貧乏くじの引き方【本編完結、外伝連載中】   作:秋月紘

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追編之弐拾参-エピローグ-

 積もっていた雪の隙間から草花が芽吹く。肌を刺す日の光に目を細め、それから逃げるように、少女は先ほど自らが出てきた建物へと視線を向けた。ぼんやりと外壁を眺めていると、不意に背後から壮年の男性に声を掛けられる。

声のする方へと振り返ってみれば、よく手入れされたスーツ姿の、彫りの深い顔立ちの男が二、三メートルほど離れた位置からこちらを呼んでいた。

 

「すみません。第五艦娘駐屯地、というのはこちらでお間違いないですか?」

「そうだけど、アンタは?」

「申し遅れました、私はこういう者でして。華見京香様の代理の天龍様ですね」

 

 男に手渡された名刺とその穏やかな笑みを見比べ、ああ、と納得したように頷く。

 

「あー、提督が言ってた写真屋の。すんません、急な注文で」

「軍の方にはお世話になっておりますし、丁度予約もありませんでしたのでお気になさらず」

「そりゃ良かった。事前に注文内容は伝えさせてもらってますけど、哨戒サボる訳にもいかねーってんで三組ほどに分けて撮る形になるんすよ、面倒掛けます」

「ではそのように。雛壇を組ませてからになりますので、準備が済み次第、という形になりますがよろしいですか?」

 

 男の言葉に肯定の意志を示し、天龍は彼を連れて玄関の扉をくぐる。その途中、男は懐から携帯電話を取り出し、呼び出した電話口の相手に手早く指示を出して再び天龍との会話に戻った。

曰く、部隊設立時や大規模作戦前の集合写真は多く経験したが、作戦完了後というのは珍しい部類に入るだとか、此処第五艦娘駐屯地でも同じように設立時の写真を撮っただとか、その大体は益体もない雑談であった。

 しかし、男の口をついて出てきた疑問に、少女の瞳が曇る。

 

「しかし司令官不在での撮影というのも珍しいですな。ご用事か何かでしょうか」

「……まあ、そんなトコっす」

 

 天龍の返事に曖昧な反応を示し、男は案内されるがままに客間へと足を運ぶ。茶菓子を出そうとしているのに気付いてそれを制し、監督者一人だけもてなされている訳にはいかないと笑う。

そして彼は作業をしている人数分の飲み物だけを受け取り、腰を落ち着ける間もなく踵を返した。

 

「ああ、じゃあコレ組み立てやってる人等の分のジュースです。何か申し訳ないですね、無駄足踏ませちゃったみたいで」

 

 ばつが悪そうに頭を下げる少女を見、「写真撮影が終わってからお呼ばれしましょう」と人の良い笑みを浮かべる。一言二言会話を交わし、男は荷物を下ろす青年たちの元へと、天龍から預かった袋を提げて小走りに駆けて行った。

 雲ひとつない晴天の下、着々と形作られてゆく雛壇をぼんやりと見つめる。

 

 集合写真撮影の日。戦闘の音も聞こえなくなりつつあるこの場所に、居るべき司令官の姿は無い。

 

 

 

『貧乏くじの引き方-追編之弐拾参-』

 

 

 

 横須賀湾を抜け、伊豆半島にほど近い海上。西陽を受けてその船体を朱に染める数隻の輸送船と、それを守るように周囲を滑走する十名あまりの艦娘達。その先頭に立っていた横須賀本隊所属の少女は小さく声を上げた。

 

「時雨ちゃん、前方に艦影、第五駐屯地の艦娘っぽい?」

「んー……みたいだね。信号弾発射、反応を見て合流しよう」

 

 言いながら時雨と呼ばれた黒髪の少女は砲塔を構え、その引き金に指を掛ける。そして、ぐ、と人差し指に力を込めれば白煙を引いて一発の弾丸が空へと昇る。

遠く聞こえた破裂音と色の着いた煙、それに気付いたのか、周囲を警戒するように佇んでいた艦娘達の内一人が他の数人を呼ぶ。

 そして。先ほど時雨がそうしたように、少女は白煙を一つ空へ打ち上げた。

 

「やっぱり味方っぽい! ……こほん、夕立から各位、第五艦娘駐屯地所属部隊とのランデブーポイントに接近中、周辺の警戒を怠らずこのままバトンタッチするっぽい」

「そういう訳だから、貴艦もこのままの針路を維持して下さい、合流地点で第五駐屯地の部隊に引き渡します」

『了解した。短い区間だがこのままエスコートをよろしく頼む』

「任せてください」

 

 通信が終了したことを確認し、時雨は少し速度を上げる。先頭を疾走る夕立と幾らかの会話を交わし、彼女と入れ替わるように少女は艦隊の先頭についた。

遠くに見えていた人影に近付くにつれて、その姿がはっきりと形をとる。退屈そうに遠くを眺めているおさげの少女、『軽巡洋艦北上』と、こちらに視線を向け大きく腕を振る茶色い長髪の少女『軽巡洋艦球磨』が数名の駆逐艦艦娘を引き連れて海上に出ていた。

