泣き顔、君が無事で良かった、と。生き延びて、と伝えれば、その顔は更にひどく歪む。

 砲口が、魚雷発射管が作動すれば意識が遠退き、『ボク』はこの現実に引き戻される。そうやって、今は最期の時を待っている。きっと、この予感は当たるだろう。どう言い訳しようか、少しは鈴谷に優しくしてあげれば良かっただろうか、と考える程度には、悪夢は現実味を帯びていた。

 

「……最悪な寝覚めだよ、もう」

 

 作戦開始まで、あと二十四時間。


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