 

「お、来たクマね。こっちだクマー」

「球磨さん、お待たせしました。ええと、北上さんもご苦労さまです」

「んー、お疲れ。目的地までの航路も確認済みだから帰っていーよ」

 

 にこやかに二人に話しかける球磨と対象的に、やる気のない表情を崩さないままおざなりに対応する北上。いつものことだが、とは思いつつも時雨はつい苦笑いを浮かべてしまう。

大袈裟に悲しむような振りを見せて面倒くさがりな先輩に纏わり付く姉妹艦を、少女はやれやれと肩を竦めて眺めていた。

 

「北上さん相変わらず冷たいっぽーい」

「あたしあんまりウザいの好きじゃないんだよねー、ってくっつくなっての」

「ぽーいー!」

「それで、そっちの状態はどうクマ?」

 

 もつれ合う二人をそこそこに流し、長髪を翻して船団の先頭に位置する船に向けて手を振り返答を促す。足がそれ程速くないという特性上、接触時に速度を落としたものの停止すること無く彼女らは話を続ける。

数秒ほどの間をおいて、耳に着けた通信機器から男の声が聞こえてきた。

 

『ここまでの区間では戦闘もなく、機関、精密機器共に異常なしだ。駆逐艦ほどの速度は出ないが尻尾を巻いて逃げるくらいは出来る』

「それは上等クマ。まあ逃げる必要が無いのが一番良いクマねー」

『違いない。次は三河湾の中継地点だったかな、そこまでの護衛をよろしく頼む』

「で、段取りなんだけど。あたし達は三河湾で現地の引き継ぎ要員と交代、その後は普通に帰還していいんだよね」

『ああ、我々はその後瀬戸内海入り口で三隊に別れそれぞれ別の工廠へと向かう』

 

 その言葉に、球磨がふと足を止めそうになる。何事か、と視線を向けた北上に何でもないと返し、再び速度を上げた。そうしている内に、時雨達の担当区域の端へと近付いてゆく。

彼女らが守るのは前線への物資を運ぶ部隊ではなく、少女等をより強力な艦娘たらしめるための試作兵器を運ぶ部隊である。

それがどういう意味を示すのかは分かっていたし、もし運んでいる試作兵器が上手く機能するようであれば、後々自らの命を助ける糧になるということも理解はしていた。

 しかし、だからといって『人の身を得たにも関わらず、兵器として先鋭化されてゆくであろう自分』を気分よく迎えられるかと言われると、球磨個人としては甚だ微妙なところでもあった。

 

「ほら、ここからは球磨達の担当クマよ、出す物出して早く帰還するクマ」

「ええと、これが指令書の控えです。非常時のために各艦にも保管してますが、交代の方にはこちらを渡すようにして下さい」

「ん、了解したクマ」

「ありがとねー」

「北上さん夕立の時と態度違うっぽい!」

 

 頬を膨らませてあからさまに怒りをアピールする夕立に対して「時雨はウザくないからねえ」などと嘯きながら、少女はへらへらと笑う。そして、毎度飽くことのない戯言を交わし、彼女らはいつもの様に別れ、それぞれの任務へと戻るのだ。

何時また、行動を共にする顔ぶれが変わるとも知れない。今はそういった戦況ではないだけ大分マシだ、と頭の端で考え、北上は小さく肩を竦め外れかけた隊列に戻る。

 

「そういや球磨姉さー、伊豆の時に出た陸棲型の話って何処まで聞いた?」

「『鬼』『姫』級の話しクマ? 今までの海上型に比べて悪知恵が回るって話は聞いてるクマ。あとはその中に『生産拠点としての役割を担う個体が居る』事位クマね」

 

 球磨が平然と語る言葉に露骨に眉をひそめ、北上はわざとらしいため息を吐く。駆除から戦争に変わるのは流石に勘弁して欲しいと呟いた言葉に、同じようにため息を吐いて少女は同意を示した。

静かな海の上を、波を切って彼女らは疾走る。

何時になれば、深海棲艦との戦いは終わったと言えるようになるのだろうか、そんな益体もない事を考えながら。

 

「……しかし、提督が戦線離脱というのも難儀なものクマ、もう一週間以上経ってるクマよ」

「あー、通り魔、だっけ。横須賀に搬送されたんだよね確か」

「クマ。指揮官不在というのは結構辛い所があるし、どう転ぶにしろ早い段階で情報は欲しい所クマね」

 

 跳ねる飛沫を気に掛けることもなく、ただ正面を見据えたまま少女は呟く。その言葉の意味する所を捉えかね、問いかけてはみたものの、球磨は仏頂面を崩さず、返事らしい返事をすることもなかった。

あえてそれ以上踏み込むこともなく、北上も姉と同じように正面に視線を向け、その後周囲を警戒するように視線を彷徨わせる。交代要員との合流地点までは、まだ遠い。

 

 

 

「長門さん、俺等で最後だってよ」

「そうか」

 

 食堂で湯呑みを片手にくつろいでいた長門の隣で天龍が立ち止まる。空になったジュースの缶を弄びながら、何やら判然としない様子の長門を見て首を傾げる。

 

「どうしたんすか?」

「いや、明石の姿を見ていないと思ってな」

「ああ、帰ってきた様子もありませんし、まだ向こうに付き添ってんじゃないですかね」

「……にしては遅くないか」

 

 確かに、と考え思考を巡らせる。やがて少女が思い至った予想を口にしてみるが、それにも長門は納得がいかない、という反応を見せる。であれば、と考えた所で正確な状況を知る訳でもない二人が真相に辿り着ける事もなく、まさしく右往左往、といった様子で推論を続ける。

やがてそれにも飽きが来たのか、天龍は小さく欠伸をして手にしていた缶を小さく潰した。

 

「俺は解剖、というか死因とかの調査、って線だと思うんすけどね。アレが提督だけって事は幾らなんでもないでしょうし」

「それならこちらに正式な死亡の通達と交代要員の辞令を寄越すのが先だろう」

「まあそれもそうなんですが……とにかく他の連中は集合かけてるんで、先写真済ませちまいましょうか」

「……それもそうだな」

 

 二人連れ立って席を離れ、湯呑みを返却口へ返しそのまま出入り口の方へと歩いてゆく。途中天龍が放り投げた空き缶は、からん、と小気味よい音を立ててゴミ箱へと吸い込まれていった。

 途切れ途切れに他愛もない話をし、写真を撮り終えたらしい少女らと会話を交わし、やがて夕焼けに染まる赤煉瓦の壁を背にして立ち止まる。

眼前にあるのは、夕日を受けて煌めく雛壇と、それを狙うようにレンズを向けるカメラ。三脚に載せられたそれを見、二人は既に集合していた面々に視線を移す。

 思い思いに話をし、時折笑顔を浮かべる少女等に自然と頬が緩んだ。

 

「お待たせしました、すんません」

「天龍さん、と、そちらの方は?」

「彼女と同じく艦娘の長門と言う。貴方が撮影業者の方か、今日は宜しくお願いする」

「いえいえ、こちらこそよろしくお願いします。それで、撮影に参加されるのはこちらの方々で最後、ということでお間違い御座いませんでしょうか?」

 

 カメラの手入れをしながら周囲の青年たちに指示を出していた男を呼び止め、二人は小さく頭を下げた。にこやかに笑う男に答えながら、天龍は改めて待機している少女らの顔ぶれを確認してゆく。長門と二人、ポケットから取り出したメモ帳と艦娘の顔とを見比べ、一つ一つその名前にチェックを付けていった結果、最終的に全員の名前がそこから消えた。

 

「ああ、これで全員っすね。提督はさっき言った通り留守にしてるんで、また適当なタイミングでお願いすると思います」

「そうですか」

 

 そうして適当に段取りの確認をし、天龍と長門の二人は集合している面々に対して声をかけ始める。背丈の低い者を前に、そうでないものを壇上に上げる形で指示を出し、やがてその場に居たほぼ全員が雛壇に並び立つ。こうしていると艦隊と言うよりは完全に学生のそれだな、と笑う長門にそうですねと笑顔を見せ、眼帯の少女は男の方へと視線を向ける。

 

「さて、こんな感じでどうですかね?」

「ええと、赤城さんと金剛さんのお二人に入れ替わって頂いて……あとは全体的に中央側に寄って貰って、ですね」

「だってさ、赤城さん金剛さんお願いしまーす」

「中央より、となると……全員もう半歩内側に寄ってくれ、叢雲が丁度センターに居るから合わせろ」

 

 男の指示に倣って調整を進める。十数分ほど経過した頃、男が頷くのを確認したところで二人はカメラの傍を離れて歩き始めた。後ろに聞こえる車輪の軋む音に気付くこと無く。

 そして、誰ともなく上げた声に反応して少女らの足が止まる。こちらを、正確に言えば二人の背後を見る者達の表情に共通していたのは驚き。そして、呆然としている数人の眼を、涙に瞳を潤ませる叢雲の姿を見て、少女らは慌てて背後を振り返った。そこに居るであろう彼女の姿を求めて。

 

「……明石」

「お疲れ様です。これから写真を撮る所だったんですね、丁度よかった」

「明石さん、それは……」

 

 それ、と言われて少女は自身が押す車椅子に視線を落とす。その瞳に映るのは、安らかな寝顔を浮かべ、力なく背もたれに身体を預ける一人の少女。どうして、と言いたげな二人の視線に、明石は声を潜めて答える。連れて帰ってきた、と。

訳も分からず天龍はその肩を引き寄せた。何故これほど時間が掛かったのか、そして、機密を抱えているであろう遺体を感傷で連れ帰るなど出来るのか、と続けて問う。

 

 それに対する答えは、思わぬところから発せられた。

 

「死に損なったから、かしらね」


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